「あれ? 君は確か…リュクセル君でしたっけ?」
昼下がりの、高等部校舎のとある教室にて、シルフィスの声が静かに響いた。
「あ…あの…」
黒髪の少年は、おずおずと扉の前で口を開いた。
「…もしかして、メイに何かご用ですか?」
シルフィスは、にっこりと呟く。
初等部の生徒であるリュクセルが、この高等部の校舎まで来ることは、そう珍しいことでもなかった。
彼がここに来る理由は決まっている。
「……メイおねーちゃんは……?」
びくびくとしながら、搾り出すようにリュクセルは言った。
別にこれも珍しい光景でもない。 彼は普段からこういう性格なのだ。
普段はめったな事では口を開かない。
基本的に社交性には欠けているのではあるが、
実は彼には類まれな才能があり、その年で、すでに幾多の工作、科学コンクールに入賞していたりする。
彼が、このクライン学園に、奨学生として引き抜かれた経緯はそのへんにあるらしい。
シルフィスはにっこりと微笑み、しゃがみこんでリュクセルと視線を合わせつつ、
「今、メイはちょっと席をはずしてるんですよ。 良かったら、少しここで待ちますか?」
静かな口調で言うシルフィスに、リュクセルはやや緊張の色を弱め、静かに無言で頷いた。
「じゃあ、私の席にでも居て下さい」
シルフィスは微笑みながらリュクセルに席を薦めた。
…なんとなく、
内気なリュクセルは、シルフィスにとって親近感を覚える存在でもある。
おずおずとシルフィスの席に座るリュクセルを見て、シルフィスはまた小さく微笑んでいた。
「あれ? あなたは確か、リュクセル君…でしたっけ?」
シルフィスと席の近いディアーナは、すぐに見なれぬ人影に気付いて、近くへ寄ってきた。
「えぇ、メイが来るのを待ってるんですよ」
シルフィスはにっこりと説明した。
「そうでしたの〜、ねぇ、また何か新しい発明ですの?」
ディアーナはわくわくとしながらリュクセルに話しかけた。
実を言うと、ディアーナは彼の発明のファンだったりする。
リュクセルが先程から抱えている小さな箱に、ディアーナはめいっぱい視線を向けていた。
無言で、その箱をディアーナから遠ざけるリュクセルの姿に、
シルフィスはぷっと微笑み、ディアーナムッと口を膨らませる。
そんな時、
「ったく、男だったらつべこべ言わず、そんぐらいちゃっちゃと運びなさいよ〜」
「……あのな〜、男女平等って言葉知ってるのか? お前」
「もぉ、、ああ言えばこう言うんだから」
「お前なぁ…」
廊下の向こうで、聞きなれた掛け合いが聞こえてきた。
そして、しばし、ガラガラと戸を開く音と共に、メイの姿が見て取れると、リュクセルは嘘のように威勢良く、メイの方へと駆け寄って行った。
「メイおねえちゃん!」
「あれ? リュクセル、来てたんだ〜」
「うん、あのね…」
リュクセルがもじもじと俯いて、何かを言おうとしていると、
「おい、さっさと進めよ、つかえてるだろうが…」
後ろから声が響いた。
「あれ…キールさん。 どうしたんですか?」
後ろの人物に気付きシルフィスは思わずその名を呼んだ。
「…どうもこうも…、出会うなり拉致されたあげく、大荷物を持たされているところだ」
キールの抱え込んだ、種類の山を見て、シルフィスはふと、メイが教室から出た理由が、先生に頼まれごとをされていたのだという事に思い当たった。
「まっ、幼馴染ってのは、こーゆー時のために存在するものなのよね♪」
臆面も無く言うメイをジト目で眺めつつ、キールはそのまま教室へと入り、適当な場所に書類を置いた。
「……ったく……ん?」
ふと、振り返った時、キールは始めて、その場に居るリュクセルの存在に気付いた。
そして、
一瞬ではあるが、視線が交錯した瞬間、今にも火花が音を上げそうなムードが漂う。
何と言うか、この二人は、いつでもこんな感じなのである。
「ほらほら、そこで謎な睨み合いしてないで」
メイがちゃっちゃと二人の間に割って入ると、大抵そこで中断される。
それもまた、いつものパターンだった。
なりゆきに、ディアーナとシルフィスの二人は、思わずくすっと笑っていた。
「で、一体何の用なの、リュクセル?」
メイが、何気なく聞くと、リュクセルは少し嬉しそうにはにかんだ。
その顔に、メイはつられて微笑む。
メイのこんな気さくなちょっとした優しさが、リュクセルがメイになついている大きな要因らしい。
「これ…、メイおねーちゃんに…あげる…」
リュクセルは、少し照れながら、ずっと抱えていた箱を差し出した。
「え…あたしに? プレゼントなんかされる理由あったかな…」
ちょっと困惑しつつ、メイは快くそれを受け取った。
「あけていい?」
聞くと、リュクセルはこくっと頷く。
「これって…」
箱を開けたメイは、思わず呟いた。
「きゃ〜、可愛いですわ!」
「わぁ、リュクセル君って、本当に器用ですね…」
いつのまにか覗き込んでいた、ディアーナとシルフィスの二人が呟いた。
「これ…あたし?」
呟きながら、メイはそれを両手で持ち上げた。
粘土細工だろうか…、
しかしそれは、商品化してもまんざらでもないような精度である。
両手で抱え込むようなサイズのそれは、3頭身ではあるが、明らかにメイを形どっていた。
「ははは…、ありがとーリュクセル、嬉しいよ」
メイはにっこりと言った。
リュクセルはメイの笑顔を見て、満面の笑みを浮かべた。
そして、そのままぺこりとお辞儀をして、教室の戸をくぐる。
その時、
何故かまだここに居て、さきほどからひたすらつまらなそうに、なりゆきを見つめていたキールと、再び視線を合わせた。
すると、思わず、キールは怪訝そうな顔をした。
ちょっとだけ、以前と違う気がしたのだ、その視線のムードが。
そのまま立ち去ったリュクセルを見ながら、キールはしばらく考え込んだいた。
「でも、これって一体、何なんですの?」
ディアーナがふと、メイの粘土人形を見ながら呟いた。
「初等部で、授業の課題かなんかだったんじゃないですか?」
シルフィスがぽつっと呟く。
それを見ながら、キールはふと思い出した。
そう言えば、さっきメイに会う前、廊下を通りかかった初等部の教室で、
図工の授業が行われていた、そこでは、皆粘土いじっていた。
そして、黒板に書かれていた、作るものの題材。
キールは思わず、再び粘土の人形を見る。
そしてふと、
「……あのガキ…」
ぽつりと呟くと、そのままその場を立ち去ろうとした。
「ちょっと、待ちなさいよ」
突然、後ろから響いたメイの声に、キールは思わず足を止める。
「なんだよ、用は済んだんだろ」
げんなりと呟くキールに、メイはびしっと人差し指を立て、
「冗談っ! あと3往復分は運ぶものがあるんだから! さっ、行くわよ」
「おい、…なんで、俺がそこまでしなきゃならないんだ、クラスの奴に頼めばいいだろ」
「つべこべ言わない! …行くわよ〜」
結局そのまま連れだって歩いて行った二人を見送り、
ディアーナとシルフィスは、教室で顔を見合わせた。
「そんなに嫌なら、着いて行かなければいいですのに…」
ディアーナの呟いた一言に、シルフィスはくすっと笑う。
「キールさんは、素直じゃありませんからね」
笑いながら言うシルフィスに、ディアーナは再び顔を見合わせ、やれやれとため息を付いた。
「あら?」
「どうしました?」
ふいに聞こえたディアーナの呟きに、シルフィスは振り向いた。
メイの机の上に置いたままになっている、先程の人形を見て、ディアーナは目をぱちくりさせていた。
丁度、人形の裏面。
先程、メイが持っていた角度からは、見えない位置に、それはあった。
小さな紙切れが貼られていて、何やら書いてある。
学年、クラス、氏名、それから、この作品の評価…、やはり授業で作ったらしいことが伺えた。
そして、注目すべきは、その最初の項目。
題材のタイトル。
「君の好きなもの」
シルフィスとディアーナの二人は、きょとんとしながら顔を見合わせ、
そして、また吹き出していた。
なるほど、
これは、内気で臆病な彼の、精一杯の、告白だったのか、と、
そこで初めて分かったのだった。
もっとも、肝心のメイには、まるで伝わってはいなさそうなところが、前途多難さを物語ってはいたが。
とりあえず、これが、
クライン学園内での、小さな三角関係の始まりになったのである。
…まぁそんなわけで、…一体いつぶりかすでに分からない、クライン学園の更新でした(汗)
挿絵付き…とかほざいていたことは、この際、忘れましょう(自爆)
リュクセルネタは、実は前から書きたかったのですよ(^^;
キールとの三角関係、メイは自覚ゼロで(苦笑)
とりあえず、この話で、基本の関係が発生したので、今後の話で、ちらほらとこの関係を覗かせられたらなぁ、とか思ってます。
不定期更新のコーナーですが、どうぞひとつ、よろしくです(^^;