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[ 過ちから学んだ大人の対応 ]






「・・・いつまで、一人でいる気?」

真奈美のいつもの問いが始まった。


「この先、ずっとじゃない?楽だもん。」


私はそう答えた。


真奈美と飲みながら話していると、大体最終的に、この話になる。


30代になって、恋の話よりも病院や年老いた親戚の不幸の話が増えてきた気がする。

乳がん・子宮がん検診は今年の分は受けた。

胃や腸系もヤバイらしいよ、と会社の同僚は言い、同級生の友達は厄年の御祓いの話をメールで送ってくる。


将来どうなるかわからないって言っていた、あの頃はまだ”どうなるのかな?”って期待が含まれていた。

でも、今は将来に思う事は、色々な検診のタイミングや有給の使い道の予定であって”きっとこうなるだろう”という、期待が一切含まれない、ただの予想になっていた。


「一人で老人ホーム入居?」

真奈美が笑いながら、笑えない冗談を言う。

「認知症が先かもしれないわよ。」

私も笑えない冗談で返す。


私と真奈美は、大学の時から親しくしている、独身友達だ。

真奈美は、地元の同級生も知らない、私の黒歴史も知っている。


「それとも・・・まだ、引き摺ってんの?」

「あーもう、何度も言うけれど気の迷いだったのよ。

女なんかと付き合って、遊べる大学生活を4年分捨てたようなもんだわ。無駄だった。」


私は大学生の時、女と恋に落ちた。

性別なんか全然気にならなかった。

むしろ、彼女が女だからこそ、好きになってしまったのかもしれない。

同じゼミになり、彼女の言動はしっかりとしていて、誰に対してもきちんと意見を言い、論破してしまう姿は格好良かった。

憧れは恋心に変わり、彼女はそんな私の視線に気付いていた。


「無駄なんて言うもんじゃないわよ。明乃はアレで、ちゃんと学んだじゃないの。」


真奈美はそう言うが、私にとっては汚点でしかなかった。


「同性愛が純愛だって、誰が言ったんだよ。男でも女でもゲイでもレズでも、浮気するヤツはするんだよ。しょうもない。」


私はそう吐き捨てた。

思い出したくもない、思い出。


彼女と付き合い始めて、お互い卒論で忙しくなり、会う時間が減っていた時。

こっそりと差し入れを、と思って彼女の部屋を訪ね、ドアを開けた瞬間。


・・・まあ、ベッドの上で・・・彼女と別の女が”指遊び”をなされていた訳で。


「ホント、マジで今でも恨んでるよ・・・私が買ってやったベッドでヤりやがって・・・私がそう言ったら、あの論破女が言ったの。

”じゃあ、床ですれば良いの?大体、人の家に来る時はアポを取るのが常識じゃないの?”って開き直りやがって、アホだろ。

アホにアポ取る必要ねえだろって殴ってやったわ。」


「・・・ああ、ホント・・・明乃のトラウマを植え付けた、その論破女がk.o.される所見たかったよ・・・。」


真奈美はそう言って苦笑して、話をまた蒸し返してゴメンと言った。



私はそれでも一度は彼女を許そうと思い、復縁を申し入れた。

大学生活全て、4年間の付き合いがあんな事でパアになるのが嫌だったのだ。


いや、このまま一人でいるよりはマシ、という思いに近かったのかもしれない。


しかし、論破女の答えはNOだった。

拒まれると、私は自分が悪かったのかも知れない、という錯覚まで起こし、何度も何度も謝罪して復縁を頼み込んだ。

ストーカー呼ばわりされ、卒論もお前の人生も危ういと真奈美が止めてくれるまで、私は錯覚を起こし続け、気が付けばボロボロになっていた。



その女じゃなきゃダメだという理由は、その時そんなに明確ではなかった。

ただ、別れて今日から一人になる、という事実を受け入れたくなかっただけなのだ。それを悟るまで、何ヶ月かかっただろうか。

とにかく、その女に拒絶をされてからは、悶々と悩みまくって、振り切れるまで悩み続けた。


そして、ある日突然、それはぷちんっと切れてしまった。


私は何をしているんだろう。あの女の事をこんなに考えるなんて、どうかしている。もうやめようって。



「とにかくね、ホント・・・疲れたの。あんな人間一人の為に、私は精神はボロボロになって、金をドブに捨てて、ストーカーに落ちる所だったのよ。」

「結構、貢いでたもんね・・・。」


「・・・あの女の事を忘れる為に、私、部屋にあった荷物の殆どを泣きながら捨てたからね。見てたでしょ?」

「うん・・・●フォーアフター見てるみたいだった。」


「アレを、今この歳になってやる気は無い。男だろうが、女だろうが。

寂しいのは我慢できるけど、寂しさを他人から与えられるなんて、もう御免よ。

恋人との符合しやしない将来の微調整なんて、もう二度とするもんですか!!」


「あははは、すっかり捻じ曲がって・・・かわいそうに。」


真奈美はそう言って、私の頭を撫でた。


「・・・もう、そろそろいいんじゃないの?」


真奈美はそう言って、私の髪に触れ続ける。

私は、ふと腕時計に目をやり、声を上げた。


「あ!もうこんな時間。」

「あら、ホント。終電大丈夫?明乃。」


そそくさと私達は帰り支度をすると、カウンター席から降りた。


「うん、大丈夫。じゃ、真奈美、またね〜」


真奈美はニッコリ笑って、タクシーを捕まえていた。

走り去っていくタクシーを見送って、私はふうっと溜息をついた。



真奈美は、気付いていないかもしれない。

いや、気付いている上で、私と一緒にいるのかもしれない。



あの日、私が論破女に買ってやったベッドの上にいたのは、論破女と真奈美だった事。



私が入ってきた時、論破女が先に私を察知して、咄嗟に相手の女に布団を被せてしまった為、ベッドにいた女が真奈美だという確証は無い。

私はすぐに寝室から追い出され、玄関先で口論をした。その隙に、身支度をして窓から逃げる事だって出来た筈だ。


真奈美はずっと私の友達として、傍にいる。

あの日、ベッドの上にいた女が真奈美だと知ったのは、私が勝手に論破女の部屋に入った時に見つけた、真奈美の下着だ。


論破女と真奈美が、その後どうなったのか、私は追及しない。

下着を見つけた瞬間、熱は冷めた。

論破女は私の友達を食い、真奈美は、友達より友の恋人との火遊びを選んだ。


それが結果であり、それらを見抜けなかった自分が何より愚かに思えた。


私は・・・恋人と友から寂しさを与えられた。

大学生活で得たモノは、失った。


私に、あの女の話を会う度に振ってくるのは、私が今も一人だという確認をしたいが為なんだろう。

それとも、私の恋人を盗ってやったという優越感に浸りたいから、毎度話すのだろうか。




「・・・それで・・・いつまで”一人のフリ”をしてるつもり?」


皐月がパジャマのボタンを外しながら、半ば呆れているような顔で、そう言った。


私は、正直に今日一緒にいた人間とのやり取りを包み隠さず報告する。

皐月は結構ヤキモチ焼きなので、私は話すようにしている。


「いつまでって、あっちが”あの時ベッドの上にいたのは私です”って言うまで。」


私は意地の悪い笑顔を浮かべて、そう言った。


「アキちゃんは、もう皐月のモノなんだし、そのベッド女より勝ち組じゃん。」


皐月はそう言うと、むっとしたような表情を浮かべて私の背中に胸を押し付けた。

勝ち組、ね・・・いかにも高校生らしい考え方だわ、と私は苦笑する。


「勝ち負けの問題じゃないのよ。」


私が一人ぼっちを装い一人のフリをしている限り、真奈美は一人のまま過ごし、私に会う。

それでいいのだ。


「ねえ、アキちゃん・・・私さ、その真奈美って人・・・もしかしてアキちゃんの事、好きなんじゃないかなって思うの。」


突拍子も無い事を言い出す教え子に、私は笑って答えた。


「うっそー?どうして、そう思うの?」


「例えば、アキちゃんをフリーにする為に、勝ち目のない論破女を自分に惹き付けて別れさせる、とかさ。」


そう言って、皐月は真奈美と同じように私の髪の毛を撫でた。

真奈美に頭を撫でられた時と違って、不快感が無い。



「・・・そう?」



皐月は、本当に頭が良い。

あの論破女みたいにバレるような雑な浮気もしないで、ちゃんと隠し切ってくれるだろう。


「そうだよ。アキちゃん、すごく綺麗だもん。」


「お世辞を言っても来週のテスト問題は漏らしませんからね?生徒会長。」


皐月は、笑って私を抱きしめてくれた。

17歳とは思えない程の思慮深さとヤキモチ焼きな所が可愛らしくて仕方がない。


「いざ復讐となったら、言ってね?皐月が、その女の目の前でアキちゃんとキスして、涙目にしてあげる。」


「・・・例え、そうだとしても、私はずっと真奈美の前では一人だって言い続けるわ。」


それが、大人の対応ってモノだもの。


私は電気を消して、皐月にキスをした。

明日は開校記念日で休みだから、皐月とずっと一緒にいられる。


「ところで、その女…相手はいるの?」

「真奈美?いないよ。いる訳ないじゃない。」


「ふうん…ずっと報われぬ片思いの刑、か。」


皐月がそう言ったので、私は心の底から感心して言った。



「いいネーミングね。」


私は皐月とキスを交わし、ベッドに沈み込んだ。





・・・ああ、私は、真奈美と違って一人なんかじゃない。






 [ 過ちから学んだ大人の対応 ・・・ END ]




あとがき

”大人”ってなんでしょうね?

育ちきった女のきったねえ所(笑)が、結構好きな私です。

こういう系のSSだと、皆様コメントに困ると思いますが、私好きで書いております。(笑)