おおきな、
おおきな翼が見えた。
その翼はとても綺麗で、
だからそれを、俺は思わず掴もうとする。
手を、伸ばそうとする。
そうすると、
それはくだけて、
そして、目の前で、
散って、なくなる。
そして必ず。
「王子!」
この声に、目を覚まさせられる。
「……もー、俺もう『王子』じゃないよ。 何度行ったら分かるんだよー」
口を膨らませながら起きると、
悪びれもしない、いつもの顔。
何より安心できる、いつのも場所。
だから、俺はすぐに笑顔を浮かべてしまう。
もっと怒りたいと思っていたのに、
それはいつも達成できずに終わるんだ。
「また、夢…見ていたんですか?」
静かに、いつもの青い目で聞かれて、俺は静かに頷いた。
そして、いつもの寂しそうな目。
「ねぇ、…翼ってさ、そんなにいいものなのかな?」
俺が思わず尋ねると、酷くくぐもった顔が、それに答える、
一瞬、しまったと思った。
でも、もう聞いちゃったから、
ここで顔を反らすのは、きっともっと酷いから、
俺は目を反らさずに顔を見つづけた。
いつもの青い目を。 片方しか覗いていない、その目を。
「飛べるのと飛べないのは、大きい差だと、以前言われた事があります」
静かな口調で言われた。
そうだ。
たしかに便利だろうな。
でも、俺が聞きたかったのは、それじゃない。
飛べるかとか、そういうんじゃなくて、
翼が、
翼があるということ。
便利とかそういうんじゃなくて、
それはきっと、
きっと俺なら、
何か特別な気持ちになれると思ったから。
自分が何か、
他とは違う何かになったような気がするんじゃないかと、思うから。
この背に、翼があったなら―。
ふと、横を見ると、
やはり寂しそうな青い目。
ふと、思った。
こいつは、どうだったんだろう?
想像も出来ない事だけど、
昔、あったんだ。
こいつの背に、それが。
それは、どんな気分なんだろう。
聞きたいけど、
凄く聞きたいけど、
それはきっと、聞いちゃいけない。
絶対、聞いちゃいけない。
「…翼ってさ、綺麗だよね」
「え?」
「だって、ヒラヒラヒラヒラしててさ、すごく綺麗
それで一枚一枚舞い散って、まるでキラキラ光ってるみたいだから」
そういうと、青い目はひどく大きく見開かれた。
怒られるのかな、とか、咄嗟に思った。
だって、俺は王様だから。
この国の、王様なのだから。
きっとそんなこと、感じちゃいけない。
そう思って俯いて、
ちらりと横をうかがうと、
何故か嬉しそうな、それでいて少し悲しそうな笑顔が、
俺には向けられていた。
「………時々、私には、…見えるような気がする時が、あるんですよ」
苦笑混じりに呟く姿は、とてもバツが悪そうだった。
「………あなたの背中に、……綺麗な、…それは綺麗な…翼が」
その目は、なんだか今まで見たことが無いような気がした。
こいつとは、ずっとずっと、一緒にいるのに。
もう、気が遠くなるほどに、一緒にいるのに。
初めて見た、表情のような気がした。
くすぐったい。
なんだかその顔は、酷く、
くすぐったい。
俺は、思わず見入っていた顔を反らした。
クスリとした微笑が、耳に届いたのが少しムカついた。
そして、ふと、思ったんだ。
「……でも、俺、……やっぱ、いいや」
「え?」
問いかける声に、俺は目いっぱいの笑顔を向ける。
「翼、なくてもいい」
「…………」
言葉を失い、静かに青い目が俺を見つめる。
それに返すように、俺はその目を見つめる。
「…なくても、俺は大丈夫だから」
空を、見た。
呟きながら。
「それがなくても、…俺は俺でいられるから」
空を一心に見つめながら言った。
隣には目を向けて無いけど、
あいつはきっと今、俺と同じ方を向いているはずだ。
きっと、そのはずだ。
空は高くて、青くて。
やっぱりだ。
空は、見上げるのがいい。
こうして、地上から、
見上げるのが一番いい。
きっと。
手は届かないけど、
見えるのに、触れられないけど。
だけど、
それでも、
ここが俺のいる場所だから。
俺が俺で、いられる場所なんだから。
黙りこくってしまった俺の耳に、
小さくか細い声だけど、
「…そうですね」
と、
小さな呟く声が、届いていた。
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