■■Inviolable Love■■










聖地の王立研究院。
そこに、一際目立つ容姿の少女が派遣された。




「この惑星のデータはそっち!あ、同じファイルに保存しないでねっ!」
王立研究院始まって以来、レイチェル、エルンストに続く秀才と言われている。
名前は、シオン。
薄茶の長いストレートヘア。
太陽を宿したような、琥珀とも、金とも取れる瞳の色。
明るくストレートな性格で、誰からも好かれていた。
それは一般人だけではなく―――。


「アンジェリーク!レイチェル!」
聖地に遊びにきていた、新宇宙の女王アンジェリーク。
そしてその補佐官のレイチェル。
数日前知り合ったばかりだというのに、三人は既に打ち解けていた。
「こんにちわ!シオン。お仕事のほうは大丈夫?」
「大丈夫だって。研究員にやる事は言っといたからね♪」
「相変わらずだね――シオン。ホントに秀才なのぉ?」
このように、普段ならお目にかかる事すら出来ないような人物達とさえ打ち解ける。
シオンの良さでもあり、ただ唯一の欠点だった。
打ち解けすぎて、男への警戒心が、全く持って皆無なのだった。
「それを言うならレイチェルもでしょーが。」
「ま、ねー★」
「二人とも、今日はカフェテラスに行くんでしょう?早く行きましょう。」
まるで昔からの友人のような。
それは見ているほうが微笑ましい光景だった。





「ルヴァ――?入るよ?」
地の守護聖、ルヴァを訪れたシオンは、ノックしても返事が無いので、勝手にドアノ
ブに手をかけた。
目に映ったのは扉に背を向けて、手にとった本と睨み合っているルヴァの姿。
(まぁ――たトリップしてるよ…)
シオンは心の中で溜息をついた。
そして大きく息を吸い。

「ルヴァっ!!!!」

部屋中に響き渡ったであろう大声で名前を呼んだ。
「うわぁっ?はい〜。…何だ。シオンでしたか。」
「何だとは失礼なっ!せっかくルヴァが頼んだ惑星系の本、届いたから直々に持って
来たって言うのに。」
抱えていた本をチラつかせ、わざと気を損ねた表情をする。
シオンはこの後のルヴァの反応が面白くて仕方ないのだ。
「わ、わわわ私はそんなつもりでは〜ええっと、その〜ですね〜っ…」
(守護聖ともあろうお人が…★一介の研究員に何慌ててんだか。)
シオンはくすくすと笑みを漏らした。
その行動に、ルヴァは拍子抜けしたような表情を浮かべた。
「し、シオン?」
「うっそ嘘★怒ってないよ。はい、コレ。その代わりお詫びにお茶飲んでって良い
?」
本を差し出しつつ、シオンは言った。
ルヴァは「またですか〜」と呟きながらも、嬉しそうに本を受け取った。
「お茶ですね。今淹れますから、待ってて下さいね〜。」
「ん。」
シオンは待っている間、ルヴァの部屋の本棚を見渡した。
きちんと揃えられている、莫大な量の本。
これを全部読んでいるのか、と思うと流石に驚かずにはいられない。
――と。


コンコン…


ノックの音がした。
それに気付いたらしいルヴァは「どうぞ。」と一言言い放つ。
「失礼致します。ルヴァ様、こちらにシオンは…」
「エルンストぉ?どしたのさ。」
エルンストの言葉が言い終わる前に、シオンは予想だにしなかった来訪者に声を上げ
た。
「おや〜どうしました、エルンスト。」
「シオン…貴方また研究員に仕事を任せて抜け出しましたね…!」
エルンストの眼は、ただシオンだけを捕えていた。
心なしか、声が怒っているような…。
「抜け出したなんて人聞きの悪い。ちゃんとやるべき事はやりました!後は大丈夫だ
と思ったから任せたの!研修中にサボる程、暇じゃないって。」
シオンはエルンストの言葉に起こったかのように言い返した。
ルヴァは相変わらずお茶の準備をしている。
「大体ちゃんとした用事があって来たんだからね。そういう自分こそ一介の研究員、
もしくは研修生なんかに時間かけてていいの?主任様っ。」
何気に『主任』を強調している。
エルンストはそれにより、頭を抱えた。
額に手を当てて、溜息をつく。
シオンは何かに縛られるのを極端に嫌う。
お小言を言おうものならば、確実にその毒舌で返される。
はっきり言って、毒舌はセイラン並、もしくはその上を行く。
「シオン、お茶が入りましたよ〜。さ、エルンストもどうぞ。」
「わ、私は…」
「あたしにお小言言うだけに神聖なる守護聖様の所に来たって訳?」
カップを受け取りながら、シオンは悪態を言った。
もうここは素直に折れるしかない。
それが最良の選択だと、エルンストは悟った。
「ご相伴に預かります…」
シオンには適わない。
改めてそれを実感したエルンストだった。



「シオンは研修が終わったら何処に配属されるんですか?」
「多分ねぇ…主星周辺の惑星か、聖地のままだと思うよ。普段なら聖地の王立研究院
になんて研修に来れないんだから。」
ルヴァとシオンの会話を聞きながら。
エルンストは三杯目のお茶を啜っていた。
シオンとは、研修が終わったら逢えなくなるかも知れない。
聖地に配属されれば、そんな不安は無くなるのに。
「シオンお茶のおかわりは?」
「あ、いるいるっ。エルンストは?」
「いえ…もう三杯頂きましたので…」
その様子に、シオンはきょとん、とした。
(何っかおかしいっ!また何か思いつめてるんだろうな。苦労性なんだから…。)
「エルンストっ!?」
「わっ…シオン、抱きつかないで下さいっ」
「あのね――っいい加減思い悩むのやめてよね!お茶がまずくなるじゃん!」
エルンストの腕に抱きついたシオンは、きっぱりと言い放つ。
暗い顔した人物を目の前にして、お茶が美味しく感じられる訳が無い。
「大体エルンストって悩んでても絶対人に言わないよね!」
…言える訳が無い。
シオンの事で悩んでいるなど、本人目の前にして…。
「もーいーや。ルヴァ、貸して欲しい本があるんだけど良い?」
「あ〜はい。どうぞ。どんな本ですか〜?」
二人は立ち上がると、本棚の前でなにやら会話を始めた。
この光景を見るたびに。
自分がどんどん心の狭い人間になっていくのが解る。
誰にも触れられたくなくて。話して欲しくなくて。
名前すら知らない感情に、困惑する。
「ルヴァ様、私は失礼します。」
「え、ちょっとエルンスト?…何アレ。ごめんルヴァ、あたしも行くわ!コレありが
とね。今度返すから!」
「はいはい。またいらして下さいね〜。」
ルヴァはにこやかに笑い、カップを片付け始めた。
そして独り言で。
「シオンって本当に鈍いですね〜。」
と呟いた。






「エルンストっ!!」
ばしっ!と言わんばかりに、シオンは思い切りエルンストの背中を叩く。
「何ですかシオン。」
「何とは何。突然どしたのよ?いきなり帰るなんてさ。」
不可解なエルンストの行動。
それはシオンを苛つかせた。
別にエルンストの行動を束縛するつもりはないし、他人にそんな資格もない。
ただ、突然の不可解な行動は気になる物だ。
「用事を思い出しただけです。」
「だからってね――」
「どうした、お嬢ちゃん。」
後ろから声をかけてきたのは、オスカーだった。
「オスカー!」
「オスカー様…」
また間の悪い時に…。
エルンストは心の中で自分の運命を呪った。
オスカーはシオンと逢えば必ずと言っていいほど口説くのだ。
「いい加減その『お嬢ちゃん』はやめてって!18歳がお嬢ちゃんって言われ喜ぶ
かっ!」
「俺の知ってるレディは20歳を過ぎていても『お嬢ちゃん』で喜ぶぜ?」
「あたしは喜ばないっつーの!」
一つにまとめて結い、長くたらしたシオンの髪を掴み上げ、オスカーは髪にキスを落
とした。
その行動に、エルンストはまた自分の勝手な独占欲が浮かんでくるのが解る。
「じゃあシオン…。これから森の湖にでも行くか?」
オスカーはくい、とシオンの顎を持ち上げ、腰を引き寄せる。
「あのね…女を見たら誰でも見境なく口説くのやめ…」
言いかけた言葉は。
後ろに惹かれる重力で途絶えた。
「へっ?」
「オスカー様、失礼します。」
ぐいぐいとシオンの腕を引っ張り、そのまま引き摺るようにエルンストは去って行っ
た。
「…ライバルの多いお嬢ちゃんだな…」
オスカーは珍しいエルンストの行動に笑みを洩らしつつ、自分の執務室へと踵を返し
た。





「ちょっ…ちょっとエルンストっ!痛いってば!」
「…あ、ああ…すみません。」
見かけから想像もつかない力で引き摺られて。
しかもその行動の意味が解らない。
「どーしたのさ、エルンストらしくもない。」
「…すみません。」
「謝って欲しいんじゃなくてね――っ!」
庭園のベンチに腰掛け、シオンは言葉を続けようとした――が。
「おや、また逢いましたね〜。」
緊迫したムードをぶち壊す、のんびりとした口調。
「ルヴァ!」
「ルヴァ様…。」
「どうかしました?鳩が豆鉄砲食らったような顔をして…」
(ルヴァの所為だっつーの…)
シオンは心の中の突込みを押さえ。
「どしたのさ?ルヴァがこんな時間に出歩くなんて。」
「散歩に出たらアンジェリークと逢いましてね、つい先程まで話をしていたんです
よ。」
「ふーん…」とシオンは答え、エルンストに向き直る。
引き摺られた左腕が、まだジンジンと痛む。
しかし、これ以上問い詰める気にはならなかった。
「…もう良いや。あたしまだ研究院に残るから。じゃーね、ルヴァ。」
「送りますよ。シオン。…エルンストはどうします?」
「私は…少し頭を冷やしたいので…」
エルンストの言葉に、「そうですか」とだけ言って、踵を返す。
負に落ちない表情を浮かべて、シオンもまた踵を返した。




「全く…私らしくないですね…」
名前も知らない感情に左右されるなんて。
いつもの自分は何処に行ったのか?
ルヴァに限らず、シオンが自分以外の異性といるだけで。
一般人も、研究員も、守護聖さえも耐え切れない。
―――『嫉妬』。
一番に当てはまる感情。
ただ、エルンストは夕暮れの風に当たっていた。

名も知らない感情に、心が支配されて。




それでもまた日は巡り。
シオンはエルンストに話し掛け。
他の異性とも話していて。
名前を知らない感情に揺さぶられて。



それでもまた、こんな日常は巡るのだった。