― それが思い込みであると気付かされるまで、私は間違いを犯す。 ―





どーせ、私なんか。


…それが、いつからか口癖になったのは、いつからだっけ。

小学校高学年位で、自分がブスキャラだって自覚し始めた。


それに抗おうと必死にオシャレをするも、思春期の友達にどストレートに馬鹿にされまくって、諦めた中学生生活。

諦めが肝心だって思って地味に徹した高校生活…



『やだぁ、すっげーブス!』

『写真写りも最悪よね』


『ダメだよ、みんなそんな事言っちゃ…それにね…』


・・・何も楽しくなかった。



誰かが少しでも私を認めてくれたらなって、心のどっかで思ってた。

そうしたら、ブスでもさ…ブスはブスなりに…楽しく明るいブスでいられたんじゃん。



「あーんた、またそんな仏頂面してッ!口角を上げなさいな!」


中年太り驀進中のお母さんがデカイ腹から声を張り上げる。

お母さん曰く”わがままなボディ”らしいけれど、私に言わせたらわがままが過ぎた、”無法地帯ボディ”の方がしっくりくる。


「あげてるよ。これでも。」

(お母さんがもっと美人に生んでくれたらこうなりませんでしたよーだ。)


それに、口角を上げた所でブスはブスじゃん。



私の名前は白鷺 寛和(しらさぎ かんな)。女子大の2年生。


名前は気に入ってるんだ。

でも、容姿とのギャップがあって、今は嫌いな方。



「女子大生だって言うのに、黒だの灰色だの…どうして、もっと明るい色を着ないの!」

そう言って、豹柄のレギンスをにゅっと見せてくる。


「うっさいなぁ…お母さんが派手過ぎるんだよ…。」

いつも黒かグレー、デニムやチノパン…制服のような格好の私をお母さんは執拗に責める。

女らしく?誰の為よ。

私はこのままでいいのよ。誰の為でも無いんだから。


「今度、し●むら一緒に行こうよ?ね?買ってあげるから!」


「やだ。お母さんと一緒に行っても、お母さんが選ぶの気に入らないんだもん。」


それに、ブスな上、デブな私が何着たってさ、何も似合わないんだってば。


(でも…大学行き始めてから歩くの多くなったせいかな、少し痩せたのよね…。)


でも、自分を過大評価しちゃいけない。

ぽっちゃりとかマシュマロ女子なんて言葉で着飾るつもりは無い。


世間様から見える私は、ブスでデブなのだ。



(”そんな感じで、母は今日も超煩いの”…っと。)


スマートフォンでカタカタと友達に愚痴めいたメッセージを送る。

気を許せるのは、やっぱり同レベルの人間に限る。

変に美人と友達になると、本当に惨めな気持ちでいっぱいになるのだ。

いや。

私の場合は、美人ではなくとも、私とのレベル差が開いているだけで自然と美人に見えてしまう魔法がかかる仕組みになっているのだ。



メッセージが返って来た。


”いいじゃん。いいお母さんじゃん。私の所は自分で稼いで買え!だよ?買ってもらえるんだったら良いじゃん!うらやま!”


(・・・そうじゃ、ないんだけどなあ・・・。)


服を買ってもらってもらう事が羨ましい?


違う。そうじゃない。私は、望んでいないのだ。

着飾っても無駄だって解ってるのに、無理してお洒落なんかしたら、後から滑稽に見えるに決まっている。

滑稽なまでに可愛らしい服や格好を付けさせられるのが、嫌なのだ。



身分相応。

弁えて生きているつもりなのに、皆は私にはみ出せ、と言ってくる。

はみ出したら、真っ先に叩いてくるクセに。



「で、あるからして…今日配ったプリントの3枚目を見てください。」



大学の講義は楽しい。

興味がある授業だけは。

無いけれど、進級に必要な単位を獲得する為に受けなきゃいけない講義は・・・


(眠・・・)


眠気が6割程私を包んでいた時。


”コロコロ”とシャープペンシルが転がって私の手の甲に当たった。

隣の席から転がってきたのか、と思ってチラリと見る。


(げ。)


正直、授業を受ける時、私は周囲を見ていなかったから気付かなかったけれど…

凄い美人が座っていた。


流行の服を着て、鎖骨なんか見せたりして、細い手足で長くてキューティクル満載のキラキラサラサラの髪で。

化粧も濃くなくて、それでも目が大きくて睫毛が長くて…。


だけど、その人は真っ青な顔で、うっすら汗も額に滲んでいた。

具合が悪いんだ、とすぐに気付いた。

でも、授業中に喋っていたら、注意されて退室しろと言われてしまう。


しかし、明らかに具合が悪そうな彼女に声をかけずにはいられなかった。


「大丈夫?」


「…え?」


私が声を掛けたのがそんなに意外だったのだろうか。

美人さんはすごく驚いた。


(…ま、こんなブスに話しかけられたら、そうなるわな。)


と私は皮肉を浮かべて、シャープペンシルを返した。


「…すいません。」


美人さんはそう言うと、軽く頭を下げた。

すると、一瞬ビクッと身体を強張らせ、モゾモゾッと動いて顔を伏せた。


(オイオイ…。)

いよいよ、吐くんじゃないの?と私は思った。



「えっと…本当に大丈夫です?」

私は身体を少しだけ寄せて、小声で確認した。


「あ、大丈夫です。」


早口にそう答える彼女。

しかし、私は寄った瞬間。彼女の体の不調の原因が少しだけわかってしまった。


「えー…では…プリントの分は終わりましたし、区切りが良いので、これで終わります。

他の教室は講義中ですので、静かに退室する事。以上。」




…授業が終わった。

だが、隣の彼女は立ち上がらない。


私は鞄に参考書やノートを仕舞いこむ。

隣の彼女は立ち上がらない。


教室には段々と人が減っていって…やがて、私と彼女だけになった。



「…あの。」と私が正面を向いたまま声を掛ける。

「行って、下さい…。」と彼女が声を押し殺すように答えた。


でも、私は席を立たずに続けた。


「生理痛?」

「……はい。」


恥ずかしさを押し殺すような声だった。


「あと、月経過多?」

「…はい…結構…。」


(ああ、やっぱり)と思った。


「不躾に申し訳ないけれど…もしかして、漏れてる?」

「……多分…すごく。」


そこで隣を見ると美人さんは涙をうっすら浮かべていた。

ああ、辛いんだなと思った。


「あの…嫌かもしれないし、余計なお世話かもしれないけれど…。」


私は、着ていた黒いパーカーを脱いだ。


「これを腰に巻いて凌いで、一回家に帰るか、着替えて来たらどうかな?」

「で、でも…!」


私のパーカーは大きい。

腰に巻けば、間違いなく尻は隠れるだろう。


「…ココは、なんとかしとくから。」

そう言って、私は鞄からコンビニで貰ったおしぼりとトイレに流せるウェットティッシュを取り出した。


「…ドラえもんみたい。」


美人さんがそう呟いた。


「ああ、体型だけはドラえもんかも。」とおどけた。

美人さんはやっと笑って”そんな事ないです。”と言った。


…そんな事は知っている。誰が二頭身だ。

お母さんが何かあった時の為、と何かと持たせるのだ。

道具がチョロチョロ出てくるからドラえもんって例えは、承知の上なのだが、こういう時のブスは自虐トークで笑いを取りに行ってしまう傾向があるのだ。

しかし、笑ってもらえると自虐に走った甲斐があったという手ごたえがあるものだ。



「大丈夫。私も生理痛酷い方だし。」


私の言葉に、彼女は、やっと立ち上がった。

白い椅子に、赤い痕。


「「うわ。」」


二人で同時に声を上げた。


この椅子がプラスチックで良かった。

染み込むタイプだったら、目も当てられない。


「拭けば大丈夫だよ。貴女は早く行って。」


「…ごめんなさい。」


「気にしないで下さい。後はいいから、早く行って。」


美人さんが去って、私は黙々と椅子についた彼女の経血を拭き取った。

指先が真っ赤になっていったけれど、一度覚悟を決め、後で徹底的に手を洗うつもりでいたから、もう平気だった。

朝、大学に向かっていた際に買ったおにぎりを入れたコンビニの袋に、それらを入れて女子トイレで処理した。

女子トイレに向かう際、何人かにぎょっとした顔をされたけれど、もうそれすら怖くもなかった。






「へ〜いい事したじゃん。美人の恩返し期待しちゃっていいんじゃない?」


違う大学に通う友人の舞がそう言った。

高校時代は私と同じように地味でニキビに悩んでいたブス仲間だったのに、最近一人暮らしを始めてからはニキビが消えた。


「…別に、いいよ。」


私は、やるべき事をやっただけだ。

美人に借りを作ろうだなんて訳じゃない。

同じ女として、困った時はお互い様だ。私だって生理痛が酷い方だから、よく解る。


「たまには美人と関わった方がいいって。ご利益あるかも。」

「アンタまでお母さんと同じような事言うの?」


「いや、これ本当だって。あっち(美人)はさ、うちら(ブス)を利用して、自分の可愛らしさを引き立てるわけ。

うちらは、あっちが実践している美に関わるモノをいただくのよ。

おしゃれな服とかカフェとかコスメ?そういう情報を貰うのよ。ヤツラは何故か試供品をよくもらえるからね〜!」


「…なんだろ、私達、美人から養分貰って生きてるみたいだね…。」

「そんな風に考えちゃダメダメ!持ちつ持たれつよ?カン!(※寛和の愛称)

同じ人間だけど、扱いが違うのを逆手に取るの!生きる術はその人その人によって違うんだから!!」


「うーん…違うのは解ってるんだけどさ…でも、結局一緒にいて安心するのは類友じゃない?」


「うーん………まあ〜多少は共通点あった方が、安心はするけどさ。」

「私はさ、もう嫌なの。あちらの華やかな世界で生きてる美人様と関わるのは。」


「カン、考えすぎじゃない?」



そういえば、どんな美人でもウンコするんだよって舞が言ってたっけ。

美人だろうとブスだろうと、同じ人間なんだから出るもんは一緒。


「それにさぁ…カン、前から言おうと思ってたんだけど。」

「ん?」


「カンってさ…そんなにブスじゃないよ?自分でよく言ってるけど。」



何言ってるの?という顔で私は言った。



「ねえ舞…褒めても私、お金ないよ?」

「バカ!違うって〜!!」



「眼鏡外したら美形、なんて漫画みたいな事、現実じゃあり得ないし。私は眼鏡あっても無くても、このザマなのよ。」

「捻くれてんなぁ〜カン。」


慰めの言葉で現状が変わった試しは無い。

美人を見ると思い知らされる。


ああ…同じ人間で、どうして、ああも違うんだろう。

白くて細くて、笑ったら可愛くて。

ありゃあ、モテるわ。血出ても気にならない位。黙ってても男、寄ってくるわ。






 ― 三日後 ―



講義が始まる5分前。

いつもの席に座り、準備をしていた私の隣から声が聞こえた。


「あの、こんにちは。」

「…あ、ど…ッ…どうも。」


改めて。

この人、美人だ。別世界の人だ。と思い知らされた。

きっと、体調が良くなったせいもあるのだろう。朗らかに笑っている彼女は、本当に目を瞑りたくなるほどの物凄い美人オーラを放っていた。


眩しい・・・!

地底を生きている私にとって、この人は太陽だ・・・!


教室にいる皆が太陽をチラチラ見ている…ああ、太陽の傍にいる土竜の私まで視界に入っていないかしら…。

嫌だなぁ…美人と一緒に認識されるの…。


「あの、この間はありがとうございました。」

彼女は極上の微笑みを浮かべながらそう言った。


「あ、いいえッ!差し出がましい真似をッ!」

私は早く会話を終わらせたくて、早口でまくし立てた。


――お願い!教授ッ!早く来て!


「あの…あの後、パーカーすごく汚しちゃって…。」

「いいんですッ!あんなのッ!気に、しないで下さい!」




――お願い!チャイムよ!ゴンゴン鳴って!!早く授業を始めてッ!!


「だから、あの…代わりに同じようなパーカー探してきたんです。」

「え?あ…いえ!あの、自分のパーカーで全然…!」


「とても、お返しできないんです。ホントに、汚しちゃって…。だから、受け取って下さい。お願いします。」

「えっと…別に…黒だから、いいかなって…」


ええっと、つまりどういう事?私のパーカーは血まみれだから、返してもらえないって事?


「きっと、似合うと思います。はい。」


彼女は私に紙袋を渡してきた。

ああ、辛い!!!



「え…あの…えっと…。」



”キーンコーンカーン…”

遅すぎるチャイムと共に教授がのろのろと教室に入ってきた。

一斉に筆記用具を出す音がし、私は紙袋を手に、彼女に返せないまま授業を受けるハメになった。



(マジで、美人の恩返し来ちゃったよ…………ん?)



ふと、何か違和感があってチラッと隣を見ると美人がコッチを見ている。


「なッ!?」

「・・・。」


目と目がばっちりと合って、彼女はニッコリ。


私は…


(ご勘弁を…!!)


私の動揺は収まらなかった。


辛い。

この人に関わるのが辛い。

私は、美人に関わってはいけないのだ。



『カンナちゃんと美李って気が合うのよね〜!え?そんな事ないって!

美李だって最近お腹ぷよぷよしてきてるし、ブスな方だよ〜!カンナちゃんは、写真写り良いじゃん!ほら!』


美李(みり)とは高校生の時、私とクラスが一緒で、学年の中で一番可愛い子だった。

何をやっても愛され、どんな失敗をしてもなんだかんだで許された。


私と仲良くしてくれて、結構なんでも話し合える間柄だった。

・・・私は、そう思っていた。

皆からブスだなんだと言われても、美李だけは”そんな事ないよ”って言ってくれて。

私が錯覚するほど、カンナは私と同じだって言ってくれた。


でも、そうじゃなかった。

美李が何を言っても許されるのとは逆に。

私が、美李と同じなんだと思う事は許されない、と解るまで、どの位奢っていたのだろう。


美李が、自分をブスだなんと言う事は許されていた事だった。


そう、何をやっても許されていたのだ。



『やだぁ、すっげーブス!』

『写真写りも最悪よね』



美李は美人だ。

私とは違う。

誰がどう見ても、そうなのだ。





『ダメだよ、みんなぁ…そんな事言っちゃあ…それにねぇ…』




(・・・あ、ダメだ。思い出しちゃ・・・!)




きゅうっと胸の奥が締め付けられる程痛くなった。




チャイムが鳴ったら、すぐに教室を去ろう。




「…大丈夫?」


ふと、隣の美人がそう聞いてきた。


「顔色、悪い。」


教授に注意されないように、小声の単語で会話しようとする彼女に私は…首だけ横に振った。

彼女の視線をいくら浴びても、私はチャイムが鳴るまで視線を合わせなかった。

チャイムが鳴って、私は鞄に乱雑に参考書やノートを詰め込みながら、急いで教室を出た。



遠くで彼女が私を呼び止めるような声がしたけれど、私は走って、そのまま家に帰る事を選んだ。



視界が歪んでいた。

涙が目に溜まっていて、走っていないと零れそうだった。

感情が収まる所か、息は乱れてますます悪化した。


細い路地に入り込んで、コンクリートの壁と壁の間にしゃがみ込んだ。


「う…うぁ…あぁ…!」


声を殺して泣いた。


どうして、あの時勘違いなんかしちゃったんだろう。

同じ人間でも、生き方や進む方向は違うんだって気付かなかったんだろう。

どうして…お母さんは、もっと私を綺麗に生んでくれなかったのだろう。

もう少しだけマシな顔なら、マシな私に生まれていたら、今よりマシな人生を歩めたら…!


ニキビなんか手入れしたら無くなる。

化粧して隠すなりなんなり出来る。


でも、私は…化粧しても、何をしても”どうしようもない”。






「…あ、いたッ!」

「…あ…?」


駆け寄ってくる足音。

歪む視界には今流行のブーツのつま先が見えた。



「貴女、色々忘れてるから…私、急いで追いかけ……泣いてるの…?」



しゃがんで私と同じ目線になった彼女は、心配そうに聞いた。


「なんでも、ない…です。」


どうして、またこんな美人と同じ空間にいなきゃいけないんだろう・・・。


「あの、パーカー…もしかして、結構大事なモノだったの?」


トンチンカンな事を口走り始める美人さんに私は首を横に振って、早くあっちに行ってくれと願うだけだった。



「ねえ、じゃあ…どうして泣いてるの…?」


「いいから放っておいてッ!」

「…ご、ごめんなさい…でも…あのパーカー…」


「あんなダサいパーカーなんか、どうでもいいわよッ!汚したとか言って、どうせ捨てちゃったんでしょ!?」



「え!?…あ、いや…その…違うけど…。」



「いいから!あっち行って!一人で泣かせてよ…!ブスはね!貴女みたいな人と一緒にいたくないのッ!」





「・・・嫌。」


明らかにムッとした美人はストンと地面に座った。

胡坐をかいて、地面にどっかりと座った。


「は?」

「…私が困ってる時に助けてもらってるし、なるべくなら言う事は聞きたいけど、それだけは出来ないわ。」


「何、言ってんの…?」

「私、貴女と……友達に、なりたいから。」


友達?

とってつけたような台詞じゃないの。

私は涙を拭きながら立ち上がり、鼻水をすすりながら言った。


「…ふざけんな。アンタの思惑なんかお見通しだよ。」


「・・・!」


ほら、動揺した。

コイツも、美李と一緒だ。


「貴女みたいな人と一緒にいたら、私は自分がもっと嫌いになるの・・・ッ!

私みたいなブスはね、アンタらを引き立てる為にしか役に立てないから!

所詮、同レベルじゃないと友達なんかなれないのよ!ギブ&テイクにすら、ならないんだから!!」



私が怒鳴りつけると、美人さんはスッと冷静になって、私にぐっと近付いてこう言った。



「ギブ&テイクって何?」

「だ、だから…」


「引き立てる?私が?貴女で?どうして?ていうか、同レベルって何?…それこそ、ふざけてるのそっちじゃないの。」

「なん…」


「友達って、ギブ&テイクじゃなくちゃいけないの?ソレ、違うんじゃない?

ていうか、それなら…友達じゃなきゃ良いのよね?」


何か地雷でも踏んだのか、美人が怒った。

名前も知らない美人に何故、私が怒られなきゃいけないんだ。



「ちょっと、人の話を…!」

「ムカついたから、もう聞かない。聞いてやんない。」


そう言うと、美人は私の両手首を掴んでコンクリートの壁に押し付けた。



「…な、殴る気!?」


殴られたって容姿が変わる訳でもないから、怖くなんか無い。

殴られるのは怖くなんか無い。

でも…この至近距離が…怖い。

整った顔が私に近付くのが。

自分の醜い容姿に、近付いてくる…この人が。


どんどん近付いて…



…え…?



唇が触れた。

私の唇を割って入って来た舌に私は驚いて声を上げた。


コイツ、キスしてる…?私に?

今、何が起こっているの?


美人さんの細くて長い足が私の太ももの間に割って入ってきて、更に身体同士は密着する。



「んっ…んーっ!!」


身を捩っても、美人の力は強くて振りほどけない。

身体で押し変えそうにも何度もコンクリートの壁に叩きつけられるように跳ね返され、抵抗力を奪う。


少し唇を離し、彼女は素早くこう言った。


「…あんまり、自分の事、ブスって言わないで。」


だって、それは事実じゃないのよ、と言おうとしたが、素早く塞がれた。




嗚呼、神様・・・これは、あんまりな仕打ちだ。と恨み節を呟く反面…


「はぁ…はぁ……ん…ぅ…っ…」


ああ、こんな美人でもキスしてる時はどんなヤツでも興奮は一応してんのね、と冷静に思う自分もいたりして。


ただ…もう、この美人と友達になる道は閉ざされたな、と安心した。



もういいよ。

私の友達は、ギブ&テイクがちゃんとできるヤツが良いんだもの。




『やだぁ、すっげーブス!』

『写真写りも最悪よね』



美李は美人で、私とは違っていたが友達だった。

誰もがそれを理解し、私だけが真実を理解していなかったのだ。




『ダメだよ、みんなぁ…そんな事言っちゃあ…それにねぇ…』



美李は美人で、私と違っていて。



『カンナと一緒に写るだけで、誰でも美人に写るから。男の子に送る時、私いつもその画像使ってるよ。

どうしようもないブスはね、そういう風に使ってあげるの。そうする事で、お互いを生かし合えるんだから。

だから、カンナと仲良くしてやってんの。だって…アイツ”使いどころ満載”だからさ。』




私は、ブスで美人に使われる役目を担っていたに過ぎない。



美人にそんな扱いを受けたのが、悔しいんじゃない。



友達だと思っていた人間の言葉が、ほとんど嘘だった事が…辛かったのだ。



私が美李に友達としてあげていたモノは、ちっとも彼女を満たしてなんていなくて。

友達としての私の役目なんて、望まれてもいなかった。



愛想笑いで私の話を半分聞いて、”使う”だけ。



この目の前の美人だって…私を…どう使うつもりだったんだろう…。

まさか…性欲処理?こんな私で?どんだけ上級者レベルなの?



「はぁ………白鷺さ…」



(あれ?私、この人に名乗ったっけ?)


確かに、呼んだ…私の苗字を。



「もう、ここまで来たら…どうなってもいい……ん……白鷺さん…!」


そう言って、私のネルシャツのボタンを外し始めた。


「…なんで…私の名前…」


私の胸を触りながら、美人さんは自嘲気味に笑った。


「大学一年の時、情報処理の講義から…ずっと一緒だった…他も講義ちょいちょい一緒だったのに…やっぱ、覚えてないんだ…。」


「う…嘘…。」


ずっと、前からって…嘘だ。

そんな展開…こんな、突然…しかも…!


「これでも自信あったの。結構、目立つ方だから。記憶に残って、いずれは親しくなれるかもって期待して、何度も打ちのめされた。

だって、貴女、隣の女の事なんか見てもくれないんだもの…。ああ、やっぱり興味ないんだなって、諦めようとしたし、これでも葛藤したんだけど…やっぱ、諦めつかなくて…。」


「・・・・・・・。」


私は絶句した。

嘘だ…。何、ソレ…。


「覚えてないだろうけど、床に落ちたペンを何も言わずに拾ってくれたの…私、それから…

貴女の声が聞きたくて、でも喋ってくれないし、目線も合わない…話す口実も無いから…匂いを嗅ぐだけで…我慢して……。

ああ、やっと触れた…!」


い、いやいやいやいや!!!


なんだよ、この突然のトンデモ展開は…!?

いや、これは…嘘だ…!ブスの私が、こんな事になる訳が無い…!!



「ああ…やっぱり、信じてないのね…証明、しようか?白鷺さん。」


「いい。いいです。」


顔は泣いていたからぐしゃぐしゃだし、キスをされて、ぼうっとする頭で、必死に言葉を搾り出す。


「貴女は、私からしたらブスじゃない。ホントよ。…髪の色、一時期明るくしてたよね?…私、今の黒い方が好き。

夏に着てきたパステルグリーンのシャツは可愛かったけど、白いアメカジ風のTシャツはダメ…ブラが透けて見えてたから…後ろに座ってた。」



・・・・・・。



オイオイ…オイオイオイオイオイ…!!



「お母さんが買ってきたっぽい服は、すぐわかったわ。大体3回くらいで着なくなるし…。

あのパーカーが…一番、貴女が着てる回数、多かったから…アレを腰に巻く事になって…本当に嬉しいやら申し訳ないやら…。」


「…ちょ…っと…?」




うっとりと妙な事を口走り続ける美人。


オイオイオイオイオイオイオイオイオイオイ…!!とツッコまずにはいられない。

というか、どんだけ私を見てるんだ…!?



「…ホント、いい匂いして……返したくなかったから…だから、似てるパーカーを買ったの。それなのに…置いていくし…。」



そう言って、悲しそうに足元の紙袋をチラリと見る。



あ…この美人…ヤバイ…!怖いッ!!変態すぎて…ッ!!!




「初めて認識してもらえたのが、よりにもよって、生理中で、経血の処理されるとか、もう本当に恥ずかしかったけど…。

これで、やっと認識されるって一時でも浮かれた私がバカだった…!」


「…ちょ、ちょっと!待ってッ!?な、何!?私が悪いのッ!?」



「私は、これから順序良く、ちゃんと手順を踏もうとしたのに、白鷺さんが先に変にキレるから。」



「な…!?じゃあ、私が悪いの!?」



「悪いとか悪くないとか…ギブ&テイクとか…そういうの、私は考えない。」


「は?」



「こういう想いは、自己満足に近いわ。私が、勝手に相手に押し付けているようなものだし。

大体、女同士だし?今までだって…長続きしやしなかったし、上手くいかなかったし、諦めてたのね。」



「・・・美人なのに?」


「…それとこれとは別問題なんじゃないかな…容姿なんて、飽きたら関係なくなるもの。

みんな口をそろえて、私の事気持ち悪いって言うから。」



…ごめんなさい。

今さっき、私の服の事をペラペラ喋っている時、私も思ってしまった。



「だから、私の気持ちに応えてもらおう、返してもらおうなんて最初から…考えたらダメなんだって言い聞かせる事にしたの。


・・・でも・・・あのパーカーは、私に頂戴・・・?」



・・・頂戴って・・・。



「私なんかのパーカー…どうする、つもり…?サイズ、合わないのに…。」

「あ…どうしても、言わなきゃダメ?」


「…一応…。」


私がそう言うと、彼女は顔を赤くしながら答えた。



「あ…あの、さっき…汚したって言ったよね…?」


「あ、もういいです。わかりました。差し上げます。」



残念美人の変態はニッコリ笑って、改めて言った。





「ずっと貴女が好きでした。」




”あり得ねえ…。”と呟いた私の涙は、すっこんでいた。












「ねーねー白鷺 寛和って覚えてる?」


「えー誰だっけー?」

「ああ、クラスの中で”ブスキャラ”の位置でイジられてたヤツでしょ?」


「あーそうそう!別にそんなブスでもないのに、自虐ギャグ連発するからさ、すっかり定着しちゃったよね。」

「カンナ関係で一番酷かったのは、美李だよね。」

「あー確かに。引いた。」

「アイツさ…今更だけど言っていい?」


「「いいよ」」



「アイツ”性格ブス”だよね〜。」


「だよね〜」


「あり得ねえ〜!お前が言うかって感じ!」





結局。

私は…一番最初の最初から理解していなかった。

ブスのレッテルを貼られていたのではなく、自分からレッテルにぶつかっていただけに過ぎなかった。


美人かブスか。女に、その二種類の分類があるとしたら。

私はやはり後者だろう。

ただ、その基準はあったとしても、人によって違うって事は、よく解った。

そう、例え後者であっても…。




「カンナ〜!!」

「・・・ん。」



「おはよ。あ、やっと、私が買ったパーカー着てくれた♪」

「蘭が、着てって言うから。」


「似合う。やっぱり、思ったとおり!」

「…あ、ありがと…。」


「……。」

「な、なに?」


「照れた顔、凄く可愛い。」

「う、うっさいッ!!」



こうして、愛してくれる人がいると…なんとなく、自分の事をこれ以上嫌わずに済む。



舞は、言った。



『やっぱり、お前はブスじゃない。もう、ブス卒業ね!』と。


舞と会っていた時、美人さん…いや、葛西 蘭(かさい らん)が乗り込んできた際、舞はさほど驚かなかった。




そして、こう言った。




『だからさぁ、”類は友を呼ぶ”なんて、嘘なんだって。

類じゃなくても、違っていても、惹かれる時は惹かれ合う…そういうもんなのよ。人なんて。』




そう言われて、ふと隣で、私のパーカーの帽子の匂いをかいでいる蘭を見て、私は心底納得した。





  ― END ―




あとがき

久々の読みきりです。


生理だの経血だの、ブスの連呼、匂いフェチ、・・・まあ、百合っぽくない事この上なし!(苦笑)

しまいには、トンデモ展開過ぎて…


封印していたのですが、更新があまりにもなかったので公開に踏み切りました。