私の生きる原動力は、多分、怒りや悲しみ、憎しみ・・・そういう負のパワーだ。
サスペンスドラマでは、『そんな事をしても死んだ人は蘇らないし、喜ばない!間違っている!』と諭すのだろうけれど。
死んだ人が蘇る訳が無いから、怒りを感じているのだ。死んだ人を喜ばせたいとか、そんなものだって考えていない。
ただ、そもそもこうなってしまった原因の人間が、不幸を生きた人を忘れ、踏み潰した事も忘れ・・・いや、例え忘れていなくても、だ。
過去に十分詫びは入れたし、自分は許されたのだ、と勝手な判断を下して、ヘラヘラ笑って生きているのが許せない。
”あなたにした事を過去の出来事だと片付けて、前に進んで生きていきますから、許して下さい” とか?
勝手なこと言わないで。
あなたの存在がいるだけで。
苦しんで、私の傍からいなくなってしまった人の分まで、あなたが笑って生きている事が私は、許せないの。
・・・そんなの、間違っている?
そうよ。私は間違っている。
何もかも真っ当な人生を送りたいのならば、復讐するのは間違っているし、そもそも原因の人間を正したいから復讐をする訳じゃない。
ただ、怒りのままに行動しているにすぎない。
・・・私は、一度ブチ切れてしまうと自分でも手が付けられないのだ。
母にも注意された事があったっけ。
それでも・・・あまりにも復讐心を否定されると、かえって辛い。
それが無いと自分の中の力を発揮できなかったり、生きる気力を持てない人間は、ここにいるのだから。
もしも、それに勝る何かが私に出来れば・・・。
[ それでも彼女は赤の他人。 藤宮 優貴編 ]
(ああ、疲れた・・・。)
大学とアルバイトに追われる日々。さすがに疲れる。
父親の援助を断り、私は自分の力だけで生きていくことにした。
テスト前に”ノートを写させてくれ”って言って来る女友達の気分が今、ようやく理解できた。
以前は、休んで困るのは自業自得のくせに、簡単に人に頼るなんて調子のいいやつ、とか思っていた。
案外、彼女もこんな風に時間に追われていたのかも。
(・・・いっそ、大学辞めちゃおうかな・・・。)
アルバイトを増やすかどうか悩むが、それじゃ本末転倒だと思いなおす。
疲れているせいか、考えがまとまらない。
それとも、無意識に破滅する方向へ走るようになってしまったのかも。
(悠理は、こういう時どうするんだろう。)
ふと、腹違いの妹の視点で考えてみる。甘い物があれば多分元気が出そうな気がする。
悠理は私と違って、素直にモノを捉えて考える事ができる。
よく甘えるけれど全然しつこくないし、人懐っこい猫みたい。
『・・・私達、もう一度・・・ちゃんと家族になりましょう。』
もう、私の家族は・・・悠理一人になってしまった。
かけがえのない、半分だけ同じ血が流れている、家族。
大学からの帰り道、コンビニによると、飛田瑞穂が私を見るなり、ぺこりと頭を下げた。
エナジードリンクを二本、レジに持っていく。
「いらっしゃいませ。お疲れですね?・・・320円です。」
瑞穂は、いかにも接客にも慣れた感じでさっさとバーコードを読み取った。
「うん、まあね。バイト先でトラブル続出で、色々やる事多くて。」
喫茶店のアルバイトを始めたはいいのだけれど、突然マスターがぎっくり腰になるし。
時給はそこそこ良いのだけれど、責任者がいない状態で一人で切り盛りするのは大変だった。
それに、マスターの親戚の女の子が店に遊びに来るようになって、そっちの相手もしなくちゃいけなかったし。
本音を言うと、無駄話しているより本を読んでいたいのだが、彼女は私が作業をしていないと話しかけてくる。
だから、仕方なくパンケーキの研究を始めた。
女の子に話しかけられない為の作業だったのに、今ではパンケーキ作りも楽しくなってしまう始末。
生地をかき回しすぎて、腕がパンパンだ。
「・・・あの・・・藤宮さん、最近何かありませんでした?」
「ん?・・・何かって?」
瑞穂は商品を袋に入れ終わると、持ち手を少しねじって私に渡しながら言った。
「・・・実は、最近・・・瀬田の周りで・・・二人の事を知ってるヤツが現れて、瀬田にちょっかいっていうか・・・その・・・」
恐らく、私と付き合っている事をバラされたくなかったら、とかいう脅迫だろう。
そう思った。
「詳しく聞きたいわね、その話。」
私がそう言うと、瑞穂は店内を見回した。店内に客はいなかったので、瑞穂はこっちと言ってお菓子売り場に案内した。
「最近、オーナーがカメラの映像を見てサボってないか、ツイッターで馬鹿写メ撮ってないかとか、チェックするんですよ。」
そう言って瑞穂が商品を陳列し、その横で私は新発売のお菓子を手に取っていた。
コンビニも大変だな、と感じる。
食玩やアニメグッズのくじ・・・気が付かなかったけれど、取り扱う商品が多すぎる。
「コンビニって忙しいのね。」
「忙しいのは藤宮さんの方でしょ。・・・あ、瀬田、そのチョコ好きですよ。今、3種類出てるんですけど・・・」
瑞穂は私が手にしていたチョコレートの箱を指差した。
私が手に取っている白の他にも黄色と赤の箱があった。
悠理が好きそうなのは、チョコレートの中にストロベリーソースが入っている、赤い箱のチョコレートだろう。
「あ、コレ?」
私がそう聞くと、瑞穂は少しつまらなそうに浅い溜息をついて「・・・そうっす。」と答えた。
「あの、藤宮さん・・・瀬田のヤツ、最近おかしくないですか?」
瑞穂がそう言った。
おかしい、というか・・・何か言いたそうな顔はしていた記憶はある。
悠理から話すまで待っていようと思って、あえて黙ってはいたが。
「何か我慢はしている顔はしていたわ。てっきり父親の事かと思ってたけど・・・なにか、あったの?」
「・・・その前に。」
瑞穂が、商品をカゴの中に戻して、私を真っ直ぐ見て言った。
「藤宮さんは、最後まで・・・悠理の味方でいてくれますか?」
私は、自分の復讐の為に、悠理を利用した。
私は私の味方で、それ以外の人間は利用した。
瑞穂はそれを知っているし、そんな私が大事に思っている悠理と一緒にいるのを放ってはおけないのだろう。
瑞穂は、少し言い難そうに、だがしっかりと私の目を見て言った。
「藤宮さんは、いい人だとは思います。だけど、私は・・・やっぱり、嫌です。
瀬田は大事な・・・友達、だから。
それに、藤宮さんの考え方や生き方は藤宮さんだけじゃなくて・・・今までもそうでしたけど、これからも・・・
きっと、一緒にいる悠理も巻き込んでしまう、私はそう思うんです。」
私が瑞穂なら、こんな女と一緒にいる事をきっと許してはいないだろう。
無理もない。私は、色々なものを傷つけて、自分の気持ちを突き通してしまったから。
自分の大事な人間を守ろうと思ったら、まず周囲にいる人間に目が向くのは当然の事だ。
「本当に良い読みしてるわ、瑞穂。」
私は、否定も肯定もしなかった。
どう言葉を取り繕ったって、自分がした事は事実だし、それに対して今更あれやこれやと説明をつけるのは、言い訳がましいと思ったのだ。
瑞穂は、じっと私を見ているとやがてまたカゴの中からお菓子を一袋ずつ掴んで、陳列しはじめた。
「・・・まあ、瀬田が一緒にいたいって言ってる以上、私に何も強制力無いんですけどね。」
瑞穂はやや乱暴に商品を棚に詰めた。
「私も、悠理と一緒にいたいからいるのよ。」
私はシンプルな言葉で精一杯、自分は悠理の味方でいると宣言した。
その言葉の後、棚から袋菓子が一袋落ちた。私は袋を拾い、瑞穂の方に差し出す。
「そう、ですか。」
瑞穂は落ち着いた声でそう答え、袋菓子を受け取ると、棚に押し込んだ。
「・・・岸本って女が、瀬田に・・・藤宮さんと別れろって脅してきたみたいなんです。」
「え?」
瑞穂は突然、悠理の話に戻した。
”脅し”と聞いて、戸惑いながらも、私は瑞穂の話を黙って聞いた。
「女同士付き合ってるって話なら、女子高だし珍しくないんです。藤宮さんは、学校にはいないし。
でも、岸本は藤宮さんが瀬田の腹違いの姉だって事も知ってるみたいなんです。」
「・・・へえ・・・。」
キシモト、か。
私の周囲にキシモトという女子高校生がいなかったか、記憶を探る。
「瀬田と藤宮さんの事は私、誰にも話してません。望実だって、二人はもう終わったと思ってるし。だから・・・」
「そのキシモトが私達を調べた、と考えた方が自然ね。」
「ええ。」
「で、具体的になんて言ってきてるの?そのキシモトさん、とやらは。」
「・・・”気持ち悪いから別れろ”って、意味がわかんないですよ。
早く別れて、真っ当な恋愛して下さいとか、ホント・・・マジでムカつく。
でも、別れないと周囲や瀬田の父親に言うって・・・あの分じゃどんどんエスカレートするかもしれない。
瀬田のヤツ、藤宮さんには心配かけるとか、藤宮さんに距離おかれるかもしれないって思って言えずにいたんです。」
・・・話の途中の言葉に、私は引っ掛かりを覚える。
悠理が、そんな事を心配してこんな大事な事を、今の今まで何も言わなかったのか、と。
ふと、気がつく。
ああ、それもこれも・・・きっと、私のせいなのだろうな、と。
悠理は私が裏切る前なら、何でも相談してくれた。
こうやって私と秘密を共有する事が多く、またその秘密が大きくなってしまった今、悠理は悠理なりに自分で必死に隠している。
私と父との一件があるだけに、周囲に私達の関係がバレるのを警戒し、私の負担になるのを避けているのだろう。
だけど、悠理は私とは違う。
隠し事は出来ないし、優しい子だ。
人に攻撃される事に慣れていないし、自分が攻撃する事で、相手の心配をするような子。
(だから・・・)
だから、悠理はきっと自分の中で押し込めて耐えるしか出来ない。
それで解決するはずもないのに。それが平和的解決だと思っている。
そんなあの子に向かって、実際キシモトはどんな態度や言葉で突き刺したのだろう。
想像しても仕方ないのに、私の頭の中はすぐにある感情で支配されていった。
「とにかく、とんでもない後輩ですよ。いい噂も聞きませんし。
岸本については、望実がまだ何か知ってるっぽいんで、もう少し調べようかなとは思うんで、す・・・けど・・・。」
瑞穂が言葉を止め、私を見た。
「・・・何?瑞穂。」
「・・・あの、瀬田が悲しむ様な事だけは、もうしないで下さいね。」
私は、黙って笑ってみせた。
瑞穂は「何かわかったらまた連絡します」と言って、仕事に戻っていった。
その日から、私は”キシモト”を探した。
私と悠理の関係が、どこからバレているのかを知る必要もあった。悠理には何も聞かず、知らぬフリを通した。
悠理は、やはりどこか無理をしている感じがした。私の前だからこそ、かもしれない。
そんな悠理を見ていると、日に日に強くなる想いがあった。
それは母が倒れて、息を引き取るまでの間、積もっていったあの感情に似ていた。
「でね・・・・・・・優貴さん、どうかした?」
「・・・・え?」
ふと、食器を洗っていると悠理が私を心配そうに見ていた。
「やっぱり、大学の勉強とアルバイトの両方って、きついんじゃないかな?」
そう言いながら、私が持っているスポンジとお皿を取り上げた。
「うーん、そうかもね。まだ、慣れてないせいもあるわよ。」
私は苦笑しながら手についた泡を洗い流し、悠理に任せた。
「でも、喫茶店って、普段どんなお客さんが来るんですか?カフェって感じじゃないから・・・やっぱり、おじいちゃんおばあちゃん?」
「ううん、そんな事無いわよ。最近はマスターの・・・」
私は、ふと思い出した。
悠理と同じ学校の制服を着て”梢”という名前の女の子が喫茶店によく来る事を。
そういえば、梢の苗字は・・・”キシモト”だった。
「優貴さん?」
「あ、ううん。マスターの親戚の女の子くらいしか、若い子って来てないなって思って。」
笑って誤魔化すと、悠理はふと俯いて呟くように言った。
「そっか。・・・私も・・・行っちゃおうかな・・・。」
「・・・悠理?」
「あ、勿論、学校が終わった後ですよ!あはは!」
「そうよね、悠理がサボるなんてらしくないわ。」
二人して、誤魔化し笑い。
本当は何もかも話してしまえば、気持ちだけは楽になるのに。だけど、それだけじゃ解決はしない。
「悠理。」
悠理を後ろから抱きしめる。ヘアワックスを変えたのか、ピーチの匂いがする。
「優貴さん・・・ま、また突然・・・!」
そうやって、いちいちナイスリアクションで応えてくれるんだから、こちらもちょっかいの出し甲斐があるというものだ。
「髪の毛が細いんだから、ちゃんとケアしないとダメよ、悠理。」
手櫛で軽く髪を梳くと、悠理は振り向いて唇をつけてきた。
今まで抑えていたものを解き放つように大胆に、今まで寂しさに包まれていたのを払拭するように、私にしっかりとしがみついた。
「優貴さん、私・・・優貴さんと一緒なら、平気だから。」
私は笑って頷き、悠理のエプロンの紐を解いて、そのまま押し倒した。
この子と一緒にいる為には・・・邪魔者には去ってもらわなければならない。
何より、目の前の大事な人をこれ以上、どんな形でも失うわけにはいかない。
私の原動力は、多分、怒りや悲しみ、憎しみ・・・そういう負のパワーだ。
それが無いと自分の中の力を発揮できなかったり、生きる気力を持てない人間は何を隠そう、この私だ。
だけど私には、復讐に勝る存在が出来た。
だから今度はその存在を守る為に、この腐りきった思考と手を使う。
あの子はきっと優しいし素直で、言ってしまえば自分が損する事を他人の為に躊躇無く言う子だから。
隠し事も、罠を張り巡らせる事も、騙す事も出来ないから。
だから、姉(私)が・・・それをやるのは、当然の事だ。
「何か、悩み事でもあるの?」
悠理の肩に唇をつけながら、私は聞いた。
きっと、”何にもないよ。”と妹は答えるだろう。
「ん・・・何もないよ。何でそんな事を?」
背中を向けたまま、悠理はやはりそう答えた。
「悩み多き青少年って感じがするから。」
「・・・エッチなお姉さんが後ろからキスしてくる、とか?」
妹は、随分と女の子から女性らしい色気が、出てきたなと思う。
ごく最近になって、一段と。
腹違いとはいえ姉妹の間柄でも、同じ女性として、やはり意識して見てしまうのかもしれない。
「キスだけじゃ・・・ないけど?」
脇腹からするりと手を滑らせ、お腹をさする。
「・・・ほら、冷やしちゃうと大変。」
のの字に掌で撫でると、悠理は私の手を両手で握った。
「大変って、脱がせたの優貴さんじゃない。」
「そうだったっけ?」
「・・・もう・・・!」
とぼけて返事をすると、悠理はこちらを向いた。
「・・・大丈夫だよ。ホントに。」
そう言って、潤んだ目で悠理は笑った。
(・・・ああ、悠理。やっぱり、そうなのね。)
私は、身体の内側からふつふつと何か黒いものが沸き上がってくるのを感じた。
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