[ 因果と結果。 ]


※注意 このお話は、フィクションです。実際の人物・企画・その他のもろもろのものには一切関係ございません。

ございませんってば、本当に。



「アレだよぉ〜…あ、俺まァたアレって言っちゃった…。最近さ…俺、アレが出てこないんだよ。

 えーと…あれ…あれ……あ、主語が出てこないんだよ。」


「はあ…で、編集長…お話というのは。」


僕の名前は上田。

まだ編集者としては、使い物にならないと言われる程度の新人だ。

新人なんだから仕方ないなと思いつつも、この上司の態度には少しムカついていた。


「お前さー…アレに決まってるじゃん。察しろよ。馬鹿じゃねえの?」


訂正。この上司の態度には、凄くムカついていた。



「スイマセン…あれ、と言われましても…僕は…」


「ははァん…お前アレだろ?ゆとり★だろ?な?」


・・・何かと”ゆとり”を連呼する、この上司。

言いたいだけだろ?『ゆとりだろ?』って…馬鹿にしたいだけだろ?…大体、年代からして違うんだよ。

この間なんか、同僚と話している所に割り込んできて”中二病だな、お前ら”と馬鹿にした。

何かのキーワード言いたいだけなんだよ。こいつ。


「…すいません。」


「…まあいいや。あのさぁ〜…ウチもそろそろ”百合”を取り扱おうと思ってんだよ。」

「はあ…百合、ですか。女の子同士の…」


「で…だな。上田。」

「はい。」


「定番を押さえておけば、失敗しない。いいか?定番を押さえろ。作家共と打ち合わせする時は、定番を押すんだ。」


「定番…ですか?」
(なんでも見下すんだよ、この人…。)



「例えばだ…百合にも色々ジャンルがあるんだよ。まず…”王道”な。」

「はい…あ、女子高が舞台とか…ですか。」


「そうそう。現実にありもしない話だよ。女子高の女なんてなァ、性質が悪いぜぇ…

女子高出身だって言うから、男知らないと思って付き合ってみたら、いやー…もう、純情のじも無い、がめつい女でさ…

色気もなにもないし、愛想も肌の艶と一緒に無くなっていく一方だよ。

まあ、俺の今のカミさんなんだけどなァ・・・最近なんか・・・あーホント、結婚失敗した。」


(・・・うーわー家庭の愚痴こぼし始めた・・・この人、最低だ・・・。)


僕の思いを知ることも無く、編集長はそのまま僕に定番を教え続けた。


「んで…”リアル系”な。」


「リアル系?」


「そうだ。よくあるだろ…女が好きって事に、悩んだり、周囲の人間が過剰反応してイジメられるって展開な。

もしくは、男と寝まくって自分の性癖探しの尻軽女バージョンとかな。本当にいたら便利だけどな。

こういうのは、性描写が間違いなくカットインな。で、大抵最後、どっちか死ぬんだよ。

これはなァ…読者の好みが真っ二つに分かれるんだよ。俺は、性描写あればあるだけ良いと思うんだけどな。

梨絵ちゃん(中堅編集者)は、そんなのダメです!って言うんだよ。」


「…はあ…。」

(この人、本当に編集長なんだろうか…なんというか、雑だな…全てにおいて。)



「…あと、ギャグ系な。これは必ず入れる。」


「あ、そうですね。4コマは必ず入れますよね。」


「まァ…俺は一度も笑ったこと無いけどな。レズで笑える事なんか一つもねえよ。

 あの…アレだ…゛ゆるふわ4コマ★”って書いておけば良いんだよ。笑いなんざ、テメエで探せってんだ。」


「………。」

(この人、なんで編集者として生きていられるんだろう…。)


「あと、ダーク系な。」

「ダーク…?」


「アレだよ。病んでるとか死ぬとか、キーワードガンガンだして、最終的に心中だ。もしくは片方だけ死ぬんだよ。

時々こういう話入れねえと『最近、ハッピーエンドばっかりですね、切ないの読みたいです』

ってキモイコメントが読者ハガキで届くんだよ。」


「…えぇ…」

(どんだけ読者ないがしろにしてるんだ、この人・・・。)


「あと、ファンタジー系な。」

「あ、はい…。」


「獣の耳とか、魔法とか、現実世界に無いもの遠慮なく使えるからな。姫とか、女戦士とか、そういうの好きそうなヤツ…」


前々から癇に障る人だとは思っていた。

僕はまだ新人だ。自分の仕事で、何がしたいかもまだ手探りでわからない。

だけど、こればかりは、ハッキリ解る。


この上司みたいな人間には、なりたくない!




「編集〜長〜…奥さんからお電話でーす。」



「あ、上田ちょっと待ってろ…………おう、俺だ………


 ………え?離婚?」


その瞬間。ピタリ、と編集室の時間が止まった気がした。

僕はすぐに横を向き、編集長は僕ら他の編集者に背を向け、屈んだ。



「馬鹿、おま…なんで、今…そんなの俺が家に帰ってから…


……は?お前、どこにいるんだ?…実家か?………知らないって事無いだろ!?」


どうやら状況は、最低最悪らしい。ただし、編集長にとっては、だが。

これこそ、報いだろう。



「…とにかく、話し合おうよ…な?……離婚届置いていかれても困るよぉ…小町(3歳の娘)はどうするんだよぉ…」



僕は、編集長の後ろ姿を見ながら、思った。


『ざまあみろ』・・・と。



編集長の奥さんの選択は、素晴らしい!と僕は思い、心の中で賞賛した。


「・・・くすっ。」


僕の後ろでは、電話を繋いだ先輩編集者の梨絵さんが、同じく”ざまあみろ”と笑っていた。


梨絵さんは、イタズラっ子のように笑っていた。なんて可愛い年上の女性だろう。僕の憧れだ。



(ん?まてよ…電話を受けた梨絵さんが、あんな風に笑うって事は…)


僕はその時…やっぱり梨絵さんも編集長の事、嫌いだったんだな…程度にしか思っていなかった。



ところが。



その3ヶ月後、離婚した編集長の奥さんが、梨絵さんと一緒に暮らしているらしい噂を聞いた。




僕は、あの日の梨絵さんの嬉しそうな顔の理由が…その時、わかった気がした。



だが、誰も編集長にその事実を教えるヤツは、いない。

彼はそれほど、他の編集者に嫌われているのだ。


・・・でも・・・ショックだった。


どーりで、梨絵さん…嬉しそうな訳だよ…。

恋人が、やっと…フリーになるんだからね。



・・・嗚呼・・・僕は”まだまだ”だ・・・。



 ・・・end・・・






  [ 始動と行動。 ]




初めて会った時、まず戸惑った。


私と歳は少ししか変わらないハズなのに、彼女の輝きは暗くて鈍くて。

服も髪型も、一昔前で、異性なんか惹き付けられないのは丸分かりで。


女として終わっている、と誰かが言った。

…よりにもよって、永遠の愛を誓った伴侶がそう言って下品に笑うのだ。



違和感を感じた。



女は終わるもんじゃないでしょ。



大体…彼女は、終わってなんかいない。



「…お疲れ、ですか?」


「あ、どうも…」


私から声を掛けた。


彼女は心底憂鬱そうな…辛気臭い顔で会場の隅にいた。

目に付くといえば目に付くのだが、誰もが彼女の存在に目をそらしていた。


彼女の隣にいるべき人間は、作家先生にぺこぺこ頭を下げたり、新人の編集者の足を踏んだり蹴ったりしていた。


「大変ですね、奥様も。」


そう言いながら私が、オレンジジュースを渡すと、彼女は少しホッとしたような顔をした。


冴えない横顔。

まず、リップの色が合っていない。ファンデーションも白すぎる。


「…いえ、仕事をしているのは、旦那ですから。」


遠い目でそう呟くように言う彼女は、寂しさは感じられなかった。


それは、空しさ。


どうして、ここにいるんだろう。自分なんていなくてもいいじゃないかという…自分の存在への空しさ。


そんな風に、同性の私は彼女の感情を読み取った。


「そうでもないですよ。仕事の中にも楽しみはありますし…

 なんでもかんでも、仕事してるからって肝心な事放っておくような人間に…」


私は、そこでピタッと口を閉じた。


「それ、私の主人の事ですか?」


少し怒らせてしまったようで、彼女は明らかにムッとしていた。


感情を出した方が面白い。


私は、社に持ち込んでくる新人漫画家の約6割にそう言う。

キャラクターの表情をもっと生かせ、と。


だから、私はその為の演出を口にする。



「…ええ。貴女のご主人は、部下の私から見て、最低です。」


キッパリとそう言ってやった。

鬼の形相になった彼女にジュースをぶっ掛けられるか、ビンタが飛んでくるか。

…いずれにせよ、彼女の本気の顔が見てみたくて、私は内心ワクワクしていた。


・・・例えて言うなら、好きな子をわざわざ虐めてみたくなる、あの稚拙な感情に似ていた。


ところが


「…でしょうね。」


彼女は何もせず、ただ笑った。


旦那の事ではない。自分自身を笑ったのだ。

あんな旦那を選んでしまった自分を憎み、そして笑っていた。


これも、私が勝手に読み取った彼女の感情だ。



でも、多分・・・合っている。


そういう自信が、私にはあった。


「菜々さん…私、新垣梨絵といいます。」


私は彼女を”奥さん”ではなく、名前で呼んだ。

奥さんなんて呼んでたまるもんですか。


「……覚えてます。初めて会ったのは…一昨年の受賞パーティーでしたね。貴女、綺麗だから、よく覚えてるわ。」


私は、彼女に覚えられていた。

それもとびきりの好印象で、彼女の記憶に残っていた。


こみ上げる笑みが、止まらない。


編集長は、あいかわらずぺこぺこしている。

私は彼女の前に立ちはだかり、彼女視界全てに私を見せた。



「それより…菜々さん、今度…女同士で一緒にFショッピングモールへ出かけませんか?

 …そうだ、なんでしたら小町ちゃんも一緒に、女だけで買い物でも。」


「え・・・・?」


「小町ちゃんも好きなんじゃありません?『スウィーツ魔女だんごちゃん』」

「え、ええ…よく知ってるわね…」


「…なら、きっと小町ちゃんも楽しめますよ。『だんごちゃん』の作者が

 Fショッピングモールの近辺に住んでいて、今、ちょっとした町おこしになってるんです。

 商店街も”だんごちゃん”まみれなんですよ。」


「そうなの…?」



「・・・それに・・・」




編集者は、埋もれた原石を発掘して磨くのも仕事の内。

・・・仕事をサボったあんたが悪いのよ、編集長。



「うちの女性雑誌記者、おススメの良いお店があるんですよ。行きましょう。」


私は彼女の手に、自分の名刺を握らせた。


「…どうして、私みたいなのを…?」


戸惑う表情、何もつけていない色気の無い爪。

早く彼女をこの会場から、あの男から引き離したいと思った。



…まず、買い物に行こう。

美容院に行って…化粧品も良いのを選ぼう。きっと新色のアレが、似合う。

服の好みを聞いて、出来る限り…彼女の理想を追求させてあげたい。



その”ついで”で構わない。


・・・私を、好きになってくれるのは。




自分の願望を押し殺して、私はゆっくり囁くように言った。



「・・・そこには是非、菜々さんと、行きたいって思ってたんです。私。」




その時…彼女が頷いた瞬間の私の表情を

菜々さんは、昨日の事のように覚えているという。




 『まるで、何か仕掛け終えた…イタズラっ子のようだったわ。』・・・と。






 ― END ―



あとがき


色々、酷い内容でスイマセンでした…定義とか細かい事は、無視して書いたものに

奥さんと梨絵さんバージョンを加えてみました!梨絵さんはプライベートでもヤリ手ですよ、と。

もう前半がどうにも酷くって…酷くって…(苦笑)

しかし、酷くしないと、ざまあみろ!という感じになりませんからね…。



あと、本当に誤解されがちなんですけど…神楽は、百合大好きですからねッ!!