それは、少し前の出来事。


何か悪い事が起きた時って、大抵、誰が悪かったんだろう?って話になるけれど、大体みんな悪い所が重なって起きるでしょ。




例えば・・・すごく深い谷にかかる古くて壊れそうな橋を誰かが先に渡ったら、渡りきった所で橋が落ちちゃって・・・後の人が渡れなくなった、とする。


古い橋をそのままにしておいたのが悪かったのか。

渡った人が重かったのか。それとも、その前に渡っていた人が乱暴に渡ったのが悪かったのか。

そもそも、深い谷に橋をかけて渡ろうなんて考える人が悪いのか。


古い橋の直すのって大変だし、渡った人の身体を責めたって仕方が無いし、乱暴に渡ったって怖いんだからある程度、急ぐのは当然でしょ?

そして、深い谷の向こう側に行く必要があったから、橋をかけた人がいる。そういう事だよね?


・・・ああ、つまりね・・・私が、何が言いたいのかっていうとね・・・


原因を探すのと、犯人探しは、全然違う。


誰が悪いのかって事を考えても、それが問題の解決に繋がるかっていうと、それはまた違うって事。

どうしてこうなったのかを考えない限りは・・・。



「あ、ちょっと待って、悠理。」

「なんですか?優貴さん」


「ねえ、こういうのはどう?もしも・・・落ちた橋と一緒に、自分の大切な人まで落ちたら?」

「・・・え?なんで設定を増やすんですか?」


しかも、そんな設定組まれたら、話は大きく変化する。

単純に考えられなくなる。


「だって、橋の両サイドにいる人間は黙っていれば、橋と一緒に落ちた人間なんか、いないのも同じじゃない。」

「もう、そうじゃなくって・・・小論文の宿題が一気にダークな話になっちゃうじゃないですかー。」


「ごめんごめん。・・・でも、悠理はどう思う?

橋と一緒に落ちた人の命に対して、失った人間はどうすればいいと思う?」


「・・・え・・・?」


設定が変わると、状況も変わる。例えも吹っ飛ぶ。

思考はループして、何度も何度も深みにハマって、眉間に皺が出来る。


返答に困った私は、設定を増やした本人に話を振った。


「・・・そういう・・・優貴さんは?」


優貴さんは穏やかな表情を崩す事無く、言った。


「私はね、その場にいた全員を許さない。その橋が危ないって知っていた人間、渡らせた人間、見ていた人間・・・全員。」


答えに迷いは無かった。

優貴さんって、つくづく物騒な発言をするんですねって言いかけたけれど・・・。


でもね。

私は、すぐにわかったよ?



「優貴さん、それは厳しすぎです。」


「そう?」


「そうだよ。」


きっと優貴さんは、もう自分の傍にはいない人を思って、つい責め続けてしまうのだろう。

もう私には、解っちゃうんだから。


「だから・・・”許してあげて”。」


私がそう言うと、優貴さんは何故か困ったように笑って、私を強く抱きしめた。

そして、小さな小さな声で「本当に、貴女は優しいのね。」と言った。




どうして優貴さんがあの時、困ったような顔をしたのか、少しだけ解るようになったのは・・・それから、数日後の事だった。





 [ それでも彼女は赤の他人。  瀬田 悠理 編 ]




私が通っている学校に”ある噂”が流れた。


岸本梢が虐めたクラスメイトが自殺未遂をしたせいで警察が動いている、とか。

岸本梢が虐めた女生徒が他にもいて、転校先の学校の音楽室で首を吊った、とか。


季節先取りのオカルトチックな噂話だな、と思っていたら

トドメは、岸本梢が、実はレズビアンに目覚めて女子大生のストーカーをしている、とか。

もしも、それが本当なら…岸本梢が、私と優貴さんが付き合っている事を知って応援してくれたりは・・・しないか、やっぱり。


たまたま目についた、私と腹違いの姉との”恋愛事情”が彼女の何かに障ったのだろうか。

だからって脅迫なんてして欲しくもないものだったけれど。


根も葉もない噂は学校だけじゃなく、SNS上でも飛び交って飛散していった。


「でさ〜、岸本が、そうなっちゃった原因ってさ…なんか、男数人に回されたからだって。」

「あ!そうそう!カラオケボックスでヤラれたんでしょー?うわ、悲惨〜。」

「あとさー写メ撮られて、公園に呼び出されて30人以上にヤラれたとか聞いたー。」

「どこのAVだよ。」


(ひどい・・・。)


・・・所詮は他人事だから、話には尾ひれ背びれがついて、他人が楽しむように味付けされて世の中を回っていく。


話が回りきった所で、誰かが話の最後にこう言うのだ。


「・・・でも、ホントにさ・・・岸本ざまあって感じしない?」

「するー。・・・はははは!」

「ああいうヤツってさ、どのみちああなるように出来てるんだよね。」

「いんがおーほーってヤツ?」

「そうそう!それそれ!アンタが言うと馬鹿っぽいけど!」


「「「あはははは!」」」


悪口、陰口、露骨な無視・・・それらがうっすらとクラス中に浸透し、教師に見つからない程度に岸本梢は攻撃されていた。



誰もが言う…”あんな風に酷い目に遭うのは、因果応報だろ”って…。



(…そう、なのかな…?)


悪い事をしたら、確かに報いは受けるのだろう…。

それが実害となって返って来たり、罪悪感だけだったり、色々。


今の岸本梢に関しては、何らかのトラブルが起きて、その影響で単に周囲の人間が掌を返しただけ・・・ような気がする。

”報い”っていうのは…そういうもんじゃない気がする。





「岸本梢が受けているのは、報いじゃなくて・・・ただの攻撃のような気がする。」



「「・・・・・・・。」」


私がそう言うと、友人二人は変な顔をして私をみた。


「え・・・何?二人共、そんな顔して。」


「あのさぁ、悠理…敵にそういう目を向けるの、本当に危ないよ?」


望実が呆れながら、そう言って新発売のチョコレート菓子を口に放り込んだ。


「危ないって…望実、私は別に同情している訳じゃないよ?岸本梢に、精神状態めちゃめちゃにされたんだから。」


岸本梢にされた事といえば、変な噂を流されたり、度々呼び出されては嫌味や脅迫めいた言葉をぶつけられて、二言目には優貴さんと別れろ、のパターンばかりだった。

赤の他人に別れろと言われて、素直に別れようだなんて誰が思うか。

私は、実の父親にだって優貴さんと別れろ、優貴さんとは二度と会うなと言われているのだ。


それを無視して、隠れて私は優貴さんとの逢瀬を重ねている。


自慢じゃないけれど、色々な修羅場も経験した私は、ある程度の耐性が出来ていた。

その私から見てみれば、岸本が現在学校で受けているのは、あれは報いなんてモンじゃない。


「瀬田、報いっていうのはね…行為の 結果として自分の身に跳ね返ってくる事、を指すんだよ?

岸本だって、他人のありもしない噂を作り上げて貶めたんだから…まさに報いだろ?」


腕を組んだままの瑞穂はそう言った。


「…そうそう。この程度の噂で大人しくなってくれたら、万々歳じゃん。…さすがに本人も解ったでしょ。」


望実は窓の外を見ながら、素っ気無く言った。


「…ていうか、これでわかんなかったら、マジ馬鹿だわ。」


(望実?)


・・・でも、その言い方は、望実の本音じゃないような気もした。


「瀬田、後味は悪いかもしれないが、これで良かったんだよ。あの噂がたってから、岸本も瀬田の事呼び出さなくなったしね?」


瑞穂は良かったじゃないか、と言った。

だけど、私はなんとなくすっきりしないままだった。


「・・・ううん。噂がたつ少し前あたりから、岸本さん来なくなってたよ。」


岸本梢が気まぐれで私の事をからかっただけなのか、それとも違うのか・・・それもわからない。

彼女は腹違いの姉と私が付き合っている事を知り、それを詰り、脅迫してまで別れさせようとしたのか…。


その理由も解らないまま…岸本さんは、私の前に現れなくなった…。

彼女が現れなくなった事で、わからない事が放置されてしまい…余計気になってしまう。


「私の知らない所で、なんか・・・」


頭の中に浮かんだ言葉をそのまま言おうとする私に、望実は遮るように言った。


「いーのいーの!そんなの。…いちいち気にしてたらキリが無いし、岸本も成仏できないっつーの。」

「成仏って死んでないし。」


私がツッコむと望実はやっぱり素っ気無く言った。


「いや・・・こんな騒ぎになったら、学生生活はほぼ”死亡決定”でしょ。ああいうのが友達無くしたら、もう救いも無い。」


望実の言葉に瑞穂も頷いた。


「学校って狭い世界だからね。変なイメージ付くと、卒業までなかなか消えないもんね。望実の言う事当たってるかも。」


瑞穂は望実の”岸本梢の学生生活死亡説”に同意した。


「・・・・・・。」


黙る私を、二人は変な顔をして見た。


「え・・・なに?」


「まさか、とは思うけど。悠理、アンタ・・・岸本の事、かわいそうだとか思ってない?」


「え?いや、そ、そういうのは…無いけど…。」


「「けど?」」


「・・・なんで、岸本がこんな目に遭ったのかなって気にはなるよねぇ・・・妙に突然すぎるし?」


苦笑しながらそう言う私を二人は、また変な顔で見た。


「「気にしなくていいの!!」」


もう関わるのは止めなさい、と二人は声をそろえて言った。


確かに知ったところで、何も良い事は無い気はする。

知る事で更に嫌な思いをしたり、岸本梢に再び何かを仕掛けられる可能性だってある。


だけど・・・本当に岸本梢は、報いを受けたから・・・私の前に現れなくなったのだろうか?


それとも・・・。






授業中、シャープペンシルを回しながら私は考えていた。


(やっぱり、噂のたつタイミングが、絶妙すぎる・・・。)


しかし、そのおかげで、私は何も被害らしき被害は殆ど受けなかった。

これが続くなら、本当にしばらく優貴さんと距離を置かなきゃって思ってたし。


(ちょっと位会えなくなっても平気だもんね。)


私は、優貴さんと半分だけ同じ血が流れている。

痛みや苦悩を耐え抜いて、何かを成し遂げる強さを・・・私だって持っている筈だ。

岸本梢に何をされても、私は優貴さんと別れる気は更々無かった。


どうしてこんな事をされなくちゃいけないのか、私の疑問は大きくなっていった。


だから、私は岸本梢と話を重ねて”何故こんな事をするのか”を聞き出す気でいた。

ただ、難癖をつけて私と優貴さんの事をからかいたいだけであんな事をするのなら、私は徹底的に自分の力で戦っていこうと思った。


優貴さんと私の事を口外されるくらいなら、私は私で戦わなきゃ。

もしも、優貴さんが私の為にまた、同じような事を…優貴さんが私の為に傷つきながら、誰かを憎み、その誰かを傷つけるような事をしなくても良いようにしなきゃ。


私は、優貴さんにとって、たった一人の家族なのだ。

だから、目的(幸せ)の為なら、私は頑張っていく。




再び休み時間。

「野原、いつにも増してやる気ないけど?」

「かったるいのー。疲れてんのよ、過労死するー。」

「・・・しないよ。過労死しそうな人は疲れてるなんて言う気力もないよ。」

「うへーい。」


教室で、珍しく会話にやる気のない望実といつも通りのテンションの瑞穂と話していると、入り口の方でクラスメイトが私を呼んだ。


「瀬田ー!一年来てるよー!」



「「「!!」」」


瞬間、3人共顔色が変わった。

一年=岸本、という構図がすぐに浮かんだからだ。

しかし、教室の入り口にいたのは・・・岸本梢ではなかった。


校則をキッチリ守ったスカート丈の地味で少し暗い印象の女生徒は、私の顔を見て丁寧に深々とお辞儀をした。


「あの…はじめまして、だよね?」


私がそう言うと、彼女は今にも泣きそうな顔で言った。

名前もクラスも知らない。それに、二年生の教室を訪ねてくるタイプでもない。

だけど、そういうタイプがここにいて、上級生を名指しした、という事は余程の覚悟を決めてきた、という事、かもしれない。



「瀬田先輩に…岸本梢の事で、お話があります。」


おおよそ、岸本梢と繋がりがあるとは思えない人物から、その名前を聞くとは思わず、私は思わず驚いて息を飲んでしまった。




「・・・え?岸本?」

共通点なんか微塵もなさそうな子から、岸本梢の名を聞いて、私は驚いてしまった。

すると、私の後ろからさっきまで会話にやる気のなかった望実の高い声が聞こえてきた。


「あっれ?山ちゃん?山ちゃんだよね!?うわー山ちゃんだー!!久しぶり〜!!」

「あ!望実ちゃん!」


望実とは知り合いらしく、山ちゃんと呼ばれた子は、ぱあっと明るい笑顔になった。

私に向けていた硬い表情はあっさりと柔らかくなり、望実の腕に両腕を添えていた。


「お、お知り合い?」

私の質問に望実はゆったりと答えた。

「・・・んー・・・まーそんな感じー?へへへ〜!元気だったー?垢抜けないね〜」

ゆったり適当すぎる返答に、ちょっとだけイラッとしたけど…山ちゃんはすぐに私にペコリと頭を下げた。


「すみません!自己紹介が遅れました、あの、私・・・山田里穂と言います。

望実ちゃ…いや、野原先輩とは元々同じ学区内で、小学校からずっと一緒で私達3人でよく一緒に帰ってたんです。」


「「え・・・?」」


私がチラッと見ると、望実はややオーバーな身振り手振りを加えながら言った。


「いやーだー!もー!野原先輩だなんて、そんな堅苦しいの付けなくていいよ!今まで通り、望実ちゃんでいいって!」


・・・望実ちょっと、オバちゃんっぽい。


「ねえ野原、今、彼女・・・ ” 私達3人で ” って言ったよね?」


いつの間にか瑞穂が望実の後ろに立っていて、ボソリと指摘した。

山ちゃんは、瑞穂を見て小さく驚いた。



「うん、私も今それツッコもうと思ってた。」

私は頷きながら、望実を見た。


「3人って・・・望実と山ちゃん、それから・・・あと一人いるよね。」


話の流れから考えて、どう考えても・・・残る一人はあの人しかいない訳だけど・・・。


「・・・瑞穂はさぁ、細かいんだよ・・・どうして気付くかなぁ・・・。」


そう言うと渋々、という感じを丸出しにして望実は溜息をついた。


「野原、最近色々、裏でコソコソ動いてただろ?」

(え?)


「な、なによ、その言い回し〜私が裏ボスみたいな言い方しないでよね〜!」


瑞穂と望実のやり取りを山ちゃんはオロオロしながら見ていた。


「の、望実ちゃん…なんか、ごめんね…!」

「ああ、いいっていいって。・・・山ちゃん、梢の事で来たんでしょ?アイツ、また何かやったの?」


その口調は、もはや”慣れてます”といった感じで、岸本梢の話を再びしはじめた。


「やったっていうか・・・やられたっていうか・・・なんというかね・・・あの、ね・・・えっと・・・。」

山ちゃんは、私と瑞穂の顔をチラチラ見ながらおどおどして言葉を濁している。

ここで言っていいのか?って感じに見える。


「何ソレ?…アイツがやられるタマかっての。」

「の・・・望実ちゃん、まだ怒ってるの?梢ちゃんの事・・・」


「別に〜?いつまでも甘やかす歳でもないし。山ちゃんくらいの可愛げのある子のお世話なら、喜んでするんだけどさぁ。」

「もう、望実ちゃん!」


軽い口調だけど、望実の目が笑っていないのは私でも解った。多分、山ちゃんもわかっている。

望実と岸本梢の間には何か根深い問題があるようだ。


「そ、その前に!山ちゃんは私を訪ねてきたんだよね?山ちゃんの話を聞くのは私、優先でいいよね!?」

「あ、はい!」

山ちゃんは勿論です、と頷いた。


そしてすかさず、瑞穂が望実に向かって言った。


「・・・あと、野原は一から全部話した方がいいよね?」

「わ〜〜〜かったわよ!後で全部話す!まず、山ちゃんの話が先ね?」


そう言うと、望実は教室の中に山ちゃんを招きいれた。


「はい、ここに座って。」

「は、はい!失礼します!」


瑞穂が椅子を丁寧に引いて、山ちゃんを座らせた。

緊張した様子の山ちゃんは、上級生の教室の中でソワソワしながらも話し始めた。


「梢ちゃんの最近の噂・・・知ってますよね?」

「・・・ロクな噂、聞かないけどね。」


私は山ちゃんの向かい側に座り、頷きながら話を聞いた。


「あの・・・梢ちゃんが一人の女性と頻繁に会って、よく遊んでるのは、本当なんです。」


望実はむくれたような表情で、吐き捨てるように山ちゃんの隣に座って言った。


「今までも似たような事あったよね。男だったけど。」


「それがね・・・いつもと違うのは性別だけじゃないんです。」

「ふうん・・・お互い好き同士なんだったら、同性でも問題ないんじゃないの?」


「あ、私も…別にそこに関しては全く問題にはしてないんです。

えと、つまり・・・私が言いたいのは、そういうんじゃなくて・・・今回の相手は、さすがにマズイというか・・・。」


「マズイ?」


「・・・あ・・・」


聞き返しても、山ちゃんは私の顔を気まずそうに見るばかりで、私はなんだか言い知れぬ不安になってきた。

不安の中、ふっと”まさか”の人物が頭に浮かんだ。


「・・・もしかして・・・岸本梢と会っている女の人って・・・藤宮って言う人?」

瑞穂がずいっと山ちゃんの顔に近付き、真剣に聞いた。

その瞬間山ちゃんの顔はみるみる真っ赤になった。


「あ・・・えっと・・・はい!」


「藤宮って・・・優貴、さん?」


私がそう言うと、山ちゃんはこくりと頷いた。


「はい…あの、私はつい最近、梢ちゃんから聞いて知ったんですけど…あの、藤宮優貴さんって……瀬田先輩のお姉さん、ですよね…?」


「あ、うん・・・えーっと・・・」


そこから、どこまで答えたらいいのだろう?

お姉さん、である事は間違いないとして・・・その先も知ってるのかな?この純情そうな山ちゃんは・・・。


岸本梢は、一体どこまで、この純情そうで何も知らなそうな山ちゃんに話したのだろう。

自分からは”腹違いの姉と付き合ってます”なんて言えない。


「梢ちゃん、言ってました。瀬田先輩のお姉さんなのに、全然似てなくて、そこが・・・良いって・・・。」


山ちゃんは、言うのも辛そうに私に話した。

「あ、そうなの・・・。」

確かに、全然違うんだけどさ…。


「優貴さんと岸本は、どうやって知り合ったの?」

瑞穂は、淡々と聞いていき、それに対し、山ちゃんは素直に答えた。


「あの、瀬田先輩のお姉さんのバイト先が、梢ちゃんの叔父さんのお店なんです。

そこで知り合ったらしくて・・・それで、梢ちゃん・・・お姉さんの事、気に入っちゃった・・・ていうか・・・。

お姉さん、お店のメニューのパンケーキの試作品を梢ちゃんに試食してもらってたみたいで・・・そこで、仲良くなったんじゃ・・・。」


私は、すうっと意識が遠のくような感覚に襲われた。


「梢が勝手にちょっかい出したんでしょ?どーせ。」


望実の言葉も遠くで聞こえるような感覚。


(優貴さん、何も言ってなかった・・・。)


パンケーキ、試作品だって私にも焼いてくれたけれど・・・。

岸本梢の話は、私は優貴さんにはしていないし、優貴さんも岸本梢の話は・・・してなかった。


「最近、梢ちゃん・・・よく瀬田先輩のお姉さんと出掛けてるみたいなんです。」

「え・・・!」




・・・優貴さん、私に黙って岸本梢と二人で会ってる・・・!?


「でもさ、アイツ、男にしか興味なかったよね?」

望実の言葉に、山ちゃんは気まずそうに小さい声で言った。


「梢ちゃん、あの人の事、今まで出会ってきた人と違うって・・・言ってた・・・。

私も一度会ったけれど、確かに・・・梢ちゃんや私の周りにはいないタイプの人でした。

梢ちゃんと遊んでた男の人と違って、すぐに・・・エッチな話とか悪い遊びの話はしないし・・・。

梢ちゃんもすごく信頼してるみたいで、色々話してて、本当に楽しそうでした。あんな梢ちゃん、久々に見た…。」


友人の変化を少し嬉しそうに、そして少し不安そうに話す山ちゃんを私達は見ていた。


「だから、梢ちゃん・・・お姉さんの事、好きなんだなって、わかりました・・・

・・・でも・・・その、そういう意味の好きだってわかったのは、最近です・・・ホント・・・あ!別に、そういう好きが、考えがあっても良いと思うんです!」


話が逸れそうになるのを、瑞穂が優しく誘導する。


「うん、そうだね。・・・で、山田さんはどうして、藤宮さんがマズイって思うの?」

「あ、いえ・・・藤宮さんは、すごく綺麗で、大人で、優しくって、物知りだし、面白かったし・・・良い人だと思うんです!・・・・・・でも・・・。」


優貴さんの話になると言葉が濁る。


「でも?」

「ごめんなさい、あくまで・・・私の、個人的な感想、なんですけど・・・。」

瑞穂は山ちゃんの肩に手を置いて、優しくなだめながら話を促す。


「構わないよ、言ってごらん?」

「先輩のお姉さん・・・梢ちゃんの理想通りすぎるんです・・・。」


「あ・・・。」




・・・理想、通り・・・。


私は悟った。



(ああ、そうか・・・優貴さん、多分・・・。)



優貴さんは、多分知ってしまったのだろう。



岸本梢が私と関わっている事。

及び、私が岸本梢に何をされたのか、も。





「会って間もない筈なのに、梢ちゃんの事、完全に知り尽くしてて・・・だから・・・

梢ちゃん、本当に・・・お姉さんの事、好き・・・なんだと思います・・・。

それで・・・あの、お姉さんは・・・梢ちゃんに対して、そんなつもりは、無い、と・・・。

でも・・・同性だし、まさかって思うだろうし・・・あの・・・」


「つまり、山ちゃんは・・・その気が無いなら今のうちに梢にきっちり言わないと、梢がますますのめり込んでかわいそうだからって訳ね?」


望実は、私に聞かせるように要約した。

山ちゃんは、否定も肯定の言葉も使わずに言った。


「・・・私が見た感じ・・・好きなのは、梢ちゃんの方だけって感じで・・・だから・・・!」


「…まあ、そうだろうね。」

瑞穂が相槌を打つ。


「・・・その、先輩のお姉さんは・・・凄く優しそうな人だとは思うんですけど・・・だから・・・!」


山ちゃんが必死に私に向けて言葉をかけてくれるのだけど、私の頭には岸本梢と優貴さんが会っている事を、今知ったショックが大きくて、なかなか考えがまとまってくれなかった。


「・・・。」


私は、口を開けなくなっていた。


「あの、それで・・・私が言いたいのは・・・梢ちゃんがこれ以上、瀬田先輩のお姉さんに関わらないように・・・

あの・・・瀬田先輩からもお姉さんに伝えてもらえないかなって・・・」


「・・・私が?」


山ちゃんは、きっと岸本梢の友達として、精一杯言葉を選んでいるんだと思う。

岸本梢の心配をして、岸本梢がこれ以上、不幸な目に遭わない為に。


「あ・・・あの・・・お姉さん、梢ちゃんの事、そういう意味で好きじゃない、ですよね?

だったら、これ以上関わらない方がいいなって・・・梢ちゃん、なんていうか・・・いつもと違うから・・・!

格好だって変わったし…話し方や内容もすごく・・・大人を意識してるっていうか、らしくないっていうか・・・。

自分のペースだけは崩さなかったのに・・・全部お姉さんに合わせようとしてるし・・・!

あんなに学校で、根も葉もない、出所もわからない噂が出てるのに、平気だって言うんです!今まで、そんな事なかったのに…!

・・・私・・・もう、心配で心配で・・・!」




この子は、人を思いやることが出来る、優しい子なんだろうなって思う。


「あ!・・・先輩のお姉さんの事を悪く言うつもりは無いんです!本当に・・・!すみません!

でも・・・好きじゃないなら・・・梢ちゃんに、これ以上・・・会わない方がいいと思うんです・・・!」



山ちゃんの言いたい事、解ってはいる。

ただ・・・優貴さんが何を考えているのか、わからない・・・いや、わかりたくないだけなのかもしれない。


私は、今聞かされた事を認めたくないだけ…。


すると、望実が口を開いた。


「・・・山ちゃん、ハッキリ、正直に言っても良いんだよ?

自分の妹を脅迫しようとした好きでもなんでもない梢に”藤宮さんが何かしようとする前に止めてくれ”ってさ。」



「「「「・・・・・・・・。」」」」


(・・・優貴さん・・・。)


望実の言葉のあと、4人の間に、一瞬ヒヤリとした空気が流れた。


岸本梢ではなく、藤宮優貴を止めるべきだ。

でも、私はそれが妙にしっくりくるような気がしてならなかった。



優貴さんは、自分の大事な物は、守る人だ。

・・・守れなかった時の悔恨があるから。


それがあるから、彼女は決して ”許さない” 。

傷つける者も・・・守りきれなかった自分すらも。


だから、優貴さんは・・・私が岸本梢に脅迫されている、と知ってしまったのだとしたら・・・



きっと優貴さんは、冷酷なあの時の彼女に戻ってしまう・・・!



藤宮優貴という人間を、私は、それだけよく知っている。






私は学校から真っ直ぐに優貴さんのアパートに向かった。


(一体、いつから?)


岸本梢に対する目に余る嫌がらせは校内の生徒で知らない者はいない程、露骨になっていた。

誰も逆らおうと思わなかった、いつもクラスの上位、中心人物的存在だった人間の汚点が光の下に晒された今。

クラスメイトは、ここぞとばかりに彼女を攻撃している。

岸本梢の数少ない、本当の友人である山田里穂は、それを黙ってみていられなくなり、友人が攻撃を受ける発端・原因を探り・・・。


その大元にいる人物、藤宮優貴と私こと、瀬田悠理に辿り着いた。

岸本梢は、私を脅迫して、優貴さんとの関係を破綻させようとした人物だ。


その事は許せない、が…。


私は、その事を優貴さんに話してなどいない。

優貴さんには関わって欲しくなかったからだ。


(一体、優貴さんはいつから岸本梢の事に気付いていた?)


『瀬田先輩のお姉さんのバイト先が、梢ちゃんの叔父さんのお店なんです。

そこで知り合ったらしくて・・・それで、梢ちゃん・・・お姉さんの事、気に入っちゃった・・・ていうか・・・。』


(優貴さんが…岸本梢と会ってる…?それって…。)


きっと、優貴さんが脅迫の事を知ったら…と思うと足が自然と早くなる。


『私が見た感じ・・・好きなのは、梢ちゃんの方だけって感じで・・・!』


チラリと思い浮かぶのは、私が出会って間もない頃の優貴さんの優しい言葉。

優しい言葉とは裏腹に…あの頃の彼女は…全く違う目的の為に優しい姉を演じていた。


彼女は目的の為に、自分を簡単に偽る。

それが自分をも傷つけるってわかっているくせに…!


(…優貴さん…!)


彼女が、岸本梢の事、私が脅迫されている事を知ったら…その後に続くのは、次の二つ。



”優貴さんに余計な心配をさせ、迷惑をかけてしまう。”

”また、あの時みたいに…彼女が冷酷な復讐者に変貌してしまう。”



(後者は…私、優貴さんの事、すでに疑ってるじゃない…!)


本人に確かめたわけじゃない。

岸本梢に何かしているとは、まだ断定は出来ない。


でも・・・頭を振って考え直そうとはするが、ありえない事じゃなかった。


優貴さんは、優しい。

家族を誰よりも大切に思っている。

お母さんの死であんなにも冷酷になれる彼女が私の事でどうなるか…心配にならずにはいられない。


これは、自惚れなんかじゃない。

優貴さんは、許せない敵に対しては、徹底的かつ残酷に振舞えるのだ。


自分に対して少しでも好意を抱いていて、果たす目的の傍に岸本梢という敵がいるのならば。

優貴さんは、きっと…目的の為に相手の感情(ソレ)を最大限に利用するだろう。


お母さんの復讐の為、私のお父さんを苦しめる為に、私に近付いた時のように…。


その先を考えないように私は頭を振って、優貴さんのアパートまで走った。


(…優貴さんは何もしてない!優貴さんの復讐は、もう・・・終わったんだから・・・!)



私は、優貴さんに愛されている自信があった。

それが余計に疑う気持ちに拍車をかけた。



優貴さんが岸本梢と私の事を知ったら…きっと…



いや…”絶対”…。






 ”彼女は自分の大事な人を傷つける人間は、絶対に許さない。”










優貴さんのアパートの階段を駆け上がり、渡されている合鍵を使い、ドアノブに手をかける。

弾むような呼吸を落ち着かせながら、私はドアを開けるのを一瞬躊躇った。


・・・もしも、部屋の中に見たくない光景が広がっていたら、とまた嫌なイメージが浮かんだ。


(優貴さん…目的の為に・・・私にしたみたいに…岸本梢にも…。)


甘い言葉、甘い匂い、柔らかい感触…。


彼女に魅力を感じる人間が、彼女から自分の理想通りに色々餌を与えられたら、どうなるのかなんて想像は容易い。

例え、その甘い餌の中に猛毒が紛れ込んでいたとしても、少量ならば気付かないだろう。

毒すら美味だと感じてしまうかもしれない。

仮に優貴さんが岸本梢の何もかもに気付いていたとして…岸本梢をどうするつもりなのだろう?

岸本梢に好意を持ったフリをして、最大限に傷つけるつもり?それとも、手懐けるつもり?



・・・どちらにしても、優貴さんには何もさせたくない。



(ううん・・・してほしくない。)


例え、目的があったのだとしても、偽りだとしても。

私だけでいい。



私は、ドアノブを回し・・・



「悠理?随分、早かったのね。」

「あ・・・!」


ドアは私が開ける前に、家主の手によって開かれた。


私はすぐに部屋の中に視線を投げた。

玄関から、優貴さんの部屋の中は丸見えだった。


しかし、部屋の中には誰もいなかった。



「なあに?そんなに慌てて、やって来て。忘れ物でもしたの?」


少し呆れたような顔をして腕組をしドアに寄りかかって優貴さんはそう言った。


「あ、いいえ…あの、私が来るってよくわかりましたね?来るって言ってないのに。」


誤魔化すように私がそう言うと、優貴さんはいつもみたいに笑って言った。


「階段駆け上がる音が聞こえたから。足音で悠理だなって、すぐわかった。」


いつも通り、だ。

復讐を考えていた時の優貴さんの表情ではなかった。

家族に見せる笑顔。それを見た私は、ふっと気が抜けた。


「う、うるさかったですか…?」


そう聞くと、優貴さんは考え込むような仕草と顔をして言った。


「うーん、特徴はあるわね。」

「ど、どうせ…ドスドス歩きますよーだ…。」


自覚はしてるつもりだ。ドカドカ足音をたててるって。

今、優貴さんの部屋に誰もいない事は確認できた、と私は少し安心していた。


「で・・・私の部屋に探し人はいた?」


スッと入れられた優貴さんの言葉に私はギョッと反応した。


「え・・・!?」

「まさか、浮気でも疑ってる?」


ニコニコしながら優貴さんは、私が聞きたい事、ギリギリスレスレの言葉をかけてくる。

私がボロを出すのを待っている感じがする。


「…してるんですか?浮気。」


私はジトッとした目で優貴さんを見ながら言った。

しているとは思ってはいない。

だけど…私が疑っているそれは、浮気とかそんな行為じゃなくて…。


「してると思ってるの?」


優貴さんは首を少し傾け余裕たっぷりの表情で、私を見つめる。

質問を質問で返す。

優貴さんが、私の次の質問を予想して答えを用意している時間稼ぎに使っている反応に似ている。



「だから、質問を質問で返すのって反そ…んっ!」



反論は塞がれ、彼女は強引に私の腰に腕を回し、部屋の中に連れ込んだ。


「…浮気の基準の線引きは知らないけれど…悠理、私の言いたい事はもう大体解るでしょ?」


ゆっくりと玄関のドアが閉まる。

後ろから抱きすくめられたまま、首と耳元に少し低い声と息がかかる。

体の熱を悟られないように、私は精一杯答える。


「わ…わかる時とわからなくなる時がある…。」


優貴さんの言いたい事、考えている事がわからない時は大体聞けば答えてくれた。

でも、聞けない時はどうしたらいい?上手く言葉に出来ない時は?

貴女を止めたい時は、貴女を信じたい時は、どうしたらいい?


「優貴さんは、私の事わかりやすいって言って、大体全部わかっちゃうのに…。私の方は、わからない事ばっかり。」

私がそう言うと、優貴さんは強く抱きしめて言った。


「悠理は、それで良いのよ。だって、それでも私を理解しようと、こうして触れてくれるでしょう?」

「私は、嫌だけどなぁ…こんなに近くにいるのに、恋人の事、まだまだわかってないのって…。」


私が自信無さ気にそう言うと、優貴さんは私の頭を優しく撫でながら言った。


「そう・・・わかった。じゃあ、月並みだけど・・・」

「ん?」


私が優貴さんの顔を見ると、優貴さんはいつになく真剣な顔で言った。



「私は、誰よりも貴女を愛してるわ、悠理。それは揺らぐ事は無い。」

「!!」


優貴さんが、こんなにもストレートにモノを言う事は珍しかった。

その言葉には、嘘や誤魔化しで包んでぼやかすなんて、含みも何も無くて。


「貴女は、私の大事な家族よ。」


額と額をくっつけて、優貴さんは更に言葉を続ける。


「貴女は、こんな私を想って一緒にいてくれて、私を愛し、私を救ってくれる人。

貴女がいれば、私はそれでいいの。」


「あ・・・!」


赤面して困るくらい、シンプルな愛の言葉だった。

いつになく真剣で、優しい口調の言葉。優貴さんから、目を逸らす事が出来ない。


「愛してるわ。」


ドラマでも今時ないような、飾り気のないストレートすぎる一言は、さすがに胸に効いた。


「・・・うん、ありがとう・・・。」


胸がいっぱいで、それしか言えない。


「わかってくれた?私の気持ち。」

「う、うんっ!」


恥ずかしかったけれど、好きな人がここまで言ってくれるなんて、嬉しいに決まっている。

素直に嬉しくって、私はそのまま優貴さんに抱きついた。


すると優貴さんは、私の制服のスカートのホックを外して言った。


「ねえ・・・悠理、このまま、しよっか?」

「え?・・・ええっ!?」


まだ昼の光が空に満ちている。


「前に言ったでしょ?本当に大事な事は言っちゃダメって・・・。」


パンケーキのニオイを纏わせた女子大生は、女子高生の私をいとも簡単に押し倒した。


「言葉にすると・・・その先まで、実行したくなるのよね。」


優貴さんの低い声に、思わずドクン、と心臓が跳ねた。


「それに、悠理にさっきみたいな笑顔で傍にいられると…すごく…こういう事したくなるの。」


掌が、私の制服のブレザーのボタンを外す。

明るい部屋に黒い影だけが重なる。


「しても、いい?」


質問に答える間も与えられないまま、唇は塞がれた。


「・・・ん・・・ぅ・・・っ!」


触れてくる唇、そして私の唇を割って入ってくる、舌。

頭を優しく撫でて、髪の毛の先まですいてくれる指。


優貴さんの手は徐々に下へ下へと降りて、みるみる私の衣服を剥ぎ取ってしまう。


「あ・・・ど、どうしたの?優貴さ・・・っ!」

右の鎖骨が音を立てて吸われ、思わず変な声が出た。


「言葉だけじゃなんだから…こうやって…ね。」


唇の端から舌を覗かせながら、優貴さんはそう言った。


「優貴、さん・・・?」

伸ばした手を握りつつ、優貴さんは私の上に乗ったまま、笑っていった。


「そんなに不思議?私が、悠理に興奮してるのって。」

「・・・あ・・・いや・・・」


それはそれで良い?のだけれど・・・あんまりにも突然だから。

戸惑い続ける私をよそに、彼女の掌は肌を撫で上げ、指先が私の全てを刺激する。



”大丈夫、この時間なら誰もいないよ。悠理の声を聞かせて。”



今、隣の人がいないから、少々声は出しても平気だ、と私に言って、優貴さんは上着を脱いだ。

背中から腰のラインはとても綺麗で、昼の光を浴びて淡い白の肌を引き立たせる、黒い下着が見えた。


私は、思わず目を細めて、腰に触れた。

優貴さんは腰のラインをなぞる私の手をとり、下着を下にずらして、自分の胸に押し当てた。

優貴さんの力で押し当てられた私の手が、彼女の胸の形を僅かに変える。


「・・・ね?私も、こんなにドキドキしてる。」


掌から伝わる早い鼓動。


「悠理、明日、体育の授業はある?」


私は何も言わずに首を横に振って、目を閉じた。

唇が、左肩から、胸、ときつく吸い付いてきた。

赤く小さい痕が残り、優貴さんはその痕も優しく舐めた。


「ねえ、優貴さん・・・キス・・・口にも・・・。」

ねだると、優貴さんはその言葉を待っていました、とばかりに笑ってキスをしてくれた。


最初は浅く、だんだん深く、音がいつになくくちゅくちゅと激しく聞こえ始めた。

優貴さんが舌で唇をなぞる音と、唾液を飲み込む音が近くで聞こえた。


エッチな事をしている、と自覚させられるので、あまり音を立てないでと私は言ってるのだけど・・・今日は・・・そういう音すら、気持ち良い。


お父さんが帰ってくるかも、なんて危機感は無い。

誰かに聞かれる事も無い。

本当に、二人きり。


「あ・・・ぁ・・・優貴さ・・・ん・・・ごめ・・・っ・・・声・・・出る・・・!」

「うん、いいよ。」


本音を言うと、私は良くは無い。

恥ずかしいんだから。


「・・・ふっ・・・ぅんん・・・っく、ふ・・・っ」

「あ、まだ堪えてる。」


優貴さんはそう言って、クスクス笑いながら私の両手を口からどけて上に挙げて、耳元で、小さな声で囁いた。


「声、出して。出さないと、もたないわよ?」


「・・・それ・・・んぐ。」

どういう意味か、と聞く前に、優貴さんは私の口の中に指を突っ込んだ。

優貴さんは ”舐めて。” と声を出さずに唇の形だけで伝えてきた。

「・・・んぅ・・・。」

(今日の優貴さん、いつになく・・・エロすぎ・・・!)


舌の根に触れそうな指先を、私は舌で包み込むように舐めた。

口の中を指でかき回され、音がまた部屋に響く。

(苦し・・・。)

私は、咥えていた指を離し横を向いて呼吸を整えようとした。

優貴さんは濡れた指先見て、満足そうに笑うと濡れていない手で”よしよし”と私の頭を撫でた。


「ありがとう。」

そう言って、優貴さんの指はぬるりと私の中に入った。


「――――!!」


声も出す間もなく、私の腰が浮いた。

優貴さんは私を押さえつけるように上半身を私の胸にぴっとりとつけ、頬にキスをした。


「上より、下の方が、もっと凄いね?」

「ぅあ・・・あ・・・・ぁ!」


恥ずかしさと快感が混ざり合って、内側で溶けていく。


「だっ・・・ダメ・・・もぅ・・・あ・・・あああ……ッ!」


痛みは一切なく、優貴さんとパンケーキの甘いニオイに包まれ、私は簡単に達してしまう。

優貴さんに抱きついたまま、優貴さんの胸に私は顔を押し付け声を殺した。

そんな私を優貴さんは責める事なく額にキスをしてくれた。


「あ・・・悠理が折角指を舐めてくれたのに、私何もしてなかったわね。」

「はぁ・・・はあ・・・え?別に・・・十分・・・。」

優貴さんの唇の間から、チラリと舌が見え、私はこれから何をされるのか、うっすら解ってしまった。

親指で広げられ、優貴さんの吐息がかかる。

「や・・・!」

「はーい。足を閉じないで。」


口調はゆったり優しいのだけど…やってる事は、ものすごく……。

また腰が浮いてくる。

知らず知らずの内に、優貴さんの動きに合わせて身体も動く。

閉じよう、逃げようって意識はしていないのだけど、足はじたばたと動く。

優貴さんの腕が、やがてがっしりと私の足を固定して、刺激が一箇所に一気に与えられた。



優貴さんは、いつになく優しくて…いつになく激しく私の体を求めてくれた。


私が二度目を迎えても、休憩はさせてもらえず。優貴さんは動き続けていた。


こんな事…初めてかもしれない。

でも、さすがに・・・限界が・・・。



「・・・はあ・・・はあ・・・もう、ダメ・・・ホント・・・ダメ・・・!」


布団に突っ伏したままの私がギブアップを宣言すると、優貴さんは私の背中にキスをして言った。


「・・・そうね、凄くよく動いてくれたから、この辺でやめようか?」

「そ、そうしてくれると・・・助かります・・・。」


「悠理、シャワー浴びておいで。その間、名残惜しいけど”貴女の跡”片付けちゃうから。」


優貴さんはそう言って、乱れた布団のシーツの上を指差した。


「・・・もう!それは、元はと言えば優貴さんのせいじゃん!」


私は恥ずかしさを隠すように立ち上がって、シャワー室に入った。


(・・・でも・・・正直、思いっきりしたって感じで、気持ち良かった・・・かな・・・。)


シャワーのお湯を浴びながら、私はぼうっとしていた。


不意に、バタンという音が聞こえた。

その時は、特に気にもしていなかった。

空気の入れ替えで窓を開けたか、閉めたか・・・どっちかだろう、と。


シャワーを浴び終わってから、綺麗になった部屋には、いつも通り優貴さんがいた。


「あ、悠理。ご飯食べていく?」

「うん・・・あれ?優貴さん、どうかしたの?」


「何が?」

「なんか・・・赤い、よ?ココ・・・。」


なぜか、優貴さんの左頬が赤くなっていたのだが、優貴さんはニッコリと笑って言った。


「うーん・・・虫刺され、かな?」


虫刺され、と呼ぶにはあまりも的外れな表現だった。

だけど、私はやっぱり気には留めなかった。


まさか、この部屋に…その”虫”がさっきまでいたなんて、ちっとも気付いていなかったのだから。







 [ それでも彼女は赤の他人。  瀬田 悠理 編  END ]


WEB拍手より加筆してます。紳士淑女の皆様のお声にお答えして、エロそうな所を主に(笑)