One Drop
「本当はね、最初に気が付いた時、すぐにでもこの宇宙に来ようしていたんだ」
ある日、ふとしたはずみにセイランが告げた言葉に、
アンジェリークは思わず呆けた顔をした。
そんな顔に、セイランはいたずらっぽく微笑む。
あどけない笑顔。
本当にこの少女は、今やひとつの宇宙を支える、
…いや、
己の全てを捧げるべき主なのかと、思わず疑うくらい。
それくらい、彼女は変わっていなかった。
久しぶりに見た、そんな変わらない表情が嬉しくて、
セイランはクスクスと笑みつづけた。
そんな様子に、アンジェリークは少しむくれて顔を逸らした。
「だ、だったらなんで、
来られるまで、あんなに時間がかかったんですか?
あの子だって、色々悩んでいたんですよ」
その言葉に、セイランは変わらず笑みつつ、
「だって、
お呼びがかかったからって、待ってましたと出向くのは、
…なんだかつまらないじゃないか?」
セイランのクスクスした口調のそんな言葉に、
アンジェリークはますます頬を膨らませ、すっと立ち上がった。
「? アンジェ…?」
「もう、知らない!」
そっぽを向いたまま、アンジェリークは呟く。
「…私…、…ほんとうに、本当に嬉しかったのに。
セイラン様と…こんな形でまた会えるなんて、
しかも、ずっと…一緒にいられるなんて、…思っても見なかったから。
ほんとうに…うれしくて…
なのに…、いつまで待っても全然…来なくて…」
語尾は、涙にかすれていた。
セイランは、少し寂しい顔をする。
「僕もだよ」
静かな声で、セイランは言った。
アンジェリークはその声にピクリと肩を震わす。
「そして、それと同時に、…酷く…腹立たしくなった。
…君は違う?」
セイランの言葉に、アンジェリークは思わず振り返った。
そんなアンジェリークに気付いて、セイランはふとそちらに視線を向けた。
「少しだけ、昔話…しようか」
セイランは、微笑みとも、憂いともつかない表情をした。
「幸か不幸か、君達よりも多分大分早く、僕はそれを知ったんだ」
その言葉から始まり、
セイランは、ぽつりぽつりと語り出した。
それは、
ほんの数ヶ月前の話。
絵筆を走らせていた。
丁度その時だった。
何も変わらない。 まるで日常の風景。
そんな時に。
筆を握った手に、
何かを感じた。
それが何なのかは、すぐに分かった。
だって、
『その』予感は、
本当に前々から、あったことだから。
そして、
…だからこそ、
この運命が、憎くて、憎くてたまらなかった。
そう、
まるで、
何かの、大きな力に弄ばれているようだ。
『それ』を感じた時、真っ先に、
セイランは、いるかいないかも定かでない運命の女神とやらを、
心底軽蔑した。
「セイラン様は、…守護聖にはなるのは、お嫌でしたか?」
アンジェリークはぽつりと問う。
「嫌とか、そう言うんじゃなくてね、…ただ、悔しかったんだよ、
だってそうだろう、こんな馬鹿馬鹿しい運命も、あったものかい?」
ため息混じりに言って、セイランは遠い目をした。
本当ならばもう、とっくの昔に、終わっていたはずの恋。
内気な女王候補と、皮肉屋の教官の、儚くて幼い。
彼女は女王を選び、
彼はそれを見送った。
そこで、エンドマークはついていたはず。
二人は確かに、別の道を歩き始めた。
…それでも。
運命はことごとく、
『別れ』の二文字を打ち崩して行った。
「…確かに…、おかしな、…ううん、おかし過ぎる話ですよね」
アンジェリークセイランの話に、苦笑を浮かべる。
こういう時のおどけた雰囲気は、ちっとも変わっていない。
「でも、それでも、…わたし、…嬉しかったんです、セイラン様と逢えることが」
申し訳なさそうな、それでいて意思の強い瞳。 そして、今にも泣き出しそうな瞳。
セイランは、その瞳に射貫かれたように、しばし硬直していた。
…本当に、変わっていない。
そう、
何度逢っても、
彼女は、彼女のままで、
セイランはやれやれと、ため息をついた。
「…まったく、…君にそんな顔をされちゃ、僕がここまで来た意味がないじゃないか」
ため息混じりの言葉に、アンジェリークは目をぱちくりとさせた。
セイランは、そんなアンジェを静かに抱き寄せる。
「言っただろう、…すぐにでも来るつもりだったって。
きっと君は、またそんな顔をしているだろうと思ったから」
セイランは俯いたまま、静かに囁いていた。
「ー本当は理由なんて、必要もなかったんだ」
セイランは呟く。
彼女の、泣きそうな瞳がよぎるだけで、十分だった。
全ては皆、自分の意思。
だからこそ、
こんなお膳立ては、返って邪魔で。
これでは、
これではまるで、
ただ流されているだけのよう。
運命に。
それだけが、たまらなく悔しくて。
「分かってます、そんな事」
アンジェリークは微笑みながら言った。
その声に、セイランは顔を上げる。
「セイラン様が、人に言われたからって、素直に従う訳ないですから」
儚く、それでいて満面の笑み。
それは、良く憶えていた笑みよりも、少しだけ大人びて、
そしていたずらっぽいものだった。
「全く、叶わないな君にはいつも、アン…いいや」
そこまで言って、ふと、
「…女王陛下」
ふと、真剣な目をしたセイランに、アンジェリークは真っ赤になってしまう。
そんな姿にセイランはクスっと笑む。
そして、ふと思い出したように、
「そう言えば、一体いつまで僕は、セイラン『様』なんだい?」
クスクスと、セイランは意地悪っぽく言った。
アンジェリークはますます顔を染める。
「だ、だって…なんか、セイラン様は、…やっぱりセイラン様って感じで…
…もぅ、公務の時はちゃんと気を付けてるんだから、良いじゃないですか」
どうも、本人気にしていていた事らしく、慌てる様子が可笑しかった。
やっぱり彼女は、女王で、
やっぱり彼女は、アンジェリークなのだと、
セイランは静かに実感する。
そして自分も、
もう、逃れられない場所に来てしまった。
それは、
自分で決めたこと。
尚も真っ赤になって何かを言っているアンジェリークを、
セイランはふいに再び抱き寄せ、
「構わないよ、その代わり、二人の時以外は気を付けるように
…アンジェリーク」
小さく耳元で囁かれ、アンジェリークは静かに頷いた。
……久々に、煮詰まりにつまった創作でした。
ちなみに、同タイトルの同人誌と大筋はほぼ同じ内容です。
まぁ、かなり味付け違って、別物になった気もするのですが(汗)
HPで小説をUP。 同人でコミック版、みたいなのをやりたいと、
前々から目論んではいたのですけど。
とにかく、久々に書こうとしたら、セイランの動かないこと!(滝汗)
まだまだ、煮詰まり途中な気もしますが、
とりあえず漫画版も完成したので、こちらもUPということで(汗)
女王コレットと守護聖セイランは、結構好きなシュチュエーションなので、
ぼちぼちとイラストなぞも描きたいこの頃です。