私の名前は水島。
悪いが、下の名前は聞かないで欲しい。
性別は女、年齢25歳。
・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・ああ、あと・・・アレです。人嫌いです。それのせいで呪われてまーす。女難の女でーす。あーあ・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・うー・・・・・・・・。
・・・・・・うー・・・・・・・あー・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・が・・・が・・・・・・・・・
(・・・が・・・我慢だ!私!)
・・・と私は私自身に言い聞かせ、歯を食いしばる。
『我慢。』・・・それは、耐え忍ぶ事。こらえる事。辛抱する事・・・である。
今、私は自分と戦っている。
正確に表現すると、現在、私は心に発生し続ける”イライラ”や”モヤモヤ”と戦っている。
・・・下手に何か別の事を考えて気を紛らわせようとすると・・・真っ先に”アレ”が浮かんでしまうのが、我ながら情けない。
(はいはい、仕事仕事・・・。)
私は、至って普段通り、真面目な勤務態度を装い、営業3課に届けるべく資料を持って会社内を歩いていた。
ふと・・・視界の隅に入った”喫煙室”・・・
(・・・・・・・。)
き、”喫煙室”・・・を・・・・・・・通り過ぎる!
喫煙室では、爽やかな笑顔で”タバコ”を吸う男性社員が3人談笑しているのが視界に入ってしまったが、すぐに目線を逸らす。
(・・・くそ・・・いいなあ・・・スパスパ吸いやがって・・・)
本音を心の中で無意識にこぼしながら、私は資料を手に営業3課を目指す。
―― タバコの増税は、喫煙者に衝撃を与えた。
私は、そのニュースを聞くなり、すぐにマスタング8を10カートンほど買い溜めした。
・・・・・・・だが、よくよく考えてみれば・・・買い溜めした”それ”が無くなってしまえば・・・
結局、お高くなったタバコがいつものパッケージのまま、喫煙者の私に向かって「こんにちは♪」状態なのである。
コレを機に私は『禁煙』を決意した。
・・・・・・・・・だったら、最初から10カートンも買い溜めなんかするんじゃなかったな、というツッコミは心の中に収めるとして。
現在、禁煙チャレンジ3日目の私から一言言いたい事、それは・・・。
(・・・・・・うう・・・もう嫌・・・タバコ、吸いたい・・・。)
・・・・・・もう既に、私は・・・白旗を揚げかけていたりする・・・。
[ 水島さんは禁煙中。 ]
何もしなかった訳じゃない。私なりに努力は(一応)した。
電子タバコで煙に似たものを吸ったり吐いたりしてはみたが、所詮は[ピ―――]だ。
政府の[ピ――]野郎もタバコ増税なんてピンポイント増税するくらいなら、まず自分らのお高い給料減らして、無駄遣いを徹底的に撲滅するなり”誠意”を見せてから、増税しやがれってんだ。
マニフェストだなんだ守れもしない名ばかりの公約や演説かましたり[ピ――]に事業仕分けやらせるより、まず自分達の身を削りなさいよ!誠意を見せろよ!・・・ちくしょうッ!
※注 作者は禁煙している人を応援していますので、主人公の暴言等はあえて一部、伏せさせていただきます。あと作者は国に喧嘩などは売ってません。ええ、売ってませんとも!
・・・政府に心の中で文句言ったってしょうがない。
まったく、喫煙者は片身が狭くなる一方だ。
たかがタバコでしょ、副流煙とかあり得ないんですけどー、と非喫煙者の他人は言い。
されどタバコである!お前の傍では吸ったりなどしないから、黙って吸わせてくれ!と喫煙者の私は声を大にして言いたい。
確かにタバコは健康を害するとはいえ・・・私はマナーは守っているし、歩きタバコも、ポイ捨てもした事が無い。
そんな良識マナーの喫煙者である私が吸い続けているマスタング8が・・・なんと120円の値上げで、430円となった。
普通のOLにとって、これが家計に結構な痛手である事は言うまでも無い。
幸い、私はヘビーでもチェーンスモーカーでもない。今回の増税を機に、少しずつタバコの量を減らし、ほぼ禁煙の状態にもっていけば良い話なのだ!
禁煙専門の外来があるというが、私は自分の意志でなんとか出来る筈だ!
・・・が、それはヴェル○ース・オリジナルよりもクソ甘い考えだった。
孫にキャンディを与える優しかったおじいさんも、キャンディよりクソ甘い考えを抱いていた私を指差し爆笑するだろう事、間違いは無い。
・・・自分が”かなりの喫煙者である事”を自覚していなかったせいもあるのかもしれない。
反省をしよう。
・・・まず、タバコの本数を減らすまでは、良かったのだ。
問題は”全く吸わない状態”になってしまってから、である。
まず、仕事に集中出来なくなった。おまけに変に眠い・だるい、何故か口が”アヒル口”になっている、ときたもんだ。
無意識にタバコを求めている口の形がよりにもよって”アヒル口”とは、これまたいい歳して情けない話だ。
・・・その結果、私は仕事でらしくもないミスを連発し、自分自身へ余計な仕事を増やしてしまった。
タバコ吸いたい→吸えない→アヒル口になる→ミス→タバコ吸いたい→吸えない→アヒル口になる→ミス・・・
という負のサイクルにより、ストレスが溜まりに溜まり、私は”タバコを吸いたい”という欲求に、私は悩まされた。
そして、そんな人の気持ちも知らず。
こんな時に限って・・・。
「水島くぅ〜ん。この書類、営業3課と2課に持って行ってくれるかぁい?」
近藤係長は、私を呼びつける。
・・・営業3課の前には喫煙室があるので、なるべく通りたくないのだが・・・仕方ない。
「・・・はい・・・。」
ガタリと椅子から立ち上がり、係長の元へ行く。すると、私の顔を見るなり、係長は何故かぎょっとした。
「み、水島くぅん・・・目がなんか血走ってるけど、だ、大丈夫かい?ぼ、僕ぁただ、普通に仕事をだね、うん、キミに頼んでいるだけで・・・」
・・・何を言ってるんだか。私は正常だ。ちょっとイライラしているだけだ。
ちょっとタバコが吸いたいだけ・・・いや、意地でも吸うものか。私は今、禁煙中なんだ。
・・・私は・・・正常だ。そうだ、ちょっとイライラしているだけだ。この程度、なんでもない。
私は、係長が持っている書類を掴んだ。
”・・・クシャ・・・。”
「あ・・・ちょいと、水島くぅ・・・!!」
「・・・・・・・・・・・・。」
・・・ああ、少し力が入ってしまったが・・・破れた訳でもないし、問題はないだろう。
※注 注意力、思考力、気遣いなど、色々なモノが低下している水島さん。
「書類・・・コレですね?」
「は、はい、そうです。あ、ありがとうございます。水島くん、思う存分、行ってきて下さい・・・。」
「・・・はい、行ってきます・・・。」
係長から書類を受け取る(掴み取る)と私は、事務課を後にした。
営業2課へ書類を届け・・・
「次は・・・」
問題の営業3課か・・・。
なぁに・・・喫煙室前を素早く通り過ぎれば・・・
通り過ぎれば・・・
通り過ぎれば・・・懐かしい・・・この煙のニオイ・・・
「やっぱり続かなかったな〜!吉村〜!禁・煙♪」
「バカヤロー。そもそも、お前が”楽になれ”って誘ったんじゃねえか。」
「はははは!何はともあれ、賭けはお前の負けだ!今夜は奢れよ〜?」
「くっそ〜・・・でも、やっぱコレだよなぁ〜!くー・・・やっぱ俺、タバコやめらんねえや!」
「だよなー!タバコは嗜好品!楽しく皆で吸いましょうってなっ!」
「「「あっはははははははは!!」」」
き・・・
・・・貴様ら、私の目の前から、その副流煙と共に消え失せろオォ・・・ッ!!
※注 只今、水島さんの精神状態が著しく荒れております。ご了承下さい。
喫煙室から聞こえる何気ない筈の談話が・・・心底、私の感情を逆撫でする。
お、落ち着け、私。何をそんなにイライラしている?どうして、冷静になれない?
『タバコ』・・・そうだ。たかが”タバコ”ではないか。我慢くらい出来る。
大丈夫。私は冷静だ。
・・・タバコ・・・の事は考えるな。忘れるんだ。
大丈夫。私は冷静だ。
・・・タバコ・・・の単語は思い浮かべるな。忘れるんだ。
私は、もはや無関係である喫煙室を通り過ぎ、営業3課へと資料を持って歩みを進める。
大丈・・・
「・・・・・!」
ふと、何気なく見た廊下の窓ガラスに映る自分の姿。私は、ソレに目を奪われた。
別に自分の姿に見とれている訳ではない。・・・全く逆だ。
窓ガラスに映る私の姿・・・それは・・・書類を抱えながら、アヒル口のマヌケ面で歩いている私自身の姿。
いや、もはやアヒル口なんてものではない。・・・これは”ひょっとこ”だ・・・!ひょっとこのお面だ・・・!!
(・・・な、なんというアホ面だ・・・!!)
・・・それを見た瞬間。
私の中の何かが・・・”プッツン”と切れた。
「・・・・・・ふうー・・・あーもう・・・・・・でも、求めてたのはコレだわ、ちくしょう。」
結局、私は”タバコを吸いたい”という欲求に、勝てなかった。
こうして・・・なんだかんだ言いながら、結局はこうして喫煙室でタバコを吸ってしまう自分に情けなさを感じる。
これも悪循環の一つだ。情けないとは思えど、吸ってしまう。吸ってしまうが故に情けない。
(・・・だが、あの情けない”ひょっとこ面”を社内で晒すよりは、マシだと思おう。)
・・・これが、いわゆる『禁断症状』というものなのだろうか。
6年間ぼちぼち吸ってるだけ、と思っていたが、私はすっかりタバコの虜になっていたのだ。
※注 飲酒・喫煙は20歳になってから♪
「水島さん・・・聞いたわよ。禁煙、始めたんですって?」
「あ・・・花崎課長・・・」
「とても良い事だと思うわ。健康が一番よ。」
「は、はあ・・・。」
喫煙室で思い切りタバコを片手に持っている私に向かって、花崎課長が健康を語りだした。
あ、花崎課長・・・全然、私の方を見てないからか。・・・いや、場所とニオイで解るようなモンだと思うが・・・。
「あら、そう?タバコ味のキスもなかなか良いわよ?」
「・・・・さ・・・阪野ッ!?」
いつの間にか喫煙室に、阪野さんがご登場です。・・・音くらい立ててくれたら良いのに。
冷静で『企画課の鬼』と呼ばれた花崎課長があんなに驚く事は珍しいだろう。
「・・・阪野さん・・・ふー・・・何言ってるんですか?しませんよ?」
私は冷静にツッコむ。ふむ・・・やはりタバコがあると、私は冷静を保てるらしい。
「・・・あっ!水島さんタバコ吸ってるじゃないッ!?」と花崎課長が今頃、私のタバコを指摘する。
「あ、はい、吸ってます。すみません。」と私は冷静にサラリと言ってしまった。
「そっか、水島さんが最近、仕事で調子が悪いのは、禁煙のせいだったんですね!!」
・・・気が付けば・・・門倉さんもいる・・・。
何故?ココ、喫煙室なのに、タバコ吸わない人が3人もいるわ・・・。
・・・私、思い切り、第3者に副流煙吸わせてるよなぁ・・・消そうかな・・・でも、まだ3回しか吸ってないしな・・・。
いや、ここは喫煙室だしなぁ・・・なんで私が喫煙室でこんなに気を遣わないとならないんだ・・・?
「あっ!水島、ちゃんと禁煙しなさいよッ!煙くてしょうがないってキスした時言ったじゃない!」
「・・・海、ちゃん・・・ここ、喫煙所なんで煙いのは仕様です・・・ふー・・・。」
続いては、仁王立ちがよく似合う女子大学生・城沢海お嬢様のご登場だ。
しかも、また喫煙室が微妙な空気になるような話題をさり気なく出すの止めてくれないかな・・・。
「そ、そんなのわかってるわよ!あたしは、単に水島がタバコ止めたって聞いたから様子を見に・・・」
(・・・来んでいいって。というか誰から聞いたんだ?)
※注 水島さんはタバコ効果で冷静なツッコミ仕様になっています。ご了承下さい。
「いえ、ちょっと待って・・・キスって、一体何の話?」と花崎課長が妙な所にやっぱり食いついた。
「あら、キスはキスでしょ?・・・キスなら私だってしたわよ。」と阪野さんが阪野さんらしい回答をブチかます。
「わ、私も・・・人工呼吸で何回も!」と門倉さんが、訳のわからないアピールをする。
「人工呼吸は人命救助でしょ?キスに含まれないんじゃなーい?」と海お嬢様が勝ち誇ったような声で笑う。
しかし。
「・・・・・・ふー・・・。」
しかし・・・最近、調子悪いなぁ・・・私の女難センサー。・・・やっぱり禁煙が良くなかったのかなぁ・・・。
「キスなら私だってしたわよ!」
「キスくらいで何をそんなに・・・。」
「人命救助でもキスはキスです!」
「回数より内容よね!」
・・・・・・・・・・。
「内容って・・・貴女何したの!?」
「あら、キスなんて人それぞれ”多種多様”にあるじゃない。」
「そ、そんなにしてるんですか!?」
「あーもう、エロ秘書はこれだから…ハッタリでしょ。どーせ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・。
「でも、事と次第によってはセクハラよ!?黙って聞いていれば阪野さん!貴女って人は・・・!」
「あら、そういう花崎さんこそ危ないんじゃない?彼女より立場、上でしょ?パワハラに加えてセクハラなんて。」
「え・・・あ、わ、私は不慮の事故ですから!セーフです!人命救助ですもの!」
「はいはい。どうでもいいわよ。あたしと水島がキスした事実は揺るがないんだから。」
・・・うん。
よし。・・・私、禁煙やめよう。
こうして、私は禁煙をやめた。
・・・やめたというか、吸わないとやってらんないわッ!!
後悔はしていない。・・・というか、むしろ禁煙した事を後悔している。
働け。私の女難センサー!!
「お、おい・・・なんだ?あの喫煙室・・・女ばっか・・・」
「でも、なんか、入りにくいな・・・。」
「ていうか、普通吸えないよな・・・あの面子揃ってたら・・・」
「あの面子の中央でタバコ堂々と吸ってるあの女、すげー度胸あるな・・・」
水島さんは、その後しばらく男性社員の間で『喫煙室の魔女』というあだ名で呼ばれていたという。
その夜。
”ピンポピンポピンポピンポーン”
「・・・伊達さん。チャイム鳴らすの一回で良いですから。・・・で、なんですか?」
居留守失敗。うるさくてしょうがない。
咥えタバコのまま、私が玄関を開けると、ホクホク笑顔のお隣の伊達香里さんがいた。
私の顔を見るなり伊達さんは、ずずいっとマスタング8のタバコを私の胸に押し付けた。
「え・・・!?」
「はい!みーちゃん!パチンコで勝ったから、おすそ分け〜♪マスタング8!4カートン!」
(・・・よく、人のタバコの銘柄なんか覚えてるな・・・。)
ああ、そうか。さすがキャバ嬢、客商売だからか。と私は納得した。
「・・・あ、これは、どうも。伊達さん・・・ギャンブルするんですか?」
私はタバコを受け取り、玄関の靴箱の上のスペースに置く。
「ううん、お店のお客さんにやってみろって勧められてさ、今日初めてやったらさ、なんか知らないんだけど、やたら出ちゃって〜♪今日一番だって♪」
伊達さんは、どうやらかなり勝ったらしいのは本当のようだ。袋にはお菓子類がまだたくさん入っている。
いつも笑顔の伊達さんだが、いつも以上に嬉しそうだ。
「へえ、ビギナーズラックってヤツですね。どうもありがとうございます。」
伊達さんって、なんか運だけは強そうだ・・・そんな感じがした。
とりあえず、私は咥えタバコを止めて、お礼を言った。
(・・・ちょっと、ラッキー。)
本当は禁煙をやめた所だったし、その思わぬプレゼントは”ちょっと”、というよりも”かなり”嬉しい。
が。それも束の間の喜びだった。
「ねえ、ていうかさ・・・みーちゃん・・・ちょっと、しゃがんで。」
「ん?なんで・・・すか・・ッ・・・・!?」
・・・・・・・・・。
「うーむ・・・詩織ちゃんの言う通り・・・タバコ味のちゅーもなかなか・・・。」
「あの阪野さんの言う事だけは聞かないで下さいっ!今度やったら怒りますよッ!?」
もう!!油断するとコレだよッ!!
「もう十分怒ってるじゃーん。あはは♪」
「すー・・・はあ・・・。」
・・・・・・やっぱり、禁煙しようかな・・・。(泣)
いや、ダメだ。これ以上、私の女難センサーに狂ってもらっては、今後の生活に支障が出るし・・・。
もう、あの”ひょっとこ面”は、したくない。
「ふー・・・」
・・・とりあえず、至福の一服を・・・。
― 水島さんは禁煙に失敗し、喫煙中。・・・END ―
あとがき
非喫煙者な作者なので、タバコに関してはさっぱりです。
加筆修正はWEB拍手でもやりましたが、今回は水島さんの切実な禁煙事情(笑)を加えさせていただきました。