雨の日に
その日は朝から雨が降っていた
風もなく、細い雨が音も立てずに・・・・
この聖地では天災といったことは皆無で、宇宙の統治者である女王が、この聖地の天候をも管理しているためである。
254代女王である前女王陛下は、聖地の天候を穏やかな晴れの日にほぼ統一していたものだった。
しかし、現女王である255代女王アンジェリーク・リモージュは、自然の天候を時折味わわせてくれるようで、こうやって天候を変えているようだ。
リュミエールは書類を手に、オリヴィエの執務室へと向かっていた。
静かな足取りと柔らかな物腰で、静かな宮殿を歩く。
雨の日独特の湿った空気が宮殿を包んでいた。
世界が水に包まれているような感覚を味わいながら、外に目を向けた。
深呼吸をして天を見つめるが、淡い光を放っていて、当分この水の世界が続く事を示していた。
割と雨というものは嫌われやすいものだが、リュミエールは好んでいた。
水の守護聖という性質もあるのかもしれないのだが、なにか心惹かれるのを感じるのだった。
心落ち着くひとときを与えてくれる優しい者たち、そんな風に思えるのだ。
「オリヴィエ、失礼します」
ノックをして中へ入ると、栗色の髪をなびかせアンジェリークが振り返る。
今行われている女王試験の候補生の一人、アンジェリーク・コレット。
現女王と同じ名をもつ少女。
「アンジェリーク、いらしていたのですね。ご苦労様です」
「こんにちは、リュミエール様」
互いにふわりと笑って、挨拶を交わす。
アンジェリークは穏やかな、いつも微笑みを絶やさずにいる、そんな少女だった。
「ハイ、リュミちゃん☆どうしたの?めずらしいわね、こんな日に」
「そうですか?昨日言っていた書類の方をお持ちしまして」
オリヴィエの『めずらしい』の意味に首をかしげつつ、手に持っていた書類を見せる。
「ああ、ありがと。でも、すぐじゃなくていいって言ってたのにさ」
「他の執務が丁度なかったのもありましたので」
「ま、そこがリュミちゃんよね〜」
渡された書類に軽く目を通しながら、独り言のように言う。
この夢の守護聖であるオリヴィエとは、同じ時期にこの聖地に来、年も近いこともあって、仲は良かった。
もう一人の同年代の守護聖に言わせると“極楽鳥”らしい格好は、個性的で大胆で、誰もが目を奪われるものであった。そんな彼の姿を理解に苦しむといって、意義を唱える者も多いが、リュミエールは彼自身の個性と見えて不快感は感じない。
「ん!ありがと」
顔を上げて、彼独特の人懐っこい顔で笑う。
それを確認してリュミエールは微笑み返す。
「それでは、失礼します」
そう言って二人に軽く礼をし、ドアへと向かおうとした時、黙ってリュミエールとオリヴィエのやりとりを見ていたアンジェリークが慌てて呼び止めた。
「あっ、あの!リュミエール様」
ゆっくりとした動作で足を止め振り向く。とっさに呼び止めてしまった、というようにアンジェリークはばつが悪そうにうつむいてしまう。
この内気な少女のこういった仕草には慣れていた。
発言する時や逆に何かをきかれたときなど、よくうつむき加減で困ったようにしているものだった。
そんな少女をリュミエールは根気強く待つ。
「はい?」
いつもリュミエールはこの少女に出来るだけ優しく接していた。
元々“優しさ”を司る守護聖ではあるが、それ以上に気をつけていた。
「あの・・・もう帰られますか?」
「いえ、すぐには・・・どうかいたしましたか?」
「後でお伺いしようと思っていたので・・・」
言いながら、少し不安気な表情をしているアンジェリークを安心させるように柔らかく言う。
「私は急いで帰るような用事もないので、執務室の方にいますよ。では、後でいらっしゃって下さいね」
「はい」
安心してアンジェリークは、笑顔で返事を返す。
その笑顔にリュミエールも安心し、オリヴィエの執務室を出た。
初めてアンジェリークを見たときは、ひどく儚くて今にも消えてしまいそうな感じがした。
女王陛下や補佐官・守護聖らの前で、不安と女王候補生に選ばれた戸惑いとでいっぱいな様子がありありと見えた。
もう一人の女王候補生レイチェル・ハートは対照的な少女で、王立研究院をわずか10歳で卒業した天才少女と謳われ、自信に満ち溢れていた。
そんなレイチェルのとなりに立っていたアンジェリークは、ひどく頼りなさ気に見えていた。
そして試験が始まり、危惧していたよりもアンジェリークは頑張っていた。
いまだレイチェルに並ぶまでもいってはいないのだが、試験開始早々離されていた差も、確実に縮まっていた。
守護聖や教官らの誰もが予想していたよりも、アンジェリークは女王候補生として急成長していた。
リュミエールは初対面の時の、消えてしまいそうなただ内気なだけではない何かをアンジェリークに感じ始めていた。
この少女のとりまく空気のようなものが、心地良かったからだ。
「失礼しますー」
しばらくして、アンジェリークがリュミエールの執務室を訪ねてきた。
「ああ、アンジェリーク」
待ち人に微笑む。が、アンジェリークは慌てた様子で中に入り、一礼をする。
「すいません、リュミエール様!」
悲痛な表情で謝るアンジェリーク。
そんな少女の様子にどうしたものかとリュミエールは驚いた。
「アンジェリーク?」
「お帰りのところを私・・・足止めしちゃったみたいで」
めずらしくまくしたてるように言い、返す言葉が見つからない。
「すいませんでした」
再度深々と礼をするアンジェリークに驚いてその場に立ちつくしていたが、慌てて側へと駆け寄る。
「アンジェリーク、顔を上げてください。私は予定も何もなかったわけですし・・・あなたが謝ることなんてないのですよ?」
「でも・・・」
「本当です。安心してください」
「でも、オリヴィエ様が・・・・・」
そう言って語尾を消し、済まなそうに見上げる。
その言葉で、アンジェリークの様子の原因が何となく見えてくる。
リュミエールはアンジェリークを執務室の中のソファーへと促した。
「オリヴィエが何か?」
リュミエールの問いにおずおずと口を開く。
「あの・・・雨の日にリュミエール様が執務室にいらっしゃるのはめずらしいって言ってらして・・・」
「え?」
「それを聞いて、もしかしたら本当は早くお帰りになるのではと思って」
「そう・・・でしたか・・・」
思いもよらない指摘で考え込んでしまい、少々気の入っていない返事をしてしまっていた。
雨の日だからといって、執務室から遠ざかったことはなかったから。
が、先程のオリヴィエの『めずらしい』と言っていたのもそういうことからだと、納得する。
「リュミエール様?」
考え始めてしまったリュミエールを、うかがうように翡翠の瞳が見ていた。
「ああ、すいません。そんなことはないのですよ?」
そう微笑むと、アンジェリークは小さく息を吐いて顔を緩める。
「そうですか・・・オリヴィエがそんなことを。特別意識したことはなかったですし、考えたことなどなかったのですが、言われてみればそうだったのかも知れませんね」
「雨が降ったら・・・外出なさらなかったんですか?」
先程の不安な表情は消えて問う。
「そんなことはないです。宮殿に来ることは少なかったかもしれませんが、今日みたいな暖かい日は逆によく出掛けていました」
雨の日というのは晴れている日とまた違った景色があって、庭園などへと度々出掛けていた。
「それでオリヴィエ様はああおっしゃったのかしら・・・」
アンジェリークは少し首をかしげて言う。
「そうかもしれませんね」
その仕草に温かみを感じながら、何だかんだ言って意外に(と言っては失礼かもしれないが)色々と気の付く夢の守護聖を思って微笑み合う。
「あなたも雨の日なのに本当にご苦労様ですね」
その言葉に、また首をかしげてアンジェリークは少し考えて言う。
「リュミエール様、私雨の日って好きなんです」
「そう、なんですか?」
少し意外に思えた言葉に、リュミエールは聞き返した。
「はい。だから雨の日だって構わないんです」
にっこりと嬉しそうに返事をする。
「小さい頃から、そうだったみたいなんですけど。雨の日の景色って、いつも見ていう景色と違って楽しいんです。今日もここに来る途中に、まわりの景色を見ながら来たら時間がかかってしまって」
首をすくめて小さく照れ笑いを浮かべ、視線を外へと移す。
「私も、雨は好きです」
この少女が自分と同じく雨が好きでいたことが嬉しかったが、それと同じく少女が本当に楽しそうに話をしているのがとても嬉しかった。
窓の外でまだ降り続いている雨を見ているその横顔が、温かく穏やかな春の日を思い浮かばせる。
「ただ、こうやって見ているのも好きなんです。包まれているような、洗われるような気がして・・・落ち着くんです」
「そうですか・・・」
自分の心に温かいものを感じながら、アンジェリークの視線の先と同じところを見やる。
変わらず雨音も立てず、ただ静かに降り続く雨。
「あっ、すいません!私一人でべらべらと・・・」
途端に真っ赤になって、謝ってくる。
リュミエールはその言葉にやんわりと微笑んで返す。
「いえ、私も同じく思っていましたので・・・・とても嬉しいですよ。アンジェリーク」
「リュミエール様」
「あなたも、この雨を楽しんでいらしたのですね」
青く涼しげな瞳を細めて、リュミエールはまた外の雨に目を向ける。
アンジェリークはそのリュミエールの横顔を見ていた。
繊細で儚くも見える、優しく穏やかな表情。
いつも、うまくいかなくて不安な自分を温かく接してくれていたリュミエール。
いつの間にか、リュミエールの側はとてもとても心地好いものになっていた。
この雨はまるでリュミエール様のよう・・・・・
しばらく二人は何も言わず、静かにただ雨を見ていた。
が、小さな小さな音が二人を現実に戻した。
「きっ・・・聞こえました??」
おなかを押さえ、真っ赤になりながら聞くアンジェリーク。
アンジェリークのおなかの音が鳴ったのだった。
そういえば・・・と、考える。
昼の時刻はとうに過ぎている。
恥ずかしさのあまり、うつむいているアンジェリークに優しく話しかけた。
「お昼は・・・まだですか?」
「ハイ・・・すいません・・・宮殿につくの・・・遅くなって・・・それで・・・」
だんだんと声を小さくさせ、消えそうにしている。
そんなアンジェリークに明るく提案をした。
「では、これから私邸へいらっしゃいませんか?私もまだ食べてないのです。少し遅い昼食を一緒にいかがですか?」
「ええっ!?でも・・・」
顔を上げて、いきなりの誘いに困惑するアンジェリーク。
「あなたが構わなければ・・・でよろしいのです。ご不都合があれば無理には・・・」
「いえ!でも、お昼だなんて・・・本当によろしいんですか?」
少し悲しげな表情で返してきたリュミエールに慌てて否定して、申し訳なさそうに問う。
「ええ、構いませんよ。ただし、雨の中の散歩付きですけど?」
楽しそうに言うその言葉に、アンジェリークに笑顔が戻る。
「はい。私、雨の中歩くのって大好きですから」
「では、参りましょうか?」
「はい!」
嬉しそうに瞳を輝かせて、アンジェリークはリュミエールの後に続いた。
みい様から頂いた、リュミ様×温和ちゃんです。
なんだか、ほのぼのしていて、良い感じのカップルですね〜。
読み終えた瞬間、何やらぼんやりしてしまいました(笑)
おずおずした温和ちゃんに優しく接するリュミ様が、かなりツボであります。
温和×リュミもいいかもとか思ってしまった作品です。
みい様、どうもありがとうございました。(^^)