[ スピンオフにもならないSS。〜阪野さんの後輩・小林さん視点〜 ]




はじめまして。 私、小林 流(こばやし ながれ)と申します!

珍しい名前で、すぐに覚えられてしまうんですけど、その反面・・・。

『小林流?どこの流儀?』などとつまらない冗談で茶化されてしまうのが欠点です・・・。


まあ、それはさておき。


私、実はこう見えても秘書なんです!もう、必死こいて秘書検定のお勉強して・・・合格して・・・憧れの城沢に入社出来たんです!

仕事は確かに大変だけれど、満足感と日々学ぶ事があって、自分が不甲斐なくて悔しい思いもするけど・・・それを乗り越えると嬉しくて、とにかく楽しい気持ちでいっぱいです!

バイトと比べたらいけないんだろうけど、こんなにも働く事が楽しいって、思えるの初めてなんです。


それは・・・きっと。



「小林さん、資料はちゃんと順番に、見やすく揃えておく事。細かいかもしれないけど、こういう所の気遣いが大事よ。」

「は、はい!すみませんでした!阪野先輩!」



きっと、阪野詩織先輩のおかげだ。



才色兼備・秘書の中の秘書。

またの名を『完璧なお人形』。


・・・一度でいいから、私もそういう名前貰いたいな〜・・・


昔からドジで、落ち着きが無くて、元気だけが取り得。

周囲からは、絶対秘書になんか向かない!って言われて、笑われた。


だから、阪野先輩みたいな『完璧』なんて言葉とは縁が無い。


でも、阪野先輩はそのあだ名が気に入らないらしい。

私は好きだけどな・・・。


今の副社長の担当になる前、私は、阪野先輩について色々と秘書課の先輩から噂話を聞かされていた。


阪野詩織の男は、県内だけでも100人を越えるらしい、とか。

阪野詩織の女は、県内だけでも200人を越えるらしい、とか。

阪野詩織の一声で、高級外車20台が10分以内に彼女の元に駆けつける、とか。

阪野詩織は、先輩の恋人を何人も寝取ったらしい、とか。

阪野詩織は、実は全身整形していて、その値は5000万円を越える、とか。

阪野詩織は、副社長を色気で操っている、とか。

阪野詩織は、実は政治家の何人かとデキていて、会社のピンチを何度か救った事がある、とか。

阪野詩織は、実は、峰不○子の親戚、とか。(これは、さすがの私でも嘘だとわか・・・うーん、どうだろ・・・。)


一体、どこまで本当なんだか、と最初は思ったが、実際、阪野さんに会ってみると・・・本当に噂通りの事が可能なんじゃないか、と思えてくる程、魅力的なのだ。

本当にその噂通りなんじゃないかってくらい、何でも出来る人。


それが、阪野詩織なのだ。


阪野先輩は”褒め言葉でもなんでもなく、そんな噂話なんて、ただ迷惑なだけなのよ”、と笑っていた。


そんな色々な尾ひれ背びれがくっついた阪野先輩の、新しい噂・・・というか、社内でも知る人が少ないと思われる、阪野先輩に関する情報の一つを、私は知っている。


完璧なお人形、と呼ばれる彼女の、唯一の弱点・・・かもしれない。


「・・・あの、阪野先輩。」

「何?小林さん。」


私達は、普段、副社長室の前のスペースで一緒に仕事をしている。

こんなドジで元気がとりえだけの私に、秘書としての心得や仕事を親身になって、私がドジをしても見捨てる事なく指導してくれたのは、後にも先にも阪野先輩だけだ。


良い先輩に出会えて、本当に良かったと思っている。

綺麗だし、カッコイイし、女としての魅力をここまで、常に出している女性、そうそういやしない。


阪野先輩の横顔を見ているだけでも、私は溜息が出てしまう。


(今日もカッコイイなぁ・・・)


「・・・小林さん?呼んでおいて、ぼうっとしないで。何か用があるんじゃないの?」

「あ、はい!すみません!あの!阪野先輩!・・・あの、あの人、どうなりました?」


私がそう言うと、阪野先輩は読んでいた資料を机の上に置いて、椅子ごと身体をこちらに向けて、足を組んだ。

うおっ!阪野先輩・・・脚長い・・・!


「・・・あの人って?」

「あ、あの、地味〜〜〜で、暗そうな・・・あの、事務課の・・・」


と私がそこまで言った所で、阪野先輩はふっと笑った。


「ああ、水島さんね。」


そうそう、確か、そういう名前だった。


「そうです!水島さん!」


地味で、暗そうで、一体何考えているのかわかんない・・・女の人。

話を聞けば、どうやらあの”水島さん”は・・・相当の”女たらし”らしい。

小心者のフリをして近付き、同性である事を利用し、巧みに心の中に忍び込み・・・一気に落とす、とか。

彼女の周囲には、女性の影が絶えず、水島さんは誰一人に決めるわけでもなく、フラフラ遊びまわっているらしい。


そんなろくでなし・・・いや、水島さんが・・・私の憧れである阪野先輩にまで、その毒牙を向けているだなんて・・・!許せない!


「阪野先輩、水島さんとは・・・」


どういう関係、なんだろうか。

進展したんだろうか。

あの水島という女は、ただ阪野先輩を困らせているだけなんじゃないだろうか。


「ここで、プライベートの話は、あまりしたくはないんだけど・・・」


そう言って、阪野先輩は少し困ったように笑った。


「あ、すみません!私ったら・・・!」


失言だった!と思い、慌てて謝る私に、阪野先輩は立ち上がって私の方にやってきて、小声で言った。


「いいわ、最近・・・ちょっと、吐き出したいとも思ってたの。」

「え・・・?」


「彼女の周りには、結構ライバルがいてね・・・私も苦戦してるのよ。」


信じられない・・・!!

この阪野詩織を選ばずに・・・一体、誰を選ぶんですかッ!?あの女は!!


「さ、阪野先輩を差し置いて・・・別の女の人と遊びまわっているってこと、ですか!?」

「ん?そうね・・・でも、それは・・・彼女の意志では、無い、と思いたい、かな・・・?」


珍しく、阪野先輩が言葉を濁した。

・・・いつもキッパリしている阪野先輩の発言をここまで、歪ませるなんて・・・。


あの女、一体、阪野先輩に何をしたんだろう?


「あの、水島さんって・・・天然ジゴロかなんか、なんですか?あんな地味なのに・・・。」


私は、そこが分からない。

阪野先輩みたいな人が、よりにもよって、あんな人の為に思い悩むなんて。


「うーん・・・そうね、誤解を招きやすい人では、あるわね。でも、貴女の思っているような、酷い人じゃないわよ?」


水島さんを庇う阪野先輩。

私は、やっぱり水島さんが許せないです。


こんなに阪野先輩を悩ませて・・・自分の意思じゃなくても、人間関係はキッパリすべきです。

嫌なら嫌。好きなら好き!もっとハッキリ態度に出すべきです。


それも出来ないような人・・・阪野先輩には相応しくないんじゃないでしょうか。


「でも、阪野先輩には、もっと・・・もっと良い人が・・・阪野先輩に、相応しい、最高の人が、いるんじゃないでしょうか!?」


私の言葉に、阪野先輩は少し悲しそうな顔をした。

(あ。)


その表情は、不謹慎かもしれないけれど、それでも・・・とても綺麗だった。


「・・・小林さん。」

「は、はい・・・?」


それから、静かに、それでもキッパリと阪野先輩は話を始めた。


「確かに、貴女の目から見れば、私とあの人はバランスが取れているようには見えないのかもしれない。

でも、それが全てじゃないのよ?彼女には、彼女のいい所があるし、私は私で悪い所はあるし。」

「そ、そんな・・・!」


「彼女の事、誤解しないであげてね?

大体・・・最高の相手かどうか、彼女にとっても、私にとっても・・それは、断言できない事・・・わからない事なのだから。」


「さ、阪野先輩・・・。」


先輩は悩んでいた。

でも、私なんかの言葉で、その想いは揺らいだりなんかしていなかった。



「ただ、私は、あの人の前では、最高の私でいられるの。だから、あの人の傍にいる自分が、私は、好きだし。

なにより、私は、あの人が好き。・・・それで良いの。」


・・・本当に、心から想っているんだ。


仕事中では、決して見せない、語らない阪野詩織が私の目の前にいる。

それが、また・・・人間味溢れていて・・・カッコイイ・・・。



素敵過ぎる・・・阪野先輩・・・!



「先輩・・・やっぱり、最高です!!私、間違ってました!水島さんの事、ただの女たらしかと思ってました・・・!」


小林、反省の極み!!

真に、真に、申し訳ない!!


「まあ・・・あながち、そこら辺は否定はしないけれど。」

「否定しないんですかッ!?」


「ふふ、そうね。じゃ、仕事に戻りましょ。」

「あ、はい。」


阪野先輩は、こんなに想ってるのに。

当の水島さんは、阪野先輩をどう思っているのだろうか。




― 数日後。 ―


あれから、阪野先輩は相変わらず、仕事は完璧。

でも、やっぱり私は・・・あの、すこし悲しげな表情が、まだ、心に引っかかっていた。


(やっぱり、このままじゃ、先輩がかわいそうだ・・・。)


私がお世話になって、自分の憧れでもある先輩には、幸せになってもらいたい、というのが私の本音。


私は、阪野先輩に言われて会議に使う模型を運んでいた。

再来年から建築予定の複雑な模型。

日本の文化、アニメや漫画・・・いわゆるコミケなどのイベントを積極的に行えるような施設らしい。

ステージは勿論、施設内の構造や、空調設備などにこだわっているらしい。


・・・でも、正直・・・私、コミケとか、わかんないんだよねぇ・・・。


わかんない、といえば・・・。


やっぱり、女の人が女の人を好きになる、っていうのも、イマイチよくわからない。


阪野先輩から見たら、水島さんが魅力的に見えるのかもしれないけれど・・・私には、全然見えない。


やっぱり、地味だし。

阪野先輩みたいな華やかな人には、合わないよ。


(でも、先輩は・・・好きなんだよね・・・あの人のこと。)


何か、私にも出来たら良いのに。

でも、それはあの人と阪野先輩をくっつける、という事で。


(なんか、気が進まないっていうか・・・。)


自分の憧れの先輩を、あんな人とくっつけるなんて、やっぱりな・・・と思う。


そんな事をぼうっと考えながら、歩いていると・・・


いきなり、前から”ドン”という衝撃が。


「きゃっ!?」


私は模型ごと、後ろに転んだ。


「ちょっと!キミ、危ないよ!・・・あ、もしもし〜・・・すみません、いえ、なんでもないんです。それより、この間の取引の件ですが・・・はい・・・はい・・・」


私を怒鳴りつけて、電話の相手には丁寧に笑顔で対応する・・・社員さんの後姿を私は黙って見送った。


(・・・ちょっと・・・ぶつかっておいて、すみませんも無し!?)


確かに大きな模型で、前方を満足に見ていなかった私にも非はある。

でも!人として!まず、謝るのが筋でしょ!!


「あーあ・・・どうしよう・・・模型、壊しちゃった・・・。」


複雑な模型が、バラバラ・・・。

城沢の秘書として、荷物運びも満足出来ないのか、と失望される。

いや、それ以前に・・・阪野先輩にまで迷惑かけちゃう・・・。


とりあえず、私はそのまま、廊下で模型を組み立てようとするが・・・ちんぷんかんぷん。どこがどこやら、わからない。


「・・・大丈夫ですか?」


その声に顔を上げると・・・



事務課特有のネームプレートに、制服。


無表情。

にじみ出る地味さ。

暗い雰囲気。


「み、水・・・!」


名前を呼びかける私より先に・・・水島さんが、廊下にしゃがみこんで、散らばった模型のパーツを拾い始めた。


「・・・・・・。」


「あ、あの・・・べ、別に・・・良いですよ!あの・・・私のミスだし・・・!」

「・・・・・・・。」


私の言葉が聞こえている筈なのに、水島さんは黙々とパーツを拾い、組み立てようと一つ一つ合わせだす。


・・・こうやって・・・阪野先輩にも、優しさを安売りして、たぶらかしたんだろうか。


この人・・・優しくすれば、女は落ちる、と思ってるんじゃないだろうか。


この優しさは、計算されたものじゃないか。


何故か、私は、素直に水島さんの優しさを受け入れられずにいた。

阪野先輩を苦しめる、この人の優しさなんか・・・受けたくなかった。


「あの・・・べ、別に・・・良いですって!これ、私の仕事だし!!」

マイペースな水島さんの態度に、私は思わずムッとしながら、そう言う。


「・・・あ、合った。」


そう言って、水島さんは柱を置いた。確かに、くぼみにぴったりと部品が合わさっている。


「あ、本当だ・・・。」

「・・・だから、同じ部品が隣に並ぶ、として・・・。」


そう言って、水島さんがどんどん並べていく。

法則がわかった私は、それに合わせて、部品を組み立てていく。


「あー!じゃ、これが・・・こうか!なるほど!」

「で、更にこの上に・・・この柱と・・・屋根の部分が・・・」


私は、水島さんの言うとおりに組み立てていく。

部品はどんどん組み合わさって、さっきの完全な模型の姿に近付きだす。


「・・・すごい・・・見本の資料も見て無いのに!」


完成した模型は、どこからどう見ても、さっきと同じ形だった。


「・・・あ、パズルとか・・・得意なんです。」


そう言って、水島さんはまた無表情のまま立ち上がった。


「じゃ。」

「・・・あ、あの・・・!」


「・・・余計な事して、すいません。」


それだけ言うと、水島さんは背中を向けて、去っていった。


「あ・・・。」


途端に、罪悪感が襲ってくる。

何も言わない。

せっかく私を手助けしてくれようとしたのに、私は・・・素直に受け取れずに、噛み付いてしまった。


私は、阪野先輩が、あの人を想うのが理解出来なかったんじゃない。



・・・認めたくなかったんだ。



(・・・私・・・阪野先輩をあの人に取られちゃうのが、嫌だったのかなぁ・・・。)




「ね?良い人でしょ?水島さんって。」


不意に、声が聞こえハッとした。


「え?あ、阪野先輩!?」


いつの間にか、阪野先輩が私の後ろに立っていた。


「遅かったから、様子見に来たの。」

「あ・・・すみません・・・私・・・また、ドジしちゃって・・・。」


「・・・ええ、途中から見てたわ。」

「す、すみませんでした!私!」


怒られる・・・というより・・・今度こそ、呆れられる!


「模型を壊したばかりか、ただ親切にしてくれた水島さんにも、あんな態度とって・・・私・・・!」


謝ろう、とは思えど、上手く言葉に繋がらない。


「わかってるわ。」

「先輩・・・」


阪野先輩は、ニッコリ笑って私の頭を優しく撫でてくれていた。


「彼女もわかってる、優しい人だから。」

「さ、阪野先輩・・・!」


私は悟った。

阪野先輩と水島さんの間には、後輩の私がどうこう出来る様な、ものなんか無いって事に。


先輩は、水島さんの事をよく知っている。

私は、よく知りもしないまま、水島さんに尾ひれ背びれを付けていただけだった。


これじゃ、阪野先輩の事をよく知りもしないで、でたらめな噂話を垂れ流していた人達と変わらないじゃない。


「阪野先輩、改めて、お願いします。」

「ん?」


「阪野先輩の事、応援したいんです。二人の事、応援させて下さい。」


私は、頭を下げてそう言った。

阪野先輩は、ニコニコ笑って黙って頷いてくれた。


先輩は、やっぱり優しくて・・・最高だ・・・!





「・・・そうそう、小林さん。一つ、聞きたい事があるんだけど。」

「はい?なんですか?」


模型を持ちながら、会議室へ向かう私に、阪野先輩が笑顔で聞いて来た。



「・・・水島さんの事、好きになってないでしょうね?」

「え?やだなあ・・・いくらなんでも、私、あんな地味で暗くて運気が落ちそうな人・・・なん・・・か・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」



途中まで言ってから、自分が失言してしまった事に気付く。


「あ・・・」


「小林さん。(笑)」




完璧なお人形の笑顔が、この瞬間だけ、恐ろしいものに見えたのは、初めてだった。





「あ・・・水島さん?後輩がお世話になったわね?」

『いえ、別に・・・ていうか、なんで知ってるんですか?阪野さん。』


「貴女の事なら、なんでも知っておきたいから。」

『怖い事言わないで下さい・・・で、社内電話かけてきて、何の御用ですか?』


「・・・部品が足りないの。協力してくれない?」


『模型の、ですか?』


「私の♪ちょっと、中に深く・・・差し込んで欲しいかなぁって。」

『・・・意味わからないんで、電話切りますよ。』


「やだ、水島さんったら・・・分かってるくせに♪」

『・・・電話切っていいですか?』



私は・・・やっぱり、先輩と水島さんの関係がよく分からないかも知れない。



― スピンオフにもならないSS。〜阪野さんの後輩・小林さん視点〜 ・・・END ―

あとがき

一体、水島さんのどこが良いのかわかりませんが、彼女は今、水島さんに夢中です。

阪野さんの周囲の女性は、結構キツイ人が多かったのですが、小林さんの登場で阪野さんも先輩として良い緊張感の中で仕事出来てるみたいですね。

小林さんのようなタイプがいると、彼女みたいなタイプはバランスが取れるのかもしれません。

この先輩後輩コンビに恋愛感情があるのか、ないのかは、定かではありません。




[ スピンオフにもならないSS。〜従姉妹ンビ。〜 ]




烏丸忍。29歳。職業・医師。

水島さんは○○中。シリーズにおいて、女難らしくないキャラとして初登場以来、その綺麗?なスタイルが好評?、人気投票では上位に食い込む強キャラ。

ゴキブリを見ても、冷静沈着。容赦なく、自分の履いているスリッパで叩き殺し、実母を驚愕させた過去も持つ女。

主人公・水島さんに強引に迫ったりせず、むしろ彼女を諭すなどの常識人的な特徴を持つ彼女だが・・・。



しかし、そんな彼女にも欠点はあった・・・。



”ピンポーンピンポンピンポン・・・”


(うるさいわね・・・!)


現在、深夜2時。

怒涛のピンポンラッシュに叩き起こされたのは、家主の火鳥であった。


「女難なら、その額を叩き割ってやるわ・・・!」


物騒な物言いだが、実に火鳥らしい。

インターフォンの受話器を取り、カメラを覗く。


「ちょっと!誰よ!?今、何時だと思って・・・!」


カメラの映像を見た火鳥は、言葉を止める。


「し、忍・・・!?」

「りり・・・ごめんね・・・うう・・・っ!」


カメラに映っていたのは、弱々しく前かがみになっている、従姉妹の烏丸忍だった。


「忍、ちょっと、どうしたの!?な、泣いてるの!?」


慌てて、火鳥は玄関を開け、忍を迎え入れた。


が。


扉を開けた瞬間。

すぐに、火鳥は一瞬でも従姉妹に情けをかけた事を後悔した。


ぱっと顔を上げた従姉妹の顔はだらしなく崩れ、紅潮し、アルコール特有の臭いが鼻についた。


「・・・うぇへへへ・・・飲んじゃって、終電逃しちゃったぁ☆」


だらしない笑顔と口調。

無表情になった火鳥は低い声で言った。


「・・・・・・帰って。」


烏丸忍の最大の欠点。




それは”酒癖”である。




「・・・うう・・・頭痛い・・・。」


次の日の朝。

忍は、頭を抱えて唸っていた。


「そりゃ、そうでしょうよ。いい歳して、恥ずかしくないわけ?」


そう言いながら、火鳥は額に貼る冷却シートを、忍に向かって、ぽいと投げた。


「バーボンって、美味しいわね?」


いつものように、にこっと少女のような笑みをうかべる忍(29歳)に対し、実際付き合わされた被害者である火鳥(25歳)は怒りの表情を隠しはしなかった。


「知らないわよ!・・・いい?忍ねーさん!今月入って、一体、何回同じ事やらかしたのよ!?」


怒鳴られ、きょとんとした顔をした忍は、ゆっくりと考えを巡らせ、口を開いた。


「えーと、2回?」

「3回目!」


火鳥の不満は、この頃の忍が酒に酔っては自分の所にやって来る事だった。

酔っ払うのは別に良い。好きに飲めばいい。


しかし、問題は、何故自分の所に来るのか、だ。


「あー・・・ゴメン♪」

「マジ、ムカつく。」


「・・・そんなに怒らなくても良いじゃない。」

「前の忍ねーさんは、こんな事しなかったわよ!実家出て、自由満喫するのはいいけれど、アタシに迷惑かけないでよ!」


拗ねるような表情の年上に、毅然と怒る年下。


「そうね・・・前のりりなら、こんなに親切に構ってくれなかったわよね。」

「無視してやっても良かったのよ?(怒)」


反省の色が無い、従姉妹を火鳥は睨みつける。


「・・・ま、まあまあ。」

「夜中やって来て、面倒見るこっちの身にもなってよ。行くなら、水島の所に行きなさいよね。アイツなら、ホイホイ面倒見てくれるし、一石二鳥でしょ?」


火鳥がそう言うと、忍は即座に慌てて言った。


「い、行けないわよ!水島さんの所なんか!彼女、仕事してるじゃない!」

「アタシも仕事してるっつーの。」


納得がいかない火鳥に向かって、忍は少し小声で言い難そうに言った。


「・・・そ、それに・・・」

「ん?」


「酔った私なんか・・・彼女に見せられないわ・・・記憶ほとんど無いし・・・何するかわかんないじゃない・・・。」

「アタシなら良いのかッ!?」


「あ、りりは別よ♪私のこと、よく知ってるでしょ?」

「・・・もう分かった。次回から来ても、無視する。絶対出ない。」


「もうっ!りり!」

「大体、酒癖が悪いんだから、最初から飲まなきゃ良いじゃない!どうして飲むのよ!」


「えーっと・・・美味しいから・・・つい。」


てへっ☆と笑う従姉妹に、火鳥は心の底から呆れた顔をした。

忍は、全く反省をしていない、と感じたからであった。


「・・・もう、知らない。」





 ― 数日後 ―




分かってはいた。

酒を飲んではいけない。

自分の酒癖の悪さは、従姉妹に散々指摘されてきた。

次の日、覚えてはいないが、自分の酒癖は、かなり凄いらしい。



 K崎S子さん 証言。

※注 プライバシー保護の為、SSではありますが映像と音声を加工してあります。


『ええ・・・そうですね・・・忍さんは・・・なんというか・・・ええ、普段は静かにニコニコしている、良い人なんです。

でも・・・その、お酒を飲むと始めは普通なんですけど、途中から飲酒量が・・・ペースが異常に早くなるんです。

その調子で飲み続けるから、初めて彼女と飲む人は面白がってどんどん飲ませるんです。

でも、彼女・・・お酒が進めば進むほど・・・言動と行動・・・つまり、キャラが普段の彼女と180度違ってきてしまうんです・・・。

蟹股になるし・・・下ネタを平気で言うし、言動は、ほぼ50代のオッサンです・・・。

さすがに、周囲も彼女の異変に気付いて飲み会をお開きにしようとするんですが、彼女、その頃には出来上がってしまって言う事なんか聞かないんです。

締めのラーメンを食べるまでは、飲み会は終わらない、と言って、強制的にラーメン屋に連行されます。

・・・その後、ラーメンを食べた事を忘れて、二軒目のラーメン屋に行こうとするんです。もう、その頃には付き合わされた人は、あらかた道で吐いてますね・・・。

とにかく、言動、行動がオッサンで意識がハッキリしていて一向に寝る気配も無いんで、始末が悪いんです。

彼女をタクシーや交通機関に送り出すのに、1時間以上はかかります。

・・・次の日、ですか?彼女、ケロッと元に戻って・・・飲み会の事、何も覚えて無いんです。

彼女と一回飲みに行った人は、余程のモノ好きでは無い限り、彼女にお酒を飲まそうなんて、考えませんね。』



・・・そう、忍自身、人づてに聞かされていて、分かってはいた。


だが。


世の中、物好きは、存在する。


忍の知り合いの医師、彼女の今の職場を紹介してくれた、友人・須貝 弥生医師が、それである。

タバコを吸いながら一緒に静かに飲むのだが、彼女は全く忍の酒癖を気にしない。


今日も、須貝医師と肝臓の話ですっかり盛り上がり、酒をたらふく飲んでしまった。



 須貝 弥生 医師 証言

『え?・・・ああ、忍ね。うん、別に・・・飲みながら、話してるだけよ。何か問題でも?

・・・あ?・・・キャラ崩壊?気にした事ないけど?・・・酔っ払ったら、みんな大体あんなもんじゃないの?』


感じ方は、人それぞれ、という訳だが・・・須貝医師は忍の悪酔いに関して、無関心過ぎた。


「・・・じゃ、忍。ここで。一人で帰れるわよね?」

「お?あいあ〜い。ボインの弥生先生もお元気でー!げはははは!」


忍は、その日もすっかりキャラ崩壊を起こし、オッサンのような笑い方をしながら、歩いていた。

須貝医師は、ラーメン屋に2軒付き合い、アッサリと帰った。彼女も彼女で、すごい胃袋をしているもんである。


「あー・・・ラーメン、喰いたいなぁ・・・げへへへ・・・。」



不気味な忍が、本日3杯目のラーメンへの欲求を口にした時。


「「あ。」」


・・・運命的と言うべきか、悲劇的な再会を果たす。


「おおっ!水島のねーちゃんッ!!」

「え?・・・ええ!?」


水島は心底驚いた。

普段の烏丸忍ではない、オッサン化した烏丸忍がそこにいたからだ。


「水島のねーちゃん!会いたかったああああぁ!ぐへへへ・・・良いニオイしとんのー!」

「し、ししし、忍さん!?忍さんなんですか!?え!?ちょ、ええ!?」


水島は、動揺した。

抱きついてきた忍の勢いにも驚いたが、それ以上に忍のキャラが崩壊している事に驚いた。

目の前にいる人物は、本当に烏丸忍なのか、と問いただしたい所だったが、周囲に知ってる人間は誰もいない。


しかも、酒臭い。


瞬時に、彼女は忍が酔っ払っている、と理解した。


「水島のねーちゃん!ラーメン食べに行こうぜぇ?」

「・・・は?いや、もう1時ですよ!?」


水島の言うとおり、時計は午前1時を回っていた。

彼女は、明日念願の”休日”であり、コンビニに行ってきた所であった。

そこに、不運にも酔っ払った忍に出くわしてしまった、という訳である。


「食べないと・・・私の飲み会は終われないんだよッ!水島のねーちゃん!」


水島は考えた。


(このまま、この人から逃げた方が、確実に平穏な夜を過ごせるが・・・こんな忍さんをこのまま夜の街に放っては、忍さんが危ない・・・。)


だらしない顔、ふらつく足取り。乱れた服装。

しかし、腐っても美人。

普通の人間が、この烏丸忍を見たら、誰もが彼女を心配するだろう。


「うへへへへ・・・塩ラーメン・・・塩なら、私も別の潮が出ちゃうってか!げははは!」


下ネタである。


「・・・・・・・・・・。」


水島は思った。

(危ない。色々な意味で、この女はこのまま夜の街に放しては、危ない。) ・・・と。


しかし、水島は、忍が酔っ払っても自宅もしくは火鳥の部屋に、普通に帰れる習性を知らなかった。


「わかりました。ラーメンなら・・・私の家で食べましょう。」

「おっ!水島のねーちゃんの潮○ーメンかッ!?」

「・・・そんなの出ないです。」


・・・これが、人気投票上位の女の一言であるから驚きである・・・。

道を歩くオッサンでも、もう少し上品なんじゃないかな、と水島は思った。






「忍さん・・・塩で良いんですよね?」


水島の部屋に着いてから、ソファにだらりと身を預ける忍に向かって水島は聞いた。


「んー・・・?なーに?その袋は。」


首をかしげて、忍は目を細めて聞き返した。


「インスタントラーメン”サッポロの一夜ラーメン・あっさり塩味”。・・・ですけど?」

「・・・どうやって喰うの?コレ。スナック菓子か何か?」


立ち上がり、怪しそうに袋から取り出した麺を見つめる忍に、水島は聞き返した。


「え?忍さん・・・こういう、インスタントラーメン食べた事、無いんですか!?」

「淫乱なんとかラーメンは無い。」

「それは、最初からこの世に存在してないです。」


考えてみたら、忍はお金持ち。

それにしても、インスタントラーメンを食べた事が無いとは・・・庶民の水島は驚いた。


(・・・でも、前に、この人コンビニ弁当食べてなかったか?それで、インスタントラーメンを食べた事がないなんて・・・。)


「な、何見てるんですか・・・?」


水島の肩に顎を乗せて、忍はじっと水島の手を見ていた。


「いや、珍しい○ーメンが見られると思って。見学〜」


下ネタである。


「・・・○ーメンじゃなくて、ラーメンを作ってるんです。」


水島は、隣の伊達さんも酷いけど、この人の酒癖も相当悪いな、と思った。


「具材はシンプルに、ネギ多めとゆで卵・・・なるとが無いから、かまぼこで代用、と。」

「ほうほう・・・」


水島は、手早く具材を切って用意し、鍋に火をかけた。

沸騰したお湯にラーメンの麺を入れる。


ぐつぐつ、という音以外、部屋には何もない。


ふと、忍が口を開いた。


「水島のねーちゃん・・・好きな子、いんの?」

「・・・・・・・。」


水島は、正直答えたくなかった。

酔っ払いの問いとはいえ、微妙すぎる内容の質問と相手である。

答えたくは無かった。


「人間、不思議よねぇ・・・もう他人なんて、好きにならないと思っていても・・・生きて、色々出会いを重ねたら・・・」

「・・・・・・・。」



「好きになっちゃう・・・。」

「・・・・・・・。」


水島は、黙って聞いていた。



「・・・私は、好きな子、いるよ。」


忍が、水島の耳元で囁くようにそう言った。

思わず、水島はビクリとした。


「し、忍さん・・・?」


意味ありげに、忍が笑った。

水島は、その笑みに何故かどぎまぎした。


忍は、絶対に自分の嫌がる事はしない、とは思えど。

この距離、言葉、雰囲気が・・・なんとも、言えず気まずかった。



意味ありげな微笑を浮かべた忍は、続けてこう言った。



「でも・・・その子は、今・・・私に向けて○ーメンを作ってる・・・。」



「結局、下ネタかよおおおおおおおおおッ!!!」



水島は、真夜中2時に大声で突っ込んだ。





 ― 次の日 ―



「う・・・うん?」


忍は目を覚ました。

見知らぬ部屋。

ベッドから起き上がると、強烈な満腹感に二日酔い特有の頭痛。


「ま・・・また、やっちゃったみたい・・・しかも、今度はりりの部屋じゃないし・・・」


忍はこの時やっと、りりのお説教が身に染みた気がした。

とにかく、この部屋の住人に謝らなければ。


それから、お酒は少し控えよう・・・。



「あれ?」


寝室から出た忍が見たのは、ソファで寝ている、部屋の持ち主・水島であった。


「うそ・・・水島さんの部屋!?」


テーブルの上には、ラーメンの器が2つ並んでいた。


「・・・あ・・・。」


恐らく、昨日水島と自分が食べたものだろう。

器に近付き、匂いを嗅ぐ。



『水島のねーちゃん!これ、おいしいわ!!これ、本当にコンビニに売ってるの?ねえ?』

『・・・し、忍さん、夜中ですから声抑えて・・・!それ食べたら寝て下さい・・・!』


それは、断片的な記憶。

ふと、ポケットの中に、インスタントラーメンの空き袋が入っていたのを見つけた。


「・・・コレ、昨日食べた・・・。」


この人の料理を始めて食べたけど、まさか人生初めてのインスタントラーメンとは思わなかった。


「・・・ん?あれ?忍さん、起きたんですか?・・・あ、今水もってきます。」


水島が目を覚ますなり、起き上がり、サクサクと動き始めた。

心の中で、水島に迷惑をかけたな、と思いつつも、忍はこう言った。



「・・・たまには、酔っ払うのも悪くないかな?ありがとう、水島さん。すごくいい目覚めだったわ。」




その話を後日、聞いた火鳥は一言、言った。



「悪いに決まってるでしょ。反省をしなさいよ。」


「てへっ☆」


「もう酒を飲むのをやめなさい!!」




― スピンオフにもならないSS。〜従姉妹ンビ〜 ・・・END ―


あとがき。

烏丸忍ネガティブキャンペーン・・・大失敗!!

”水島シリーズ”で、人気があるからこそ、何か・・・何か”弱点”を作らなければ、と思ったんですが。

それでも皆さん、あんまり気にしないというか、本当に忍さんは好かれているんですね〜。