私の彼は王子様…?
「…殿下?」
暗闇の中に浮かぶ影に、メイが声をかけた瞬間、影は驚いたように身を震わせこちらを振り返った。
「…なんだ、メイか…、おどかさないでくれ…」
メイの姿を確認して、セイリオスはやれやれと肩を落とした。
「一体どーしたの殿下? こんな夜中に、こんなとこ来て…」
メイはきょとんと、窓に肘をつきながら話し掛けた。
魔法研究院の片隅、ちょうどメイの部屋の窓の外にあたる庭先。
もうとっくに日も暮れた時間、メイがふと窓の外を覗いた時、
そこにいたセイリオスの姿は、かなり異様なものだった。
「…いや、その…道に迷ってしまって…」
セイリオスは、バツが悪そうにはにかむ。
「まったく、またお忍びでもしてたんでしょ〜、…ちょっと待って、今そっち行くよ」
「え…?」
セイリオスが慌てて呟くうちに、メイはさっさと手近な上着を羽織り、パジャマ姿のままで窓から飛び出してきた。
「まったく、…あとで叱られても、私は知らないぞ…」
「だいじょぶ、だいじょぶ♪ …えっと、確かお城はあっちだっけ…? 送ってくよ」
メイは軽く言い放つと、さっさとセイリオスの腕を引っ張って先を進んだ。
本当は少し嬉しかった。
まさかこんな時間に、彼と共にいられるなんて。
メイは、心なしはずんだ足取りで町へと向かって行った。
「う…わぁ…。 キールがうるさくて、夜ってあんま出かけたことなかったけど…、こんなに星が綺麗だったんだね…」
広場に差し掛かったところで、メイは思わず立ち止まり呟いた。
セイリオスもつられて顔を上げる。
晴天の空には、無数の星が瞬いていた。
「…そーだ!」
メイは、唐突に手を叩き、にっこりとセイリオスのほうに向き直った。
「ね、ちょっと寄り道してもいい?」
満面の笑みで問いかけるメイに、セイリオスが反論できるはずもなかった。
「…ここは…」
小さく呟くセイリオスに、メイはウインクひとつしながら、
「そ、この前殿下と一緒に来た丘♪」
言いながら、メイはさっさと道を進んで行った。
「わぁ…、思ったとおりだ…、きれー……」
暗闇に、所々街路灯が灯る町。
その向こうに広がる山々。
そして、すさまじいまでの星の群れ。
町の中とは比べ物にならないほどの、その景色に、メイはしばらく感嘆の声を上げていた。
そんなメイにつられ、セイリオスも、いつしか時間すら忘れてその景色に見入っていた。
「ねぇ、ダリスってあのへんかな」
「え? あ、あぁ…」
唐突に話し掛けられ、セイリオスはしどろもどろに答えた。
「もし、戦争になったら、こんな景色もなくなっちゃうのかな」
少し寂しげに呟くメイに、セイリオスは静かに歩み寄った。
「…言っただろう、この国は、私が守る、いや、守らなくてはならないんだ、どうしても」
すぐ隣りまで来て呟くセイリオスの、意思の強い表情に、メイは思わず見入る、そしてまた、夜空へと目を移した。
「すごいね、殿下って…、やっぱ、王子様なんだよね…」
「どうしたんだ、いきなり…」
「だってあたし、考えたことも無かったもん、戦争とか…、国を守るとか…。 でも、殿下って、ずっと前…今のあたしよりも年下のころから、そーゆーこと考えてたのかなって…」
メイはちょっと俯きながら言った。
その顔は、少しだけ曇っていた。
…こんな時は、いつもよりも感じてしまう。
自分と、彼との違いを。
住んでいた世界が違う。
それは、別にメイが異世界から来たからではなく、もっと別の意味で。
「確かに、宮廷教育では、嫌と言うほど学ばされたことだ」
セイリオスは、俯いているメイに、静かに答えた。
「…もっとも、あの頃は授業を受けるのが嫌で嫌で仕方なかった」
はにかみながら、一言付け加えた。
「なにそれ、まるでディアーナじゃん」
メイはクスクスと笑う。
笑顔を浮かべたメイに、セイリオスは密かに安堵していた。
「さてと、早くお城戻んないと、ディアーナも心配してるよね」
メイがそう言いながら丘を下ろうとすると、不意にセイリオスが腕を引いた。
「もう少しだけ、ここにいないか?」
セイリオスは、静かに呟いた。
「…でも、もう遅いよ…、皆、心配し…」
メイが途中まで言ったとき、セイリオスは唐突に腕を引き、反動でメイはセイリオスの胸に飛び込んでしまった。
メイは思わず真っ赤になり、そのまま硬直していると、セイリオスは静かにメイの肩を抱く。
「城のことはいい。 だから、もう少しこうしていたい」
セイリオスも顔を染めながら、ぽつりと言った。
メイは、その鼓動を耳にしながら、すこしおかしくなって微笑む。
住む世界の違い。 それを一番感じていたのは、多分彼のほう。
戸惑いながら恐る恐る抱かれた肩。
下から見てもわかるほど、染まった顔。
早鐘を打ちつづける鼓動。
こんなセイリオスの姿を前に、緊張していることの方が馬鹿馬鹿しい。
メイは思わすクスリと笑みをこぼした。
だが、そんなメイの気持ちを知ってか知らずか。
セイリオスはメイの肩を抱いたまま、緊張した面持ちであさってのほうを見る。
「…メイ…私は…その…」
しどろもどろに、なにやら呟くセイリオス。
そんな姿が、ますますおかしい。
いつも完璧な彼の、こんな不器用なところ。
メイは、セイリオスのそんなところが一番好きだった。
静かに笑いをこらえながら、メイは少しだけ胸の鼓動を高めていた。
今から、彼が発しようとしている言葉。
それは、もう分かっている。
だって、ずっと待っていたんだから。
住む世界の違いなんて、もう関係ない。
だって、それでも…
「…私は…君を…」
「んきゃあ!?」
「え?」
「へ!?」
突然響いた甲高い声に、続いてセイリオス、メイの声が響いた。
「ディアーナ!?」
「…たたた…」
思わずその名を呼ぶセイリオスの前には、顔をしかめ口頭部を押さえるディアーナの姿があった。
「……とと…」
メイは、思わずそそくさとセイリオスから離れる。
「どうしたのよ、ディアーナ…こんな時間に…」
メイが問いかけると、ディアーナはおもむろに詰め寄って、
「どうした、じゃありませんわ、それはこっちのセリフですわよ!? …わたくし、とっても心配してましたのよ!」
「…………」
ディアーナに言われ、二人そろって言葉を失う。
「お兄様の帰りが遅くて、王宮内がパニックになって、それはもう大変な騒ぎで、…いたたまれなくて抜け出して、研究院に行ったら、メイまでいないんですもの! …二人とも、こんなところで何してたんですの?」
「………あ。えーと…」
ディアーナにつめよられ、メイはしどろもどろに、あさっての方向を向く。
「実は、…道に迷ってしまって…、メイに送ってもらうところだったんだよ」
セイリオスが、心なし冷や汗をにじませながら、ディアーナに言った。
ディアーナは、憮然とした表情のまま、ぶぅと頬をふくらませる。
「とにかく、さっさと王宮に戻りましょう、…城中大パニックで大変ですのよ!」
ぷんっと顔をそらし、ディアーナは呟く。
「……大パニック…」
セイリオスは思わず顔色を変え呟いた。
「そうですわ、…お兄様が謀殺されたとか、誘拐された、とか…、あることないこと飛び交いまくってますわ」
「……………」
「ダリス王国の陰謀とか言い出す人もいて、即宣戦布告すると騒ぎだして、大臣がやっと納めましたのよ」
「…………」
「それに、お兄様を見つけた者に謝礼をとらせるとかいう噂が、城内に飛び交って、皆、それはもう血眼で探し回っていますわ」
「………」
「そうそう、皇太子の一大事ということで、お父様始め、王家の者が一同に集まって、緊急会議も開かれるとかなんとか…」
「……」
「もうすでに、各方面に密使も使わされたそうですし…」
しばし、無数の星々がきらめく丘の上にて、沈黙があたりに満ちた。
「…じゃ! そーゆーことで!」
メイは、冷や汗タラリ、そそくさとその場を離れた。
「…こっからなら、殿下一人でも道分かるよね、ウン」
言いながら、メイはますます離れて行く。
「あ、メイ待って下さいな。 …お兄様、わたくし、今日はメイのところにお泊りしますわ」
逃げるようにディアーナはメイの後を追う。
その後。
ただ一人残されたセイリオスが、重い足取りで王宮に戻って行くまでには、それから大分時間が経っていた。
翌朝。
ちゃっかりお泊りしていったディアーナを、キールに言われ送って行きながら、皇太子失踪事件の余波が満ち満ちた町を行きながら、メイは思わずため息をついた。
行き交う人は皆、事件の噂をしていて、すっかり昨夜の状況が飲み込めてしまった。
どうやら、セイリオス帰宅後も、ないやら色々あったらしい。
メイにしてみれば、ちょっとした門限遅れに過ぎないことなのだが。
やはり、王家というのは、こういうものなのだろうか…。
となりで、鼻歌まじりに歩くディアーナは、…さすがというか、…多分これを見越して、関わるのを避け、メイの部屋に泊まったのだろう。
「……やっぱし、住む世界、違いすぎかも…」
噂話ににぎわう人々を横目に、メイはひとり、王家という名の壁の大きさを、まじまじと感じずにはいられなかった。
メイとセイリオス。
二人の想いがハッピーエンドを迎えるまでには、
まだまだ、時間が必要のようだ。
…と、いうわけで…。
キリ番11111をゲットされた、さゆ様のリクエスト「メイ×誰かで、おいしいところをかっさらうディアーナ」……。
って、ディアーナ…、かっさらうというか…、天然ボケて、ちゃっかりしてただけの気が……(滝汗)
ホントは、メイを誰かにとられまいと、やきもきするディアーナな話、のはずだったんですけど…(汗)
…いつのまにか、こんなんになってしまって……、どうもスミマセン…(−−;
でも、王家って、本当に色々ギャップが大変なんじゃなかろーかと(笑)
特に、自由奔放なメイには、結構キツそうな気がします(^^;
でも、まわりがあたふたするなか、満面の笑みでメイをプロポーズする殿下には、結構ときめきましたが(笑)
セイリオスEDで、一番好きな場面は、そこだったります。
セイル×メイも、そのうち書いてみたいですね…(にんまり)
ではでは、
さゆ様、こんなモノですが、よろしければもらってやってください m(_ _;)m