朝、教室に彼女が入ってきた。

表情は不機嫌そうだけど、話しかけるとパッと笑顔で答えてくれる。

本人曰く、ONとOFFの切り替えが激しいんだって。


「おはよう。梢ちゃん。」

私こと、山田里穂は、いつも通り友人の岸本梢に挨拶をした。

「…おはよ。」

梢ちゃんは一瞬だけ笑って、すぐに表情を戻して席につく。

即座に周囲に人が集まり、昨日あった事を楽しそうに梢ちゃんに話す。


「何それ、ウケるね。」


そう言いながら、梢ちゃんは愛想笑いをする。

・・・いつから、あんな乾いた笑い方をするようになったのだろう。

梢ちゃんは人付き合いが上手い。

人に合わせたり、人の心を掴んだり、好かれやすい。

現に、私だって梢ちゃんに昔から心底嫌だなって気持ちを抱いた事は無い。



でも・・・梢ちゃんに面と向かって嫌いだって言った人を私は知っている。




 『…あたしさ、最近のアンタめっちゃくちゃ嫌い!』




・・・望実ちゃんは、まだあの時の事、怒っているのかな・・・。



それまでは、私達3人仲良かったよね…?

私…同じ学校に通うようになったら、また3人で仲良く帰って、放課後お茶したり出来るんじゃないかなって思ってた・・・。



私は、二人みたいな友達が眩しくて、羨ましくて、一緒にいられる自分が誇りだったんだよ。



「ん?何見てんの?山田。うちらの話、加わりたいの?」


グループの一人に睨まれる様に見られた私は、笑いながら首を横に振って

「ううん、楽しそうだなって見てただけ。どうぞどうぞ。」と視線を逸らす。


地味な私は、梢ちゃんの隣の席ってだけの存在。

クラスメートもそういう認識だ。


「・・・うっざ。」


こうやって、聞こえるように小声で言われるけれど、気にしない。

私は、そういうグループには入れないって自覚があるから。


望実ちゃんは、いない。

梢ちゃんと私は、学年が一緒なだけのクラスメート。


過去を振り返っても、戻ってこないあの日々。

二人共、今は友達というよりも顔見知りだ。



(うん・・・これでいいんだ。元々、3人共、赤の他人なんだから。)





 [ それでも彼女は赤の他人。   山田 里穂 編  ]






昼休み。

教室でお弁当をそっと広げる。


(あ、お母さん今日はアスパラベーコン入れてくれた。)

ぼっち飯だって笑われたって、私はもう慣れた。

話すキッカケがなんとなく無いまま、こうなってしまっただけ。


私は、別に誰かに特別嫌われてはいない。話しかければ、みんな、ある程度話してくれる。

だけど、特別好かれている訳でもない。


だから、こうやって昼休みは一人なのだ。


”ガタン”という音がなり、机がくっつけられた。


「里穂、一緒に食べよ?」

「梢ちゃん。」


それは、久々のお誘いだった。多分、気まぐれかなって思う。

勿論、私は梢ちゃんを笑顔で迎えた。


「里穂のお弁当って本当に手作りって感じだね。」

「そう?でも、地味だよ?」

「贅沢者だよ。自分で作るのだって結構かったるいんだから。」


そう言って、梢ちゃんは菓子パンを二つ机の上に放り投げた。

栄養バランスの話でもしようかと思った矢先、梢ちゃんは天気の話をするみたいに言った。


「あ、そうだ。」

「ん?」

「佐々木、シメといたから。」

「・・・え?」


佐々木、とは…今朝、私に向かって「うざい」と言ったクラスメートだ。


「それ・・・どういう・・・?」


?マークだらけの私に、梢ちゃんは蚊に刺された後みたいな感じで煙たそうに話す。


「アイツ、最近調子乗ってんのよね。里穂、何もしてないのに勝手に噛み付いてさ。雰囲気ブチ壊したから。」


”・・・何、したの?”とは聞こうとしたが、言葉が詰まった。

視線で佐々木さんを探したが、どこにもいない。


「里穂は何も心配しなくていいよ。私が、ちゃんと管理するから。」


梢ちゃんは、そう言って笑った。

管理なんて…そんな言い方しなくてもいいのに。


「梢ちゃん、私は平気だよ。こうやって、たまに梢ちゃんとお昼食べたり、一緒に帰ったり出来たら…。」


「まだ、小中学生の話引き摺ってんの?里穂」


梢ちゃんにとっては、苦い思い出のある中学の話。

それは、私にとっても。

望実ちゃんにとっても。


「だって、私にとってはすごい楽しくて、大事な時間だったんだもの。」

「・・・いいよねぇ、里穂はさ・・・。」


ふっと笑う梢ちゃんは同じ歳とは思えない程、大人びてしまっていた。

それでも…私は梢ちゃんの友達として、良くない事は良くないと指摘した。


「・・・だから、他の人が私の何を言ってもいいの。ああ、たまたま間が悪かったんだなって思うから。

梢ちゃんは…何もしなくていいの。」


シメる、なんて…そんな事しなくてもいいんだ、と私は伝えた。

梢ちゃんは、へらっと笑って菓子パンの袋を開けて言った。


「そんなんで人を許して片付けられるなんて、まるで仏じゃん。里穂。」


仏なんて表現をされて、私は慌てて否定した。


「許すとか許さないとかじゃないんだよ。私が怒る所じゃないから怒らないだけ。

だから、梢ちゃんは…」

そうは言ったけれど、私だってまるで気にしないわけじゃあない。

少しは傷つく。自分の事を解っているだけに、余計に傷つく時もある。


「私は、ぶっちゃけ許せないけどね。里穂がそういう扱いされてるの見たら、面白くなんかないに決まってんじゃん。」


きっぱり、カッコ良くそんな事を言われたら、私は何も言えなくなってしまう。

良くない事だって指摘しなきゃいけないのに、嬉しさが滲み出てしまう。


「・・・・・・。」

「何よ、笑っていいのよ?里穂。」


梢ちゃんって、やっぱり私と違って凄いって思うのは、そういう所だ。

自分が正直に思った事をそのまま実行に移してしまう事。


でも・・・。



「山田ってさ、梢と実は相当仲良いんだよね…」

「そうそう、佐々木のヤツ、思い切り地雷踏んだよね。ウチ、すぐに”あ、やべえな”って思ったもん。」

「…で、佐々木は?」

「まだ体育準備室にいるんじゃない?誰か、そろそろ開けに行ってやんなよ。」

「・・・じゃんけんする?」

「あ、ねえねえ、そんな事よりさー知ってるー?さっきLINEで画像が来てさー…」




でも、私の、私達の一瞬の喜びの下で、誰かが泣いているのかも知れないって思うと、笑った後にどうしても不安が訪れてしまうのだ。



本当に、それでいいの?って。

ただ…私は梢ちゃんと違って、思うだけ。


思うだけで、何もしない。

実行や改革なんて出来ない。人にあれこれなんて言えない。


梢ちゃんにだって・・・私は・・・。

これ以上アレコレ言ってしまったら彼女を傷つけるかもしれないから、言えないのだ。




『それは違うね。里穂。』



望実ちゃんの声が聞こえたような気がした。


あの時。


梢ちゃんと望実ちゃんが決別した日。


私は望実ちゃんに「梢ちゃんに、あんな言い方しなくても」と少し責めてしまった。

望実ちゃんは言った。


『確かにさ、言葉はキツかったと思う。梢だって、今の状況に好きでなったんじゃないってのは解る。

だけど・・・だからって、道から外れそうなのを見て見ぬフリなんか出来ないよ。ちゃんと止めてやらなきゃ。

手を引っ張って、殴ってでも、ちゃんと真ん中歩かないと危ないよって教えなきゃ、梢が危ないんだよ?

里穂はさ・・・確かに優しいよ。でも、それだけじゃ梢はこっちに戻って来ない。


アンタは、梢を傷つける自分を怖がってるだけだよ、自分が傷つきたくないだけだよ。

それは、思いやりなんかじゃない。』



それは、深く深く心に刺さった。

私は何も言えなくなり、泣いてしまった。


望実ちゃんは、それ以上、梢ちゃんに関して何も言わなくなった。

思えば、梢ちゃんは…あの時、傍に誰かついていてあげるべきだったのだ。

あれ以来、彼女は心の底から笑った事なんか無いのだ。





――― ”藤宮 優貴”が現れるまでは。





梢ちゃんが度々二年生の教室に出入りしている事を聞いたのは、私が3階の女子トイレに入った時だった。


「あの岸本ってさァ…色々ヤバいらしいね?」


梢ちゃんの話をする人は、大体いつもそう言う。

否定的だ。


・・・本当の梢ちゃんを知りもしないで。


私は、梢ちゃんの事を知っている。

普段の梢ちゃんしか知らない人は、きっと彼女を否定的な目で見るだろう。


「そうなの?結構、友達多い子じゃん。」

「いや、それがさ。瀬田!瀬田悠理!アイツ、なんか岸本に脅されてるみたいなんだって〜。」



(お・・・脅されてる・・・!?)


「あ、そういえばさっきも来てた。瀬田の顔、マジシリアスって感じだったモンね。」

「まあ〜瀬田って気が弱そうだもんねぇ…。でも、下級生に脅されるとか…。んーまあ、納得?」



知らなかった。

梢ちゃんが、上級生にそんな事をしているなんて。

どうして、そんな事を?


いや・・・梢ちゃんの事だから、瀬田先輩の事で何か許せない事があったんじゃないだろうか。

私は、素直にそう思い込んでいた。



「まあ、瀬田には望実大先生がいるんだし、別に大丈夫でしょ。」


(ノゾミ…望実、ちゃん…!?)


二年生で、望実ちゃんと言ったら、私がよく知っている望実ちゃんしかいない。

事実確認するなら、瀬田先輩か望実ちゃんだろう。


『余計な事しないで』


・・・梢ちゃんにそう言われそうな気がした。


今まで、私は梢ちゃんとも望実ちゃんとも距離をとって付き合ってきた。



あの二人が喧嘩した時以来・・・。


『余計な事しないで!』

『何が余計な事だよ!間違ってるって指摘して何が余計なんだよ!』


『それが余計だって言ってんの!間違ってるかどうか、それで良いか悪いか判断するの、私だから!』


『そうやって大人ぶって一人で選択して決めてるつもり!?そういうのが子供だって言ってんだよッ!

結局、梢がやってる事は…間違ってるし、アンタらしくもないッ!』


『・・・アンタなんかに何がわかるのよッ!!』


仲の良かった二人が言い争っている。

目の前がグラグラと揺れるだけで、私は何も言えないし何も出来なかった。





 ――― やめてッッ!!!





・・・私があの時、そう言っていたら、二人は喧嘩別れなんかしなくて済んだだろうか。


実際の私は、あの時・・・やはり何も言えなかった。

ただ、オロオロしていただけで、二人の仲がどんどん悪化していくのをただ見ているしかなくて。

いや、仮に私が何か言ったら、もっと加速度的に悪化しそうだった。


遅かれ早かれ…そうなっていたのかもしれない。


だから、私は学んだ。


”適切な距離”を。


だから…私は最初、梢ちゃんの事を探ろうなんて思っていなかった。

嫌われたくなかったから。




でも、幸か不幸か…その状況に出くわしてしまったのだ。


放課後、夕日が差し込む廊下。私は化学準備室の中にいた。

化学の先生ったら、珍しく実験なんてやって、みんなも異常に実験で盛り上がって、ビーカーやフラスコが大量に汚れてしまった。

授業の最後にぱっぱと洗って、3分の1洗い損ねたビーカー類をあらって、丁寧に拭いて戸棚にしまっていた。

・・・こういう事するの、いつも私の役目なんだけどね。

いいんです、私こういうの嫌いじゃないから。


遠くでソフトボール部の掛け声が聞こえていた。

(もう、梢ちゃんも帰っちゃったかな・・・。)

そんな事を考えていた時、ハッキリとそれは聞こえた。


「・・・気持ち悪いんですよ、マジで。」


梢ちゃんの声だった。


「前回も言いましたよね?まだ別れてなかったんですか?」


梢ちゃん・・・?

誰かを責め立てるような声だ。

まるで、望実ちゃんと喧嘩した時みたい…。



「女子高って環境に甘えてません?やっぱりどうかと思うんですよね、同性愛なんて。胸張って言えます?」



ああ・・・梢ちゃん・・・女子高なんだから、それ位・・・それ以上言わなくても良いじゃない・・・。

別れるかどうかまで、口出すことないよ。

そうは思っても、行動に移さない私。



「ねえ、ホント現実、ちゃんと見て下さいよ、瀬田先輩。」



”瀬田先輩”


・・・本当、だったんだ・・・。

梢ちゃん、本当に・・・瀬田先輩を脅して・・・。


どうしよう。友達として止めるべきだろうか。


胸がズキズキと傷む。


『アンタは、梢を傷つける自分を怖がってるだけだよ、自分が傷つきたくないだけだよ。


それは、思いやりなんかじゃない。』


望実ちゃんは強いから、自分の思いを通せるんだよ…。


私は・・・弱いもん。

傷つきたくないって思うのは当たり前じゃない。

大事な友達に嫌われたくないって思うのだって…。



『自分が傷つきたくないだけだよ。それは、思いやりなんかじゃない。』


そう・・・。

結局、私は友達思いなんかじゃなくて、私は自分が可愛いだけなんだ。



それを自覚した瞬間、何て自分は嫌なヤツなんだろうって思った。

結局、梢ちゃんがどうなろうと自分が嫌われる位なら見て見ぬ振りをするんだから。



(梢ちゃんは…私の事、助けてくれたのに・・・私は・・・。)


足取りが重い。家がやけに遠く感じる。

街中をぶらぶらと歩き、本屋を3軒程はしごしたけれど、全く購買意欲なし。


(・・・あれ?)


ぼうっと道を歩いていると、コソコソと移動する妙な人が目に付いた。


(望実、ちゃん?)


紛れも無く望実ちゃんだった。が、いつもと違うのはコソコソと歩いていた事。

看板の後ろに身を潜めている望実ちゃんにそっと声を掛けてみる。


「・・・何してるの?」

「っ!!!」


急に声を掛けられたせいか望実ちゃんは物凄くびっくりして息を止めて、やがて私だと解るとホッとしたように笑ってくれた。


「なんだ〜山ちゃんじゃん!」

「なんだはコッチの台詞だよ。一体、何を見て・・・!!」



視線の先にいたのは、梢ちゃんだった。

隣にいるのは…凄く綺麗な女の人。



「・・・梢ちゃん・・・?」


梢ちゃんが、凄く楽しそうに笑っている。


あの頃、梢ちゃんと私と望実ちゃんの3人と一緒にいた時みたいに。


(あんな風に、まだ笑えたんだ…梢ちゃん…。)


もう随分と、あの笑顔を見ていない。

不機嫌そうで寂しそうで…満たされていない感じで、ずっとぼうっとしていた。



「ねえ…梢、最近おかしくない?」

ふと、望実ちゃんがそう聞いてきた。


「え?・・・別に・・・」


むしろ、今がおかしい、と感じるくらいだ。

あの女の人と一緒にいるから?


私だけじゃ、あの笑顔を取り戻せなかった。

それなのに、隣の女性が何かを言う度に梢ちゃんはコロコロと笑っていた。


私じゃ、やっぱりダメだったんだ、と思い知らされた。


「望実ちゃん・・・あの人、誰なの?」

「ん?ああ…藤宮優貴さんって言うの。…あたしの友達のお姉さん。」


「そのお姉さんの事、どうして、望実ちゃんがコソコソ尾行するような真似を?」

「ど、どうしてって…別に…。ねえ、それよりも!ホントに最近の梢は・・・」


望実ちゃんの話を遮るように私は声を漏らしてしまった。


「・・・あ。」


藤宮さんが、梢ちゃんの耳に唇をあてたのだ。

その瞬間、梢ちゃんの目が一気に潤んだものに変わり、照れたように俯きながら笑った。


「くっそ・・・もう、藤宮さん・・・!」


望実ちゃんが頭をガシガシと掻き毟りながら、悔しそうに声を漏らした。


「望実ちゃん…どういう事なの?梢ちゃん、瀬田先輩には”同性愛なんて気持ち悪い”ってなじってたのに。

梢ちゃん・・・あれじゃ、まるで・・・」



”あの女の人に恋してるみたい。”



「は・・・ははは・・・は〜あ・・・山ちゃんにもそう見える?」

乾いた笑いを浮かべながら、望実ちゃんは聞き返した。


「見えるよ。梢ちゃんと何年の付き合いだと思ってんの?」


私の心の中には、今物凄く汚いものが山積していた。

梢ちゃんは間違いなく、藤宮さんが好きだ。


「だよね…。ねえ、山ちゃん…あたしの質問にも答えてくれない?」

望実ちゃんが、小さい声で聞いてきた。


「何?」

「梢、最近、瀬田悠理に何かしてない?」


否定して欲しい、と願うような望実ちゃんの目を私はじっと見た。


ああ、繋がった。

繋がってしまった。



「・・・してる。瀬田先輩を傷つけるような事を・・・。」


望実ちゃんは、それから私に藤宮さんと瀬田先輩の関係と瀬田家に起こった事を簡単に話してくれた。

異母姉妹だけど、物凄く強い絆で結ばれた姉妹なんだって。

・・・望実ちゃんは二人の関係の話の時、妙に言葉を選んでいるようにも見えた。


そして、私は梢ちゃんが瀬田先輩を脅迫している事を話した。


望実ちゃんは言った。


もしも、梢ちゃんが妹の瀬田悠理を傷つけたとして。

それを姉の藤宮優貴が知ってしまったのだとしたら。



”藤宮優貴は、敵として梢ちゃんをどうしようもなくなるまで傷つけるだろう”、と。



そんなオーバーな、と言い掛けた私だが、望実ちゃんの目は真剣だった。

瀬田先輩のお父さんは藤宮さんに復讐されて、瀬田先輩の家は一時期ボロボロになったと聞いた。


「じゃあ・・・梢ちゃんは、藤宮さんに今・・・」

「多分…骨抜かれて、ゆっくり毒回されてるって感じ…。」


「瀬田先輩に、お姉さんを止めてもらえないの?」

「・・・そうする前に、梢を止めた方がいいと思う。マジであの人は怒らせたらヤバイの。」


望実ちゃんはいつになく真剣な顔でそう言った。

梢ちゃんと藤宮さんが会うのを止めるべきだ。私達の結論はそうなった。



「でも、どうやって?」

「まず、梢が悠理にちょっかい出さないようにするしかない。」


「そう、だね…。」

「あと…藤宮さんと梢も会わせないようにする。」

「うん…。」


梢ちゃんが笑顔でいられる人。

藤宮さんがどんな人なのか、私はよく知らない。

でも、悔しかった。

私と一緒の時には、あんな笑顔・・・。


これは・・・嫉妬、なのかな・・・?

もしも、そうだったら・・・梢ちゃんに”レズなんて気持ち悪い”なんてなじられてしまうのかな?


・・・でも・・・梢ちゃんだって・・・。

その人、女の人だよ?しかも、姉妹で仲良くしてるのに…別れろだなんて。

血が繋がっているのに、赤の他人がその間に入り込もうなんて、バカだよ、梢ちゃん。


そこまで考えて、やっぱり私は嫉妬しているのだ、と自覚した。


「・・・山ちゃん・・・あたしさ、梢には嫌われてるからさ。どうとでも行動できるんだよね。」


ふと、望実ちゃんがそう言った。


「・・・え?」

「悪者になる覚悟は出来てんの。だから、全部あたしのせいにしちゃえばいい。だから・・・。」



望実ちゃんは・・・きっと、あの喧嘩の時から後悔していたんだろう。

結構、責任感強いんだもの。


そうじゃなかったら、梢ちゃんの為に泣いたりなんかしない。




「山ちゃん、梢を…止めよう!」




こうして、私は・・・望実ちゃんと手を組んだ。





―― そして。




「あら、初めまして・・・よね?」


私は、藤宮さんの部屋を訪ねた。

制服を見て、私を瀬田先輩の友達だと思ったようだ。

間近で見ると、藤宮さんは本当に綺麗な人だった。

こんな人がお姉さんだったら、すごく自慢になると思った。


「…悠理のお友達かしら?どうしてここに…?」


口調は落ち着いているのだが、目はちっとも笑っていなかった。

瀬田先輩がいないのに、私がここを訪ねてきたのを不審に思っているのだろう。


「あの、単刀直入に言います。梢ちゃんを…許してあげて下さいッ!!」

そう言うと、藤宮さんの表情から笑みが完全に消えた。


「あぁ、そっち・・・。」


「…私、梢ちゃんのあんなに笑った顔、久しく見た事ありませんでした…。

瀬田先輩にあんな事言っておいて、ムシがいい話だとは思います!

貴女が素敵な人だって解ってはいるんですッ・・・でも!

梢ちゃんを傷つけるつもりなら、これ以上はッ・・・やめて下さい・・・ッ!お願いします!」


きっと、梢ちゃんは恋をしたのだろう。

藤宮さんを好きになったから、妹である瀬田先輩と別れて欲しかった。

姉妹に別れろなんて可笑しいけれど、赤の他人では近付けないほど二人の姉妹の関係は深かった。


だから、瀬田先輩を脅して傷つけて…苦しめた。

藤宮さんは、そんな梢ちゃんを許さなかった。


「その台詞は、貴女じゃなくて・・・本人から聞きたかったわね。」


「藤宮さん。梢ちゃんの事、許してはくれないんですか・・・?」


「・・・私は自分の家族を傷つける人間は絶対に許さない。失ってからじゃ遅いから。」


冷酷な目。

背筋が凍るかと思うほど、冷たい。


「・・・でも、そうね・・・チャンスをあげる。」


そう言うと藤宮さんは、私に部屋に上がるように言いました。



「私が開けるまで、この押入れから自分から出たらダメ・・・って言うのはどう?」

「それで、梢ちゃんの事、許してくれるんですか?」


藤宮さんは頷いて、押入れを開けた。

私はゆっくりと押入れの中に入った。

暗くて、少しだけカビのニオイがしたけれど、別にこの程度なら、とそう思っていた。



・・・5分後、私はとてつもない後悔をする事になった。

瀬田先輩が藤宮さんの部屋にやって来たのだ。


二人は、そのまま…キスをして…そのまま…。

押入れの中にいても、それらの音や声、物音…生々しい程、ハッキリと聞こえ・・・。


二人の姉妹は・・・ただの異母姉妹じゃなかった。

心も身体も、繋がって・・・お互いを求め合っていた。


きっと藤宮さんは・・・最初から、私も許す気は無かったんじゃないかなって、思った。


私は、梢ちゃんをあんな風に笑顔にしていた藤宮さんに嫉妬していた。

でも、それは私が梢ちゃんとどうこうなりたいからって訳じゃない。


襖一枚を隔てた場所で女同士、しかも姉妹が愛し合っているのを知ってしまった私は

梢ちゃんへの想いと姉妹が抱き合っている想いは違うんだと必死に必死に言い聞かせた。


瀬田先輩が達する度に、私はどうしてこんな所にいるのか、と後悔でいっぱいになった。


梢ちゃんの為?

私の為?


…こんな事になったのは、梢ちゃんのせいだって一度も思わなかった、と言えば嘘になる…。


梢ちゃんが、藤宮さんを好きにさえならなければって思った。


でも・・・。


望実ちゃんに手を組もうと言われた日。



『あのさ・・・梢の事、あたし・・・凄く後悔してんの。

あの後、変わらず一緒にいれば良かったのに・・・あたし、梢を・・・汚いって遠ざけた。』


梢ちゃんは…昔、大学生の男の人と付き合っていた事があった。

別に好きでもなんでもない人だけど、好きになれそうだったから付き合ってみた、って言ってたっけ。

女の子が集まって、そういうエッチな話題の時に梢ちゃんは異常にベラベラと喋った。


私も望実ちゃんも…そんな梢ちゃんは梢ちゃんらしくないなって思ってた。

無理して大人ぶって、他人の興味を惹いているように・・・。


『梢はきっと…あたしがいつも話の中心にいるのが嫌だったんだよ。

自分なりに、自分が輝けるような、注目されるような事が欲しかったんだと思う。』


・・・確かに望実ちゃんは、いつもみんなの話題の中心にいた。

何を話しても望実ちゃんなら面白かったし、みんなも望実ちゃんが中心でいる事を望んでいた。


『でもさ…そんな事の為に自分を投げたんだって思ったらムカついて…いや、あたしのせい、なんだけどさ…。』


望実ちゃんも、あれから色々考えていたらしい。


『今度は逃げない。あたしは悪者になってでも、梢の事を助けたい。』


その時、私も・・・逃げないって誓った。


「よく声を出さなかったわね?」


押入れの扉が開いた。

顔をあげると、裸の藤宮さんが綺麗な笑顔で立っていた。

恐怖を覚えるほど、綺麗で冷たい視線。



「・・・梢ちゃんの事、許して、くれるんですよね?」


私は涙を拭きながらそう言った。



「ええ。私からは、彼女に会わないわ。でも・・・」


「でも?」


「でも・・・もしも、梢ちゃんが私を求めて、悠理に変なマネをしたら・・・」





 ” あとは、知らないからね。 ”




「・・・!!!」



この人は・・・許す気なんか無い。

そう思った。


あとは知らない、と言ってニッコリと笑う藤宮さんの頬を私は思い切り叩きました。


叩いた後、逃げるように部屋を出ました。

泣きながら家に帰りました。




自室に入ると、すぐに望実ちゃんに電話をしました。



”望実ちゃん!私、逃げなかったよ!”って言いたくて。



そこで、やっと認める事が出来た。

私は、やっぱり弱虫だったんだって。



望実ちゃんは言いました。


『山ちゃん…よくやったよ、ありがとう。・・・ごめんね。』







 [ それでも彼女は赤の他人。  山田 里穂 編 ・・・END ]