「どうしても、お別れなのか?」

月夜の晩、あの人は、頷いた。


幼い私は、あの人の腰にしがみついた。


「嫌だ!どうして、お前まで私の傍からいなくなるんだ。そんなに私が嫌いか!?」


あの人は、いいえと答えた。


「・・・じゃあ、用事が済んだら、また会いに来てくれるのだな?」


あの人は…ええ、いつかきっと、と答えた。


「じゃあ…約束だ」





 −  『今度 会ったら…』  −




あれから8年…私は…




「…ノウ様…スノウお嬢様!」


剣を振る。ただ、無心に。真っ直ぐに。

『騎士になる』のが、私の夢だ。


「スノウお嬢様!!いい加減にお止めくださいませッ!貴女は、女性です!!」


メイドのオーベルの怒鳴り声が、庭に響いた。

いつものことだ。私は、剣を振り続ける。騎士たる者、いかなる時も、冷静でなければ。


「…剣を持つ資格に、性別は関係なかろう。オーベル。」


「旦那様もお嘆きですわよ!私は、旦那様から、お嬢様を、女性らしく教育するように仰せつかっているのに!」


…女性らしく、だと?笑わせるな。

私は、女である前に、一人の人間として夢を叶えたいのだ。花嫁修業して、騎士になれるか。

金色の長い髪もどうせなら、鍛錬の邪魔になるから、短く切ってしまいたいのだが、周囲がさせてくれない。

せっかく綺麗なのにだの、女らしさがなくなるから、だの…くだらん理由で。

…誰が、嫁になど…誰が…父親の出世道具になど、なるものか…!


「…父上に何を言われても、私は嫁ぐ気等、全く無いぞ。」


「まああぁ!まだそんな事を!剣よりも女性としての品格を磨くお稽古事に…!」


「・・・興味がないと言っている。剣の稽古の邪魔だ。」


「いつまでもそのような事では困ります!近々、モール伯爵のご子息とのお見合いがあるのですよ!?

変な噂が立つ前に…!」


(…変な噂…か…)


大体想像がつく。


どうせ『剣を持ったじゃじゃ馬娘』とか…

『女騎士を夢見る世間知らずの娘』とか、言われてるのだろう。


いずれにせよ、このままでは、騎士になど、なれぬ…。

今のこんな私に、あの人ならば、なんと言うのだろうな…


「・・・噂か、くだらんな。」


いつも、私の話を聞いてくれた、優しいあの人。


  『スノウ様…』

その人は、幼い私の元に突然現れたんだ。


  『…クリムゾン!待っていたぞ!』


  『夜更かしなんてしたら、背が伸びませんよ?』



夜の風に乗って聞こえてくる、優しい声。

幼い私を優しく包んでくれた、あの声。


  『昼寝をしたから、大丈夫だ!それよりもクリムゾン!私の話を聞くのだ!』


私は、その声の主に抱きついた。


  『・・・なんでしょうか?スノウ様。』


あの人は、私を優しく抱きとめ、誰もが、笑って聞いてもくれなかった、私の夢の話を聞いてくれた。






「あのぉ…お話の途中、失礼いたします。」


突然、背後で声がした。


「…あら、今日から入る新入りね?」


私の視線の先には、メイド服に身を包んだ女性が立っていた。

その姿に、私は目を奪われた。




  ―  クリム…ゾン…?  ―




その立ち姿は、あの人に似ていた。黒髪に優しいあの声に…それから…あれ?



「今日から、スノウお嬢様のお世話をいたします。”ルシア”と申します。」

「…ルシアか…その…右目はどうした?」


ルシアと名乗ったメイドの右目には、眼帯があった。

ルシアと名乗る目の前の女が、もしも…”あの人”なら…右目は…


「あ、これは…お恥ずかしいのですが…”ものもらい”です。」

「……………ふむ…そうか…」

(…他人のそら似か?…しかし、よく似ている…)


私が、ルシアを観察している横から、オーベルが、ルシアに仕事を命じた。

「じゃあ、ルシア。早速庭の掃除を…」


いかん。…また、オーベルと2人きりにされたら、何を言われるか…


(…”変な噂”……一つ、利用してやるか…)

「…ルシア。」

私は、オーベルの命令が終わらないうちに、ルシアを呼び止めた。

「・・・はい?なんでしょうか?スノウお嬢様。」


「私は、お前が気に入った。掃除はいいから、私の部屋に来い。


 ・・・・・可愛がってやろう。」



「え・・・。」

「来るのだ。ルシア。主の命令だ。」

「…え…あの、は、はい…」


ルシアは、オーベルと私を交互に見ながら、私の元へとやってきた。


「お、お嬢様!まだ話の途中です!」

血相を変えるオーベルに、私は 「剣をやめろ、と言っていただろう?今日はこれで止めてやる。」 と笑ってみせた。


「お、お嬢様!そういう問題ではありません!そのメイドに一体、何を・・・・!」


「…こっちだ…ルシア…ふむ、お前は、控えめで、良い香りがするな……」


私は、剣をしまうとルシアの肩を抱き寄せ、ルシアの髪の匂いをかいだ。

遠くでオーベルの叫びが、聞こえるが、構う事は無い。


「あ、あの…」

ルシアは、私より年上だが、背は私の方が高い。力も、身分も、私の方が上だ。


「す、スノウお嬢様…あの…」


ルシアは、他のメイド達の視線に、困惑しきった表情を浮かべていた。

私は、他のメイドたちの目の前で、ルシアの耳元に囁いた。




   その瞬間。




ざわつくメイド達。 背後では、オーベルが”バタン”と卒倒する音が、聞こえた。

私は、笑いながら、ルシアと共に自室に入ると、鍵をかけた。


続いて外から、こちらに近づいてくる、大量の足音が聞こえる。勿論、それらがオーベル達だと、私はわかっていた。


「・・・・どれ、新しいメイドに主への奉仕の仕方を教えてやろう・・・。」

「…あッ…スノウお嬢様…な、何を・・・!?」

「・・・ふふふ・・・その反応…可愛いな…ますます気に入ったぞ。ルシア…」

「あっ!…あぁ…ん……お、お止めくださいませ…」

「いいぞ…ルシア…もっと抵抗してみせろ…主の私を愉しませるんだ……」

「…あッ…あぁ…ダメッ…あ…そんなトコ…スノウお嬢様…!」


バタバタと立ち去る足音、『これは早めに手を打たねば!』というオーベルの声に、メイドたちの黄色い声。


「あぁ…ッスノウ…様ぁ…ん…」

「……よし、行ったな。オーベルの奴め。………ルシア、もうよいぞ。」

「…いやッ…そんな…ダメェ…あん…!」


「・・・ルーシーアー。もう良いというに。」

「あ、もうよろしいのですか?」


私とルシアは、ドアにもたれかかって”そういうフリ”をしていただけだった。


「…しかし、ノリの良いヤツだな…ルシア。 私が、少し耳打ちしただけで、調子をココまで合わせてくれるとは…。

 私は、本当に、お前が気に入ったぞ。」


私は、ルシアの肩に手を置き、そう褒めた。

すると、ルシアは何を勘違いしたのか、頬を赤く染めた。


「あ…やだ…お嬢様ったら…」

「…いや、勘違いするな。そっちの意味ではなく、だな…」

「クスッ…冗談ですよ。しかし、これで…よかったのですか?変な噂が立つんじゃ…」


笑いながら、ルシアは椅子を引いて、私を座らせた。

賢いメイドだ。柔軟な対応、主の命令に従っただけではなく、その後処理もきちんと考えている。

しかし、後処理はどうでも良かった。


「…いいのだ。これで見合い話が無くなれば、しめたものだ。 遠慮なく好きな剣に集中できる。」


私は、剣を抜くと、手入れを始めた。


「…お嬢様は剣がお好きなのですね?」

ルシアは、そう言うと笑った。私は、その笑顔と言葉に何故か、安心感を覚えた。


「ああ……やはり、女が剣等とは…おかしいか?」


この質問を他のメイドにも何度かした事がある。

しかし、返ってくる返事は、どれも私の望む返答ではなかった。


「いいえ?遠い国には女性騎士団がある、と聞いたことがありますし。」

しかし、ルシアは違った。


否定もしない、主に気を遣うわけでもない…女が剣を振るう事をルシアは、可笑しくはないといった。

「…ほう?詳しいな…私も本で読んだ事はある。」

「お嬢様は、騎士に興味がおありなんですか?」


このメイドがあの人に、似ているからかもしれない。

騎士、という単語を私の口から聞いて、興味を示してくれたのが、私は嬉しかった。


「まあ…その…ルシア…笑わずに聞いてくれぬか?」

「…はい、勿論です。」



私は、長い間誰にも打ち明けなかった話を始めた。



「…幼い頃…ある人と約束したのだ。」

「約束?」

「そうだ…」







満月の夜に、その人は現れた。






  − カタン −



私の部屋の窓が開く音がした。


「だ…誰、だ…?」

「…おや…起こしてしまったか…」


窓辺に立つ黒い人影に、私はベッドから飛び起き、その影の前に立った。


「…な、何者だッ!?さては泥棒だな!?わ、我が屋敷に侵入して、ただで済むと思うなよ!」


情けない事だが、幼い私は震えていた。


「………」

「…グスッ」


すると黒い人影は、膝をつき、「…どうか、ご無礼をお許しください…」と頭を下げたのだった。


黒い髪に、黒い衣装の女。どこからどう見ても、侵入者は”泥棒”だった。

私は、その泥棒の意外な行動に驚きつつも


「わ、わかればいいのだ。…グスッ…名を…名乗れ…」と、言った。


…子供ながら、その時の私には『人を呼ぶ』という行動が思いつかなかった。


「……クリムゾン、と申します。しがないコソ泥です。」

泥棒はあっさりと、名を明かした。跪いたまま。


「…私の名は、スノウだ。スノウ=フレキシル…雪の日に生まれたから…。」


「なるほど…スノウ様……人をお呼びにはならないのですか?私はこう見えても、”泥棒”でございます。」


クリムゾンと名乗る泥棒の一言に、私は”そういえば”とハッとした。

しかし、クリムゾンは、観念したのか、妙に落ち着いていて、逃げる様子もなかった。


私は、ここまで正直なヤツが、これ以上悪さをするとは思えなくて


「…お前はまだ悪さを…(グスッ)…しては…おらんから…いいのだ…(ひっく)…」と許してしまった。


それに、その当時の私の頭の中は、目の前の泥棒よりも、もっと重大な事があったのだ。


「……よければ、私にお聞かせください。…どうして…泣いておられるのですか?

 ・・・私が来る前から、泣いておられたようですが?」


「な、泣いてはいない!」


だが…確かに、あの時の私は泣いていた。

泣いて、泣いて、目は真っ赤になっていたはずだ。


「…では、何があったのでしょうか?お聞かせ願えますか?このコソ泥にも、出来る事があるかもしれません。」


何故か私は、その言葉に導かれるように、素直に話し始めた。


「・・・・・・ち、父上が…剣を、私がお婆様から貰った剣を取り上げたのだ…

 ”女が剣を振るうなど許さん”と…」


「…おやおや…」


「大事な剣だったのだ…私は、騎士になりたいのに…!最近は、父上だけじゃない。オーベルも、兄様もみんな…

 みんな、昔は私の夢を聞いて、応援してくれたのに…女は、嫁になるもので、騎士になんてなれない、というんだ…。」


「…ふむ…それで剣を取り上げられたのですね?・・・・・わかりました。

 貴女様は人を呼ばず、私は、命を救われた身です。 …その大切な剣、私がお持ちいたしましょう。」

「本当か!?いいのか?」


「…勿論です、スノウ様…しかし、その代わり…その首飾りをいただけませんか?私も、生活が苦しいので。」


「え…これか?よかろう!やる!だから…頼む!」


私にとって、父からの土産の首飾りよりも、失った剣の方が大事だった。


「…かしこまりました。では、明日の夜にお届けいたします…」



次の日の夜、彼女は…本当に私の剣を持って現れた。



  − ・・・カタン  −


「待ってたぞ!クリムゾン!おおっ!?」


私は、音に飛び起きて、クリムゾンの手元を見た。確かに、私の剣だった。


「す、スノウ様、起きていたのですか?」

「昼寝をしておいたのだ!…どこにあったのだ?いくら探しても、見つからなかったのに…」

「…コソ泥には、この程度、容易な事でございます…。」


クリムゾンは私の顔を見ると、わずかに微笑み、私にそっと剣を手渡した。


「…よかった…ありがとう!クリムゾン!!」

「…では、私はこれで…」


クリムゾンは、私に背を向けると、窓枠に手を掛けた。


「おい、待て!」

「?」


「私の首飾りはいらんのか?」


私が、そう言うとクリムゾンは振り向いた。


「…ああ…忘れておりました…。」


結構、物忘れの激しい泥棒なのだな、と思いつつも、私は首飾りをクリムゾンに手渡した。


「お前は私の夢を笑わなかった。剣も取り戻してくれた。だから、お前は良い泥棒だ。首飾りは私からお前への褒美だ。

それは、くれてやる。だから、もうお前は、泥棒ではないぞ!」



そう言うと、クリムゾンは何故か悲しそうに笑った。



「……それでも、私は、汚れた人間です。そのようなお言葉…」


”ぐい。” と私は、クリムゾンの手を取り、どれどれと覗き込んだ。


「!?」

「……ん?……なんだ、汚れてはおらぬでは、無いか。」


手も、顔も、姿に汚れはなかった。匂いをかいでも、良い匂いしか、しなかった。


「そんなに…汚れが、気になるのなら、風呂に入っていくか?」

「…スノウ、様…」


「汚れたら、洗えばいいのだ。風呂が無いのなら、入りに参れ。お前は恩人だ。」


そう私が言った瞬間、クリムゾンは目を見開き、目を細め、私の顔を困ったように見返した。

私が”どうした?”と聞こうとするより先に 「はい。」 と、クリムゾンは静かに返事を返した。


それから、クリムゾンは、毎夜私の元へ現れた。

ヤツは、何も盗み等しなかった。

ただ、毎晩私の話を聞いてくれた。


私が、怒られて泣いた日は、私が眠るまで傍にいてくれた。

寂しくて、抱きついた時も、クリムゾンは困ったように笑って、優しく抱き締めてくれた。

私は、私の夢や話を聞いてくれる人間が現れたのが嬉しくて…クリムゾンと毎晩楽しい時間を過ごした…


たった…1ヶ月だったが…今も忘れられない思い出だ。





「1ヶ月…」


ルシアは、私の話に相槌を打った。


「…ああ、ある日突然、クリムゾンが言い出したのだ。 ”自分にはしなければならない事ができた”と

 ・・・だから約束をしたのだ。」




私は、剣を置いて、空を見た。夕暮れ…もうすぐ夜がくる時刻だ。


あの日・・・1ヶ月が、経過した満月の夜。



「…どうしても、お別れなのか?」

あの人は、頷いた。

幼い私は、あの人の腰にしがみついた。


「嫌だ!どうして、お前まで私の傍からいなくなるんだ!私が嫌いか!?」


しがみつく私の頭を、優しく撫でてあの人は言った。


「いいえ。スノウ様、私にはやる事ができたのです。貴女様にも、やる事がおありでしょう?

 騎士になるという夢が…」


「…じゃあ、用事が済んだら、また会いに来てくれるのだな?」


「…ええ、いつかきっと。」


「…じゃあ…約束だ、クリムゾン。 私は、立派に騎士になる、お前はお前のすべき事を成せ。

 そしたら…」







 − 『今度 会ったら…お前を私の嫁にする』 − 








「・・・・・・。」

「・・・・・・。」



そこまで話して、私とルシアは黙った。

沈黙の後。


「あのー…スノウ様…やっぱりそういうご趣味が…」

おそるおそる、ルシアがそう言った。

「だからっ!子供の頃の話だといっただろう!?それに…あの人を嫁にとれば…ずっと一緒にいられると思ったんだっ!」


…幼い頃の私は、本当に世間知らず、だったのだから。


「それから、その泥棒とは…?」

「まだ、現れていない…ちょうど…。」


…私は、ルシアの前に立った。


「お前と同じような背丈だったと思う。」

「そうですか?」


そうだ、その姿…髪型などは違うが…


「ルシア…その眼帯、とってはくれないか?」


”右目を見れば、ハッキリする”のだ。


「…は、恥ずかしいですよ…す、すごく腫れてるんですから。」

「とってみよ、ルシア。」


「…え、えーと…あっ!!」


私は、眼帯を取り去った。


「・・・う・・・ひどいな・・・これは・・・。」


現れたのは、あの人である証拠ではなく…酷く腫れた目だった。



「だから、言ったじゃないですかー!!」

「す、すまん…」


ルシアは、恥ずかしそうに手で顔を覆うと、眼帯をつけた。


「……それで、スノウ様は、そのクリムゾンに会う日までに騎士になろうと、剣の修練をされているのですね。」

「…随分、あっさりしているな。」


「はい?」

「皆、反対するか、愛想笑いを浮かべて”叶うといいですね”などと、思ってもいないことを口にするものだ。

 …ルシア、お前の反応は、珍しいぞ。」


「…そうでしょうか?誰の意思・夢も…尊重されるべきですよ。」


そう言ったルシアの微笑みには、安心する。


「そうだな…。」


しかし、私の意思や夢は…






「…オーベル、見合いは断れと言った筈だが?」


いつの間にか、私の見合いの話は進んでいた。私のいないところで、勝手に。


「何をおっしゃいますか!お嬢様!いつまでもそんな事では、この家は絶えてしまいます!

優雅な女性となり、素敵な殿方の元で幸せになるのです。それが、お嬢様の為です!」


「…そこが、私の居場所ではなくとも、か?」


オーベルは、結婚こそが女の幸せだと、私に語り続けた。

そこへ、ルシアが紅茶を淹れにきた。



「お嬢様…お茶が入りました。オーベル様もいかがですか?」

わたしは、相変わらず眼帯をつけたままのメイドの微笑みに安心感を覚える。

「ルシア。まだ治らぬのか?ものもらいは。」


私は、ルシアの右目が気になって、仕方が無かった。


「今、大事な話をしているのよ、お前は下がりなさい!ルシア!」


「…下がるのはお前だ、オーベル。優雅な茶の時間に、そのような大声は不粋だ。」


「しかし!明日にはお見合いが」



「下がれ。」


私が語気を強めると、オーベルはブツブツ言いながら、下がった。


「…お見合いのお話が随分と早く進みましたね?スノウ様」

ルシアは、紅茶を私の前において、ぽつりと言った。

「…フ…お前との仲に、余程嫉妬でもされたかな?」

「スノウ様がそういう事をおっしゃるから、こうなったのでは?」

「別にいいではないか、私は、この屋敷の中でお前が一番好きなのだ。」

「……。」

「照れるな、私は本当の事しか言わぬ。」

「17歳の言う事じゃありませんよ、スノウ様……でも、どうするんです?

オーベル様の言うとおり、いつまでも、このままではいられませんでしょう?…お家を…出られるのですか?」


「…何度も考えたよ…だが、それは出来ない。」


「どうしてですか?」


「…クリムゾンに会えなくなる。」


「待って、いらっしゃるのですか?」




   『いつかきっと…』




「ああ。私の道は…あの人と共にあるのだ。あの人がいなければ、今の私は無かったのだから。」


「しかし…その方が来るという、保証は…」


「…それでも、信じているんだ。だから、私はここで待つ。」




  …『いつかきっと』…




この言葉が、希望だけを残し、再会の保証にはならないと知ったのは、随分と前の事だ。



…知っても、なお、私はココにいる。







「お噂どおり、スノウ嬢は、凛々しく美しい女性ですねぇ・・・10代とは思えない。

聞けば、馬を駆り、剣を振っているとか。女性とはいえ、勇ましいですねぇ」


気に入らん男だ。

見合いの最中に私は、チラリとルシアを見た。ルシアは、黙って紅茶を入れている。


「・・・・・。」


「…僕もね、こう見えても剣を振るんですよ。地元では、騎士団の団長をしています。」


自慢げに話す男の腕は、剣を振る者のそれでは、なかった。

貧弱な、棒切れのような腕。


「騎士団…?」

お前のような者が?という意を込めて私は、聞き返した。


「ええ。そうそう…結構、有名になりましてね…1年くらい前でしたか、大悪党を捕まえたのです。」


自慢げに話す男の仕草や、口調は、騎士団を統率している者のそれではなかった。


「大悪党?」

「”クリムゾン”という、泥棒…有名な泥棒らしかったのですがねェ…いや、捕まえてみれば単なる”コソ泥女”でしたよ。」



「…クリム、ゾン…だと!?」



「金持ちの家から、金品を盗んでは民衆に配って回る・・・民衆の間では”義賊・クリムゾン”とか言われてましてね…

 しかし所詮はコソ泥…僕達の追い込みに逃げられないと悟ったのでしょう。」


「…それで…?」


「コソ泥の末路は、実に惨めでしたよ…自分から”自首”をしてきました。

この期に及んで”泥棒から足を洗いたい”などと言いながらね」


「…じゃあ、クリムゾンは今…牢に?」


『…会える。』 望むべき再会ではないだろうが、あの人に会える。


しかし、返答は、私の希望を打ち砕いた。



「ああ、ボクが、首をはねました。」



「…な…に…?」


「僕の叔父が、被害にあってましてね…クリムゾンのせいで、領民は叔父の事を”悪者”呼ばわり。

叔父から盗んだ金品を領民に与えたコソ泥は”英雄”扱い。これじゃ貴族として、示しがつかないんで僕が…


 おや?どうかしました?」



私は立ち上がり、男を睨んだ。


「…スノウ様…!」


ルシアが、私の腕に触れ、座るように促すが、私は、それを振り切った。


「何故だ!なぜ自首をした者の首をはねた…!!」


「…義賊なんて、所詮民衆の作り上げた幻想です。コソ泥はコソ泥ですよ。

 小汚い、民衆が貴族の生活に口を挟むもんじゃな」



「キサマァ!!よくも!!」



私は、拳を振り上げた。

「スノウ様!いけませんッ!」

ルシアが、それをしがみついて止める。

「ッ離せ!ルシア!!」



そんな私をみて、男は、鼻で笑った。

「…やれやれ、とんだじゃじゃ馬娘だ…騎士を目指す妙な娘だと聞いちゃいたが…

 これじゃ…騎士道に狂った女版ドン・キホーテだ。」


「…キサマ…私を愚弄するか…!」



「口の利き方に気をつけた方がいいぞ?スノウ嬢…君の父上の事業に、援助をしているのは、僕の父だ。

 僕の一言で、君の家の人間は、全員路頭に迷うぞ…」



「……!」



「…失礼。」



”バチャ…”


紅茶をルシアは思い切り、男に浴びせかけた。



「うあっちっちっち!!!何するんだ!馬鹿メイド!」



男は、庭を跳ね回った。



「…ルシア…」

「・・・あ、すみません、ものもらいの発作で。」



「発作って何だ!?そんなもんあるかッ!」


騒ぎを聞きつけたオーベルが顔を真っ青にして、仲裁に入った。


「す、すみません!ルシアっ!お前は下がりなさい!この無礼者!!」




その日の夜。




「スノウ様…」

「…ルシア…」


私の部屋に現れたルシアは、メイドの格好をしてはいなかった。


「申し訳ありません、私、旦那様に明日からお暇を出されてしまいまして…」



やはり、か…。


「…バカモノ…あのような事せずとも…」

「…しなければ、スノウ様の立場が悪くなります。」


「私の事など、考えずともいいのだっ!…何故だ…

何故、私が大事に想う人は…私の元を去っていくのだ…!」




  『いつかきっと』



そう言ったくせに…




「スノウ様は…剣を、騎士におなり下さい。クリムゾンさんもそれを望んでいらっしゃると…」



「お前に何が分かる!お前は!お前は、私のクリムゾンじゃない!!

 …私の…クリムゾンじゃ…ない…



 クリムゾンは…死んだんだ……!!」



私は叫んだ。 ずっと待っていた”あの人”がいない。もう、会えない。


…いっそ、この家を出て、探しに行けばよかった。





  『スノウ!いつまで騎士の真似事をしているのだ!お前は女だ!!』



泣けば、あの人がまた窓から現れてくれるのではないかと、何度も考えた。



  『…まだ、なのか?クリムゾン…』


だが、私が泣いても、あの人は来なかった。


  『ねえねえ、スノウお嬢様って騎士になりたいんですって』

  『あ、アンタその話聞かされたなら、お嬢様に気に入られたのよ。』

  『調子合わせときなさいよ〜スノウ様の嫁ぎ先で、使ってもらえるかもしれないじゃない』



騎士を目指していれば、あの人がきっと会いに来てくれると、何度も考えた。



  『誰も…お前のように…話を聞いてくれない…ぞ…クリムゾン…』



私には、待つしか出来なかった。





「…スノウ様…」

「…これでは…私が騎士になる意味が無い……」


あの人が、いないのなら・・・誰が、私の夢を喜んでくれるのだろう。

あの人がいないなら…


「…スノウ様…


 その程度なのですか?貴女の騎士への想いは…」



ルシアの口調が、突如鋭さを増した。

「なんだと…?」


「…スノウ様、貴女は世間を知らなさ過ぎます。」


ルシアは、私を真っ直ぐ見つめた。視線は痛いほど、真っ直ぐに、私に刺さる。



「世の中には、貴女と同じように騎士になりたいと思う女性が、沢山います。

 競争率は高く、騎士になれたとしても、それが続くかどうか。余程の覚悟と技術が無ければ…」


「…ルシア…キサマ…何が言いたい!」


この期に及んで、主に説教をする気か、ルシアは厳しい口調で私を責め立てた。



「…スノウ様、貴女はこの家から出た事はありますか? 貴女が、騎士になる為には、この家を出なければなりません。」


「そんな事知っている!」


「…では、スノウ様、騎士になる為に、今まで何をしてきましたか?」


「…!!」


「剣の腕だけで、騎士になれると本気でお考えでしたか?ご自分で行う訓練だって、たかが知れている…

 本当に、騎士になりたいのなら、家を出るべきだったのでは?

 それも知っているんですよね?」



そう、だ。・・・この家を・・・出る、べきだったと…後悔している。

この家から出れば…生きているクリムゾンにも会えただろうし、騎士にもなれる道が開けたかもしれない。



・・・でも…私はそれをしなかった。



「…ルシア…」

「それが出来なかったのは、クリムゾンを待つため、ですか?

 ・・・いいえ、違う。


 貴女は、一人で外に出るのが怖かったんです。

 貴族という身分を捨て、一人きりで知らない土地をさまよい歩く事が、怖かったのでしょう?

 その言い訳に、クリムゾンを待つと。」



”言い訳”・・・そう言われて、私はかあっと熱くなった。



「うるさい!私は!クリムゾンを、あの人を待っていたんだ!一緒に…道を…歩みたいだけだ…あの人は、私を理解してくれる…!

 あの人は、私の夢を応援してくれた…私に…自分で道を歩く事を教えてくれた…だから…!

 あの人がいれば…あの人さえいれば!・・・私は…騎士になれるんだ…!」


そうだ、私にはあの人が必要だったんだ。

ルシアは、静かにそして、はっきりと私に言った。



「……逆に言えば…貴女は、クリムゾンがいなければ、何も出来ないのですね。」


「…ッ!!」



その言葉を聞き、私は、全身に雷を放たれたようなショックを受けた。


「…どのみち、世間に出た事のない…世間に出る事を拒む今の貴女は、騎士になど、なれません。」



私の体は、震えだしていた。

怒りと悲しみが入り混じった、なんとも奇妙な感情。


「…ルシア…やはりお前もそう思っていたのか!?私を理解したフリをしていたのか!?」


「…クリムゾンは、もう貴女を助けてはくれません。」


「…そんなことッ…!」


お前がいうなと、私が叫ぼうとするより、先にルシアは言葉を続けた。


「…スノウ様、貴女の道を、コソ泥なんかの生き死にで決めてはいけません。本当に、騎士になりたいのであれば、家を出るのです。」


”コソ泥なんか”・・・この単語を聞いて、私は完全に激高した。



「クリムゾンは、幼い私を救ってくれた恩人だ!いくらお前でも、あの人を”コソ泥なんか”と呼ぶのは許さんッ!出て行けッ!」


私はそう叫ぶと、ルシアに背を向けた。

しばらくの沈黙の後、ルシアの声が聞こえた。




「…8年、待ったのなら、もういいでしょう…

 自分の道を歩むのは…貴女自身にしか出来ないのですよ…」



 −  パタン  − 


静かに扉が閉まった。


・・・そうだ・・・8年も待ったのだ…

あの人を…





  『騎士になるには、どうすればいいのだ?知っているか?クリムゾン』

  『…知っていますが、ご自分で調べた方がいいのでは?』

  『何故だ?知っているなら教えてくれてもいいではないか…』

  『だって、スノウ様の夢ですよ? 貴女の道は、貴女の足で、貴女の意思で歩かなければならないのですから。』


  『わかった。自分で調べる。でも…』

  『?』


  『…よ、読めない字があったら、力を貸してくれ…』


  『…わかりました、スノウ様…。』







・・・・・・・・・待て・・・。


どうして・・・



…どうして、ルシアが…



私が、クリムゾンと出会ったのが”8年前”だと知っている…!?


私は、クリムゾンに出会ったのは、幼い頃の満月の夜に、としか話していないのに…!!





「…ル、シア…まさか…!」






  −  バタンッ  −





「ルシア!どこだ!?ルシアーーーーー!!!」




ルシアは、もうそこには…いなかった。









「フフ…やはり、強気な女をモノにするのは気分がいいよ。初夜がタノシミだ…」

「……。」



希望は全て潰えた。 ルシアがいなくなってから、すぐに見合い話は進み、結婚する事になっていた。

ルシアはいなくなり、クリムゾンは本当に死んでいるのか、どうかもわからない。

ただ、私の大事な人は、いなくなっただけだ。


この身につけたかったのは、鎧だったのに…今、身に纏っているのは憎らしい程、純白のドレス。クリムゾンとは正反対の白い衣装。

この手にしたかったのは、剣だったのに…今、手にしているのは憎らしい程、綺麗なブーケだ。


それを・・・父も、周囲も、満足そうにほくそ笑んでいる。


きっと・・・私は・・・このまま・・・ずっとこのまま、なのだろう・・・。

…待っても、家を出ようにも、もう…クリムゾンは、いない。



(…クリムゾン…お前と初めて会ったのは、こんな満月の夜だったな…)



夜の教会で、私はただ教会のステンドグラスを見ていた。



「…どうした?スノウ…随分しおらしくなったな?」

新郎が小声でそう言った。

「・・・別に。」

私は、ぼうっとした返事をした。今はあの人の思い出しか、胸に抱きたくない。

・・・だが・・・

クリムゾンとルシアが、交互に私の胸に浮かんでくる。




  『…コソ泥には、この程度、容易な事でございます…。』



  『クリムゾンは、もう貴女を助けては、くれません。』




(そうだ…ルシア、お前の言うとおりだ…。

だが、私は、心のどこかで、ここで待っていれば…あの時のように、貴女が、私を助けに来てくれると…思っていたんだ…。

一緒にいたくて、待っていたのではなく…私は、今も、救いを待っているだけの……意気地の無い、子供のままだ…)





「…では、リングの交換といこうか…これは、なかなかの高価な品で…」




(…こんな私は…もう…騎士になれない…なる資格もな・・・)






   ― ガシャーン!! ー




突然、教会のステンドグラスが割れ、月が現れた。


「な、なんだ!?」

「!!…お前は…!」





  「…失礼いたします…」




…優しい声。 この声は…聞き覚えがある…





  『…クリムゾン…』


  『何ですか?スノウ様?私の顔に何か…』



出会った日から、ずっと思っていた。



  『前々から思っていたのだが、お前の右目は、綺麗だな。…まるで…』





…まるで…




「…宝石のような、赤い右目…!!」




・・・黒い髪に、黒い衣装・・・そして…赤い右目…!

そんな人物を、私は知っている…


その名は…



「…クリムゾン…!!」



私はその人の名を呼んだ。間違いは無い!



「な、何!?クリムゾン!?た、確かに…死んだと聞いたのに!」


うろたえる新郎にむかって、クリムゾンは口を開いた。


「ククク…何でもかんでも、危険で血生臭い事を全〜部、部下にやらせているから、こうなるんですよ。

 貴方、部下に相〜当、恨まれてますよ?御蔭で私はこの通り・・・生きてます♪」


クリムゾンは、うろたえる新郎を指差し、ケラケラと笑った。


「く、クリムゾン!!僕の結婚式を邪魔する気か!?それとも…復讐かッ!?ええい!お前ら!何をしている!賊だ!撃て!撃て!」


「「「「…はっ!」」」」


新郎ご自慢の騎士団は、騎士団とは名ばかりで、流行の銃を使う団体だった。


「いやいや…無駄ですよ。部下のお持ちの銃の中に、銃弾は入ってません。」


”カチカチ…”


「何!?」 「本当だ…」 「…ど、どうしましょう…?」


騎士団に、動揺が広がる。


「バカモノ共が!!銃が使えぬなら、その手で捕らえろ!使えないヤツらめ!僕の名を汚すな!!」


「「「「…は、はっ!!」」」」


駆け出す騎士団とは名ばかりの男達。クリムゾンは、風のように男達の間をすり抜けて、男たちはバタバタと倒れていく。


「・・・たわいも無い。」


そう言いながら、黒衣とは不釣合いなモップをクルクルと回した。

不敵な笑みを浮かべるクリムゾンに、誰も向かっていく者は、もはや・・・いなかった。

ただ、静かにクリムゾンは私と新郎の元へと歩いてきた。



「・・・さて・・・”処刑”のお礼参りといきましょうか・・・?」

「・・・あ・・・うああッ・・・!!」


クリムゾンがモップの先を向けただけで、新郎は、情けなく腰を抜かした。



「…フッ……ご安心を。貴方の様な、小動物に等しい命までは盗りません。

 …これでも、義賊、ですから。」


私は、周囲の状況等、全く耳に入らなかった。

教会の窓から、入り込んでくる月の光を背に立つ女性。


…やはり、生きていた…のか?


「…どうして…?」



私の問いに、クリムゾンは、微笑んだ。


「……この会場で、一番美しいものを戴きに参上いたしました…。」


彼女が、指をパチンと鳴らした瞬間…教会の天井の照明が弾け、落下した。

教会内は、ほぼ暗闇に包まれ、私は、体が浮かび上がるのを感じた。


「…失礼…。」

「・・・ぅわっ!?」



「スノウお嬢様―っ!!」







あっという間に、私は教会から、外の世界へと飛び出した。







「……この夜の空気…久しぶりだ…」


月の光が、私の体を盗む者の顔を鮮明に映し出した。


「…遅くなりました、スノウ様。 これで、貴女は、私の為にあの屋敷にいる必要は無くなりました。

勿論…今から、あのお屋敷に戻るのも自由です。」



「馬鹿をいうな…たった、それだけの為に、こんな危険を冒してまで私をさらったのか…?

いや……もう、助けてはくれないのでは、なかったのか?…クリムゾン…


 ・・・いや、今は、ルシアか…?」


私に微笑むルシアの右目は、赤い宝石のようだった。 そして、クリムゾンである証拠だった。


「……あれから随分と、大きくなっていて、びっくりしました。でも、泣き虫は相変わらず、ですね…スノウ様は…。」


「…無礼者が。…始めから…どうして…名乗らなかったのだ…。」



ルシアは、教会から離れた森で、純白のドレスの私を下ろすと、私の前に跪き、語り始めた。



「…8年前…貴女は私の手をとり”汚れていない。汚れたら洗えばいい。”と言ってくれました。

義賊と呼ばれても、私は…薄汚い泥棒である事に変わりないと思っていたのです。

人は、変わる事などできないと…そんな私にとって、貴女の一言がどんなに嬉しかった事か…

騎士団に追われ、逃げ続けながら私は、今の自分を変える方法を考え続けました。」


「…自分を変える…?」


「どうしたら、太陽の下でも、胸を張って、貴女に再会できるかを…」


「・・・!」


「…私は、自首をした後、処刑されるはずでした。

しかし、騎士団の方の中に”私に救われた”という元・民衆の方がいましてね…処刑した事にしてもらって、命を助けてもらったんです。

助かった後、一番に私の頭に浮かんできたのはスノウ様、貴女です。・・・一目、成長した貴女を見られたら満足でした。」


「…だから、メイドになって…私の前に…?」


「キレイな体になって、堂々と貴女様と再会したかったのですが…何しろ、クリムゾンと呼ばれていた時の…

この瞳が、目立ってしまいまして…変装せざるを得ませんでした。あんなに治りにくい”ものもらい”なんて、ある訳が無い…。」


「・・・そう、だな・・・」


「…ところが、再会はおろか…私という存在のせいで、貴女様をずっと…あの場所へ縛り付けてしまっていた…。

…そして、また…私は、性懲りも無く、こうして”盗み”を働いてしまいました…。」



「…それは…違う!!」


「え・・・?」



「…お前は、また私の大切なものを取り返してくれただけだ…ッ!!」


「……スノウ様…」


私はルシアの前に同じように両膝をつくと、その手を強く握った。

年月が経っても、やはり変わってない。綺麗な手を強く強く握った。


「・・・ルシア・・・私と一緒に行こう!!今度は…私の足でちゃんと、歩くから…!


 だから…もう……もう、一人にしないで…ッ!!!」



…ああ、やはり私は、まだ子供だ。 こんな状況になっても、この人がいないと…泣いてしまう。



「…貴族という身分を捨てるのですよ?勿論、あの家も…」


ルシアの問いに私は涙を拭いて、答えた。


「・・・構わん!未練はない。私は、外の世界を知り、立派な騎士になる…!その覚悟もある!

今度こそ、自分の足で歩み、自分の手で…夢を掴んでみせるッ!だから…その時の私を、お前に、一番傍で見ていて欲しいんだ!」


「…わかりました。」



ルシアは、あの時と同じように優しく微笑んだ。


「…では、私はスノウ様に…ん…ッ!?」



…花嫁の格好をしたまま、私は、ルシアに口づけをした。





 『今度 会ったら…お前を私の嫁にする』





あの約束をした時に、かわした口づけから、ずっと…想っていた。


思えば・・・子供の時は、世間知らずで、分からなかった。

この者と、ただ、一緒にいたい。ただそれだけの理由で、クリムゾンを嫁にする気でいたから、約束代わりにキスをした。



・・・あれから8年・・・成長して、知った。



…その気持ちは…紛れも無く…恋なのだと。



「私は…あの頃から、ずっと、お前を想って、待っていたんだ。だが、もう待つのは、やめた。

 …今度会ったら、お前を離さない。今、そう決めた。……いいな?ルシア。」


唇を離し、私はルシアにそう言った。


「…断る理由等、私にはありません。スノウ様。」


微笑むルシアに、私は思い切り抱きつき、再び口づけをした。

・・・8年分・・・私が伝えたかった事、全てをぶつけた。





こうして、私はルシアと共に、人生を歩む事を決めた。

貴族という身分を捨て、西にあるという「女性騎士団」への入団を目指す旅を始めた。


後悔は、ない。

どんなに辛くとも・・・私の後ろには、私を一番傍で見ていてくれる愛しい人がいるから。





   『その2年後、スノウという名の騎士が、誕生する事となる―。』







ーあとがきー


2009.11.02.・・・修正。修正しても・・・コレです(苦笑)

修正前はもっと、酷かったんですよね…色々…あっはっはっは…。