「恋愛の終わり(ゴール)って、何だろう?」
「やっぱり、結婚?」
「でも、結婚した後がよく地獄だって聞くよね。じゃなきゃ、不倫とか流行る訳ないし。」
「じゃあ、結婚が恋愛の終わり(ゴール)じゃないじゃん。」
「ていうかさ、女同士だとどうなるわけ?」
「え?まあ、通常カップルよりも険しい道って感じはするよね。」
「世間の目を気にして、隠れてひっそり、とかさ…精神的繋がりがないと色々乗り越えられないんじゃない?
お互い強くないと厳しそう・・・。」
「そう?最近はそういうネタをオープンにしても、大丈夫なんじゃないの?
ジジイやババアが騒ぐだけでさ、大分昔より良いんじゃない。
結婚式したり届けだしたりしてるけどさ…そういう場合、ゴールとしては、どうなんだろうね?」
「ていうか、そういうの、恋が成就する前に、ずっと言えないまま終わる、とか多そうじゃない?悲惨〜。」
「まあ、それも一応、恋愛の終わり(ゴール)だよね。」
女子高で、なんちゃって恋愛トークをする輩も痛々しいったらない。
なーにが恋愛のゴールだよ。女子高で、男に縁も何も無いくせに。
恋愛に終わりがあるのだとしたら…。
― 続・それでも彼女は赤の他人。 岸本 梢 編 ―
『アンタ、今、どんだけ汚いか…自分で解ってる?』
私が、初めての男との恋愛の終わりを決意したのは、この一言だった。
別に、今更…あの人に何を言われても勝っていたのは、私だったのに。
急に、どうでもよくなってしまった。
大学生の男は、女癖が悪いって周囲に言われているのを気にしていたし、私に物凄く気を遣ってくれた。
ソイツは私の事が本当に好きだから、とか言ってたけど、私は当時”中学生”というブランドが、どれだけ価値のあるものか知っていた。
手放したくないし、騒がれて警察に捕まりたくないから、そんな事を言うんでしょ?って感じだった。
私は、汚くなんかない。
経験しただけ。大人になったら、嫌でもヤるんだから。
私は、汚くなんか、ない。
優貴さんだって…そう、思うでしょう?思ってくれるはず。
優貴さんは、大人だし、私達きっと似ている。
子供みたいな悠理先輩なんか、より…きっと私の方が妹らしくて、優貴さんに似合うもの。
パンケーキの甘い匂いが漂う店内。
優貴さんがバイトに来て、店内にはいつの間にか女性客が増えた。
でも、メニューにパンケーキって書いてるのに『洒落たホットケーキ』と言うババアばっかりだけど。
「あーあ…」
「何?どうしたの?」
優貴さんがコトッとハーブティーを置いてくれた。
「・・・最近、学校がつまらなくてさ。」
同じ女で優貴さん程、大人で理解力があるヤツがいなくって。
ガキの溜まり場で、腐っていくような感覚に包まれて、たまらないのだ。
最近、幼馴染の里穂も前みたいにやたら構ってくるようになって、ウザったくてたまらない。
前の距離感が丁度良かったのに。
「そういう時期もあるんじゃない?」
「最近は輪をかけて、だよ。優貴さんもJKだったらいいのに。」
そう言うと、優貴さんはフッと笑って、パスタを出してきた。
「・・・あれ?優貴さん・・・このパスタ新作?」
「オシャレなホットケーキに続いて、オシャレなパスタなんてどうかなって。」
「へえ…美味しそう。」
「ソースはトマトベースで、スイートバジルってハーブを使ってるの。」
「わお、オシャレだね。」
良い香り。
トマトと入っているハーブの匂いが混ざって、食欲をそそり、フォークを持たずにはいられない。
そういえば、この店ハーブの鉢植えが増えた気がする。
おかげで老人臭さがハーブで解消されてて私は嬉しかった。
「うん、美味しい。」
「良かった。」
にっこりと笑ってくれる優貴さんのこの笑顔。
瀬田悠理なんかには、もったいない。
アイツとは腹違いの姉妹ってだけなのに。
同じ女なら、私にだって勝機はあるし、アプローチをする権利もある。
・・・なのに。
あの女、ちっとも堪えない。
色々噂を流してやったのに…やっぱり決定的に”姉とデキてる”って噂の方が効き目あるのかな?
そうなると、優貴さんにまで迷惑かけちゃうかもしれないけれど、精神的支えに私がなればいいのだ。
いや、むしろ…その方がいいかも。
優貴さんは、妹なんて面倒だ、なんて言ってたし。
勘違いしている思い込みの激しい女って…本当に面倒臭い女に好かれちゃったんだね、優貴さんは。
『そうやって大人ぶって一人で選択して決めてるつもり!?そういうのが子供だって言ってんだよッ!
結局、梢がやってる事は…間違ってるし、アンタらしくもないッ!』
私もだよ、優貴さん。面倒臭い人間に囲まれて、疲れてるの。
身近な人間こそ、察して距離をとって欲しいよね。
私は、自分から距離をおいたのに…あいつ等と来たら…。
だから、優貴さんと私は同じなの。同じ者同士、一緒に過ごした方が、ずっと有意義だと思うんだ。
「あーあ、ますます学校に行きたくなくなっちゃう。」
そう言ってたら、『じゃあサボってデートにでも行く?』なんて、優貴さん言ってくれないかな?
サボる口実という名目で、優貴さんと昼間から堂々とデート出来…
「学校、行っておいた方が良いんじゃない?」と優貴さん。
「・・・えー?」
あれ?思惑が外れたなぁ、と肩透かしを食らった気分になる。
「始まりがあったら、必ず終わりが来るのよ。学校も同じ。」
そう言って、カップを拭きながら私を見る優貴さんの目が少しだけ…違和感を覚える。
いつもと違う。
「…そう、なんだけどさ…。」
「そうよ、だからガンバレ。私も明日は午前中、色々と仕込みがあるから。」
そう言って、優貴さんはくるりと背中を向けた。
(…まあ、いいや。)
とりあえず、パスタを口に運ぶ。
(うん、やっぱり美味しい。)
この喫茶店は、彼女と私の有意義な時間の為にあるのだ。
この場所だけは、特別。瀬田悠理なんか入れない聖域なんだから。
瀬田悠理の周囲にもっともっと種をまいて、あの女を優貴さんの隣に立てないようにしてやるんだから。
私は、わりと昔からそうだったんだけど、計画を立てて、順序よくこなす事が好きだ。
まあ、今となっては、私のキャラに似合わないって言われるんだけど。
瀬田悠理を今の位置から引き摺り下ろして、優貴さんを私のモノにする計画は順調だった。
優貴さんは、あれから時々だけど一緒に出掛けてくれるし、瀬田悠理の噂はどんどん広まっているし。
予想外だったのは、瀬田悠理が思ったよりタフだった事、野原望実が瀬田悠理の友人になっていた事。
望実は、私を知っている。あの頃から口を利いてないけれど、何かまた余計な事言ってくるかもしれないし、気をつけよう。
ああ、でも楽しいなぁ。
まるで、恋愛シミュレーションゲームみたい。
パラメーターを上げて、敵の人気を下げて、狙ったキャラの好感度を上げる作業。
(ああ、エンディング…楽しみだなぁ…。)
そうだ。
恋愛には、終わり(ゴール)は確かにあるのだ。
でも、終わり(ゴール)は一つじゃない。
一つじゃないから、結婚があったり、不倫があったり、色々と恋愛は始まりと終わりを繰り返すのだ。
その中の一つの終わり(ゴール)が…
自分の恋が成就する瞬間。
ベストエンディングってヤツだ。
それは、もうすぐ訪れる。
学校に行っても、私の頭の中はその事でいっぱいだった。
「最近…梢のヤツが…」
「あ、知ってる…あの噂?」
「ていうか、前々からさ…」
ああ、騒音まみれの学校が終わるのが待ち遠しい。
噂話が好きなババアなりかけの子供ばっかり。
今日は…そうだ、今から優貴さんに会いに行こう。
まだ午前中。
今、喫茶店に行けば…仕込み中の彼女に会える筈だ。
私は、2時限目で学校から出た。
甘い匂いの中で、優貴さんとの距離を一気に縮めるのだ。
あの人は、いつも変わらず私をやんわりと認めて受け止めてくれる人だ。
・・・あの望実なんかとは違う。
他人のクセに私らしくない、なんて解った様な口は叩かない。
今いる私、変わりゆく私を全て”良し”と認めてくれる人なんだから。
柄にも無く、走って喫茶店に来てしまった。
考えてみれば、こんな風に誰かに夢中になったのは初めてだ。
こんな恋愛、自分が出来るとは思わなかった。
ううん、そうさせてくれたのは、優貴さんがそれだけ魅力的だから、だ。
もうすぐ喫茶店。
甘い匂いが私と彼女を・・・
「優貴さ・・・!!」
優貴さんをビックリさせようと、そっと裏口から入った時。
甘い匂いが漏れ出していた。
でも。
鼻についた甘い匂いは、いつものそれとは違っていた。
女同士の甘い、匂い…。
「…悠理、可愛い。」
「ちょ…っと、優貴、さ…!ダ、メ…!」
私は…調理場で、半裸になって絡み合う異母姉妹姿を見た。
「あ、ホントにダメ?」
「・・・解ってるくせに。」
「「・・・ふふっ」」
二人共、お互いの事しか見えていなくて。
手や舌を伸ばし、お互いを求め、しっかりと繋がっていた。
「っはあ・・・でも、大丈夫なの?こんな事して。」
「大丈夫。今日、お店の人は、病院に行ってるし。私と貴女の二人きり。後で、パンケーキを焼いてあげる。」
・・・どうして?
「もう…急に呼び出したと思ったら…こんなの…!」
「良いじゃない。会いたくなったんだから。こんな事をしたくなるのは…貴女だけよ。・・・それに、満更でもない、でしょ?」
そう言って、優貴さんは私が見た事もない艶っぽい表情で、あの女に深い深いキスをする。
私に嘘を吹き込んだ罪作りな唇が…最も気に入らない桜色の唇に重なる。
「あ・・・!でも・・・材料、せめて冷蔵庫に入れない?」
「大丈夫よ、このハーブは・・・」
私が食べたパスタの中に入っていたスイートバジルだった。
「優貴さん、これ・・・」
「ええ、知ってるでしょ?」
「…もう、ダメだって言ったのに。」
「どうして?美味しいじゃない。」
「そうなんだけどさ…でも、花言葉が…。」
あの女が不満そうに途中まで言いかけて止めた。
その続きを姉が楽しげに話す。
「ああ、スイートバジルの花言葉ね・・・ ”好意” ”神聖” ・・・あと ”憎しみ” ?」
最後の単語で、私が全身の力が抜けるかと思った。
「優貴さんが言うと、最後のは洒落にならないよ。」
「・・・ふふっ。やあね、悠理ったら気にしすぎ。…だから、貴女にだけは、コレ食べさせていないでしょ?」
ああ、私は・・・食べた。
切り刻まれた彼女の憎しみを私は…食べた…。
「ホント、優貴さんって人の心の中読むの上手いよね…。なんか、見透かされてるって感じ。」
「そう?実際、私は興味無いわよ?他人の心なんて。
よく『自分の事を理解してくれて、受け入れてくれるのはあなただけ』とか、誤解されるんだけどね。
全〜然、違うの。」
「そ、そうなの?」
「そうよ。」
嘘、だ…。
優貴さんが嫌いなのは…興味も何もなくて、面倒臭いと思っているのは…!
(私じゃなくて、あの女の方よ!)
私は咄嗟に飛び出して、叫んでやろうかと思った。
「だからね、そういう興味も何も無い、面倒臭いヤツには・・・私、ただにっこり笑って受け入れているように見せかけて、接しているのよ。」
「・・・そう、なの?」
「だって、ああしたら良いとか言うのも関わるのも面倒臭いんだもの。でも・・・ホラ、今は、違うでしょ?悠理の前の私は、こんなに。」
「・・・うん、そうだね。優貴さんって、結構、裏表あって、不良なんだものね。」
あの女には、普段と違う優貴さんが解るのに、私には解らない。
「あー!ひどい表現。・・・ふふっ。まあ、合ってるわね。貴女には、全て見せてきたから。」
「・・・私も、優貴さんには、見せた。」
嗚呼、私がずっと見てきた優貴さんは・・・
「これからも、もっと見せてくれる?悠理…私は貴女を、もっと知りたいの。」
「優貴さんも見せてくれるなら、いいよ?」
「良いけど…その代わり…悠理は、ずっと私の傍にいて、見ていて。」
甘い言葉を交わした二人は、キスも交わす。
子供だと思っていた瀬田悠理が、目の前でどんどん大人に変化していく。
優貴さんは、それを知り尽くしているようで、どんどん唇も舌も指を・・・瀬田悠理にすべて与えていく。
「あー…ぁ…」
幸せに満ちた声が、瀬田悠理から漏れる。私からじゃない。
「悠理、好きよ・・・愛してる。」
――全部、嘘だったんだ。
その場、扉の影でへたり込む私の耳に、嫌いな女に私が与えられない悦びが与えられる音が聞こえる。
だけど、その音はどんどん遠ざかっていった。
― 続・それでも彼女は赤の他人。 岸本 梢 編 END ―