「それで…これから、どうしましょう?葵さん…」



エリカさんが、困ったように私にそう尋ねるので


私こと、月代 葵は……出来うる限り、知恵を振り絞って…考えては、いる。



「えーと…今、考えています…精一杯…。」


考えてはいるが、この状況では、思考も上手くまとまらない…。


「…うー…苦しくなって来たよぉ…葵ー…」


ああ、なんて事だ…コクリコの小さい体には、かなりの負担が掛かっている事だろう。


「もう少し…頑張って…大丈夫、必ず助かるから…!」

「うー…」


いつも元気なコクリコ。…声の具合から察するに、いつもの元気さは無い。



「…クソっ…大体、何で、アタシまで、こんな目に遭わなくちゃいけないんだ!?」

「…あぁんッ♪」


…体力はあるとはいえ、ロベリアさんの我慢も、限界のようだ。

ちなみに、後者の喘ぐような声は、エリカさんだ。


「この馬鹿エリカ!気色の悪い声出すんじゃないよっ!」

「だ、だってー…ロベリアさんが喋る度に、エリカの耳とか首筋に、ロベリアさんの息が…あぁ…♪」


「だからッ!喘ぐな!!喜ぶなッ!!!」

「あぁッ…♪」


私は、2人の言い争いを止めるべく、口を開こうとしたが…


「ふがひほも、ふふはいほ!!」


…それより先に…”私の胸に、顔を突っ込んだ状態”…のグリシーヌさんが、口を開いた。


「あの…葵さーん?グリシーヌさん、今、何て言ったんですかぁ?」

エリカさんは、私の足元から、そう言った。


「……『2人とも、うるさいぞ』…だと思います…。あの、グリシーヌさん、無理して喋らないで下さい…」


「ははっへひふ!(わかっている!)…ふぐー…ふぐー…」


私は、自分の胸元で苦しそうに呼吸する彼女に、そっと忠告をした。


実は、グリシーヌさんが喋る度に、非っ常〜に、くすぐったいのだが、それは言わない方が

彼女の為だと思い、私は黙っている事にした。



「……うぅ、早く、誰か…」


そう言ったのは、花火さん。


…正直、この6人の中で彼女の”体勢”が、一番辛いだろう。


大和撫子の彼女にとって、女しかいない空間とはいえ。



両足を”開脚した状態”で長時間過ごすのは、精神的にも、肉体的にも、さぞ苦痛である事は、容易に察しはつく。




では…今の私達、巴里華撃団花組の状況を簡潔に説明しよう。




…私達、巴里華撃団は、今…





『大きな樽の中に、6人いっぺんにハマリこみ、どうにもこうにも抜けない状態』





…という、なんとも情けなく、非っ常〜〜〜〜に!!…屈辱的な状態にある。



無駄だとは、思えど…

とりあえず、私はこの状況を打破すべく…今一度、試みる…。



「…それじゃあ皆さん…ご一緒に…せーの…」






「「「「「「 …助けてー!!! 」」」」」」










……そもそも、どうして、私達がこんな状況に陥ったのか?





それは・・・










      『  樽、あるがために。 』










それは、さかのぼる事、数時間前。


昼間は、全く人の出入りが無い、シャノワールの大道具室。



グリシーヌさんが、先日のパーティで使用した”巨大なワイン樽”をシャノワールに持ち込んだのが、きっかけだった。


「確かに…これは、大きいですねぇ!人が何人か入っても、大丈夫そうだし…!」


当初、私もその大きさには、驚いた。



普通のワイン樽の大きさは、約70センチ。



しかし、この巨大なワイン樽の直径は、なんと…ぱっと見ただけでも、200センチ以上は、ありそうだ。

高さも、約300センチ以上だろう…。申し分ない大きさだ。



「そうであろう。今度のステージの大道具で、悩んでいると聞いてな。

 …これを使ってみてはどうかと…花火が、な。」


この樽を持ってきたグリシーヌさんも、腰に手を当てて、私と同様、樽を見上げている。



そもそものキッカケは…。


一度で良いから、大仕掛けで、派手に彼女達の登場シーンを演出してみたい…

…大道具チームは、兼ねてからそういう希望を抱いていたそうで。


最近、エリカさん達の登場が、ワンパターンでは無いか?と、大道具さんと私が話していたのを、偶然、花火さんが聞いていたのだという。

そして、それはグリシーヌさんへと伝わり…




この樽が登場した、という訳で。




この樽の大きさは、抜群のインパクトを秘めているように見えた。

大道具チームに見せれば、何か思いつくかもしれない。


花火さん・グリシーヌさん両名からの、この思わぬプレゼントは、喜ぶべき品だった。


「…どう、でしょうか?葵さん」


花火さんは、私におずおずと感想を求めた。

勿論、私は、素直に答える。


「…コレ、良いですね!仕掛けは、コクリコや大道具さんと話せば、何か出来そうだし。ありがとうございます!」


「良かったですわ…ね?グリシーヌ。」「うむ。」


”ガチャ!”



「…アレ?どうしたの?このおっきな樽!」


「うわぁ〜!大きいですね〜!エリカ感激です!こんな大きな樽!!いっぱい人が、入れそうですねッ!!」


噂をすれば、なんとやら。コクリコとエリカさんが、やって来た。

エリカさんの一言に私は、ふと思いついた。


樽の中にダンサー5人が入る…良いアイデアかも。



「…ええ、もしかしたら…貴女達に入ってもらうかも、しれませんよ?」



私がそう言うと、エリカさんとコクリコは、ぱあーっと表情を輝かせた。



それは・・・”面白そう!”という好奇心に満ちた顔。




「本当ですかッ!?」「ホント!?」


案の定、彼女達は喜んだ。



「まだ、どういう感じになるのかわかりませんけど……よっ…と」


私は、わーい♪と喜ぶエリカさんとコクリコを横目で見ながら、樽の上によじ登った。


(ん…ワインの匂い、だ。)


…中は、もう少し、洗浄しなくてはな、と私が思っていると…



「…葵!スカートを履いている事を忘れているのか!?そんなに足を上げるなッ!…見えるぞ!」


グリシーヌさんが、顔を真っ赤にして腕組をして、こちらを見ている。


「あぁ…す、すいません。」


私は、足を閉じて、腕の力だけで樽を再度覗き込んだ。


「…うーん…でも、5人いっぺんに入れるかしら…」


私は、見た目の大きさと、中身の大きさは、また違うものだな、と思った。

そして、この樽に5人が入り、樽に仕掛けが出来るかどうかを考えていた。


「あ、そうだ!!葵さん!早速、入ってみましょうよ?樽に!…あ、これは、あくまで、計測です!!

ね?いいでしょう?葵さん!」


とエリカさん。



両手を挙げて…好奇心の塊のような目をランランと輝かせているエリカさん。


・・・あくまでも、計測という名目の・・・・・・・好奇心だろう。



「エリカ、それでは説得力が無いぞ。」


笑いながらそう言うグリシーヌの隣で、花火さんが頬に手をあてて、ぽつりと呟いた。



「でも、ロベリアさんが、いませんわね…」


…確かに、彼女が体格としては一番大きいので、彼女がいなければ、今計測しても、5人入れるかは、わからない。


まあ、それも追々考えていくとし・・・



”ガチャ”


「…お?なんだ?こりゃまた、馬鹿デカい樽だね。・・・・・・フン・・・なんだい。中身は、空かよ。」


最後にやってきたのは、ロベリアさん。

その長身と身のこなしで、サッと樽の中を覗くと、つまらなさそうに舌打ちをした。


それにしても・・・絶妙のタイミング。

あっという間に、全員がそろってしまった。


「ロベリア、ワインの匂い嗅ぎ付けてきたんだよ♪きっと。」


いつの間にか、樽によじ登った私の横にいた、コクリコはそっと私に耳打ちして、笑った。


「…ふふ、かもね。」

私も、笑った。




そして。




『全員で、一度樽に入ってみようかという話』になったのである。




「どうですか?皆さん。」




「うむ…なんというか…入ってみると、意外、だな。そうは思わんか?花火。」

「そうね。意外と、思っていたより、狭いわね…ちょっと…」

「そうですかー?こうやって、背中合わせたら、エリカは、5人でも平気だと思うんですけどー?」

「うん、ボクもそう思う!…でも、なんかお酒臭いよー。」

「…フン、とっとと出て、ワインでも飲みたいね。アタシは。…この匂いを嗅いでると、余計に飲みたくなる…」


5人の声を樽の外から、聞いていた私は、樽の周囲をメジャーで測り終えた。


「よし。・・・では、後は大道具さんと相談しますから。」



私はそう言って、樽の淵にまた上って、樽の中の彼女達を見下ろした。


樽の中の彼女達は、私を見上げている。



(……そんなに一斉に、見られるとなんだか、少し照れくさいなぁ…。)



いやいや、そんな事を考えている場合じゃない。

私は、樽の中の彼女達に手を差し出した。



「ええと…じゃあ、一人ずつ出てくださーい。」


そう言われて、彼女達は、それぞれ”一斉に”手を伸ばした。





・・・・・・・。




「……あの、ですから…一人ずつ、ですよ?」


と私が言っても、誰一人手を下げるものはおらず。



・・・あろう事か・・・”お前が手を下げろ”的な空気が、樽の中の彼女達の間に、たちこめ始めたのである。



「…あの、皆さん?」


…じろりと、樽の中で彼女達は、睨み合いを始めた。



「あのー…皆さ…ん?」



私は、とてつもなく嫌な予感がした。

それで、手を一旦引っ込めようかと思った、矢先!



”ガシッ!”



「ちょっ…ちょっとおおおぉぉおおぉおぉ…!?!?」


彼女達の腕が、一斉に、私の手を掴み、5人分の重みが、ズシッと…私の右腕にかかる。


「エリカに手を差し伸べられたんですよね?葵さん!」

「葵!ボクでしょ?」

「あの…葵さん…私ですわよね…?」

「離せ!アタシが先に出る!」

「待て!こういうものは、私が先だと…!!」


争いはどんどん激化し、私の腕はブラブラと激しく揺れ

彼女達は、私の腕にぶら下がり、更に私の腕に負担が掛かる。


「ちょ、ちょっと…皆さ…ん!?そ、そんなに…いっぺんに、よじ登ったら…っ!!」


それは…まるで、小説・蜘蛛の糸のように……。


ぷっつり、と…





「う、うわああああああああああああ!!!」
「きゃああああああああああああああ!!!」







幸い、私の腕は切れず…私自身が、支えきれず…樽の中に落ちて…

更に、私の腕によじ登っていた、エリカさん達も落ちていた。





そして。




…落ちた体制が悪かったのか。

…落ちた後に、無理矢理動いたのが、いけなかったのか・・・




・・・多分、両方だと思うけど。





私達の身体は、妙な体勢のまま、固定、密着・・・完全に樽の中にハマってしまった。





・・・そして、現在に至るワケだが。






(・・・・はあぁ・・どうしよう・・・。)


私は、樽の中央で、大の字になったまま。


「もが・・・ふー…」


グリシーヌさんは、その私のすぐ上にいる。

よりにもよって、顔が、ちょうど私の胸の間に突っ込む形になってしまい、時折クロールのように息継ぎをしている。


このままでは、危険だ…。




「うー・・・頭くらくらするぅー・・・。」


樽の中のワインの匂いが、お酒に抵抗力の無い、コクリコを悩ませる。

コクリコは私の下にいる。一番下で、うずくまるような形で、動けないでいる。


私が下手に気を抜けば、成人女性5人分の体重が、コクリコに掛かる恐れがある。


・・・これ以上、コクリコがココにいるのは、危険だ。


私の上右隣には、ロベリアさんの足が見える。

私の足元には、エリカさんがいる。


…エリカさん・ロベリアさんもまた、完全に密着状態のまま、動けないでいる。

おまけに、ロベリアさんが喋るたびに、エリカさんの耳に息が掛かるらしく…


「…くそ…こんな事なら、バーで飲んでりゃ良かった…」

「あ…あぁ…」

「オイ、エリカ!変な声出すんじゃないって言ってるだろ!?」

「あぁ…そ、そんな事言ったって…あぁ…」



・・・このままでは、危険だ。色んな意味で。



「…は、花火さんは、大丈夫ですか?」

「葵さん…お願いです…上を見上げないでください…。」


私の頭上で”開脚したまま”の花火さんは、涙声でそう言った。


確かに、私が上に視線を向けると…花火さんの…その”中身”が見えてしまう訳で…。

同性とはいえ…長時間、開脚&下着を晒すのは、大和撫子にとってはさぞ、苦痛だろう。



よって…私は、目を瞑ったまま、この状況を打開する策を考えなくてはならない。



「……あ、だ、大丈夫です…み、見てませんから…。あの、ちなみに…花火さん、今どんな体勢なんですか?」


「…葵さん…私…どんどん、前のめりになってきてますわ…」


花火さんは、一番樽の出口に近い人物なのだが…両足がどこかに引っかかっているらしく

私の頭上で開脚した状態のまま、固定されている。


また、上半身は時間が経つにつれ、前傾姿勢になってきている、という事から…

どうやら花火さんの上半身は、花火さんの腕の力で支えられているようだ。



もしも・・・彼女の腕の力が、尽きれば・・・花火さんは、私の顔の上に落下。

それを、私が支えきれなければ、コクリコに5人分の体重が掛かる。



やはり、このままでは、危険だ…。


それにしても、どうしたら…

よりにもよって…花火さんが、どうして、そんな体勢になれるのかが、疑問でならない。

いや、この際、それはおいておこう。



今度は、樽の外の状況を整理しよう。



…ここ…大道具室は、人気がない…というか、レビューが休みのこの時期では、滅多に人が来ない。

何度か、全員で大声で助けを求めてみたものの、誰にも伝わる事も無く。


外部からの助けは、見込めない。


この無理矢理な体位のまま、ぎゅうぎゅう詰めの状態が、長く続けば…隊員の体力が奪われ、命にも関わるかもしれない。



そして、敵が出現した時、この状態では…出動すら不可。



「…皆さん、とりあえず、自由に動く体の部分を教えて下さい。」


「エリカは…左腕と左足です!」

「ボク・・・どこも無理ぃ・・・。」


「わ、私も…無理ですわ…上半身は…支えるだけで…!」


「…アタシは『ああん♪』…チッ…左足と右手だよ。」

※注『』は、エリカの声。



「ははふひは…!(わたくしは…!)」


(うぅ…胸の間に温かい息が…くすぐったい…力が抜ける…!)

「ぐ、グリシーヌさんはいいです!あの、なるべく、喋らないで下さい…。」


「……!!(ガーン!)」



とにかく、誰か一人だけでも、樽の上に上がれたら、いいのだ。


ならば最適な人物は…やはり…花火さんだろう。


しかし、彼女の両足は、誰かの体の一部か…どこかに引っかかっている。

まず、そこを取り除けばいいのだ。


「どうしましょう?葵さん…エリカ達、どうすればいいんですか?エリカ、さっきから神様に祈ってるんですけど…!」


エリカさんの問いに、私は隊員達に指示を出した。


「まず…花火さんの足が引っかかっている部分を取り除くんです!」


しかし、すかさずロベリアさんが口を挟んだ。


「そんな面倒くさい事しなくても『ああん…』燃やしちまった方が、早い!」


「だ、ダメですよ!十分な洗浄が済んでないんです。アルコール含んでる樽の中で、炎なんて…!」


もしも、これが普通の樽でも、私はこれを許可はしなかっただろう。


「それに!…もし、樽を燃やしても、私達の体が自由になる頃には、私達の体は炭化してます。」

「・・・ちっ。」


ロベリアさんの案を却下した所で、今度はコクリコが案を出した。


「・・・葵ー・・・葵の風は?風カッターは?」


・・・風カッター・・・?ああ、カマイタチの事か…



「ごめんなさい…それ、両手使わないとコントロール出来ないの…そうじゃないと、みんなの事、切り刻んじゃう…。」


私の一言に、隊員達全員が、沈黙した。

その沈黙の中。




「むう!(はい!)」




私の胸の間から、グリシーヌさんが発言した。


「ぷは…はほい、ははくひのみひあひにふへほもう…(葵、私の右腕に触れているのは、恐らく、花火の足だと思う。)」


(く、くすぐったい…!!)


私は、くすぐったさに耐えて、彼女の言葉を読み取った…。


「はァ…は、花火さん!グリシーヌさんが…右腕に貴女の足が触れていると言ってますが…どうですか?確認できますか?」


目を開けば、花火さんの大開脚しか見えない私は、花火さん自身に確認してもらうしかなかった。


「ええ、そうよ…グリシーヌ。」


「ははば、ははひへんひょはひはんははふくひはへ…(ならば、花火…遠慮はいらん、私の右腕に乗り、樽から這い上がれ。)」


グリシーヌさんの言葉と共に、私の胸には彼女の呼吸がかかる。

そのたびに、くすぐったさが、全身を駆け巡り、ゾクリとする。


(あァ・・・もう・・・勝手に発言して・・・!)


力が抜けそうになるのを、必死に堪える。

なにせ、コクリコに5人分の負荷をかける訳にはいかないからだ。


「葵!グリシーヌは『あァん』なんだって?」


ロベリアさんの声に、私は呼吸を整えて、グリシーヌさんの言葉を伝える。


「…花火さん、グリシーヌさんの右腕に乗って、樽から這い上がれませんか?」


私の言葉に、花火さんは「……やって、みます…!」と答えた。


グリシーヌさんが腕を動かした。あとは、花火さんはその上に右足を乗せるだけ。


しかし。



「ダメです…葵さん…まだ、私の左足が…ロベリアさんの左脇に…」


「よりにもよって…そんなトコ!?ロベリアさん…!」


私はすぐに確認をとった。ロベリアさんからは、苛立った声での返事がかえってきた。


「さっき言っただろ!?『んン…』アタシは、左足と右手しか動かせないんだ!腕動かすには…エリカをどかしてくれ…!」


「じゃあ、エリカさん…!」


「うー…左半身しか動けませんけど…どっちに動けばいいのか…あぁ、神様…!」


エリカさんに指示を出したいのだが…その為には、目を開く必要が…


「神様に祈ってる場合じゃらいお〜えりかぁ〜…」


状況は刻一刻と、最悪の方向へと進んでいる。

コクリコがついに酔い始めた…!


そして。

もっとも、恐れていた事態が起こった…。




「あ、葵さ、ん・・・」

「なんですか?花火さん…あ、ちゃんと目は瞑ってますから、安心して下さい。



「あの、そうではなくて…」

「え?」









「私、お花を摘みに行きたいんですが…」





「・・・・・・・なっ!?」




それは、日本人にしか通じない暗号だった。

一大事だ…!!



「なっ・・・気でも狂ったか?!『あふんっ…』花火!しっかりしなッ!」


・・・だから、ロベリアさんの反応が普通だ。


外国の人が聞いたら、言葉そのままの意味にとるだろうから…。




「ははひーっ!はいじょうふか!?(花火ーっ!大丈夫か!?)」




(あぁ…グリシーヌさん、胸の間で、もう叫ばないでェ…)


力を緩めないように、私は懸命に問いかける。



「は…花火さん…あと、どの位もちそうですか…?」


「・・・・10分・・・くらいかと・・・」




た、大変だ・・・もう一刻の猶予もないではないか…!早く脱出しなければ・・・!!




「オイ!葵!『ぁん』一体何の話だ!?」


言える訳がない。


お花摘みに行く、とは…トイレに行く、という意なのだ。

日本では…見合いの席などで、女性がお手洗いに立つ時は、相手に不快な想いをさせぬよう

そう言って席を立つ事がある…!!


しかし、今、それを話したら…樽の中が、間違いなく…パニックになる…ッ!

それと同時に、花火さんが舌を噛み切ってしまうかもしれない・・・!!



「…い、今は言えません…!とにかく、花火さんの足を、ロベリアさんの脇からどけないと…!」

「んな事言ったって…エリカ!」


「あぁん……でも、エリカはどっちに行けばいいんですか?こっちですか!?」


「イテテ!馬鹿!!」

「ふが!?(痛ッ!)」


エリカさんの動きに、樽が揺れる。


「ちょっと!エリカさん!むやみに動かないで…うっ!?」


”ずりっ。”



―不覚!


私の力が、少し緩んでしまった事で…全体的に、位置が下へと下がってしまった…!!



「…葵ぃ〜(ヒック)…なんか、ボク、楽しくなってきた…うふ。あははは…」


「こ、コクリコーッ!?」


コクリコは、もう戦闘不能…ッ!!


「葵さん…私、お花が……お花畑が…見え始めてます…」


「は・・・花火さん!しっかりして!!」


今度は、暗号でもなんでもない!幻覚だ!!

このままでは・・・・・・・・・・洪水に・・・


と言うか、私の顔に・・・・・・・・・・・・・・


・・・・いや、ちょっと・・・それは、いくら二次創作でも、マズイ・・・そのネタはマズイって・・・!!



「ははひー!!(花火ー!)」


「あぅ…っ!?」

(ダメ…もう手段は選んでいられない…!)


声を必死に抑えて、私は頭をフル回転させる。

コクリコは酔っ払い、花火さんの膀胱はもう限界・・・!

私の胸にかかるグリシーヌさんの息で、今にも私の力は緩みそうだし…!




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・花火さん、申し訳ありません。」


「あ、葵さ…!?」



私は、意を決して・・・目を開けた。


そして、目の前に飛び込んで来たのは…











(――――――そ、そんなまさか…ッ!!)









いや、そんな事に気を取られている場合では無い。私は、樽の中の状況をすぐさま、確認、分析した。



(・・・あそこがひっかかってるならば・・・そこと・・・そこを動かせば・・・よし!)



「…総員、私の指示通り動けッ!」

「りょ…了解!!」




そうだ。私は、隊長・・・!今は…彼女達を…隊員の為に・・・!



「エリカさん!右、15度移動!」

「は、はい!!」


「ロベリアさん!左脇から花火さんの足を!!」

「よ、よし!!」



・・・が、しかし。





「見ないって・・・言ったのに…ッ」


「・・・・・・・・・へ?」



花火さんの絶望に似た声が聞こえた。



・・・・・どさ・・・。



次の瞬間・・・私の顔の上に・・・花火さんがふってきた。

成人女性1人分の重みが、私の首にかかり、私の身体は反った…。


(…こ…堪えるしかな…)



「はほい―ッ!?(葵ーッ!?)」



グリシーヌさんの叫びが・・・私の胸に・・・・・・



(・・・・あ、ダメ・・・・・)







”ガチャ…”






「ほらぁ〜メル、すごぉいでしょ〜?大きな樽〜ウフフ…」

「本当…こんな大きな樽見たことがないわ…これ、ワインが入ってたの?シー。」



「そうらしいわよ〜?」






「ああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

「きゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!」




「え?な、なに!?今の声!!」

「だ、誰かいるの!?」





 私達は幸運だった。 


 メル・レゾンとシー・カプリス両名によって 巴里華撃団 花組 は 全員 無事 救助 された。 




 アルコールに酔い、頭痛を訴える者、樽に落下した際 擦り傷を負った者… 

 酸欠になった者 膀胱炎になった者等…隊員に甚大な被害は少なかった。 






いや、果たして被害は本当に、少なかったのだろうか?








「…まったく、何をやってるんだい?葵。それでも隊長かい?樽にハマるなんて…」


「申し訳ありません…グラン・マ…」


私は、支配人室でひたすら謝っていた。



「まあ、事情をきけば…不慮の事故のようだけど…予防の仕様もあっただろう。」


「はい、その通りです…私が、軽率でした…。」



そもそも。

はしごや、足場を作らずに、大きな樽の中に入るなんて…軽率だったのだ…



「それで…葵?」

「はい。」

グラン・マの言葉が詰まる。

きっと、あの事を聞かれるんだろう、と私は思った。



「……アンタ…何を見たんだい?」

「いえません。」


「…じゃあ、目を開けて、あたしの眼をみて話してくれないかね?」

「申し訳ありません…それは…まだ出来ません。」


「…眼医者は、なんともないって言ってたんだろう?」

「いえ、約束ですので。」


そう言うと、グラン・マは溜息をついて、ああそうかい、と言った。







・・・花火さんは、あれ以来、私とあまり口をきいてくれない。




緊急事態だったとはいえ、目を開けて私は見てしまったのだ。




………彼女の………




ああ、これ以上語るのはよそう………





とにかく。

私は、あの樽の中でみたモノを…墓場まで持っていく決意を、彼女に伝えた。


それでも…花火さんの心の傷は大きいらしく・・・私にだけは、見られたくなかった、と泣いていた。


私個人としては…それよりも、花火さんを顔で支えた事が、ショックなのだが・・・。


・・・・とにかく。

私は、誠意を見せるべく、目を瞑ったまま、生活している。

霊力を働かせて、周囲の動きを感じながらの生活…なかなかの修行になりそうだ。



”ガンッ!”


「あ、痛・・・。」



・・・・・・油断すると、壁にぶつかるけれど。












「ねえ〜メル〜!聞いてよ〜!!…お尻にニキビ出来ちゃったよぉ〜!!」


「そんな…シー…泣く事ないじゃない…お薬塗りましょうか?」


「ダメッ!お尻にニキビなんて…誰にも見られたくないんだからッ!見られたら、もう…恥よ恥だわ!

 一個でも恥ずかしいのに…あたしってば…グスン・・・セーヌ川に身を投げるわぁー!!」


「もう、シーったら、そんなオーバーな…」


「だってぇ!……メル、知ってる?お尻のにきびって、好きな人に見られると、一気に増えて、黒くなるのよぉ?」


「そんな馬鹿な…」




”…カシャーンッ!!”





「・・・ど、どうしました?花火さん。」



ティーカップを落とし、肩を震わせる花火をシーとメルは不思議そうに見つめた。







END







あとがき。


花火ファンの皆様…本当にすいません。

久々の更新なのに…こんなんで、スイマセン!!

あと、尻のニキビは好きな人に見られても増えたり、黒くなったりはしませんからね(笑)