いつもと同じ朝が来る。
君が隣にいる、ただそれだけで。
どんな場所だって関係ない。
君がいるだけで、そこは、
いつもとまるで変わらぬ風景になる。
ルルルルル………。
耳障りな電子音が、微かに耳に届き、無意識に頭ごとかぶった布団の中で、メイはぼんやりと意識を覚醒させていた。
少し目を外へやると、これでもかと言うくらいめいっぱい日差しが差し込んできている。
ひたすらぼーっとしながら何度か蠢いていると、ふと部屋の扉が開かれる。
「…おい、いつまで寝てるんだ。 遅刻するのは勝手だが、その、止めてもまた鳴る機能付き目覚ましとやらを、なんとかして欲しいんだが…」
うんざりとつぶやく声に、メイは唐突にガバっと跳ね上がる。
「ちょ、ちょっとキール、無神経に乙女の部屋に入るなって言ってるでしょーがっ!」
顔を真っ赤にしながらメイは布団をかかえたまま叫んだ。
「だったらもう少し乙女らしくしたらどーなんだ…」
言いながら出て行くキールを、メイはただ布団を抱きしめたまま見送って、慌ててドアをしめた。
…キールが藤原家に住みだしてから、もうどのくらいたつだろうか。
そう、あれは今からしばらく前のことだった。
何とか魔法が成功して、ついにメイは元の世界へと帰って来ることができた。
…まぁ、そこまでは良かったのだ。
だが、
何の間違いか、たまたま側にいたキールまで、一緒にこの世界へと運ばれてきてしまった。
一番慌てたのはメイである。
当のキールは、相変わらずしれっとして、メイが帰れたのだから、そのうち帰れるとタカをくくっていた。
だが、その、そのうちまで、一体キールはどこに住めというのか。
この世界の常識というのを、まるで分かっていないものだから、メイは困り果ててとりあえず自分の家に招くしかなかった。
そして、
半年以上行方不明だった娘が帰ってきて、狂喜乱舞する両親に相対し、
一体どこをどう間違えたか、
何故かキールは、メイの命の恩人扱いをされ、とんとん拍子に下宿が決まり…、
そして今に至る。
「ったく、一体何考えてんのよ、うちの両親は…」
メイは制服に着替えながらブツブツと言う。
「大体、どこをどう勘違いしたら、キールがあたしの恩人になるのよ、そもそもはあいつのせいだってーの!」
着慣れたケープを羽織り、メイはふと切なく胸をなで下ろす。
「…ホント、一体何考えてんのよ、…普通、年頃の娘を持つ親なら、もー少し気にするもんでしょーが…」
ぽつりと、メイは言った。
心なしか、頬が紅潮している。
キールを、一人の男性として意識し始めてから、一体どのくらいになるのだろう。
メイはため息をつきながら、少し伸びた髪の毛をとかし始めた。
はずみで成功したとはいえ、戻ってくる時にキールまで一緒に連れてきてしまったのは、おそらくこの気持ちのせいではないか…。 メイはそう考えていた。
こちらへ転送される際、薄れる意識のなかで、キールと離れたくないと心から願った。
…でも、
当のキールは……。
クラインにいた時は、キールもまんざらでもない感じで。
よく言う、友達以上恋人未満という感じで、ずっといた。
それでも、お互い気持ちはなんとなく分かっていて、
ただ、互いに気持ちを打ち明けていないだけ。
そんな関係が続いていた。
それなのに、
こっちに来てからというもの、
キールは、なんだか今まで以上にそっけない。
なんだか、避けられているような感じさえする。
メイは、髪を整え、またひとつ、ため息を付いた。
手早く朝食をすませ、メイはさっさと玄関に走って行った。
この家の中、キールと一緒にいるだけで、なんだか落ち着かない。
鞄を手に取り外へ出ようとするメイの肩に、ふいに誰かの手が触れる。
「…忘れモンだぞ…」
言いながら、キールは小ぶりの弁当箱を差し出した。
メイは無言のまま、ひったくるようにそれを取る。
キールは、そんなメイをバツが悪そうに見つめた。
「…途中まで…、一緒に行かないか?」
目をそらしたまま、キールは言った。
「途中までって…、とーさんの会社、学校と反対だよ」
メイはきょとんと言い放つ。
藤原家に下宿するうち、キールはいつのまにかメイの父親の雑用を手伝うようになり、
今では、ちょこちょこと会社に、顔を出すようにまでなっている。
珍しくスーツに身を包んだキールを見ると、なんだかおかしな感じだった。
「…いいから、…さっさと行くぞ…」
キールはそう言うと、さっさと外へと歩き出した。
「…どうしたのよ、あたしの学校に何か用があるっての?」
歩きながら、メイはキールに詰め寄った。
キールは相変わらずバツが悪そうにしている。
「……だから、その…」
一拍置いて、キールはまた口を開く。
「……一体、どうしたんだよ…。 最近お前変だぞ。 やたら不機嫌で…」
メイは返す言葉を失って、キールを見つめた。
「…一度、ちゃんと話したかったから…」
キールは、しどろもどろに言った。
「…な、何言ってんのよ! 変なのはキールじゃない…!」
メイは、唐突に感情を爆発させたように、キールを怒鳴りつける。
そんな様子に、キールも少なからずうろたえた。
「…どうしたんだよ、いきなり大声だして…」
「どうしたはこっちのセリフよ! 最近変だよ、キール! ……ううん、こっち来てから、ずっと変」
メイはキッとキールを見据え。
「…どうして、そんなにあたしを避けるのよ」
真っ直ぐに見据えられ、キールは思わず一瞬口をつぐんだ。
「……さ、避けるって、いつ俺がお前を避けたんだ!?」
やっと発したキールの言葉に、メイは見る間に頬を膨らませる。
「ずっとだよ! 自覚無いの? …サイテー!」
それだけ言って、メイはそのままキールとの距離を離そうと、足取りを早めた。
「あ、おい!」
キールは思わずその後を追う。
…ずっと、か。
キールはメイを追いかけながら、ふとため息を付く。
…そうだったかも、知れない。
キールはほどなくメイに追いつき、ぽんと肩を叩く。
メイは思わず足を止め、そのまま俯き動きを止めた。
そして、ふいにキールの方を振り返り、
「ゴメン…いきなり怒鳴って」
メイはぽつりと言った。
そんなメイを、キールは微笑を浮かべながら、頭をポンポンと叩き、いなめる。
クラインに居た時、何度となくされた行為。
本当は、メイの周囲の魔法が安定するためらしかったけど、そんな理由なんて無くても、ただ、気持ちが落ち着いてくる。
「俺も、悪かった。 …確かに、避けていたのかもしれないな」
メイの頭上から、手を戻しキールは言う。
「逃げてたんだな、きっと」
「キール?」
その名を問い返すメイに、キールはまた微笑を浮かべた。
「こっちに来てから、正直驚いた。 色々。 …常識ってもんがまるで違う。 全てが、想像できる範疇すら超えていて。 ……お前もクラインで、こんな気持ちだったのかって、そう思ったら、………怖くなったんだ」
言いながら、キールの表情は曇って行った。
「何も知らずに、俺はお前にひどいことをしてたんじゃないかって…」
そこまで言って、キールは言葉を失った。
メイはそんなキールに、胸をしめつけられる。
「馬鹿、何言ってんのよ、…キール、あたしのせいでこの世界に来ちゃったんだよ。 なのに、なんでそんなこと…」
「元々、俺のせいでお前はクラインに来たんだろうが」
「う………」
メイは思わずくちごもる。
「…悪かったな、本当に」
重い口調でキールは言う。
「何も知らずに、ひどい事ばかり言った。 異世界ってヤツが、こんなにもやりずらいモンだったとはな…」
俯きながら、キールは静かに歩みを進める。
そんなキールの横で、メイはふと立ち止まり、
そのまま、キールが2、3歩前まで進んだ時、
唐突にキールに向かって突進して、思いっきり体当たりをしかけ、そのまま背中にしがみついた。
「…な…!? お、おい!?」
キールは思わず顔を染め上げる。
「…もー、な〜に一人で、勝手にくっら〜い気分にひたってるのよ!」
キールの首を軽く締め上げながら、メイはウインクすらしつつ言った。
「…言っとくけど、あたしあっちの世界で戸惑ったなんてこと、一度だってないよ」
ケラケラとメイは言う。
「一人で悩みこむの、キールの悪いくせだよ。 …そりゃあムカツクこと結構あったけど、基本的には楽しかったしね」
軽い口調で言うメイに、キールは思わず表情を和らげる。
「…ったく」
ぽつりと言ったその言葉と、安堵にも似た表情に、メイはにっこりと笑った。
「そうだな。 …すっかり忘れてたよ、…お前の根性のず太さを。 確かに異世界くらいでまいるタマじゃあないよなぁ…」
やれやれとした感じで軽口をたたくキールを見て、メイは思わず顔を膨らませる。
「…あ、あのねー、あたしだって一応…」
「分かってるよ…」
ふと、キールの口調が真剣になっていた。
メイはそんなキールに、またひとつ笑顔を見せた。
「ホントは、さ。 向こうにずっと居ようって、思ってたんだよね」
連れ立ってしばし進んだところで、メイはふと立ち止まって言った。
その言葉に、キールは不思議そうな顔をする。
「どうしてだ? …ってぇ! なんだよ!?」
臆面もなく聞くキールに、メイは思わず肘鉄をくらわし、キールは心底不機嫌そうに聞いた。
「あのね〜、わかんないの? …もしあたしだけ戻ったら、…もう2度と会えなくなってたんだよ!」
思わずメイは大声で言う。
キールははっとなって、そして照れたように俯く。
そんなキールに、メイはため息を漏らしながら微笑む。
「…でも、さ。 やっぱり帰りたいって気持ちはずっとあって、どうにもならなくて。 ずっと悩んでた」
静かに、メイは言った。
「だから、さ。 今、夢みたい。 だって、無事に帰ってこれて、いつもの生活が戻って、…それで、キールが側にいて…」
「メイ……」
キールは思わずその名を呟いていた。
「でも、…結局、同じだね、あたし達。 …これじゃ、立場が逆になっただけじゃん」
どこへともなく、メイが呟く。
微笑みながらも、少し寂しげな、少し切なげな口調で。
キールは、切なげに空を見上げるメイの姿に、たまらずぽんと肩を撫でる。
メイは、静かにキールの方に振り向いた。
「結局、同じ、か…。 そうだな」
キールは呟いた。
「だから、俺も思った、…ずっとここに居ようかと。 でも、時々無償に帰りたくなる。 …仕方ないんだろうなこれは」
キールはそこまで言って、ふっと笑った。
そして、ひとつ息をもらし、微笑む。
「でも、それでも構わないと思える時があるんだ。 …お前といれば、場所なんてどうでもいいって、そう思える時が」
キールの言葉に、メイは思わず赤面する。
…おんなじ、だった。
メイも、何度も思ったこと。
帰るとか、残るとか。
そんなことどうだっていいと。
キールさえいれば、それでいいと。
詰まるところ。
答えは単純なところにあった。
「…そうだね」
メイはにっこり呟いた。
そして、ぽんとキールの背中に額をあてる。
「キールと居られれば、どこだっていいや」
「…あのなぁ」
キールはやれやれとため息を付く。
クラインに居る時は、あれだけ帰りたがってたというのに。
気がつかなかった。
今までずっと、
いつのまにか、
互いの存在は、こんなにも大きくなっていたなんて。
キールとメイは、互いに見詰め合い、くすりと笑い合った
そしてのまま、歩みを進める。
「…ま、とりあえず、帰るための魔法の研究は続けるつもりだがな。 研究して損は無いし」
「じゃ、成功したらまた一緒に行く?」
「…あのなぁ、それじゃ前とまるで変わらんだろーが」
「違うよ全然。 突然つれて行かれるのと、こっちから行くのとじゃ」
「…そうか?」
「だから、そん時はキールがちゃんと挨拶するんだよ」
「何をだ?」
「おぜうさんを僕にくださいっ!、って☆」
「………あのなぁ……」
静かな日差しの下で、二人は共に通学路を進む。
とりとめのない会話に、笑ったり怒ったり。
クラインにいた頃を、少し懐かしんだりもしながら。
変わらぬ笑みを漏らし、
ふと感傷に浸ったり。
どこに行っても、
どんな場所だって関係無い。
君といるだけで、そこは、
いつもとまるで変わらぬ風景になる…。
9000のキリ番を踏まれた、麻美様のリクエストによる、あまあまなキルメイ……って…あぁ、どこがどうあまあまなんでしょう…(滝汗)
あああ、スミマセン…ホント。
丁度、10000HIT企画mなんてもんを思いついて、いきなりそちらに暴走していたんで、お待たせした挙句に見事にへぼへぼになってしまいました。
しかも、勝手に現代版にしたりして(汗)
…遥かをプレイしてから、一度は書きたいと思っていたんです、現代版キルメイ…。
しかし、思ったより難しい、…ってゆーか、どうして私の書くキールって、いつも悩み倒してるんでしょう(爆)
らぶらぶモード全開のお気楽話にするのはずが、なんだか暗めになったのは気のせいではなさそうで…。
途中気に入らなくて、何度も書き直したりしたもんで、かなり話の脈略も怪しいです。
こんなものになって、ホントに申し訳無いですが、
麻美様、どうぞもらってやって下さい。m(_ _;)m