…笛の音が聞こえた気がした。







寝返りをうった私の目の前で、亀折神が、何かを知らせようと手足を動かしているのがうっすらと見えた。


「・・・もう、どうしたの・・・?」


私は起き上がると、亀折神を両手で持ち上げた。

亀折神は、外を見るように私に訴えた。


私は目をこすりながら、外へ視線を移した。

それと同時に、夢うつつに聞こえた笛の音がはっきりと聞こえてきた。



(・・・・笛の音・・・・こんな時間に・・・?)



私は、笛の音に導かれるように部屋を出た。


多分、そこにいるであろう・・・彼女の元へと。

庭には、やはり彼女…花織ことはがいた。



いつ聞いても、素朴で素直な音色だと思う。

もう少し聞いていたいな、と思う私のカーディガンから亀折神が飛び出した。


「あ・・・!」


気が付くと、亀折神がことはの方へ真っ直ぐ飛んでいく。


(ちょっと、何してんの!?亀折神…!)


そして、亀折神は、ことはの頭の上にちょこん、と着地した。


「うわっ!?…びっくりしたぁ・・・亀折神やぁ。こんばんわぁ。」


ことはは、驚きつつも、頭の上の亀折神にのんびりと挨拶をした。

しかし、この夜中にどうして、ことはは笛を吹いているんだろう…。


(・・・まさか、また眠れないのかしら・・・もしくは寝ぼけてる・・・?)


私は、そのまま柱にもたれたまま、立っていた。

やがて私の気配に気付いたのか、ことはがハッとしたように振り返った。


「・・・あ、茉子ちゃん・・・!」


私は、黙って微笑みながら、庭に下りた。



「…眠れないの?」

私がゆっくり近付くと、ことはは何故かしきりにこちらを向くことを拒むかのように、私に徐々に背を向けた。


「あ、ううん…そういうんとちゃうよ。あの…」


慌てて、笑顔でそう答えることは。

無理に笑ってるな、というのは、今までの付き合いで解る。


・・・これは、何かあるな、とすぐに分かる。

というか、放っておけない。

放っておけないというか…そんな風に私の前で無理されるとさ…



”ぎゅっ”てしなきゃ!って思ってしま



「うわ!?茉子ちゃん!?」

「・・・あ、体が先に動いちゃった・・・。」


気が付けば、後ろからぎゅっとことはを抱き締めていた私。

「・・・もう、茉子ちゃん、うち、びっくりして心臓止まってしまうわ・・・。」


本当だ。抱き締めた私の腕に伝わってくることはの鼓動。

”それにしても、そんなオーバーな”、と笑いながら言いかけた私は、ふと下を見下ろした。


笛を抱えることはの膝には…


「・・・・・・枕?」


ことは愛用の枕。

枕を膝にのせて、笛を吹くって・・・。

(ことはの天然も、遂にここまでキタというの・・・?)

私がまじまじと枕を見つめるので、ことはは慌てて喋りだした。


「あ、あのっ!茉子ちゃん、これはねっ!違っ・・・えーと、あの・・・あっ、話せば朝までかかる長い話やから!」


顔真っ赤にして、ホント素直で可愛いなぁ、ことはは。

ことはは、私に嘘をつく事はしない。

だから、慌てて、妙な言い訳でなんとか枕の話を誤魔化そうとしているのが、私にはみえみえで。



「・・・・・・いいよ。朝までかかっても。・・・・ま、話したくないんなら、無理強いは、しないけど。」


私がそう言うと、観念したようにことはは

「あの・・・笑わへん?」とボソリと言った。


「・・・話の内容によるけど。」と私は正直に答える。


「・・・・・・。」

途端に、ことはの口がへの字になる。


「わ、わかった、わかった、笑わない!約束する。・・・で、なに?」


「・・・・・あんなぁ・・・うち・・・」


亀折神を頭に乗せたまま、ことはは小さな声で言った。



「うち・・・今日、茉子ちゃんと、一緒に寝たいな思うて・・・でも、茉子ちゃん、もう寝てたみたいやから・・・。」


「ふうん・・・。」

(亀折神が私を起こしてくれたのって、もしかして・・・そのせい?)


私が考え事をしながら、返事をしたせいで、ことはは申し訳なさ全開の顔をし始めた。


「・・・あ、子供みたいな事言うて、ごめんなさい。でも、もう・・・」


私は、立ち上がろうとすることはを抱き締める腕に力を入れた。


「いいよ。起こしてくれても良かったのに……もう、身体、こんなに冷やして…。」

「うん・・・なんか、落ち着かんくなって・・・笛吹いてたらこんな時間まで…。」


「・・・よし、決まり!たまには良いじゃない。女同士、一緒に寝るの。」


「え・・・・ええの?」

「・・・勿論。行こう、ことは。」


私は、片手でことはの枕を抱えると、ことはの手を引いた。








 [ 言の葉を貴女に。 ]









「ほんまに、迷惑やない?」


ことはは部屋の入り口の傍で、しきりに人差し指同士を動かしている。


「・・・もし、ことはの寝相が悪かったら、チョップして起こしてあげる。いいから、おいで。」


私がそう言って手招きして笑うと、ことははやっと安心したように笑って、私の布団に座った。


「灯り、消すよ?」「うん。」


二つ並んだ枕に、それぞれ頭を預ける。


「一人分だから、狭いけど・・・この方が温かいでしょ?」

私が掛け布団をことはの肩までかけると、ことはは私の目を見て笑った。


「・・・茉子ちゃん、ほんまに優しい・・・大好きや。」


ことはの素直な言葉。

嬉しくもあり…少し物足りなさも感じる時もある。

いや、それはわがまま・・・かな。


「ありがと。」

私は笑ってそう答える。

笑って、私も好きよ、と言えたら良いのだが…出来ない。


なんだか、私が言うと違う感じになってしまいそうで、怖い。

口に出すと、この気持ちが止まらなくなるんじゃないかと思うと怖い。

きっと、ことはの”好き”と私の”好き”は…噛み合うことはないだろうと思う。


天井を見つめ、いつもと違う寝心地に、少しだけ心が落ち着かない。

それは、嫌なんじゃなくて・・・。

・・・ことはが、私のこんな近くにいるからだ。



「茉子ちゃん・・・めっちゃ綺麗やし、料理だって最近ますます上達して・・・ほんまに感心するわ。」

”褒め過ぎだって”と苦笑を抑える私。


「うん、ありが・・・」

「・・・ほんま、うちのお嫁さんにしたなってきたわ。」


スラリと放たれたことはの言葉に、私は思わず天井から、ことはの方を見た。


「ち、ちょっ!?…ことは…じょ、冗談…?」

「え…?・・・ほんま。」


暗闇に慣れてきた私の目には、ことはの表情が。

ことはは、いつもの笑顔ではなく『何か可笑しい事言うた?』という不思議そうな顔をしている。


「え・・・えぇ?」


正直、どう答えようか迷った。

どうすれば…不自然なく、この会話をかわせるんだろう…そればかりだった。


すると、ことはは、うつ伏せになって、頬杖をついて私に笑いかけた。


「・・・ええよ。本気にしてくれて。」


「ことは…あの…」


私は、言葉を必死に探した。

だが、ことはの言葉はどんどん私に与えられる。


「・・・なぁ・・・茉子ちゃん・・・『うちのお嫁さんになって。』って言うたら、傍にいてくれる?」


微笑みながら、ことはの言葉は私に放たれた。


「・・・え・・・」


「・・・いてくれる?」


二度目の言葉が放たれた時には、ことはは少しだけ真剣で、少し不安が入り混じったような表情だった。


「・・・そ、そういう冗談は、こういう時に言わな」


私から、かろうじて出た言葉は、ことはが慌ててするゴマカシに似ていた。


「冗談ちゃうよ。・・・ほんまやって言うた。冗談にして欲しくも無いし。」

私の言葉が言い終わらないうちに、ことはは言葉を放った。

多分、誤魔化そうとしているの・・・ことはに悟られている。



私は、少しだけ本音を混じらせた言葉を放つ事にした。


「・・・別に、お嫁さんにならなくても、ことはの傍には、いられるわよ。」


そう、ずっと・・・傍に。それが、どんな形だろうと。


「…それやったら、意味・・・ない。…うちやったら、やっぱ…あかん?」


最近、やけに、ことはは私をお嫁に欲しいという。

そりゃあ…好きな人のお嫁さんは私の夢だけど…。

…だけど、つまり、それって…。


恋愛感情があるって事が前提で…


「…意味なんて……”好きだから、一緒にいたい”。

 …だから…私は、ことはの傍にいられるわよって言ってるんだけど?」


好きの中身がどんな形でも、私は貴女の傍にいるから。

・・・ことは・・・もう、それ以上言わないで。


私の心の中では、もう本音を少し交えるだけの言葉を紡ぎ出す余裕なんて、無くなりつつあった。

でも。



それは、私だけじゃなかったらしい。




「茉子ちゃん……それ、うちの…”好き”と一緒…?」


ことはの表情は、真剣なものに変わっていた。

頬杖もつかず、私の目をジッと真っ直ぐ見つめていた。



「え・・・・?」


「…うちの”好き”は…茉子ちゃんの胸の真ん中に…いや、端でもええわ…

 うちの事、茉子ちゃんの中に置いといて…って意味やから。」


胸の真ん中に、真っ直ぐな言葉が響く。


「でもな…うちは…うちの…心の真ん中には、茉子ちゃんがいるんよ…いつも。」



そう言い終わると、ことはは、はあっと息を吐きながら、目をぎゅっと瞑った。


ことはの裸の心から紡ぎ出された言葉が、私の心にじんわりと広がる。


それが、嬉しくて…嬉しくて。


目の前の小さな貴女が、こんなにも可愛く、強く見える。

貴女の言葉は、真っ直ぐで素直で、こんなにもぬくもりに溢れている。


そんな言葉を貰える私は・・・言葉に出来ないほど、今不思議な幸福感に包まれている。


私は、目をぎゅっと瞑ったままのことはの手に、そっと触れた。

言わなきゃ良かった、って思ってるのか、私の答えが怖いのか…。


その気持ちはどちらにしろ、私にはことはの気持ちが、よく理解できていた。






「ことは…」


今度は、私の番。


「あのね…実を言うとね…私…ずっと…確かめるの、怖かった。」


「…え…。」


「でも、ことはは…今、ちゃんと言葉にしてくれたよね…だから、決めた。
 
 私も真っ直ぐに、ちゃんと言葉で伝えようって。



 ・・・私も、ことはが好きよ。」



「それ・・・同じって事・・・?」



目を開くことはを、わたしはぎゅっと抱き締めた。



「・・・うん、同じ。・・・・・・同じ・・・”好き”。」



私の胸の真ん中には、ことはがいた。

私とは違う・・・強さと思いやりを持った侍の貴女が。いつも真ん中に。



ほぼ同時。無言で、私達は互いの体をぎゅっと強く抱き締めた。

互いの鼓動がぶつかるんじゃないかって位、互いの体を近くに。



「…茉子ちゃんの優しさに触れる度に…うち、茉子ちゃんって”強いんやな”って、思った…。」

ことはが私の背中を撫でながら言った。

「・・・そう?」

私は、ことはの頭を撫でながら答えた。


「誰かを、こういう風に優しく包んで安心させるんは、ある意味…強くならな出来ひん事やし…」

「…そんな…過大評価だってば……私、まだまだ色々、弱い所…あるもの。」


・・・特に、こういうの、とかね。

今だって、まだ信じられないくらい心臓はバクバクと音を立て続けている。


「…うち、前言うたの覚えてる?…茉子ちゃんを、たまにでもええから、ぎゅってしてもええ?って…」

「・・・・うん、覚えてる。すごく・・・すごく嬉しかった。」


「うちなぁ…もっと嬉しい事も、楽しい事も、色んなの茉子ちゃんにあげる。その為に強くなるから。

 茉子ちゃんの弱い所知ってるから。そこは、うちが補う。・・・うち、そう決めた。」


「・・・・・・・・・。」

…心臓止めそうなのは…どっちよ。

そう言いたかったけれど、上手く言葉が出てこない。


…ホント、苦手なのよ…こういうの。


「…?茉子ちゃん?どないしたん?」

「いや…なんか、ことはの言葉、真っ直ぐ過ぎて、恥ずかしくなってきて…」


「なんで?うち、何か変な事言うた?嫌やった?」


「いや、変とかじゃなくて、嫌でもないんだけど…嬉しい…あの、何て言ったら良いのか…


 ……あ゛ー!」


もう限界。私は布団を被って、顔を隠した。


「・・・あっ!隠れるなんて、ズルいわ茉子ちゃん!茉子ちゃんってば〜!」

ことはが布団の中に入ってきて、私を自分の方へ向かせようとする。


「やーだーっ!」


もう、今の顔、恥ずかしすぎてことはに絶対、見せられない。


「そんなん、ダメやって!茉〜子ちゃ〜ん!顔、見せてっ!」

「やーだーっ!!」







亀折神:「・・・・・・・・(何してんだか)」

猿折神:「・・・・・・・・(知らん知らん)」





 言の葉を貴女に。 ・・・・END





ー あとがき ー



あの…別に、攻守交代!という訳じゃありません。


サウンドボイス、折角、茉子さんとことはが揃ったんですから。

シンケンジャーSSにもう少し力を注ごうと思い、製作しました。

ただ、今回のお話は、ことはに言わせるのが一番自然かな〜と思ったので。

照れまくってる茉子さんが描きたかったと言いますか。

今回はふざけないver.なので、壊れませんでした。(笑)