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(・・・ん、なんか嫌な予感。)


らしくないわね、と私こと、絢瀬絵里は思った。

直感とかそういう事は、私の分野ではない。

むしろ”彼女”の方の分野だ。


なんとなく、嫌な予感がする、ただそれだけなのだが…。


(・・・ほのか・・・もしくは、にこ・・・いや、ああ見えて花陽も・・・。)


頭にパッと思い浮かべたのは、良くも悪くもトラブルを持ち込む人物達の名前。

列挙していく内に、μ'sのメンバー全員の名前がほぼ揃ってしまった。


(起きてもいない事をアレコレ考えてもしょうがないわ。まずは、生徒会の方を片付けてしまわないと…。)



気を取り直し階段を上がって、生徒会室に向かっていると…。


「お、お願いします!先輩!」

「あ〜…そういう事やね…うん…。」


生徒会室前で女子生徒が、東條希に何かを渡そうとしているのが見えた。

希は少し困ったような顔で笑っている。


(珍しい…希が困ってる…。)


いつもニコニコのんびり笑っている希が、困るなんて。

下級生に余程、困るようなものでも渡されているのだろう。



(・・・もしや・・・!)



さっきの嫌な予感はソレか!と私はピンと来た。

(さては下級生からの厄介な相談事ね…。)


部活動、学園生活、私生活…どれかはわからないが、ここは会長の私が毅然とした対応を取るべきだ。


「希、どうしたの?その子…」

「えりち…!」


私の登場で、二人の表情が一瞬強張った。


「あ・・・会長・・・!」

下級生らしき女の子は1年か2年かはわからないが、持っていた書類…いや、手紙の端を指で押し皺を作った。


「それ…」

それは何?と下級生が手渡そうとしている何かに向けて、私が手を出そうとすると…


「あ…えっと…あの、とりあえず、コレもろうとくね?」


希は下級生が今にも握りつぶさんばかりの”何か”を両手で受け取った。


「は、はい!ありがとうございます!!」


下級生の子は嬉しそうに頭を下げると、物凄いスピードで走り去っていった。


「廊下走ると危ないでー。」という希の言葉も何も聞こえていないようだ。


走り去ってから、私は横目で希が持っている何かを見た。

書類、の類ではない。


シンプルに…白い封筒の……手紙、のように見える。

もしかしてファンレターかな?とも思ったが…さっきの現場と二人の表情を見てしまうと、その線は消えた。


「もう…えりちってば、タイミングええのか悪いんかわからんね。」


そう言って苦笑しながら、手紙を自分の懐に仕舞おうとする希。


「なによ、生徒会長が生徒会室に来ちゃダメなの?」


「そうは言うてへんやろ?今日はやる事少ない筈やから、さっさと終わらせて練習しよ?な?」


話を逸らして、強制的に終わらせた。


ピン、と来た。

これは、嫌な予感よりも確かな直感だ。


希は、何かを隠している。

そして、私に気を遣っている。

私に知られまいとしているのだ。


生徒会室に入り、ドアを閉めると、私は鍵をかけた。



「…希、さっきの何?」


「んー?何がー?」


のらりくらりと希は返事をしながら、パイプ椅子に座って机の上のファイルを広げた。

広げたファイルの上にバンッと手を置いて、私は希に言った。


「誤魔化さないで。下級生が何か渡していたでしょ?ファンレター?それとも別のモノ?

もし、後者なら問題になる前に私に言って。会長として、ちゃんと知っておく権利があるわ。」


私がそう言うと、希はうーんと唸ってから苦笑しながら言った。


「問題ならとっくに起きとるって感じ?ま、いずれにしても、大した問題やないよ。」


それは、聞き捨てなら無い。


「希…私に隠し事?問題が発生しているなら、大なり小なり私は…」

「別に、えりちが知らんでもええ事もあるんやて…。な?わかって。」


何よ、私が知らなくてもいい事って。

ムッとしながらも、私は引き下がらない。



「わかんないし、わかりたくない。生徒会室前の人間に渡す手紙よ?気にならない訳がないでしょう。」

「そやね…えりちは、そういう子やったね。」


そう言いながら、ファイルの上に置かれた私の片手を持ち上げて、机の上に置き、ファイルのページをめくる希。


「希。わかってるなら、見せて。」

「それは、アカン。」


きっぱりと断る希に私はますます苛立ちを感じ、希の顔を覗き込んだ。


「…私に見られちゃマズいものなの?」


私の目を見て、希はおどけた態度で答えた。


「せやせや。ものごっつうエッチぃ写真が入っとんねんて〜えりち見たら卒倒してまうわ〜。」


開封もしていないクセに。

私は一瞬で、様々な可能性を考えた。


そして、このシチュエーションと希が私に渡したがらないモノ…何より希の性格から推測し、あり得そうな事柄を導き出した。



「希…もしかして、その手紙を受け取るべきは、私なんじゃないの?」



「…なんで、そう思うん?」



「…希には、な、内緒にしていたけれど、私…下級生から…そういう手紙をよく貰うし、下駄箱にも入ってた事あるから!

だから、希が気を遣わないでいいの!ソレは、私がちゃんと然るべき処理をするから!第一、私は…」


「ん?」

「・・・・・だから・・・。」


その先を言わないと、希は手紙を渡してくれないのだろうか。

言うのは躊躇われたが、希にはこれ以上勘違いされたくないし、私としても誤解されないよう、自分の意志を表明しておかないとならない。

ていうか、希が私宛の手紙を持っている事が嫌。


「何?えりち。」

「だ、だから…私は…」


首をかしげる希に私は小声で言った。


「わ、私は、希じゃなきゃ………ダメだから…。

だから、その手紙…こっちに渡して。」



「・・・・・・・・。」



一瞬の間の後、希はぷっと吹き出してから、微笑みながら言った。



「そんなん、とっくに知っとるって…何年の付き合いやと思うてんの。」

「・・・!」


笑われて、私の顔が思わず熱くなる。


「そない必死にならんでも。」

「い、言わないと勘違いされちゃうでしょ!?それに…あの子、どうして、よりにもよって希に渡すのよ!?」


下駄箱にいつもみたいに入れておいてくれたら、それで希の目には触れさせずに済んだのに。


「まあ、それは、ええやん。ていうか、処理って表現はあかんなぁ、えりち。アイドル的にも生徒会長的にも。」



「あ、ごめんなさい…いや、そうじゃなくて!で、結局アレは私へのラブレターなんでしょ!?希がどうするっていうのよ!?」


希に軽くたしなめられ、私は思わず反省の弁を口にしかけて、ハッと我に返って聞いた。



「そら、アレやん。えりちが言ってた”然るべき処理”をやね…」


希は、落ち着き払った態度のまま。


「希…。」

「えりち。ええから仕事。」


仕事のファイルを指差しながら、”普段通り”の希がそう言った。

「・・・・・・・。」

ファンレターならまだしも・・・もしも”ラブレター”だとしたら。

やっぱり気分は良くないだろう。


私が逆の立場ならば・・・うん、嫌だ。

希はいつも私の傍にいて、私は、その希をよく知っている。

今更、ぽっと出てきた他人が希にちょっかいを出す・・・と考えただけで、イラっとする。



(うん、希は…怒る、わよね。やっぱり…)



「さあさあ、始めるよ。えりち。」

仕事を始める気満々の希に私はおどおどしながら聞いてみる。


「の、希……もしかして…怒って、る?」


私の問いに、希は不思議そうに聞き返してきた。


「・・・なんで、そう思うん?」

「いや…あの子、私宛てのラブレターを自分の代わりに渡してくれって希に渡したんでしょ?…だから…」

「・・・あー・・・。」


(何よ、そのリアクション・・・。)


ああ、そういう事ね、といった具合に納得の表情で希は頷きながら言った。

しかし、それは正解の意味合いではなく、”そういう方向に考えましたか”という感心に近い。


「せやなぁ。改めて、モテる旦那持つと、妻の苦労は絶えへんなぁ〜。まあ、ウチの自慢のえりちやもんね。しゃーないやん。」

「・・・・・・。」


「えりちと付き合おうってなった時から、ウチ、こういう事は一応覚悟してたんよ?だから、大丈夫。気にせえへんで?」

「・・・希・・・・。」


なんとなく、違う気がした。


生徒会室に来る前に感じた嫌な予感、コレがその嫌な予感の正体なのか、大体、どうして嫌な予感があったのか、そういう事は、私にはわからない。

希は勘が鋭くて、私より気が回るし、人の感情にも敏感で、言葉を上手く使うから人の心に響く言葉をくれる。

『カードが教えてくれたんよ』と希は言うけれど、それは希が言うから説得力があるのであって…。


そんな彼女の感覚を私は尊敬しているし、彼女の言葉使いは…好きだ。

だって、私は…あまり鋭い方じゃないし…人を不本意に傷つけてしまう事もあるし…。


希は、私に無い物を持っている。

だから、こんなにも惹かれる。


その希を、この私が傷つける、なんて事・・・そんなのありえない。


私は勘が鋭くはない。むしろ鈍い。

嫌な予感の正体も体調が悪い可能性も捨てきれない。

適切な処理、と言っても、手紙を見て見ぬフリをして闇に葬るしか出来ない。




だけど。

そんな私にだって、確実に解る事はある。



希の事。


希は、確実に困っている。

どうして困っているのかは、多分あの手紙のせいなのだろうが・・・彼女はいつも通り微笑んでいる。


そう”いつも通り”なのが引っ掛かるのだ。


「・・・・・・。」

「・・・えりち?」


希の目をジッと見る。


「・・・仕事、せえへんつもりなん?」

「・・・・・・・・。」


私には、解らない事を貴女は知っている。

私にもそれが出来たらいいのにって何度も思った。


「・・・仕事放棄は賢くないで?エリーチカ。」

「・・・・・・・・。」



だって、それが出来るようになったら・・・私も貴女を支える事が出来る。



「な、なんなん…いきなり黙って…もう…。」


顔を赤らめた希は視線をふいっと逸らした。

更に私は希の顔を覗き込む。


「・・・・・・・・。」

「ちょ!?えりち!?近ッ!」



私は、じっと希の目を見た。


「本当に…今、大丈夫なの?」

「・・・大丈夫って言うたやん・・・。」



瞬きが若干早く3回、そして僅かに瞳が揺れた。

確信した。


(・・・やっぱり。)



これは、予感じゃない。

私が解るのは目に見えない予感よりも、今、目の前にいる人物の事だ。




「もう・・・えりち、どしたん?」




「嘘ね。」


「え?」


「希がそういう顔している時は大体、何か抱えてるのよ!隠してるの!」

「そ、そんな事…!」


「まだ言うのね!?…もう怒った!一体何なのッ!?貴女の顔をそうさせるのは、私だけでいいの!」


悩み事とか、他人への気遣いとか、そういうのだけで貴女を占領されていい訳ないじゃない。



「それもどうなんやろねって、うわっ!?えりち!?」


私は希の背後に回りこみ懐を探った。

柔らかい感触と布の間に固い異物を発見。


「ちょ、ちょっと!?えりち!力ずくはアカンって!…やんっ!そこ、ちが…ッ!」


希が高い声を出した原因は、私が指で摘んだ部分。

それが、希の体の一部である事に気付いたのは、彼女の声の艶を聞いたから。


「ッ!?へ、変な声出さないで!」

・・・とは言ったものの、結構好きだったりする。


「え、えりちが変なトコ触るからやろ!んもう、えりちのスケベ!賢い可愛いの他に”エロい”も追加!」


『賢い 可愛い エロい エローチカ。』


「誰がエローチカよ!!」

「言うてへんわ!」


「も、元はと言えば、希が素直に言わないし、見せないからでしょ!?」

「だからって、無理矢理、ウチの胸まさぐって・・・摘むん?それとも・・・ワザと?」

ワザとではない。

ワザとではない…けど、触れてちょっと嬉しかった…って違う!



「う・・・・・・ええいッ!これだわ!!」


今度こそ、目的の異物を取り出し、封筒の宛名を見た瞬間、私は口がぽかんと開いた。

希が『あーあ』と声を漏らした。




「・・・”東條 希 様へ”・・・?」




「…悪い気は、せえへんもんやね。”お姉様”って響き。」


呆気にとられる私の背後で希は困ったように笑っていた。

いい気なものだわ、と私は抗議の意味を込めて希の頬を抓った。


「の〜ぞ〜み〜!!」

「いひゃいいひゃい(痛い痛い)!」



開封されない手紙を見つめながら、私は思わず言葉が出た。


「あの子、希宛てに手紙渡してたのね…目の付け所が良い下級生もいたものね…。」


感心しつつも油断ならないわ…と思う私に対し、希はまた困ったように笑っていた。


「まあ、数は、えりちより少ないんやけど……ウチの場合、割とガチな子が多いんよね。」


「・・・真剣、って事・・・?」


”多分な”と希は頷いた。


「思春期やし、一時って事もあるやろうけど…それでも、人を想う気持ちに一時も嘘も何も無いやん?

それにあの子、ウチに面と向かってコレ渡してくれたんやから、きっとええ子やと思うんよ。

せやから…ちゃんとウチは答えてあげたいんよ。それが、あの子の望まない答えでも、な。

そうでもせんと、あの子も前に進まれへんやん?今後の恋にも悪いし。」


前に進むため。今後の恋に臆病にならないように・・・。

希らしいな、とも思えど…その優しさが時に彼女自身を苦しめていないだろうか?


「ホント、そういう所…希らしいわね。疲れない?」

「あっちは、その倍の勇気で来たんやもん。女子高やからって、本気の気持ちを流すのは…」


「だから、そういうのよ。希って、他人の事ばかりで自分は二の次って感じがする。」


「あはは…えりちが、ソレ言うん?」

お前が言うな、とでも言いたいのか、希は笑っていた。


「な、なによ…す、好きな人の心配しちゃいけないの?」


私は頬杖をついてそう言うと、希は少し目を見開き、やがていつも通り微笑んだ。


「……そっか…ウチはえりちに心配をかけてしもうたんやね。」


その目はホッとしているようにも見えた。


「…いっつも心は配ってるつもりよ。だから、もっと受け取って。私にも、希が抱えてる事、もっと話して。」


そう言うと、希はゆっくり首を横に振った。


「そう言ってくれるえりちが傍にいたら、ウチはそれでええんよ。ああ…ホンマに幸せ者やなぁ、ウチって。罰当たるんちゃうかな。」


そう言って笑う彼女が、物凄く愛おしく感じた。


「…希…。」


机の上で手を組んで、指先をつけたり離したりしながら、希は言った。


「実は…コレ渡されたのを見られた瞬間、ウチ考えてたの。

ウチもえりちに誤解されたくないなって思いが半分。えりちに妬いてもらえるんかなって期待半分…してたんよ。

めっちゃ罰当たり、やろ?」


「・・・そう・・・。」


その気持ちなら私も知ってるよ、希。


「ねえ、希・・・。」


私は椅子に座ったままの希の肩に手をつけたまま、後ろから希の顔を覗き込むようにキスをした。


一瞬、触れるだけ。


とにかく距離をつめてしまいたかった。



「…え、りち…?」


顔を真っ赤にした希の頬を私は両手で包んだ。



「私が傍にいてあげる。だから、今は私だけ見てて。」


それしか今は出来ないかもしれないけれど、私は希の事ならきっと誰より解るから。


「顔、固定されたら…他のなんか見えへんって…。」


逸らせない瞳が少しずつ潤んでくるのを私は見つめながら、言葉を重ねる。


「それでも、言いたいの。…希の事は信じてるけど…それでも、妬く時は妬くわ。」

「それは素直っていうか…開き直り、やね。」


私の手の中で微笑む彼女。

希の額に私も額をつけ、目を閉じ…もう一度キスをする。



「…私、その子に負けないから。」

「勝ち負けの問題ちゃうの。…ウチが好きなんが……えりちってだけ。」


目を開くと、耳まで真っ赤にした希がいた。


「って…何言わせんの、もう…。」


そう言って笑う希に私は言う。


「私も、希が好き。」


「・・・ここで、その言葉はズルい・・・。」

そう言って希は少しだけ拗ねたような顔を作った後、また笑ってくれた。

私は、希のこの笑顔が好きだ。




「あ。ところで、えりち…。」

「ん?」


希が指差したのは、机の上のファイル。


「早くコレ終わらせんと、にこっちが殴りこんで来て、現場見られるで?」


希の具体的な予想を聞いて、私は笑いながら答えた。


「ふふっ・・・そんな事、そうそうあってたまりますか。…それより、もう一回だけ…」

「あ…もう、火ぃついてもうたん?」

「うん。誰かさんが可愛いから・・・」

「あかんって・・・ウチ、知らんよ?」

「うん…知らないフリしてて。その間に・・・」




今度はゆっくり、じっくりとキスをしたい・・・と唇を寄せた瞬間。





ドアが物凄い勢いで開いた。








「ちょ〜っとッ!!いつまでやってんのよ!フォーメーション練習を始めたいんで・・・ぅわ、ゴメン・・・・・・・”バタン!”」








・・・・・・・にこ・・・・・。








・・・希の直感・・・ハラショー・・・。








「ほら、えりち…どないする気?ウチ、たった今、悩み事出来たんやけど?」


歯を見せて余裕の笑顔の希。

対して、引きつった表情の私は答えた。



「・・・ま、任せて・・・頑張る、から・・・!」


「ん、頼りにしてます♪」



希からのキスを頬に受けながらも私は必死に頭をフル回転させていた。




 ― 予感より確かな事は君の気持ち。・・・END ―



 あとがき

ハマったのでとりあえず…(笑)

書いてみると、希がえりちをイジってる→えりちが希をイジリ返す、という流れが好きでたまらない事に気付きました。

えりうみだろーが!と友からお叱りを受けたんですが、私は、やっぱりのぞえり派(受攻不問)です。