時間が経つのって、結構あっという間だな・・・と私こと、白石茉子は思う。


「・・・今日は外道衆、出なかったわね。」


稽古を終えた私はタオルで汗を拭きながら、同じく稽古を終えた丈瑠に話しかけてみた。


「・・・ああ。だが、油断は出来ない・・・これは、その為の稽古だ。」


そう言って、丈瑠は険しい顔をする。まるで、まだ足りないとでも言いたげだ。

・・・丈瑠は、もう少し気を抜いてもいいんじゃないかと私は思う。


丈瑠は他人にも厳しいが・・・・・・自分には、一番厳しい。



(最近は、笑顔が増えたと思ったけれど、まだまだ・・・か。)



「・・・その為の稽古で怪我だとか、疲れきったりしていたら、意味、無いんじゃない?」


と私が”少しは力抜いても良いんじゃない?”という意味合いを込めて言うと、丈瑠は少し考えてから、やっぱりこう言った。


「・・・・・・俺は・・・大丈夫だ。」


その言い方が、また放っておけないくらい憎らしく思えて、私は思わず苦笑した。


「・・・だったら私は、その2倍、大丈夫よ。」


そう言うと、丈瑠は少し驚いたような顔をして私を見たので、私はニッコリ笑ってみせた。


「・・・だからさ、何か・・・なんでも良いからさ、話したい事あったら、遠慮なく言ってよね?その為の仲間でしょ。」


・・・そうは言っても、丈瑠がそう簡単に自分の抱えている”何か”を言うかとは、私だって思っていない。


ただ、伝えておきたかっただけだ。


私だけじゃない。


流ノ介も、千明も、ことはも、皆・・・丈瑠に”何か”を感じていて、それが何かもわからないまま・・・毎日を過ごしている。


丈瑠が、その”何か”を一人で抱え込んでいるのではないかと、私は心配していた。


・・・時期が来たら、きっと話してくれるだろう。今はそう・・・”殿”を信じて、稽古に励むしかない。


私は竹刀を持って、シャワーを浴びようとその場を去ろうとした。


だが。


庭では、もう一人・・・花織ことはが、竹刀を振っていた。


・・・こっちも、自分に厳しい人間だ。


真剣な表情で一心不乱に竹刀を振っている。流れ落ちる汗も気にせず、きっと時間すらも忘れてしまっているのだろう。


「・・・ことはー!今日は、その辺にして、シャワー浴びない?」


私がそう言うと、ことはは竹刀を下ろし、私の顔を見て、やっとにっこり笑った。


「はーい!」


・・・見た?丈瑠。あの、ことはの素直な反応を。

まったく丈瑠にも、少しはことはのああいう所も見習って欲しいものだわ。と私は心の中でそっと呟いた。


「はい、ことは。タオル。」

そう言ってタオルで彼女の頬を包むと、ことははふんわりと笑った。


「ありがとう。茉子ちゃん。」

「ことは、どうだった?今日は。」


汗を拭きながら、私の後を歩くことはに私は今日の稽古の成果を聞いてみた。

すると、ことははしばらく考え込み、苦笑いを浮かべた。


「・・・・・・うち、まだまだやんなぁって思うた。」


本人は、あまり納得がいかなかったようだ。


「・・・どこら辺が?」


私はそう聞いた。何か具体的なアドバイス出来るかもしれないし。


「んと・・・殿様みたいにモヂカラも足りひんし、茉子ちゃんみたいに流れるような動き出来へんし・・・うち、まだまだやんなぁって・・・。」


そう言って、上を見上げて歩くことは。

上を目指すのは良い事だ。だけど、立つ場所を間違えてはいけない。


「・・・ことはは、ことはの剣でいいのよ。でも誰かみたいに、なんて思わなくて良いの。

誰のどの剣が正解かなんて、決まってないんだから。だから、ことはは、ことはのままでいいの。」


他の誰かのようになんて、ならなくていい。

ことはには、ことはにしかない強さがあるのだから。

毎日、近くで私はそれを見ているんだから。


「うちの剣・・・。」


「そう、ことはの剣、ことはのモヂカラ。ことはらしく。・・・今までやってきた自分の努力を信じてやっていけば良いの。

これからも、そう・・・焦らないで良いと思うよ。私は、そう思う。」


・・・私の言葉で補えるのなら、いくらでも・・・。

そう思って言葉を口に出してみる。・・・だって、放っておけないんだもの。


「うちらしく・・・信じて・・・か・・・うん、ありがとう。茉子ちゃん。なんや、うち、ちょっと自信が出てきたわ。」

「普段から、もっと自信もって良いと思うよ、ことはは。」


貴女は、本当に強い侍。私はそう思う。


「そう・・・やろか?」

「うん。」


私は頷いて、私はことはの頭を撫でる。

汗で少ししっとりしていることはの頭を私は、撫でた。


(・・・子供の頃、おばあちゃんに、こうやって撫でてもらった事、あったっけ・・・。)


少しだけ昔を思い出す。母のいない幼少時代を。

普通の女の子みたいに、おままごとしたり・・・そんな遊びなんかさせてもらず、竹刀を持たされて、毎日稽古つけられたっけ・・・。

・・・でも・・・おばあちゃんは時々だけど、私をこうして褒めてくれた。

稽古中は厳しかったけれど、あれは結構、嬉しかった思い出だから、よく覚えてる。


「・・・うち、茉子ちゃんに、こうやって頭撫でてもらうとめっちゃ嬉しいわぁ。」


そう言ってことはは本当に嬉しそうに笑った。


「・・・そう?」


単に私が撫でたかったからってだけの理由だし、そういう反応されると思わなかったので、なんだかこちらが気恥ずかしくなってきた。



「・・・・・・・・あ、そや。」


「ん?」


「・・・茉子ちゃんも。」


そう言って、ことはは私の頭を撫でた。


「・・・茉子ちゃんも、ほんま頑張ってはるわ。・・・でも、無理したら、あかんよ?」


「・・・え・・・っ!?」


思わぬことはの行動に、私は動揺してしまった。


「・・・殿様も、茉子ちゃんも・・・一人で抱え込みはるし、無理しはるから。」


ことはは真っ直ぐ私の目を見て、そう言った。


私も、丈瑠と似てる部分がある、の・・・?


「・・・・・あー・・・私、そんな風に見える・・・?」


自分ではそうとも思ってなかった事を、ことはに指摘されると思わなかった私は思わず、そんな台詞を口に出してしまった。

すると、ことはがこう言った。


「・・・いや、そんな・・・責めてるんと違うよ?・・・ただ、うちは茉子ちゃんにも時々は、うちに頼って欲しいかなって・・・。

・・・あ、でも・・・うちやとあんまり頼りにならへんかもしれへんけど・・・でも・・・。」


そう言いながらも、ことはは優しく私の頭を撫で続ける。


「それでもな・・・うちは、時々でもええから、茉子ちゃんが困った時や辛い時は・・・支えになりたい。

・・・いつも、うちばっかりが、支えてもろうてばっかりやから。」


頭を撫でてもらったのは、何年ぶりだろう・・・いや、ことはのその言葉だけでも十分過ぎるのに。



「ホンマに・・・いつもありがとう。茉子ちゃ・・・・・・!?」



気が付くと私は、ことはを思い切り・・・ぎゅっと抱き締めていた。


ことはの汗を拭っていたタオルが床に落ちる音がした。


その後、訪れた静けさの中で、私はきつく、きつく・・・ぎゅっと・・・ことはを抱き締めていた。


単に嬉しい、という感情だけじゃないって、解ってた。

ことはからの言葉だからこそ、ことはの掌だからこそ、こんなにも嬉しいんだって事を・・・。


自分でも気が付かなかった所を、ことはが見ていてくれていた事。

頑張ってるって、ことはが私の頭を撫でてくれた事。


ありがとうを言いたいのは、こっちの方なのに。・・・言葉が上手く出てこない。

ありがとうの5文字を早く口にしたいのに。・・・腕が、ことはから離れない。


いや・・・



・・・離れ、たく、ない・・・。




そんな言葉が、頭をよぎる。

一体、私は、何を考えてるんだか・・・。


・・・でも・・・。


「・・・ことは・・・。」


・・・いつだったか、ことはに抱き締めてもらった時もこうだった。


自分が辛い時に、掛けられる言葉と与えられた優しさと温もり・・・それが嬉しくて、嬉しくて・・・。

言葉にならない、この気持ちをどう伝えたらいいのか、わからない。


だから、身体が無意識に、ことはをぎゅっとしなきゃって・・・。



「ま・・・茉子ちゃん・・・ちょっと、苦しいわ・・・。」


「・・・・・・・あ、ごめん。」


ことはの言葉に、やっと私の身体の力が抜けていった。


・・・いきなり”ぎゅっ”て、自分でもやりすぎだと思う。なんか、ちょっと気まずくて、ことはの顔が見られない・・・。



「・・・でも、うち・・・茉子ちゃんの”ぎゅっ”も好きやわぁ。」



そう言ってのんびりとした答えを返すことは。

・・・言われたこちらは、赤面するしかない。


「・・・あ、いや・・・今の、忘れて・・・。」


「なんで?」


「いや・・・なんか・・・」


勢いで行動してしまった自分が恥ずかしい・・・。


「うちは、かまわへんよ?たまには、”ぎゅっ”よりも”ぎゅ〜っ”ていうのも、ええやんな?」


「・・・・・・・・・・。」


・・・”ええやんな?”って・・・聞かれても・・・返答に困る・・・。


「・・・あー・・・そのー・・・うん。」


曖昧な返事をして誤魔化す私に対して、ことはは私の手を取って言った。




「また・・・いつでも、ええんよ?茉子ちゃん。」


「え・・・?」


顔を真っ赤にした私の手を引いて、ことはは浴室へと歩いていく。


ことはのその言葉が・・・どういう意味なのかは、最後まで・・・恥ずかしくて聞けずにいた・・・。

多分・・・多分だけど・・・深い意味なんて・・・ない、と・・・思う・・・多分・・・。



だけど、ことはは念を押すようにこう言った。



「・・・今度は、うちがもっともっと”ぎゅ〜〜っ”て、したるから。」



私は、ことはに手を引かれながら、うんと頷いた。・・・ていうか、頷くしかないでしょ・・・。



あーあ・・・今日は・・・私の完敗、かも。



「ああ、そや。茉子ちゃん、うち、今日、背中流してあげよっか?」

「えぇ・・・ッ!?」


「・・・あかん?」

「いや・・・あの、そういう訳じゃなくて・・・えーと・・・うん、いいよ・・・。」


「良かった!」

「・・・・・・・・・・・。」


手を繋がれたまま、私はことはの背中を見ながら思った。


・・・本当に、今日は・・・完敗だわ・・・。





 ― 本日の反省会。 END ―



あとがき

WEB拍手に以前、長い事放置しておりましたSSです。

人に背中を流してもらうのって良いですよね〜。