「…なんですかぁ?葵さん、緊急招集って…」



巴里華撃団 花組 5人は隊長 月代 葵に呼び出された。

・・・ここは、グラン・マ専用の映写室。


「…皆さん、そこへかけて下さい。」


部屋に来るなり、エリカ達は、椅子へ座るように、促された。


「ねえ、葵…こんなトコで何するの?」

コクリコの問いに、答えることなく、月代 葵は、ツカツカをとゆっくり部屋を移動し、灯りを消した。


「あっ…!?」


いきなり、部屋が暗闇に包まれる。


「…この私を呼びつけておいて、なんなのだ、一体!」


グリシーヌは痺れをきらせて、暗闇に向かって立ち上がった。

…断っておくが、呼び出されたのはグリシーヌだけではない。


「…アタシも暇じゃないんでね、手短に頼むよ。」


暗闇に慣れているロベリアは、椅子に座ったまま進行を促した。


すると、映写機が動き出し、スクリーンに光がさした。スクリーンの前には、葵が立っていた。


「…映画鑑賞ですか?エリカは恋愛映画が良いです♪あ、コメディーも捨てがたいかも…」


のん気なエリカの一言も、葵の次の一言で打ち消された




「…皆さん、重要な問題が発生しました。」




重々しい口調、いつになく真剣な表情…


『…今日の葵は、いつもと違う。』



全員が、そう悟った。



「まずは、この映像を見てください。」

「え、映像…?」


”カカカカ・・・”


映し出されたのは…顔にモザイクの掛かった男だった。


『…あ、アノー…コレ、ホントに…モザイク カカッテマス?』


スクリーンの下には ”プライバシー保護の為、画像と音声は変えてあります” とテロップまでかかれてある。




「「「「「………。」」」」」



スクリーンの中の男は、大丈夫だとわかったのか話し始めた。



『アノー…ソレジャ…ハナシマスケド…

 …サイキン…(グスッ)…ウウゥ…ボク、オウチニ、カエッテ ナインデスゥ…』


モザイク男は、ついに泣き出した。


「「「「「・・・・・・。」」」」」




『ソレモ コレモ…ゼンブ…


 …ゼンブ…


 パリ カゲキダン ハナグミ ノ セイダ―!!!』








 巴里華撃団〜紅姫こぼれ話編〜『巴里と光武Fと私』






「と、止めろ!映像を止めろッ!」


”カチ”


グリシーヌの声に、葵はリモコンで、スクリーンの映像を止めた。

「…どうしました?」


葵の表情は、先ほどと変わることも無く、冷静そのものだ。


「これは、一体なんなのだ!?」

「エリカ達のせいで、家に帰れないって、どういう事ですかッ!?」


エリカとグリシーヌは葵に詰め寄ったが、やはり葵は冷静に言い放った。


「知りたければ…映像の続きをご覧下さい。」


コクリコと花火は、立ち上がったグリシーヌ&エリカと、葵を交互に見ている。


「見りゃーいいんだろ?見てやるよ。さっさと見せな。」


座ったままのロベリアは、足を組んでそう言った。彼女もまた冷静だった。

エリカとグリシーヌは、渋々といった感じで、椅子に座った。

それを確認した葵は、再びリモコンのスイッチを押した。


”カチ”



『スベテハ…パリ カゲキダン ハナグミ ガ コウブF ヲ ブッコワシテ カエッテクルカラ…!』



依然として、モザイクがかかったままの男は、オドオドしながらも、巴里華撃団の告発を続けた。


「光武Fを…私達が、壊してくるから…帰れないなんて…それにしても、この人、一体誰なんですかね??」


エリカは、眉をしかめた。

次に映し出されたモザイク男は、違う人間に切り替わった。



『マイカイ、マイカイ…ヒドイモン…デス…テツヤノレンゾクデ…マンゾクニ…ネラレリャシナイ…!』



しかし、話題は巴里華撃団についての告発が続いていた。


「…まぁ…お気の毒に……」


花火は、モザイク男達の訴えに、口元に手を添えた。



『…オレ ガ カエッテコナイカラ カミサンニ、ウワキ シテルト ゴカイサレ…

 コドモナンカ、オレノコト…”オジサン”ト ヨブシマツ…!

 カエセ!オレノ アッタカイ カテイヲ…カエセ…!!』



モザイク男C(仮)は、巴里華撃団によって家庭崩壊の危機だと訴えている。



コクリコは、その切実なる訴えに思わず 「…な、なんだか…かわいそう…」 と同情の一言を漏らした。


『1ニチ、アブラ ト ジョウキ ニ マミレ…テツヤノ…レンゾク…!

 …ボクラ…[ピ−−]ニハ ヤスミ ガ ナインダ!』


モザイク男D(仮)は、必死に訴える。

しかし、ロベリアはその鋭い観察眼で、ある事に気づく。


「…ピ−って…こいつら、整備班だろ?」


そう、男達のモザイクがかかっているのは、顔だけである。


格好をよく観察すれば、それは光武Fの整備班である事は、隊員ならば、容易に分かる事だった。


5人の脳裏には

”一体、何故このような回りくどい方法で、今更こんな映像を見せられなくてはならないのか?”

という、疑問で溢れていた。



『…アハッ…テツヤ3ッカメ デース!


 アハハハハハハハハッハハハハハッハハハ・・・・・・・・・!


 ・・・・・・・ハーァ・・・ハハハ・・・・・・ハハ・・・・・ 


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 ・・・・モウ、シニタイ・・・』





・・・・・・・・・・・(ゴクッ…)


モザイク男Eの言葉に、5人は、息を飲んだ。

光武の損傷による整備班の状況は、かなり深刻らしい、という事実。

その現状は5人の想像を超えていた。

整備班の誰もが疲労しており、うち1人は家庭崩壊を控え、もう1人は自殺まで考えている、という状況である。



”カチ”



「はい、一旦止めます。」


葵は、5人の顔つきをみて、映像を止めた。

エリカは手をそっと上げて、発言した。



「…あ、あの〜…葵さん、一体、どういう事なのでしょうか?」

エリカの発言をきっかけに、他の4人も次々と発言する。


「こ、これは事実なのですか?」と花火。


「コレ、整備班のみんな、でしょ?」とコクリコ。


「こんな遠まわしなマネ、必要なかろう!文句があるなら、直接言えばいいものを!」とグリシーヌ。


「…アタシらは、体張って巴里守ってんだよ?整備班のヤツがどう言おうと、関係ないね。

 …イチイチそんな事気にしていたら、戦えやしない。」とロベリア。



彼女達は、光武Fに搭乗して、戦う事が使命なのだ。


そして、戦闘時に光武Fが何らかのダメージを負う事は、当然のことであり、彼女達の安全の為には、光武には多少のダメージもツキモノである。

しかし、この映像を見る限り、これ以上光武を壊すな、という訴えである事は間違いない。


ただ、その要望を叶えるという事は…”戦闘の勝利よりも、光武Fの損傷軽減を優先せよ!”と言われているに等しかった。


それは、巴里の平和を守る彼女達にとって”矛盾”を突きつける事。

5人は、隊長・月代葵が何を考えて、このような映像をみせるのか、真意を測りかねていた。


全員が発言し終えたところで、葵は目を閉じて、結論を述べた。




「確かに…貴女方の言いたい事はわかります。しかし、問題はそこではありません。

 …我々の光武Fが”壊れる事”が問題ではないのです。



 貴女方の光武Fの”扱い方”が問題になっているのです。」




「「「「「扱い方ぁ!?」」」」」


5人は声を揃えた。



「整備班の皆さんからの訴えを受け、私はジャン班長協力の元、これまでの戦闘を記録した映像を確認しました。

 そして、貴女方の光武の扱い方に問題を発見したのです。詳しい説明は、次の映像を見ながら…」



「ま、まだ映像があるんですか…!?」

葵は、エリカの問いに答えずにスクリーンの映像をスタートさせた。


”カカカカ…”


映し出されたのは、話題の中心になっている光武F2だった。



「…!!コレは…私の光武ではないか!」

「はい、まずはグリシーヌ機です。この映像は、前々回の戦闘時での記録です。」


青い機体の光武Fグリシーヌ機は、力強く戦場を駆け抜けていた。



『てやあああああ!!』



映像から、グリシーヌの声と凄まじい一撃が轟く。

葵は、スクリーンの右端から、指示棒を持ち、解説を始めた。スーツに指示棒、その姿は女教師のようだ。



「死角から突っ込み、敵の懐に入り込む…隙を上手く突いた戦法です。

 しかし…」


次の瞬間、グリシーヌ機に、突っ込む蒸気獣が1体。

思わぬ奇襲だったのか、頑丈なグリシーヌ機が、少しよろける。



『…クッ!!おのれええ!!!』



グリシーヌは、悔しさと怒りに似たような声で叫ぶと盾を掴んだ。


”ガッ!”


…そして…


『…シールド・アタ―ック!!』



”シャッ!ガッツン!”



青い光武Fは、盾を蒸気獣に勢い良く投げつけた。



「うわ…グリシーヌ…」

この様子をみて、顔を引きつらせながら、マズイよこれ…と言葉を漏らしたのはコクリコだった。


”カチ”


葵は、自機と同じ色をした顔色の部下に向かって、解説を始めた。


「…この後、グリシーヌ機の防御力が低下し、光武F左腕が破損しました。覚えてますね?グリシーヌさん。」

「あ…た、盾は…その…あくまでとっさに…!」


グリシーヌが、盾を投げた理由をしどろもどろになりながら、説明を始めようとすると、葵はそれを遮るようにリモコンのスイッチを入れた。


”カチ、カカカカカ・・・”



”ガッ!”

『…シールド・アタ―ック!!』

”カチ”


グリシーヌ機が、怒りに任せて、盾を投げる瞬間で、映像は止まった。

そして、映像と共に、グリシーヌの動きも止まった。


すかさず葵は、指示棒でトントンとスクリーンを指しながら、追及をし始めた。


「…はい、これ、今完全に”シールドアターック!”って言ってますよね?必殺技、命名する余裕があるじゃないですか。

 この状況では、間合いを取る…そうすれば、盾を失わずに済みました。」


「ッ!?こ、この私に…無礼な!私は数多くの戦闘を経験しているんだ!そんな事、お前に言われる筋合いは…」


グリシーヌの怒りが沸々と沸いてきていたが・・・


「戦いに必要なのは、冷静さと状況判断」


葵の真剣な表情と…


”ガッ!”

『…シールド・アタ―ック!!』


・・・この映像のリプレイは、彼女の怒りを静めた。




「……わ、わかった…もうしないから、映像を止めてくれ…!何度もリプレイされると恥ずかしい!!!」



「…よろしい、次は…ロベリア機です。」


「あァ?アタシ?…アタシの光武は、避けて攻めるのが基本。グリシーヌみたいな”シールドアタック”なんてやらねーよ。」

「うるさい、悪党…(泣)」


「確かに、ロベリアさんは…一番、戦闘に手馴れてますね。」

「だろ?」


「だけど…」


”カチ”


映し出されたのは、6機の光武。

その凛々しい姿に、4人(※グリシーヌは落ち込んでいる)は見とれた。


『巴里華撃団!参上!この巴里は、私達が守る!!』



6人の声も揃い、ポーズも決まったところで、戦闘が開始された。

依然として光武の扱い方について悪いところは見受けられない。


・・・が、ロベリア機が動き始めたところで、4人は息を飲んだ。



『…行くぜ…!』



ロベリアの宣言通り、緑の光武Fは巴里の街を疾走する。

巴里華撃団の光武でも、最高の機動性と軽量化に成功したロベリア機。


しかしそれでも、ロベリアの光武Fは2になってから重量は918s…


それが、考えもなしに疾走すると・・・




”ガッシャンガッシャン!!バキバキ…!メキャ…!!”




「「「「わぁー…」」」」



ロベリア以外の4人が、マズイよコレ、と声を漏らした。グリシーヌもいつの間にか立ち直って、声を漏らしている。


巴里の道路での出来事ならば、仕方が無い。

しかし、ロベリア機が疾走している場所は、道路ではなかった。

葵は、棒でスクリーン上のロベリア機をトントンと指し示す。



「…はい、今ロベリア機が歩いているのは、民家の屋根、及び、町の公共物の上です。」


ロベリア機は確かに、最高の機動性と軽量化を実現した機体だ。


だが、今回問題となっているのは”光武の扱い方”であり・・・



『―喰らいなッ!!』 ”バスンッ!”



「あ、屋根に穴あけた…。」



『―チッ…こっちもかいっ!!』 ”ガシャーン…ドーン!!”



「・・・く、車を踏み台にして、ますわね・・・」



映像を見ながら、コクリコと花火が気まずそうに呟く。


”ドカッ!ギギギー…!”


・・・そう、いかに戦闘慣れしているとはいえ・・・



”カチ”



問題なのはロベリアが・・・


「…巴里守るって言った端から、貴女が街を破壊してどうするんですか。」


葵は、映像を止めて、ロベリアにそう言った。


「・・・チッ・・・。」

舌打ちをして、ロベリアはそっぽを向いた。


「じゃあ何かい?アタシに動くな、とでも言うのかい?街並み気にして戦ってたら、勝てるモンも勝てやしないよ」


「…いいですか?ロベリアさん。

 不安定な地形で無茶な動きをしたら、その最高の機動性…駆動系にも影響が出るんです。

 貴女の光武は、毎回パーツを取り替える作業が必要不可欠なんですよ。せめて、無茶な動きだけでも控えてもらえませんか?」


「…フン、何のための機動性だよ。それを生かさないで戦えなんて、馬鹿も休み休み言…」



『えーんえーん…!』



反論するロベリアの声を遮るようにスクリーンからは、女の子の泣き声が聞こえる。

女の子の後ろには半壊した民家があった。


「・・・う、わァ・・・子供泣いてるよ・・・ロベリアのせいで。」


「お家、壊されてしまったのですね…なんてかわいそうな子…!ロベリアさん!いけません!

 こんな小さな子のお家を破壊するなんて!!」


「だ、だ・・・だーかーらーッ!!コレ位、勝つ為には仕方ないだろっ!?」


コクリコとエリカの口撃に、ロベリアはまだ反省の様子がない。それでも葵は、冷静に映像を見つめていた。


「更に、この後…」


次に映し出されたのは一台の”高級車”。 

その車に近づく緑色の機体。



そして、次の瞬間。



”ガッションガッション…ギー…”


『…フッ…』



”カチ。”



「…はい、ロベリア機の特徴でもあるシザーハンドで、車に傷をつけた決定的瞬間です。」


黒い車のボディには、真一文字の白い引っかき傷がついていた。


「あれは、あんなトコに置いとく方が悪いだろ?好き勝手な場所で止めやがって、邪魔だし、ムカつくんだよ。」

とロベリアは、自供した。


「………やっぱり、ワザとやったんですね?」


この手の車が撤収時に、通行の妨げになるのは、よくある事だった。

だが、隊長の葵としては、ロベリアの”光武を使用した犯行”を見過ごすわけにはいかなかった。


女教師から、女刑事になった葵は、淡々とロベリアを追い詰める。


「戦闘中、やむを得ずつけてしまった場合は、目を瞑るとして…

 ただの移動中、しかも”故意”に車・公共物に傷をつけるマネは、即刻止めて下さい。」


「…フン。」


依然、容疑者に反省の色は無い。刑事は、最終手段をとった。



「…今後、故意にやったと私が認定した場合、修理費は、ロベリアさんのキャッシュから引きます。」


「な、なんだと!?契約違反だろ!それ!!」


「ちなみに、今までのも換算すると…キャッシュどころか”借金”が支給されますが、まだ反論なさいますか?」


刑事と容疑者のやり取りに、他の4人はただ静かに見守るしかできなかった。



そして、容疑者はついに…

「・・・・・・き、気をつけりゃ良いんだろっ!?チクショーっ!!」

真の反省(?)をみせたのである。


「それから、不安定な地形の移動は…」

「…はいはい、控えりゃ良いんだろ!わかったよ!……ったく…」


がっくりと肩を落とす悪魔を、無邪気な天使が、からかう。


「あははははは♪やーい怒られてやんの〜」

「チビ…てめえ…!」


悪魔と天使の間に、再び女教師となった葵が、すいっと入り込む。


「次、コクリコ。」


天使は、顔色を変えた。


「・・・え?ボク?ぼ、ボクは何もしてないよ!?」

「こちらの映像を…」


”カチ。”



「こ、これは…!」

「あ…」



「覚えてますか?…巴里の街での戦闘において、狭い道での行動はできるだけ避けるように、と私は言ってきました。」



”ガッションガッション…”


「それでも、止むを得ない場合は…地形を…周りを良く見て、行動するように、と訓練しましたね?」



「・・・う、うん・・・。」


『やったなー!このっ!』 ”ブンッ…ズガンッ!”

『えーい!!』”ガッッツン…ガラガラガラガラ…”


「…と、マジックバトンにて、街灯1本、民家の外壁破壊…と。コレにより、マジックバトンの修理及び、指の関節部位損傷…と。」

「…あ、ご、ごめんなさーい…えへ♪」


「笑って誤魔化しても、ダメですよ…コクリコ。」


「・・・お前も顔に似合わず、やるねぇ」と悪魔がほくそ笑む。

「う、うるさいなぁ…仕方ないじゃないか!狭かったんだからっ」とコクリコは顔を真っ赤にした。




「それから、次の映像を…」

「ま、まだあるのぉ…?」


『ふふ〜ん♪ふ〜ん♪』


スクリーンは、光武の格納庫を映し出していた。

コクリコの手にはペンキ缶と、刷毛が握られており、刷毛で彼女の光武のマスコット”ニャンニャン”が描かれていた。


「…あの…葵さん、特にコクリコが問題行動をしているところは、無いと思うのですが…。」

花火が助け舟を出すが、葵はさらっと言い放った。


「いえ、もうやってます。」

「えぇ!?光武に、ニャンニャン描いちゃいけないっていうの!?」


「いいえ、そうじゃなくて…あのペンキは…有名なペックル社製の最高級品です。」


葵のその一言に、グリシーヌは優雅に付け加える。


「知っている、我が屋敷の外壁は全て、ペックル社製だ。」

・・・どうやら、すっかり立ち直ったようだ。


「グリシーヌさん、立ち直り早いですね!さすがです♪」

エリカは、感心しているが、今はブルーメール家の外壁の話はしていない。


「た、高いから使っちゃダメって言うの!?…葵のどケチっ!」


コクリコの訴えに、花火も同調する。


「葵さん、私も同意見ですわ…コクリコが、かわいそうです。」


葵は、コクリコの前に、片膝をついて、目線を合わせて、優しく言った。

「…コクリコ、基本的な事だけど…普通、使い終わった道具は、どうする?」

「…片付ける…」


素直に、それに答えるコクリコ。


「…さっきと態度がエラく違うな…」とロベリアがボソリと呟く。


そして、コクリコはハッと気づいた。

「……あ゛。」


「…どうしました?コクリコ?」


”ガシャーン!”



「…コクリコ、誰にでも失敗はあります。そう、ペンキ缶を落っことす事も。ただ…」



『…あちゃー…またやっちった…ま、いっか、ペンキだし。』



コクリコの足元には、落下してこぼれたペンキ缶が3缶転がっていた。


「…たかが、ペンキ…されど、ペンキ…。今月に入って、コクリコが落っことしたペンキ缶は17缶です。」


「ぼ、ボク…そ、そんなに…?」



『あ、こんな時間だ!?ごめーん!ボク、これからお仕事なんだ!ペンキのお掃除お願いしていい?』



元気で働き者なコクリコのお願いに『ああ…いいッスよォ…』と、うつろな目の整備班が答える。


『ごめんね〜!』

元気に駆け出していくコクリコに対し・・・


『……。』

ゾンビのような整備班が、死んだような目をしながら、もそもそとモップを持ち出し、掃除を始めた。



「…あ…」


コクリコは、自分が去った後の状況を理解すると、うなだれた。


”カチ”


映像を止めて、葵は再びコクリコに質問した。

「コクリコ…整備班の皆が疲れている事、ペンキが高級品である事・・・この2つを知った後で、同じ事が出来る?」


コクリコは、少し声のトーンを落として、言った。


「…ごめんなさい…ボク…これからは、ペンキは大事に使うし、後片付けも自分でやるよ。」


「…アタシの時も、それくらい優しく言ってくれないかねえ…」とロベリアが遠い目をして呟く。


そこでエリカが、優しい笑顔でコクリコの肩にそっと手を置いて言った。



「コクリコ、失敗は誰にでもあります。

 大事なのは、同じ過ちを繰り返さないという気持ちですよね?ね?葵さん!」


エリカの言葉に、葵はゆっくり頷いた。

「そうです。…貴女には、その心掛けをして欲しかったんですよ。コクリコ。」


「うん、わかったよ葵。ボク、気をつける。」


「コクリコ、主は頑張る貴女を見守ってくれていますよ♪」


笑顔で、はにかむエリカとコクリコを見ながら、葵は、ふと思い出したように資料をめくり、エリカに向かって呟いた。


「あ………ちなみに、エリカさんは1回の転倒で、ペンキ缶43缶を全滅させていますね。」




・・・・・・・・・・・・・・。




コクリコは、エリカの顔をじっと非難の眼差しで見つめた。


「エリカ…。」

「…あ、あははは…」



「では、次…花火さん。」

「わ、私もですの?」


ここまできたら、誰であろうと容赦はない。


「こちらの映像を…」


”カチ”



『花組、撤収しまーす!』

『了解!』



「この映像は、撤収時に収録したものです。」


光武F6機が、次々と移動していく…


”ガッションガッションガッション…”


「んん?…普通、ですよ、ね…?」と、エリカは顎に指を当てて、首をかしげた。


ところが。


”ガッションガッション…ガッ…!”



花火機が、道の段差に躓いた。


『あっ…!』 ”グニ。”


その拍子に、街灯が鈍い音を立てて、曲がった。


『…あ…いけない…』


花火機からそんな声がわずかにこぼれ、そっと光武の手が曲がった街灯に添えられた。


”グニグニ…。”


光武の手で、街灯は細い針金のように曲げられ、街灯はほぼ真っ直ぐになった。



『…せ、せーふ…なんちゃって…ぽっ』



”・・・カチ。”



「・・・アウトです、花火さん。



「も、申し訳ありませんっ!」


葵の指摘に、花火は顔を真っ赤にして、謝った。しかし、すかさず花火の親友・グリシーヌが反論する。


「葵、直すだけでも、ロベリアに比べれば、花火の方がマシだ!」


このグリシーヌの一言が、ロベリアの怒りを買った。


「なんだと!?グリシーヌ、お前っ…!」


立ち上がる2人の横では、花火機の映像が流れ続ける。


”ガッションガッション…ガッ…!”

『あっ…』

”グニ。”

『…あ…いけない…』

”グニグニ…。”



「…この”シールドアタックゥ〜ン”。(笑)」

「っ!?そ、そんな言い方していないし、そのネタをイジるなっ!!」


「やめて、2人とも!お願い!」


言い争うグリシーヌとロベリアの間に、花火が仲裁に入る。なおも映像は流れ続ける。



”ガッションガッション…ガッ…!”

『あっ…』

”グニ。”

『…あ…いけない…』

”グニグニ…。”



やがて、言い争っている2人は、違和感を感じ、言い争いを止め、流れている映像に着目し始めた。



「「・・・・・・・・・あれ?」」




”ガッションガッション…ガッ…!”

『あっ…』

”グニ。”

『…あ…いけない…』

”グニグニ…。”




…断っておくが、流れているのは”リプレイ映像”などではない。


「気付きましたね?」と葵は言った。


つまり。


ほんの数分の移動で、花火機は何度も転倒しかかり、何本もの街灯を曲げては、直す作業を繰り返していたのである。



「…オイオイ…。」 「…花火…お前…。」


グリシーヌとロベリアの2人は、声を揃えた。



「「曲げすぎだろ。」」



「ええと…その…ぽっ…」

花火は再び、顔を赤く染めた。



”ガッションガッション…ガッ…!”

『あっ…』

”グニ。”

『…あ…いけない…』

”グニグニ…。”



「原因は、おそらく戦闘による疲労かと考えられますが…いくらなんでも、これは…」と葵が言いかけ


グリシーヌとロベリアの2人は、声を揃えた。


「「いや、曲げすぎだろ、花火。」」


「今度から、撤収が難しい状況ならば、遠慮せず私に言って下さい。サポートしますから、ね?」


「・・・す、すみません・・・ぽっ」




「…それから…次の映像を…これは、この間の訓練時に撮影されたものですが…」


エリカ機とグリシーヌ機のコンビネーションの訓練の様子が映し出されている。


他の3機は、このフォーメーションの際、横と後ろの守りを固める、という手筈になっていた。

映像に映し出されていた訓練は、グリシーヌ機とエリカ機のタイミングが合わなかったため、2機だけが、タイミングの訓練を重ねていた。


残りの3機は、後ろで見学しては、あーだこーだとアドバイスをする役目だった。





そして、肝心の花火機は、というと…。



”…びょーん…びょんびょん…びょーん…”



弦から聞こえるなんとも間抜けな音。


「・・・は、花火、何をしてるのだ、これは・・・。」とグリシーヌは、目を細めながら親友に質問した。



黒い光武は、弓の弦を弾いていたからだった。



「…ええと……その…弓で……お琴っぽい音出るかしらって…ちょっと…思いついちゃって…」



”…びょーん…びょんびょん…びょーん…”


『…クスッ♪』



”カチ。”


「・・・アウトです、花火さん。」

「も、申し訳ありませんっ!」




「花火もお茶目なトコあるんだね〜。」 「意外ですねぇ♪」

コクリコとエリカは”カワイイ”と絶賛した。



「…それから…次の映像を、これも訓練中の出来事ですが…」


”…ザクッ…ザクッ…”


「…は、花火…何を、してるのだ、これは…。」とグリシーヌは、更に目を細めて、親友に質問した。



花火機が練習用の矢を、地面に突き刺していたからだった。



「ええと…その……『生け花』…で…良いイメージを思いついて…つい…。」



”ザクッ…”


『うふっ♪』



”カチ。”


「アウトです、花火さん。」

「も、申し訳ありませんっ!」



「…個人的には光武で演奏や生け花を出来るのはそれだけ、光武の手先を使いこなせている、という事で評価したいんですが…

光武の武器は、特殊に作られています。破損すると、戦闘に出撃させられませんし…事故の元にもなりますし…控えていただく方が、幸いかと…。」


「ほ、本当に、お恥ずかしい限りです…ぽっ」



「花火ってすごくお茶目なんだね〜。」 「ホント、意外ですねぇ♪」

コクリコとエリカは”カワイイ”と絶賛した。



「しかしだな、葵…」


グリシーヌが、なおも葵に意見する。


「花火の”光武の扱い方”に問題があったのは納得できるが…

 花火機に大きな破損は見られんし、整備班に文句を言われる筋合いは無いのではないか?」


「それは…次のエリカさんでわかります。」と葵のその一言で、エリカの動きが止まった。




「…う…!」




どうやら、本人には思い当たる節が多々あるようだ。



「きたね…」

「ついに、だな…」

「大トリ、のご登場だな。」

「ドキドキいたします…」



”カチ…”


「まずは…」




”ドゴーン!!ガガガガ!!”



「建物複数に被弾、と。」




”ガッションガッション…ガッ…!” 『き、きゃあぁっ…!!』 ”ガッシャアアアアアアアン!!!”



「…移動時の、建物破壊及び、光武、右足の破損…」



「これは、私も覚えている…。」 「酷かったものね……被害が…」


「あは、あははは…」


映像の中の赤い光武は、もはや正義の味方とはいえない動きをしていた。

操縦している本人は、苦笑いを浮かべて必死に誤魔化している。



「更に…」


”ガガガガガ・・・!” 『祈りなさ―いッ!!』



エリカ機、お得意のガトリングガンだ。



「ん?」


「今度は特に…何もないぞ?」

「スローでもう一度。」



”ガ…ガ…ガ…ガ…ガ・・・!” 『いーのーりーなーさー…



「―あっ!?」


コクリコが小さな声を上げ、グリシーヌがコクリコの方を向いた。


「どうした?コクリコ。何か気付いたか?」


「…葵…これって、もしかして…」

コクリコの言葉に、葵は”ご名答”とばかりに、力強く頷いて言った。



「ええ…エリカ機の弾丸が、ロベリア・花火機に被弾してます。」



「「な、何ですと――ッ!?」」


被弾した機の乗り手2名は、悲鳴に近い声を上げた。



「では、スーパースローでもう一度…」



”ガ……ガ(ロベリア機被弾)…ガ(花火機被弾)…ガ……ガ(花火機被弾2発目)・・・!”



「あ、ホントだ…」


「”あ、ホントだ・・・”じゃないよっ!エリカ、お前、やっぱりアタシに何か恨みでもあんのか!?」


「あ、ありませんよっ!むしろ愛です!」 と、エリカの意味不明な言い訳を聞き流し、葵は付け加える。



「…えー…ここで先程の花火機の破損が関係してきます…エリカ機の被弾率が一番高いのは・・・花火機です。」


その発言を聞いた花火は、ジリジリとエリカと距離を取った。


「エリカさん・・・わ、私に、おありなんですか?…う、恨みが…」


・・・しかも気のせいか、うっすらと涙目である。

エリカは慌てて、否定する。


「は、花火さんまで…!な、ないですよー恨みなんて!!えーん!葵さーん!もうやめて下さ〜い!!」


エリカは葵に抱きついて、懇願する。


かわいそうに思ったのか、葵は決まり悪そうに、頬の絆創膏を指でなぞりながら

「…奇跡的に、エリカさんの弾丸は、他の光武に当たっても、戦闘には何の支障もでないんです。穴が開くだけというか…」

と、付け加えた。


「ボクら今まで、気付かなかったくらいだしね…」

コクリコはその”奇跡”に納得した。



「おォー!やったー!!」


「喜ぶな、バーカ…」


巴里花組一、立ち直りの早いエリカは、両拳を天に突き上げ喜んだが、ロベリアは吐き捨てるように、エリカに釘を刺す。

更にグリシーヌが、顔をしかめながら、葵に言う。


「しかし、奇跡的と言っても…褒められたモノではないだろう。」


”そう言われると…”と思いなおした葵は、資料のページをめくりながら考えを巡らせ、言った。


「…そうですね、結果的に整備班が直す訳ですから…支障はありますね。先ほどの発言を撤回します。」

・・・と冷静に訂正した。


「ひーん…(泣)」


「・・・えーと…更に…」


「ま、まだあるんですかぁ!?」とエリカは涙声で言った。



「…ふむ、エリカだしな…あるだろう。」

「ひっどい!グリシーヌさん!エリカ泣いちゃいます!!」




その後、他の4人よりも、長きに渡るエリカのイタ〜イ映像が放映され続けた。



※なお、あまりにも長い映像の為、今回は映像を見ている隊員の台詞ダイジェストで、省略させていただく。



「…何度見ても、酷いですね…」 「…そんな、葵さぁ〜ん!」



「…エリカ…そこでなんで4回転半ジャンプしちゃうの…?」 「…冬だったので…ちょっと…スケート気分を…」



「おいエリカ!どうして、マシンガンの引き金引きっぱなしで、歩けるんだ!?」 「…ああ…あんなに…地面がえぐれて…(泣)」



「…あ、また私の光武に被弾してる……(泣)」 「花火さん!す、すみません!すみません!!」



「…エリカ…お前…ホント…いや…もういいや…。」 「ふええーん!ロベリアさぁん見捨てないで下さぁ―い!!!」




…あえて、表現するならば。


いつものエリカのズッコケ…とは言い難い程の赤い光武の暴走映像であった、とだけ追記しておこう。





「ふえーん…ごめんなさいぃ…」

「…こうしてみると…我らは、まだまだ鍛錬が足りないのだな…」

「反省しなきゃね…」

「ったく…だから正義のナントカは面倒なんだよ…」

「葵さん、私達の反省点は分かりました…それで…私達はどうすれば…?」


とまあ、5人それぞれは、すっかり落ち込んでいた。



「それです。」



「「「「「・・・え?」」」」」




「・・・皆さんには、その反省点と目標を…レポートにして提出していただきます。」



「「「「「ええええええーーー!!」」」」」



「…原稿用紙2枚以上、締め切りは来週の金曜日まで。遅れた場合・ズルをした場合は、整備班1日体験をしてもらいます。」



「「「「「ええええええーーー!!」」」」」






「…なにか、ご質問でも?(無表情で怖い顔)」





「「「「「・・・いえ、別に・・・。」」」」」




こうして、巴里華撃団5人は、月代隊長の命により、光武Fの扱い方についての反省文を書く羽目となったのである。









 ― 2日後。 ―



支配人室で、グリシーヌはメル=レゾンを捕まえた。

「メル、探したぞ。」

「ぐ、グリシーヌ様・・・ど、どうかしたんですか?」


書類の整理をしていたメルは、グリシーヌが自分に用事があるという、予期せぬ出来事にどぎまぎしていた。

グリシーヌの洗練された立ち振る舞いや、態度に、メルは憧れていたのだ。


「その…メル……”れぽーと”なるものを大学で書いた事はあるか?」

「は、はい、勿論です。」


「そうか…ならば話が早い。実は…」

「葵さんから聞いてます、光武についてのレポートを書け、とかいうお話しですよね?」


この頃、グラン・マの部屋を葵が借りて、夜遅くまで、何か作業をしていたのを、メルとシーは知っていた。


「…知っていたのか…ならば話す手間が省けた。メル、すまぬが…」

「良いですよ、レポートの書き方ですね?」


ニッコリとメルは、了承した。しかし、グリシーヌは「…む、いや…」と歯切れの悪い返事をする。


「え?違うんですか?」


「うむ…その…代筆して欲しいのだが…」

「…あ…代筆、ですか…?」


グリシーヌにしては、意外な頼み事だった。


「…葵に幾度か提出したのだが、もう一度書いて来いとつき返されるのだ。…もう、我慢ならん。

…しかし、出さなければ、整備班体験をさせられてしまう。私も、忙しい身なのでな…。」


とグリシーヌは、少しイライラとした表情で”事情”を話した。

しかし、メルはその頼みごとを引き受けるわけにはいかなかった。


「えーっと…あのお引き受けしたいのは、やまやまなのですが…」

「・・・む?どうした?」




「…葵さんに、くれぐれも代筆しないように、と言われていて…。」

「・・・せ、先手を打たれたか…!!」


そう…月代 葵、という女は、そういう面において、地盤をしっかりと固めていく人物なのだ。

メルとしては、グリシーヌの申し入れを断る事は、断腸の思いに等しく…なんとか力になりたいと思った。



「あの…よろしければ、レポートを見せて下さい。代筆は無理でも、アドバイスくらいなら良いと思いますし…」


メルが、そういうと、グリシーヌは少し考えてから

「・・・・ふむ、では頼もうか。これだ。」と自分のレポートをメルに渡した。


メルは、少しドキドキしながらレポートを読んだ。


「では、失礼して・・・・・・ 『巴里と光武Fと優雅な私 グリシーヌ=ブルーメール』・・・」


少し、突飛なタイトルだ。


「(私なら、このタイトルで落とすわね…)

 ・・・えーと・・・

『私は完璧だ、鍛錬すれば問題はない。 

 敵に盾はもう投げない。反省した。以上』…


 …………え?これだけ?」


美しい文字は、わずか二行続いて、反省のはの字も感じられぬまま・・・”以上”、という言葉で締めくくられていた。


「…葵は”枚数と気持ちが足りん”と、言ってな…

 全く!この私がわざわざ書いてやったというのに…一体何がいけないというのだ!反省してやっているではないか!」



どうやらグリシーヌは”本気”で、”自分なりに”反省文を書いたのだろう。

メルは、葵の苦労を少しだけ感じ取る。


「…えーと…(ああ…葵さんが書き直しさせた気持ちが分かってしまう…)そうですね…まず…レポートの形式からご説明しますね…」

「形式?私はブルーメール家の人間だぞ。レポートの書き方くらい、知っている。」


(…じゃあ、なんで2行で終わっているんですか!!) ※注 メル心の突っ込み。


メルは、少し思案してから、グリシーヌに提案した。


「そ、そうですわね…じゃあ…視点を変えてみてはいかがでしょうか?」

「視点?」


「そうです。元々葵さんがこんな事を皆さんにさせるのは…皆さんにレポートを書くことを通して

 光武の扱い方…自分自身を、もう一度客観的に見つめる…そういう機会を与えようとしてるんじゃないでしょうか?」


「…客観的に自分自身を見る…だと?」

「…例えば… 

 『敵に盾を投げつけるという状況になったのは何故か?』を考えていけば…

 『そのような状況になった原因』が明らかになります。

 次は、『そんな状況しない為の対処法』や『そんな状況にまた遭遇した場合、どうするか?』を考えます。

 そうする事によって、同じ事を繰り返さないで済むじゃないですか。」


メルの説明に、グリシーヌはなるほどと言った顔をして、腕を組み、思案し始めた。


「ふむ……では、考えてみるか…

 …葵は。あのような状況の際、”一旦間合いを取る”とか言ったな…

 …確かに、間合いを取るのも一つの手だが…」


「他に、グリシーヌ様自身は、その状況を振り返ってみて、どうお考えですか?」


「…ふむ……あの時…私は…

 周囲の敵の位置を、十分に把握していなかった気がする…それに…反撃され、少々、冷静さを欠いていたのも事実だ…」


「そうそう!そうです、グリシーヌ様!そうやって、考察するんです!」

「…ふむ、なるほど…そうか、そういう事か…!」


では、とグリシーヌは、そのままメルの隣でペンを握った。メルは、グリシーヌの隣で、レポート作成を手伝った。






「……全く、なんでアタシが…こんなモンを…!」

一方。

ブツクサ言いながら、ロベリアはペンを走らせていた。

場所は図書館。ロベリアがここにいる事を、誰が予想しただろう。

静かな場所で集中して書くならば、と彼女はあえて、自分に一番縁遠い場所を選んだのだった…。



「あら、ロベリアさん…?」


花火が、ロベリアに気付き、近づいてきた。


「ああ、花火か…・」

ロベリアは、ペンを休ませるのに良い理由だと、花火の方へわざわざ体を向きなおした。


「レポート、ですか?」


花火は花火で、本を3冊ほど抱えている。

ロベリアは眼鏡をクイッと中指で上げると、花火の質問に答えた。


「まあな…アンタもかい?」


すると、花火から意外な答えが返ってきた。


「私は、もう提出して・・・葵さんから、OKをいただきました。」

「はぁ!?もうだって!?…まだ2日だぞ?」


ロベリアが、大声を出し、花火が身をロベリアの方へ寄せながら、小声で説明した。


「ええ、あの日から、早速書いてみたんです…昨日提出しましたら、OKを頂きまして…

 葵さんから『一番乗りですね』…なんて言われてしまって……ぽっ」


嬉しそうに話す花火、それを聞き終えたロベリアは、頬杖をついて溜息をついた。


「なんだよ…人が苦労してるってのに…簡単に言ってくれるぜ……じゃ、ヤツ(グリシーヌの事)も?」


ヤツと聞かれても、花火はすぐに理解した。


「いえ、グリシーヌは…一緒に提出したんですけど…書き直しを…」


花火の報告は、少しヤル気を失いかけたロベリアに、笑みをもたらした。


「…フン、あのお嬢様が、反省文なんか書ける訳ないさ…

 大方今頃、メルのヤツに『代筆してくれぬか?』とか言ってるんだろうよ。」

 ※注  ロベリア ニアピン賞。




「………グリシーヌはそんな不正しませんわ…」


親友を庇いつつも、その親友を知っているだけに、花火は、強く否定は出来なかった。



「…ま、メルに頼んだら、あの赤アタマが先手を踏んで、代筆を断るように手を回してやがったし、無駄だろうよ。」


「…という事は…ロベリアさん、代筆頼みに行ったんですね?」

「ま、ね…あー面倒くさい……ところでどんなの書いたんだ?アンタは。」


ロベリアは”なんかイイトコあったら、写そう”と企んだ。

花火は、おずおずと自分のレポートを差し出した。


「…えと…お目汚しをいたしますが…どうぞ。」


レポートの端には、葵のサインが入っていた。


「…えーと…………『巴里と光武Fと私  北大路 花火』?」


「あ、あの…ロベリアさん…音読はしないで下さい…恥ずかしいです…」


「ん?ああ…悪ィ…」


花火に言われて、ロベリアは大人しく、文字を目で追った。



「…

 ……

 ………

 …………ふうん…アンタらしい反省文だな…少し、自虐的過ぎやしないか?」


ロベリアは、素直な感想を述べた。


「…葵さんにもそう言われました。 ”これでは、反省ではなく、自分を責め過ぎだ”と…。

”悪い所だけを見るのではなく、これから自分で出来る事を考えたら、もっと良くなるのではないか”と言われました…。」


「・・・・フン、赤アタマの言いそうな事だね・・・」


ロベリアは、目を細めて、花火にレポートを返した。

そしてこのレポートから、真似できる文章は無かったな、と思いなおした。


「それで…最近、ランニングを始めたんです。」

「・・・は?」


「体力をつけようと思い立ちまして…そうすれば、フラフラせずにすむな、と…」

「ああ、そうかい…(真面目なヤツ…)」


花火の決意に、ロベリアは苦笑いを浮かべながら”コイツのマネは本当に出来ないな”と思う。



「それで、ロベリアさんは…どんなレポートを?」

「…ああ、読むか?」

ロベリアは、片手でレポートを差し出した。



「……『巴里と光武Fとアタシ ロベリア=カルリーニ』……」

花火は、少し顔を引きつらせた。


「あぁ…タイトル、かぶっちゃったんだよなぁ…あー…面倒くせ…。」


ダルそうに、パラパラと花火の持っていた本をめくるロベリア。

それに対し花火は、椅子に座りレポートに目を通した。



「………『気持ちイイ事してあげるから、見逃して♪』…?」


「それ書き直して来いってさ…やっぱ、あの女には、通じないねぇ…アタシの魅力が、さぁ。」



・・・”反省のレポート”という前提条件すら満たしていない、このレポートに花火は、そっと素直な感想を述べた。


「…それ以前の問題かと……」









「葵〜!ハイ!!」

「あ、コクリコ…書けたんだ。」


コクリコは、走ってきたのだろう。息を切らせて、葵に勢い良くレポートを渡した。


「うん!」

「じゃあ、早速・・・。(…『巴里と光武Fとボク コクリコ』……なんだか…似たような、いや、ほぼ同じタイトルのレポートが多いわね…)」


葵は、ある意味、このチームはシンクロしているのだな、と微笑んだ。




(…うん…問題もちゃんと認識して、反省しているわね…ん?)


コクリコのレポートの最後には、赤い鉛筆で力強く、こう書かれていた。



 『ついしん。:ボクをエリカ機のそばに置かないで下さい。』



(…き、気持ちは分からなくもないけど……)



確かに、エリカ機の映像は、刺激が強かったのかもしれない。

この、コクリコの切実な願いを聞き入れようか、と葵は迷う。しばらく考え込む葵に、コクリコが不安そうに尋ねる。

 
「…葵…ダメ?書き直し?」


そこで葵は、ある結論に至った。


「…いえ、OKですよ。」

「わーい!」


葵は微笑み、喜ぶコクリコの頭を優しく撫でる。



「じゃ早速…これから暇ですか?コクリコ。」

「…え?」


大人の女性の表情と声の柔らかさに、コクリコは少し照れる。


「…何かご予定は?」 「…な、無いよっ暇暇!」


コクリコは即答した。

(もしかしてアイスクリームとか、奢ってくれるのかな…葵と2人でどこか出掛けるなんて、久しぶりだなぁ♪ どこ行こうかなぁ♪何して遊ぼうかなぁ♪)


…頑張った先にはご褒美がある。コクリコの小さな体に、大きな期待が抱かれた。



―――が!



「では、早速、特訓しましょう、コクリコ。」


柔らかい声と微笑からは、信じられない言葉の凶器が飛んできた。


「・・・・え゛?」


葵の特訓は、本当に”特訓”だ。


怒鳴られる事はないが、巴里花組全員が、彼女の特訓の真の恐ろしさを知っている。

何度も基礎基本を重ね、ある程度のレベルになるまで何度も何度も…そう、何度も何度も…行われるのだ。


一度、基礎トレーニング(霊力パワーアップ編)を願い出たエリカのせいで…


次の日、ほぼ全員が足腰立たなくなった事は、コクリコの記憶に新しい。



「基本からみっちり学習してもらいます♪レポートにも”もっと光武の扱い方が上手くなりたい”って、書いてましたよね?」 

「う、うへえ―…(書くんじゃなかった…)」





コクリコの唸り声が響く、巴里の陽気な昼下がり。





「うー…」


それとはまた違う唸り声が、カフェテラスに響く。



「うー…」


「・・・おや、エリカどうしたんだい?」

唸り声の主はエリカだった。それを見つけたグラン・マは、エリカの背後から彼女を唸らせているであろう”それ”を覗き込んだ。



「…”巴里と光武F”…なんだい?その紙は。」

「…あ!ぐ、グラン・マ!み、見ちゃいました?」


「…まあね…それでなんなんだい?その微妙なタイトルの紙は…」

「えーとぉ…それはですねぇ…」


「まさかとは、思うけど…華撃団や光武の事は、秘密事項だって、分かっているんだろうねぇ?エリカ。」


「勿論です!これは、葵さんに提出しなくちゃならない宿題…じゃなくって…レポートなんです!!」




※ …かくかくしかじか…エリカ説明中。




「…ふむ…なかなか、面白い事を思いつくもんだね。あの娘も…。」

「…葵さんのチェックが厳しくって、エリカのレポート…何度出しても、なかなかOK出ないんです…。」


「…どれどれ…あたしが見てやろう…


 『巴里と光武Fと神様とエリカ♪ エリカ=フォンティーヌ』 (…あたしなら、まず、このタイトルでつき返すね…)


 えーと…何々……?



『ボンジュール♪

 葵さん、お元気ですか?エリカは、元気と愛いっぱいです(はあと)

 今日はおやつにプリンを2つ食べて、3つ目に挑戦しようとしましたが、やめました。(えっへん!)

 なぜなら、太って光武Fに乗れなくなったら困るからです。(エライでしょ?)

 そうそう、エリカは思いついちゃいました♪(きらーん)

 エリカの操縦する光武Fを葵さんが操縦するのはどうでしょうか?(名案!)

 葵さんが操縦すれば、花火さん達に弾が当たる事無く、しかもコケません!(エリカ天才♪)


 そうそう、もう一つアイデアがあるんです。(エリカ頑張っちゃいました♪えへ♪)

 紅蘭さんに、巴里花組用に、双武を作ってもらって、葵さんとエリカとで、搭乗しちゃうんです(はあと)


 エリカはバンバン霊力を出して頑張っちゃいますから…葵さんは操縦を頑張っちゃって下さい♪(応援してます♪)

 そうすれば、2人は大活躍間違いなし♪(2人の手柄です♪)

 何よりも…2人で戦うって良いですよね♪(きゃ♪)

 最後に、すっごく反省してます(はあと)


 エリカ=フォンティーヌより、愛を込めて♪ 全世界の人々が幸せでありますように…』


 ……………。」




「あの…何がいけないんでしょう?グラン・マ…」

「うん、全部だね。」






そして、レポート締め切り後…




葵の光武特訓(基礎基本編)を受け、疲労するグリシーヌ・花火・ロベリア・コクリコと・・・

整備班の中で、油と蒸気にまみれながら、光武を磨くエリカの姿があった。



彼女達は思った。


レポートを提出しても、しなくても…これは地獄だ、と。


END





ーあとがきー


…こんな華撃団いたら、巴里には間違いなく、暴動が起きているとは思います。

タイトルは古いですが…「部屋とYシャツと私」からです。…内容は曲とは、かけ離れてますが。

エリカがおバカキャラ過ぎかなと、思うのですが……なんだか、コクリコ以外全員、そんな感じになってしまいました。

こんな感じ(?)で、この巴里華撃団は頑張っています。


2009.11.27加筆修正。

・・・当初、妙な所で区切る癖がついてらしいので、そこを中心に直してみました。