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「わぁ・・・海だ!ねえ優貴さん!見て海だよ!」


海が見え、私は思わず声を上げてしまった。

遂に来たんだと思うと、やっぱりテンションは抑えきれずに上がってしまう。


「悠理。」

「・・・あ。」


電車の中ではしゃいでしまった後、浴びる視線に気付き、私は慌てて席について俯く。

そんな私の耳元で優貴さんが笑いながら小声で囁く。


「・・・この日の為に私も水着買ったんだもの。私も海が見えて嬉しいわよ。」

「うん・・・。」


私も嬉しい。優貴さんから、海に誘われた日から今日まで楽しみで楽しみで仕方なかったんだもの。


「早く可愛い水着姿見せてね?」


優貴さんに小声でそう囁かれて、思わず私は照れてしまう。


「・・・え?」

人の気を知ってか知らずか、ニッコリと微笑む優貴さんに対し、私は照れ隠しでこう言った。


「あ・・・でも、私・・・水着、去年のままだから・・・。」

「でも私は、その去年を知らないから、楽しみにしてるの。」


優貴さんはそう言って海へと視線を移した。その横顔を見ながら私は、優貴さんの水着姿を想像した。

・・・多分、私よりも大人っぽくて綺麗なんだろうな、と思う。


「あ、そうだ。」

「え?」


何かを思い出したように、優貴さんがぽそりと言った。


「とりあえず、海の家でイカ焼きとカキ氷・・・あ、そうだ。焼きそばも食べるわよね?」

「・・・もしかして、もう・・・お腹空いてるんですか?」


確かに、海の家の食べ物って美味しいけれど。

まだ海に着いてもいないのに、優貴さんの口からこんなに食べ物の話が出るなんて・・・。


「すごい空腹までとは、いかないけれど、ああいう場所で食べる物って何か美味しく感じるのよね。だから楽しみで♪」

「・・・なんか、意外かも。」


優貴さんって普段は間食もしてないし、身体は細いし、少食のイメージがあっただけに、ちょっと意外・・・かも。


「そう?外に出ると、私、結構食べるわよ?」


そう言う優貴さんは嬉しそうだ。・・・その顔を見て、私も思わずつられて嬉しくなる。


「じゃあ、私も食べます!」

「うん、決まり。」


電車を降りて、更に移動すると、道には段々人が多くなってきた。


・・・そして・・・


「うわぁ・・・」


砂浜に降り立って、私はおもわず情けない声を漏らした。


「人でいっぱい、ね・・・。」と優貴さんが苦笑いを浮かべる。

「皆、やっぱり考える事は一緒なんですね・・・。」と私も苦笑するしかなかった。


砂浜が見えないくらい人でいっぱいの海。

海にも人がいっぱいで、泳げるのかどうかも怪しい。


「・・・とりあえず、着替えようか?」

「・・・はい。」


苦笑いしながら、私と優貴さんは海の家の傍の更衣室に入る。

私は着替え終わると、入り口付近で優貴さんを待っていた。


「・・・お待たせ!日焼け止め塗ってたら遅くなっちゃった、ごめんね!悠理。」

「・・・あ・・・いえ・・・。」


ピンクのビキニをつけた優貴さんが私の肩に、ぽんと手を置いた。すごい似合ってる上に、やっぱりスタイルが良過ぎる。


・・・・・・細いし、胸もやっぱり私より大きい・・・。


・・・同じ女で、半分遺伝子同じなのに、どうして・・・?


ちょっとした敗北感に包まれている私に優貴さんは言った。


「悠理の水着、可愛いじゃない。」

「・・・そ、そうですか?」


私の水着は、黄色のワンピースの水着。去年は皆に可愛いって言われたけど・・・。

優貴さんに褒められると素直に嬉しい。嬉しいんだけど・・・今となっては、ちょっと子供っぽいかな、と思った。

・・・でも、それは大人っぽい優貴さんが隣にいるせいだと思う事にしよう。


「うーん、想像以上。」

と優貴さんがまじまじとこちらを見るので私は思わず聞き返してしまう。


「・・・想像って、一体何を・・・?」と言いかけた私の手を優貴さんは掴んだ。


「さあ?なんでしょう?・・・とりあえず、泳ごっか?」

そう言うと優貴さんは、そのまま手をぐいっと引っ張って海へと歩いていく。

「あ・・・はい!」


しかし、人で埋め尽くされた海岸は思ったよりも歩きにくくて、海までが遠い。

でもこの人混みのおかげで、私達が手を繋いでも全然目立たない。


そして、やっと波打ち際まで着いた。足に波があたり、私は思わず声を出して笑ってしまった。


「わあっ!気持ち良い!」


これがやっぱり、夏といえば海だよね!と感じる瞬間だ。


「もう少し行ってみようか?」

「はい!」


そのまま2人でどんどん海に入っていく。

身体に波が当たる度に私も優貴さんも声を出して、思わず笑ってしまう。人でいっぱいだけど、来て良かった!

顔を出したまま、少し泳いでみる。プールとはまた違った感じがして、面白い。磯の香りも強い。


・・・何より、隣には優貴さんがいる。


優貴さんは私の泳ぐ姿を見て感心したように言った。


「ふうん・・・悠理、泳ぐの上手いじゃない。」

「ふふっ・・・体育の成績は良いんです。」


私がそう言って笑うと、優貴さんは笑ってこう言った。


「少し、競争しよっか?あっちまで。あんまり沖まで行かない程度に、ね。」

「・・・え?良いですよ!」


私はとりあえず、その勝負を受ける事にした。


「じゃあ・・・よーい、どん!」

優貴さんの声と同時に私と優貴さんは海の中に沈んだ。


ざばぁっと向かってくる波に逆らって、泳いでいく。


(え!?・・・早い!・・・優貴さん、本気だ!)


私も慌てて手足を動かして、優貴さんに続く。


「・・・ぷはぁっ!」

「・・・ぷはぁっ!・・・早いわね、悠理。貴女の勝ちよ。」


お互いに息を切らせて、お互いの顔を見て笑い合った。


「だって・・・優貴さんが・・・いきなり、本気で泳ぎ出すんだもの!」


息を整えながら、私はそう言った。


「私、勝負はいつでも本気よ?」

「それ大人気なーい!」


私は笑ってそう言った。優貴さんは長い髪をかき上げて、笑っていた。


「仕方ないなぁ・・・じゃあ、今日は私が奢りましょう。」

「え?勝負って・・・そういう意味もあったんですか?」


もしも、負けてたら、私が奢る事になってたかもしれなかったのか・・・!一生懸命泳いで良かった、かも。


「んー・・・違う御褒美が良かった?」

「・・・ん?違う御褒美って?」


「じゃ、ちょっと潜って。」

「・・・?・・・はい。」


言われるがままに、私は海の中に潜る。

その瞬間、身体を引き寄せられ、唇が触れた。


(・・・え?キス・・・されて、る・・・!?)


その瞬間、私は突然の事にビックリして口の中の酸素をゴボゴボと噴出してしまった。


「ぷはっ・・・ゲホゲホッ!?」

「ぷぱっ・・・あ、悠理、大丈夫?」


海水を少し飲んでしまった私に対し、ケロリとした表情で優貴さんは私の背中を擦った。


「だ、大丈夫じゃない・・・ゲホッ!・・・ですっ!もう、優貴さん!!」

「フフっ・・・ごめんごめん。」


そうは言ってるけど、笑ってるし、悪びれてもいない・・・確信犯だ。


「でも、まあこれだけ人がいたら、誰も何も見てないでしょ。」


そうは言ってもこれだけ人がいるんだし、見られていないから100%安心という訳ではないでしょうに・・・。


「わ、わかんないですよ・・・?」

「・・・別に、誰かに見られても恥じるような事はしてないもの。」


サラリと優貴さんはそう言って微笑んだ。夏の太陽が眩しいくらい彼女の笑顔を照らす。

その笑顔を見たら、もう何も言えない。



「・・・さあて、ひとしきり泳いだし、そろそろ何か食べようか?」

「そうですね。私もちょっとお腹空いたかも。」


海から上がって、座る場所を探しながら、優貴さんが言った。


「・・・では、敗者が買って参りますので、少々お待ちを。」

「はーい!じゃ、ここで待ってますね!」


笑って返事をして、私はそのまま座って待つ事にした。


「ねえねえ、どっから来たの?高校生?」


・・・不意に後ろから声を掛けられた。・・・ナンパだ。無視しよう。


「ねえ、高校生だよね?友達と一緒?」


今度は、馴れ馴れしく肩に触られた。


「俺も実は、男友達と一緒なんだけどさー!一緒に遊ばない?」

「家族と一緒なんで。」


素っ気無く私は答えたが、ナンパはなかなか立ち去ってはくれず、私の隣に座ってしまった。

・・・早く優貴さんが戻ってきて欲しい気持ちになった。


「へえ、その家族はどこにいるの?迷ってるんじゃない?戻ってくるまで、俺、話相手になるよ!」

「・・・・・・。」


(優貴さーん・・・もうなんでもいいから、早く戻って来てー!)


でも、今・・・優貴さんが戻ってきたら、このナンパ男・・・優貴さんの事までナンパしそう・・・。

それは嫌だ。せっかく2人で海に来たのに・・・。


(あー・・・早く戻って来て欲しいような、欲しくないような・・・。)

複雑な気持ちを抱えたまま、私は黙っている事にしたのだが、ナンパ男はなかなか立ち去ってくれない。


「・・・でさ、俺達、ボディボードとかやるんだよねー。今日は波がイマイチだけどさ、楽しいよ!やった事ある?無いなら俺教えるしさ!」

「・・・・・・・。」

(どーでもいい。)


「ごめんなさい、その場所、空けてもらえるかしら?」

(優貴さん・・・!)

私の後ろにはいつの間にか優貴さんが立っていた。


「え?あ、キミのお・・・お姉さん?うわ、すっげー美人姉妹じゃん!」

私の予想通り、ナンパ男は嬉しそうに声を上げた。

優貴さんまでナンパされちゃう・・・と私が頭を抱えそうになった時。


「・・・妹に馴れ馴れしく触らないでくれる?」


明らかに冷たい優貴さんの声が聞こえて、私は思わず振り向いて優貴さんの顔を見た。

・・・・・・優貴さんは、怖い顔でジッと睨んでいた。


「いや、ただ俺達は、今一緒に遊ぼうかって話を・・・ねえ?」


ねえ?って私は一度もそんな話に同意した覚えはありません。

「・・・・・・・・。」

黙り込む私を見て、優貴さんは更に声を低くして言った。


「妹に話しかけないで。いいから、あっち行ってくれない?・・・チャラチャラしたガキはお呼びじゃないのよ。」


「でも、お姉さんも綺麗で・・・」


「いいから、どっか行きなさい。これ以上邪魔するなら・・・私、何するか・・・わかんないわよ?」


冷たい視線に冷たくて低い声。いつもの優貴さんと違って・・・なんだか、迫力が違う。


・・・・・・・・・。


一瞬の沈黙の後、ナンパ男は立ち上がった。


「・・・・・・こ、こえーな・・・じゃ、じゃあ・・・これで失礼しまーす・・・」

コソコソと退散していくナンパ男を睨みつけながら、優貴さんはボソッと言った。


「・・・蹴っ飛ばしてやれば良かったかしら。」

「優貴さん、それはやり過ぎ・・・。」


私がそう言うと、優貴さんはいつもの表情にぱっと戻り、私の隣に座った。


(・・・いつもより怖かったけど、優貴さん、ちょっとカッコ良かった・・・。)


いつもとは違う、毅然とした態度でナンパ男を追っ払う優貴さんがカッコ良く見えた。・・・一緒で良かった。


「ごめんね、悠理。ちょっと混んでたもんだから。

でも、作り置きじゃなくて、出来たてゲットできたわよ。冷めない内に早く食べましょ?」


そう言って、さっきまで何事も無かったかのようにニッコリ優貴さんは笑って、イカ焼きと焼きそばとカキ氷を次々と袋から出した。


「・・・な、何もいっぺんに、こんなに買ってこなくても・・・」


しかも、焼きそば・・・パックからあきらかにはみ出してるし・・・量が・・・多いっ!


「たくさん食べるって話したら、バイトのお兄さんがオマケしてくれたの♪親切な人は、いるのね♪」

「え、あ・・・そ、そうですね・・・。」


・・・それは多分、優貴さんがオマケしたくなっちゃうような人だからですよ、とは私は言えなかった。


「・・・意外と・・・食べられちゃうもんですね・・・」


結局、私達はパックから、はみ出していた焼きそばもカキ氷もイカ焼きも全部食べてしまった。


「・・・でしょ?運動した後だし、こういう場所で食べる物って意外と入っちゃうものなのよ。」


その後、腹ごなしの散歩に私達は砂浜から人気の無い岩場まで移動した。


「・・・あ、ヤドカリだ。」

「悠理。」


いきなり優貴さんが私の手首を掴んだ。


「ん?」

「悠理、そのまま、動かないで。」


「え・・・な、なんですか?急に・・・。」

「・・・振り向いちゃダメよ。」


「え・・・そういう事言われると、余計に・・・」


そう言いながらも、反射的に私は優貴さんの視線の先を追って振り向いてしまった。

そして私の視界に入ってきたのは、人気のない岩場で男女が、まさにヤッちゃってる最中の現場だった。


オイオイ・・・いくら、人気無いからって場所を考えろっつーの・・・。


「・・・だから、言ったのに・・・。」と優貴さんが言って、私の目を手で塞いだ。

「だって・・・優貴さんが意味深な事言うから・・・。」と私は情けない声で反論した。


「・・・いくらなんでも、私あそこまでやりませんからね。」そう言って優貴さんはそのまま歩きだした。

「言われなくても、わかってますし、されても困っちゃうよ・・・。」私は私で俯いてそう言うしかなかった。


その後、また海に入って遊ぶだけ遊んだ。

太陽が上へ上がれば上がるほど、海には人でいっぱいになり、最後はもうヘトヘトになっていたけれど・・・

優貴さんと一緒の海が楽しくて嬉しくて、夏を精一杯満喫した気持ちと心地良い疲れが残った。


夕方。


海に沈んでいく夕日を電車の中から、2人で見ていた。潮風の匂いが遠ざかっていく。


心地良い電車の振動に、昼間はしゃぎ過ぎたせいか、瞼がだんだん重くなっていく。その様子をみていた優貴さんが言った。


「寝てていいよ、悠理。駅に着いたら、起こしてあげるから。」

「・・・やだよ・・・。夏の思い出として・・・もう少し・・・焼き付けておきたいから・・・。」


子供のような駄々をこねる私がそう言うと、優貴さんは柔らかく微笑んだ。


「大丈夫よ。思い出だったら・・・ちゃんとお姉さんが見つけておきました。」


そう言って、優貴さんは私の手の平の上に小さな貝殻を置いた。


「・・・あ・・・可愛い・・・綺麗・・・。」

「まあ、定番ていうか、ベタだけど。」


それは、どこにでもあるような白くて小さな貝殻。確かにベタかもしれない。

でも、くれる人が特別なら・・・それは特別な思い出の品に変わる。


「・・・ううん・・・すごく嬉しい・・・ありがと、優貴さん・・・。」


私はそのまま貝殻をそっと握ったまま、優貴さんの肩に頭を置いた。


・・・周囲からは私達はただの姉妹に見えるだろうか、それとも・・・。


でも、そんな事どうでもよくなるくらい、私は心地良いまどろみの中に落ちていった。


夢のような一日で、もし夢だとしても覚めて欲しくない夢だと思った。





 ― それでも彼女は赤の他人 〜番外編〜 END ―




たまには、平和な話があっても良いと思って作りました♪