木洩れ日の中で
「……イ…メイ……メイ! こら、起きろ」
[………ん……、……っるさいなぁ……、あと5分……」
「おい、寝ぼけてんのか? おきろよ」
「もー、うっさいな、かーさん、。 …もーちょっと寝かせてよ」
「……!」
今までしきりにメイの肩をゆすっていたキールの手の動きがピタッと止まった。
突然ゆれが止まったのに驚いてか、そのすぐ後にメイはうっすらと目を開けた。
ボーっとしながらメイが顔を上げると、木洩れ日をバックにキールの顔が目に入った。
「……ん…、あれ? キール? なのやってんの?」
ボーっとした顔で目をこすりながらメイは起きあがる。
キールはメイの声にはっとして我に返った。
「…それはこっちのセリフだ。 …まったく、いくら陽気がいいからってこんなとこで寝込むやつがあるか」
「こんなとこって……」
キールにうながされてあたりを見ると、そこは綺麗に整った庭園だった。
「…ここ、研究員の中庭?」
とぼけた顔で言うメイを見て、キールは一つため息をつき。
「そうだ。 で、…俺がたまたま通りがかったら、お前がぐーぐー寝てたわけだ」
「ぐーぐーって…あんた、女の子に対して失礼じゃない!」
「事実だ。 それより、なんでこんな所で寝てたんだ」
「そ、それは…」
メイは少し気まずそうに口ごもる。
キールはそんな彼女をいぶかしげに思い、顔をのぞきこんだ。
「…まさか、またなんかしでかしたんじゃないだろうな?」
ジト目で問うキールにメイは少し腹立った。
「…あんたねー、いっつも人をトラブルの元凶みたいに言わないでよ! …ちょっと考え事してただけよ…」
「考え事? またらしくないことを…」
鼻で笑うキールに、メイはますます腹を立て。
「あのねー! 誰のせいで…!…」
言いかけてメイははっとして言葉をつぐんだ。
そんなメイを見て、キールはふと暗い顔をして再びためいきをつき言った。
「…あっちの世界のことか?」
真直ぐに見つめられ、戸惑いながらもメイは一つ頷いく。
「そっか…」
ポツリとつぶやくと、キールはそのままうつむいた。
沈黙がしばし続く間、風が木々を揺らす音のみがあたりを支配した。
しばらくした後、その沈黙を破ったのはメイだった。
「…昨夜、ちょっとさ、夢見ちゃって…あっちの世界のさ。 そしたらなんか、ミョ-になつかしくなちゃってさ…ハハッ…ホームシックってヤツ? …ガラじゃないよね…。 そんで、気分転換に庭に出てみたら、なーんか気持ち良くってさー、思わず仰向けになって空見上げたりしちゃったりなんかして…、…んで、気がついたら今ってワケ…」
空元気すら冴えないメイの口調に、キールはたまらない気持ちになった。
そして、また一つため息をついて。
「すまない。 …俺のせいで……」
うつむきながらキールはつぶやいた。
そんな彼にメイはとまどった。
「何言ってんの! 別にキールだけのせいってワケじゃないじゃん。 …あたしの運が悪かっただけ…。 …そんな言い方されると、なんかこっちが悪いことしてる気分になっちゃうよ」
「……すまない」
「もー! …だからやめてよ」
メイがいくら言っても、キールの胸に落ちた影はそう簡単にはぬぐえなかった。
「…でも、やっぱり俺の責任だ。 …お前には本当にひどい事をした、…でも、そう思ったのは最初だけだった。 お前の態度や反応を見ているうちに、…本当はたいした事はないんじゃないかと…お前は俺が気にするほど、たいしてことを気にしていないんじゃないかと…、そう思うようになっていた。 …逃げてたんだな、きっと…、…誰だって、生まれ育った世界が愛しいに決まってる、…たとえそれがどんな所でも、 突然身も知らない世界へ連れてこられて、もう帰れないかもしれないなんて言われたら、……俺ならきっと、たえられない」
うつむきながら黙々と話し続けるキールを、メイはただ黙って見つめることしかできなかった。
再び、沈黙と木々のざわめきのみがあたりを支配した。
一気に話したあと、黙し続けるキールの顔をのぞき、メイは少し切なくなった。
―本当はたいした事はないんじゃないか。
それは、メイが当初実際に思っていたことだ。
異世界に紛れ込んだということに、喜びすら感じていた。
考えてもしかたがないので、元の世界のことを思い出すこともひかえていた。
昨夜、夢に見るまで、自分でも気づいていなかったのかもしれない。 こんなにまで元の世界を恋しがっている自分に。
風がやみ、木々のざわめきすら消えた庭園は、沈黙に包まれていた。
黙りこくったままのメイをキールは心配そうな瞳で見つめた。
ともすれば、泣き出しそうな顔をしながら、メイはただうつむいていた。
普段の彼女からは想像もつかない表情だった。
―はじめて見たな、メイのこんな顔。 …女の子、なんだもんな、こんな顔することもあるよな。
キールはメイを見つめながらそんなことを思っていた。
思えば、メイには何を言っても平気だと、ズ太い根性に持ち主だと半ば安心していたフシもあった。
だが、こうしてみると、はかない一人の少女でしかない。
自分はいつも、こんな少女の相手をしていたのか。
キールはふと、そんなことを思った。
横目にメイを見ると、今だうつむいたまま考え込んでいた。 そんな彼女から、キールはなぜか目が離せなくなっていた。
―いつの頃からだろう。
メイを帰すための実験や研究に失敗したときに、罪悪感とともに不思議な安堵感を感じるようになったのは。
そして、その安堵感は再び罪悪感となって重く心にのしかかる。
いつの頃からだろう。
その思いを、自然に閉じ込めるようにしたのは。
キールの視線に気づき、メイは顔を上げた。
しばし視線が交差した後、キールはふいに視線をずらした。
少し顔が紅潮していたことに、彼は気づいていたのだろうか?
そんなキールを見て、メイはなんだかおかしくなった。
―いつの頃からだろう。
元の世界のことを、意識して考えないようにしなくても、いられるようになったのは。
いつの頃からだろう。
元の世界のことよりも、彼のことを考えることが多くなったのは。
ふいに、風が二人の間を吹きぬけた。
お互いに見つめ合っているさまが、なんだかおかしくなり、ふたりは同時に吹き出した。
しばし笑い合った後、メイは言った。
「…あのさキール、さっきは運が悪かった言ったけど、ほんとはあたし、ここへこれてラッキーだったかもって思うこともあるんだ。」
「え?」
突然のメイの言葉に、キールは面食らっていた。
かまわずメイは続けた、少し頬を染めながら。
「だって、…キールに会えたもん」
言ってニッコリ微笑むメイの前で、キールは一瞬呆然として、そしてすぐはにかんだ顔をした。
「お前なぁ…。 元の世界に帰りたいんだろ。 それでさっきから落ち込んでたんだろーが。」
少しあきれながらも、テレた口調でキールは言った。
「あったりまえじゃん、モチロン帰りたいよ。 ホームシックも続行中。 でもさ、なんかキールといたら気がはれちゃった」
「お前なぁ……」
「ハハッ……」
ふいに深刻な顔をして、メイを真直ぐ見据えながらキールは言った。
「…もし、お前が元の世界に帰れたら、……もう会えなくなるんだよな。 二度と。」
それは、今までずっと彼の心に引っかかっていたことだった。
メイを元の世界に帰す。
それは彼にとって、希望であり絶望でもある。
―彼女の喜ぶ顔が見たい、…そう思っていた。
だが、彼女の切望するものを叶えるということは、すなわち彼女との別れを意味する。
いっそのこと、全てが失敗して、永久に叶わなければいい、…心のどこかでそんなことを思っている自分がいる。
しかし、もしそうなったら、永久に彼女の本心からの笑みを見ることはできない。
どうしようもないジレンマとの葛藤が続くだけだった。
心地良い風が再び中庭に吹き抜けたとき、ふいにメイがニコッと笑った。
キールは、そんなメイを不思議そうに見上げる。
しばし見つめ合った後、メイは言った。
「…な〜に言ってんの! 縁起でもない。 …あたしが帰るってことは、あっちとこっちを意図的に行き来するって事でしょ。 …それができたら、あとはもっと簡単に行き来する方法を見つけるだけじゃない」
すずしい顔をして言うメイにキールは苦笑した。
「……おまえなぁ、…簡単に言うけど…」
「…簡単だよ。 …キールなら」
メイは真剣な顔をして、キールを真直ぐ見つめた。
「…メイ」
呆然として、キールはメイを見つめた。
メイは少し寂しそうな瞳を彼に向ける。
「……簡単だよ。 簡単に決まってるよ。」
メイは泣き出しそうな顔で叫び、そしてキール抱きついた。
「…わっ! お、おい…」
赤面したままあわてるキール。 しかしメイは、そんな彼の胸に顔を当てながら涙まじりに言った。
「簡単だよ、キールなら絶対大丈夫。 ……だから、…あたし待ってるから、絶対来てねあたしの世界に…。 …そしたら、連れてきたいとこも、紹介したい人も、いっぱいあるんだから」
「メイ……」
吹き抜ける風に乗って、落ち葉が一つ二人を横切っていった。
キールはメイを抱きとめながら、軽くため息をついた。
「……そうだな。 …俺もお前が生まれた世界には興味がある」
「……キール……?」
メイは顔を上げ、キールを見つめた。
「…約束するよ、…かならずお前を元の世界に送り帰す。 そしてその後、なんとしても俺もお前の世界へ行ってやる、…モチロン、片道切符はなしで」
真直ぐとメイの瞳を見つめ、キールは言った。
再び、メイはキールに力いっぱい抱きついた。
気がつくと、木洩れ日はすでに茜色に染まっていた。
……初書きの創作です。
お目汚しでスイマセンm(><;m
キール×メイは絶対書くぞと盛り上がっていたんですが…。
…いやぁ、小説は難しいです(‐‐;ゞ
こんな、つたないモノを最後まで呼んでくださった人、どうもありがとうございました。
…ついでに、感想などくださると、とても嬉しいです(苦情でも、なんでもかまいません、参考にさせてもらいます〜)。