ラッキーの始まりは、あたしこと、朝霧 理世(あさぎり りせ)の叔父さんが海外転勤を命じられた事。






なにしろ、家賃3か月分払ったばかり&借りたばかりのマンションの部屋を

空き部屋にしないとならない訳だから・・・叔父さんは、困った。

そこで、4月から大学に通う予定のあたし(叔父さんの兄はあたしのお父さん)が、その間に住む事になった。


うん、ラッキーラッキー。


そのマンション、あたしの大学から近いのなんの。自転車で15分!定期要らず!


しかも、マンションがこれまた豪華な造り。

備え付けの家具もたっぷり…おかげで安く済みました。

オートロック&監視カメラ&駐輪所付き!そして、2LDK!

しかも、オートロックなんか、指紋で開くんですよ、指紋で!(指紋の登録変更するのに、手間取りましたが)



・・・叔父さんが、惜しむ気持ちが解る。


こんないい住処・・・大学卒業してからでも住みたい・・・。

でも、あたしが住めるのは、叔父さんが帰ってくるまで。



とはいえ、ラッキーは、まだ続くんですよ。




「・・・よし。後は、これを捨てれば、引越し完了〜!」


引越しの片付けを終えたあたしは、燃えないゴミを袋に詰めて、玄関のドアを開けた。





「・・・ちょっと、貴女。」




ピッとした、やや早口のその声にあたしは呼び止められた。




「は・・・い・・・?」


声の主は、隣の部屋の玄関に入ろうとしているところから見て、あたしの隣の住人の女性だ。


少し、着崩したスーツに、大きめのカバンからは、なにやら紙や書類が詰まっているらしい。

ちょっと垂れ目なのに、眼鏡の奥からは厳しい視線がガンガン飛んでくる。

肩につくかつかないかの長さの髪がウェーブしていて、いかにも品のある大人の女性だ。




「・・・それ、燃えないゴミよね?明日は資源ごみの日だし、夜にゴミを出すのは、マナー違反よ。」




目の前のその人が、女性だってのは、承知の上で。



「…聞いてるの?…貴女、もしかして…」



ゴミ袋を両手に持ったまま、あたしはボーっとその人を見つめて思った。








 『・・・神様、叔父さんを海外転勤にしてくれてありがとう・・・。』







あたしは、日頃から、直感通りに動くことにしている。

・・・というか、動いちゃうんだよね。


このまま、只のご近所さんの会話だけで終わらせたくないって思って…


「・・・あ、あの!」



「はい?」



声を掛けた。



「ご、ゴミの日、知らないんですっ!教えて下さい!」













「―――で、それから、家に入れて、ゴミの回収日から分別方法まで教えて…


 そこから、早かったわよね・・・」



先生がいつものソファに足を組んで座るので、あたしはその綺麗な足の傍に座る。



「・・・”こうなる”までが。」



そう言って、先生は笑いながら、あたしの頭を撫でる。



「・・・だって…一目惚れだったんですもんっ!」


あたしはあたしで、先生の綺麗な足に抱きつく。

ストッキングの感触が頬にあたる・・・結構、これが気持ちいい。


傍から見ると、ド変態みたいなんだけど…

これは先生とあたしの関係だから、OKなのであって…。


見上げると、先生はちょっと垂れた目でニッコリ笑う。


「理世、犬みたいよ。」



先生にそう言われて、『これはネタを振られた』と思ったあたしは、とりあえず鳴いてみた。


「・・・わん!」



「・・・・・・・。」



しばらくの沈黙。

(・・・ヤバイ、スベッた・・・。)


なんというか…自分でも時々嫌になるんだよなぁ…こういう変なサービス精神(?)…。


「・・・・ふっ・・・くっくく・・・・」


随分長い沈黙の後、先生は吹き出して笑ったした。


・・・笑うまでが、どうにも長いから、先生の笑いのツボは、難しいったらありゃしない・・・。


というか…スベッた空気がウケた理由だって気付いたのは、その後すぐだったんだけど。



ま、ともかく。




あの日出会ってから、1週間後、あたしと隣人の先生は、お付き合いを始めた。

そして、めでたい事に、本日で3ヶ月が経っていた。




・・・これが、最大のラッキーって訳で。











[ 先生と番犬。]








あたしは先生の隣・・・つまりは、叔父さんの部屋に住んでいるのだが・・・

・・・この通り、先生の部屋に居座っている事が多い。

ただ、居座るだけじゃ、アレなので…こころばかりの…洗濯とか、掃除等をして居座り権を得ている。




整理された本棚と、整理されていない本棚…

テーブルの上に置かれた本に、ソファ…キレイ過ぎるキッチン。

お風呂場・トイレにも小さな本棚が備え付けてある。


そして、紙やらなにやらで、破滅的な散らかった机の上・・・

だが。

持ち主曰く、整理された状態であるので、机の上は絶対触らないように、とキツく言われている。


とにかく、本と寝転ぶスペースで先生の部屋は、構成されているといって良い。


『もー掃除するあたしの立場にもなってよね〜(プンプン)』とか言って怒りたいのだが

あたしは、好きでここに来ているであって…。

付き合っているとはいえ、日が浅く・・・なおかつ、彼女面して勝手に人のモノをいじろうなんて、あたしは思ってない。


・・・それで、恋に散った女友達をあたしは何人も見てきたし。

まあ、あたしの女友達は女性と付き合っている人は全くいないわけですが。





現在、あたしとお付き合いしている女性…

先生こと、三枝 八重子(さえぐさ やえこ)さんは、某大学の准教授だ。



先生が教えている授業は、社会行動学。・・・らしい。

話聞くと面白くもあり…難しくもあり………正直、まだ…いや、かなりわからない事が多い…。


残念ながら、あたしの通っている大学と、先生の勤めてる大学は違う。

・・・場所もレベルも・・・。

うーん・・・今更大学変更なんて、あたしの頭じゃ出来ないし。(なにより、動機が不純過ぎるし。)




だけど、先生はそんな事気にする必要は無いという。




「理世、考えて御覧なさいな。学力なんて、見た目じゃ解らないのよ。・・・何より、貴女は学力じゃない分野で、頭が良いと思うわ。」


そう言いながら、先生はソファに座るあたしの癖っ毛を後ろから、びょんびょん指でいじりまわす。


「・・・それ、褒めてるんですかー?」


なんとなく・・・『バカのままで良し。』といわれた気がしてならないんですけど・・・。



「ホラ、よく『替え歌』歌ってるじゃない。洗濯とか料理しながら、スラスラと。 ああいうの、頭の回転が速くないと出来ないのよ?」


「ああ・・・あの・・・アホみたいな替え歌ですか・・・。」


・・・うあぁ・・・聞かれていたんだ・・・あのアホみたいな替え歌・・・。



「そうそう、私それ聞いた次の日も、大学で思い出し笑いしちゃって。 ホント、私思い付けないから。」


そう言って、先生は楽しそうに笑っている。


(あー…もう、そういう笑顔で笑いかけられたら…うー…ホント美人だなーこの人ー…もう…)




褒められるのは・・・・それはそれで、嬉しくもあるのだが・・・


「ううう・・・なんか、恥ずかしいです・・・。」


…自分の馬鹿さ加減が、強調されてますます情けないです、先生・・・



先生の休日は、本屋か家で過ごす事に決まっているらしい。・・・どっちも図書館みたいなもんだけど。

付き合い始めてまだデートみたいな事はした事は無いけれど、このままでも十分あたしは幸せだった。

先生が机に向かっているの見たりー…話を聞いたりー…御飯食べてくれたり、一緒に作ったりー…。


先生は『今は何をしても楽しい時期よね』なんてクールに言うんだけど。



それは、付き合い始めだから、だろうなぁ…。

勿論、お付き合いって、楽しいだけじゃない。



楽しいだけじゃないけれど…



・・・・・・・・・やっぱり、今は先生と一緒にいるのは、嬉しいし楽しい。





ある日の休日。


あたしはいつも通り、部屋着のまま隣の先生のインターホンを押し、入れてもらった。

朝食を作って、一緒に食べて、お互いそのまま、部屋着のまま、のんびりとした時間を過ごしていた。




「ねえ、それより…理世。」



先生は、癖っ毛をいじるのをやめて、ソファの上であぐらをかくあたしの隣に座った。



「そろそろ、やめない?私の事、先生って呼ぶの。」



先生の意外な提案にあたしは、ちょっと悩んだ。


「・・・んー・・・でも、なんというか・・・先生は、なんというか・・・”先生!”って感じだし・・・」


私の中では…もう、それで定着しているのだ。

先生は、先生。


「・・・でも・・・私達、付き合ってる、のよね?」


少し困惑したような表情で、先生がそんな事を聞く。

呼び方なんて気にしなくても、大丈夫。



「勿論ですっ!先生!あたし、ゾッコン(死語)です!」




笑顔全開で、ハッキリと宣言。




「・・・・・・・・。」




・・・え?あれ?何?この間は・・・なんか、悪い事言ったかな・・・。




「・・・・・・んー・・・ま、いいか。」



長い沈黙の後、先生は苦笑した。


その笑顔に、あたしはやっぱりメロメロ(死語)で。



(・・・あーダメ・・・やっぱり綺麗過ぎるー・・・先生・・・。)


「せ〜んせいっ♪」


この時のあたしは、先生の二の腕に、頭をつけて馬鹿のん気に考えていたんです…。

大学生にもなって・・・大勢の恋に咲き、散っていった友人達を昔から見てきたって言うのに。





『先生は、大人だって事。それから・・・』









次の日、あたしが出席する筈だった大学の講義は、休講になった。

その日の授業は、その一つしかなく、一気に暇な時間が増えた。


ふと、頭に過ぎったのは先生の顔だった。



(…講義してる先生、見てみたいな…)


…先生の授業、興味はあるんだよね…難しいんだけど…。

どんな授業なんだろう…きっと、カッコいいんだろうなぁ…。ピシッとしてるし。



で。


ノコノコ行ってみた、あたし。


さすが、レベルの違う大学…広さは勿論、建物の質感まで違うような気がしてくる。

移動は、自動車かバスですかってくらい…広い…。



ここ・・・本当に、大学の敷地ですか・・・?



何なの?あたしの大学の規模は…徒歩で十分だし…大学の隅から隅まで、女子トイレ巡りしても、時間余る位、規模が小さいし…。


それに比べて…何?この大学……構内に、電光掲示板まであるし…。



「…えーと…三枝 八重子(さえぐさ やえこ)…の講義は…あ、あった…A-315…」


あんまりキョロキョロしてると、怪しまれるから…しゃきっとしていよう。





そして、そのA-315に辿り着くまで…30分もかかった。




どんだけ歩かせるんだか…体力には自信ある方だけど、エレベータ−無いからキツイのなんの…。


もしかして、先生…こんな広い場所を行ったり来たりしてるから、あんなにスタイル良いのかもしれない。


そんなこんなで、やっとA-315の教室を見つけたあたしは、そうっと入っていった。

(・・・あ・・・!)

先生が、黒板に文字を書いているのが見えた。かなり遠めだけど…見慣れた綺麗な字は、見える。

マイクを片手に先生は教科書の一文を読み、解説を加えた。


(…ああ、やっぱ、先生カッコイイなぁ…)


出会った時から、思っていたけど。やっぱり、その凛々しさは、変わらない。

どんなに遠くても、それは変わらないし…授業の雰囲気の中の先生は、やっぱり思ったとおり、いつにも増して凛々しかった。

あたしは、ドアの音はさせないように閉めて、そして、そうっと椅子の音を鳴らさないように座った。


が。



『・・・そこのアナタ。』


マイクから、冷たく低い声が放たれた。


(・・・ヤバイ・・・バレた・・・!!)


…正直、血が引く思いをした。…先生に怒られる…。

怒られて、嫌われるかもしれない…うわ、そうなったら…正直、泣く…7日は余裕で泣き続けられる…!!


ごめんなさい、とあたしが立ち上がろうとした時。

先生は、マイクを持ったまま、階段を上がり、教室の中央で止まった。


『アナタ、これで注意されるの、2度目よね?おしゃべりなら廊下でしなさいって言ったわよね?

 余程、聞く気が無いのだとみなします。・・・今すぐ、教室から、出なさい。』


先生は、中央に座っている茶髪の男子学生にそう言って、教室のドアを指差した。

しかし、男子学生は俯いたまま黙って座っている。

教室は緊迫した空気で、静まり返っている。


「・・・・・・。」

『自分じゃないと思ってるの?それとも、黙っていれば逃れられると思ってるの?

 立ちなさい、そして出て行きなさい。』


先生が更に出て行くように言うと、男子学生は小さく”…すいませんでした。”と不貞腐れた態度で言った。

しかも、その横の友人らしき男子学生は”怒られてやんの”とニヤニヤしている始末だ。


『・・・謝罪するくらいなら、2回も同じ事しないでしょ?謝罪はいいから、出て行きなさい。お友達と一緒に。』


(・・・・・・・・・・・・・・・。)

・・・いつになく、先生が怖い。

…先生と喧嘩したら、こんな風に怒られるんだろうか…謝って済むかなぁ…


すると。


「っせーな!謝ってんだろーがよ!!ババアッ!」


そして、男子学生が教科書らしきものを床に、バシンッと叩き付けた。


・・・ば、ばばあ、だと・・・!?・・・先生に向かって・・・、と思う間もなく、男子学生は立ち上がり先生に詰め寄り始めた。


(・・・ちょ、ちょっと・・・これ、マズイんじゃ・・・!)


このままじゃ、先生…アイツに何かされちゃうんじゃ…とあたしは思わず立ち上がった。

だけど、あたしは所詮、よその大学の者…どうしたらいいのやら…

あたしは、周囲をキョロキョロと見る。誰も、立ち上がろうともしないし、止めようとも、喋る事もしない。



まるで、他人事。


ふと見ると、私の横にいた男子学生は、ニヤニヤしながら、携帯でムービーを撮っていた。



・・・・何?これが・・・・レベルの高い大学の学生さん、なんですか・・・・・?

・・・こういう人達が、こんな立派な建物の中で・・・



・・・あたしの先生の授業を聞いているんですか・・・?




『…いいから…出て行きなさい。暴言は廊下で、吐きなさい。』


「オイ、偉そうにしてんじゃねえよ!学費払って授業受けてやってんだぞ!!」



いくら、頭の悪いあたしでも…解る。



学費を払ってるのは、自分の親です。

そして、授業は、自分が知りたい・知らない・学びたいけどわからない事を教えてもらう時間、というものです。

普通、そういうものじゃないんでしょうか…?



だから、あたしは・・・よその大学の者だけれど…一学生として、当然の事をした。




先生を上から睨むそいつの後ろから、手を伸ばし、肩をぽんぽんと叩いた。



「出てって。お前と同じ、親から学費払って貰ってるヤツが迷惑してるんだよ?


 先生の言うとおりだから。さっさと出てって。」



「・・・り・・・!?」


勿論、先生はあたしが現れた事に驚いたようだ。驚きすぎて、あたしの名前を詰まらせるほど。

…他所大学の生徒、しかも恋人が目の前にいるのだから、無理も無いのかも。


場違い甚だしい・・・かもしれない。

でも、あたしは間違った事はしてない。



「テメエは、関係ないだろっ!」


自慢じゃないんですけど。


あたしは、頭は良くないんですけど・・・

”合気道”だけは、唯一、身体が覚えてくれた宝物でして。




・・・”小よく大を制す”・・・


相手が掴もうとか、殴ろうとかしたら、あたしの手は勝手に相手の手首を取り、身体は勝手に動き、相手の体が宙に浮く。

というか、条件反射というか・・・自然とそうなっちゃいました。



”ドサッ!”



「・・・っ痛ってぇえぇ…!?」



「「「「・・・おお〜!!」」」」


途端に、歓声が上がり、学生さん達からは、拍手を貰った。

当然、投げられた学生は気まずそうにその場を逃げるように去っていった。


「静かに!あと、そこでムービー撮ってるヤツ、お前!今すぐ消さないとお前も投げるぞッ!!」


後ろに向かって指差して言うと、そいつは慌ててカバンの中に携帯をしまいこんだ。


・・・これで、よし。


”ささ、授業の続きをどうぞ。”と言おうとして、あたしは、先生に駆け寄ろうとしたのだけど…


「あの、せんせ・・・」



「貴女も出なさい。」



明らかに、先生は怒っていた。

今までで、一番怖い顔で、怒っていた。



「・・・あ・・・はい・・・。」



あたしは間違った事はしてない。

・・・でも・・・先生の勤め先の大学ですべき事じゃなかった・・・。














・・・・・・・・・反省・・・・・・・・。




















その日の夜。


あたしは、自分の部屋で正座して自粛を決め込んでいた。

先生はきっと、物凄く怒っているだろう。


大体・・・あたしが、あの時飛び出さなくても・・・先生だったら、頭良いから、なんとかしたに違いない。


それを・・・あたしは・・・馬鹿みたいに。

所構わず吼えまくる、躾のなってない番犬みたいに…先生の職場をぐちゃぐちゃにしただけだった。



(・・・だから、あたし・・・低レベルなんだ・・・!)


自分の頭の悪さに嫌気がさす。



”ピンポーン”


「・・・・・・・。」


…多分、先生だ…どうしよう…!


”〜♪〜♪〜♪”


携帯が、玄関のチャイムと同時に鳴りだす。


ど、どうしよう…



『今日ばかりは、貴女の馬鹿さに呆れました。人の職場であんな事して…もう別れましょう。』

とか言われたら…!



”ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン”

”〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪”



(やだ・・・そんなのやだ・・・)




”ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン”

”〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪”



ただ、目の前に別れが来るのが嫌であたしは、無視を決め込んだ。



(やだ・・・やだ・・・!!)



玄関のチャイムは鳴り止んだが、携帯の音だけは、部屋に響きまくっていた。






すると今度は、突然。



”…バンッ!!”




「居留守は分かってるのよ!?出なさい理世!」

「・・・ひえええっ!?」




先生は、ベランダにいて、こちらを物凄い顔で睨んでいた。



「開けなさい!理世!」



ベランダの防火扉を蹴っ飛ばして、あたしの部屋のベランダへ乗り込んで来たんだ。


「あ…あたし…!」


「……いいから、開けてぇ…ッ!」


そう言うと、先生は窓の外で崩れ落ちるように、その場にへたり込んだ。


「せ、先生!?」


あたしは、夢中で窓を開けた。

顔を上げた先生は、涙を浮かべてあたしを睨んでいた。


(・・・あの、先生が・・・泣いて、る・・・?)

思わず、そっちにばかり、気を取られてしまう…あたし。


「・・・なんで・・・出てくれないのよっ!電話も無視してッ!」

「え・・・だ、だって・・・怒ってると思って・・・」


「怒ってるわよッ!」


「ご、ごめんなさい…でも、別れるとか言われたら…」


「・・・そんな事で、出なかったのッ!?」


涙目でも先生の顔は、怖いまま。


「わ、わ…先生…お、怒らないで…もう怒らないで…!ご、ごめんなさい!あんな事して、ご、ごめんなさい!!」




「怒るわよッ!!この馬鹿・・・ッ!!」



先生はそう言うと、伝線しまくった汚れたストッキングとしわくちゃのスーツのまま

あたしの方へ倒れこむように抱きついてきた。


「せ、先生・・・?」


先生は、あたしをしっかりと抱きついて離れなかった。

ひっくひっくと泣きながら。


「…れたかと…思っ…た、じゃないの…!!」


「へ?」


涙声で、先生はこう言った。


「・・・・・嫌われたかと思ったじゃないのって、言ったのよッ!」


「・・・え、えー・・・?」



………それは、こっちの台詞です。先生…。





ー 1時間後 ー





お互い落ち着いたところで、話し合いが行われた。


「…私の講義に興味を持ってくれた事は、嬉しいわ……でも…あれは、やり過ぎ。」

「はい…すいませんでした…。」


まずは、謝罪。


「…ああいう学生は、1年に10人くらいはいるの。そういう人には、単位あげないって事になってるから。

私の為にああいう危ない事するのは止めて頂戴…警察沙汰にでもなったらどうするのよ…

貴女だってタダじゃすまないのよ?」


そして、事情説明。


「あの…あの…先生が…恋人だから助けようって思ったとか、そういう以前の問題で…

あたし、ああいうヤツ大っ嫌いだから…先生の事…ば、ババアって言うし…。

喧嘩になっても…あたし、勝つ自信ありましたし…」


「・・・確かに・・・貴女が合気道やってるのは、わかったけど…問題は、そこじゃないの。」


「・・・え・・・」


「…もしも、あの後、何かあったらって思ったら…もう私、気が気がじゃなくて…」


そんな心配し過ぎですよ、と言おうとしたが、先生が額に手をあてて涙を流した瞬間、何も言えなくなった。


「……ごめんなさい…先生…。」


再び、謝罪。



「…それから。」

「・・・はい・・・。」



「…別れるなんて、言わない。」

「え・・・・。」


そう言うと、先生は、距離をとって座っていたあたしの袖をぎゅーっと伸びるくらい引っ張った。

伸びたら困るので、あたしは先生の隣にいつも通りぴったりと座り直した。

先生は、俯いたまま、まだ泣いているみたいだった。


それが、不謹慎だけど…物凄く可愛いな、と思った。



「・・・・・・あの、先生・・・ティッシュ。」


あたしがティッシュの箱を差し出すと、先生はざざっと3〜4枚一気に取って、豪快に鼻をかんだ。



「・・・・それから。」

「は、はい…。」


・・・こうなったら、いくらでも謝ろう。

別れずに済むって、わかっただけでも、あたしは嬉しいのだから。



「・・・先生は、やめて。」

「・・・え?」




「あのね、理世・・・先生って呼ばれると、私…貴女の事、学生として意識しちゃうの。

 ・・・私はね・・・貴女の事、本気なの・・・本気で、あの日の言葉、信じてるの。」


「・・・あの日・・・?」


「理世が…私に好きって言った日。」






ー 理世が告白した日。 ー




『・・・え?』

『だから…あの…好き、なんです!先生の事!』

『えーと…貴女、学生よね?A大、1年生…。』

『はい!』

『…私…貴女と歳・・・1まわり以上は離れてるのよ・・・つまり、オバサンって訳で・・・』


『先生がオバサンだっていうんなら・・・あたし、ぶっちゃけ…先生みたいなオバサンに抱かれたいんですッ!』


『・・・・・・・・・え・・・?』


『いや、むしろ…オバサンなんて言わせません!とにかく大好きですッ!”先生”!付き合ってくださいっ!!』


『・・・は、はあ・・・まあ、その・・・ありがとう・・・』


『よ、よっしゃあああ!成立!!』


『・・・え?今のOKって事になるの?』


『先生!これから、よろしくお願いします!理世って呼んで下さいね!』


『・・・あ、はい・・・。』





ー 以上。 ー





「もう、殆ど勢いって感じだったけど…」

そう言って、先生は笑った。


「・・・・・はい、自分でも・・・今、思い返すと無理矢理だなって感じです…。」



「でも…嬉しかった…。」

そう言いながら、先生は安心したように、あたしの肩に頭を預けた。


「……え、えぇ?・・・だって、どう見ても、オバサンじゃないですよ。先生は。」


「・・・そうじゃなくて・・・。」


「ん?」


「理世・・・私、見た目ほど・・・理性的な女じゃないの。」


「んん?」


先生が、ティッシュを置いて、私の袖を再び掴んだ。


「・・・・”貴女に抱かれたいです”って言われてから・・・その・・・ずっと意識してたの。」

「・・・意識?」


「…それというのもね、誰かに…個人的に、私自身を必要とされる事もなかったし…。


 理世が尊敬してる”先生”は、私の表向きの私であって…本当の私は…全然そんなんじゃなくて…」



「・・・えーと・・・つまり?」


「私は…貴女に会う度に、私は…」


「・・・はい。」





「・・・・え・・・・H、したかったの。正直に言うと。」



「…あぁ、なるほど・・・・って、ええええええええええええええ!?


せ、先生の口からそんな大胆な単語聞いた事なかったあたしは、飛び上がるくらい驚いた。


「…そ、そんなに大声で驚く事無いじゃない…!…だ、だから………だから…!

…私、理世に先生って呼んで欲しくないのよ。・・・だって、貴女は生徒じゃなくて・・・恋人、なんだから。」



・・・・・・なるほど・・・そ、そういう事なら・・・なるほど・・・。

よし、あたし、一旦落ち着こう。・・・うん。




「・・・お、おお・・・お、OKです・・・先・・・」


「・・・・だから、理世。”先生”以外で。”先生”禁止。」


犬の躾じゃないんだから…と思いつつ、あたしは無い頭脳パワーを捻るだけ捻って、搾り出した。





「う・・・えーと・・・・・・・・・・・・・じゃあ・・・・・・・・・・・や、八重ちゃん・・・」


どうですか?、とあたしは先…いや”八重ちゃん”の顔を覗きこんだ。


「・・・・・・・・。」


真っ赤になったまま、鼻をすんっとすすった八重ちゃんは、無言&ノーリアクション。


「・・・あ、ダメ、ですか?可愛いと思ったんですけど・・・」

と、次の呼び名を考えようとするあたしの手を、八重ちゃんがしっかりと掴んだ。



「・・・ううん、それで・・・いや、それがいいわ・・・。」

「・・・じゃあ”八重ちゃん”で。」


「・・・・・・理世・・・もう、私・・・我慢出来な…」

「・・・・っ!?」






あたしは学習した。



先生は、やっぱり大人だって事。

それから・・・やっぱり人間だって事。



つまりは、先生と言っても、人並みにしたい事はある訳で。



あたしが、勝手に”尊敬”だの、”カッコイイ”だの、”知的でクール”と、褒める度に、先生は…

”先生”でいなければならなくなり…


つまり・・・八重ちゃんは・・・あたしのせいで、萎縮してしまっていた訳です。(苦笑)


本当の”八重ちゃん”は 『そんな事無い!私だって、ドジするし、クールも何もない!!』 

・・・って、本当は大声であたしに言いたかったんだ、と思います・・・。




そんな八重ちゃんに、あたしは幻滅なんかしない。

むしろ…そんなステキな一面を持つ八重ちゃんに気付かなかった自分が憎いくらいだ。



「ところで、八重ちゃん…」

「ん・・・・?」


「あたし…シャワー浴びてないのに…いいの?」

「・・・そうなの?・・・私は・・・気にしないわ。」


「…う…でも…」


「言ったでしょう?もう、ダメなの…1分さえ惜しいわ…我慢出来ないから…」


「…あ…ぅ…や、八重ちゃ…」




・・・みんなこうやって・・・他人を知っていくのだろうか・・・。


とりあえず、あたしは…ちゃんと八重ちゃんの事知る事が出来て良かったと思う。

そして、あたしだけしか知る事のできない…そんな八重ちゃんを、もっと…知っていきたい。




「…ん……どうしたの?…八重ちゃん…」

「…………ゴメン…理世……腕、つった……」


「え!?だ、だだ、大丈夫!?先せ…八重ちゃん!」

「ひ、引っ張らないで…理世…!理世ってばっ!」



とりあえず、まずはお互い、女同士のHの仕方を学ぶ事になりそうだ。


「…理世ッ!…”待て”!



・・・・・わん・・・。(反省)



― END ―




目指せ!”ほのぼのカップル!”これからは、下ネタより、ほのぼのなのだよ!

・・・って、意気込んだら、こんなんなっちゃいましたとさ!(笑)


犬っぽい女の子(おバカ)と大人な女性(ムッツリスケベだけど可愛い人)のカップルを書こう!とおもいまして。

名前は…適当です。八重ちゃんは、携帯のゲームでゴエモンのキャラに出てくるくの一さんからとってますし。

理世に関しては、雰囲気でつけてます。しかも、完全な名前負けです。世の理を知っている…そんな名前なのに…知らないことだらけ(笑)

久々に前後編とか無いスッキリ読めるモノを目指しました。お暇潰しにどうぞ♪








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