君が居ない一日
……メイが寝込んだ。
ある日の朝、その噂は、瞬く間にクライン全土に響き渡った。
「あったまいたーい…」
始まりは、メイのささいなそんな一言。
だが、次の瞬間、
バタッと盛大な音と共に、メイはその場に倒れこんでいた。
「どうした! 大丈夫か!?」
その場に居た、キールは大慌てでメイを抱きとめると、その体は湯立ったかのように熱かった。
「だいじょぶだよ…、ただの風邪だって…」
ベットに運ばれたメイは、いつもとは考えられぬほど弱々しく、しかしいつもどうりの明るい口調で言った。
「カゼ……? なんだそれは? お前の世界の病気の名前か?」
思いっきりうろたえながら、食い入るように尋ねてくるキールに、メイはげんなりした。
今は、説明する気力も無い。
というか、説明する内容を考えることもおぼつかない。
「……あ〜、うー……」
訳の分からぬ呟きを発し、メイはそのまま寝入ってしまった。
一番焦ったのはキールだ。
何が何やらも分からぬまま、メイの意識が無くなったのだから。
とりあえず、治癒魔法では、外傷はともかく、病気の治療はまず望めない。
となると、自分にはどうにも出来ない。
そして、しばらく考え込んだキールは、
数分後、ひたすら不本意ながら、王宮に居るアイシュを訪ねに向かっていた。
そしてそれからしばらくして、
アイシュを介し、まず王宮に広がった噂は、あれよあれよと言ううちに、国中までも広がりを見せていた。
そして、現在。
……この状況は何なんだ。
それが、キールの正直な感想だった。
「メイ、大丈夫ですの?」
一向に寝こんだままのメイの傍らで、うるうるとしながら、姫は必死で言っていた。
「具合、そんなに悪いんですか?」
金の髪の騎士見いは、心配げに辺りをきょろきょろ見まわした。
「…私も出来うる限り協力を惜しまない。 すぐ隣国の医師にも伺ってみよう」
何故ここに居るのかは知らないが、皇太子殿下は毅然と使いの者と言葉を交わしていた。
「ま、やっぱりじょうちゃんも、人並みの女の子だったてことか?」
先輩であり、宮廷魔道師の彼は、いつものように軽口を叩きながら、目がちっとも笑っていない。
「…まだ、治らないのか?」
これまた、何故ここに居るのか、騎士団の団長までもが難しい顔をして、メイを見つめていた。
「おい、メイ〜。大丈夫かよ〜」
泣き出しそうな声で、銀髪の騎士見習いはメイの寝るベットにしがみついていた。
「…意外なことも、あるものですね…」
表情一つ変えず、しかし何故か一向にメイの側から離れずにいる、吟遊詩人の青年。
そして、
「大丈夫ですよ〜、ただの流行性の感染症ですから〜。 暖かくして、一晩も寝ていれば治りますって…」
ひたすらのんびりと薬品の調合をしている、双子の兄。
総勢9人の人間が入るには、メイの部屋は少し狭すぎる。
…いや、正確に言えば、彼ら以外にも、朝から何度見舞いを断ったかは既に分からない。
広場の商店主、王宮の使用人、騎士団の見習い兵…、一体何人の人間が訪れてきただろう。
結局のところ、素性の知れた、極親しい人間以外には、早々に引きとってもらったわけだが、
なんとも驚いた。
普段から、メイは息付く間もなく、あちこちふらふらとしているのは知っていたが、
これほど、交友関係が広がりまくっていようとは。
キールは思わず、やれやれとため息を付いて、
「……とにかく、…体の熱も引いてきたようだし、兄貴の言うとうり、多分大した事では無いと思うので…、そろそろ、引きとってもらえませんか」
一応、王族の方も居るので、それなりに持って回った言い方で、一同に語り掛けた。
「こんなに窮屈な部屋じゃ、治るものも治りませんし」
ひたすら込み合った部屋を見まわしながら言うキールの言葉に、部屋に集った面々は思わず顔を見合わせた。
「……そ、そうだな。 …分かった。 しかし、もし何かあったら、すぐに連絡してくれ、協力は惜しまない。 …行こう、ディアーナ」
しどろもどろとしながらも、毅然と言いのけ、妹の手を引いていく皇太子殿下は、やはりというか、さすがだった。
「…じゃ、後はお前に任せるかね、…言っとくが、寝込みを襲ったりはするなョ」
やれやれとしながらも、軽くキールをおちょくり、シオンは先に言った皇太子を追いかけて行った。
キールは思わず、シオンの言葉に、何か反論しようとしたが、すでに彼は見えなくなっていた。
「…では、私達も帰るぞ」
団長の一喝に、騎士見習い二人は、そそくさと従った。
そして、
「それでは、私もこれで…」
さりげなく、吟遊詩人の彼もまた、その場を去って行った。
「じゃ、じゃあ、僕もそろそろ、おいとましましょうかね…」
嵐が去ったかのように、唐突に人の減った部屋で、アイシュはバツが悪そうに呟いた。
すると、
「いや、…兄貴は…ここに居てくれ…」
キールはぽつりと呟いていた。
「俺一人じゃ、薬も作ってやれないしな…」
肩を付きながら、キールはメイの方を見る。
相変わらず、静かに寝息を立てている。
キールは、静かに呪文を唱え、手元に数個の氷を生み出すと、
耐水の布に巻き、メイの額に当ててみる。
少し前、アイシュに教わった方法だ。
意識は無いのだが、何だかメイは心なし気持ちのよさそうな顔をしていた。
「悪かったな、いきなり押しかけたりして…」
ぽつっと、キールは言った。
すると、アイシュは満面の笑みを浮かべて、
「いえいえ〜、頼りにされてとっても嬉しかったですよ〜。 …多少なりとも医療術を学んでおいて良かったと思いました〜」
いつもと変わらぬ笑みで、答えるその顔に、キールは思わず表情を緩ませていた。
その時、ふと、窓の外の気配に気がついた。
「誰だ?」
声を出すと、窓のすぐ向こう側から、ひょいと子供が顔を出す。
「……ね、ねぇ、メイおねーちゃん、具合どうなの?」
心配そうに声をかけてくる子供に、キールはやれやれと意気付いた。
見ると、研究院の入り口の方にも、まだまだ人はたくさん居た。
「すごいですね〜、あれってみんな、メイさんのお見舞いですよね〜」
先ほどの子供をいなし、他の人達にも帰ってもらったあと、アイシュはにっこりと呟いていた。
「…いつもは気づかなかったけど、メイさんて、本当にお知り合いが多いいんですね…」
アイシュが呟く、そんな言葉に、キールはふとため息を付いた。
ただの知り合いではない。
病気だと聞けば、何を置いても駆けつけてくる。
彼らのとって、それほどの存在だということ。
少しだけ、悔しかった。
もしも、自分が同じ事になったら、自分を心配して駆け付けて来る人間なんて、いるのだろうか?
キールはふと、メイの方を見た。
すやすやと、気持ちよさそうに寝息を立てている。
やれやれとした顔で、キールはメイの額を撫でた。
…先ほどの氷が効いたのか、熱は大分引いている。
メイがこの世界に来てから、まだ、半年も経たないというのに。
キールは、ふとため息をもらす。
一体、いつの間に、これほどの人間の心に入り込んでしまったのか…。
「キール、ここに残りのお薬を置いておきますから、…僕もそろそろ家に戻りますね〜」
気がつけば、とっぷりと日が暮れている空を見て、キールはふとアイシュに微笑みかけていた。
その顔に、アイシュは思わず硬直してしまう。
そして、ああそうかと息を吐いた。
今日のキールは、やけに素直で、
今日のキールは嫌に弱気で、
その理由は、多分…。
数多の人の心を掴んでいる、その少女に虜にされたのは、
いつも無愛想極まりない、その男もまた、例外では無いようで、
アイシュはなんだか可笑しくなっていた。
そして、
その日の晩は、クラインのどの場所でも、話題は決まって
魔道研究院にいる、一人の少女の身を案じることで、持ち切りだったという。
メイの隣で、いつのまにか開け始めた空を窓越しに見上げていると、
キールはふと、もぞもぞと動く気配に気がついた。
「……ん……、もう朝…? 体だる〜……」
丸一日ぶりに聞く、その声。
キールは思わず目を見張った。
「…ちょっ…!? なんであたしの部屋にキールが居るのよ!?」
状況をまるで理解していないメイのそんな一言に、
何故かキールは、心から安堵していた。
結局、高熱までも伴ったメイの風邪は、一晩で完膚なきまでに完治していた。
彼女らしいと言えば、彼女らしい結果ではあるが。
「やっ! 殿下、元気〜?」
あらためて、昨日のことを聞いて、メイは早速お見舞いのお礼にと、まず出向いてきた王宮で、
メイの声が響き渡った皇太子の執務室には、誰の人影も無かった。
「……ケホッケホッ…、め、メイですの……?」
肩を抱きかかえ、振るえながらしきりにむせ、見るからに顔色最悪なディアーナに、メイは思わずぎょっとした。
「ケホッ…お、お兄様は、…朝から体調がよくなく…て、ケホッ…、今日はお休みしていますわ…。 確か、シオンとアイシュも……ケホケホ…」
「ちょ、ちょっとディアーナ、あんたこそやばいんじゃない? うわっ! やっぱしすごい熱…っ!」
メイがディアーナに恐る恐る触ると、ディアーナの額は尋常じゃなく熱かった。
それからしばし、
王宮の使用人達に、ディアーナを任せ、しばらく付き添った後、
メイは今度は騎士団に向かうと…。
「隊長は、今日は具合が悪いらしく、お休みしていますよ。 …あ、シルフィスとガゼルも…。 どうしたんでしょうかね、…三人同時にいきなり寝込むなんて……」
適当に捕まえた騎士見習はさらりとそう答えた。
そして広場では、
「イーリス様、どうも体調を崩されたらしいわよ…、しばらくお休みですって、残念だわ〜」
良く、共にイーリスの歌を聞く近所の女性が、心底つまらなそうに言っていた。
なにやら、訳の分からぬまま、メイは仕方なく、研究院まで戻っていた。
「まったく、一体なんだってのよ〜、どーして皆して一斉に…」
帰るなり、そこまで呟いたところで、ふといつもムスッと出迎える顔が無いことに気づいた。
「キール!?」
慌てて部屋に飛び込むと、そこでは、具合が悪そうに机に突っ伏すキールの姿があった。
……そういえば、
風邪って、人に移すと治りが早いとか……。
キールの看病をするメイの頭に、信憑性ゼロの民間伝承がよぎる。
今日寝こんでいたのは、全て、風邪を引いた時、部屋まで来た人物。
何やら、妙な罪悪感を感じた。
「ま、そんなこと、あるわけないか」
しばらく落ち込んだ後、メイはさっさと立ち直り、看病を再開した。
…折角だし、明日、お返しも兼ねて、皆のとこに見舞いにでも行こうかな…。
キールの額に冷気の呪文を当てながら、メイはそんなことを考えていた。
明日になったら、
皆のお見舞いに行く前に、
広場のおじさんの店でおいしいフルーツジュースでも買って、
大通りの美味しいケーキ屋のお菓子でも土産に持って、
ちょっと近所の託児所にも顔を見せてから、
騎士団の皆に差し入れでもして…、
…なんだ、結局いつもどうりの生活。
メイはふと微笑む。
ここへ来てからもうすぐ半年。 まるで、もっとずっと前から居た気がするけど。
懐かしい故郷を、忘れたわけではないのだけど、
この国のことが、かなり好きだってこては、本当だから、
いつか来る別れの前に、少しでも、多くの思い出を作っとくのは、そう悪くない。
「あ、そうだ、アイシュが作ってくれた薬、確か朝、キールに渡されたような…」
メイは呟きながら、自分の部屋へと向かっていた。
結局、それから全員が完治するまで、一週間の時を要したという。
キリ番、19000を踏まれた、もじ様のリクエストによる、メイがらぶらぶに愛されている話、カップリングは問わない、とのことでしたが……(汗)←ヲイ
カップリング問わない、とのことで、それならば、とメイハーレムを決行してしまったわけですが……。
ら、らぶらぶは……一体どこへ……?(爆)
一応、キルメイが主軸にある、メイハーレム、とか思ったものの……。
どうも、メイハーレムだと、ラブラブ描写がおろそかになりがちなようです…(汗)
というか、途中いきなりアイシュとキールの兄弟物になりそうなところを、慌てて軌道修正したり(爆)
ともかく、メインのキャラ以外の、名も無いキャラからも愛されまくってるメイは、中々楽しかったです。(^^;
もじ様、こんな出来ではありますが、どうぞもらってやってくださいませ…m(_ _)m