夏。

それは・・・


昔から、気温の上昇に伴ってか…または、お盆の季節に近いだけあって…

霊的な力の動きが、普段より活発になるといわれる季節である。

それは、日本特有のものだと、私こと月代葵は思っていた。


しかし、巴里もまた例外では無いらしい。


「お呼びでしょうか?オーナー」

「…巴里の夏はどうだい?葵」


その日、支配人室のグラン・マに呼ばれた私は、その問いに素直に答えた。


「……正直に言うと、暑いです…ひたすら。」

「…うん、胸元がいつもより開いてるからね、見りゃあわかるわ。」


そう言いながら、グラン・マは苦笑いを浮かべていた。

私の格好とは…上着を脱ぎ、Yシャツのボタンを2〜3個あけている状態。

私自身、こういう格好は本意ではない。だが、私のような体質にとって、夏の暑さは本当にキツイ。
だから、こうして胸元を開け、氷のうを片手に胸元をパタパタさせるしか、対抗策が無いのだ。


…こんな姿、グリシーヌさんに見られたら、また怒鳴られるかもしれないが…。


「…それで、何か?」

グラン・マが私を呼びつける時、それは霊的災害に関わる任務であることが多い。

もしくは、テアトル・シャノワールのイベントについて、か。


「ふむ…夏になるとね、日本は色々霊的災害が多くなるというだろう?」

「はい。」

それは、霊的災害、というよりも・・・怪談、のようなものに近いかもしれない。

「で、だ・・・こちらも色々出るんだよ・・・いや、もう出ている、というべきかねえ。」

「…怪人、ですか?」

私がそう聞き返すと、グラン・マは私から目線を外し

「……いや、色々さ…。」

と素っ気無い返事をした。


そして、私の方へとある資料を手渡したのだった。資料の表紙にはこう書かれていた。



 『夏の霊的災害防止強化キャンペーン 〜 ダメ、ゼッタイ。〜』



「・・・・えーと・・・」

私は体温がまた上昇するような気がして、ボタンをもう一つ外した。





 [ 巴里華撃団 夏の霊的災害防止強化キャンペーンを開始せよ! 第1夜 ]





私達は『巴里華撃団』。霊的災害から、この巴里を守るのが役目だ。


「…な、なんだと…夏の巴里には、こんなに霊的災害が発生するというのか!?」


私が、グラン・マから受け取った資料のコピーを配ると、まずグリシーヌさんがそう言った。

そして、すぐに私の開いた胸元のボタンに気が付き、『開け過ぎだ(怒)』と言われつつ、やはりボタンは閉じられた。

「ぶ厚いですねぇ…」

エリカさんの言う通り。グラン・マから渡された巴里に起きている霊的災害の資料の厚さは、上等なフィレステーキほどあった。

「でも、知りませんでしたわ…私達の知らないところで、こんなに…」

花火さんがそう言うので、私はキッパリと誤解を解いた。

「いいえ。私達が行うのは、これらの事件が霊的災害と関係しているかどうかを確認する、調査です。」


「つまり…これらの事件は、霊的災害とはいえないものも混じっている、というのか?」

グリシーヌさんの声が一気に、不機嫌さをまとう。

「ええ、まあ…そう、ですね…。」

私がそう答えると、グリシーヌさんに加勢するように、ロベリアさんが資料を放り投げながら、吐き捨てるように言った。

「そんなモンにいちいち…アタシを使うなってんだよ。夏くらい、のんびり酒を飲ませろ。」

(暇じゃなくても一年中、飲んでるくせに…。)と私は思いつつも、気持ちは同じだった。

霊的災害じゃないのに駆り出されるのは、確かにどうかと思った。


「ねえねえ…じゃあさ、みんなで交代で街をパトロールするのってどうかな?」


コクリコの提案は、次に私が提案しようとしていたものと同じモノだった。

そして、それを聞いたエリカさんも手を叩いて同調してくれた。


「あっ!いいですね!真夏の夜の巴里…一緒に歩きましょ♪葵さん!」

「え、ええ…。」

・・・ど、同調、というのかな。単に、お散歩気分でされても困るんだけどなぁ…。まあ、やる気があるのなら、いいか…。

すると。

「…葵、エリカとだけ、出歩く気か?」とグリシーヌさん。

「え?いや、細かい事はまだ決めてませんけど…ペアを決めて、交代で街を見回る、というのでどうでしょう?」

私がそう言うと、グリシーヌさんは腕を組み、目を閉じて言った。

「私達はそれぞれ、すべき事を色々と抱えている。巴里の平和を守る事も大事だがな。それを葵は、きちんと見守る責任がある。」

「・・・ええと・・・つまり・・・・?」と私が聞くと、彼女は目をかっ開いて言った。

「ええい・・・まどろっこしい!つまり!」


そこに急に、花火さんがにこやかに、会話に割って入ってきた。


「つまり、グリシーヌも葵さんと一緒に見回りがしたい、という事ですわ。」

「え・・・?」

「その通り!!・・・いや、花火!そ、そういう私情丸出しな言い方はよせ!」


慌てて訂正しようとするグリシーヌさんだが、真っ赤な顔が全てを物語る。


(珍しいなぁ…グリシーヌさんの、ノリツッコミ…。)と私が思っていると、その隣からボソリと

「・・・私情っていうか、ムッツリスケベ丸出しだな。」とロベリアさんが言った。

「そうだ!私は、む……いや、違う!黙れ!悪党ッ!!」

2回目のノリツッコミが炸裂した所で、私はまとめた。


「じ、じゃあ・・・皆さんは、日替わりで私と街を見回る、という事で良いですか?」



「はーい!」

「うん!いいよ!」

「よかろう。」

「はい、かしこまりました。」

「…ま、それなら暇な日に、付き合ってやっても良いぜ。」


という訳で、私は連日連夜…隊員と2人で霊的被害?が報告された場所をパトロールする事になった。

まるで”毎晩、微妙な肝試し”に連れて行かれるような気分だったが、あくまでもこういう地道な活動が平和を呼び…

そして、隊員とのコミュニケーションを深める絶好の機会だ、と思えばいいのだ。









― パトロール1日目 ― 花火さんと。


「…ええと…噂…いや、資料によると…この辺ですね。夜な夜な男の唸り声が聞こえる…って場所は。」

私は花火さんと一緒に、人気の無い路地を歩いていた。

細い道に、レンガ造りの古い家が立ち並ぶその地区は、昼間でも日が当たらず、人気のない場所で有名な場所だった。

「…なんだか…妙な臭いがしますわね…鉄臭い、といいますか…。」

花火さんが私にそっとそう言ったので、私は鼻でその辺の臭いを嗅いでみた。

「・・・・・確かに…鉄臭い、というか、なんだか生臭いというか…。」


すると…生ぬるい風と共に『ぅ…う゛ぅ……』と低い唸り声が聞こえてきた。


「…葵さん…今、こちらから…!」

花火さんが私の袖を掴んだ。そして、低い声の方向を花火さんは指さそうとしたのだが…

『ぅ…う゛ぅ……』と低い唸り声は、花火さんの指さす方向とは逆の方向から、聞こえ始めた。


「…こっちか…?」


しかし、信じられない事に・・・その唸り声がどんどん増えていくのだ。

『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』
『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』
『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』


「…葵さん…ふ、増えてます…声が、増えてます…」

『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』

私はすぐに花火さんと背中を合わせ、周囲の霊気を探る事にした。

『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』


しかし、唸り声ばかりで、霊気も邪気も何も感じられない…。


「…もしかして…この声、反響してる……?」

私がそう言うと、花火さんが私の名を小声で呼んだ。


「葵さん……ここ、ここから…声が聞こえますわ…」


そう言って指をさしたのは…雨といの錆びたパイプだった。

『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』『ぅ…う゛ぅ……』 『ぅ…う゛ぅ……』


「…確かに。」

「…この雨といのパイプの上…確認した方が良さそうですね…。」


私と花火さんは目線を合わせ、花火さんは建物の周囲を、私は風を纏い、そのまま一気に上まで飛んだ。

風は、私の呼びかけに、いつも通り答えてくれて、私の体を空へと舞い上げてくれる。


(……風はいつも通り、イイコだわ…。)


やがて、建物の屋根が見え、私は風を調節しながら、人影を探した。


…だが…。


そこには…誰もいなかった。


(…そんな…馬鹿な…!)

私は目を凝らし、聴覚、霊感…持てる感覚の全てを研ぎ澄まし、周囲の声の主を探した。


 ”ぅ…う゛ぅ……ぅ…う゛ぅ……ぅ…う゛ぅ…ぅ…う゛ぅ……ぅ…う゛ぅ……ぅ…う゛ぅ…


声は、聞こえる。


「・・・・・。」


…だが、誰もいなかった。

しかし、それが全てであり、結果だった。


「…葵さん…声は…声の主は?」


着地した私に、花火さんが駆け寄ってきて、この建物の周囲に人影は無かったと報告してくれた。

「上にも・・・いませんでした。誰も。」

私がそう言うと、花火さんは表情を曇らせて言った。

「…では…やはり、あの声は…この資料の通り…この世に未練を残して死んだ殿方の声…」

確かに資料には、そういう噂がある、という記載がされていたが…。噂は噂。


「いえ、霊的災害でもありません。」

「え?でも…誰もいなかったんですよね?」


私は、花火さんにも、真実を見せる必要があるな、と思い、手を差し出した。


「…花火さん、お手をどうぞ。」

「…え…あ…では、その、失礼して・・・ぽっ。」


・・・どうして、この場面で恥ずかしがるのかはわからないが、私は花火さんの手を握り、再び建物の上へと、風で飛んだ。


『ぅ…う゛ぅ……』 


「…葵さん…!声が…!」

そう言うと、花火さんは私の手を強く握り、身を私の方へとぴたりと寄せた。


「安心して下さい・・・ここには、誰もいません。多分、最初から。」


私はそう言って、声・・・・・・・否・・・。


”音”のする方角を指さした。


「見てください…誰もすんでいない建物の小窓が半開きになってます。しかも、それの蝶番が錆びているみたいで、こんな音が…。」


屋根の上には、屋根裏に光を入れるための小さな小窓がついていた。

それが、運悪く…鍵が壊れ、半開きになり…これまた運悪く、壊れた雨といのパイプが傍にあり…


「つまり…風で窓の開け閉めする音が…傍の雨といのパイプを伝って…あの路地に響いて…」


花火さんはそう言うと、安心したらしく、ほうっと息を吐いた。

もしも、窓の蝶番の音が、キイキイという音ならば、まだこんな噂にはならなかっただろう…。

雨といも同様…あんな不気味な男の声に聞こえたのは、錆びたパイプの”演出”に過ぎないのだ。

ちなみに、鉄臭いのや生臭いやらは、向こうのゴミ箱かららしい。ゴミは、きちんと分別して捨ててほしいものだ。

・・・要するに。偶然はあまりに重なりすぎると、とんでもない話になる、という事で。



「…まあ、そういう事ですね…。」と私は笑った。微笑ましい話で済んで良かった。

「・・・そう、ですか・・・あっ!!…す、すみません葵さん…!」

花火さんはそう言うと、私から離れようとするが、ここはまだ空中だ。


あまり離れたら、危ないので私は花火さんに「まだ離れちゃダメですよ」と声をかけて手を握りなおした。

すると・・・。

「あ…はい……ぽっ。」

何故か花火さんが顔を赤らめた。

(・・・・????)

まあ、それはともかく。


私はその後、問題の窓を閉め、鍵が壊れているので、そこは針金で止める事にした。


「これで、よし、と。」私がそう言いながら、問題の窓を指差した。



「……調べてみると、あっけないものですわね…」と花火さんが言い、その後…こう付け加えた。



「…それでも、何事も無くて良かったですわ…少なくとも、ここには未練を残して彷徨う魂は、いないのですもの…」

「…そうですね。」


確かに、私もそう思う。


「あ…葵さん、月ですわ。」

「・・・ああ、出ましたか。」


そこで、月の光が雲の隙間から差し込んだ。


(・・・・・・・あ。)


私は…その時。

・・・任務中にも関わらず、不謹慎な事を考えていた。


優しい月の光の中で、微笑む花火さんはとても綺麗だ、と。


「・・・?・・・どうかしました?葵さん…私の顔になにか?」

「あ、いえ!な、なんでもありません!・・・・えと、じゃあ、行きましょうか!」

「あ・・・はい。」


しっかりしろ。月代葵、隊長として、ここは任務に集中よ…!



(・・・・・・それに・・・これで終わりじゃあ、無いんだものね・・・!)



・・・そう、夏の巴里の調査は、まだ残っているのだ。たっぷりと。



 ― 2日目の調査 へ続く ―









[巴里華撃団 夏の霊的災害防止強化キャンペーンを開始せよ! 第2夜]



― パトロール2日目 ― コクリコと。


夜とはいえ、夏は暑い。

私はコクリコと手をつなぎながら、資料に記載されている、とある一軒の古びた民家を訪れた。

「…わぁ…」

見るからに廃屋、と呼ぶに相応しいその民家は、巴里の中心部から離れた場所にぽつんとあった。
人が住むにも酷い有様のそれは、何故か壊されないまま、今も家主のいないまま存在し続けている。


「…大丈夫?眠くない?」

私は、コクリコにそう声を掛けた。いくら任務でも、子供が起きていて良い時間じゃない。彼女の成長にも関わる事だ。
探索を終えたら、すぐに彼女を送っていこう、とも思った。

しかし、コクリコはきっぱりと言った。

「大丈夫だよ、子供扱いしないでよ。ボク、ちゃんと巴里華撃団の隊員として、パトロールしてるんだから。」

さすが、シャノワールのステージに立つ彼女らしい、そして頼もしい言葉だ。


「…わかった。じゃあ、入るわよ。」

「うん。」

しかし、いざ不気味な民家に足を踏み入れるとなると、コクリコの手は力強く私の手を握り、幾分か緊張感も伝わってきた。

資料には、この民家には昔、3人の家族が住んでいた。
病気がちな妻と幼い子供…ところが、妻の病気を治す為に、夫は借金をした。
しかし、治療の甲斐なく、妻は他界。子供も後を追うように死に。

借金だけが残った夫は、絶望のあまり、首を吊ったらしい。


それ以来というもの、この家に新しい住人が引っ越しても、何故か1ヶ月と経たずに引っ越してしまうという。

最近は、この地区も開発が進み始めている。古い民家は、霊的災害を始め、地震などにも耐久性が無く、危険だという理由で、再開発が進められているというが。

この家の周囲の開発は、進まないのだという。


「・・・・・・・・・葵、ボク・・・なんか、寒い・・・。」

「・・・確かに・・・この家に入った時から…妙に…。」


民家の入り口を開け、中に入るなり、ゾクリとする寒気が足元から襲ってきた。

薄暗い家の中を、私は懐中電灯で照らし、中を観察しようとすると…


”…ギシギシ…”


((・・・・いる。))

私達は、そう感じた。


「…葵。」とコクリコが小声で言って、床下を指差した。

「………ええ。」私は頷いた。


私達は見つめ合うと、頷き合った。

私は懐中電灯を消し、コクリコの手を離した。


数分後。


「……やっぱり、この子だった。この家がお気に入りみたい。」


コクリコはそう言いながら、民家の床下にいた1匹の猫を抱きかかえて、やってきた。


「…そう、床のほこりの上に猫の足跡が見えたから、多分そうだと思ったわ。」

「やっぱ、噂話ってそういうもんなんだね。この子、幽霊扱いされちゃって、かわいそうだよ。」


そう言って、コクリコは埃まみれの猫を撫でた。

猫はすっかりコクリコを信用しているらしく、彼女の腕の中で眠そうにあくびしていた。



「…あぁ、そうだわ。コクリコ、先に外で猫さんと待っていてくれる?懐中電灯置き忘れてしまったから。」

私は苦笑いを浮かべながらそう言うと、コクリコは素直に頷いて、民家の外へと出た。


”・・・バタン。”





「・・・・そこに、居続けても・・・何もならない、とわかってます・・・よね?」



私は天井に向かって、そう言った。



正確には、天井にぶら下がり続けている…元・家主。

青白い顔、彼の生気のない漆黒の眼球は、私を敵視していた。



『・・・この、家は・・・渡さん・・・。』



おそらく、借金を苦にして、首を吊って亡くなったという、前の家主だろう。
開発の邪魔をしていたのは…猫もその原因の一部だったのだろうが、主な原因は、恐らく彼だ。

『…渡さん…渡さん…』

彼の口からは黒い血液のようなものが、ビシャビシャと音を立てて、床へと吐き捨てられた。


「……どうやら、話し合いは無駄のようですね…。」


私は円月輪を構え、霊力を込めた。一瞬で決めよう。


…この家に入った時から、感じていた。

 ”悪意” ”敵意” ”恨み”

それら負の感情に支配されている彼には、もう・・・


「…まって!葵!」

私の後ろから、コクリコが現れ、そのまま私の前に立った。

「コクリコ!?」


「言ったよね?葵、ボクも、巴里華撃団の一員だよ。………うわ。」

…どうやら、コクリコもこの家の”悪意”に気付いていたらしい。

しかし。

…いざ、その悪意の人物を目の前にすると、彼女の顔は明らかに恐怖で引きつった。

「コクリコ…無理しないで。ここは…」

「葵、ボクにちょっとだけ、話をさせて…。」

コクリコの真剣な言葉に、何か策があるのかもしれないと思い、私は任せる事にした。


「あの・・・おじさん!・・・この家は、おじさんの大切な場所なんだよね?…ボク、わかるよ。」


『・・・渡さん・・・渡さん・・・!』


家主は威嚇するように、歯を剥き出してコクリコに迫ろうとする。

(やはり、説得は無理か…)私はコクリコの後ろで、円月輪に霊力を込め始めた。


「・・・でもね!それは…大切な人と…家族と一緒だったから、大切な場所だったんだよね?違う?」

『・・・う・・・』


コクリコの言葉に、天井の家主の呻き声は止んだ。


「家が大事なんじゃない…おじさんが大事にしたい、一緒にいたいのは”家族”なんでしょ!?

 ・・・だったら・・・だったら、ここにいちゃ、ダメだよ!一人じゃ寂しいでしょ?

家族も一緒だよ!皆、おじさんの事、待ってるよ!だから、一緒にいてあげて!」


『・・・・・・う・・・うう・・・』


(・・・邪気が・・・弱くなってる・・・?)

・・・家主の呻き声は、泣き声のようにも聞こえた。

”こんな事になって、すまない”と、まるで自分を責める様に。


そして、次の瞬間、ハッとした。


(・・・あれは・・・!?)

私は、思わず構えていた円月輪を下ろした。


彼の後ろから、白い手と小さな手がそれぞれ、彼の肩を掴んでいたからだった。



…その手は…恐らく…彼の、大事な家族だ。



その手が触れた瞬間、彼からは”悪意”が消えた。



『あなた…』『パパ…』

僅かに声が、彼の視線を後ろに向けた。


『…う…ぅ…すまない…うう…』


彼は確かに、そう言って、その2本の手をしっかりと掴むと、すうっと消えた。


(・・・もしかして・・・成仏、したのかしら・・・)


あくまでもこれは私の仮説だが。

彼の家族は前々から彼を迎えに来ようとしていたのかもしれない。

しかし、彼の邪気があまりにも強すぎて、彼の家族は近づけなかった…。

コクリコの説得で一時的に邪気が弱まり、その御蔭で彼の家族はようやく彼に手を差し出せるようになった・・・。



家からは、さっきまで感じていた寒気も、彼の存在も感じられなくなった。


天井には、彼の命を絶ったと思われる千切れたロープだけが揺れていた。私は、それをそっと取り去った。



「……一人で…辛かったんだろうね…おじさん…。」

コクリコは哀しそうにロープを見ていた。

「…彼は大事な場所を守っていたんです。

ただ、その守る方法と守る対象を少しだけ、間違えてしまったようですが…きっと、大丈夫でしょう。

コクリコの言葉のおかげで、彼は大事なモノに、気づく事が出来たのですから。」


私は、ロープをそっと床に置いた。


「……葵っ…!」

コクリコは、突然私に抱きついた。


「コクリコ…どうしたの?」

「わかんないけど…ボク…今、すごく…こうしたくて…。」


私も、なんとなく、その気持ちはわかる気がして…黙って、コクリコの小さな体を抱き締めた。

大切な人を失う辛さと、一人で乗り越えられない何かを背負った彼は、命を絶つ方法を選んだ。

死してもなお、彼はあの家に一人で居続けた。彼はどれほど、どんな気持ちで待ち続けたのだろう。


それを思うだけで、それはとても哀しく…私とコクリコの心を締め付けた。


…だが…コクリコの言葉と、あの2本の手で、彼は救われたのだと信じたい。


「…大丈夫……コクリコ…。」

「……ボク…葵の傍にいて…いいよね?」

「・・・勿論です。」


私はコクリコの頭を優しく撫で続けた。






「・・・・くかー・・・。」


その後、私は眠り込んでしまったコクリコを背負い、帰還した。

背中の温かさと規則的な寝息に、私自身もとても安心感を覚える。


「・・・ふ、ふああ・・・」



欠伸をしながら、私は思う。


(…そういえば、まだ2日目か…)


そう・・・パトロールは、まだ残っているのだ・・・。





― 3日目の調査へ続く ―








[巴里華撃団 夏の霊的災害防止強化キャンペーンを開始せよ! 第3夜]





― パトロール3日目 ― ロベリアさんと。



「…あーぁ…ダルい仕事…殆どガセじゃねえか。」


・・・今夜のパートナーが、とうとう愚痴をこぼし始めた。


「・・・ロベリアさん、任務中ですよ・・・。」


釘にも爪楊枝にもならないモノを、そっと刺してはみるが、効果が無いのは言うまでも無い。


「こういう夜はさ、酒だよ。アタシのガソリン。潤滑油というかさ。

 だからぁ…ねぇん葵ちゃん…今夜はもう切り上げてぇ…飲みに行かなぁい?」


ロベリアさんは、そう言って、猫撫で声(サフィール声調)で私に絡み出す。

お願いだから、耳元で囁くとか息吹きかける等は止めて欲しい。変な声出ちゃいそうになるし…。


「…ガソリンも潤滑油も、人には必要ありませ…ぁ…あと、人が見てますから絡まないでください…!」


夜とはいえ、ここはまだ街の真ん中。人が全くいない訳ではない。

警察でもない女2人が、街中で絡み合っていては

『私達実は巴里華撃団として、街を見回ってるんです!』

……なんて言っても、誰も信じないだろう…。


「チッ…アンタもお堅いねぇ…いい年こいた女と、こんなイイ女が、夜の街でクソ真面目に肝試しかよ。」

「…いい年こいたって、貴女と私、同い年ですよね?」



「で、次は?」

「あ、ええと…この先の通りですね。女の幽霊が男をたぶらかして、魂をもっていく…らしい、と。

 なんだか・・・まるで、セイレーンのようですね・・・。」

※注 ロベリアに上手く誤魔化されていますよ、隊長。


「・・・セイレーン?なんだそれ。」

「えーと…美女の姿をした海の怪物です。美しい歌声で、船乗りたちを誘い、遭難・難破させて、殺してしまうんです。

 …たしか、ギリシャ神話では…」

「あー…ありがたいご講義はその辺で止め。

・・・とにかく、その”ナンパ女”の幽霊の正体を突き止めればいいんだろ?」


「・・・・・・・身も蓋もない言い方ですね・・・まあ、そうなんですけど。」


そう言いながら、問題の裏通りの前に立つ。


「…なんだ…ここなら、よく知ってるよ。」とロベリアさん。

「え!?じゃあ…噂の女見た事…」と私が聞くと。


「薄暗いし、細いし、途中にマンホールあるから、逃げ道に良いんだよなぁ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


聞くんじゃ、なかった…。いや、聞かなかった事にしましょう…。


「なんだい、その目。・・・オマエ、アタシに喧嘩売ってんのかい?」

「……いえ…行きましょうか。ここで、最後です。終わったら飲みにいきましょう。」

威嚇し始めたロベリアさんに、私は最後だと念を押して、彼女の待っている言葉をかけてみる。


「・・・・・・・・フン、じゃあ、とっと終わらせちまおうか。奢れよ、葵。」

「はい。」


私は笑って答える。

・・・条件さえ整えば、ロベリアさんは働いてくれるのだ。



”カツンカツン”と私とロベリアさんの足音が不気味なほど、静かな道に響く。

その裏道は本当に暗く、狭く、かび臭く・・・・そして長かった。

先頭はロベリアさん、そのすぐ後ろに私。


並んで歩いても良かったのだが、何しろ道は狭い。2人で並んで歩けない事はないが、肩が壁にこすれて、汚れてしまう。

それに、私と彼女では、歩幅が大きく違うので、この方が、彼女は歩きやすいのだろう。


”カツンカツン…”


このまま、この道を歩き終えれば、今夜の調査は終わりだ。

久々に、早く終われそうかも、と思いかけた・・・その時だった。


”カツンカツン………カツン”


(・・・・あれ・・・?)


私が違和感を感じると同時に 

『・・・増えたな。』と、ロベリアさんが、ボソリと私に小声で言った。



・・・そう・・・足音が”増えた”のだ・・・。


私、ロベリアさん…以外に…もう一つの足音が。


”カツンカツン……カツン…”


試しに私達が足を止めると、足音も止んだ。

・・・そして、再び歩き出すと、また足音が始まる。


・・・間違いない。

増えた足音の主は、私達の後ろにいて…私達に、なんらかの用事があるのだ。


『…1・2の3で、振り返りますよ…』と私。

『・・・ああ。油断すんじゃないよ。』とロベリアさん。




 1





 2






 3!






振り返るとそこには…!!





「ぐへっへっへっへっへ!お嬢さーん!おじさんのソーセージ見てってくれよぉ〜!」



「「・・・・・・・・。」」




コートを広げた全裸男・・・露出狂がいた。

彼曰く、ソーセージらしきものを両手で上下にしごきつつ、顔は赤く、とても興奮しているようだった。

・・・一方、20歳の私達は・・・呆れて言葉も出ない。



…これは自慢ではないが、私もロベリアさんもシリアスモードな状況下で、突発的に変質者に会ってしまったとしても

”きゃー!?いやー!変態〜☆”とか言えないタイプなのだ。


「何コレ・・・セイレーンどころか…ホント、何コレ……。」

私はやっと言葉が出たが、呆れすぎてまとまりの無い独り言に近いモノしか出ない。

「まあ・・・”性”だけは合ってる、な・・・。」

ロベリアさんも、呆れすぎて腕を組んだまま、訳のわからない事をボソリと呟いた。


それに対して、私は”合ってたからって、どうだって言うんですか・・・。”とも言えず。



「最後はサワークリームが出るからね〜!ぐっへっへっへぇ〜!」



※注 このサイトは、一応…百合・15禁含有サイトです。



調子に乗って、露出狂は訳のわからない事を言いながら、ドンドンこちらへと距離を縮めてくる。

このままでは、そのサワークリームに似ても似つかない”汚物”が、服にかかる可能性が出てくる。


私はどう言葉をかけてやればいいのか迷いつつも、カマイタチを放とうかと左手に霊気を集めた。


すると、それより先に。







「・・・うわぁ、小っさ・・・。」






ロベリアさんのボソッと、そしてしみじみ放った一言。


しかし、狭い道にその台詞は反響し、露出狂の手の動きがピタリと止まった。



「・・・ロッ・・・ロベリアさんッ!?」

「何がソーセージだよ…モンキーバナナだってもう少しデカく見え…」

「ろろ、ロベリアさんッ!WEB拍手ネタで、そ、それ以上は止めてくださいッ!一応、このサイト15禁含有ですッ!!」


「なんだよ、葵…さてはアンタ、図鑑でしか見た事ないとかいうタイプだろ?

イイ機会じゃないか、よく見とけよ……あんな小さいの図鑑にだって載らないよ。」


「そ、そういう問題じゃありませんッ!大体、●起したら大きさが変動するって図鑑に…」


「そういう問題でもねえだろ?それにやっぱり図鑑でしか見た事ないんじゃないか。いいから見ておけよ。しかも、アイツ包●…」


「だからWEB拍手ネタで下ネタの限界越えないで下さいってばッ!


 ………あ、ホントだ…●茎…図鑑と一緒……」

「な?」


※注 繰り返しますが、このサイトは、一応…百合・15禁含有サイトです。




すると、私とロベリアさんの会話を聞いていた露出狂は急に、泣きながら怒り始めた。





「・・う・・・ううう・・・もう、勃●してるんだよ!・・・勃●して、この大きさだよ!

 …●茎で、童●だよ!…悪いかッ!!」



「「・・・・・・。」」


※注 何度も繰り返しますが、このサイトは、一応…百合・15禁含有サイトです。





私達は、互いの目を見て確認し合った。


”え?今…私達、責められてる?”と。


だが、瞬時に、同時に…私達の答えは出た。


「…露出狂が…」「…そもそも…」




「「逆ギレしてんじゃねえええええええええ!!!」」



”フィアンマ・ウンギア”と”風散雨牙”の同時攻撃。


露出狂は、コートを切り刻まれ、燃やされ…人通りの多い大通りまで吹っ飛び、転がっていった。

そして、通行人に発見され、警察に突き出される前に、病院送り(全治2ヶ月)となった。






「・・・ったく。酒を飲む前に、汚ねえモン見ちまったよ。」


ロベリアさんは言いたい放題言って、露出狂を黒焦げにしただけだ。

・・・いや、十分この地域の平和の為に、働いてくれたと言って良いだろう。


「・・・はあ・・・でも、まあ・・・巴里の街の平和に貢献したんですから、良しとしましょうよ。」

私もやれやれと体を伸ばした。

結局、噂の女は現れず…現れたのは露出狂。

特別、邪悪な気配も感じられないので、私はここの調査を終える事にした。


・・・本日の見回りは、終了だ。


「んじゃ、葵…」「はい?」

「飲みに行こうぜ?奢ってくれるんだろぉ?」

ロベリアさんが早速、ニヤッと不敵に笑いながらそう言った。

「よし、軽〜くワイン5本開けようか。付き合えよ、約束だろ?」

「…ほ、ほどほどにしておいて下さいね?持ち合わせが…」

と言っても、彼女が”ほどほど”にしてくれた試しはないのだが…一応言っておかないと、本当に1晩で家賃2ヶ月分は飲み干しかねないんだから…。



「ケチくさい事言うんじゃないよ…そんな事言ってると…」

「・・・・な、なんです・・・!?」


呆れたような口調でロベリアさんはそう言いながら、私の目の前に顔をずいっと寄せた。

また、威嚇…だろうか、と内心ドキドキしていると…。



「……アンタの”身体”でアタシのギャラ、払ってもらう事にしちゃおうかな…♪」


「・・・え?あ、あの・・・ちょっ・・・・・・ひ・・・ひいいいいいいいいいい!?」


・・・パトロールは、まだ残っている・・・。

・・・だが・・・その前に、私の体がもつだろうか・・・。



― 4日目の調査 へ続く ―






[巴里華撃団 夏の霊的災害防止強化キャンペーンを開始せよ! 第4夜]





― パトロール4日目 ― グリシーヌさんと。




「巴里の夜、人々は眠る。


しかし、街自体が眠る事はない。ただ、昼とは違う顔を見せるだけだ。そして、それは我らも同じ。

巴里華撃団として、この街で起きている”何か”…この眼で確かめてみせよう…


・・・ではゆくぞ!葵!」


「……あ、はい。(随分と気合、入ってるなぁ…グリシーヌさん…ナレーションまで自分で入れて…。)」

「…どうした?覇気がないぞ。葵。」


そうグリシーヌさんに指摘されて、私は思った。

連日連夜のパトロールに、疲れが出てきているのかもしれない。

(昼間、仮眠をとったのになぁ…)

…いや、こんな事で、巴里の平和を脅かす霊的災害を防げなかったなんて、言い訳にもならない。


「・・・あの、すみません。ちょっと顔洗ってきますね…気合、入れてきます!」

「・・・・・うむ。」


グリシーヌさんは、シャノワールのステージ後だというのに、任務をこなそうとしている。

私がこんな状態では、隊長として面目も無い上、彼女の信用を落としてしまう。


私は急いで、シャノワールの洗面所へ行き、冷たい水で顔を洗った。鏡に映る自分の顔を見る。

・・・大丈夫だ、ちょっと寝不足なだけ。任務は十分にこなせる。


「・・・行けるか?葵」


振り返ると、いつの間にかグリシーヌさんが真剣な表情で腕組をし、私の方をじっと見ていた。

私は振り返り、いつものように笑って答える。


「はい!行きましょう!」






「…で…墓地か。」



グリシーヌさんと私は、とある墓地にやって来た。

資料を見ながら、どれも怪談らしい、といえばらしい話だな、と思う一方、もしも資料どおりの事象が本当に起きているならば…

私達は真相を確かめ、善処する必要があった。


「えーと…資料には”墓地周辺に首無しの騎士が『首をよこせ』と迫ってくる”とか…

他には”下半身の無い女が、自分の子供を探して這いずり回っている”…他にも似たような話が…。

・・・どうです?グリシーヌさん」


墓地を歩きながらも、私とグリシーヌさんは、感覚を研ぎ澄ませる。


「・・・いや、そんな邪気や気配など、全く感じないが・・・もう少し奥かもしれぬな。」


彼女の言葉に、私は頷く。確かに、邪悪な気配は感じられない。

墓地特有の石の冷たさや、そこから放たれる薄気味悪さと闇が、人の心に恐怖と動揺を与えるのだろう。

それが、錯覚や幻聴を引き起こす事もある。



「これで何も無ければ…所詮は噂話の延長線か、墓荒らしかもしれんな。」

「墓荒らし…ですか?罰当たりですね…」

「…全くだ。墓を荒らすなど、死者に対する冒涜というもの。見かけたら即刻、私が成敗してくれる。」


そう言いながら、グリシーヌさんはスタスタと墓地の中を率先して前を歩いていく。

・・・頼もしい。頼もしいけれど、一応成敗時は、止めないと。墓荒らしは、警察に突き出さないと。



「…このまま墓地を一周して何も起こらなければ、帰還するぞ。」

「ええ…。(いつもより、動きが機敏だなぁ…グリシーヌさん…)」



明日、何か用事でもあるのだろうか?だとしたら、申し訳ない事をした、と思う。

だけど…


パトロールの話し合いの時、花火さんは笑顔でこう言っていた。


『つまり、グリシーヌも葵さんと一緒に見回りがしたい、という事ですわ』


・・・・・・にしては・・・・・・


なんか、素っ気無いというか。

・・・早く見回りを終わらせようとしているような・・・そんな気がしてならない。


やっぱり…普段から胸元開けてるだらしない女隊長って思われてて、嫌われてるんだろうか…。


一度も私の方を振り向かない彼女の背中ばかり見ていると、そんな気がしてきた。



すると、ぴたりとグリシーヌさんは足を止めた。



どうかしたのかと私が聞く前に、グリシーヌさんは突然走り出した。


「ちょ、ちょっと!?グリシーヌさん!待っ…!?」


・・・さっきまで気が付かなかったが、周囲に気配を感じる。中には殺気混じりのものまである。

(…囲まれている!?…いつの間に…!)

私が下らない考え事さえしていなければ、もっと早く察知出来たのに…いや、今はそんな事より…!



「はぁッ!!」


”ガキィンーッ!!”


「グリシーヌさん!?」




「ぼさっとするな!葵!・・・敵だッ!!」


金属同士が激しくぶつかる音の後、彼女はそう言った。

「・・・・!」

・・・恐らく、グリシーヌさんは私より先に”周囲の気配”に気付いていたのだろう。


「…こんな時間に女2人で墓地なんか来るもんじゃあないぜ…お嬢ちゃん…色々噂は聞いただろぉ?」

不敵に笑いながら男達がカマやナイフを手に、どんどん出てくる。


「…オジサン達は、色々やってるさぁ。墓荒らしから夜盗、なんでもな。女を襲って連れ去るなんて、朝飯前よ。」

前歯のない大男が下品な笑い声を上げる。


「…なるほど…ワザと人々の興味を引く噂を流して、獲物が墓地に来れば夜盗に、来なければ墓荒らしという訳ですか。」

私がそう言うと、大男は手を叩いて再び下品に笑った。


「ご名答…御褒美に、たっぷり可愛がってやるよッ!やれエッ!野郎共!」


私とグリシーヌさんは背中合わせにくっつき、周囲を視線で見回した。


「…グリシーヌさん!周囲にも気をつけて!闇雲に突っ込まないように!」

「・・・分かっているっ!」


グリシーヌさんは戦斧、私は円月輪を構える。・・・その途端!



「――!!グリシーヌさん、伏せてッ!!」



周囲から、複数の矢が飛んできた。私は瞬時にグリシーヌさんの方へ飛び上がりながら、風で壁を作った。

が、一本の矢が風で包み損ねた私の左肩を掠めた。


「くっ…木の上にも仲間が・・・!!」


「――葵ッ!」


タイミングといい、戦術といい、手馴れている…。これは性質の悪い常習犯だ。そして、この人数…!

霊的災害の調査でこんな事に巻き込まれるとは…!

・・・恐ろしきは、人間の方か・・・!


・・・・・・死者の眠る墓場でこんな事するなんて・・・許せない・・・!



(・・・これは、己の油断が招いた事とはいえ…2人とこの大人数じゃ長期戦は無理だわ…!)


私は、気を引き締めて、グリシーヌさんへ声を届けた。


「…私は平気です!遠距離の敵と後方援護は、私がしますから、グリシーヌさんは、前方の敵の殲滅をお願いします!」


私の目をしっかり見つめたグリシーヌさんは、力強く頷いた。



「・・・わかった!・・・ゆくぞッ!!外道共めェッ!!」

「ぐはっ!?」「うああああ!?」



グリシーヌさんの華奢な身体からは、想像も出来ないような戦斧を扱う速さと破壊力に男達はたじろいだ。


「確かに…外道には、遠慮は要りませんね……『粉骨砕心!・・・朧紅月!』」


私は空に舞うと、風を放った。私の霊力をまとった風は、私達の周囲を囲み、矢を放っていた男達の四肢を包む。

私は風に命じる。


「”…砕け!”」


「・・・うわ、うわあああああああああああ!?」「ぎゃあああああああああ!!!」


…後は、文字通り…風は、骨も…戦う心も砕く。

四肢の骨を砕き、戦闘意欲を削ぐ技・・・本音を言えば、あまり、人間相手に使いたくはない技なのだが…仕方が無い。


「うわ、こ、こいつら…普通の女じゃねえ…!」


「…どうした?私達を連れ去る事は、簡単なのであろう?さあ!やってみるがいいッ!!



…グロース・ヴァーグ!!」


「の゛わああああああああああ!!」



グリシーヌさんの必殺技が炸裂し、墓荒らし兼夜盗集団の頭らしき大男は、あっけなく倒れた。

頭が倒された事で、逃げ出そうとする残党は、私の風で拘束した。


「死者の眠りを妨げるとこうなりますよ・・・学習しましたね?」

「……葵、誰も聞いておらんようだ。気絶している。」


私達は、墓荒らし兼夜盗集団まとめて縛り上げると、警察へと連絡し、引き上げる事にした。


「まったく・・・とんだ霊的”災害”だったな・・・」

「そうですね…人災、ですからね。でも、これも巴里の平和に繋がります。」


私がネクタイを緩めながら、そう言うと、グリシーヌさんは少しだけ間を置いてから、私の名を呼んだ。


「……葵。」

「はい?」



「肩の傷はどうだ?」

私の顔を見ずに、グリシーヌさんはそうポツリと聞いた。

「・・・あぁ、掠った程度です。後で消毒しておけば、大丈夫で」



「馬鹿者。」



いつもなら街中に轟き叫ぶ程にその台詞を言うのに、今日に限って、彼女はボソリとしか言わなかった。そして、こう付け加えた。


「・・・・・・・あまり・・・無理はするな。」


「・・・え?」



「…そなたの目の下にクマが出来ているのでな…少し疲れが溜まっているのではないか、と思ってな…。

 ・・・やはり、心配した通りだった。」


・・・心配?


そこで気が付いた。彼女の歩調が、先程と比べて遅く、私と一緒だという事に。


「…あの…もしかして、それで…私に気を遣って、今日…率先して前を歩いていたんですか?」


私がそう聞くと、ムッとした顔をしつつも顔を少しだけ赤らめたグリシーヌさんはこう言った。


「……馬鹿者。勘違いをするな。私は、ブルーメール家の者として、巴里を守る戦士として、当然の務めを果たした。それだけにすぎん。」


そう言って、ハンカチを取り出して、私の左肩にあてた。私は、その優しい手に触れながら、言った。


「…お気遣い、感謝します。」


すると、彼女は途端に顔を真っ赤にした。


「む・・・れ、礼などいらん!…だから…その…しっかり休養をとれ!よいな?



 …………隊長。」



「・・・・・・はい。」


最後の小声の”隊長”に、私は嬉しくて、肩の痛み等忘れてしまった。


「…あー…あの…葵。」

「はい?」

何故か急に、グリシーヌさんの口調が歯切れの悪い感じになった。


「そ…そなたさえ良ければ……部屋を用意するが…良かったら……その…と、と…

・・・・・泊まってゆかぬか?」


あのブルーメール邸に泊まれるなんて、滅多にない事だ。あの、ふかふかのベッドは、格別の寝心地……折角だし、甘えてしまおう。

「良いんですか?じゃあ…」と私が答えると、途端にグリシーヌさんが慌てだした。


「……え!?あ、いや!その…もち、も、勿論!ベッドはべ、別だからな!?

いや、希望するなら、一緒でも私は構わんが、いや、女同士だから!変な意味等ないから!

…いや、私は何を言ってるんだ…だからー…あ゛ー!!」


・・・・・何を言ってるのか聞きたいのは、私の方なのだが…。


「あ、あの・・・私、眠れるのなら、どこでも構いませんし、別に一緒に寝ても良いですよ。」


雑魚寝みたいなのなら慣れているので、私は軽い気持ちでそう言った。



「・・・・・・・・・・。(硬直)」

「グリシーヌさん?」



固まった彼女の顔を覗き込むと、グリシーヌさんは顔を右手で覆いながらボソリと言った。


「………い、いや…ゴホンッ……そなたは……本当に、無防備だと思っただけだ…。」

「はあ…(何の事だろ…?)」



よくわからないけれど、その日は、グリシーヌさんの屋敷の客室に泊めてもらいました。


(…さすが…寝心地が違う…ふっかふかだぁ…♪)


ちなみに・・・葵が、ぐっすりと眠りにつく頃。



(・・・葵は、私と一緒に寝てもいいとか言っていたが、アレは本心なのだろうか・・・?

もしそうなのだとしたら、部屋を訪ねるべきか…いや、もう寝ているだろうか・・・

いや・・・せっかくのチャンス……だが・・・いや、しかし・・・・・・)



・・・グリシーヌは、眠れぬ夜を過ごしていたとか、いないとか・・・。



― 5日目の調査 へ続く ―




グラン・マから『夏の霊的災害防止強化キャンペーン 〜 ダメ、ゼッタイ。〜』という名の資料を渡された私、月代葵は
エリカさん達と日替わりでペアを組み、霊的現象があると言われる地域を調査する事になった。

要するに、巴里の街で、大規模な肝試しをする…と言ったところだろうか。

というか・・・何故、私だけ連日連夜パトロールする事になっているんだろう…(今更だけど)






[ 巴里華撃団 夏の霊的災害防止強化キャンペーンを開始せよ! 最終夜 ]




― 最終夜 エリカさんと ―


「…主よ…今宵も、エリカと葵さんは巴里の為に働きます。どうぞ…私達を導き、お守り下さい…」
 

「「・・・・アーメン・・・。」」


「…………エリカさん、あの、もういいですか?」

私は、今エリカさんの部屋にいて、彼女と共に跪いて、祈りを捧げている。私としては、早く夜の巴里の見回りに行きたかったのだが…。

エリカの部屋で、何故かお祈りをするハメに。

「・・・葵さん、ちゃんと祈ってました?」

エリカさんは片目を瞑ったまま、私をジロリと見た。

「・・・言われた通りに、祈ってましたよ…私なりに精一杯…(実家は、無神論者の集まりなんですけど…)。」

「でも、最後の”アーメン”しか言ってませんでしたよね?それで、祈りが通じると思ってるんですか?」


・・・い、意外と厳しい・・・エリカさん。


「す、すみません…こういうのには、疎くて…。」

こうなったら、再度祈るしかないと私は両目を瞑ったが

「いえいえいえいえ…み〜んな、最初はそうなんですよ♪徐々にエリカがみっちりと仕込んで熟成して差し上げます♪」

・・・と笑顔で”OK”を頂いた。


「はい!という訳で!葵さん、いつまで跪いてるんですか?さっさと、夜の巴里にくり出しましょ〜!!」

「あ、はい、やっとですね。・・・いや、行きましょうか・・・。(・・・エリカさんって・・・やっぱり、まだまだ掴めない・・・。)」

どうにも、彼女と一緒にいると自分のペースが保てず、ペースが全部エリカさん一色になってしまう…そんな自分は、まだまだなのかも。





「さてと・・・えー…今回は・・・”ゴッゾーの館(通称:幽霊屋敷)の調査せよ”と・・・」

「おお・・・あの有名な!!」

「おや、エリカさん、ご存知なんですか?」

「いえ、有名だってだけで、エリカはどう有名なのかは知りません!」

「・・・あの、胸張って、ややこしい事言わないで下さいね。期待しちゃったんで…。」

「はーい♪じゃ、張り切って行きましょう!!」

エリカさんは、笑顔でそう言いながら私の左腕に腕を通した。そして、私の話はスルーされた。

(………ほ、本当に解ってるのかな…。)と私は思ったが、彼女はこれでも優秀な巴里華撃団の立派な隊員だ。

「はい。行きま・・・あれ?行きましょ…ッ!くっ・・・・・・・・・・!・・・・はあ・・・開かない・・・。」

私は錆付き、蔦が絡まった扉を強引に開けようとしたが、ゴッゾーの館の扉は侵入者を拒むかのように、びくりともしない。

仕方が無いので、私は風来で上から侵入しようとしたのだが・・・




”ガガガガガガガガガガガガガ・・・!!”

”・・・・ギイイイ・・・。”



「・・・・・ふうー・・・アーメン☆・・・・・・あ、葵さん♪開きました!扉、開きましたよ〜♪」


それは、開いた・・・というよりも・・・穴を開けた、に近いかもしれない・・・。


「え、エリカさん…今度、発砲する時は、事前に言って下さると助かります。」

引きつった顔で私がそう言うと、エリカさんは

「は〜い♪じゃ、有名なゴッチャン館の探検に参りましょうッ!ファイト!オ―ッ!!

と言って、私の手を握って上へ挙げた。というか、やっぱり私の話聞いてない…。


「・・・お、おー・・・。(・・・・・やっぱり、不安・・・・・。)」







    ― 5分後。 ―





「あ、あああああ、あお、あおあおお・・・あ、葵さんッ!え、えええええ、エリカのこ、事…

ぜ、ゼットン!いや、ゼッタイ、絶対!離さないで下さいねッ!?ねッ!?」



不安的中。


「・・・・・・・・はい・・・。」


屋敷内に入った途端、エリカさんの態度が急変した。

お化け屋敷入りたがって散々駄々をこねた子供が、入った瞬間、怖がって帰りたいとまとわり付く…只今、そんな状況です…。

「ゆ、有名って・・・怖いって事で有名なんですね!?ね?葵さん!もうちょっと会話しましょうよ!

もしくは、エリカの湧き上がるこの恐怖を和らげる手助けをお願いします…ッ!」


そう言って、私の腕に身体をぴったりとつけるので、正直歩きにくいのだが。

確かに…薄気味悪い屋敷だ、と私も思う。

暗く、そこら辺に蜘蛛の巣が張っており、靴音だけが響く屋敷内、道を照らす灯りは、手持ちのランプの明かりしか無かった。

怖いのも無理はないのかもしれない…それを緩和させるべく私は提案してみる。

「え、えーと…じゃあ・・・歌でも歌いますか?」

「…あ!良いですね!じゃあ…えーと……

 ♪ニャーゴ・ニャーゴ・ニャ〜〜ゴ♪」



”ガタンッ!”



「に゛ゃあ゛あああああああああああああああああ!!!」


突然の物音に、エリカさんはパニック状態になった。

「え、エリカさ・・・ッ・・・く、苦しい・・・首、首に腕が・・・腕が・・・ッ!!」



『にゃー。』


「・・・あ・・・アレ?・・・白い猫・・・。」

「・・げほげほっ・・・・・・え?あ、本当だ・・・物音を立てたのは、あの子ですね・・・。」


『にゃー・・・。』


白い猫は私達の方を一瞥すると、暗闇の中へと歩いていく。

私とエリカさんは顔を合わせた。私達の中の第6感が命じる。




  ―  あの子、私達について来い、と言っているような気がする。 ―




「あ、待って…!」


私とエリカさんは手を繋ぎ、白い猫の後を追った。

すると、やはり白い猫は『にゃー』と鳴き、私達の姿を確認すると前へと進んでいくのだ。

(・・・もしも、これが霊的災害の元・・・罠だったら・・・)とも考えた。


「待ってくださ〜い!ネコさーん!白ヴァージョンのナポレオーン!


・・・だが、それよりもエリカさんの足が早かった。そして、その呼び名はどうかと思う。



白い猫は、どんどん屋敷の中を進み、やがて地下の大きな扉の前に辿り着いた。



「どうします?葵さん…ここまで来ちゃいましたけど…」とエリカさんが尋ねる。もう彼女に恐怖は無いらしい。

「・・・行きます、か・・・。」と私が言うと「そう、ですね・・・折角案内してくれたのですし!!」と力強い返事が返ってきた。


重い扉だった。2人がかりでやっと開くほどの重い扉。

やっとの思いで開けると…扉の向こうには…



・・・・・・・・そこには、無数の猫達が、いた。



・・・み、「見てください!葵さん!沢山の猫達です!」

そう言って、エリカさんは、猫の群れに近付こうとした。

「・・・待って!エリカさん・・・!」私は、エリカさんの腕をしっかりと掴んだ。


(・・・この猫達・・・生気が感じられない!・・・まるで・・・・・!)

私の手にエリカさんは微笑みながら、こう答えた。

「・・・葵さん・・・おっしゃりたい事は、わかります。あの猫さん達は・・・生きてないんですよね?」

「わ、わかってるなら、どうして!エリカさん、不用意に近付いてはダ・・・」

動物の霊、しかも無数・・・油断すれば霊気、いや魂すら持っていかれるかもしれないのに。

エリカさんは、なおも進もうとしていた。

「でも…無理です。…コクリコ程ではありませんが、エリカには、解るんです・・・みんな・・・寂しいんだって・・・」

「そんな…ダメです!そんな同情は、霊に引き込まれてしまう!」

「いいえ、同情じゃあありませんよ?さあ、葵さんも一緒に行きましょう・・・」

「エリカさ・・・うわっ!?」


エリカさんに、腕を掴まれると私は思い切り引っ張られて、2人共々、猫たちの群れの中へ飛び込むような形で転んだ。


・・・しかし、ふしぎと・・・床に衝突する等の痛みは無く・・・。



(・・・なん・・・だ・・・?・・・・・・この、感じ・・・・)


・・・視界に、赤い絨毯が入ってきた。

だが、不思議な事にちっともそれは、自分の身体で感じている感覚ではない、とハッキリ解った。。


 『にゃー』


見上げると、憎しみに満ちた表情の男性がこちらを睨んでいた。


『…フン…鳴いてりゃ良いと思って…私はな、お前たちのような、鳴くしか出来ん弱い存在が大嫌いなんだ!!』

その声は、館の主人の声だろうか。

そして、この視点は・・・猫、だろうか。

すると主人は、思い切りこちらへ蹴りを喰らわせた。続いて、聞こえたのは鈍い音に、苦しむ猫の声。

それも不思議な事に、私には痛みの感覚が無かった。


・・・だが・・・心が、痛む・・・。


『・・・おい!マーサ!猫の死骸を片付けろ!そして、館に猫一匹入らないようにしておけ!入ってきたら容赦なく殺せっ!そんな生き物見たくもない!』


私は、悟った。


 ―  そうか。 これは・・・ココで死んだ猫たちの記憶なんだ・・・ ―

それに気付くと今度は、また視界が変わった。

今度は、少年の微笑みが視界に入ってきた。


『…おいで…ヴィーゴ…お前は真っ白な雪のようだね…それなのに、とても温かい…。』 


『・・・にゃー』


― …ヴィーゴ…さっきの白い猫か…? ―


『…げほっ…ゴホッ…パパはね、猫アレルギーだけど、本当は優しいんだよ。

ママが生きてた頃はくしゃみが出ても、我慢してたんだ…

…でも…ママが…ゲホゲホッ…死んじゃってからは…猫を見ると…ママの事を思い出しちゃうからかな…

それとも…泣くしか出来ない自分と重なっちゃうからかな…げほっげほっ…僕もこんなに体が弱くなっちゃったしね…

”猫が憎い”って言ってるけど・・・本当は・・・パパが、本当に憎いのは”自分自身”なんだ・・・。僕にはわかるんだよ。

…いずれにしても、パパは…このままじゃ……パパは、ヴィーゴの仲間を…沢山傷付けちゃうんだ…。』


『・・・にゃあ・・・』


『大丈夫だよ……ヴィーゴは…僕が、守ってあげるからね。パパを…ママの所へ行かせてあげるんだ。

もう、寂しくないように…それから、お前を守る為に…。』



そう言うと、少年はボウガンを手に取り、館の主人のいる地下室へと下りていった。


地下室の扉は閉められた。


”ヴィーゴ”と呼ばれた白い猫が、いくら爪を引っ掻いても…地下室の扉は開く事は、二度と無かった。




 ― …そうか…そういう事だったんだ… ―


私が目を開けると、ボウガンの矢が頭に刺さった父親と、少年の白骨化した遺体があった。猫達はそれを囲むように座っていた。





「・・・・・・エリカさん・・・私、見えました・・・ここで何があったのか・・・。」

「・・・はい、エリカもです・・・。そして、猫たちの声も心に届きました。」


同情なんかじゃなかった。

彼女はただ・・・死者の言葉を聞こうとしていただけだったのだ。


私は跪き、周囲の猫達を見回した。

「・・・とりあえず、正式なお墓はグランマに頼むとしても…彼らをこのままには出来ませんね。埋葬してあげましょう。どこが良いんでしょうかね・・・」

エリカさんは、ヴィーゴの前にしゃがんで言った。


「・・・ヴィーゴ?エリカに教えて下さいませんか?

・・・・・・・・・・・庭が良いそうです。ここの奥様が好きだったからって。」

エリカさんは、そう言って、振り返った。・・・とても、悲しそうな笑顔で。


「わかりました。庭ですね。…ありがとう、ヴィーゴ。

  ・・・・・・だから・・・もう、良いんだよ、ヴィーゴ・・・ゆっくりお休み・・・。」


・・・私は、手袋を外し、そっと白い猫に触れた。


『…にゃあ…』


・・・不思議な事に・・・触れた白い猫は、温かかった。


「猫のみなさんも…神の元でゆっくりとおやすみなさい…」

そう言うと、エリカさんは子守唄らしき歌を歌いだした。




その歌声は館を包み…そして、いつしか猫達はいなくなっていた。




グラン・マと連絡を取り、私とエリカさんはとりあえず二名の遺体を収容し、形式的な埋葬だけは済ませた。

グラン・マが後日、ちゃんとしたお墓を立ててくれるそうだ。


館を出る頃には、空は明るくなっていた。少しだけ憂鬱な気分だった私の心に、太陽の光が差し込んだ。

なにより、徹夜で埋葬を手伝ってくれた、隣で微笑む天使の笑顔も何よりの…


「ふう・・・巴里の朝日は、最高ですね・・・エリカさん。」

「…はい!今日もイイお天気になりそうですね・・・その前に・・・エリカ、もう眠・・・ZZZZZZZ・・・」


「―― はっ!?え、エリカさん!?」

言った傍から、エリカさんはその場で大の字に寝転んで眠ってしまった。


起こしてもぴくりとも動かないので・・・

「せーの・・・よっこいしょ!・・・なんか、重い・・・銃器持って脱力してる人って・・・。」

仕方が無いので、私は彼女をおんぶして、シャノワールに帰還する事にした。

やはり、彼女と一緒にいると自分のペースが保てず、ペースが全部エリカさん一色になってしまう…そんな自分は、まだまだなのかもしれない。



・・・でも、それは、それでもいいのかもしれない。



と、思った矢先。



シャノワールのホールには、4人の隊員が、到着した私を見つけるなり、駆け寄ってきた。


「遅いよ!葵!…ボク、早起きして待ってたんだからッ!はい!朝ごはん!」とコクリコが言い、サンドウィッチを差し出す。

「・・・え?」


「へえ・・・朝帰りってのは、女同士でも出来るもんなんだねぇ…?赤アタマ。」とロベリアさんが言い。

「・・・は?」


「…あ、朝帰りなんて…ぽっ…」と花火さんが言い。

「い、いやいやいやいや!」


「それよりもだ!新たに巴里の霊的災害現象の情報を入手したぞ!私と共に来い!」とグリシーヌさんが言い。

「・・・へ?」


「あ、それなら私もあります…葵さん、フィリップのお墓の周辺なんですけど、一緒に来ていただけますか…?」と花火さんが言い。

「はいぃ!?」


「アタシもあるぜ。酒場周辺に…勿論、アタシら大人だけで、行くよな?」とロベリアさんが言い。

「ええッ!?」


「・・・ぼ、ボクも!あるよ!サーカスにおばけが出るって!」とコクリコが言い。

「え?え?」


一睡もしていない私の頭が混乱し始める。


そして、私の背後から


「うーん・・・むにゃむにゃ・・・もう・・・葵さんったらぁ・・・エリカは、そんな甘い味しませんよォ・・・♪」


・・・と、エリカさんのトドメ的な、寝言が放たれた。






「・・・・・・・・。」

「「「「・・・・・・・・。」」」」




一瞬の間。

一気に場の空気が凍りつくのを感じた。





「「「「葵(さん)…話があるから、ちょっと一緒に来い!(来てくださいまし)ッ!」」」」

※注 ()は花火さんの台詞です。



・・・・・・もう、ダメだ・・・と私は思った。

連日連夜の見回り・・・体力も精神も・・・もう・・・・・・・・限界だ・・・!!



「・・・すいません・・・皆さん、いい加減、私を・・・私を寝かせて下さああい!!もう限界でええええす!!(泣)」



「「「「・・・・いいよ。」」」」


「わたしの」「ボクの」「アタシの」「私の」



「「「「・・・隣で良ければ、なッ!!」」」」


「・・・・・・・・ひッ!?」



「うーん…むにゃむにゃ…葵さぁんは、プリン味ですかぁ?…そうですかそうですか…」



「うわああああああん!誰かー!助けてえええええええええ!!!(泣)」



・・・結局、この任務は何だったのだろうか・・・。


「…うんうん…葵もやっとシャノワールになじんできたねぇ…気をまわした甲斐があったってもんだ。うんうん…。」


・・・・・・グラン・マ・・・恨みますよ・・・。




― END ―



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 ― あとがき ―

サクラ大戦の隊長の役目って、基本こういうもんだと思うんです。彼女は、本家のサクラ大戦と違って、隊員に『育てられてる隊長』です。

ちゃんと成長できているのか、は未知数、ですが。(笑)

・・・・それにしても、ロベリアさん(大人の女性)だと、遠慮なく下ネタが出来るので本当に安心します♪