「・・・お父さん。」

「ああ、優貴・・・か。どうした?起こしたか?」


「酔っぱらってるみたいだから、お冷持ってきたんですけど。どうです?」

「・・・ああ、ありがとう・・・今取りに行こうかと思っていたんだ。」


「・・・お父さん。」

「・・・・・・ん?」


「コレ、覚えてます?」

「・・・指輪・・・?」


「・・・母の誕生日に贈った指輪。・・・覚えてますか?・・・コレ。」


「・・・ああ、それか・・・覚えてるよ・・・あの時の私なりの精一杯の贈り物だったんだが・・・今にしてみると・・・安物、だったな・・・。」


「それでも、母は後生大事にしてました。死ぬまで、付けてましたから。」


「・・・奈津子さんには、すまない、と思っているよ・・・。優貴の事を知らなかったとはいえ・・・」

「いえ、知っていた事は、他にもある筈ですよ。」


「・・・優貴・・・お前・・・?」



「・・・実は、私、この家・・・ブッ壊しに来たんです。」



「・・・・・・。」


「ふふっ・・・冗談です。でも、少しくらいの恨み言は、許してくれませんか?」

「・・・・・・すまなかった・・・。」


「いえ、それも冗談です。謝らないで下さい。

・・・母は、貴方を最後の最後まで愛していましたし、私は恨んでなんか、いないんですよ。

だから、私・・・本当に、一度だけ、貴方にお会いするだけで良かったんですよ。母の愛した人を一目見られたら、それで。」


「・・・・・・。」


「・・・娘さんは、素直で良い子だし、ここは幸せな家族の思い出が詰まっている素晴らしい家です。

私の家とは、違う幸せが・・・ここには、あったんですね。」


「・・・優貴・・・お前・・・」

「母は、最後に貴方の名前を呼びました。

呼んでもいるはずの無い、貴方の名前を。息を引き取る、その最後の、最後に・・・。

・・・だから、見てみたかったんです。私の父であり、母の愛した人を。」


「・・・そうか・・・優貴・・・・・・辛かっただろう・・・。」


「・・・いいえ。いいんです、そんな事は。」

「そんな事って・・・」


「そんな事より・・・私は、貴女の娘として認めてもらえているんですよね?」

「ああ、勿論だ。悠理と変わらない、私の娘として・・・」


「そう、それは・・・良かった。」


「・・・優貴、お前・・・何が言いたいんだ?」


「実は、欲しいものが、あるんです。」


「・・・なんだ?突然・・・。」


「お父さんの、大事なモノ。・・・一つだけ、私に下さい。・・・許してくれますよね?」


「さっきから・・・どうも話が、見えないな・・・」


「・・・だから、私に、お父さんの大事にしているモノを一つだけ私に下さい。

私が貴方の娘である事の証に、と言っては変に思うでしょうけど。

本当に・・・それだけで良いんです。」


「・・・わかった・・・じゃあ、これ・・・長年使っている私の懐中時計だ。・・・これは、奈津子さんが、私にくれたもので・・・」


「・・・ああ、それならお父さんが持っていて下さい。贈った母もその方が、喜びますから。」


「・・・じゃあ・・・・・・と言っても、もう他に・・・思い当たる物が無いんだがな・・・

こう見えても、物にあまりこだわらないんでな・・・コレクションとかの類も無いんだ・・・どうするかな・・・。」


「ああ、別に・・・今、とは言いません。・・・いずれ・・・

そう・・・いずれ・・・ちゃんと、欲しいモノが出来たら、その時にちゃんと、いただきますから。」


「・・・そうか?・・・今日の優貴は、随分と不思議な事を言うんだな・・・。」


「そうですか?・・・もしかしたら、こうやって話すのは初めてだから、かもしれませんね。」


「・・・ああ・・・そうだな・・・そうかもしれないな・・・。

・・・そう、そういえば・・・悠理と仲良くしてくれているみたいだな・・・ありがとう。

悠理もすっかり、この生活に慣れて、以前より・・・なんだか、明るく、元気になったみたいだ。」


「そうですか。それは、良かった。」


「こんな事を頼むのもどうかと思うが・・・悠理は、まだ子供だ。・・・これからも・・・悠理の事、色々と頼む。」


「何を言ってるんですか。悠理は、もう私の妹なんですから。・・・心から、大事に思ってますよ。」



「そうか・・・本当に・・・本当に、ありがとう・・・。優貴・・・。」


「・・・いいえ、どういたしまして・・・お父さん。」




父親が、娘のその言葉の本当の意味に、気付くのは・・・もっと、ずっと先の話だ。





 ― ・・・本当に”大事なモノ”・・・いただきますからね・・・お父さん・・・。 ―






― END ―



あとがき

ずっと以前から飾っていたWEB拍手のSSです。SSというか只の会話ですが。