たとえばそんな毎日も
クライン王国王都。
その片隅に位置する離宮。
そのまた離れに建っている一軒の家。
そこには、夕暮れになると決まって、にぎやかな笑い声が飛び交っていた。
ガチャンッ!
盛大な音と共に、キッチン中にキラキラとひかる破片が飛び散った。
「……あ〜、やってしまいましたわ…」
エプロン姿の女性は、ピンク色の髪をひるがえし、ぶつぶつと呟きながら、ひとつひとつ破片を拾い集める。
「…あ、ディール、こっちに来ちゃいけませんわよ」
ひょいと覗き込む、小さな人影に、彼女は慌てて話し掛け、ふとそちらを見ると、
そこには、薄茶の髪の青年が一人。
「あらキール、帰ってましたの」
にっこりと彼女をその名を呼んだ。
仰々しくまとっていたロープを脱ぎ、キールは手近な場所へ荷物を下ろす。
そして、目の前の人物を見つめる。
彼女…いや、
クライン国、第二皇女、ディアーナ=エル=サークリッド。
出会ってから、一体どれだけの時が流れたか。
ちっとも変わらぬ無垢な笑顔。
変わったことと言えば、あの頃より短くなった髪と、少しばかり大人びた顔立ち。
そしてディアーナはいつもどうり、キールに優しく微笑みかけていた。
キールは、足元にまとわりつく小さな人影、
彼自身の一人息子を、苦笑いを浮かべながらひょいと持ち上げ、
そして、その顔を見てみる。
さらりとしたベージュの髪。 そして紫の瞳。
ディアーナゆずりの愛らしい顔立ちには、それに似合わぬ仏頂面。
なんとも、いい具合に互いの特徴を兼ね備えたものだと、いつもながら呆れ果てる。
正直、
以前は思っても見なかった。
こんな生活を、自分がおくることになるとは。
思えば、既にはるか前のこと、
ディアーナに見合う立場になる。 そう彼女に告げた。
そしてその後、約束が現実になるまで、優に数年はかかった。
宮廷魔道師として王宮に上がり、彼女と再開した時、
少しだけ、己の目を疑った。
数年ぶりの彼女に、思わず見とれてしまったことは、今でもよく覚えている。
気品あふれる出で立ちは、まさしく、皇女にふさわしかった。
そしてその後、ほどなく、
彼の名は、
キール=セリアン、ではなく、
キール=エル=サークリッドに変わった。
元々、兄のいる身、あまりセリアン姓を継ぐことに、こだわりはなかったし。
第一、
彼女には、この王宮が一番似合ってる。
そんな気がしたから。
そしてもうひとつ、理由はあった。
離宮のそのまた離れに位置する、小ぢんまりとした家に暮らし始め、
ほどなく、一子に恵まれ、
それから約三年。
そして、今に至っていた。
「…まったく、慣れないことをするからだ」
キールはぶつぶつと言いながら、飛び散ったガラスを拾い集めた。
「だって、いつまでも、いちいちシェフを呼びつけるなんて嫌ですもの」
ディアーナは、ちょっとむくれながら呟いた。
「たまには、手料理くらい、作りたいですわ…」
寂しそうに呟く彼女に、キールはやれやれとため息をつきながら歩みより、
ぽんぽんと肩を叩いてた。
「あら?」
「どうしたんだ、ディアーナ?」
ふいにきょろきょろとしだしたディアーナに、キールは不思議そうに問い掛けた。
「ディールがいませんわ」
「え!?」
ディアーナの言葉に、驚き、キールは慌ててあたりを見まわす。
たしかに、居ない。
「玄関の方を見てくる」
軽く取り乱しつつ、キールは足早に玄関のほうに駆け寄った。
すると。
「あ、パパ!」
ぱたぱたと、のんきな足音と共に、ディールが駆け寄ってきた。
「……ったく…」
げんなりと呟きながら、ディールの居た方を見てみると。
「…殿下…?」
キールは思わず、その名を呟いていた。
「ほらディール、叔父様にご挨拶は?」
「…おいおい、前にも言ったが、おじ様はちょっと…」
セイリオスにお茶を出しつつ、笑顔で言うディアーナに、セイリオスは少しばかり難しい顔をした。
「あら、だって私のお兄様ですもの、れっきとした叔父様ですわ」
理路整然と返され、セイリオスは言葉を失った。
「ところで殿下、今日は一体なんの御用で?」
少々げんなりとしつつ、キールが問い掛けると、セイリオスは待ってましたとばかりにディールに笑いかけた。
「実は今日、城下に下った折、面白い物を見つけてね」
「…お兄様、…まったく、いい加減にして下さいな。 …そうやっていっつもいっつも何かしら持ってきて…、…いいですこと? あまり物を与えてばかりでは、教育によろしくありませんのよ!」
びしっと人差し指を立てつつ言うディアーナに、思わず、他二人ともが口をつぐむ。
何と言うか、
昔の彼女を知ってる立場から見ると、なんとも奇妙な光景である。
メイあたりが居れば、あんたが言うな、と、すかさず突っ込みをいれてくることうけあいである。
「…ま、まぁ、いいじゃないか、…な、ディール」
「…まったくもぅ…」
にっこりとディールをあやすセイリオスに、ディアーナはぷぅと口を膨らませた。
「そういえばお兄様、ちょっと聞いたんですけど。 またお見合いを断られたって、本当ですの?」
しばらく、お茶をすすりつつ沈黙が流れた後、唐突に切り出された話題に、セイリオスは一瞬息を詰まらせた。
「…ど、どこでそんな話を…」
「…城内、それでもちきりですわ。 何せ国王の縁組ですもの」
ディアーナは、ぷいと横を向きながら、お茶をすすった。
キールは、静かにセイリオスの表情を伺う。
「まったく、お兄様がいつまでもそんなでは、そのうち、ディールが王位継承者になってしまいますわよ」
セイリオスの顔さえ見ずに呟いた、ディアーナのそんな一言に、言われた本人は、ふと寂しげに微笑んだ。
「ま、それもいいかな…」
ぽつりともらされた、一国の国王の呟きに、キールは少しだけ寂しげに俯く。
「もぅ、お兄様、冗談なんて言ってる場合じゃありませんわよ」
本当は、知っていた。
セイリオスの持っていた気持ちを。
それは、もう、数年も前、彼女と将来を約束する以前から。
結婚をする前、彼に呼び出され、ひとつだけ、条件を出された。
それは、
サークリッド姓を名乗ること。
それは同時に、セイリオス自身の密かな想いも含んでいた。
男子の誕生を一番喜んでいたのは、セイリオスだったような気がする。
そして、ディールを溺愛する、セイリオス。
予感は確信に変わっていた。
先ほど、ディアーナが言ったとうりの未来が、きっとやってくるのだろう、と。
…でも、だからと言って、
「…殿下、俺からも言いますけど、…本当に勘弁して下さい。 こう毎日のようにプレゼント尽くしじゃ、やはりディールにとっても良くはないでしょうし」
げんなりと、キールは呟いた。
周りを見ると、どの部屋にも、所狭しと、良く分からないおもちゃや絵本が散乱していた。
いくら溺愛されたとて、やはり自分の息子なのだから、と。
キールは少しだけはにかみながら、ディールを見つめていた。
すると、
コンコン、と、音が響いた。
玄関に行こうと立つまもなく、
「よぉ、姫さんにキール♪」
見慣れきった昔の先輩の顔に、キールはげんなりと肩を落とした。
そしてその横から、
「こんにちは〜キール〜、ちょっとお菓子を作りすぎてしまいまして〜」
やんわりと響き渡るこれまた聞き慣れまくった声。
「もぅ、シオンにアイシュまで…」
「おや、殿下も来てたのかい」
「これは、どうも〜」
やれやれと言うディアーナの横で、二人は交互にセイリオスに話し掛けていた。
「……ったく…」
「おやキール、こりゃまた随分不機嫌だねぇ…」
けらけらと言うシオンに、キールはこめかみのあたりをぴくつかせつつ、ため息をついた。
「こんにちは、しおんおぢちゃん、あいしゅおぢちゃん」
「お〜、よく言えたな、ディール」
「すごいですよ〜、ディール君」
にっこりと言いながら、二人になつきまくって行くディールに、キールは思わず肩を落とす。
「っとに、…どうして、こう、毎日毎日あきもせずに来るんです? 兄貴もだ!」
嫌味たっぷりに言うキールに、ディアーナ、ディール含め、その場の全てが、きょとんとしていた。
そんな様に、再びキールは肩を付く。
ここは、努力の末手に入れた、家庭であり、目の前にいるのは、自らの家族のはず。
それなのに、この環境は一体なんなのか…。
キールはしばし俯いたまま考え込んでいた。
すると、
「パパ?」
ひょいっと、ディールが覗き込んできた。
「どうしましたの? キール。 …アイシュの持ってきたパイがさめちゃいますわよ」
にっこりと、ディアーナが話し掛ける。
その、二人の幸せそうな表情に、
ま、これもいいかな、と。
キールは思わず静かに微笑み、ため息を付いていた。
いろんな事があって、いろんなことを乗り越え、
いろんなしがらみを持ちつつ。
それでも、
この二つの笑顔は、全てを洗い流してくれるようだ。
そして、
ため息を付きつつ、キールはいつものように、ディアーナの入れてきたお茶をすすっていた。
きっと、
これから先も、こんな風に、
流されるまま、時は過ぎて行くのだろうな、などと考えながら。
クライン王国の片隅に位置する離宮。
その離れに建っている一軒の家。
そこでは、夕暮れになると、いつも、にぎやかな笑い声が飛び交っていた。
…と、いうわけで、
キリ番、18000を踏まれた、みのり様のリクエストによる、
キルディアご夫妻(子供アリ)のほのぼの話……です、たぶん(汗)
……な、なんか、ほのぼのってむずかしいですね…、事件も葛藤もあまり無いと、話がまとまらないというのは、多分私の文章能力のせいだと思います(汗)
そして、散々悩みまくって、そのせいでUPまで遅れていた、子供の名前も…安直過ぎ…ですね、はい(爆)
この話、実は、キルディアというより、…ディアーナに子供なんて出来ようもんなら、
セイル兄様はきっと、溺愛なんてもんじゃいくらいメロメロになるだろう…、なんて妄想して出来あがったものだったりもするのですが…(笑)
なんか、こんな出来になってしまって、申し訳ないのですが、
みのり様、どうぞもらってやってくださいませ… m(_ _)m