※ オリジナル『タイトルなし』の続き?みたいな小話です。





とあるチョコレート専門店の前に、女騎士が一人、窓ガラスに張り付いていた。


彼女の名前はスノウ。

幼い頃から、騎士になりたいという夢を持ち

貴族という身分を捨て去り、女騎士になるという夢を追い、女性騎士団のいる国へと、たどり着き

彼女は、見事騎士団に入団し、ついに騎士見習いという所までこぎつけた。


長く美しかった金髪はすっかり短くなり。傷一つなかった白い肌には、生傷が絶えない。

それでも、生活は充実していた。


ただ、一つを・・・除いては。


「・・・・・。」


新人の騎士には、給料が支給されない。


「・・・・・。」


新人騎士となった、スノウの好物は、チョコレートだった。


「・・・・・。」



スノウは、元・貴族だが、今はただの騎士見習い。




「チョコレート…。」


故に、スノウは今、最高にチョコレートを欲しているが買えない。


・・・貧乏だから、だ。




チョコレート専門の店が、街に出来たと聞きつけたスノウは、無意識にその匂いにつられ、今、その店の前にいる。

ガラスの向こうには、彼女の欲しているチョコレートが山ほどある。



しかし、彼女にそれを手に出来る合法的方法はない。


つまり、金が無いのだ。


貴族という身分を捨て、見習い騎士となったスノウは”労働と生活”の苦しみを今、自分の身を通じて感じている。

日々、剣の鍛錬と、先輩騎士の防具の管理に疲れた体に、これは辛い。


ちなみに。

スノウの生活を支えているのは…一緒に生活をしているルシアという名の女である。


しかし、ルシアは、元・有名泥棒『クリムゾン』だった。

長い黒髪に、その身に黒衣をまとい、赤く宝石のような右目を持つ女。普段は、目立つので右目に眼帯をしている。

昔は、義賊として、民衆のヒーローとして調子に乗っていたが、8歳だったスノウに出会い、改心。泥棒を引退。



8年後、再会したスノウと共に、女性騎士団に入団すべく、旅に出る事となり・・・

そして、女性騎士団の守る街へ辿り着き…スノウは騎士団入団をなんとか果たした。


ルシアは、スノウの夢の為に、その身を捧げている。

つまり・・・昼は、スノウの身の回りの世話、夜は踊り子として、家計を支えている。


今のスノウがあるのも、いわばルシアの影響と御蔭と言っても良い。


もっといえば。


スノウは、ルシアのヒモ状態・・・と言ってもいい。


とにもかくにも。無収入に等しいスノウは、ルシアの稼ぎで日々の生活を保っているのだ。


そんな訳で。

生活を保つだけで、精一杯の現状に…目の前のチョコレートは、あまりにも目の毒だった。



(…もう少し頑張れば、騎士として、正式な任務が与えられ、それが終わったら・・・

 定期的に給料が支給される…そうすればルシアが無理をして、働かなくても済む。それまでは…)


それまでは、無収入。甘味は贅沢品。

貴族だった頃は、アレが欲しいといえば、アレが手に入った。


(…我慢だ…ルシアも私と同じく我慢を…!!)


甘味は贅沢品。

だけど、チョコレートはスノウの好物。

だけど、今は、買えない。だって、無収入だから。


”チリンチリン…”



  『ありがとうございましたー!』



「…ん、スノウ、何してんだ?」


そう声をかけたのは、スノウの顔見知りだった。

短い茶髪に、傷がついた鎧。腰には、騎士団の紋章入りの剣。快活な印象を受ける顔立ち。

片手に袋を携えた、先輩騎士”セシリア”が、店のガラスに張り付いている後輩騎士スノウに声を掛けた。


「せ、セシリア殿…。」


泣きそうな表情で、セシリアの持つ袋を見つめるスノウ。


「ん?…ああ、これか?これは…まあ、土産みたいなモ、ン…で…?」


「………チョコ、レートだな…」


その後輩のうつろな眼差しに、さすがのセシリアも気味悪がった。


「う・・・ああ…まあな…って、そんなに人の持ち物を見るなよ…スノウ。」

「…すまない…セシリア殿…。」


セシリアは、すぐにスノウがチョコレートを欲しているのだと気がついた。

気がついた上で、セシリアは、ニヤリと笑って言った。


「…元・貴族にゃ、貧乏はこたえるんじゃないかぁ?ん?裕福なお屋敷に帰ったら、こんなのいくらでも食えるだろう?ん?」


セシリアは、下町の民の出身だった為、貴族出身のスノウにあまり良い感情を抱いていなかった。

こうやって、普段から嫌味ばかりをいう。


「……ルシアと共に乗り越える…全然、辛く等ない…」

一方。

先輩の嫌味など、普段から我慢しているし、今のスノウには全く聞こえない。

目の前には、好物のチョコレートがあるのだから。



セシリアは、頭の隅にスノウと同じ”貴族出身の女騎士”を思い浮かべた。


その女騎士も”チョコレート”は好物だった。

その人物は、強く、美しく、気高い女性騎士団長。セシリア・・・いや、女性騎士団全員の憧れでもあった。


で、その女騎士の好物が、たまたま、スノウと同じチョコレートだったのだ。


セシリアの手にしている袋は、その人物に手渡す為だった。要するに手土産である。

渡して、その女騎士とどうなるかは、この際どうでも良かった。

渡して、その女騎士が、喜んでくれたら、それが何よりだとセシリアは、思っていた。



「…な〜んか、辛そうだな?スノウ。」

「辛くないっ!ルシアも我慢しているんだッ!辛くないッ!」


本当に辛いのは、見ているこちらだ、とセシリアは思った。

涙目で、ギリギリと歯軋りをしながら、元・庶民の自分の手を見つめる元・貴族スノウ。


そして、スノウのあまりにも情けない状態に、セシリアは溜息をつくと

「1粒やろうか?」と言ったのである。


すると、スノウの反応は、思った以上のものだった。

言葉を失い、笑うか、泣くかどっちかもわからない表情で、口をぱくぱくしていた。



「………いらんのか?」


「い、いるッ!!」



「・・・ホレ。」


素っ気無く、セシリアは一粒だけ、スノウに渡した。

本来ならば、貴重な手土産を、こんなヤツに渡したくなかったのが本音だが…。


「……あぁ……。」


スノウは、掌のチョコレートに感動していた。まるで、生まれたての小動物でも抱えているようだった。


「…見つめてないで、とっとと喰えよ。溶けるぞ。」


…セシリアは、良い事をした、等とは思っていない。

むしろ、これで、この元・貴族に懐かれるのはゴメンだと思っている。


しかし。


「…喰えん。」


喜びの表情から一転、スノウは無表情になって、そう言った。

その一言に、勿論先輩騎士・セシリアはムッとした。


「…あぁ…そうかい!…お前は、庶民出身のアタシから貰った施しは受けたくないと言うんだな!?」


「違う。ルシアも我慢しているのだ、私だけこんな贅沢は…許されない…。」


「…あーそうかい…じゃあ、黙って喰えばいいじゃないか。給料でたら、買ってやれば良いだろ。

その方が、あの眼帯メイドも喜びそうじゃないか。」


”昔の恩義があるから”という理由だけで、貴族でもない貧乏騎士のスノウに仕え続けるルシアの事を

セシリアの目からは、単なる物好きのメイドにしか見えなかった。


いや、それより何より。

セシリアは、スノウも気に入らなかったが、スノウとルシアの関係も気に入らなかった。

ルシアの収入で生活しているのは勿論、朝から晩まで何かと一緒にいる。

昼は決まって、ルシアが弁当を持ってきて、スノウは嬉しそうにそれを受け取り、二人でそれを食べる。

そんな光景を、セシリア一同は毎日毎日見せ付けられているのだった。


お互いが、お互いの事を想い合っている…そんな雰囲気を撒き散らしていたのが、またセシリアの鼻についた。



(…どうせ、チョコレートだって、2人で分け合うんだろうな…)



セシリアは、スノウとルシアの関係を、知りたくも無いのに、よく知っている。

自分は、そんな風になれないし、なる事はないと思っているし、こんなバカップルにはなるまいと決めている。


スノウの給料が出る頃には、チョコレートが溶けるほど、このバカップルは盛り上がる事だろう

・・・とセシリアは鼻で嘲笑した。


しかし、そんなセシリアの気持ちを察する事の出来ないスノウは、こう言った。


「…セシリア殿、すまぬが…もう1粒譲ってくれないだろうか?ルシアの分。」


「……。」


図々しい事この上ない頼み事だとセシリアは、スノウを睨んだ。


「…ダメだろうか?」

「これは、人に贈るものだと言っただろう?」

「…そうか…すまぬ。じゃあ、半分こにするか…」


やっぱり、2人仲良く食べる事に変わりないんじゃねえか、と沸々と怒りが沸いてきたセシリア。


(・・・・この色ボケ騎士が・・・!)


・・・一度、コイツには思い知らせてやりたい。

先輩騎士としての意地と、人間としての意地悪な部分が混ざり、思わずセシリアの口から、言葉が出た。


「……スノウ、提案がある。」

「…む?」


「ハヤブサ対決であたしを負かしたら、やるよ。ルシアの分。」

「…よかろう!!」


”ハヤブサ対決”とは、女騎士団の間で、時々繰り広げられる剣の技を競う”遊び”である。


「いいか?ルールは簡単だ。好きなタイミングで、相手に、この薪を投げる。

 そしたら、素早く抜刀し、この薪を細かく切るんだ。」


「…うむ。」


「よし、こっちに投げてみな。いつでもいいよ。」




 ”・・・ヒョイ。”


「…フンッ!」



平均では3等分に切れたら合格、5等分切れたら良い方である、

ちなみに…セシリアには7等分という記録があった。

初心者のスノウには3等分が良い所だ、とセシリアは心の中で笑っていた。



つまり、スノウに勝たせる気等、始めからセシリアには、無かったのである。



たかが、チョコレート。


「……6等分か、チッ。まあまあだな…。」

「…さすがセシリア殿…早い…。」

「…フフン、諦めるか?スノウ…」

「…否。」


されど、チョコレート。


「・・・いくぞー投げるぞー。」

「来いッ!」













    ― 1時間後 ―










「ルシア!開けてくれッ!今、帰ったぞ!」

「はーい…スノウ様…どうしたんですか?」



帰宅したスノウのテンションの高さは、尋常ではなかった。

ボロボロになった廃屋に近い家の扉をそっと開けたメイド、ルシアは、首をかしげた。


「ルシア!喜んでくれ!チョコレートだ!」

「・・・は?」

左目を見開き、右目の眼帯の紐を揺らして、ルシアは、首をかしげた。



「だから!チョコレートだ!一緒に食べよう!」


主である、スノウが喜んでいる理由はわかったが…その経緯が不明だった。

チョコレートが、今の経済状態で手に入るはずが無い。



「どうして、そんな高級なもの…」


…貰い物だとしても、一体誰がくれるというのか…


「・・・それはだな・・・・・・・・・・・あ。」


咳払いをして、説明しようとするスノウの手には・・・チョコレート”だった液体”が、付いていた。


「…見事なまでに溶けてますね…チョコレート…」


残念なまでに、ドロドロに溶けていたチョコレート。


「…私が…愚かだった……」


スノウの両手には、確かにチョコレートがある。しかし、原型はほぼ無い。


「せっかく、勝ったのに…どうして、私は肝心な時に…っ!」


…ルシアには、容易に想像できた。


嬉しさの余り、チョコレートを握り締めて帰ってくるスノウの姿を。

そして、スノウの掌を見ながら、笑いを堪えた。


しかし、スノウはスックと立ち上がり

「待っていろ…もう一勝負して、セシリアに貰ってくるッ!!」

と玄関に向かおうとしている。


ルシアは慌ててそれを止めた。

「す、スノウ様!いいですいいです!」

「だめだ!私より、普段からよく働いているお前が口にすべきなのだ!

 コレは!ルシアは…ルシアは…いつも、私の為に…」


スノウなりの…自分への感謝の意、なのだろうと、ルシアは察した。

スノウの好物なのだから、自分など放っておいて、食べてよかったのに。

涙目になって、悔しそうに歯軋りするスノウを見てルシアは苦笑した。

…純粋で優しいトコは、子供の頃から変わっていないのだな、と。


「…スノウ様…」

ルシアは、スノウの手を優しく取ると、掌を舐めはじめた。

「…ルシア…!」


舌の温かさが、スノウの掌を伝い、指先に付いたチョコレートは、ルシアの舌と唇が取り去ってしまった。

その感覚は、くすぐったく、心地良いものだった。


「………ルシア…すまない…私は、本当に…」

「いいえ、スノウ様。何も言わずとも、解ってます。

すごく甘くて、美味しいですし、何より・・・貴女のその心遣いこそが、私には、嬉しいんです。」


ルシアは、そう言うと指でチョコレートを拭うと、スノウの口元へ運んだ。


「・・・さあ。スノウ様も。」


スノウは、ためらうことなく、ルシアの指を口に含んだ。

口の中に広がるのは、長く口にしていなかった甘み。


「どうです?スノウ様…」

「…溶けても、なお、これだけ旨いのなら、固まっているモノは、さぞ旨いのだろうな…」

「…そうですね。」


スノウは、ルシアが自分の右手を丁寧に舐めているのを見ながら、自分の左手についたチョコレートを舐めた。

「うまいな・・・。」

「・・・はい。」


ささやかながら、これはこれで良いのだ、とスノウは思い、微笑んだ。




「…あー……一体…お前達は、何を、しているんだ?」




2人の背後から、呆れた女の声がした。


「あ、アリッサ団長…!?」

スノウは顔を赤くして、すぐルシアから離れた。


「・・・邪魔、したな。スノウ。」


女性騎士団・団長アリッサ…つまりスノウの上司である。

銀の甲冑に身を包んだ、長身の美女で、赤茶色の長い髪の毛を揺らして、家の戸口に立っていた。

「あ、い、いえ!そ、その・・・」

ルシアはというと、慌てる事無く、ニコニコしていた。


「どうしたんですか?アリッサ様。」


アリッサは、やっと話が出来ると言いながら、ツカツカとルシアの前に歩み寄った。


「…ルシア、頼みがある。マントを縫ってくれないか?破れてしまってな…。

 恥ずかしい話だが、私は縫い物が出来ないのだ。」とマントを差し出した。


「…ええ、良いですよ。」

ルシアはマントを広げ、裁縫道具を出した。



「…これは…随分とひどい破れですね?」とルシアはアリッサに向かって意味ありげに笑った。

「だろう?引っ掛けてしまってな。」とアリッサもルシアに向かって意味ありげに笑った。



「それより、スノウ…どうしたのだ?お前の掌のソレは。」

「・・・・・・・う・・・。」


アリッサに掌を指摘されたスノウは、先程より顔を真っ赤にした。

上司に、ルシアとの”掌ぺろぺろ”を見られてしまったせいだ。


「こ、これは…なんでもないッ。手を洗ってくる・・・!」と言い残し、外の井戸へと向かった。

「フフフ・・・そうか、そうか。」


「…アリッサ様、スノウ様をあんまり、苛めないで上げて下さい。」


「そうか?随分、幸せそうじゃないか…妬けるぞ。義賊クリムゾン。」

「…今は、ルシアです。アリッサ様」



「ところで…この間の話だが、考えてくれたか?」

「…何の話ですか?」


「オマエも、騎士団に入らぬか?という話だ。スノウも喜ぶだろう。」


「いいえ、騎士は私の道ではありませんので。」

「…家事に、夜酔っ払い相手に踊る事が、お前の道か?」


アリッサは、やや口調を強め、ルシアを見つめた。いや、見つめるというよりは、睨むに近い。

しかし、ルシアは、アリッサの目を見る事無く、マントを微笑みながら縫っていた。


「スノウ様には、恩義があります。

 スノウ様が、私を求めているのではありません。…私が、求めているんです。

 あのお方の傍にいて、お世話する事、今はそれで良いのです。」


「…スノウを守ること…それがお前の道、か…。」


「ええ、スノウ様は…自分の事をうっかり忘れるような方ですから。」

「…確かに…。」


「愚か、かもしれませんが…。私は、あの方の為なら…死ねます。」

「…なるほど。見習い騎士の為に死ねるという人間は、騎士には向かんと言いたいのだな…」


「ええ。私は、もう・・・万人に優しくは出来ません故に。」


「…ルシアー!タオルはどこだー?」


遠くで、スノウの声がした。早速、自分の為の事を忘れていったらしい。


「早速忘れおったな・・・あの小娘騎士は。」


タオルも持たずに、井戸に手を洗いに行ったスノウに、アリッサもルシアも苦笑した。


「はーい、只今お持ちします!・・・さあ・・・アリッサ様、できました。」

「…すまんな、ルシア。礼を言う。ああ、そうだ…貰い物で悪いが…これくらいしか、礼が出来んのでな…」

と、アリッサは小袋をルシアに差し出した。

その小袋からは、スノウの掌についていたものと同じ匂いがした。



「アリッサ様……これ、もしかして…チョコレート、ですか?」

「・・・ああ、好きだろう?”舐める”ほど。」


チクリと刺すように、アリッサはルシアに笑いかけた。


「……マント…何で”切って”きたんですか?アリッサ様。」


ルシアも負けずに、ニコリと笑った。


破れたという割には、アリッサのマントに、糸の”ほつれ”は見つからなかった。

明らかに、鋭い刃物で斬ったものだった。


「…フフフフ…さて、な……良いから、受け取れ。」


「……では、ありがたく頂戴いたします。」


アリッサは、ルシアの右側の眼帯を見つめた。

眼帯の奥には、赤い宝石のような…美しい眼がある。


かつて、悪事で儲けている大金持ちから金品を奪い、貧しい家々に、それらを振りまいた・・・

『義賊・クリムゾン』の瞳。…クリムゾン、その名の由来は、勿論、右の赤い瞳からだった。

風のような身のこなしに、相手のいつも斜め上をゆく頭脳を持つと呼ばれた伝説に近い泥棒。


だが現在、そのクリムゾンは、ルシアという名で新人騎士の世話をしている、只のメイドにすぎない。

日々の生活も、彼女はちゃんとした”労働”によって得ている。

夜に酔っ払いを相手に踊る。(勿論、ルシアに手を出せば、もれなくスノウの剣が出てくる。もしくはその前に、ルシアの蹴りが飛ぶ。)


それを知っているのは…スノウと、このアリッサだけだ。


「クリム…いや、ルシア。もし、気が変わったら言ってくれ。

お前のような”頭の切れる”騎士がいたら、万人が救われるかもしれん。


 ・・・では、失礼する。」


「………お気をつけて。アリッサ様…。」


ルシアは、自分の主君の上司に頭を下げた。

井戸の傍にいたスノウに、ルシアはタオルを差し出した。



「・・・お待たせいたしました、スノウ様。」

「…ルシア、団長のマントは縫えたのか?」

「はい。スノウ様…それから、これを。」


ルシアはアリッサから手渡された小袋を、スノウに渡した。

スノウは、その袋に見覚えがあった気がしたが、とりあえず、開封してみた。


「…ん?…チョコレートではないか!!」

「アリッサ様が下さいました。」


「お、おおおおッ!!」


なんと可愛い主だろうか。ルシアはそう思った。

この可愛い主以外の為に、この命を投げ出す事など…愚かな事は絶対にしたくない。



「だ、団長が…なんという幸運だろうか!ああ、明日お礼を言わなくては…ッ!

いや、ルシア、お前の裁縫の御蔭だッ!本当に…お前は、なんでも出来るな!」


たかがチョコレートに悔し泣き。

たかが自分の為に先輩騎士と対決し。

そして、たかがチョコレートの贈り物で、この人は、こんなに笑ってくれる。


それが、とても嬉しい。


この主君の笑顔を見る度に…ルシアは思う。


・・・この人と共に、生き、そして死のうと。



「では、私はお茶を…」

「…ルシアは食べないのか?」


可愛い主に、メイドは微笑む。


「…私は、先程のチョコレートの味が忘れられませんので。」

「…む……よせ。ルシア…恥ずかしいだろう…っ!!」


チョコレートの甘い香りと共に、2人の夜が更けて行った。



バカップルがチョコレートと同じくらい甘い会話を楽しんでいる頃。




「団長、酷いじゃないですか。人に…しかもよりにもよって、ヤツにあげるなんて。」

セシリアが、口を尖らせて抗議していた。


「酷いのはお前だろう?セシリア。チョコレート程度のものを、部下に2粒しかやらんとは。

 ・・・しかも、オマエ得意のハヤブサ勝負にまで負けて…。」


アリッサは、マントの縫い目を見て笑いながら、夜道を歩いていた。

後ろから聞こえてくる部下の抗議・言い訳等、BGM程度にしか聞いていない。


「そ、それは!……ゆ、油断しただけです。」


団長のアリッサから、先輩騎士として情けない、と言われたみたいで、セシリアは気まずい顔をしていた。

セシリアには、まだまだ気まずい思いをしている理由があった。


自分の得意分野ハヤブサ勝負に負けたのを、一番知られたくない人物に知られてしまった事。

手土産のチョコレートを渡した途端、そのまま真っ直ぐ、勝負に負けた後輩の元へ、届けられてしまった事。


「…7等分か…スノウは、鍛錬をよく行っているようだな。新人とはいえ、腕は上がっている。

次回の任務には、経験ついでに連れて行こう。」

「な!?・・・スノウは、まだ新人ですよ!?」

「フフフ・・・面白いじゃないか。スノウには、もっともっと経験を積ませて、早く成長して欲しいのだよ。」

「・・・そんな・・・」


・・・自分を見て欲しいのに、その人は、よりにもよって自分の嫌いな…他の女を見ている事。



「そ、そうだ!だ、団長!それよりも!

 団長、好物じゃなかったんですか?あの店のチョコレート!だから、あたしはですね…!!」


確かにセシリアは、気軽に”手土産です”としか言わずに渡したが

それは、アリッサがチョコレートが好きだからと聞いて、渡したのであって

よりにもよって、大嫌いな後輩の”バカップル”の元へ配られるとは、思ってもいなかった。

・・・正直、そのショックは、大きい。



「…フッ……あんな話を、本気にしたのか?…セシリア。」


アリッサの背中は、笑いが混じった言葉が飛んできた。


「…う、嘘だったんですか!?団長!!」


思わずアリッサの前に回りこんで、セシリアは大声で聞き返した。

しかしアリッサは、余裕の笑顔でこう言い放った。


「ま、お前が持って来た貢物の中で、一番マシなものだった。一応、役にも立ったしな。」


「だ…団長…人が悪過ぎ…。」


「…お前が持ってくるモノは、大抵、役には立たんからな。役に立ちそうな物を言っただけだ。」


「ひ…酷…ッ!!」


前々から、何かとアリッサに物を貢ぐような真似はしてきたセシリアだったが…

その贈り物は『要らない』と言われているみたいで、少し・・・いや、かなり凹んだ。


黙り込むセシリアに、アリッサは初めて振り返って、言った。



「お前の贈り物は、お前の”誘いの口実”の役には立っても、私の興味を引く役には、全く立たんという意味だ。」


「・・・・・・・・・・。」


「わかったら、私への下らん貢ぎ物への無駄遣いは止めて、私を直接飲みに誘うくらいの気合を見せろ。セシリア。」


そう言って、アリッサは再び歩き出した。

セシリアは、数秒ぽかんと口を開けていたが、すぐに思考を整理すると駆け出した。



「…だ、団長…ああもう……まいったなぁ…。それが出来たら苦労しないのに…ああもう!!

わかりました!待ってください!団長!じゃあ!い、今からでも、飲みに行きましょうッ!」


「フフフ…よかろう…1杯だけ、な。」

「・・・・・・ぃよしッ!!」







…結局、この街には…バカップルしか、いない…………のかもしれない。






 ― END ―


2009.11.02.・・・色々、修正しました。



えーと、更に、説明を加えますね。


タイトル無しその1…の話から、約1年程経過してます。

今回は、西の国にある、女性騎士団になんとか入団出来た主人公・スノウと元・義賊メイドのイチャイチャSSです。



キャラ説明も一応加えますと…。


「スノウ」(主人公)

元・お嬢様だから、貧乏生活も騎士としての修行も初めてだらけ。一応、才能はあるらしく、新人騎士として、有望視されています。

でも、新人見習い騎士の為、給料は無し。その為、日々、厳しい鍛錬と、ルシアのヒモ状態の生活。

ルシアが大好きで、8年越しの想いを遂げられて、一緒に過ごしているだけで満足という、幸福な毎日を送ってます。

長く綺麗だと評判だった金髪は、本人の念願叶って短く切ってしまいました。


「ルシア」(元・泥棒クリムゾン…現在メイド、というか収入源)

”ねずみ小僧”みたいな義賊だった過去を持つメイドさん。眼帯をして、クリムゾンだった過去を隠しながら働いています。

スノウの御蔭で、今の自分があるので、スノウの為ならなんでもしますし、スノウの夢である騎士としての活躍を一番傍で見守ります。

アリッサ団長には、クリムゾン時代の実力を騎士として、生かしてみないかと誘われ続けてますが、本人は断ってます。

彼女は、スノウ以外の傍にいる事は望みません。



「セシリア」(スノウの先輩騎士)

庶民の女から女性騎士団に入団した、実力者の成り上がり騎士。腕は確かです。

ですが、元・貴族のスノウの事はあまり好きではありません。何故ならば…

スノウとルシアのイチャイチャっぷりを毎日見ている事と、団長に可愛がられるスノウにイライラしてるからです。

そして、団長のアリッサが大大大好きなのですが、フラれてばっかりです。



「アリッサ」(女性騎士団 団長)

スノウと同じ貴族から騎士になった女性です。実力は勿論、騎士団で一番です。

時に厳しく、時に女神のような優しさを持っているので、騎士団の中でも憧れの的で、とてもモテます。

元々、女性騎士団への入団は厳しいのですが、スノウの入団が許可されたのは、実はこの人の独断です。

本音を言えば、ルシアの方を騎士にしたかったようですが、最近はスノウの実力にも興味を示しています。

それから、部下のセシリアの気持ちには気付いていますが、特にどうこうするつもりは無いようです。



・・・と、いう感じの設定なんですけど・・・。

SS書いてみて、思ったのは”読みきりにして良かったよね”という感じです(笑)

・・・その3は、あるのかは・・・どうでしょうね〜あははのは。