W・birthday
「お誕生日、おめでとうござます〜」
朝、研究員を一歩出たところで、見なれた呑気面に前触れもなく
そう告げられた。
「馬鹿馬鹿しい…」
思わず呟く、正直な感想。
おめでとうも何もない。 相手にとってだって、今日は誕生日なのだ。
それなのに、この、万年のほほん男は、毎年毎年、決まってその無意味な祝いを告げにやってくる。
「馬鹿馬鹿しくなんかないですよ〜。
キールも今日くらいは、少しは素直になって…、」
言いながらにこにこと、丹精こめたであろう、特技の極甘菓子を
兄貴は悪気も無く差し出した。
「…俺がそんなもの食うとでも?」
極めて正直に、口が動いた。
だが、数秒後、しまったとも思った。
「分かってますよ〜、これは、メイさんや研究員の方々に」
何一つ顔色を変えず、やはり、にこにこしている兄の姿。
…心底つき返したかったが、断ろうにも理由がなさ過ぎる。
まぁ、この程度の量なら、放って置いてもあのじゃじゃ馬が跡形も無く
たいらげるに違いはない。
「…で、用はそれだけか?」
我ながら無愛想に問うと、兄は笑顔で頷いた。
その、あまりに屈託のなさに、思わず息を呑む。
「じゃあ、キール。 僕はこれで〜」
ぱたぱたと手を振る兄に、結局何も言えず、俺は押し黙っていた。
いつも、
いつもそうだ。
『…おめでとう』
『誕生日、おめでとう』
言われるだけで、言った事は、一度も無い。
自分の足取りの軽さが、自分でも分かった。
…今日も、キールは元気そうだ。
今年も、無事この日がきた。
帰りに、教会によって、女神様に感謝しよう。
相変わらず、仏頂面だけど。
でも、
今年はどこかが違う。
毎年、毎年。
『とっとと帰れ』
が決まり文句だったのに。
あの、賑やかな異世界の少女が研究員に来て、
あの、金の髪のアンヘル族が、騎士団に入って、
あの、おてんばなお姫差が、離宮から帰られて。
キールの周りの状況は、昨年とは大分変わった。
だから、だろうか?
…いや。
理由なんて、どうだっていいのだ。
「お誕生日、おめでとう」
今年もまた、その言葉を紡ぐ事が出来た。 笑顔で。
それだけで、自分はとても、満足なのだ。
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生まれたその時から、自分と同じ顔が四六時中側に有る。
それは多分、、それなりに特殊な環境なのだと思う。
キールは、アイシュの置いて行った菓子を持て余しつつ、
ぼんやりと思っていた。
同じ顔をした他人は、顔だけ同じで、全く別の人生を歩む。
そして、段々に知って行くのだ。
彼が『他人』であることを。
もとは『ひとつ』でも、『同じ』ではないことを。
兄であるアイシュは、元々笑顔を絶やさぬ子供だった。
隣りでいつも、身を潜めるようにしていたのが、自分。
どうして、自分は違うのだろう。 純粋にそれが不思議で
たまらなかった。
そのうち、自分の才を魔法に見つけた。
アイシュは、勉学に。
向うべき道が決定的に違えた時。
初めて、分かった気がしたのだ。
『違う』と。
それからだ。 誕生日を楽しいを思わなくなったのは。
否応無しに、それを実感させられるから。
眼鏡の違いで分かりづらくなっている、その事実。
フタを明ければそこには、同じ顔が待っている。
…それが、たまらなく嫌なのだ。
…違うのに。 こんなに違うのに。
どうして、顔だけは一緒なんだ?
一緒でなければならない?
「いーよね、双子って♪ なんか憧れって言うかさー」
いつだか、あのじゃじゃ馬に言われた。
…どこが、いいものか。
「あれ、今アイシュ来てた?」
ただいまもなくメイが告げた声に、キールは降り返る。
無造作に置かれた菓子包みを見て、
メイはやれやれとため息をついた。
「年に一度くらい、兄さん孝行したら?」
苦笑混じりに言う。だがそれは、まったく冗談めいてはいない。
「…どうでもいいだろ、そんなこと」
いつもどおりにぶうたれる保護者の姿に、メイはまたため息を洩らす。
そして、やれやれとしながら、持っていた買い物袋に手を入れ、
「はい」
ちいさな包みを差し出す。
「なんだ、これは?」
「ハッピーバスディ」
なんとも乱暴に言われつつ、
可愛らしい包みはキールの胸元へ投げつけらた。
「べ、別に、俺はこんな…」
「あー、気にしないで、プレゼント選びって好きなんだよね―
ねー、アイシュって何喜ぶかな?
お菓子好きそうだけど、アイシュが作る以上の味の店って
思いつかないしさー! 」
メイがさも普通に言う言葉に、キールは口を継ぐんだ。
…ふと、遠い記憶が揺れる。
いつの日だったか、自分も、選んでいたような気がする。
自分の誕生日に、自分ではない者への祝福を。
部屋に戻り、包みを開くと、
そこにはやたらと少女趣味な眼鏡拭きが一枚。
なるほど。 静かに笑みがこぼれる。
飾りやら、食べ物やらではない、たんなる実用物。
多分、あの少女は、小難しい顔をして、真剣に選んだに違いない。
…考えてみれば、初めてかもしれない。
研究員内で、プレゼントなどしてくる人間は。
いや、
「ハッピーバスディ」
…そんな言葉を言う、人間も。
「アイシュー」
「あれ〜、姫様」
城に戻ったアイシュを呼びとめたのは、ピンクの髪の見なれた顔。
「聞きましてよ、今日はあなた方兄弟の、お誕生日なのですって!」
「え、ええ…まぁ…」
「もー、どうして、もっと早く、教えてくださりませんの?
これでは、何の準備もできないじゃありませんか」
「はい?」
何やらまくし立てるディアーなに、アイシュはしきりに?マークを飛ばす。
「だって、お誕生日ですのよ、それも二人同時に!
きっと盛大なパーティーになりますわ!」
アイシュは、目をぱちくりさせた。 そしてふと思う。
なるほど。 誕生日=パーティ。
王族としては、当たり前の図式なのかもしれない。
「姫様。 …別に、僕らは、そんな大仰なことはしませんので…」
ぽりぽりと、アイシュは後ろ頭を掻きつつ言った。
「えっ! そうなんですの?」
心底不思議そうに、ディアーナが叫ぶ。
「姫様のようなご身分とはちがいますから〜
極親しい者だけで、ちょっと『おめでとう』って
言うくらいなんですよ〜」
アイシュの説明に、ディアーナは呆気にとられた顔をする。
「そう…なんですの…なんだか、寂しいですわね」
「そんなこと、ないですよ〜」
「え?」
アイシュは、この上なく、にっこりと微笑む。
「それは、とってもとっても、かけがえのないものです〜」
いつもの口調で、だけどその言葉に、ディアーナ思わず言葉を失った。
なんとなく、分かった気がしたのだ。
正直、自分も、豪華なパーティーより。
兄の、父の、母の、姉の、
『おめでとう』が、1番嬉しかった。
「じゃあ、あらためまして、
おめでとうですわ、アイシシュ」
「そういえば、キールには会いましたの?」
「えぇ、先ほど。 …相変わらずでした〜 はははは」
アイシュのその態度に、ディアーナはジト汗をたらす。
でも、まぁ、
アイシュはとても幸せそうだから。
きっと、キールも…幸せだったのだろう。
「おめでとうございます」
にこやかに言う、金色の微笑みに、キールは思わず固唾を飲んだ。
「お、お前、何しに…」
「今日は、キールの誕生日だって、うかがいまして」
「誰に?」
「メイさんですけど」
あのアマ…。
キールは思わず胸のうちで呟いた。
「あのこれ、つまらない者ですけど…」
「変な気を使わなくて良い、お前ただでさえ見習いなんだから、
金があったら、自分のことにだな…」
言いながら、目の前の笑顔が曇って行くことを、キールは感じだ。
言いながら、顔をそらしつつ、キールは小さな包みを受け取った。
「…その、…ありがとう」
その言葉に、多分万面の笑みを返してるであろう姿からも、
キールはやはり、目をそらしていた。
貰ったプレゼントを、手の上で転がす。
小さな小さな、タリスマンだった。 またしても実用物。
自分はそんなに分かり易い人間なんだろうか?
キールは思わず肩を落とす。
そして、ふと思う。
『おめでとうございますー』
『ハッピーバスティ』
…こんなに、その言葉を聞いたのは、…何年ぶりだ?
『おめでとう』
たった数文字の、
簡単な、簡単な言葉なのに。
ふと、いつも丸眼鏡がよぎる。
…最後にあいつに言ったのは、いつだったんだろう。
シルフィスを見送った後、ふと空を見ると、
もう茜色に染まっていた。 もう、日が暮れる。 そうすれば―
『誕生日』は、終わりだ。
キールはふと、王宮の方角を見つめた。
…あいつも、言われたんだろうか。
きっと自分より遥かに大勢から、
『おめでとう』を。
キールは、面倒くさそうに首を振った。
どうしてこんなにモヤモヤする必要がある?
今更…言う必要も、ないじゃないか。 それも自分の誕生日に。
キールは俯き、そして
「…おめでとう」
ぽつりと、呟いた。 王宮に向って。
きっと、どこの誰にも、届いてはいない。
けど、
これが、今の自分の、精一杯だ。
アイシュは王宮の廊下を歩きつつ、はたと立ち止まる。
聞こえた気がした。 何かも、誰からも分からないけれど。
確かに、
『おめでとう』と。
そしてふっと微笑むと、再び歩みを進める。
二つの誕生日は、こうして幕を閉じた。
セリアンツインズのバースディ本。
そのままのUPです(爆) まぁ、予告はしていましたが。
ちなみに、本のみの特典は、かなりやぶれかぶれの挿し絵と表紙とあとがきくらいです(汗)
本当は漫画で、オールキャラで、と夢見ていたツインズ本ですが、
とりあえず、形に出来て、ホント感慨深かったです。
初同人誌で、対に出すはずでいたものを落として以来、
かれこれ三年以上ですし。
丁度良い時期にまたオンリーがあったので、この期を逃さぬように、と
かなりやれかぶれではありますが、書いてみたものです。
ホント、この兄弟は変わらず大好きなキャラです。
アイシュのあれで中々どうして「お兄ちゃん」なところとか、
キールの、あれで何だかんだ「弟」風吹かしているあたりとか。
微妙に、その後にゆうき先生が描かれた発売された、アポクリファ/0の、
アレクとプラチナを彷彿とさせるものがあるかな、なんて、最近思ってます。
ぱっと見、兄っぽくないけど、実はちゃんと兄貴な兄と、
やはりぱっと見、兄より大人びていそうだけど、やっぱり兄には叶わない弟って言う感じとか。
…まぁ、単なる私的見解ですが(苦笑)