自分には無いモノを持っている人間に、私という人間は惹かれるようだ。

それが、私こと、飛田瑞穂の場合・・・瀬田悠理という人間、だった訳で。


「瑞穂、さっきの授業だけどさー。解った?」


瀬田悠理が少し困り顔でやってきた。先程の授業の事だろう。


「ああ、結構飛ばしたね。解りにくかったし。多分、教科書の進行状況が遅れてるせいだと思うけど。」


そう言って、私は教科書のぺージをパラパラとめくってみせる。

他人に対し、自分より年が下な人間・・・しかも、学習意欲がとてもあるとは言えない、大人数に一度に物事を教えるのは大変だとは思う。

同情もする。

しかし、あまりにも教師側の都合に合わせただけの授業展開に、私はやや呆れていた。

理解しようにも、出来ないし、やる気だって削がれる。


・・・こちらもこちらで大変なのだ。大学進学がかかってるんだし。


「望実は望実で、諦めて寝ちゃってるし。」


そう言いながら、瀬田は苦笑していた。その視線の向こうには、机に突っ伏している野原望実がいた。

早すぎる授業展開についていけなかったんだろう。


「まあ、望実だし。」


(そういえば、瀬田、随分日焼けしたな・・・。)


教室は女子だけだった。皆、制服のボタンを外して、だるそうにノートで風を送っている。

だけど、瀬田は一番上のボタンを一つ開けた位で、それ以上の制服の乱れは無かった。


瀬田は、今まで白くて細くて、病弱そうなイメージがあったけれど、今はそんな感じはしない。

以前の瀬田は、外を出歩くのを避けていたし、本人も日焼けしたくないと言っていた。

うっすらと黒くなった健康的な肌。指摘したら、きっと瀬田は嫌がるだろうけれど、それもそれでよく似合っていた。


(・・・あ。)


私はふと、気がついた。


「瀬田、携帯変えたんだ?」


瀬田の新しく赤い携帯には、コアラの携帯ストラップが揺れていた。


「あ、うん。ちょっと見に行ったらね、なんか気に入っちゃって。

店員さんも、すごく親切で・・・あと、今ならキャッシュバックとか色々特典つくって言われちゃって、いいんじゃない?って話になってね・・・。」


そう言って、気恥ずかしそうに瀬田は笑った。


その表情で、なんとなくだが察してしまう。

日焼けするほど外出した理由も、今月のお小遣いが厳しいとか言ってたのに、大人しい瀬田っぽくない赤い携帯を選んだ理由も。


(藤宮さん、かな・・・。)


長身の、いかにも大人って感じの、あの人。


出会った頃の瀬田よりも、今の瀬田は楽しそうに見えた。

それが、私という友人ではなく、他の人間のせいだというのが、少し悔しい気もするけど。


人の不幸を望むより、祝福する方を私は選ぶ。


「藤宮さん、元気?」

「え?あ・・・うん。」


瀬田は、にっこりと笑って答えた。

異母姉妹とはいえ、父親に関係がバレて反対されているから、制約や苦労も多いだろうけど、瀬田は紛れもなく幸せそうだった。


(藤宮さんには、敵わないなぁ・・・)


つくづく、そう思う。

友人関係の一つでしかない私じゃ、瀬田の気持ちをフォローするのも、やっぱり限界があるんだな、と思い知らされる。


あの人の中から出てくる、あの人の声で発せられる言葉じゃなければ。

似たような言葉を発しても、納得や共感を呼べても、きっと・・・瀬田の気持ちを私の方に向ける事は出来ない。


まあ、今となっては無理にこっちに向けようとは考えなくなった。

納得の上の諦め、というべきか。


・・・いや、でも。


瀬田をさらっていった藤宮さんに対し、まるっきり何も考えていないって訳じゃないけれど。



すると、教室に大きな声が飛んだ。



「悠理ー!なんか、後輩来てるよー。」

「え?」


後輩がここまで来るのは、珍しい。

瀬田は、部活動もしてないし。


教室の戸の前にいたのは、大人しそうな黒髪の女の子。

制服のボタンは二つ外して、リボンも指定のものじゃないのを付けている。


下級生、こちら・・・瀬田を見て、笑って手を振っている。

上級生の教室に一人で来て、この余裕。瀬田と相当親しいのか、ただ肝が据わっているのか。


「それにしても珍しいね、瀬田に後輩のお客なんて・・・」


私が話しかけると、瀬田の顔色が変わっていた。

教室の扉にいる、後輩の顔を見たまま、強張っている。


「瀬田?」

「行って来る・・・。」


真剣な目をして、瀬田は後輩の元に向かって行った。


「んあ〜あ・・・だる〜・・・あれ?1年C組の岸本梢じゃん。」

「・・・野原、起きたのか。」


いつのまにか、野原望実がけだるそうな顔をして私の席のそばに立っていた。


「・・・まあね。ていうか、あいつ悠理に何の用だってぇ?」

「知らない。・・・野原は知ってるの?あの後輩の事。」


私がそう聞くと、面倒臭そうに頭をかきながら野原は答えた。


「ん〜まあ、ね。良い噂と悪い噂の両方知ってる。どっちも信用していいんだか、イマイチわかんないけどー。」

「ふうん・・・。」


再び、教室の扉の方へ目をやると、瀬田が見るからに険しい顔をしていた。


一方、ニコニコ笑顔で後輩、岸本梢は笑っていた。

両者の間に温度差があり過ぎる。


一体、何を話しているんだろう、と私が思っていると、岸本が瀬田の手に触れ顔を近づけた。

咄嗟に瀬田は手を振り払い、距離を取る。


(アイツ・・・!)


「ふふっ瀬田先輩可愛い〜」


そう言って、笑いながら、岸本梢はこちらに気付くと、頭を下げた。

余裕のある笑み。

丁寧だけど、なんとなく私は嫌な感じがした。


「・・・あ、今、なんか嫌な感じー。」


野原がボソッとそう言って、瀬田の席に座った。

瀬田は、私と野原がこちらを見ているとわかると、岸本の手を取り、そそくさと廊下に出て行った。


まるで、私達の視線を避けるように。


(瀬田・・・なんなんだよ・・・。)


不可解な瀬田の行動に、私は少し不満を抱いた。

同時に突然現れた、あの後輩の事が気になってきた。


「・・・野原、あの後輩の噂って?」


「んー?ああ、さっき見ての通り、見た目はまあ悪くはないし、結構面倒見が良いし、人懐っこいし、結構羽振りが良いから、一緒に遊ぶと楽しいんだってさ。

で、上級生とか関係なく友達が多くて、人脈が広いらしいよ、あの一年。

だから、あんまり悪い噂は聞かない。・・・表面上はね。」


引っかかる物言いに、私はもう少し突っ込んで聞いてみる事にした。


「で・・・悪い噂の方は?」


「岸本に逆らったり、喧嘩売ったりすると、かなりエゲつない仕返しが来るんだって。

良い子ちゃんに見えるけど、なーんか裏表ありそうだし、あの一見、大人しくて可愛い後輩を装ってる感じが、あたしは気に入らないなぁ。」


(・・・右に同じく。)



「で、な〜んかリアクションも何も演技っぽいでしょ?いや、演技っぽいんだよ。マジで。

ネコ被るならさ、もう少しうまくやれば良いのに。

ああいうのと関わると面倒臭そうだし、出来たら瑞穂も関わらない方がいいよ?

ま、聞いた話は、全部あくまでも噂だけどさ・・・ぶっちゃけ、あたしとしては、あんまりアイツに関わりたくないんだよねぇ。」


「ふうん、野原にしては、消極的だね。」


何もしてなくても、人にちょっかいかけそうなのに。


「・・・岸本とは、ちょっと話した事あるけど、あたしのカンが言ってる。

アレはちょっと暇潰す程度に軽く遊ぶだけなら良いかもしれないけど、あれと深く関わると相当面倒臭そうだなって。

だからあんまり興味ないし、関わりあいたくないって感じー。」


人付き合いの好きな野原に、ここまで言われる岸本って・・・。

それにしても、そんな岸本がよりにもよって、何故、瀬田の所に来たんだろうか。

「もし。」

「え?」


野原が、突っ伏していた顔を上げて言った。


「もし・・・悠理がヤバそうだったら、教えて。」


野原の締まりの無い表情が、いつになく真剣なものになっていた。


「わかった。」

私がそう言うと、再び野原は机に突っ伏した。


人付き合いに私より長けていて、人のアレコレを知っている野原がそこまで言うならば。


(・・・今だって十分ヤバイ、のかも。)


もうすぐ、休み時間が終わる。


(戻って、来ない・・・?)


瀬田が戻ってこない。


なんとなく落ち着かなくなってきた私は、席を立ち瀬田を探した。

本来なら、瀬田から何か助けを求められる前に、勝手に動くのは心配しすぎなのかもしれないが・・・。


(あ、私・・・岸本のクラスも・・・知らない。)


私は、とにかく瀬田を探す事にした。

自分でも心配しすぎな気がする。

だが、休み時間は限られている。結果的にサボる事にはなるだろうが、今は・・・

今は、自分の心配を解消したい。


・・・野原の話といい、瀬田のあの暗い表情が気になって仕方ない。


私の単なる気のせいであって欲しいのだが・・・。



(屋上まで来てしまった・・・物好きもここまでくると、なんだかな・・・)


屋上の扉は開いていて、私は瀬田がいないかと声を出そうとした、その時。


「で、瀬田先輩・・・考えてくれました?」

「・・・やっぱり、出来ない。」


瀬田の声、そして多分もう一人は岸本だろう。


そっと気配を消しながら、声の方向にゆっくりと扉から半身を出し、更に近付く。

まだ、二人の姿は見えない。


(・・・今いる、出入り口の後ろのスペースか。)


「出来ないって・・・ちゃんと私の話、聞いてました?このままじゃ、みんなに・・・

あ、一番知られたくないのは・・・瀬田先輩のご両親ですよね?ホント、何もかもバレちゃいますよ。」


「・・・・・・。」


・・・何の話をしてるんだろう。


岸本の声は、姿の見えないままでも、不快感を煽る様な半笑いで馬鹿にしきったものだった。


「あー、瀬田先輩、その顔、良くないですよ?私が、そんな事できないって思ってるんなら、その考えは改めた方が良いと思うなぁ。」


会話のやり取りから察するに・・・瀬田にとってあまり良い話じゃないのは確かだ。


「だから、私の言う事を大人しく聞いていた方がお利口さんって事ですよ、瀬田先輩。

こういう時、逆らうのはカッコイイですけどね、それはドラマとか漫画だけの話。

現実は、弱点を持った弱者には、容赦ないんですよ。・・・わかりますよね?」


なんか・・・嫌味っぽい口調に・・・なんだか、内容も脅迫・・・だよね。

すごく、嫌な感じがする。


「・・・なんで、こんな事・・・っ!大体、貴女には関係ないじゃない・・・!私達のことで、なにか貴女に迷惑かけた!?」


瀬田が声を押し殺しつつ、怒りを露わにした。

そんな瀬田の怒りを、岸本の声は笑った。


「迷惑?迷惑ですよ。

女同士でってだけでも十分キモイのに、血のつながってるお姉さんとどうこうなんて

ドラマでもないのに本気で引くっていうか、ムカつくっていうか・・・ホント、気持ち悪いんですよ。

同じ学校に通ってる、こっちの気分が悪いんですよね。わかります?女子高=レズの巣窟みたいになっちゃうでしょ。


・・・あんたの、せいで。」



『女同士でってだけでも十分キモイ』


その言葉に、思わず私も怒りでぞわっと全身が震えた。


「だから・・・あの綺麗なお姉さんとは、さっさと別れて下さいよ。瀬田先輩。」


間違いない。

あの綺麗なお姉さんとは、藤宮さん・・・藤宮優貴さんの事だ。


瀬田とは異母姉妹だけど、瀬田の・・・大事な人。



「どうせ、今だけでしょ?単に今、禁断の姉妹って関係ってヤツに”あぁ、許されない事してる私、凄い。”みたいな?

そうやって・・・ただ自分に酔ってるだけなんでしょ?いいんですよ、そういうの。ウザイんですよ。」


「そ、そんなの違うよッ!!」


「ふっ・・・そんなムキに否定しなくても。

男だけじゃなくて、女も愛せる自分は差別なく同性愛も許せる、自分は心が広〜い・・・そんな経験自慢、将来の役に立ちます?」


「だから・・・!私は、そんな事思ってない!!」


「その証明は?ていうか、しなくてもいいですよ。・・・ただ、早く別れて、真っ当な恋愛して下さいよ。それが、先輩の為ですよ?」


更に、脅迫と挑発を交えた岸本に対し、私は激しい憎しみを抱いた。


(アイツ・・・!)


一体、後輩が何の権限があって、そんな事を言えるんだ。

というか・・・藤宮さんと瀬田との関係を知ってる人間が他にもいたなんて・・・。


「やめろ。」



いや、そんな事よりも、引っかかる言葉を聞いた・・・。






 ”真っ当な恋愛”って・・・何だよ・・・。






「・・・そういうのってさ、脅迫って言うんじゃないの?」

「瑞穂・・・!?」


岸本の暴言に耐え切れず、私は二人の前に姿を見せた。

言いたい放題の岸本に、何か言ってやりたくて。


しかし、岸本は慌てる様子もなく、まだニコニコというか、ニヤニヤ笑っていた。


「あぁ、飛田先輩ですか。相変わらず、クールですねー。

ウチのクラスにも飛田先輩なら、レズになってもいいなんて言ってる馬鹿いますけど。

正直、どうかなぁ・・・男いないから、女で補うって寂しすぎるでしょ。ね?

女子高出身だと、出会い無いヤツは、ホント救えなくて、かわいそうですよね。」



まるで人を馬鹿にしたような、いやワザと人を怒らせようとしているような言い方だった。


「・・・お前、いい加減にしろよ。」


私は瀬田の前に出て、更に岸本を睨んだ。


「あ、怒りました?やだなぁ・・・超・個人的意見を述べただけじゃないですかぁ・・・マジギレしないで、冷静で優しい飛田先輩でいて下さいよ。」


あまりにも人を馬鹿にした態度に、私もイライラして殴りかかりそうになってきていたが、ぐっと抑えた。


「あんまり調子に乗るなと言ってるんだ。

瀬田もこんな奴の言う事聞く事ない。・・・大体、コイツ何も知らないんだし。」

「瑞穂・・・でも・・・」


「その分だと、飛田先輩は、隣の瀬田先輩がレズだって、もう知ってんですね。」

「・・・例え、そうだろうとなかろうと、知ったこっちゃない。私は、友達が下級生の暴言に煽られてるのが、気に入らないだけだ。」



すると、岸本は少し考えてから口を開いた。


「ふぅーん・・・ま、良いですよ、今回はそういう事にしておきましょう。確かに私の方もちゃんとした証拠が無いのは事実ですから。

でも、瀬田先輩、ちゃんと後々の利益、不利益を考えておいて下さいね?相手の方ともよく相談して、円満にお別れした方が・・・」


「岸本、早く出て行け。」

「あはは、こっわーい・・・じゃあ、また連絡します。瀬田先輩。」


鼻で笑って岸本は屋上から出て行った。


残された私と瀬田は、気まずい空気の中、お互いの顔を見合った。



「・・・瑞穂、あの・・・ありがとう・・・。」


瀬田からの第一声は、私が聴きたかった言葉じゃなかった。


「なんなんだ、アイツ!一体何言われたの?瀬田!」


私がそう聞くと、瀬田は俯いた。


「うん・・・実は、岸本さんに数日前に、呼び出されて・・・突然、優貴さんと別れろって・・・私もよく、わかんない・・・。」


「なんで、岸本が二人の事を知ってるの?大体、なんで別れろとか口出しするの?」


「・・・わかんない・・・私と優貴さんが会ってる所でも見られたのかもしれないけど・・・

でも、会ってるのは、ほとんど優貴さんの部屋だし・・・どこで岸本さんにバレたのかなんて心当たりもないし・・・。

それに、なんで、岸本さんに別れろなんて言われるのかも・・・よく、わかんない・・・。とにかく、キモイからって・・・。

でも・・・このままじゃお父さんや学校中にバラすって・・・もう、私どうしたら良いのか・・・」


岸本の言葉の通りだとすると、女同士で付き合ってる奴に対する嫌がらせ、とも考えられるが・・・。

下手に従うより、放っておいた方が良いんだろうけれど・・・



問題は、このままだと・・・瀬田の父親に藤宮さんと瀬田が会っている事がバレるかもしれないって事だ。


そうなれば・・・きっと、瀬田と藤宮さんは引き裂かれる。


(・・・あの人と瀬田が、引き裂かれる・・・。)


余計な考えがよぎった。


(でも、それは・・・瀬田が、望まない事。)


・・・そうなれば、瀬田は悲しむ。

そんな瀬田の悲しみを埋める事が出来るのは、私じゃない。



解ってるんだ、そんな事は。




「瀬田、岸本から金銭の要求の類はされてないの?」

「ううん、今は・・・ただ別れろって言われてるだけ。でも、本当にそれだけかな・・・まだ、なんか言われそう、かも・・・。」


そう言って、瀬田は悲しそうに俯いた。

単にいちゃもんをつけて、別れさせたいだけ、なのだろうか。


岸本が何のために、瀬田にこんな事言うのか、私にも解らなかった。



こんな時、力になってやるのが友達だ。



だけど、どうしていいのか・・・岸本が何を考えているのかもわからない。



(結局、何もしてやれないのか・・・私は・・・。)



一緒に悩む事しか、出来ないのか。


もっと何か、あの人みたいに色々出来たらいいのに。

瀬田の事を一瞬で笑顔に出来るような、魔法のような言葉が出てくればいいのに。


だけど、私はこう言うしかなかった。



「・・・瀬田、出来る限り協力はする。けど、藤宮さんにも相談した方がいい。」


・・・結局、藤宮さん頼りだ。


「で、出来ないよ・・・そんな事、優貴さんに言ったら・・・心配かけるし・・・それに・・・」


心配かけたくないとか言ってる場合か、とも思ったが、瀬田の心配はそれよりもずっと先の事だった


「もしかして、事情を知った藤宮さんが、瀬田から身を引くかも?」


「うん・・・ありえない、話じゃないでしょ?嫌だよ・・・そんな事になったら・・・。」


「・・・だからって周りにバレされるのも、良くはないだろう・・・とにかく、出来るだけ岸本の事は避けよう。」

「うん・・・。」


「教室に戻ろう。保健室にいたって事で。」

「・・・うん。」


私は瀬田を連れて、教室に戻った。


出来る限り、野原にも協力させて、岸本の事を調べるしかない。


学校に、藤宮さんは入れない。

学校内で瀬田を守れるのは、私だけだ。





(・・・そうだ、それでいいんだ。)





放課後、コンビニのバイトをしていると、藤宮さんが来た。



藤宮さんも他の所で新しくアルバイトを始めたらしく、なんとなく疲れている顔で、エナジードリンクを2本レジに持ってきた。


「いらっしゃいませ。お疲れですね?・・・320円です。」

「うん、まあね。バイト先で、トラブル続出で、色々やる事多くて。」


丁度お客さんがあまり来ない時間帯なので、軽い挨拶を済ませ、私は藤宮さんに話を切り出した。



「・・・あの・・・藤宮さん、最近何かありませんでした?」

「ん?・・・何かって?」


瀬田は恐らく、藤宮さんに何も言わないだろう。

でも、このまま何も言わないでいい筈が無い。



「・・・実は、最近・・・瀬田の周りで・・・」



私の話を聞いていた、藤宮さんの疲れた笑顔が段々と・・・冷たい怒りの表情に変わるのに、時間はそうかからなかった。



一度だけ、見た。

瀬田を冷酷に突き放した、彼女の無感情な顔。


だけど、目の前の彼女は・・・完全に”怒り”という感情に支配されていた。

目の奥から、鋭く、重く、冷たい感情が感じ取られた。





だから後になって・・・やっぱり私が話すべきじゃなかったのかも、と半分だけ私は後悔する事になる。



もしかしたら、瀬田は、知っているのかもしれないが


私は、知らなかったんだ。




 藤宮 優貴 を怒らせたら、どんな女に変わるのか、という事を。






 ― 続・それでも彼女は赤の他人 その1 飛田瑞穂 編 ・・・END ―





あとがき


帰ってきちゃいました。それカノ。

前回以上に、全体的にヘビーにお送りしようと思った次第です。


瑞穂は、報われないキャラ、なのかというと・・・私は疑問に思います。

大体の恋愛は報われる事自体、あまりありません。

まあ、報われた形が”両思い”・”結婚”・・・などによっても決まりますが。別れるという選択が、報われた事になる場合もありますしね。

そもそも、報われないと恋する価値はないんでしょうか?ま、誰だって幸せにはなりたいですよね。

友人として、傍にいる事を選択した人間が満足している?のならば、いいんじゃないでしょうか。

ですので、瑞穂はこの位置で書かせてもらっています。


最初は、このそれカノ・・・記憶喪失ネタにしようかと思ったんですがね・・・

まぁ・・・私がそういう伝統ある(使い古しの)ネタに、そそられなかったんで止めました。

今回のそれカノは、一話ごとに時系列も違えば、視点も違います。断じて、面倒だからじゃないですよ!