今はまだ…
「キール、そこにいますの?」
静かな森に甲高い声がこだまする。
うっそうと生えた茂みの向こうから、すっと立ち上がる人影が見て取れた。
「…姫、あまり大声を出さないで下さい。 人に気づかれます」
「あら、こんな森の奥に人なんていませんわよ」
ため息まじり答えるキールに、ディアーナは無邪気に駆け寄った。
そして、近くまで接近したところで、おもむおろにピョンっとはね上がり、そのままキールの胸に顔をうずめる。
「……ひ、姫…」
思わずキールはしどろもどろにディアーナの肩に手をやる。
「…もぅ…、相変わらず照れ屋さんですのね…」
クスクスと微笑みながら、ディアーナは面白そうに抱きつく手を強めた。
月に2、3回ここでこうして合うようになってから、もうどのくらいの時が流れただろうか。
魔道実験により負傷したキールを訪ね、そこで誓ったあの言葉を、今だに忘れたことは無い。
「必ず、迎えに行きます」
キールは確かにそう言った。
…自分が姫と見合う立場になるその日まで、二人の関係は伏せておいてほしい。
それはキールのたっての願いだった。
その場にいた、シオン、アイシュ、メイ以外、二人の関係を知るものはいない。
時折こうして、人気の無い森の奥で待ち合わせるのが、今のディアーナの何よりの楽しみだった。
「最近、お手紙のお返事も下らないし、心配していましまのよ」
木陰に並んでちょこんと腰掛けながら、ディアーナは言った。
隣のキールは、何やらひたすら難しそうな本と睨み合っている。
「…すみません、…魔法研究員での催しが近くて…」
本から目を離すことなく、キールは答えた。
ディアーナは、ぶぅっと頬を膨らませ、キールの腕をつかんだ。
突然片手を拘束され、キールはよろけながら、それでも本から目を離さずにいた。
「……もぅ、…催しって、なんなんですの!」
不機嫌そうに尋ねると、キールは、ふと感慨深げな表情を落とした。
「…試験…のようなものです」
「試験?」
「…ええ、大衆の前で自分の研究を発表するんです。 …そしてそれが認められれば…」
言いながら、キールは相変わらず本から目を離さないものの、キラキラと瞳を輝かせているのが分かった。
「新たな肩掛けを手に入れることができます」
静かな口調で、キールは言った。
自分の緋色の肩掛けに手をかけながら。
肩掛けは、この国では魔道士の位を現すもの。
それが新しくなると言うことは…。
ディアーナは思わず目を輝かせた。
「…うまくいけば、王宮付きの魔道士になることも、不可能じゃありません…」
キールは、いつのまにか本から目を離し、ディアーナを見つめていた。
見詰め合ってしばし、ディアーナは満面の笑みを浮かべた。
「出来ますわ、絶対。 キールはずーっと頑張って下さってきたんですもの!」
笑顔で夢中になって言うディアーナに、キールの表情が緩む。
「迎えに行く」
そう口で言うのは容易かった。
だが、現実は甘くない。
いくら努力を重ねてみても、一介の研究員に、そうそうチャンスはめぐってはこない。
何度挫折しそうになったか分からない。
だが、その度。
この森で、
いつでも、
無邪気な笑顔で、向かえてくれる。
そんなディアーナの微笑みに、力を奮い立たせていた。
そして今、チャンスは目の前まで来ていた。
細めていたキールの目は、再び輝きを増し、本を向かい合い。
「……俺の勝手で、随分待たせてしまいました…」
ぽつりと、言葉を漏らした。
「…そんなことないですわ。 わたくしが待ちたくて待ってるんですもの」
ディアーナは無邪気に答える。
キールの胸が静かにしめつけられた。
「…俺の…勝手です」
吐き出すように、キールは言った。
「…キール?」
ディアーナは思わず呟く。
「…シオン様に後押しをお願いすることも、兄貴の口利きでも、あなたの勅命といういかたちでも、王宮に上がることなど、容易かった。 …でも……。 」
言いながら、キールは無意識に拳に力をこめていた。
「…いままで散々、言われ続けてきた…、兄貴の七光りだの、シオン様のお気に入りだの…」
「……キール」
ディアーナは再びその名を呼ぶ。
「…自分のことならかまわない。 どう言われようと。 でもあなただけは、…あなただけは、誰にも文句のつけられないように、俺の、…俺だけの力で、手に入れたいから」
そこまで言って、ふいにキールは押し黙った。
ディアーナが不思議そうに覗きこむと、キールはただ、うつむきバツが悪そうにしていた。
ディアーナはクスっと笑う。
「…本当に、照れ屋さんですのね」
小声で小突くと、キールはますます沈黙した。
「発表会が終わったら、真っ先に駆けつけます、必ず」
必死で視線をずらしながら、キールは言った。
真っ赤に染まった顔に、思わずディアーナは再び笑い出す。
「…そんなに意気込まないでくださいな。 …キールがそんなに気負うことありませんわ」
ディアーナはにっこりと言った。
「私、本当に待ちたくて待っているんですもの。 待っているのって、とっても楽しいですわ。 こうしてこっそり会いに来るのも、スリルがあって、面白いんですのよ」
笑顔のままいうディアーナの瞳に、曇りは無かった。
だが、ディアーナはふいに表情を曇らせ、
「でも、…いつまでもお兄様に隠し事をしているのは、…ちょっとだけ心苦しいですわ…」
ぽつりと言ったディアーナの言葉に、キールはたまらずディアーナを抱きしめる。
一瞬驚き、そして静かに微笑をたたえ、ディアーナは力強い腕に、その身をゆだねた。
「……姫、姫! 起きて下さい、…姫!」
体をゆすられる感触に、ディアーナはゆっくりとまぶたを開けた。
森の緑と、キールのもつ本の古めかしい匂いが鼻につく。
「…あれ…? わたくし寝てましたの…」
「ええ、…もう夕方ですよ」
キールは立ち上がりながら呟いた。
キールの勉強する小脇に座りこみながら、どうやら寝入ってしまったらしい。
ディアーナはしゅんとした顔をして俯く。
「どうかしたんですか?」
キールは不思議そうに尋ねた。
「…折角久しぶりに会えましたのに〜、…もうお別れですのね…」
思いっきり落ち込むディアーナを見て、キールは微笑みながらため息をついた。
「また、すぐに会えます…」
決意に満ちた瞳で、キールは言った。
ディアーナはつられてキールの顔を見上げる。
そのまま静かに瞳を閉じると、
やわらかな感触が、一瞬だけ唇を覆う。
再び目を開けると、そっぽを向いたキールが立っていた。
…一向に慣れる気配のないいつもの挨拶。
ディアーナは思わず吹き出しながら、思いっきりキールに飛びついていた。
そして、
それはそれからしばらく後、ある朝のこと。
複雑な文様の施された肩掛けを羽織り、正装した一人の青年が、さっそうと王宮の門をくぐりぬける姿があった。
王宮からは、淡い桃色の髪をひるがえし、駆け足で出迎える一人の少女の姿が見て取れた。
8000のキリ番をゲットなさった、Luann様のリクエストによる、キルディアのラブラブ話(笑)です。
キルディアって、最近かなり好きなカップリングです。
…しかし、どうも個人的にキルディアというと、すぐに悩めるキールの失恋話しか浮かんでこない自分には、ちょっと新鮮でした(爆)
…それに、甘々って、書いてて結構楽しいです♪
しかし、結局ウチのキールは悩んでます(爆)
コンプレックスに悩んでいる、というのが、私的に念頭に置かれてるせいでしょうか?(汗)
…無邪気なディアにたじろぐという感じからして、尻に敷かれること間違いなさそうです(爆)
なんだか、結局こんなものしか書けませんでしたが(汗)Luann様、どうぞもらってやって下さいませ。
ではでは、
…次のファンタ創作は、…メイの続き物か…学園物を何とかしたいデスね(汗)