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[ ボーカロイドに関する知識が全くない人間が、少ない情報と想像で書いた ルカ×メイ ちょいエロ無しバージョン ]








その人は、私と違って表情豊かで、特によく笑う。

歌が好きなのが、共通点。


ミクさんやリンさん、レンさん、カイト兄さん・・・みんな明るくて、生まれたばかりの私をすぐに温かく迎えてくれた。


でも、私は皆にどう接していいのか、よくわからなくて。


「ルカは、あんまり賑やかなの好きじゃないのね?まっ、慣れるとそれなりに楽しめるようになるわよ。」


みんなと一緒にいると、賑やかな雰囲気に飲まれしまい、何も言えずにいた私の隣に、彼女は気が付くと一緒にいてくれた。


本当に楽しそうに笑うなぁ、なんて思いながら、私は、ずっと彼女の横顔を見ていた。





「・・・あ、今ルカ、笑った?笑ったよね!」

「うっ!?」




自覚の無かった感情を、初めて見つけてくれたのは、彼女だった。

私は指摘されたのが、なんだか恥ずかしくて、すぐに顔を伏せてしまったけれど、そんな自分を発見されたのが嬉しかった、のかもしれない。



本当に、貴女は感心するくらい、私を見ていてくれて、私を知っていてくれて。



だから。



私も、彼女の事をもっと知りたいと思った。








「ルカちゃん。」



自分の事でも、自分が一番初めにソレに気が付くとは限らない。

第3者から指摘されて、やっと自覚する事がある。


しかし、ソレが事実であっても、本人に受け入れられるかどうかは・・・また別の問題である。


「はい?なんでしょう?」


昼食(ネギチャーハン)の後、食器でも洗おうかと立ち上がると、ミクさんが何やら、もごもごしながら近付き、私に話しかけてきた。


「あの・・・ルカちゃんは、めーこ姉さんの事、嫌い、なの?」

「・・・はい?」


突然の質問に、私は首を傾げる。

ミクさんのおっしゃる、めーこ姉さん、とは・・・メイコお姉様の事を指す。

メイコお姉様は昼食を済ませた後、サッサと午後からのレコーディングへ出かけてしまった。


私が、メイコお姉様を嫌いだなんて、そんな事あるはずが無い。

メイコお姉様は、私の大事な先輩ボーカロイドだ。



「めーこ姉さんの事・・・その・・・いつも、睨んで・・・るよね?」



ミクさんが緑色の髪の毛をいじりながら、そう言った。

言いにくい事を思い切って伝えてくれた、心苦しさまで伝わってくる。


しかし・・・まさか、そんな事を言われるとは思わなかった。



私は、感情の起伏があまりないね、とはよく言われるし、その上誤解もされる。

クール、寡黙、とか言われるけれど、大体、どうしていいのかわからずに黙っているだけの事。


が、睨む、とは穏やかではない。それは、敵意の感情が目に出ている状態の事だ。

それは、ありえない。何せ私には覚えがないのだから。


そして、よりにもよって、尊敬しているメイコお姉様に敵意を向けるはずなど、ありえない。


「そのようなことをした覚えは、ありませんが。」


やんわりと否定するも、ミクさんの表情は未だに優れない。


「いや・・・その・・・」

「ミクさんには、私が、メイコお姉様を睨んでいるように見えたのですか?」

「うーん・・・」


その場で唸り始めたミクさんを見て、私は彼女には確証が無いのだ、と解った。

しかし彼女が、私に向かってこんな言いがかりともいえることを言うなんて、らしくも無い。


この原因は・・・、と考えをめぐらせて、私は言った。


「ミクさん、きっとお疲れなのでは?

ファ●リーマートのキャンペーンがお忙しいのはわかりますが、幻覚を見るまでとなると、きちんとお休みを取られた方がよろしいかと。

あと、桜ミクまんは、ビジュアル的にルカまんじゃないかって思うんです。」


適切に、私はミクさんに休暇を勧める。


「げっ幻覚じゃないよッ!!あと、桜ミクまんは、譲らないからね!」

「・・・では、視力低下か、幻覚ですね。ゲームや動画の視聴は一時間が適度です、休息を。」

「ち、違うってば!あと、どんだけ幻覚みせたいの!?」


睨んでる、睨んでいない、の水掛け論になりそうな所に、ソファに寝転がっていたリンさんが起き上がって言った。


「あのさ、見えたっつーか・・・ルカちゃん、今にも”めー姉に噛みつきそうな、狼みたいな目”してたんだよ。

あと、個人的に”カレーリンまん”希望。」


「・・・・・・(増えた。)」


私がメイコお姉様を睨んでいるという証言者が、もう一人現れた。

彼女も疲れているのか、と私は思ったのだが、リンさんは”私、疲れてないから。若いから。幻覚でもないから。”と先手を切ってきた。


そして、私に向かって

「ホレ。」

と、スマートフォンの画面を私に向けた。


私は渋々、画面を覗き込む。


「・・・な・・・!」


画面を見るなり、私は驚きのあまり言葉を失った。

言葉を失う私の右肩に、ぽんと手を置いたのはミクさんだ。


「ね?ルカちゃん・・・この顔は・・・マズイよ・・・。」


「そ、そんな・・・こんなの・・・!」


「ルっカちゃ〜ん?まさか、”こんなの私じゃありません!”とかベタな言い訳するつもりー?合成もしてないからね。」


左肩にぽんと手を置きながら、リンさんがそう言った。


画面の手前には、メイコお姉様が食器を重ねている、その後ろに・・・ぼうっと虚ろな顔をして立っている私が映っていた。

普段から、あなた静か過ぎて、いるんだかいないんだか時々わからない、とは言われる。

だから・・・不気味に思われるかもしれないから、あまり人の後ろに立たないように・・・していたのに。


この画像に映っている私は、あまりに不気味に後ろに佇んでいる上・・・


何よりも・・・目が・・・私の目が・・・!



「こんなの・・・まるで、”今にも油揚げを掻っ攫いに飛び立ちそうなとんびの目”・・・っ!!」


「「お気に止めたのは、そちら!?」」



ミクさんとリンさんに座るように言われ、私は強制的にソファに座らされた。

瞼の裏にまでくっきりと、さっきのスマートフォンの画像に映っていた、自分の目がしっかりと焼きついてしまっていた。



「・・・ショックです。私、今までずっと・・・こんな目つき、だったんですか?」



その目は、もっと簡単に言い表すとすれば、”怖い”そして、やはり”睨んでいる”と言えるような目つきだった。


「あ、一応ショックは受けてくれたんだね・・・ルカちゃん。」


ミクさんは困ったように笑ってますが、リンさんの目は厳しいまま。


「言っておくけど、ルカちゃんが・・・えーと・・・とんびの目?で睨んでるの、めーこ姉だけだよ。

そんなにさ、本人に向かって堂々と嫌ってますよって感情丸出しにすんのって、ぶっちゃけ、どーかと思うな。」


リンさんの指摘に、私はすぐに異を唱えた。


「そ、それは誤解ですッ!!」

「じゃあ、どうして・・・めーこ姉さんを睨む・・・ような、目で見てるの?」


「睨んでなんか・・・いません。」

「めー姉は、気にしないって言ってたけどさ、あんな目で見られて気分良いわけないじゃん。」


確かに。


「そうですよね。」


頷きかけて、私ははたと我に返った。


「・・・って、お姉様もご存知なのですか!?この事を!」


私の質問に、二人はアホ面・・・いや、暢気に頷いた。


「「うん、ソウダヨー。」」


「ソウダヨー。じゃなくて!ど、どうしましょう!?これ以上、誤解されたくありません!今、解きに行きます!メイコお姉様にメール・・・いや、直接会って・・・!」

ソファから立ち上がって私を、二人が急に落ち着くようになだめ出す。


「る、ルカちゃん、落ち着いて。めーこ姉さん、さっき出掛けちゃったから。」

「そうだよ、別に今じゃなくてもいいじゃん。めー姉、この写メ見ても、なんか笑ってて、気にしてないみたいだったし。」


「笑って・・・?」


「だから、今度から、気を付ければいいと思うし。」


私の記憶の中では、彼女は、いつも笑っていた。

どんな時も。


私が、彼女の気持ちを察しようとどんなに頑張っても、笑顔が邪魔して見えない時がある。



「それでも・・・私が嫌なんです!少なくとも、不愉快な思いをさせてしまったのですから。」


誤解された。私が、お姉様に敵意を持っていると勘違いされた・・・!

無意識とはいえ、己の行いのせいだけど・・・このままじゃ嫌だった。




「いや、全然不愉快だなんて思ってないわよ?」



私の後ろから、ケロッとした声が聞こえた。



「「「!?」」」


午後からマスターに呼ばれてレコーディングに出かけた、と思っていたはずのメイコお姉様が、私の真後ろに立っていた。

驚きを隠せない3人に対し、メイコお姉様は動じる事なく、テーブルの上を指差した。


「あ、私ね、忘れ物取りに来たの。リン、そこの封筒取って。」

「え!?う、うん・・・はい!」


素直に書類を差し出すリンさんに、メイコお姉様は「よーしよし。」と満足そうに頷いて笑った。


「めーこ姉さん・・・どこからお話聞いてたの?」

ミクさんが、苦い顔をしてメイコお姉様に質問すると、メイコお姉様は白い歯をニッと見せて笑って言った。



「ふふっ、そんなの別に良いじゃない。ねぇ?”とんび”ちゃん?」


メイコお姉様は、クスクス笑いながら、私の二の腕を人差し指でちょんと押した。

・・・とんびちゃん、とは私の事だろう。


「や、やめて下さい・・・メイコお姉様・・・あの。」


それよりも謝らせて欲しい、と私はメイコお姉様の目を見た。

メイコお姉様は、2秒ほど私の目を見て、ふっと笑った。



「いいよ、ルカ。私、わかってるから。・・・だから、仲良くやんなさいよ、アンタ達〜。」



そう言って、ぽんっと私の肩を軽く叩き、行って来ますと笑顔で玄関から出て行ってしまった。

取り残された私達3人は、いささか気まずい思いを隠すように、黙々と昼食の後片付けを始め、各自の部屋に戻っていった。



ベッドの上に身体を投げ出し、瞼を閉じる。



(わかってる、か・・・。)



わかっている、と彼女は言った。

それは、私が故意であんな睨むような目をしていたのではない、という事だろうか。



それとも・・・私が何故、あんな目でメイコお姉様を見ていたのかを知っている、という事なのだろうか。



後者の方だったら、いっそ教えて欲しい。



(どうして、あんな顔で見ていたんだろう・・・私。)



わからない。


私は、何故・・・メイコお姉様をあんな目で見てしまうのか、わからない。

今までは、普通に目で追うだけ・・・そう、それだけだった筈。


いや、そもそも・・・何故、私はメイコお姉様を見ていたのか。


何か用事でもあったのか・・・いや、だったら見ていた理由を覚えている筈。

何の用事も無く、何の理由もなく、あんな目でお姉様を見ているなんて、あり得ない。


控えめなノックの音がして、私は目を開けた。


「あの、ルカちゃん・・・ちょっと、いいかな?」


ミクさんの声だ。


「はい、開いてます。」


ドアが開いて、ミクさんが見るからに”反省”の二文字を背負って部屋に入ってきた。


「・・・あの、さっきは、ごめんね?」

「いえ、自分では自覚が無かったので、ご指摘いただき助かりました。」


素直にそう言うと、ミクさんは隣に座っていい?と聞いた。

私は頷き、ベッドの中心から、少し右にずれた。


「あの・・・ルカちゃんは、めーこ姉さんの事、好き?」


恐らく、確認だろう。

メイコお姉様に対し、敵意は無いか、どうか。


簡単な質問だ。嫌いな訳がない。


つまりは・・・


「す・・・」


何故か、その後、言葉に詰まった。

ミクさんが私の顔を覗き込んでくる。ここで沈黙してしまえば、間違いなくあらぬ勘違いを呼んでしまう。

声を搾り出すように、私は嫌いの反対を口にした。



「スゥケィでふゥ。」


「・・・・・・・。」


・・・あれ?


「る・・・ルカちゃん・・・?」

「ち、違うんです!今のは、ちょっと噛んだだけ!・・・では、改めて・・・”私は、メイコお姉様が・・・す・・・」


メイコお姉様の笑顔を思い浮かべれば、この程度の単語すぐに出てくる筈。

だが、彼女の姿形を思い浮かべた途端に、唇を形作ろうとする筋肉が、硬直する。


息苦しい。



「す・・・?」


両手を握り締めたミクさんが、じっと私を見つめて背中を押してくれる。

よし、言おう。



私は、メイコお姉様が・・・




「スゥケェあふゥわ。」





「「・・・・・・・・・・・・・・・。」」




台詞を噛む、とかそんな次元ではなかった。

もはや、意味不明。

ア行とカ行が入っていても、全くと言っていいほど、伝わらない。


「る、ルカちゃん!?今の何語!?ねえ!?ワザと、じゃないよね?それは、解ってる!大丈夫!」

「ミクさん、ちょっと待ってください・・・どうしてだろう?・・・ええっと・・・あの・・・”チュコンヌ”!・・・う゛ぬぬ・・・!」


「わ、わかった!もう、二文字!二文字にしよ!ね!?”す”と”き”だよ!ルカちゃんは、めーこ姉さんの事がー?・・・はい!」


「ス、テュキャ・・・!ツー!ナー!・・・ぐがあああああああ!!」



私は立ち上がり、頭を抱えた。


出てこない・・・!

たった二文字すら、出てこない・・・!


ミクさんにぐらぐら揺すぶられても、全くあの二文字が出てこない。

出てきて欲しいのに、出てきてくれない。



「る、ルカちゃん!落ち着いて!ババ●ンガみたいな咆哮上げないで!も、もうマスターに相談しよう!?ね!?」



ミクさんはそのまま、マスターに向けて電話をかけた。

マスターはいつも通り、気だるそうな声で出た。


『ルカがおかしい?・・・また、タコにでもなったの?よーし、わかった。その内「ルカたこ焼き」の企画書ファ●マに向けて出すから。』


ウチのマスターは、とにかく冗談が好きだ。

・・・笑えないけれど。



「マスター、そういうんじゃないです。ネギたこ焼きなら、私にやらせて下さい。いや、そうじゃなくて・・・あの、ルカちゃんとめーこ姉さんがですね・・・」


ミクさんが不穏な野望を口にしつつ、私の状況説明をしてくれた。


『んー・・・二人共、特別、仲が悪いって訳じゃないんでしょ?』


「そう、なんですけど・・・でも、単語が出てこないんです。もう、ルカちゃんが崩壊しそうで・・・いや、もう半分してます。」


『そこにルカはいる?ルカに代わって。』


「はい。・・・ルカちゃん。」


「マスター・・・ハッキリ言ってください。ウィルスでしょうか?」

『そんなウィルスあってたまるか。簡単な質問をするわよ?・・・私の事は好き?』


「どっちでもありません。」

『そこは、好きって言いなさいよッ!即答するなッ!馬鹿正直かっ!!もういい、単純に”好きです、マスター”と言いなさい!』


「”好きです、マスター”。」

「あ、言えた!ルカちゃん!言えたよ!」


『ふむふむ・・・んー・・・じゃ、ルカ・リピート・アフター・ミー?”ミクが好きです”はい。』

「・・・”ミクが好きです。”(ネギ推しじゃなければ。)」


『”マグロ大好き”。』

「”マグロ大好き”。(今夜マグロだといいな。)」


『”リンの生足大好き”。』

「・・・り、”リンの生足大好き”。(このマスターは変態だわ。)」


『メイコ大好き。』

「メイコ スナフキン!!」


「ルカちゃん!?」


『惜しい。それだとメイコが、カバに似た妖精の住む、谷の住人になってしまうな。』

「マスター!!(泣)」


『しかし、これでわかっただろう?・・・ルカ、それはウィルスでもなんでもない。単に、そのふざけた反応は、メイコにしか出ないだけだ。』

「メイコ、お姉様にしか・・・?」


『理由は、自分で確かめなさい。マスターとして、薄い本が厚くなるのを期待しているぞ。デュフフ・・・。』

「ま、待ってください!この原因がわかっているなら、教えてください!マスター!私とメイコお姉様の関係に影響が出てしまいますッ!」


『・・・まあ、多少は出るだろうね。』

「そんな・・・困ります!!」


『ルカ、よく考えろ。メイコに向けて言えない、その単語の意味。どうして、メイコとの関係に影響が出たら、お前が困るのか。

・・・あー・・・やっべ。ここまで言ったら、わかっちゃうよねー。』


「わかりません。訳がわかりませんし。」

『もう、面倒くさい。メイコとmagnetでも歌って来い。わかるまで、歌いなさい。メイコには話して・・・』


『マスタ〜、最近の第3のビールの乱発、どう思います〜?日本酒をもっと盛りたててくれても・・・』


(メイコお姉様・・・!)


電話の向こう側から、確かにメイコお姉様の声が聞こえた。


『あ、メイコ!丁度いいところに来たね!ルカとmagnet歌ってくれる?そんで、後で私にそのデータ送って。うん、そうそう。

よーし、ルカ、メイコはノリノリだぞ〜良かったね!・・・頑張れ。以上!』


事態は急展開をしまくって・・・もはや、ついていけない。


「ちょっと!?ど、どういう事です!?マスター!マス・・・」



必死の呼びかけも空しく、電話は切れた。

マスターとの会話は、私を更に混乱させた。


私は、ただ・・・これ以上、状況を悪化させたくなかっただけなのに。


メイコお姉様を背後から、睨むように見てしまう事。

メイコお姉様を嫌ってもいないのに、す・・・反対の言葉が言えない。



「・・・あんまりだわ・・・」

「酷い会話だったね・・・どうする?magnet歌える?リハ、手伝おうか?」


「歌うのが、私の仕事ですから・・・あと、私歯磨きします。さっきのネギチャーハンで、かなり口がネギ臭いと思うので。」

「ガーン!!」


ミクさんに大ダメージを与えてしまったらしいが、メイコお姉様と会う前にネギの臭いだけは取らなくちゃ・・・!


歯磨きをしていると、後ろから黄色い髪のリンさんが手を後ろで組んで立っていた。


「念入りだね。でも、めー姉もネギチャーハン食べたんだし、気にしなくても良いのに。ていうか、多分・・・ネギより、酒臭いかもしれないよ?」


そう言って、歯を出して笑った。


「メイコお姉様は良いんです。私は、私がネギ臭いのが許せないんです。」

「・・・へー・・・なんか、デート前みたい。」


思わず振り返って、リンさんを凝視する。

何故、そんな事を言うの?と。


「うわ、ルカちゃん、とんびの目ッ!怖ッ!」


そう言って、リンさんは逃げるように去っていった。

・・・デート、なんて言うからだ。


そんなウキウキするようなイベントじゃない。


歯磨きを黙々と続ける。



私の疑問を解消する為、マスターに歌えと言われたから。

鏡の中の自分の目を見る。


元は、とんびの目の件が無かったら、私はいつも通りの私でいられたのだ。

メイコお姉様と一緒に歌うなんて、滅多にない事だし、本来なら楽しみでならない筈なのに。


小さな事が大きくなって、メイコお姉様とmagnetを歌う事のプレッシャーとなっている。

大体、何故選曲がmagnetなんだろう。


歯ブラシを動かし、マスターの言葉を思い出す。



『ルカ、よく考えろ。メイコに向けて言えない、その単語の意味。』



嫌いの反対。

それは、当たり前。

嫌いじゃないんだから。


なんでもない、単語。



それが、メイコお姉様とセットになると出てこない・・・異常。



『どうして、メイコとの関係に影響が出たら、お前が困るのか。』



(それは・・・)


続きを紡ごうとした思考を遮るように、ぐっと奥歯に力が入り、歯ブラシを噛んだ。

歯ブラシを口から出して、コップの水で口の中の泡を吐き出す。


仲が良くて困る事は無い。だから、その逆。仲が悪くなったら、困る。


それだけ。


彼女は、笑顔を絶やさない。

私達の誰かが喧嘩して仲が悪くなってしまったら、彼女の笑顔が曇るのは目に見えている。


あの人が、私の目の前であの笑顔を見せてくれなくなったら・・・きっと、私は・・・。



「はぁ・・・。」


溜息をついて、顔を上げる。

鏡の中の私の目は・・・うん、とんびじゃない。

ちょっと虚ろだけど、誰にも敵意なんか・・・



「ルカ、口の右端に歯磨き粉ついてるよ。」


鏡の向こう、私の後ろにメイコお姉様がワンカップを持って立っていた。

ガタタッ!という音をたてて、私は振り向きながら後ずさりしたが、それ以上、下がれる訳もなく、コップやヘアブラシがゴトゴトと音を立てて落ちた。


「そんなに驚く事無いじゃないの。」

メイコお姉様はそう言いながら、私の方へ近付き・・・


「だから・・・唇の端に歯磨き粉、ついてるよ。」


しょうがないなぁと言いながら、彼女は笑顔で、片手にお酒、もう片方の手を私の頬に添え、親指でふっと私の唇の端を拭った。


妙な感じがした。


ここに来るまでに、何杯酒を呑んだのだろう?

顔が少し赤くて、私を見る瞳も少しだけ潤んでいた。

暑いのか、彼女の赤い上着のチャックが3分の一開いていて、メイコお姉様より背の高い私の位置からだと谷間が見える。


妙な感じの正体は、普段の彼女から感じなかった、女性の色気だ。

リンさんからは『ガサツ』と言われる彼女の仕草は、とてもそんな事はなかった。


「歌えそう?ルカ。」


そう聞いたメイコお姉様の唇は、お酒で少ししっとりとしていた。


「magnetって、この位の距離で歌うんだっけ?・・・もっと?」


私は、頷いた。

メイコお姉様は、ぐっと近付き、メイコお姉様は私にもたれかかるように、私は洗面台に寄りかかるような体勢になった。


互いの息がかかる距離。

確かに、magnetのジャケット撮影は、こんな感じだったと思う。


「あーこれは、お酒飲むんじゃなかったかなぁ。ごめん。」


メイコお姉様は、そう言って笑った。


(・・・きっと、メイコお姉様は酔っ払ってるんだわ。)


口元の緩み具合が、それを示していた。


「マスターから、ルカの為に歌って欲しいって言われちゃった。」

「・・・そう、ですか。」


もっと、何か言うべき言葉があるはずだ、とは思う。

しかし、上手くまとまらない。



ただ、メイコお姉様の目の中に映る私を見て、私はやっと自分の目が変化する瞬間を見た。



「ルカ、今・・・とんびの目・・・」


不思議そうに私を見上げるメイコお姉様の目をジッと見ている内に、私は何かが込み上げてくる感覚を覚える。


喉の奥が、熱い。


渇きを錯覚させるような、熱さ。


私はすぐ目の前にある、潤んでいる唇に近付く。


何も考えてはいない。

ただ近付けば、この渇きと熱さが解消されるような気がして。



・・・歯磨き粉のオレンジシトラスと日本酒のにおいが混ざる。


ニオイ、だけじゃない。

味も混ざる。

私が伸ばした両腕は、しっかりと目の前の女性を捕まえ、その肉に、彼女の腕の番号に指先が僅かに沈んでいく。



「っ・・・んっ・・・ぅ・・・!」


メイコお姉様が身をよじって、離れようとする。

喉の奥の渇きが加速して、それを防ごうと私は・・・両腕に力を込めて、舌を伸ばす。


舌先に感じる、粘度が違う唾液と、唇特有の感触。

顔にかかる互いの呼吸とその音。


そして、ゴトッという音と共に、足元に冷たい水の感触が伝わり、私は・・・やっと、自分がとんでもない事をしてしまった事に気付く。


「・・・はっ・・・はっ・・・」


乱れた呼吸を繰り返す、私とお姉様の唇を繋ぐ透明な糸が切れた瞬間。



私は、呟いた。



「・・・す・・・。」


すぐに次の一文字を形作った唇を、ぐっと噛んで止めた。


言えそうだけれど、言ってはいけない。


今、この状況になって、言うのは簡単になった。

私は、ウィルスに侵されていた訳じゃなかった。


だけど、その言葉を言った後、困難な状況になると、すぐに理解は出来た。



「え・・・?」



真っ赤になって、貴女が理解できない、という表情でメイコお姉様が見ていた。

その視線が痛くて、私は視線を落とした。

私の足元に、メイコお姉様が持っていたワンカップが落ちて、お酒が床に零れていた。



「あ、あの・・・ごめんなさい・・・。」


咄嗟に謝ると、すぐに言葉が飛んできた。


「どっちの意味で?」

「え・・・あの・・・えと・・・。」


お酒を零してしまった事か、キスをしてしまった事か。

どっちも、原因は私だ。


「ねえ・・・今のは?」


説明をしろというのだろうか。


貴女に、欲情しました、と。


黙り込んだ私に、メイコお姉様はこう聞いた。


「ねえ・・・私の事、嫌い?」

「・・・そ・・・」



そんな事ない、って言いたい。

でも、その言葉を言ったら、その先の言葉まで言ってしまいそうで。

その言葉に伴い、手を伸ばして、その半分まで下がっているチャックを引きおろしてしまいそうで。


そうだ。


ずっと、見ていた。

貴女の背中、貴女の笑顔。


普段ずっと傍にあるもので、近くにありすぎて・・・それが、ちょっとした拍子に自分の欲で手に出来るなんて思わなくて。


見てるだけで、満たしているつもりだった。

実際、行動に移してしまった今、とてつもない罪悪感と後悔が私を包んでいる。



「ルカ?」

「私は・・・。」


こんな時に限って、メイコお姉様の潤んだ瞳が私の中の何かを引きずり出す。


醜い私を。

欲望に塗れた、私の嫌いな私を。


貴女の前で見せたくない、私を。



今一度、己を戒め、感情を振り絞る。



一瞬でもいい。

私は、メイコお姉様が嫌いなのだ、と思い込む。

ここは、もう嫌いだって言ってしまった方が楽だ。


好きだという、いかにも無害そうな響きの感情に任せて、お姉様を傷つけてしまうくらいなら、嫌いだって言った方が良い。



「ルカ・・・どうして、そんな悲しそうな顔するの?」

「え・・・?」




「それくらいは、解るよ、私、貴女のお姉さんだから。

でも、今、ルカが何を抱えて悩んでんのかまでは、わかんない。

だから、教えて?私は、ちゃんと知りたいよ、ホントのルカの気持ち。」


知りたいですか?本当の私を。

さっき、貴女に突然あんな事をした私を。



知ったら、きっと貴女が幻滅するような私を、本当に知りたいですか?



私は、嫌です。



貴女に、嫌われたくないから。

貴女に、視界の中から私を除外されるのを、仕方のない事だと受け入れなければいけなくなるのが、嫌なんです。


貴女が、私の手を掴む事がなくなるのか、と思うと・・・怖いんです。



「・・・お・・・おし・・・え・・・」



”教える必要はありません。”の言葉は、出なかった。


「ルカ。」


貴女の声で、名前を呼ばれる度に、じんとする耳。

いつも私を一人にしないように気遣ってくれた、あの優しさと笑顔。



ずっと、前から・・・私は、貴女に近付きたくて。

でも、こんな風に近付きすぎたらいけない、と頭の底ではわかっていた。




嫌いなんかじゃない。

だけど、好きだなんて伝えられない。


距離が縮まったら、先程の熱さと渇きに促されて、感触を求めてしまう。

きっと、それは・・・私が求めていても、お姉様は求めていない。



ただ、私は・・・メイコお姉様に、嫌われたくない。


今より最悪な関係にはなりたくなかった。



嫌わないで。


お願い、嫌わないで。


もう、とんびみたいな目で見ないから。


「ルカ。」



両頬に手を添えられ、正面を向かされる。


「ねえ・・・勢い、ってヤツでしょ?今の。」

「・・・・・・。」


「もー。不器用なんだから。順番があるでしょー?」



そう言って、メイコお姉様はいつもみたいに笑って私の頭を撫でた。


その笑顔が、すごく・・・嬉しくて。

自分の罪が許されたかのような感覚。


私は崩れ落ちるように、メイコお姉様の胸に飛び込んだ。


「お姉様・・・お姉様・・・お姉様お姉様お姉様ッ!」

「ちょ、連呼しすぎ・・・怖いって。」



「ごめんなさい・・・もう、自分でも自分が何がなんだか・・・」

「うん、解ってる。ルカ、さっきから戸惑いっぱなし。」


「ご、ごめんなさい・・・」

「いいよ。正直、戸惑ってはいるけれど、ちょっとずつルカの気持ち伝わってきてるから。

私、それをちゃんと受け止めてくからさ、ゆっくり、焦らず行こう。」


「お姉様・・・。」


嫌われているどころか、お姉様は私の気持ちを、理解してくれようとしてくれている。

私は再度、お姉様の胸に顔を寄せる。


指先で、鎖骨に触れる。

胸骨、そしてその下へと指先を滑らせ、チャックを摘み、下ろす。


(ああ、やっぱり、お姉様・・・着やせする人・・・。)


質量のある胸を両手で包み込む。

下着の上から、爪で軽く胸の先を刺激して、徐々に固くなってきたそれに唇を近づけて・・・



「ちょちょちょっと!?ルカ、な、何してるのッ!?」


ばばっとメイコお姉様が私の手を振り払い、距離を取った。

開いた距離が、少し悲しい。


「え・・・?先程、受け止めてくれるっておっしゃったので・・・。」


視界にお姉様の胸が入ったから、私は触っただけだ。


「誰が欲望を先に受け入れるか!マスターの持ってる薄い本じゃあるまいし!展開早すぎ!

ていうか、いきなり乳首をピンポイントで刺激するとか、どんだけ!?

順番があるでしょうが!少しは、私を口説こうとか、デートしようって思わないの?」


その前に、私も聞きたい。


「メイコ、お姉様・・・変に思わないんですか?」


私とお姉様は、同じ女性型のボーカロイド。

お姉様は、そこに疑問は無いのだろうか?


「思うよ。」


・・・うっ。さすが、お姉様。ド正直。心が痛い。


「今日のルカは、変。だけど・・・それもルカの一部なんだってわかった。」



(ああ、そういう意味・・・。)



「だから、焦らないで。今みたいに、突然襲ってこないで。私の心の中には、ゆっくり入ってきて頂戴。」


「お・・・お姉様の中に!?手を洗いますッ!」


「ちょ、ちょっと!?心の中って言ったでしょ!?そういう下ネタ解釈は、コミケ前にやってくれる!?」


「・・・コミケ前なら、入れて良いんですか?」


「違うッ!・・・もう、ほらっmagnet歌うよッ!マスターに聞かせるんだから!」


背中を向けて洗面所を出ようとするメイコお姉様を後ろから捕まえる。

肝心な言葉を、私は伝えていない。




「貴女が、好きです。メイコお姉様。」




それは、すんなりと口をついて出た。

それでも、恥ずかしいので、耳元でそっと囁く程度の声量。




「・・・実に、ストレートな告白だね、巡音君。・・・で、あの、離してくれる?」



横から覗き込むと、お姉様の顔が真っ赤になっていた。



「・・・可愛い・・・。」

「・・・ッ!!」



私がボソッと呟くと、即座に額を叩かれた。





 ―  ボーカロイドに関する知識が全くない人間が、少ない情報と想像で書いた ルカ×メイ ちょいエロ無しバージョン END ―




当初、ちょいエロありSSと予告しましたが、このSSはちょいエロ無しバージョンです。

後日、ちょいエロありバージョンをUPします。


新生活を始めるみなさん、頑張ってください。