たった一夜の夢のうち
「…ふへ〜、ヤバヤバっ、門限遅れちゃう…!」
人通りもまばらになった裏通りを、ひたすらばたばたした足音で、メイは一目散に駆け抜けて行った。
ここのところ門限破りが連続したもので、また遅れたりしようものなら、キールに何を言われるやら。
いや、もうキールのお小言には大抵は慣れてきてはいるのだが、最も恐ろしいのは外出禁止例である。
最近ディアーナを見かけなくなったと思っていたら、どうやら同じ穴のムジナだったらしく、自室に缶詰状態らしいし。
「…いくらなんでも、監禁はごめんよね…」
ぽつりと呟きながら、メイは走るペースをゆるめることなく、道を疾走していた。
「うわぁ!!」
「わぁ!?」
二つの声が、唐突に通り一面に響き渡った。
「あいたたた〜」
メイの目の前に仰向けに倒れ、痛がってるわりに何やらのどかなテンポの聞きなれた声が聞こえる。
「あ、アイシュ!?」
もったりと置きあがる見慣れた顔に、メイは思わず声を上げた。
そして、
「はれ…? メイひゃんやないれすかぁ〜」
「……は?」
ろれつの狂いまくった、それでいていつもどおりの口調に、メイは思わず目を点にしていた。
よく見ると、冗談のように顔が真っ赤に染まっている。
「ちょ、ちょっとアイシュ、たいじょーぶ?」
「…ははは、ちょ、ちょっろ、お付き合いれして…、」
ふらふらとしているアイシュを思わず抱き止め、そしてふと夕焼けに染まる辺りの景色が目に入った瞬間。
「あっ!! あたしこんなことしてる場合じゃ!?」
「ふにゃ!?」
「へ!?」
唐突に我に返り、その手をアイシュから離した瞬間。
ドスン…ッ。
派手な音と共に、アイシュは地面に突っ伏しそのまま意識を失っていた。
「………ったく、なんでこんなことに〜!」
すでに夕闇に染まった街角で、メイはひたすらぶーぶーと呟きながら、
相変わらず意識の無いアイシュの肩を掴んで、ずるずると彼をひきずっていた。
そして、大通りに差し掛かったところでふと立ち止まり、
「…でも、コレ…一体どうしよう…」
もらした呟きには、ただ吹きすさる風だけが空しく響き渡っていた。
半分は自分のせいだし、
見捨てるわけにもいかない。
大体、アイシュの家さえ、どこにあるかは知らない。
キールと二人で王都に住んでいる、というところまでは、知っているのだが。
肝心の、王都のどこか、というのをまるで知らないのだ。
「とりあえず、研究院に行けば、キールがいるわよね…」
そう呟くと、メイはまた、ずるずるとアイシュをひきずりだしていた。
「キール〜、キールったらぁ〜!」
すでにほとんどの灯りを落された研究院は、おどろおどろしいほどに、静まり返っていた。
「…ったく、あいつ、人の門限にはあんなにうるさいくせして〜!」
思わずあげたメイの怒鳴り声も、暗闇に空しく響き渡るだけだった。
メイはふっと我に帰り、そして、アイシュを見てみる。 まだ目を回したままである。
「………と、とりあえず………」
………。
呟いた言葉の続きが見当たらず、メイは頭を抱えていた。
元々、この研究院は、通いの魔道師が主で、
メイのような住みこみはほとんど居ない。
…大体、こんな、年中ほこりっぽくて、夏は暑くて冬は寒いような部屋に、好んで寝泊りするほうがどうかしている、と、メイは常々思っているくらいなのだから。
夜になった研究院は、泊り込みで研究している者でも居ない限り、恐ろしいほどに静まり返る。
そう、丁度今日のように。
メイは何気なく、自分の制服のポケットに手を当て、
カチャリ、という小さな音とともに、鍵をひとつ取り出した。
持っているのは、自室にのみ入れる、この鍵のみ。
メイは思わず、大きなため息をついていた。
「よいしょ…っと。」
まるで、大きな荷物でも運ぶかのように、メイは部屋のすみに、ひきずってきたアイシュをほおりだした。
そのまま、うずくまったアイシュに、適当なマントを引っ掛け、また、ため息を付いた。
なんだって、こんなことになったのか…。
ため息をもらしながら、ふと、アイシュの方に近づき、
掛けられた眼鏡が、ひどくまがっている事に気付き、何気なくそれを直そうとすると、
小さな金属音とともに、それは床へと落ちて行った。
そしてふとまた、アイシュのほうを見ると。
「わ……」
メイは、思わず声を上げていた。
「…寝顔…キールとそっくりだぁ……」
以前目にした、うたた寝しているキールの顔を思い出し、メイは思わずクスリとわらった。
いくら反抗していても、やはり双子なのだ、と、なんだかおかしくなってきた。
そして、メイはまた、静かにため息を付く。
…思えば、
アイシュは本当に良いお兄ちゃんだ。
ぼーっとして、何も考えてなさそうに見えるけど、
本当はいつでも、キールのこと心配して、
ちょくちょく研究院に顔を出すのは、きっと仕事じゃなく、キールの様子を見に、だろう。
いつも煙たがってばかりいるキールを、
それでも、とても暖かい目で見守って。
いつだったろう。
冗談みたいな形の眼鏡の奥の、彼のその暖かな眼差しに気付いたのは。
ちょっとだけ、その眼差しに、焼けたりもしたものだ。
そして、ふと、
メイの胸のうちに、忘れかけていた顔がよぎった。
メイにも、兄弟がいた。
生意気な弟が、一人。
キールのことを気にかける、アイシュの姿を思うと、いやおう無しに、思い出してしまう。
胸の奥が、
少しだけ痛かった。
「………ったく…、らしくもない…」
しばし俯いた後、メイは呟きながら立ちあがった、
その時。
「えっ!?」
メイの驚きの声とともに、唐突に、アイシュに抱きつかれるように、床に倒れこんでいた。
「め、メイひゃん…」
「…げっ…」
どう見ても、イッてる顔をしてるアイシュが、目の前で怪しげにこちらを見つめている。
酒プラス、頭の殴打。
理性と思考回路がすっ飛ぶには、これ以上無いほどの条件だ。
「ヤバッ…」
メイはすかさず、その身を離そうとするが、
思いのほか、アイシュの腕力は強かった。
…本気で、ヤバイかも…。
メイが思わず固唾を飲むうちに、アイシュの顔は目前まで迫ってきていた。
メイは思わず、かたく瞳を閉じた。
その瞬間。
ふわっと、
アイシュのやや長めの髪の毛が、メイの襟元に触れる。
気がつくと、アイシュは、メイにしがみついたまま、メイの顔のすぐ横に顔を埋もれさせ、
静かな寝息を立てていた。
メイは、思わず、大きなため息を付いて、
ずずっと音を立てながら、ゆっくりと、アイシュの下から這い出すように離れた。
そして、
メイはそのまま、しばらく、自らの肩を掴み、
しゃがみこんでいた。
心臓が、まだ、バクバクいっている。
頬に、血液が溜まっているのが、なんとなく分かった。
ビックリした…。
それが正直な感想。
十六年生きてきて、このテのアクシデントは初めてだったし。
なにより、
その相手が、アイシュだったから。
静かに肩を撫で下ろしながら、
メイは後ろを振り返った。
アイシュは、相変わらず、すやすやと寝息を立てている。
「ったく…」
ぽつりと呟きながら、
少しだけはにかみ、
メイは、先程アイシュにつっかけたマントを、再び手にして、アイシュに歩み寄っていた。
「メイひゃん…」
むにゃむにゃとした寝息とともに、寝言のようなものが聞き取れる。
メイは、やれやれと微笑みながら、
静かに、アイシュにマントをかけた。
その時、アイシュが一瞬、動き、
唐突にメイの手を掴むと、
「メイひゃん…大好きれふ……どうか…ぼくと……ぼくといっひょに…」
その後の言葉は、よく聞き取れなかった。
しばし後、アイシュの手が、ふっと離されてからも、メイは中々動けずにいた。
そして、俯いたまま、
「っとに…」
ぽつりと、呟く。
「そーゆーことは…シラフの時に言いなさいよ…」
いたずらっぽく、アイシュの頬をつねりながら呟いたその顔は、何故かとても嬉しそうに微笑んでいた。
「あ、気がついた?」
差しこむ朝日にあてられ、アイシュが眩しそうに目をぱちくりとさせていると、
メイは、いたずらっぽく微笑んで見せた。
「え、え…!? め、メイさん!? あれ…ここは〜、…僕は〜、いったい……!?」
なにやら、ひたすらもったりと驚くアイシュに、メイはくすくすと笑っていた。
「他の魔道師が来る前に、さっさと出て行ってよね、変な噂でも立ったら、やってらんないし」
「………え、えーと〜……」
「………ったく。 …昨日、お酒飲んだことまでは、憶えてる?」
いまいち状況が飲み込めないアイシュに、メイが険悪なほどにっこりと言うと、
アイシュはやっと分かったような顔をした。
「す、すいません〜、僕、どうしてもお酒は苦手でして〜。 昨日も、断ったのですが無理やり…、あの…何か無礼なこと、しませんでした?」
心底申し訳なさそうに言うアイシュが、メイはなんだかおかしくなっていた。
まぁ、アイシュが気を失ったのは、半分は自分のせいだし、別にアイシュを責めるつもりもなかった。
「ま、人の部屋で高いびきしてただけで、じゅーぶん無礼な気はするケド」
いたずらっぽく言うメイに、アイシュは思いっきりバツが悪そうに、ひたすら謝りまくっていた。
「どーでもいーけど、…本気で、さっさと出てってくんないと、困るんだけど…」
「あ、あー、すみません〜。 はい、すぐ出て行きます〜」
メイがいたずらっぽく言うと、アイシュは、そそくさと扉へ向かった。
「あ、あの〜、このお詫びは、いつか必ずいたしますので〜」
恐る恐る言うアイシュに、メイは思わず吹き出していた。
「別にいいよ、そんなに気にしないで。 それより…」
「え?」
アイシュが振り向くと、
メイはゆっくりアイシュに近づいてきていた。
「昨日のアノ言葉。 …あたしも、だから…ね…」
「はぁ!?」
少しだけ、頬を染めながら言うメイに、アイシュはただキョトンとしていた。
「なんのことです、いったい?」
「知りたけりゃ、自分の胸に聞いてみれば?」
「う゛〜〜」
俯きながら、背中にヒトダマしょって暗くなるアイシュに、メイはけらけらと笑いかけていた。
なんだか、少しだけ嬉しかった。
自分だけ知ってる、彼の本心。
いつか、シラフで、それを言ってくれる日まで、
ちょっとだけ、遊んでやろうかと、メイは静かに企んでいた。
冷やかす、良いダシもできたし。
その後、
少し後に研究院に来たキールに、昨日の門限破りをきつく叱られまくり、
メイは、それからしばらく、外出禁止例に泣く日々が続くのだが、
それはまた、別の話である…。
……そんなわけで…、キリ番16000をゲットされた、橘司様のリクエストによる、
アイシュ×メイで、ちょっと野獣なアイシュ…、ということでした…。
とゆーか……アイシュ、野獣というより、ただのヘベレケ…(爆)
しかも、アイシュ×メイというより、メイ×アイシュだった気もします…(←ちょっと待て)
アイシュを野獣にするには、薬物使用か、酒くらいなもんだろう、と思い、書き出し、結局、アイシュはあの程度止まりになってしまいました…。 うーん、アイシュをぶち切れさせるのって、結構難しそうです…(爆)
アイシュの、意外にお兄さんしているところは、結構好きなポイントだったりします。
メイも弟がいることだし、結構共感するとこあるのかな、とか、つい思いました。
こんなんですが、橘司様。 よろしければ、どうぞもらってやって下さい…m(_ _)m