〜[秘密の薬]番外編〜
魔法の靴
幼い頃、絵本で読んだ夢の話。
女の子は、魔法使いの魔法で綺麗になって。
憧れの王子様とダンスを踊るの。
夢の時間は、いつまでもいつまでも続くようで…。
それでも、
やっぱり、
魔法には必ず、終わりの時がやってくるんだ―。
目を覚ますと、何にもかもに違和感があった。
メイは、目をぱちくりとさせながらあたりを見まわす。
そしてそのまま、呆然としばし。
やはり、なにかがおかしい。
なんというか、見えるもの全てが、いつもと何か違う気がする。
何が何だか分からず、メイはそのままベットから立ち上がった。
その時、
違和感の正体が分かった。
低いのだ、何もかもが、昨日まであった位置よりも。
いや、
正確に言えば、メイ自身の目線が上がっている。
慌ててメイは部屋の小脇にある鏡台の前に駆け寄った。
そしてしばし。
「…な、なによ、これは〜…」
やっと口にできた言葉は、それだけだった。
鏡に映った姿。
透けるような黒髪。
切れ長の大きな瞳に、恐ろしく整った顔。
長身で、妖艶なまでに完璧な体つき。
そのどれをとってもいつものメイとはまるで違うのだが、…鏡に映った姿は、それに反して克明にメイの動きを再現している。
メイはしばし呆然と部屋を見渡し、ふと机に目線が止まる。
見なれぬ小瓶の存在に。
メイはそのままふと考え込み、
そして、やおらぽんと手を合わせる。
記憶の糸を辿ってみると。
昨日の晩。
夜中に、ふと喉が乾いて、研究員をうろつき、
手近にあった飲み物を、適当に飲み干した。
多分、これはその時の物。
…そしてすなわち。
この事体は、おそらくこれが原因だろうと、メイは瞬時に気がついた。
そもそもである。
昨日は、寝ぼけ眼で何がなんだか分からなかったが、
よくよくみるとそれは、かなり怪しげな小瓶だった。
なんというか。
いかにも、薬品が入ってそうなデザインで、手書き文字が書かれたラベルが一枚貼ってあるだけ。
メイは慌てて机から、以前キールに貰った辞書を取り出す。
そして、しばらくそれと睨めっこしながら、交互に瓶のラベルを見て。
「……試験…薬…」
一言、ぽつりと呟いた。
「…怪しい、あやしすぎる〜!」
メイは思わず叫んだ。
「この字、これってキールの書いたモンよね…。 …くそ〜、キールの奴、なにこんなクッソ怪しげなモン作ってんのよ〜」
そう言って、メイはそのままため息をひとつついた。
…そんな怪しげなもんを飲み干した自分が、少しだけむなしくなったようだ。
そして、また、キッと顔を上げ。
「…そ、とりあえず、キールに頼んで、直してもらわなきゃ!」
…絶対、馬鹿にされるか叱られるかするけど…。
頭の中でそう付け加えながら、メイは自室を飛び出そうとして、はたと気付いた。
「……そうだ。 今日って…」
昨日の夜の事が、まるで走馬灯のように頭によぎる。
隣りの町まで、研修だかなんだかで、夜中、もしくは次の日まで帰らない、と言っていたキールの姿が。
瞬間的に、メイの頭から、サーッと血の気が引く。
「…ど、どうしよ、まさか、ずっとこのままって訳じゃないよね〜」
メイは大慌てになり、部屋の中をひたすらうろうろしながら、ブツブツと言っていた。
「じょーだんじゃないよ。 このまま最悪明日まで、なんて…。 …でも、これって絶対キールが作ったもんだし…。 ヘタすりゃ、他の魔道師じゃこの薬の存在事体知らなそうよね〜、アイツ友達少ないもんな〜…、じゃぁ、一体誰に……」
そこまで言いつづけて、メイははたと立ち止まる。
この国で、魔道に長けた人間。
キールとも馴染みの深い、怪しげな物にもなんか詳しそうな…。
絵に描いたような適任者がいるではないか。
「たしか、この時間なら…大通りに行けば会えるかな…」
呟いて部屋を出ようとして、メイはまた立ち止まる。
「…そうだ…服…」
その時初めて気がついた。
妙につんつるてんなパジャマに身を包んだ自分に。
「……あぁ、もぅ〜、何かマシなもの……」
メイはタンスを引っ掻き回しながら唸っていた。
何せ、ここにある物はすべて、メイにぴったりなサイズの物ばかり。
いつもより20cmは高い今の身長では、何一つ様になるものがない。
タンスの奥を掻き回し、ふと手が止まる。
「…これ…」
手に取ったのは一着の洋服。
…かなり前、ディアーナに冗談でもらったもの。
サイズが合わないから、一度も袖を通したことがなかった。
ぱらっと服を広げ、そのまま体に当てる。
ピッタリだ。
「…ま、しょうがないか…」
呟きながら、メイは漆黒のイブニングドレスに袖を通し始めた。
「……っと。 たしかいつもこのへん…」
呟きながら辺りを見まわす。
だがその度、目が合った人にいちいち振り向かれては、まじまじと見られる。
無理も無い。
真昼の大通りで、この格好はあまりに目立つ。
メイはいい加減嫌になって、とりあえず服を調達しようと。手近な洋服屋に足を向けた。
と、その時。
ふいに、肩を掴まれる感触。
そして振り向くと。
「…よぉ。 …なかなかイカした格好じゃねぇか、お嬢さん♪」
軽い口調で話しかけてきた人物に、メイは口をぱくぱくさせ。
「し、シオン?」
思わずその名を呼んでいた。
「なんだ、…嬢さんは俺のこと知ってるのか?」
「…え? あ、いや、その…」
「それなら話は早い。 どうだい? これから俺と薔薇色の一日を過ごすってーのは?」
「………………」
ウィンクさえまじえてにっこにこ話しかけてくるシオンに、メイは思わず言葉を失った。
…この男…、いつもこんな風にナンパしてんのか…?
正確に言えば、言葉を失ったというより、密かに奥歯を噛み締め、ピクピク額に青スジ立てているようではあるが。
「ほらほら、早く行こうぜ」
「…あっ!?」
そうこうする間に、シオンに強引に手を引かれ、メイはそのままつられて道を少し進んでしまい、慌てて強引に立ち止まる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、あたしは今洋服屋に…」
「服? 服なんて買ってどうしようってんだい? あんたはそのままで十分にセクシーだぜ」
「…だから、その『せくしぃ』を少しでも無くそうと…」
再び青スジをたてているメイに、シオンはきょとんとした視線を向ける。
そんな態度に、メイはたまらずため息を付いた。
メイは、何だかバカバカしくなってきていた。
こんな男に頼ろうとした自分が。
…考えてみれば、遅くても明日にはキールが帰ってくるはずだし。
おとなしく待っていればどうってことはない。
…それに第一、この軽薄さ加減はなんなのよ!
…あたしというものがありながら…。
メイはやれやれと肩を落とす。
ちらりとシオンの方に目をやると、やはりきょとんとこちらを見ているだけだ。
メイは、また肩を付きながらため息まで付いた。
メイがシオンと付き合い始めてから、実はすでにかなりの月日が経っている。
今やまごう事無き恋人同士…、なはずではあるのだが。 何故かどうにもしっくりこない。
まぁ、元々ああいう性格のシオンだし、いっくら彼女が出来たって、そうそう変わるものじゃないのは、メイも分かってはいたが。
こうまであからさまに、別の女を引っ掛ける所を見てしまっては、やはり何と言うか、やりきれないものがある。
メイが気なしにとぼとぼ帰ろうとすると、シオンは焦ったように追いかけてきた。
「おい、どうしたんだよ、嬢さんってば」
「…もぅ、なによしつこい!」
肩を叩かれ、怒鳴りながら振り返るメイが、ふとある一点で視線を止めた。
さっき入ろうとした洋品店、その窓ガラス。
映ったメイの姿は、別にシオンでなくとも、自分だって男なら、一声くらいはかけたくなるような、そんな、妖艶という言葉がしっくりくるような美女だった。
そして、隣りにいる、シオン。
…何と言うか。
いつもは、いくらデートでシオンと並んで歩いても、自分だけ、なんだか「ちんちくりん」という言葉が思いっきり当てはまるような感じで。
長身で大人びたシオンとは、どうにもつりあいが取れていない気がしていたのだが…。
今はどうだろう。
身長差。 ルックス。 そしてムード。
どれを取っても、天下一品のカップルが、そこには映っていた。
メイは思わず、ゴクッと生唾を飲み込む。
「…なんだ? そんなに服が買いたいなら、付き合ってやっても良いが…」
シオンがニヤニヤしながら隣りで話しかけてくる。
そんなシオンの腕を、メイはいきなりわしっと掴み。
「…いいわ。 付き合ったげる!」
目をそらしたまま一言言うと、シオンの顔には満面の笑みがこぼれた。
「それでお嬢さん、名前は? …俺だけ名前知られてちゃ、不公平ってもんだろ?」
適当に町を歩きながら、シオンが笑顔で聞いてきた。
メイはふとあごに指をあて考えると、にっこり笑いながら言った。
「…そうね。 …シンデレラ…かな?」
「しんでれ……変な名前だな…」
いぶかしげに言うシオンに、メイはにっこりと笑いかけた。
それから二人は、連れ立って街を歩いて行った。
手近な店を冷やかし、カフェテラスで一休みしたり、広場で大道芸を見て笑い合ったり。
いつもの、メイとシオンのデートコース。
でも、今は違う。
ともすれば、保護者同伴というようなムードが漂ういつもとは、雲泥の差。
どこから見ても、二人は恋人同士だ。
メイはそれが嬉しくてたまらなかった。
「ねぇ、シオン。 次はあっち行って見ようよ」
にこにこしながら手を引かれ、シオンは苦笑まじりに後を行く。
気がつくと、もう日は西の彼方で茜色に染まり始めていた。
「ふぅ……」
笑顔のままで、メイが広場のベンチに腰を下ろすと、シオンは正面に立ちこちらを眺めるように見つめている。
メイはそんなシオンに、にっこりと微笑を返した。
「…今日は、ホントにありがと。 楽しかった〜」
満面の笑みと共に言うメイに、シオンは微笑みを返した。
「いや、なんのなんの…、嬢さんみたいな美人のお相手なら、いつでも大歓迎さ」
にっこりとウィンクするシオンに、ふとメイの胸が痛んだ。
…美人のお相手…か。
その時。
メイはやっと気がついた。
今日一日、シオンと共にいたのは、『藤原 芽衣』ではなく、謎の美女『シンデレラ』…。
チクチクと胸が痛みを益す。
…そうだよね。
シオンだって。
あたしみたいのじゃなくって、もっと大人っぽい、美女連れて歩きたいよね…。
メイは、俯いたまま、益すばかりの胸の痛みをこらえ、そしてすっと立ち上がった。
「…ごめん、あたしもう帰る…」
ぽつりと言い捨て、メイはそのままきびすを返す。
しかしその時、ふいに手を掴まれ、メイはそのままシオンの片手に抱かれながら向かい合うような形をとっていた。
「…おっとお嬢さん、そいつはないぜ。 これからが大人の時間だってのに…」
言いながら、シオンはニヤニヤと顔を近づける。
メイは思わず思いっきり避けようと顔を振ると。
「きゃ、きゃあっ!?」
大声と共に盛大な音を立て、メイはのまま見事に地面にひっくり返っていた。
「あだだだだ…」
腰を押さえながら立つメイに、シオンが思わず手を差し出すと、メイは不機嫌にそれをはらいのけ。
「…さよなら!」
一言言うと、そのまま広場を後にした。
「…ふぅ、……ったく何やってんだか…」
ため息混じりに呟きながら、メイは魔法研究院の扉にもたれかかった。
窓ガラスに映った自分の姿を見て、また、ため息を付く。
そしてふと気がつく。
自分の足元。
「…………」
メイは思わず、一瞬言葉を失った。
そして、一拍置いた後、苦笑交じりに微笑む。
「…ったく。 …これじゃホントにシンデレラじゃない…」
いつのまにか靴が脱げていた足を上げながら、メイはそう呟いた。
「…ただいま……。 …メイ? …お前、なんつぅ格好しるんだよ…」
「へ?」
数分後。
帰ってきたキールに、出会い頭に言われ、メイはふと自分の姿を見ると。
「あ。 …元に戻ってる…!?」
ぶかぶかのイブニングドレスに身を包みながら、メイは思わず呟いた。
「よぉ♪」
「げっ…」
「…こーらキール、げっ、はないだろーが…」
「…こんな時間に何の用です? シオン様」
夜中にふと響いたそんな声に、メイは自室ではっとなった。
「ちょっと、な。 メイの部屋はあっちだったよな…」
「あ、ちょっとシオン様。 …個人の付き合いにとやかく言うつもりは無いですがね…、一応常識ってモンを考えてくださいよ。 今何時だと…」
何やらキールにブツブツと言われながら、足音は着実にメイの部屋まで辿り着いていた。
…トントン…
軽いノックが聞こえる。
「…ったく…」
呟きと共に、キールの去って行く足音が響いた。
「何しに、来たのよ…」
ドアを空けながら、メイは顔さえ見ずに呟いた。
「…おやおや、つれないねぇ…。 夜中にふと、愛しのマイハニーの顔を見たくなっちゃいけないってのか? ……っておい、扉を閉めるなって!」
「……一体何なのよアンタは〜!?」
メイがヒステリックに声を上げると、シオンはふと真剣な表情で、メイの目前に手を差し出した。
差し出された手に目をやり、メイは一瞬固まる。
「忘れモンだ」
その手に握られた、いつも履いている、学校指定のちょっと薄汚れた革靴に、メイの目は点になるばかりだった。
「…え? だ、だって、これ……!?」
「…言っとくがなぁ…、あのドレスにこの靴はないぜ」
「………あ、あの…」
「しかも、その上にまたソックスってのは、勘弁してほしかったよな〜。 もうちょとだな服のセンスってモンが必要だと思うぞ、俺は」
パクパクと口を開き、意味不明な単語しか発せられらられないメイに、シオンはニヤニヤと言いつづける。
「俺が、あの程度の魔法、見破れない訳があるかってーの」
ウィンクさえしながら、シオンは言った。
そんなシオンを見て、たまらずにメイの瞳からは、涙がこぼれだした。
「ま、たまにはいいモンだな、ああいうのも…。 …俺はいつものままでも構わないんだが…」
ペラペラとしゃべるシオンに、メイはそのまましがみつくように抱きついた。
「…バカ…」
呟くメイの頭を、シオンの大きな手が軽く振れた。
「気付いてたんなら、早くそう言ってよ……、あたしてっきり…」
「……ったく、信用ねーの…」
「あたりまえでしょ…」
涙を流しながらも、メイの顔は微笑みながら、シオンの背中に回した手を、ぎゅっと強める。
そしてそのまま、メイは少しだけ背伸びをする。
合わさった唇からは、涙に混じって、いつもの味がした。
…ったく、この男は。
人の気持ちも知らないで。
どうもシオンは、メイの気にしてるようなことなんて、まるで気にしていない様子だ。
メイは内心、軽く毒づきながら、満面の笑みで微笑みかけた。
「…しかし、キールがまだあの薬を持ってたとはねぇ…」
帰り際に、シオンがふと呟いた。
「ってゆーか、あたし、キールがそんな薬作ってたってことも知らなかったんだけど…」
メイはジト目で呟く。
「だから、何度も言ってるだろうが…、処分し忘れてたんだよ。 大体だな、どうやったらあれだけうさんくさいものを飲み干せるんだ?」
「…うっ」
キールに突っ込まれて、メイは小さくうめき声を漏らした。
そしてやおら人差し指をびっと立て。
「…ふん、そーゆー態度とるなら、考えがあるわ」
「ほぅ、…どんな?」
「あんたとシルフィスの関係、町中に広める」
「あ、あのなぁ…それとこれと、一体どーゆー関係が…!?」
キールは、思わず赤面しながらうろたえた。
「…はいはい、そこまで♪」
シオンはにこにこしながら、二人をいなめ、キールはブツブツ言いながらそっぽを向いた。
そんキールを、メイとシオンは互いに見合いながら微笑み合う。
そして、
メイはふと、シオンから受け取った靴を地面から拾い上げた。
幼い頃、絵本で読んだ夢の話。
たったひとつ、解けなかった魔法。
落し物の魔法の靴。
夢の時間には、まだ続きが用意されている。
…というわけで。
キリ番10000をゲットされた、大和様のリクエストによる、シオン×メイで秘密の薬のような話…
…ってまんま秘密の薬につなげてしまいましたが(^^;
にしても、ふと気がつくと、これって、シオン×メイじゃなくて、思いっきりメイ×シオンですね(汗)
しかも、よくよく考えたら、秘密の薬はたしかセイル変身話だったから、もしかしたらシオン変身話のほうがよかったのでしょうか…(ヲイヲイ)
どうも、このカップリングってことで、メイちゃんの、シンデレラっぽい話が書きたくなってしまったもので…(汗)
あ、ちなみに、この話はほかの秘密の薬話同様、密かに「シオン首相の御公務日記」にもつづいています(笑)
でも、シオン×メイは、ファンタのメイカップリングのなかで、一番のお気に入りカップリングなんで、リクエスト頂けてホントに嬉しかったです(^^)
考えてみると、今まで端々の設定ではあったものの、メインで話書いたことなっかたもので。
大和様、こんな出来ですが、よろしかったらお納め下さい。 m(_ _)m
次回のファンタの創作は、多分またキリ番か…それとも学園物あたりの予定です。(^^;