「で、今日は泊まっていくの?」


優貴さんがお皿を洗いながら私こと、瀬田 悠理に向かって、そう聞いた。


「ん?・・・うん、大丈夫だけど・・・。」

私は洗い終わったお皿を拭きながら、答える。


いつもなら、私が先に泊まりたいと我侭を言うのに。

今日は優貴さんからその話をされるなんて、嬉しい。


優貴さんはいつも優しいけれど、今日はいつも以上に優しい・・・というよりも、労わってくれるって感じだった。

そんなに今の私って、疲れてると言うか、苦労してる感じが出てるんだろうか。

いや、そうじゃないのかも。


「私、そんなに毎回泊まりたがってます?」


拗ねたような私の質問に優貴さんはにこっと笑って答えた。


「うん、結構毎回言ってるね。」




現在、私と優貴さんは別々に住んでいる。


優貴さんが、私の家に来る事は、多分・・・もう無い。

だから、私が優貴さんのアパートに会いに来ている。

小さくて古いアパート。壁紙が少し色褪せてところどころオレンジがかっている。元の色は・・・白だったんだろうか。

歩けば、すぐに家主にぶつかれる距離。

それでも、物が少ないから圧迫感は少しもなく、二人でも十分に生活は出来る。

畳だけは、大家さんが気の毒に思って新しいのに換えてくれたのだそうだ。

何でも、前の住人は・・・一人身のお年寄りで、半年前に孤独死してしまい、それからずっと空いていたそうだ。

数日前に大家さんからその話を聞かされた優貴さんは、家賃が安いのはそういう訳だったのか、と妙に納得してしまったのだそうだ。


私なら、怖くて住めない。

ちゃんと供養してあるから大丈夫、と優貴さんは言うし、現に今まで何も起こってはいないから私も安心はしている。

・・・でも、やっぱり気味が悪い。


本当なら、こんな訳アリ物件に住む必要は無いのに。

私達は、自分達の手で壊して、自分達の意思でこうしている。

だから、あんまり我侭は言えないのだけれど。


本音は、我侭の限りを尽くしているのだ。


本当なら、ずっと一緒にいたい。

時間が許す限り、一緒にいたい。


だけど、私達が会っている事は、知られてはいけない。


「そういえば、今日のチキンカレー、すごく美味しかったわ。料理、上手くなったね?」

「そう、かな・・・?」


家を出て一人暮らしをしている優貴さんにはスタミナつけてもらわないとって思い、なおかつ私でも簡単にできるカレーにした。

簡単だけど、たっぷり作っておいて残りは冷凍しちゃえば、忙しい優貴さんも温めるだけで簡単に食事が取れる。


「うん、お店のカレーみたいだった。スパイスを加えるだけでも、風味が全然違うのね?」

「・・・凄い。バレないと思ってた。」


実は、市販のカレールーにスパイスを隠し味で加えた。

隠してたのに、優貴さんはアッサリと見破った。


「これから、デザート作るから試食してくれる?」


優貴さんは最近、喫茶店のアルバイトをしているらしい。


「あ、パンケーキ?」

「そう・・・あ、もしかして飽きちゃった?」


アルバイト先で優貴さんはパンケーキを焼いている。

本来、喫茶店でパンケーキを焼いていた人の味に近づけなくちゃいけないらしくて、私はそのお手伝い。

その人の味に近づける必要なんか、全然無い程、優貴さんのパンケーキは毎回美味しい。


「ううん、毎回味とか違うし、おいしいから好きだよ。・・・でも・・・ちょっと、太っちゃうかも。」

「ありがとう、悠理。」


そう言って、優貴さんは私をそっと抱きしめて、唇に触れた。

柔らかい感触とごく近い距離で、優貴さんが微笑みながら、私の目を見つめる。


「・・・!」

「私のデザートはこっちね?」


そして、この台詞。


・・・よ、よく言うよ・・・この人・・・!


このお姉さんは・・・開き直ってから、ホント大胆すぎ・・・ッ!!



「優貴さん・・・あの・・・いきなりとか・・・ホント・・・あの・・・」


私がしどろもどろになりながら、そう言うと、優貴さんは私の顎を指先で撫でながら言った。


「だって、今日、泊まるんでしょう?・・・ね?」


その”ね?”の意味を私はすぐさま感じ取り、耳まで真っ赤になった。



微妙なニュアンスと表情、視線。

それらが分かり合えてしまうのは、私達が半分だけ血が繋がっている・・・異母姉妹だからか。

もしくは・・・恋人同士、だからか。



その、どちらも当てはまるからか。





 [ 続・それでも彼女は赤の他人 その3 瀬田 悠理 編 ]





今日の試作品は、甘めのパンケーキだった。

明日はアルバイト先に常連の人が来て、同じパンケーキを出すのだそうだ。


パンケーキの甘さは、ともかく・・・。


「あの・・・ん・・・全然、食べられ・・・な・・・む・・・。」


私はフォークを持ったまま、あと半分のパンケーキも食べられずにいた。

それもこれも・・・目の前のパンケーキの製作者のせいだ。


「私は、クリームの甘さの確認をしてるだけよ?」


その確認、とやらは・・・いちいち、私の唇や鎖骨等に塗らないと出来ないんでしょうか・・・?


「ん・・・優貴さん・・・今日、なんか・・・いつもより・・・エロい・・・。」


私は、精一杯の抵抗の台詞を放ってみるが・・・優貴さんの指や唇、舌は・・・止まらない。

ゆっくりと舌先で、皮膚を刺激される度に声が出そうになるのを必死に堪える。


どんどん甘い空気に飲まれていく。

鼻先を掠める甘いクリームの匂いと優貴さんのお気に入りのボディソープの匂い。


「・・・私がエロかったら、嫌い?」


優貴さんは少し低い声で囁き、私は首を横に振ると、満足そうに喉の奥で笑った。


「悠理。服、少したくし上げて。」


優貴さんに誘われるままに、お腹から胸の上まで制服のシャツをたくし上げる。

胸と胸の間に、生クリームを無造作に塗られる。

ひんやりしたかと思うと、すぐに温かい舌で拭われる。

思わず、ビクリと身体が仰け反り、そのまま押し倒される。

大きめのクッションに頭を預け、上にのしかかる優貴さんを見つめる。

唇の端にクリームがついていて、子供みたいだと私は笑いながら優貴さんと同じように舌で舐め取る。


「丁度良い甘さでしょう?」

優貴さんが、小声でそう言って笑う。


「・・・うん、好きな甘さ。」


私がそう答えると、優貴さんはそのままキスをしてくれた。

首に両腕を回して、深いキスをねだる。


耳に届く声で身体は震え、皮膚からは温もりを貰う。

触れ合うたびに、好きだという気持ちは強くなり・・・私も喉の奥から、普段は出ない声が出る。

強制的に出る訳じゃない。

優貴さんに触れられると、自然と出てしまうように、なってしまったのだ。


学校での出来事も、家族とのいざこざも・・・この時だけは、頭から飛んでいく。


『瀬田先輩。私、見ちゃったんですけど・・・先輩、レズですよね?しかも、ガチで・・・こじらせちゃってる感じ?』



岸本 梢という人物に話しかけられて、二言目がそれだった。



放課後、夕日が差し込む廊下で呼び止められ、遠くでソフトボール部の掛け声が聞こえていた。

人の気配は無い廊下の奥は暗くて、岸本梢の後ろも私の後ろも闇に飲まれていた。


親しげに話しかけてきたと思ったら、次の瞬間、岸本は悪魔みたいな笑みを浮かべて脅し始めた。


『綺麗な人だし、まあ〜アレ位のルックスで、周りに男がいない状況なら、変な気起こしてそっちに走っちゃうのも納得かな、とは思うんですけどね。

・・・気持ち悪いんですよ、マジで。同じ高校に通ってて、私達ノーマルまで、そっち系の要素あるって思われたくないし。

だから〜日本国内、せめて、私の周りでレズるのは、キモいんでやめてくんないかな〜って思うんですよ。』


初対面の人間から、こんなにズバズバ切り込まれ、えぐられたのは初めての事で、私はすっかり動揺して、何も言い返せなかった。

周囲に誰もいないのに、岸本梢の後ろから無数の目で見られてるような感覚に襲われた。


彼女は、どこまで私が隠している事を知っているのか。

知っているのは、彼女だけなのか。


秘密を知っている、という事を知らされるだけで、十分に岸本 梢を恐ろしく感じた。


『いくら女子高でも〜やっぱりどうかと思うんですよね?同性愛なんて。

だから・・・別れちゃいましょうよ。どうせ、長く続きやしませんよ?

女同士なんて・・・漫画じゃないんだから。ねえ、現実、ちゃんと見て下さいよ、瀬田先輩。』


その一言で、私は一瞬で暗闇に落ちて・・・意識はぐらっと揺れた。

どうしよう、と思い・・・一瞬でも岸本梢が記憶を失ってくれないか、消えてくれないか・・・なんて事を考えてしまうほど追い詰められた。



『どうして、欲しいの?』


やっとの思いでそう聞いたら


『別れて下さい。目障りなんで。』


あっさりと、言われたくない台詞は飛んできた。


岸本梢は、優貴さんと別れるように簡単に言った。


他にお金を取られるんじゃないかとも思ったけれど、後にも先にも周囲にバラされたくなかったら優貴さんと別れろ、としか言われなかった。


理由は、同じ高校にいる人間が同性と付き合ってるなんて気持ち悪いからやめろ。それだけだった。

動揺して、それ以上何も言わない私に、岸本梢は”とりあえず、またお話しましょう”、と去って行った。



周囲に知られたら、父の耳にも入る。

そうなってしまえば、今度こそ私は・・・優貴さんと会えなくなってしまう。


私の高校生活、いや、それだけじゃない。優貴さんの生活も変わるかもしれない。

岸本梢が、私の周囲だけじゃなく、優貴さんの周囲の人々にまで私達の事を言いふらすかもしれない。

別に、悪い事をしていないのに。

いや、父の事を裏切っているから、悪い事なのかもしれない。

悪い事だと折込済みで、私と優貴さんは一緒にいるって選択をしたのに・・・

周囲の人々が私達の事を知り、引き離す力って言うのは、多分・・・想像以上だと思う。



このままが、良かったのに・・・。



心は重くなった。誰にも言えない悩みだ。


優貴さんに言っても、どうにかなるとは思えないし、むしろ私の事を思って、しばらく会わないでおこうと言われるかもしれない。

しばらくって、いつまで?

卒業するまで?岸本梢が私の事を気にしなくなるまで?

そんなの耐えられない。


・・・そんな会話が交わされるのか、と想像するだけで嫌な気分になった。


今だって、たまに少ししか会えないこの状況に耐えているのに、これ以上引き離されるのは嫌だ。

私達は、また”第3者”の存在で離れなくちゃならないのか。

いや、今度は離れるどころか、別れなくちゃいけないかもしれない。


それも・・・私達の意思とは関係のない、第3者のせいだなんて・・・もう嫌だ。


考えると、気持ちは沈んだ。


でも、優貴さんに会うと、心は軽くなった。


どんなに悩んでいても、前向きになれた。

そして、この人と別れようだなんて絶対に出来ないと改めて思えて、岸本梢の脅し文句に震えた心が強くなれた気がした。



今も、また・・・。

優貴さんの声を聞いて、触れて、離したくないって思った。

やっぱり、この幸せを壊したくは無いと思った。



「悠理。」


優貴さんが私の手を取って、指を絡めた。

解決策は無いままだけれど、今はこの人に名前を呼んでもらえる、この時間が愛おしい。


「優貴さん・・・もっと・・・もっと、して・・・。」


私は優貴さんに抱きついて、より激しく愛してとせがむ。

優貴さんは、私の額にキスをした。


「・・・悠理、何か困ったことがあったら、私に言って。」



優貴さんは、少し低く小さな声と真剣な表情でそう言った。



「必ず、貴女は私が守るから。」


優貴さんの目は真っ直ぐ私の目を捉え、そのまま射抜かれそうな程の鋭さもあった。



私は、優貴さんのその言葉の意味を深くは考えずに、コクリと頷いた。

守ってくれるって言われて、嬉しくない訳が無かったからだ。


だからって、勿論、今抱えている悩みは打ち明けなかった。

まだ自分でどうにかできる、と私は考えていたから。


「私も優貴さんの事、守るよ。」


そうだ、守ろう。

私達、二人の事を、私が守るんだ。


優貴さんは、私の言葉に目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。

少しは私だって成長してるんだから頼りにしても良いんですよ、と胸を張りたい。


「頼もしい妹ね。」


そう言って、優貴さんはニコっと笑って、私の中に深く入り込んできた。


頼もしい妹は姉の攻撃に耐え切れず・・・すぐに声を上げた。


彼女は、私の姉。

育ってきた環境も、考え方もまるで違う。

半分だけの血の繋がりのせいか、合う所は合うし、合わない事だってある。

それでも、こんなにも想いあっているのに。





何も知らない他人は、こう言うのだろう。



それでも、彼女は赤の他人、だと。




(負ける、もんか・・・。)




私は・・・優貴さんを誰よりも知っている・・・つもりだった。

自信が、あったのだ。

恋人として、家族として、優貴さんの近くにいたから。



だけど・・・優貴さんの言葉の意味を、私はよく理解してなかったのだ。





 ― 続・それでも彼女は赤の他人 その3 瀬田 悠理 編 ・・・END ―





 あとがき

百合っぽく書いてやろうってすご〜〜〜く意識して書いた感がいやらしい程出ていますね。