「…まったく、一体なんでお兄様がこんな所にいますの?」
「それはこっちのセリフだ。 私は、…お前が家出したと聞いてどれほど心配したか…」
「ふんっ、ですわ」
「……必死で財閥の総力を上げて探させさたら、まさかうちのグループ企業の学園に入学などと…」
暗がりの廊下で、何やらかなり大人数となった一同の後方で、
ディアーナとセイリオスは、とりあえず、関係がばれたらなにかとまずい、と、ひたすらこそこそと言い合いを繰り返していた。
ちなみに、総勢11人となった一同のうち、二人が兄妹であると知っているのは、
セイリオスの古き悪友であるシオンと、仕事関係で顔見知りのイーリスくらいのものだった。
「…ねぇねぇ、あの二人って、何なわけ?」
「さぁ……」
メイとシルフィスはいぶかしげに、言い合いを続ける二人を振り返った。
「そんなこと関係無いですわ、シルフィス様〜」
「あ、あの、くっつかないで頂けます? …その歩きづらくて……」
出会うなり腕にしがみつき、一向に離れず付きまとうミリエールに、シルフィスはげんなりと微笑んだ。
「なんか、にぎやかになりましたねぇ〜」
「あのなぁ、兄貴、んな事より、今度こそ道合っているんだろうな?」
「ああ、大丈夫なはずだ。 私とガゼルはあちらから入ってきたのだからな」
「さっさと帰ろーぜ、俺もう眠くて眠くて…」
男子一同とレオニスの四人は、一同の最前列で淡々と歩みを進めていた。
「おい、あれはなんだ?」
「え?」
一同の真中あたりにいた、シオンとイーリスはふと廊下の横のほうを指差し立ち止まった。
「なになに?」
すかさず、メイもちょこんと顔を出す。
「あんな所に階段なんてありましたっけ?」
メイにつられてそばに行ったシルフィスが、ぽつりと呟いた。
「いや、きた時には見なかったはずだが…」
レオニスもそばに寄り、いぶかしげに古ぼけた階段を見つめる。
その上方は、何故か淡い光をたたえていた。
「あ!」
立ち止まり、ひたすらうさん臭い階段を見つめる一同の後方から、やおらメイは声を上げ、ぽんっと手をたたく。
その様子にキールはげんなりとメイを小突いて
「おい、まさかまた、アレじゃないだろうな…」
「クライン学園七不思議、その五! 夜明けへの階段」
またもや、お得意に七不思議話が持ち出され、キールはやれやれとため息をついた。
「真っ暗になった校内で、何故か光を放つ階段。 明かりに誘われ上って行くと、行きついた先は何故か夜明けになっているという…」
「なんだ、あまり怖くはないんですねぇ〜」
何やらムードを盛り上げまくった口調で囁くメイに、アイシュはぽつりと言った。
「ふっふっふ…この話の本番はこれから……。 階段を上った後、いつの間に世が明けたのかとあたりを見回すと、そこには見慣れた景色は無く。 怨霊巣くう、今は無き旧校舎の中にいるのだという…」
「おい、この学校に旧校舎なんて無いぞ」
おどろおどろしい口調で言い続けるメイに、キールがするどいツッコミをして、思わず沈黙が落ちた。
「いや、ここは元々、サークリッド高等学校という学校で、数年前に小中高一貫のクライン学園として建て替えたものだ」
ふいに、セイリオスが口を挟み、キールは不思議そうにセイリオスを見つめた。
「何であなたはそんな事を?」
「…あ、その、私は建て替え時に、生徒として通っていたもので…」
「じゃあ、あなた、OBってことか…」
「ああ、そして明日からはここの教師だ」
「なっ……!」
いつのまにかにこやかに話を進めているセイリオスの言葉に、ディアーナは思わず声を出した。
「なんですって、どうゆーことですの!? こ、ここの教師!?」
「……そういうことだよ。 ディアーナ=エル=サークリッドさん…」
「…………」
平然と言うセイリオスに、ディアーナは顔を真っ赤ににして、ぐいっとセイリオスの首をつかみ、耳をよせ、
「ど、どーゆーことですのお兄様!」
「そういうことだ! お前が家に帰るまで、私はいつまででもここに居るからな」
「そ、そんなの、あんまりですわ!」
また二人でこそこそ言い合いを始めて様子を、シオンとイーリス以外の者は、さも不思議そうに眺めていた。
「とりあえず、さっさと入り口まで行くぞ」
キールお声に、立ち止まっていた一同ははっとなって、再び歩き出した。
なおも、何やら後方で言い合いをしている二人を見て、メイは再びぽんっと手を打つ。
「…どうしたんですか?」
「どーせまた、七不思議かなんかだろ」
不思議そうに呟くシルフィスに、キールは疲れた口調で言った。
「思い出したんだけどさ、たしか、クライン学園七不思議の、その弐、で…」
「……メイさんて、ホントに詳しいんですね」
「あら、シルフィス様、私もその弐なら知ってますわ」
お決まりの口調で言うメイにシルフィスが関心すると、相変わらず隣りにくっついていたミリエールが、ぐいぐいと手を引っ張りながら口を挟んできた。
「七不思議、その弐。 さみしがりやの花子さん、でしょ」
「そうそう」
何故か胸を張って言うミリエールに、メイはノリノリで答えた。
「数多の学園伝説に名を轟かす花子さん。 もちろんこの学園でも例外ではなく…、ただし、この学園の花子さんは、とってもさみしがりやで、ちょうどこんな静まり返った時間になってから、ふと、人の話す声なんかを聞くと、場所がトイレじゃなかろーが関係なく…、………わたしも、混ぜてぇ〜〜、と……」
「んきゃあ!?」
「へ?」
二人で盛り上がりつつ、怪談話をしていると、とつぜん後方のディアーナが叫び声をあげ、一同は慌てて降りかえった。
「…どうしたんだ? 一体?」
一番不思議そうな顔をしていたのは、共に言い合っていた、セイリオスだった。
「さ、さっき聞こえましたわ、なんか不気味な声……」
ぶるぶる震えるディアーナに、メイが心配そうに駆け寄った。
「あ、もしかして、さっきあたし達が怪談話してたヤツかも、ソレ」
バツが悪そうに頭を掻いて、メイはディアーナの肩をぽんぽんと叩いた。
「メイ……だったんですの?」
「多分そーだよ、ゴメン変な声だして…」
「むぅ……」
何やらいぶかしげな顔をしているディアーナを差し置いて、一同はやれやれと歩みを進めた。
「そういえば、さっきしてた怪談話って、なんでしたの?」
「あぁ、例の七不思議だよ、あんたもちょっとくらいは知らない?」
さきほどの出来事から、うやむやのうちに言い合いは済み、ディアーナはいつものようにメイと並んで歩いていた。
ちなみにセイリオスは、シオンとイーリスに何やら小突かれながら、相変わらず後方にいる。
「七不思議なら、わたくしも、ひとつだけなら存じてますわ」
「へぇ…、女子の間では結構有名な話なんでしょうかね…」
シルフィスが何やら感心すると、キールはやれやれと横目に見ながら、
「感心することか? そーゆーくだらないことばかりに頭を使って、一体何になるんだ」
「はぁ…」
「うっさいわね〜、ったく、ホントキールって乙女心ってモンが分からないんだから…」
ぽつりと口を挟んだキールに、メイはすねながらキールを追い払うように手を振った。
「それで、なんの話を知ってるの?」
ミリエールが、ぽつりとディアーナに問いた。
「……ええと、した、その七、…もう一人の誰か…だったと思いますわ」
「おぉ、それって一番の有名どこよね〜」
ディアーナが答えると、メイは嬉しそうに手を合わせた。
「校内に、漆黒の空間を作って、皆で適当に話をしていると、いつのまにか、元居た人以外の誰かが話に加わっているっていう…」
「そうそう、それですわ!」
「あたし、前に実験したことあんのよね、肝試しとか言っちゃって…」
「おい、そろそろくだらない話は終わりにしろ」
「なによーいいとこなのに…」
「出口だ」
「え?」
キールの言葉に、ふとキールの方を向くと、そこは確かに校門前の学園玄関だった。
「はぁ、やっと出れましたねぇ〜」
「…ったく、一体学校から出るのに何時間かかったんだ?」
キールとアイシュが二人で安堵のため息をつくと、そばにいたレオニスは不思議そうにそちらを見た。
「…お前達は、たしか生徒会室から玄関に向かってうたのだったな?」
「ええ、そうですが?」
唐突に問われ、キールはいぶかしげな口調で答えた。
「……ふむ…」
「あの、先生? 何か?」
シルフィスが思わず聞いて見ると、レオニスはふとため息をつき、
「あぁ、いや、…たしか生徒会室からは、一本道で…」
「はぁ…」
「私が校内に入った順路からして、どう迷って出会うはずのないコースなのだが…」
「だから、迷って…」
「いや、いくら迷っても、そもそも道自体が繋がっていない」
キールの問い返しに、レオニスは淡々と答える。
「じゃあ、私達は、一体どうやって歩いてきたって言うのですか?」
シルフィスは不思議そうに呟いた。
「まさか…」
キールははっとなり、メイのほうに向き直る。
「おい、メイ、確かお前、七不思議の…なんだったか、廊下のヤツ…」
「え? 何迷い廊下のこと?」
「それだ。 そのこと話してたよな」
「うん」
深刻そうに聞くキールに、メイはつられて答える。
「その事例その二の、ワープして帰ってきたってヤツ…」
「あぁ、校内全然違う場所に出ちゃうヤツのこと?」
「………」
メイの答えに、キールは言葉を失う。
きょとんとしたしたメイの正面には、少し青ざめた顔のアイシュもいた。
「ねぇ、キール、それって、もしかして〜」
「……兄貴は黙ってろ…、……ん、ちょっと待て、確か他にも…」
「他って、他の七不思議ですかぁ〜?」
「あぁ、確か光の人影と、校庭の発光物体と……」
「ん? 何深刻そうな顔してんだよ」
ふいにガゼルが話し掛けてきて、キールははっとなって詰め寄った。
「おい、さっきお前と廊下で会った時、お前、走ってたか?」
「は? 俺はレオニス先生と一緒だから、ゆっくり歩いてたぜ」
「………」
キールの顔が、ますます疑惑に染まる。
「じゃ、じゃあ、あの校庭に誰か車をとめましたか〜?」
思わずアイシュも共に質問を始めた。
「あぁ、数十分前かな、ここに乗り入れたが…それが何か?」
セイリオスが答えると、アイシュはずずっと詰め寄って、
「それで、ヘッドライトとかは…」
「…いや、付近を照らすと迷惑かと思って、すすに消したが…」
「……すぐ…」
「あぁ、ライトがついていた時間は、ほんの数秒くらいだと思うが?」
言葉を失っているキールとアイシュの様子に、イーリスは怪訝そうな顔をしていた。
そして、ふとセイリオスの顔を見て、
「あ、そう言えば若、…少し不思議だったのですが、一体どうして、あの時私が音楽室にいると分かったのです?」
「若はやめてくれって……って、あれは君のピアノを聞いて…」
「……ピアノ……? 弾いてませんでしたが?」
「は……?」
…じゃあ、あの時の音は……。
セイリオスが不審に顔色を変えた時、後ろのほうでメイと話し込むディアーナは、ふと思い出したように笑いながら言った。
「でも、あの時は驚きましたわ」
「あの時って?」
「わたくしが、叫び声を上げたときですわ。 メイったら、すっごーい低い声で、…ねぇ、なんのお話してるのぉ…? …って」
「へ?」
「どうしたんですの?」
「あたし言ってないよ、そんなこと」
「は?」
メイがきょとんと言うと、ディアーナは見る間に青ざめて行った。
「じゃ、じゃあ、あれはなんだったんですの〜!?」
なにやらざわついてきた一同の片隅で、シオンとレオニスは呆然と成り行きを見ていた。
「…に、してもだ、やっぱりあそこに階段があった記憶はないんだよな〜」
「ああ、私も同じだ、もっとも、七不思議などというものを信じられる訳ではないが…」
腕を組みながら考え込むレオニスに、シオンはふとため息をついた。
「そういえば、…その七って、どういう話だったんだ?」
ふと、シオンがメイにたずねると、メイは驚いたように降りかえった。
「どーゆーって、近くで話してたじゃない」
「だから、どういうゆう話かは聞いてなくて…」
「え? それはメイが説明してましたわよね」
ぴょこっと、ディアーナも話しに加わり呟いた。
「へ? あれ、ディアーナが説明してたじゃん」
「………」
そこまで言って、二人の顔から、さぁっと血の気が引いていくが見て取れた。
「…ま、まぁ、そゆーことは、あまり追求しないほうが、幸せだな、ウン…」
シオンはそそくさと、二人の肩をぽんぽんと叩いた。
結局、そのまま、一同の七不思議に関する談義は明け方まで続き、
翌日の朝礼にて、総勢11人はそろって寝ぼけ眼だったという。
講堂の舞台で、挨拶しようとして、思わずこけそうになった、新任教師のセイリオスの醜態は、以後数ヶ月は笑いの種になっていた。
−クライン学園。
そこは、緑豊かな郊外に建てられた、全寮制の私立校。
サークリッド財閥によって数年前に建設された新設校で、
校舎はそう広くはないが、各種教室、各部室に道場と、設備だけは完璧に備えている。
自由なその校風に包まれた校内には、まだまだ人知れぬ不思議が眠っているのかもしれない。
第一話、「クライン学園七不思議」 −完−
…というわけで、予告破りまくり、遅れまくりで、やっとUPです。
しかも結局挿絵無し(爆)
一応、この話はプロローグ的なものなので、これからは登場人物3,4人の短編で、学園物は続けていく予定です。
挿絵は…、気が向いたらつきます(汗)
何やら、本気でおくれたわりに、へなちょこな出来なのですが…、
これからも、学園物は、気まぐれ更新だと思うので、どうぞ気長に付き合ってやってください。
ではでは。(^^;