…彼女の最大の武器は、あの笑顔だろう、と
その時思った。












「あれ、ゼフェル様、こんにちは〜」
満面の笑みでアンジェリークは会釈をしていた。

庭園の真中、女王像のすぐ近く、隣にいるオスカーのやや憮然とした表情をものともせず。

しばしぎすぎすと二人の守護聖が会話を交わした後、アンジジェリークは何事も無かったようににっこにっこと笑顔を向ける。


それは、最近聖地内では、よくある風景のひとつになっていることだった。






「オスカー様、こんにちは」
いつものように、アンジェリークは満面の笑みと共に炎の守護聖の執務室の扉を叩いた。
その声に、いつものように、オスカーはややおどける。
開かれる扉から覗く笑顔に、一瞬見とれ、そして慌てて顔をそらした。




２度目の女王試験、その候補たるこの異様なまでに明るい少女は、最初から何とはなしに、苦手なタイプであった。
しかし、
何故だろう。

試験が始まった頃から、彼女はよく執務室に現れ、
そして、くだらぬ世間話に花を咲かせては去って行った、
満面の笑みと共に。

ふと、その笑みに見とれる自分に気がついた、その時からだ。

……はっきり言って、認めたくは無い、
認めたくは無いのだが、




「……よぉ、…お嬢ちゃん、今日はどうしたんだ？」
「オスカー様と、何かお話しでもしようかなって、いいですか？」
にっこりとアンジェリークは言った。

……そんな笑顔を見せ付けられて、断れるはずもなかった。



オスカーは、血の上った顔を必死で隠しながら、頷いていた。




彼女と過ごすこんな時間は、とりあえず嬉しい、
嬉しいのではあるが…、


…ひたすらギクシャクするなんて、慣れていない
相手の笑顔を見るだけで、いちいち同様するなんて、今までに一度も無いことだ。
こんなに、自らの鼓動が煩いなんて、知りもしなかった。



とにかく、調子が狂うのである。


はっきりいって、想像すらしていなかったことだ。

まさか自分が、
こんな、無邪気なだけの少女に、
こんな想いを抱いてしまうなんて。




オスカーは思わず肩を落とした。

「…どうしたんですか？　オスカー様」
アンジェリークは、さも不思議そうに問いかけた。
「…い、いや、……何でも無い…」
オスカーは、ひたすら慌てて答える。
「そうですか」
アンジェリークは何の疑問も持たずそう言うと、またにこにこと話しを再開していた。

おしゃべりに夢中の彼女を見つめ、オスカーは小さく息を洩らした。

…考えてみれば、今まで、逆の立場にしか立ったことはなかった気がする。
想う側に立つのは、もしかたら始めてかもしれない。

しかも、相手は徹底的にこちらの気持ちに気付いていないと来てる。


まぁ、

……たしかに、調子は狂う。
だが、決して悪い気持ちでは無い。

だから、このことは、そう自分にとって嫌なことではないはずだ。

そう言い聞かせ、オスカーはふと肩を付いた。


…そう、これはこれで良いのだ、別に、

だが、
ただ、ひとつ、面白くないことは…。


そこまで思考を巡らせた時、
ふいに、執務室の扉から音がした。

とんとん、


小さなノック音。


「あら？　誰かいらしたみたいですよ」
アンジェリークは不思議そうに振り返った。
オスカーはややげんなりする。

想像はついている。


「…よぉ、アンジェリーク、こんなとこにいたのかよ」
ずかずかと入ってきたその人影に、オスカーは憮然とした瞳を向けていた。



そう、
これこそが、ただ一つの面白くないこと。


「あ、ゼフェル様、どうしたんですかー」
にっこにっこと声をかけるアンジェリークを尻目に、
二人の守護聖は、一瞬うちにその視線に火花を散らせていた。


そして、ゼフェルはさっさと目をそらすと、アンジェリークを見て、
「今日、新しいメカが出来あがってよー、…おめーに見せてやろうと思って、探してたんだぜ」
「え？　本当ですかぁ〜」
ゼフェルの言葉に、アンジェリークは思わず立ち上がって喜んでいた。



オスカーは、その成り行きにこめかみをピクつかせつつ、ただ座っていた。

……なんだって、よりにもよって、
ライバルが、こいつなのか、と、胸の内で絶叫しながら。


なんとも好みも感覚もまるで合わぬ二人が、いつも目を合わせれば、一人の少女の元火花を散らしあっていることは、聖地内では、既に結構有名なことでもあった。


ただし、
ただ一人、当の本人たる少女を除いて、ではあるが。




「今、俺の私邸に置いてあるんだ、これから来るか？」
「わぁ、行きます行きます〜」
にっこにっこしながら、アンジェリークは椅子から離れて、扉へ向かった。
ゼフェルは、にやっとしながら、アンジェリークのてを引こうとすると、

「あ、そうだ」
アンジェリークははっと思い出したかのように、後ろを振り向いた。
瞬間、交差した視線に、オスカーが柄にも無くドキッとしていると、

「オスカー様も、一緒に来ませんか？」

満面の笑みで言ったその言葉に、しばらく二人の守護聖は硬直していた。





悪意なんてまるでない。
それは思いっきり分かる。

分かるのではあるが。


…やはり何かやりきれない事もあるのが、現実と言うものだ。


オスカーはげんなりと重い腰を上げていた。







「わぁ〜〜、凄いですねー、これ全部ぜフェル様が作ったんですか？」
鋼の守護聖の私邸にて、アンジェリークの大きな声が響く中、
部屋の片隅には、何故かオスカーとゼフェルが並んで座っていた。

「……なんで、おめーが付いて来るんだよ」
ぽつりとゼフェルが言うと、
「…ふっ、…俺がレディの頼みを断るとでも？」
オスカーは無意味に背景に薔薇を飛ばしつつ答える。
何やらギスギスとした空気を、二人はめいっぱい放出していた。

「オスカー様、ゼフェル様、どうじたんですか、一体」
当の要因は、ひたすらにこにことこちらを振り返って、そしてまた、正体不明の機械を見つめる。

そんな様子に、二人の守護聖はギスギスとするのも忘れ、思わずぽーっと見とれ、
そして、しばし後、はっと我に帰ると、再びギスギスと意味の無い会話は始める。


そうこうとしていると、

「きゃっ」

ふいに響いたその声に、

「アンジェリーク！？」
「お嬢ちゃん！？」

二つの声が同時に響いた。


良く見ると、アンジェリークは、良く分からぬ一つの機械の前で、煙まみれになっていた。




「……ったく、勝手にスイッチいれんじゃねーよ」
ゼフェルは、良く分からぬ器具を取りだし、しきりに何やら修理をしながら呟いた。
「…ごめんなさい…」
ぽつりと呟く、上目使いの、申し訳なさそうな顔をしたアンジェリークを見て、ゼフェルは思わず顔を染めて目をそらした。
そして、何やらがむしゃらに修理の手を早めて見せる。
アンジェリークは、きょとんとそんなゼフェルを見ていた。

「…しかし、…一体何なんだ、このバカでかい物は…」
オスカーが、思わず呟くと、ゼフェルは面白くもなさそうに振り返り、
「蒸気機関ってんだ。　かなり前、まだ未開発の惑星で使われてた動力だよ」
つまらなさそうに答えると、また何やら配線をいじり始めた。

しばらくぼぅっとゼフェルを見つめた後、アンジェリークはふと手を叩き、
「もしかして、それって、外でならちゃんと動くんじゃないですか？」
にこにことゼフェルに話しかけた。
アンジェリークの笑顔から目を反らしながら、ゼフェルは修理の手を休めずに、
「……ま、まぁな。
　…家ん中じゃ、さっきのザマだけどよ」

「じゃあ、今から一緒に、外に行きませんか？」

アンジェリークは思いっきり笑顔で言った。

「さっきから、お二人とも何だかつまらなそうだし、気分転換にもなるでしょ」
にこにこと言うアンジェリークに、二人はげんなりと肩を落とした。

……つまらない原因はこいつだっ！
と無言で相手を横目で見つめつつ、胸の内で絶叫を上げていた。




なにやら憮然としたまま、何故か一向はゼフェルの私邸に程近い、森の片隅に来ていた。

「わ〜、面白いですね〜。　あんな風に動くんだ〜」
アンジェリークは、蒸気を上げながら動く、無骨なロボットを見つめながら、にこにこと声を上げていた。

守護聖二人は、それを例のごとくぼーっと見つめる。





そして、
彼女につられ空を見合でた後、
なんだか、ふと、二人は目線を合わせ、
少しだけはにかんでいた。


なんだか、馬鹿馬鹿しくなったのが、本当のところ。

つまるところは、
同じ者を愛しいと思い、
同じ笑顔に見てれている。

それがなんだか、妙に可笑しいのだった。


多分、そう思えたのは、
あの、笑顔のせい。



澄み渡った空の下で見るその笑顔は、
全てのことが皆、馬鹿馬鹿しく思えるほど、輝いていた。






「………ったく、…調子狂うよな…」
ゼフェルは、ぽつりと呟いた。
「…まったくだ…」
オスカーも、つられて呟く。

「……何だって、俺、あんな天然ピーカンなヤツに惚れてんだかな…」
「……それはこっちのセリフだ」

二人で、思わず肘をつきながら呟いていると、
ふいに、アンジェリークが満面の笑みを湛えながら小走で寄ってきた。



「……でも、ま、俺負ける気はねーからな」
「…上等だ」

二人の守護聖は、アンジェリークの笑顔に負けないような笑顔静かに微笑んでいた。




「どうしたんですかー、お二人とも。　何か変なの」
近くまで来て、アンジェリークはさも不思議そうに呟いた。


そして、ふと笑顔で、
「…でも、良かった」
その呟きに、二人がきょとんとすると、

「だって、庭園とかで、お会いした時も、お二人とも何だかギクシャクしてたから、ちょっと心配だったんですよ」

ひたすらずれまくったことをにっこにっこと言ってのけるアンジェリークに、二人の守護聖は思わず同時に肩を落としていた。


そして、思うところはひとつ。
何故、こんな少女に、自分はこんなに振り回されているのか、と。

そしてしばし、
再び見せた彼女の満面の笑みに見とれる自分に気付き、心の中で自らに毒づいてみる。



彼女の最大の武器は、この笑顔だろうと、
心から、そう思うのである。











いつまでこんな時が続くのか、
それはまだ分からないが、それでも思ったこと。

おそらくは、いつか、天上人となろうこの少女。　

その笑顔を思えば、
その微笑みを胸に秘めさえおけば、

遥か宇宙に想いを馳せることもまた、
悪くはないのではなか、と。




ガラにも無い自分の思考に、二人が思わずはにかんでいると、
アンジェリークは心底不思議そうに二人を見つめていた。