シオン首相の御公務日記
「…というわけで、わが国の財政につきまして……、あの、聞いておりますか首相!?」
「ん? …へいへい聞いてますってば…」
ぽりぽりと額を掻きながら、シオンは肘をつきうつむいたまま言った。
やたらと大きなデスクをはさみ正面に立つ、顔も服装もカタい青年は、少しがっかりしたような顔をしている。
「…とにかく、…これが本日の御公務です、目を通しておいて下さい」
青年は懐から1枚の紙を取りだし、デスクの上に置いた。
「特に、ダリス王国との国際会議は、お忘れなきようお願いします。 わがクライン共和国にとって重要なものですから」
「ん…」
相変わらずうつむいたまま、つまらなそうにメモ紙を見るシオンに、青年は心配そうな顔をした後、一つおじぎをすると静々と部屋から出ていった。
「ふー」
ため息を一つつくと、シオンは立ち上がり、束ねた長いブルーの髪をひるがえし、何とはなしに部屋を見渡した。
やたらと広い部屋に、これでもかとあちこち装飾が施されている、その部屋の中心の窓際に、これまたやたらと大きなデスクが置いてある。 …執務室と呼ばれるその部屋で、今のシオンは1日の大半を過ごしている。
「…あれから、もう1年か……」
誰にともなく呟き、シオンはもう一度ため息をついた。
かつて、この執務室の主であった、親友の姿が目に浮かんだ。
―1年前。
当時王国であったこの国には、王、王女、そして皇太子が暮らしていた。
ところがある日、皇太子が何者かに襲われるという事件が起こった。
重傷を負った彼を、王女は必死で見舞った。
そして、傷も介抱に向かった頃、二人は姿を消した。
シオンには何となく分かっていた。
名目上兄弟である、この二人の間にあった感情。
そして、王家によって黙された、皇太子の出生の秘密。
すべてを知っていた彼は、宮殿内の混乱をよそに…、とうとうやっちまったか…、という思いで、彼の去った後の部屋に佇んでいた。
それからほどなく王は失脚して、この国の王家は解体した。
しかし、王家が無くなったからといって、国は健在だ。
クライン国は新たな国家体制を余儀なくされた。
共和国として動き出した新たな国家には、当然新たなリーダーが必要になる。
…そこで、どういう訳かシオンに白羽の矢がたったのだ。
宮廷魔道師として、王宮を出入りしていたので、自然と政治には詳しくなっていたし、方々に顔も効く、第一に弁がたつ……。
…他にもイロイロ理由はあったらしい。
シオンは断固として嫌がったのだが、皇太子の失踪を黙認した負い目もあり、しぶしぶと引き受けたのだった。
まぁ、首相とはいっても、お飾りに近いもので、ほとんどは、かねてからの国の偉方がしきってくれるので、そこまで大変でもないのだが。
しかし、最初は嫌で嫌で仕方なかった仕事なのに、最近は妙にしっくりときているから、人生は分からない。
今では何となく、公務に追われる生活にも満足している自分に、驚いていたりもする。
「シオン? なに一人でボーっとしてんの?」
「え!? ……なんだメイか。 脅かすなよ」
シオンは我に返り、目の前にいるメイの姿を確認して、ため息をついた。
去年よりいくぶんか伸びた茶色の髪が、サラサラと波打っている。
「なによー、勝手に驚いたくせに、…なーに考えてたのよ、一人で」
「…別に何でもない」
「お、めずらしー、シオンが口ごもるなんて」
メイにからかわれて、シオンはバツの悪そうな顔をした。
「…で、お前は何でこんな所に来たんだ? …あんまり来るなって言っただろーが」
そっぽを向きながら言うシオンに、メイはあきれたように言った。
「知らないの? 今日はねー…」
とんとん。
突然のノックの音に、メイの言葉は中断された。
「失礼します」
言いながら、さきほどと同じ青年が、仰々しく部屋に入ってくる。
すると青年は、メイの姿に気付き、一礼してたちどまり。
「あ、すでに奥様もいらっしゃっておられたのですか。 …そろそろご出発の時間なので、お声をかけにと思いまして」
「ははっ、シオンたら時間にルーズだもんね〜、大変でしょ、いつも」
「はぁ……」
ひたすら丁寧に、頭をさげながら言う青年に対して、メイはケラケラと言った。
「こら、誰がルーズだって? …」
ムスっとして言うシオン。 …そして頬をぽりぽりと掻きながら、ぽつりと、
「…で、出発って何のことだ?」
「………思いっきりルーズじゃない!」
「……聞いておられなかったんですか!? さっきの話…」
間髪いれず、つっこむ二人に。シオンは冷や汗をひとつたらしていた。
「あぁ、ダリスとの国際会議か」
しばしの後、何とか立ち直った青年が説明をして、シオンは思い出したようにぽんっと手を叩いた。
「…でも、夫婦で出席しろなんて聞いてないぞ」
つっこむシオンに、青年は黙って、さきほどシオンに渡したメモ書きをさしだした。
「おおっ! こんなところにこんな小さな文字が!?」
本気で驚いているシオンに、青年はただ涙していた。
そんな彼の肩を、メイはぽんと叩いた。
「……あんたさ、なんか誰かに似てると思ってたけど」
「はい?」
「そのうち、渦巻き眼鏡が似合うようになるかも」
「?」
メイの言ってる意味が分からず、青年は困惑していた。
「…国の重要人物勢ぞろいってことは、あいつらもくるのか、…何かひさしぶりだな」
メモ紙を片手に、シオンは呟いた
「じゃ、そろそろ出発するか」
「そろそろも何も、じゅーぶん遅れてるわよ!」
「いそいで下さい」
口々に言いながら、3人は小走りに宮殿の廊下を進んでいた。
すると、横からのんびりと歩いてくる人影を見つけた。
「あ、アイシュ」
メイは、のん気にぱたぱたと手を振った。
去年と全く変わらぬ様相で、アイシュはのんびりと振り向いた。
「あ、メイさんに首相〜、なにを急いでいるんですか〜?」
「ざ、財務大臣、あなたも急がないと遅れますよ!」
アイシュを見るやいなや、青年はまくしたてた。
「あ〜、会議ですか〜。 そういえばそろそろでしたね〜」
アイシュのテンポに痺れを切らせて、青年はアイシュの腕を掴み再び進み出した。
『う〜ん、似ている様で、アイシュのが上手だな…』
メイはそんな二人を見ながら、そんなことを考えていた。
ドアを開け、外に出ると、すでに数人の人物が集まっていた。
「よぉ! メイ、シオン!」
元気よく挨拶する声に、3人は同時に振りかえった。
「こ、近衛隊長!」
青年はあわてて背筋をのばした。
「よぉ、ガゼル、国家保安長官どのは一緒じゃないのか?」
シオンはにこやかにガゼルに話し掛けた。
1年前と比べると随分背が伸びたガゼルは、気がつくとシオンと互角の視点で向き合っていた。
「…隊長は、先に行くって言ってたんだけど…、どこかな?」
「もー、隊長はあんたでしょ」
「あ、…ついクセで……」
メイに小突かれ、ガゼルは少し照れたように頬を掻いた。
「お、あれじゃないか」
シオンが指差す先には、一つの長身の人影があった。
「あ、ホントだ。 やっほーレオニス!」
メイの声に反応して、レオニスは振り向いた。
「ああ、首相に奥様。 …このたびはお日柄もよく…」
「……って、なんでそんなに硬いかな〜」
仰々しくあいさつするレオニスに、メイは冷や汗をかいていた。
「隊長…じゃなかった、長官! おはようございます!」
ガゼルは背筋を伸ばし、敬礼した。
「あぁ、ガゼル、近衛団は順調か?」
「はい! 長官に任されたお役目、ぬかりはありません!」
顔を紅潮させながら話すガゼルに、シオンとメイは微笑ましそうな顔をして見守っていた。
「…えっと、あとは…、魔道研究院長ご夫妻がまだですね…」
手元の時計を見ながら、青年はそわそわと呟いた。
「そういえば、…キールの奴なにしてんのかしら」
呟くメイの後ろから、息を切らした音が聞こえてきた。
「……はぁ、はぁ、…遅れて申し訳ありません!」
激しく息を切らし、膝に手を当て俯きながら、キールは言った。
その後ろから、もう一つの息遣いが響いた。
「…はぁ、はぁ」
「…あ、シルフィス、久しぶり」
メイが笑いかけると、シルフィスは息を整えつつ微笑み返した。
去年とはうって変わって、女性らしい面持ちをした彼女は、同姓から見ても魅力的である。
「…まったく、この俺を待たせるとは、良い度胸だな、魔道研究院長どの」
皮肉まじりに、シオンは笑いながら言った。
「…すみません、俺のミスです、言い訳する気はありません」
心底申し訳無そうにしているキールに、シオンは思わず吹き出していた。
「……まーったく、相変わらず硬いヤツだな。 そんなに気にすることじゃねーって」
「…首相。 もしかして俺のことからかってます?」
「ああ。 思いっきり」
臆面もなく言うシオンに、キールは何も言えず冷や汗をたらしていた。
「…それでは、皆様おそろいのようなので、会議場へ出発いたします。 …くれぐれも護衛の騎士から離れぬよう……」
大声で先導をとる青年にうながされ、一同は歩き始めた。
王宮から少し離れたところで、シオンはふいに足を止め、後ろを見る。
すると。
背後に広がる森の片隅に、1組の男女が立っているのが見て取れた。
直感的に。
シオンには分かった。
ライトブルーの髪をした青年は、淡い桃色の髪を持つ少女を携え、一心にこちらを見ていた。
1年前とは違って、長かった髪は肩口でばっさり切りそろえてあり、服装も、ごく普通の庶民と同じだ。
少女のほうは、長い髪は健在だが、だいぶ大人っぽい面持ちに変貌しているようだった。
……あいつら……来てたのか……
気がつくと、シオンはにっこり微笑んでいた。
「どうしたの? シオン」
隣りにいるメイは不思議そうに尋ねた。
「…なんでもない」
はにかみながら言い、メイの肩に手を掛け、シオンは歩みを進めた。
森の中の人影は、もうすでにどこかに消えていた。
ファンタ創作第3段。 突発短編。
…こんなもの書いてるヒマがあったら、続きモンの収集つけろって感じですね…。 ハイ(‐‐;
セイ×ディアのEDって、その後どうなっちゃうんだろ…って考えてたら、ふいに浮かんだネタで、勢いに任せて書いてしまいました。 (所要時間2時間弱(‐‐;))
ただ単に、首相になったシオンと、その奥様メイ、近衛隊長ガゼルを書きたかっただけのような気も……。 何気にキル×シルも成立してるし。
1年後の面々は、主観入りまくってますのでご了承下さい(‐‐; (スミマセンでした(uu;
さて、次はホントに続きモンに取りかからねば…