「…ねぇねぇ、ディアーナってさ、セイリオス先生とどーゆー関係なわけ?」
昼休み、唐突に問われたその言葉に、
ディアーナはのん気にストローですすっていた、紙パックのフルーツジュースを、
思わず吹き出しそうになるのをこらえ、思いっきりむせこんでいた。
「………ケホッ……、い…いったい、なんですの? いきなり…」
よろよろと顔を起こしながら言うディアーナにメイは相変わらずきょとんをした顔をしていた。
ディアーナはそのまま、はっとなって辺りをキョロキョロとしてみたが、
元々無駄に広い食堂だけあって、周囲に聞かれていそうな人は居ない。
「だって、この間だって、授業の時先生ってばアンタのことばっか見てたし、
授業の後も、なんかこそこそ二人で話してたじゃない。 もークラス中の噂だってば」
「………う…」
ディアーナは返す言葉もなくうめいた。
実際、
セイルは授業の時、あからさまにディアーナを意識しまくっているし、
なにかにつけ、二人で話をする場を設けようとする。
……まぁその話というのは、
決まって、早く家へ帰って来いだの、両親が心配しているだのということで、
そのたび、ディアーナはげんなりとしていた。
これでは何の為に家出をしたのか、分かったものじゃない。
サークリッド財閥の傘下でもあるこの学校なら、ばれても大丈夫だろうと思っていたのは、
どうやら間違いだったようだ。
「…なんでもないですわ…。 先生が勝手にちょっかいかけてくるだけなんですもの」
プンとすねたように言うディアーナに、メイはとなりでランチ定食をぱくつきながら見つめていた。
「……ちょっかい、ねぇ…」
ぽつりと、ディアーナに聞こえないように、メイは呟いた。
「な、なんでお兄様がこんなところにいますの!?」
帰宅した途端、寮の入り口でディアーナが叫ぶと、セイリオスは慌ててその口を塞いだ。
「…声が大きい…、私はお忍びなんだぞ…っ」
冷や汗などを飛ばしつつ言うセイリオスに、ディアーナはジト目を向けていた。
そして、しばし後、男子寮と女子寮の間に位置する、共用の来客用の一室にて、
ふくれ顔のディアーナと正面で座りながら、セイリオスはにっこりと微笑んでいた。
「…と言うわけで、今日から私も、学生寮の寮監を兼任することいなった、ということだ」
「……ちょっと、待ってくださいまし! 寮監はすでにノーチェ先生がなさってますわ!」
「何も女子寮の寮監ということじゃないさ、男子寮のほうだ、ほら、すぐ隣だし好都合じゃないか」
「………何が好都合なんですの…、それに男子寮にはレオニス先生がいますわ!」
「ああ、だから好都合だったんだよ。 レオニスにはもう話はつけてある」
「…………は?」
間髪居れず反論しまくっていたディアーナの声が、そこでぴたりと止まる。
「なんだ、知らなかったのか?
レオニス…とういうか、クレベール家は我がサークリッド家と縁が深くてね、
代々サークリッド家の執事を任されている家柄でもあるのだよ」
にっこりと言うセイリオスに、ディアーナは目を点にしたまま固まっていた。
「…彼がこの学校に配属になったのも、元を正せばお前のお目付け役だったわけだし」
さも当たり前のように言うセイリオスの姿に、ディアーナは口をぱくぱくとさせていた。
……私の家出って、いったい、…なんだったんですの…?
ディアーナは呆気に取られながら、心底悩みこんでいた。
「レオニスに頼んで、寮監を二人に増やしてもらう事にした。
それに、私も通勤に便利だしね」
にっこりと言う姿に、ディアーナははっとなる。
「……通勤って…、お兄様、いつまでこの学校にいるつもりですの!?」
「言っただろうが、お前が帰る気になるまでだ」
間髪居れず当然の如く言われ、ディアーナは一瞬言葉を失う。
そして、気を取りなおし、
「…わ、私は、ずーーっと、帰る気はありませんわ!
お兄様こそ、そんなに留守を続けて、財閥のほうは平気なんですの!?」
わざとらしく聞くと、セイリオスはなんとも嬉しそうに微笑んだ。
「…嬉しいね、やっぱりお前も、家の事を気にかけてくれてるのか」
「なんでそうなるんですの!」
セイリオスの返答に、ディアーナは青筋を立てて反論した。
「…大丈夫、大抵のことはいつも持ち歩いている端末マシンでどうにかなるし、
大掛かりな事は、休日に済ませているのでね」
余裕しゃくしゃくに答える姿に、ディアーナはわなわなとその場に突っ伏していた。
……まぁ…元々、勝ち目など、あるはずもなかったのだけど。
ディアーナはよろよろと立ちあがり、接客室の扉に手を掛ける。
「……わかりましたわ好きになさってくださいまし。 でも、私は絶対帰りませんので」
振り向きもせずに言うと、
「ふふっ、まぁそうだろうね。 でもそれはそれで好都合なんだ。
教師家業と言うのも、中々面白い物だし、ね」
悪びれもせず言うセイリオスに、わなわなとしながら扉を開けた。
「もう、なんなんですの、一体…、これじゃなんのためにわたくしはここまで来たんです……きゃっ!?」
ぶつぶつと言いながら歩き始めたディアーナは突然誰かにぶつかったような衝撃に、その場にうずくまった。
「す、すみません……」
言いながら、バツが悪そうに立ちすくんでいたのは、シルフィスだった。
「どうしたんですの、こんなところで……、あ……!?」
そこまで言って、ディアーナははっとする。
さきほどの接客室の、丁度真横の通路。
そこに、シルフィスは居たのである。
大慌てでシルフィスの腕をわしづかみにして、並びの接客室にディアーナは飛び込んでいた。
「き、聞いてたんですの!? 今の話……」
バタンと、乱暴にドアを閉めると、ディアーナは息を荒くして問いかけた。
「……すいません、…丁度、通りかかったもので、その……」
おずおずと言うシルフィスに、ディアーナは思いっきりため息を漏らした。
そして、にっこりと力無く微笑むと、
「まぁ、…シルフィスで、良かったですわ」
そう、笑顔のまま呟いた。
「……色々、大変なんですね、ディアーナも」
これ幸いと、あの後散々と身の上話を聞かされまくり、シルフィスは冷や汗混じりに呟いた。
あまり、そういった上流階級とは縁が無かっただけに、それはつくりではなく、心底から出た言葉だった。
朝起きてから、夜眠るまで、
全てが秒刻みで決められ、服を着ることも、食事をする事も、いちいち当番が決まっていて、
それすら一人ですることも許されない生活なんて、充分過ぎるほどにシルフィスの想像の範疇を超えている。
「……でもね、私がそれを放棄すると、その当番として付いていた人は、
そのせいで仕事をひとつ失ってしまいますの。
……だからやっぱり、わたくしは、とても悪い事をしてるんだと、思いますわ…」
言いながら、何処へとも無く視線を移し、うつろに空を見上げる。
「……分かっては、いるんですのよ…」
呟くディアーナは、何かとても寂しそうだった。
そんな姿に、シルフィスは思う。
やはり、この人はサークリッドの御令嬢なのだと。
そう言ったら、きっとディアーナはいやがるだろうけど、
彼女はそれに、絶対ふさわしい。
「ディアーナ、私は、…何が出来るかは分かりませんが、
あなたの味方でいますから、絶対に」
「ありがとうですわ…」
自分でも嫌なほど陳腐な言葉を発したシルフィスに、ディアーナはにっこりと頷いた。
「でも、シルフィスだって、大変なのでしょう。
何せ、男の子のふりして、男子寮にまで住んでいて…」
「別に、…それに慣れると、大したこともないんですよ」
シルフィスはバツが悪そうにはにかんだ。
「ねぇ、シルフィスはどうしてなんですの?」
ここぞとばかりに、ディアーナは詰め寄ってくる。
「偶然とは言え、私の秘密を知ったのですから、今度は私が知る権利がありますわ!」
良く分からない理論展開を、ディアーナは得意満面に言う。
その姿に、シルフィスはクスクスと微笑を洩らし。
「……別に、あなたとメイには、もう秘密でもないことですし、そんな大したことでもないですよ」
笑いをこらえながら、シルフィスは言った。
今まで聞かれなかったのは、きっと気を使われての事だったのだろうと勘付いていたシルフィスは、
なんだか、それを話せる事がとても嬉しかった。
「私の生まれた村は、とってもへんぴな場所にあって、ホント、なんにも無いようなところなんですよ」
静かに、シルフィスは語り始める。
「でも、その村では、出来る限り文化を継承する為、
村で生まれたものは、生涯出来るだけ村を出ないようにと、そう昔から決められています」
「でも、シルフィスは、出てますわね…」
シルフィスの言葉に、ディアーナは呟き、その言葉にシルフィスはにっこりと頷いて見せた。
「どうしても、村を出たい者には、ある条件が課せられるのです。
それが、…村外では、自分とは逆の性別として生きること。
それは、村と同時に、村で育った今までの自分を捨て去ると言う意味も含まれています」
淡々と語るシルフィスに、ディアーナは思わず黙する。
…さらりと語ったシルフィスだが、それはきっと、並々ならぬ決意だったのだろうから。
「……でも、それじゃあ、シルフィスは、ずっと、ずっと男の人として生きていきますの…
そんなの、あんまりですわ…」
泣きそうになるディアーナに、シルフィスは笑みを向け、
「そんな顔しないで下さい。 …それにこの決まりにはね、ちょっとした条件があるんですよ」
いたずらっぽく言うシルフィスに、ディアーナは泣きそうだった表情を変え、顔を上げた。
「……もし、村の外で、生涯の伴侶となるような人と巡り合えたなら、
その時は、自分のそのままの性別に戻って、その後の人生を歩んでも良い、とね」
シルフィスの言葉に、ディアーナはいつのまにか目をカ輝かせまくっていた。
「…ろ、ロマンチックですわ〜☆」
目に星を浮かべながら言うディアーナに、シルフィスは苦笑を浮かべていた。
ほどなく、来客室から出た二人は、寮の中間にある中庭に来ていた。
「でも、シルフィスはどうしてそんなに村を出たかったんですの?」
「別にこれと言って特別な理由はないんですけどね。
しいていうなら、…何か、もっといろんなことを学びたいな、なんて思いまして」
バツが悪そうにそう言うシルフィスは、何だか少しかっこ良く見えた。
…窮屈さから逃げた私とは、大違いですわね…。
そんなことを思いながら、ディアーナにっこりと微笑む。
そのまま、夕暮れ近くまで、シルフィスとディアーナはそこで話を続けていた。
そしてその頃、
「おい……、あの生徒は誰なんだ!?」
男子寮のとある一室、セイリオスのわなわなとした呟きが漏れる。
「あぁ、シルフィスですか。 ディアーナ様とは前から仲が良いようですけど」
面倒くさそうに、もってまわったように敬語で答える声がひとつ。
「……まったく、こんなもってまわったストーカーまがいな事、俺は協力したくないですよ、御当主」
窓からにこやかに話し合う二人の姿を確認しているセイリオスに、やれやれとした呟きが発せられる。
「そうは言っても、あの子にヘンな虫がついたりしたら…」
わなわなと呟くセイリオスに、げんなりとしたため息があびせられる。
「何にしても、ここにセリアン家の人間まで居たとは、ラッキーだったよ」
「俺は思いっきりアンラッキーですけど」
見もふたも無くキールは返した。
そして、再び大きなため息をもらす。
ディアーナ=エル=サークリッド
この名を聞いた瞬間から、嫌な予感はしていたのだ。
セリアンの家は、元々サークリッド財閥と懇意で、族に言うお膝元のような関係だ。
セリアン家には、サークリッド家で働いている者も少なくない。
ちなみに、メイとは、ただ家が近所と言う接点だけの幼馴染だから、
彼女はこういったことはまるで知らないはずだ。
そんな、関係上から、実のところこの学園に入る事自体キールは元々まったくもって希望していなかったのだが、
何の間違いか、合格間違い無しと言われていた某進学校を見事に滑り、
付き合いで受けていて、余裕で受かっていたこの新設校への入学が、その瞬間決まってしまったのである。
そしてちなみに、アイシュは元々ここが志望だったし、メイにいたっては本命校だったのだが。
ディアーナ自身は忘れているようだが、実はキールには、昔ディアーナの遊び相手として、
良く一緒に遊ばされていた記憶も残っている。
そして、彼女を溺愛している兄の存在も、無論知っていた。
だから、まぁ、
予想どうりといえば、予想どうりの展開ではあるのだが。
「とにかく、もう出ていって下さい。ここは俺達の部屋なんで」
「しかし、私の部屋からは中庭は見えないしなぁ…」
真剣に悩み出すセイリオスに、キールはわなわなと拳を握り締めていた。
「まぁまぁ、いいじゃあないですか〜、キール〜、
御当主だって、悪気があるわけじゃあないんですし〜、ねぇ」
ひたすらにっこりと呟くアイシュに、キールはただ、青筋をぴくつかせることしか出来なかった。
……ただでさえ、最近ちょっとイラつくことのあったばかりのキールとしては、
これ以上ないほど最悪な住環境までプラスされ、かなり彼のストレスは限界に近づいていた。
ちなみに、シルフィスとディアーナの方はというと、
夕暮れに指しかかった頃、
「ちょっと、アナタ、シルフィス様と何をしてるんですの!?」
絶叫のような声に遮られ、ミリエール+その親衛隊にはばまれ、
そのまま各々の部屋に戻る事になっていた。
なにはともあれ、
クライン学園内に漂う、奇妙な人間関係を知る人間は、まだまだ極稀れなものである。
…………、いったいどれほどぶりなのか、
考えるのはコワイので、考えない事にしておきます(爆)
ちょっと今回は、設定説明話になってしまった気がしますが…。
レオニスとキールには、やっぱり敬語を使って欲しいなぁ、とか思って無理にくっつけた設定ですけど(待て)
シルフィスも、まぁ無理ありまくりですが、出きるだけアンヘルに近い設定、とか思って(汗)
しかし、このコーナー、ホント放置しっぱなしだったわりに、結構好きだとおっしゃてくれる方が多いようで、
なんとも恐縮なかぎりです(^^;
そろそろファンタ2の話も具体化している昨今ですけど、1のキャラにて、まだしばらくは遊ばせてもらおうかと思っているので(笑)
これでもかってくらいに不定期ですが、どうぞよろしくお願いします。
ではでは。