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朝は苦手だ。
瞼は重いし、なんだか頭もぼうっとするし、とにかく眠い。
俯きながら歩く。
(眠い…昨日遅かったからなぁ…)
生徒会のプリント、クラスで配布するプリント…作っている内に遅くなってしまった。
加えて。
今朝は、目覚めが特に悪かった。
(あの目覚まし時計…音が攻撃的すぎるのよ…。)
見た目が可愛い猫の目覚まし時計。
猫の鳴き声で起こしてくれると思ったら、大間違い。
鳴る音は、ただのサイレン音。
それでも自分で購入したものだから、と使ってみれば…見た目とは裏腹なサイレン音、その音がとにかく大きく、容赦なく私の脳を叩き起こす。
…確かに、目は覚める。
目は覚めるのだが…気分が悪い。
理想の目覚めって…こう…あんな風に叩き起こされるんじゃなくて…。
『えりち。…えーりーちー。ホラ、朝やよ。起きてー。』
そうそう。
希だったら、私の事を優しく起こしてくれる筈。
この前だって、そうやって起こしてくれたんだもの。
『…んもう、しゃーないなァ。
そないお寝坊さんには、ウチのスピリチュアルパワー注入してあげへんよ?
……いややの?じゃあ起きて。
…ん?はいはい、えりちが起きれるように、ウチが今た〜〜っぷり注入してあ・げ・る。』
ベッドで微睡む私に向かって、希はきっと優しく、ぷっくりとした柔らかい唇で…
「絵里ち。」
「ハッ!?」
不意に、誰かに左手をとられ、私の足は止まった。
「びっくりしたー…!そないビックリせんでもええやん…!」
振り向かなくても、声と呼び方で解る。
「の、希、おはよう。早いわね!何?」
…ま、まさか、本人が現れるとは…!
内心ドキドキしている私に向かって、希は唇に指を当てながら、少々ジトッとした目で言った。
「えりち、そないな顔で登校しとったら、下級生が怖がるわ。」
「そ、そんな事は………そんなに酷い?」
「うーん…コメントに困る顔、やね。」
「!!!!!」
苦笑しながら頷く希の言葉に私は思わず、ぺたぺたと顔を触った。
朝から妄想なんかしたせいだ!どれだけだらしない顔していたの!?
ああ、それより…!
希にさっきまで考えていた事を知られたくない…!
「…あと。」
希が再び私の左手を取った。
「ん。」
「えりち、指、切ったん?」
希は、私の左手の掌を指で流すように撫でながら、指で私の人差し指をくいっと少し上げて、赤い線の傷を見せた。
人差し指の第一関節付近に斜めに線が入って、そこから血が少し滲み出している。
「あれ?本当だわ…」
気が付かなかった。
傷の具合からして、今朝、鞄に入れようとしたプリントで切ったのだろうか?
「大方、紙かなんかで切ったんちゃうの?寝ぼけながらプリント鞄に入れたとかな。」
希は笑いながら、そう言った。
でも、希は勘が鋭いわね、では片付けられない内容に、私は思わず「希、見てたんじゃないの?」と言った。
しかし、希は手を振ってやんわりと否定した。
「あはは、見てへんよ〜。でも、まあ…えりちの事なら大体わかるわぁ。」
「…へー…。」
希、さっきまで、私が貴女の事を考えてたのもわかる?
・・・試しに、そう聞いてみようかと思ったが、やめた。
何でも解ってもらえるって、便利なようで、少し寂しい気がする。
相手はどの程度わかっているのか、こちらは解らない。
そして、私は…希に関して解る事と同等の解らない事もまだまだあるというのに。
希は、私も気付かない私の傷にすぐに気が付く。
「あぁ、冷たい空気に触れたせいや。傷、開いてきとるよ。」
そう言って、傷口を優しく撫でる。
傷口が、少しぴりぴりと痛み出す。
「…本当に、希はよく気が付くわよね。」
「誰よりも、えりちの事をウチはよー見てるからなぁ。」
希、それは…ニコニコしながら言う台詞じゃない。
指先の痛みよりも、グッと胸の奥に心地良い苦しさが湧いてくる。
「これ以上、広げたらあかんわ。」
そう言って、希は鞄の中からピンク色に☆のマークがついた絆創膏を取り出した。
用意が良いのね、と感心しつつも、なんとなく…これも占いかなんかで読めていた事なんじゃないか、とも思った。
「本当に、希は何でもわかるわね。」
「えりち、指をピンと伸ばさずに、少し力抜いててな?」
「ええ。」
絆創膏の張る位置を探りながら、希は言った。
「あと。なんでもって訳ちゃうよ?」
「え?」
絆創膏の剥離紙をはがしながら、希は言った。
「…ウチかて、えりちの事はわかってる”つもり”なだけであって、全部解りきってる訳やないもん。
いっぱいえりちと過ごしてきたっていう経験と少々の勘から導き出した結果やもん。
せやから…時々な、ちょっと不安になる事もあるんよ?」
不安、なんて言葉…希に似合わない、と思った。
私が不安な時、いつも安心をくれたのは希だから。
「希が?」
私がそう聞き返すと、希はこくりと頷いて私の指に絆創膏を張った。
「そやで。せやからな…ウチがえりちの事でなんか間違うてたら、ちゃんとウチの事、叱ってな?」
「そんな、叱るだなんて…。」
私の事をこんなに理解しようとしている人を私は他に知らない。
希は絆創膏を張り終わった指を絆創膏の上から撫でながら言った。
「…お願いや。」
神妙な態度に、私は思わず聞いた。
「…希、何かあったの?」
私がそう聞くと、希は少し寂しそうに笑った。
「えりちの顔に疲れが見えてんねんもん。
昨日は寝るの遅かったんやろ?何で、眠れへんかったんやろって考えてもわからへんから。」
「そ、そんなに深刻に考えなくたって…。ただ、生徒会で使うプリントとクラスで配布するプリントを作成してただけだし。」
そう言うと、希はほらやっぱりと言いたげに私を見た。
「ホラ、えりちは、そうやってすぐ無理するんよ。生徒会のプリントは、ウチ。クラスはえりち、それでええやないの。」
その程度、希の力を借りるまでもないし、希の負担になりたくないって私は思っただけ。
「希…私は…」
「わかってる…でも…悔しいの。ウチは…えりちの支えになりたいんやから。それに…」
その先の言葉を紡ごうとすると、希は私の指に絆創膏の上から唇をつけた。
「のぞ…!」
温かい吐息が指先から伝わり、それは全身を駆け巡った。
「こない綺麗な指に傷なんてつけて…。」
沸騰しそうなほど、体がかぁっと熱くなる。
「・・・・・・。」
「あ…ごめんな、えりち。」
ジッと見つめる私の目をちらっと見た希は、すぐに目を逸らし、手を離した。
希の手の温かさが消えた瞬間、指先が…胸が、ピリッと痛みを訴えた。
(…あ、今…!)
私は無意識に離れようとする希の手を握り返した。
「…あ…。」
掴んでしまった希の手は一瞬だが強張った。
これが、彼女の不安だろうか。
私の支えとしてどうしたら良いのかわからない、そんな感じの…。
私は希の目を見て、言った。
「希、今、手を離すのは違うわ。離さないで。」
すると、希は目を大きく見開いた。
「え・・・!」
「…あの…ちょっとフラフラするのよ。私が朝が苦手なの、希、知ってるでしょ?
加えて、あの目覚ましの耳障りな音が、まだ耳にこびりついてるのよ…。
だから、手を繋いで連れてって。あと…希の声を聞かせて…なんでもいいから話して……それで、いいから。」
控えめなお願いのつもりだったのだが、言ってしまってから、すぐに恥ずかしくなった。
「…随分、甘えん坊なお願いやね?」
希は目で笑って少し肩を上げ、一言そう言った。
自分でもそうだな、と思う。
でも、希にしか…言えないし、希にしか叶えられないお願いだ。
「い、嫌?」
私がそう言うと、希はニッコリと笑って手を握り返してくれた。
「ううん、喜んでー。」
希は話を始めた。
希の周囲を取り巻く、取りとめの無い話。
アルバイトの話。昨日の夜食べた物の話。昨日の占いの結果の話。
希の声が耳に心地良くて、段々と朝の空気に色を感じるようになった。
俯いて歩いていただけの道から、希を中心として周囲の風景が私の視界に入ってくる。
彼女の周囲にある世界を認識して、私は今ココを歩いているのだと実感できる。
視界に入るポスターの話に花が咲き、向かい合うと笑顔がこぼれる。
(朝一番で会いたいって思えるのは…やっぱり、希ね…。)
出来れば、もっと早く会えたら良かったのに、とすら思う。
いや、むしろ…起きて、すぐ傍に希がいたら…。
誰の目にもつかない状態で、希に会えたら…。
『お寝坊えりちには、ウチの特別スピリチュアルパワーを注入して起こさな、あかんねぇ?』
・・・いい・・・。
いや、良いけど違う!!
心の葛藤の最中、手を握っていた希がふと私に言った。
「…あ、えりち…今エッチな事考えとる?」
「…な…ッ!?」
『…あ、アレ絢瀬生徒会長じゃない?』
『仲良いわね〜副会長と手を繋いで登校なんて。』
『でも、意外ね〜あんな風に笑うんだ…。』
「だ〜か〜ら〜!違うってば!!」
「ええってええって、照れへんでも♪…今日なら、安全やから♪」
「…………だ、だから!そういう問題じゃないでしょ!?」
「あっはっは!一瞬、考えたー!」
「の〜ぞ〜み〜!!!」
「あっはっは〜!」
一人じゃ感じられないし、貴女とだから、きっと楽しい。
「希!」
「んー?」
ありがとう。傍にいてくれて。
私は何も言わずに、微笑んだ。
希も何も言わずに、ニッコリ笑い返してくれた。
希から、言葉が伝わってくる気がする。
希は、音も出さずに唇の動きだけで言葉を作った。
「あ…!?…ちょ、希…!?」
「伝わった?ウチの気持ち♪」
「・・・。」
私は、黙って頷いた。
「なーんか…朝っぱらから惚気たオーラ出してる二人がいると思ったら、あいつ等かぁ…。」
そんな私達を遠くから見つめる二人がいた。
「ねえ、真姫ちゃん、あの二人ってさぁ…遠くから見ても、ガチよね?ね?」
「…いいんじゃない?周囲に迷惑かけなきゃ。」
矢澤にこの問いに、西木野真姫はやはりいつも通り素っ気無くクールに答える。
「十二分に周囲に惚気オーラ振りまいてるわよ!惚気の公害よ!迷惑!大迷惑ッ!!」
すると、にこの手を持ち上げ、真姫は言った。
「……じゃ、私もこの手を離して良い?」
「それはダメ。」
「…意味わかんない。」
舌打ちと溜息をつく不思議な雰囲気の二人組は、それでも手を離す事なく学校に向かった。
― 朝のヒトコマ。 END ―
”のぞにこ”は、どうしたんだよおおおお!という友人の叫びを無視して作りました。
うちのサイトのえりちは、希の事が大好きすぎて、色々完っ全にフルハウス。…な設定です。
希はおっとりしているんですが、自分からはそんなに動かず、来たものだけ受けていく…設定です。
特に山も谷もないお話なんですけど、ほんわかしてちょいちょい夜のテイストが入っている感じでお送りしました。
それにしても、にこまき。私にとっては、この二人難しいです!頑張って妄想しますけど!