…三年間。
それが、
彼らと僕らの、決定的な違い。

再開に浮かれたのは、しばしの間。
その後は、
…何なんだろう、この気持ちは…。


僕にとっては、ほんの数ヶ月。
背も伸びたし、
最近、しっかりしてきたって、いつも言われてる。

でも、
彼らを見た時、
いや、
彼らを見た時の、君の瞳を見た、そのとき、
多分初めて、
僕は、
僕らと、彼らの違いを、痛感した。




「マルセルさまぁ〜」
記憶にある声とは比べ物にならぬほど、低くなった声。
赤い髪をなびかせ、にこにこ手を振って、こちらに近づいてくる姿が見える。
そして、その隣には、
「こんにちは、ご機嫌はいかがですか？」
前と変わらぬ、気品あふれる、
前とは違った大人びた笑みを見せる人影。

笑顔の奥のもやもやは、今はそっと、しまっておこう。

「どうしたの、二人そろって、お散歩？」
…作り笑いって、慣れてない。
彼らに見破られなければいいけれど。

「いえ、さっきばったり会ったんです」
「マルセル様はどうなさったんです？　やはり、お散歩ですか？」
メルとティムカは、順に笑顔を並べた。

良かった、気付かれてない。

「うん、ちょっとね、この丘って気持ちいーよね…」
思いっきり笑顔を浮かべて答えてみせると、二人はにこにこと話をはじめた。

……あの頃は、ほとんどみんな背丈が同じだったのにな。
いつのまにか、目線を合わせ続けることに首が疲れる。


しばらく雑談を交わすと、いつのまにか自然と散り散りになって、
一人残された丘で、
僕は初めて、作り笑いが疲れる行為であることを知った。



晴れ渡った、丘からの風景は、とても素敵なのに。
ちっとも気持ちが晴れない。

こんなの初めてだ。
自分で、自分の気持ちが分からないなんて…。



日は傾き、人影はまばらになって、
それでも僕は、一人丘に佇んでいた。






「マルセル様……、マルセル様っ！」
「ぇ、え？」
いつのまにかぼーっとしてしまったらしい。
呼びかけられた声に、思わずうろたえて、そして、横を見ると。


「…どうしたんですか？　マルセル様…」

…やだな、彼女にこんな顔、見られたくなかった。

にっこりと微笑むアンジェリークから、僕は慌てて目をそらした。

「…あ、アンジェリークこそ、どうしたの？　もう日暮れなのに…」
目をそらしたまま、そそくさと呟いてみる。
アンジェリークは、今、どんな顔、してるのかな…。

「丘の上に、とっても綺麗な金の髪がなびいていて、…つい、来ちゃいました」
言いながら、アンジェリークは微笑をたたえる。

アンジェリークが照れている時の、いつものクセ…。
語尾を笑いに隠すんだ。
…心配…してくれたんだろうな…、…もうこんな時間なのに、わざわざ丘の上まで登って来てくれたんだ。

…変わってない、あの頃と。


「……なにか、あったんですか？」
静かに、アンジェリークは問いかけてくる。
ちらりと顔を見ると、
やはり微笑んでいた。

「……ん……別に…」
はぐらかそうとしたら、アンジェリークの瞳の奥に光る何かを感じ、
僕はたまらなくなった。

いつもそうだった。
はかなげに笑みを浮かべ、
その奥に、計り知れない意思の強さを秘め…。

僕は何度、その瞳に見とれたことだろう…。



アンジェリークは、ただ、静かにこちらを見つめていた。
優しい瞳。

僕は、ちょっとだけ、泣きたくなった。
そして、アンジェリークの顔から目をそらし、こっそりと息を呑む。
…良かった、涙は抑えられた。



「ティムカとメル……なんか、見違えちゃったよね。　…ビックリしちゃった…」
一言言うのが、精一杯だった。

アンジェリークは、僕の言葉を聞いて、また微笑みを向ける。
「…そうですね…、メルさんなんて、私、最初誰か分からなくて…、あ、これ内緒ですよ…」
アンジェリークはにっこりと微笑んで見せた。

「そうそう、火龍族ってすごいよね」
「ええ、本当に。　…でも、ティムカ様も、とっても凛々しくなって、私ビックリしたんですよ」
思わず、軽い口調で返すと、アンジェリークはにこにこと答えた。


「……僕は……、変わったの…かな…」
アンジェリークの笑顔に、僕はぽつりと呟いた。
…きっと今、すごくカッコ悪い顔してるんだろうな…。
僕はこっそり顔をそむけた。

メルやティムカのことを語る、アンジェリークに、僕は少しだけ嫉妬していたんだ。

いいや、メルやティムカだけじゃない。　…きっと、他の方達のことも。



…ほんの数ヶ月。
その間に、僕は随分背が伸びた。
ゼフェルを追い越せるかも、って、ちょっと期待した時もあったけど、
結局、守護聖で一番のチビは、そのまま。

でも、
それでも良かった。


だって、やっと、
君を見下ろせるようになったんだから。


いつも、見上げることしか出来なかった君。
守ってあげたいって、いくら思っても、どこか説得力が無い。
でも、今なら、自信を持って、言える気がしたんだ。


だけど。
運命って、皮肉だ。


夢にまで見た、アンジェリークとの再開。
同時にそれは、彼らとの再開。

守護聖になってから、初めての身体の変化。
それに浮かれている僕なんて、目じゃないくらい、彼らは時を重ねていた。


変貌した彼らの姿に、
僕の小さな変化なんて、本当にちっぽけなものだった。


頭の後ろで、アンジェリークの軽いため息が聞こえる。
「…何言ってるんですか、マルセル様。　私、皆様と再開して、一番ビックリしたのは、マルセル様だったんですよ」
いたずらっぽく、アンジェリークはこちらを覗きこんだ。
僕は思わず、頭に血が上るのを感じる。

「え…、なんで…？」
やっとの思いで問い返してみると、アンジェリークはにっこりしながら、僕に額を近づけた。

…うぁ…、アンジェの顔が、こんな近くに…。
僕の頭は真っ白だった。

「だって、……ホラ」
額を、コツコツと叩かれる感触に、ふと目を開けると、
アンジェリークは、自分の額と、僕の額を、交互にかざした手をあてて見せている。

「…とうとう、抜かれちゃったなぁ…って」
アンジェリークが語尾を微笑みに混ぜながら呟いた。
そして、ちょっと照れながらつま先立ちしていたらしい足を戻し、にこっと微笑む。


「気付いて……たの…？」
自分で言いながら、まるで違う人の声みたい。
アンジェの言葉が信じられず、僕は目をぱちくりさせた。


「…あたりまえじゃないですか…」
ぽつりと言って、アンジェは俯く。
あれ…？　いつのまにか、顔が赤い…。


ふと、
記憶が蘇った。

もうずっと昔のことみたいに感じる。

君と一緒に旅をして、
君と一緒に、皇帝を倒し、

そして、
再開を誓ったあの晩…。

あの時もたしか、
アンジェリークは、こんな顔をしていたっけ。



「マルセル様！？」
思わず、無言のまま、アンジェリークにしがみつくと、
うろたえたアンジェの声が、僕の胸のあたりから聞こえた。
そして、静かに鼓動を合わせ、

僕らはしばらく、互いに身を委ねた。



「ねぇ、マルセル様…」
丘の上が、夜に闇に染まり始めた時、並んで座った丘の上、
アンジェリークは、ぽつりと呟いた。

「私、正直、…最初は戸惑ったんです。　教官、協力者の皆様と再開したとき…」
寂しそうな顔で、アンジェリークは俯く。
僕はたまらず、隣りに腰掛ける、彼女の手のひらに降れた。

「…あぁ、女王になるって、こういうことなのかな…って…」
寂しげに、アンジェリークは微笑む。
「…私も、…あの頃から比べると、多少は大人っぽくなったかな…とは思ってたんですよね…。　でも…」
アンジェはゆっくり息を吐き、
「三年…かぁ…」

また、寂しげにふっと微笑むアンジェリークに、
僕は胸が締め付けられた。



彼らと僕らの違い…、
それを感じていたのは、
多分、
僕だけじゃない。

そう、
彼女も…、

ううん、
今まで守護聖をしてきた僕なんかより…
女王になったばかりの彼女のほうが、
どれだけ戸惑いを感じたのだろう。



僕は静かに、アンジェの手に触れているてに力を込めた。



「……ごめん…アンジェ…」
呟いた僕の言葉に、アンジェリークはとても不思議そうな顔をしていた。


自分の気持ちばかりで、君のことを考えていなかった。
少し、身体が成長しても、
やっぱり、僕って子供だ。
君を守りたいって、そう思っているはずなのに。


「マルセル様？」
アンジェリークが突然、いぶかしげに僕を覗きこんだ。
僕が慌ててのけぞり、その拍子にバランスを崩していると、アンジェはくすっと笑った。

「…私ね、マルセル様がとっても変わられていて、ホントビックリしたんですよ。　だって、マルセル様は、私と同じだけ、時間を過ぎしてきたはずなのに…」
アンジェの微笑みに、僕ははっとなった。

そうか。
そうだよね。



三年間。
僕らと彼らの違い。

同時にそれは、
彼女と彼らの違い。

彼らが別の時を生きるその時、
僕は、彼女と同じ時の流れの中にいたんだ。



僕の中のわだかまりは、嘘みたいに無くなっていった。


「アンジェリーク……、ありがとう…」
思わず呟くと、アンジェは怪訝そうな顔をしている。
「どうしたんですか？　…突然あやまったり、お礼を言ったり…」
不思議そうに問いかけてくるアンジェに、にっこりと微笑むと、
アンジェはますます不思議そうにこちらを見ていた。




別の宇宙の女王。
彼女とは、多分、
また、別れのときが訪れるんだろう。

でも、それでも、
僕が守護聖でいるかぎり、
彼女の居る場所と、僕の居るこの場所が、
同じ時を刻む限り、
またいつか、会えるって、信じても良いのかな？



ちょっと不謹慎だけど、
僕は、
多分初めて、
守護聖であることに心から感謝していた。


「あ、いっけない。　そろそろ帰らないとレイチェル心配してるかなぁ〜？」
アンジェがそわそわと立ち上がり、そして、
にっこりと微笑を交わし、

僕らはそのまま、丘を後にした。




もし、叶うのなら、
時を越えた、この夢の時間が、
少しでも長く続くよう。

僕はこっそり、夜空に願いを込めていた。