たとえばそんな昼下がり
木洩れ日がかすかに差し込む窓から、小鳥の声がどこからともなく響く。
高くに上がった太陽は、そよぐ風に心地よく照りつけ、窓を鳴らす。
差し込む日差しに目を細めながら、彼はそれでも手を休めることなく、目の前の書類を片付ける。
…そんな、彼にとってはいつもと変わらぬ、平穏な午後の一時が今日も続いていた。
そう、この時までは。
「エルンストさん、ねぇいるんでしょ、エルンストさんったらぁ!」
甲高い声が妙に耳につく。
だが不愉快ではない。
…聞きなれた、いつもの声―。
そう、世界中の誰より大切だと、誓い合ったあの声。
「なんですか、そんなに大きな声で」
エルンストは、さきほどまで手にしていた書類を、簡単にまとめてデスクに置いた後、大きな研究員のドアを開けながら言った。
「あ、やっぱりいた。 …もー、呼んだらすぐに来てくださいよ」
アンジェリークは、にこやかにそう言うと、さっさと研究員の中へと入っていった。
エルンストは、そんな彼女をいとおしげに見つめながら、静かにドアを閉めた。
「…もしかして、仕事中ですか?」
書類の散らかった部屋を見渡し、アンジェリークはすっとんきょうな声をだした。
「ええ、…いろいろとたまっているもので。 …とりあえず、そこへお掛け下さい」
エルンストは、あたりの書類を適当に端へ寄せ、アンジェリークに手近な席をうながした。
アンジェリークは言われるままに座ると、釈然としない顔でエルンストをにらみつける。
「折角の日の曜日で、お天気だってこーんなにいいのに!」
顔を膨らませながら言うアンジェリークに、エルンストは少し困った顔をした。
「…すみません、その、いろいろと忙しいもので」
バツが悪そうに俯き、尚も忙しそうに書類をかたすエルンストを見て、アンジェリークはひとつため息をついた。
「……分かったわ。 じゃあ、あたしにも何か手伝わせてください」
「え?」
突然のアンジェリークの申し出に、エルンストは思わず驚いた。
だが、そんな彼に構わず、アンジェリークはにっこりと微笑む。
「いいでしょ。 …お休みの日くらい、一緒にいたいもの」
微笑みながら言うアンジェリークに、エルンストは思わず顔を染めていた。
「…あなたが好きです」
そう言ってから、どのくらいたったのだろう。
あの日、あの湖で、向かい合いそして彼女は微笑んだ。
そして誓った。
女王試験が終わるその時まで、この想いを持ち続けていようと。
そしてその時こそ…。
「ねぇ、エルンストさん、これはここでいいんだっけ?」
「え? あ、はい、…そこで結構です」
ふと我に帰り、エルンストはバツが悪そうに俯いたまま、作業を続けていた。
時間は、さっきから数十分ほどたったのだろうか、部屋には一向に片付かない書類の山が散乱している。
一人が二人になったからといって、そう簡単に終わる作業ではなさそうだ。
「あの、アンジェリーク。 …やはりこれは私の仕事ですから、その、無理に手伝ってもらわなくても…」
デスクでコンピューターと睨み合いながら、言うエルンスト。
「それに、折角の休日です。 きちんと静養しなくては、今後の育成にも…」
言いながら、ふとアンジェリークの方に目をやると、彼女はにっこりと微笑んでこちらを見ている。
エルンストは、そんな彼女に一瞬見とれ、そしてあわてて再びコンピューターと睨み合う。
「…無理なんてちっともしてませんよ。 それにこの書類、新しい宇宙に関する各方面のレポートですよね、…なんかすごく勉強になって楽しいぐらい」
にこやかに言ってのけるアンジェリークに、エルンストは無意識に再び見とれていた。
「…アルフォンシアは、今日も元気かなぁ…」
ふと、アンジェリークは呟いた。
「はい、最近あなたの宇宙は、前にも増して輝いていますよ」
コンピュータを操作しながら、エルンストは片手で眼鏡をなおしつつ言った。
「…そう、良かった。 なんか最近、育成が楽しいんです、とっても」
アンジェリークは、目の前の書類を片しながら言った。
「…そうですか、…それはとても良いことです。 聖獣…宇宙の意志は、女王候補であるあなた方の精神状態を、特に敏感に感じ受けるようですから」
「…そうなんだ」
「えぇ、…だからあなたが悲しんでいる時、宇宙は今にも消え入りそうなほど、輝きを無くします」
コンピュータを操作する手を休めず、エルンストは話しつづけた。
「…本当に、見れば見るほど興味深いですよ、新宇宙というものは。 …自分がこんな歴史的な場面に立ち会っているいることに、時々感動します」
瞳を輝かせながら、エルンストは言う。
そんな彼に、アンジェリークは優しげな眼差しを向けていた。
「エルンストさん、宇宙の話をするといつも本当に嬉しそうですね」
「…あ、すみません。 つい夢中になってしまって…」
エルンストは一瞬手を止め、はにかむ。
「いいんですよ、だってそれがエルンストさんだもの。 宇宙の研究が大好きで、つい休日まで仕事を持ちこんじゃうような」
「………」
にこやかに言うアンジェリークに、エルンストは俯き、言葉を失ってしまった。
「…でも、…試験が終わったら、もうアルフォンシアとは…」
ふいに言うアンジェリークに、エルンストは俯いていた顔を上げた。
「え?」
「…だって、試験が終わったら、女王が決まったら、宇宙の意志は一つになって、片方は消えてしまうって…」
言いながら、アンジェリークの表情は少し曇っていた。
「……たしかに、そう言われていますね。」
「…あたしが女王にならなかったら、アルフォンシアはやっぱり消えちゃうんですよね……」
悲しそうな顔をするアンジェリークに、エルンストはたまらなくなっていた。
「アンジェリーク…。 でも、今のままならおそらく、あなたは女王になれます、私が太鼓判を押します、だから、その、顔を上げてください」
必死に元気づけようとしているエルンストに、アンジェリークは、なんだかおかしくなって、微笑みながら顔を上げた。
「もぅ、エルンストさんたら、そんなにあたしに宇宙の女王になって欲しいの?」
「え? そ、それは……」
アンジェリークにに、こにこと人差し指で小突かれ、エルンストはうろたえる。
「…あたしね、最近思うんです」
「は、はぁ…」
微笑みながら言うアンジェリークに、エルンストはなおもバツの悪そうな顔をしていた。
「別に宇宙の女王にならなくったって、“女王”にはなれるんじゃないかって」
「え…?」
「宇宙のみんなに愛を注いで、みんなが元気に、明るく過ごせるように祈っているのが、宇宙の女王様でしょ。 …だったら、別に相手が宇宙じゃなくったって、…だれか、たった一人の人のために、幸せを願っていてもいいんじゃなかって。 …そうすれば、あたしはその人にとっての、女王でいられるんじゃないかって」
言いながら、アンジェリークは少し頬を染め、にっこりと微笑む。
「………」
エルンストは、言葉を失いそんな彼女を見つめていた。
「…でもね、そうするとやっぱり、いままで育ててきた宇宙とは、お別れするしかないんですよね…。 …だから、せめて試験が終わるまでは、精一杯アルフォンシアに愛情を注いであげようって、そう思ってるんです」
言いながら、アンジェリークはふいに、窓の外の木洩れ日を見つめた。
一途なその瞳には、力強い意志が感じられる。
そんな彼女の瞳の輝きに、彼が初めて気付いたのはいつ頃からだったろうか。
今にも吸い込まれそうな、力強い瞳の輝き。
その輝きが眩しいと感じられたとき、彼の心はすでに決まっていたのかもしれない。
「…アンジェリーク」
思わず彼は、彼女の名を呼び、そして彼女のその瞳から、目が離せなくなっていた。
「…ふー、なんか結局日が暮れちゃいましたね」
「すみません、こんな時間まで。 …寮までお送りします」
なんとか作業もめどがつき、二人は研究員の前にいた。
「いいですよ、別にまだそんなに暗くないし…、それより…これ」
アンジェリークは、持っていたバックの中から、ふいに小さな包みを出し、エルンストに差し出した。
「…なんですか?」
「なんか冷たくなっちゃったけど…折角作ったんだし…、食べてくださいね」
いぶかしげな顔をして、包みを開けるエルンストに、アンジェリークは俯いたまま言った。
やわらかな紙を開くと、マフィンやら、クッキーやら、いろいろなお菓子が次々と出てきた。
「…これは………。 …あ!」
「思い出しました?」
思いっきり慌てふためくエルンストに、アンジェリークはいたずらっぽく微笑んで見せた。
「そ、その、…すみません、ついうっかり…」
「…ホントですよ、…今度の休みに、庭園か湖かどこか静かな所で、一緒にお茶でもしようって、エルンストさんが言い出したんですよ!」
「……え、えーと…その……」
「本当はお弁当とか持っていきたかったけど、どうしても午後からしか暇がとれないっていうから、お菓子まで作ったのに、…行ってみれば、仕事の山のうもれてるんだもの」
文句とは裏腹に、おかしそうな顔で、アンジェリークはまくしたてた。
エルンストは、なおもおろおろとしている。
「エルンストさん?」
「は、はい」
エルンストは思わず、びしっと背筋を伸ばし答えた。
そんなエルンストに、アンジェリークは思わず吹き出した。
彼女には彼のこんな、エリートのようで、どこか抜けたところがたまらなくいとおしく思えるのだった。
完璧にしか見えない彼から、時折こぼれるそんなところ。
それに気付いたのはいつ頃からだろうか?
「あの、やっぱりお送りします、…その、お詫びといってはなんですが…」
日も暮れて、エルンストとアンジェリークは、二人で寮へ帰るための小道を歩いていた。
「もぅ、…そんなに気にしないでくださいよ、ホントに楽しかったんだから」
「…しかし」
そうこう言い合ううちに、いつのまにか二人は寮の前まで来ていた。
「…それじゃぁ、…本当に今日は、すみませんでした」
深々と頭を下げるエルンストに、アンジェリークは少し申し訳ない気もしていた。
しばらく無言でいた後、ふいにアンジェリークは言った
「ねぇ、エルンストさん、ちょっとだけ、部屋によって行かない?」
「え?」
いきなりな言葉に動揺するエルンスト。
アンジェリークは、そんなことはおかまいなしに微笑んで、
「ね、いいでしょ。 …そのお菓子、今から一緒に食べましょうよ」
「あ……」
エルンストは納得した顔をして、アンジェリークを見つめた。
「…では、お言葉に甘えて…」
微笑みながら言うエルンストに、アンジェリークはにっこりと微笑み返した。
…と、いうわけで、アンジェ突発短編でした。
はぁ…相変わらず文才ないなぁ…(汗)
一応、前から書きたかった、すでに恋人同士なエル×勝気アンです。
しかし、なーんかエルンスト尻に敷かれてますね〜(^^;
やっぱり、なんか自然に、強い女の子にグイグイと引っ張られる彼が浮かぶのは、なぜなんでしょう。(笑)
…完璧なようで、実は何かと不器用なところは、実はかなりツボだったりします(^^;