妖精の降る日
今まで、誰にも話したことなんてなかった。
自分にだけ見えるものの事など。
どうせ誰も、信じてはくれないのだから。
こんな力、
ただ、邪魔なだけのものだった。
初めに出会ったときは迷わず、妖精だと思った。
見たこともないような外見。
色めき立つような容姿。
そして、その場所。
その思いこみを否定する要因は、どこにもなかったから。
あの時、ふと、湖に行きたくなったのは、一体何故だったのか…。
それすら、もう憶えてはいない。
あの場所は、あまり好きではないはずなのに。
あそこに行くと、いつもいらぬものばかり見える。
幼い頃より、何度も嫌気がさしていた。
この、いらぬものばかりを映す瞳が。
最近になって掛けてみたこの伊達眼鏡も、どうやらあまり効果はないようだ。
透き通った湖の回りには、それこそ無数に、人外の者の姿が見えていた。
だから、
そんな者たちのうちの一人なのだと、自然にそう思った。
だが、
そいつは、あまりに間の抜けた顔をして、こちらに微笑みかけた。
蜜色の髪、新緑のような瞳。
アンヘル、という名の種族のことを思い出したのは、一瞬後のこと。
思えば、おかしな出会いだった。
「キール? 今お帰りですか?」
「…シルフィス」
大通りに程近い道端で、金色の髪をなびかせ走り寄る人影に、キールは想わず顔をしかめた。
あまり、会いたい相手では無かった。
別に、嫌いなわけじゃないのだが…、
なんというか、調子がくるうのだ。
「お前がこんな時間に出歩いてるなんて、珍しいな」
キールがぽつりと呟くと、シルフィスはにっこり微笑んで、
「隊長のおつかいで、ちょっと遠くまで行って来たんですよ」
言いながら、藍色に染まりつつある空を見上げた。
彼方には、輝き出した小さな星が見える。
キールは、そんな景色をつられて見上げ、そしてため息を漏らした。
そして、ふと、キラキラと瞳を輝かせるシルフィスを見る。
…これから呟く言葉は、大体予想できた。
「う…わぁ…、綺麗ですねぇ…」
「………」
あまりに予想にたがわない反応に、キールは思わず肩を落としていた。
こう、いちいち、自然の移り変わりに感動されているのは、正直疲れる。
それも、極純粋に出ているものなのだから、尚、たちが悪い。
「……夜になれば、星が見えるのは当たり前だろ…」
げんなりとキールが言うと、シルフィスは少しだけはにかんで笑った。
「…はは、確かにそうですね…、あ、でも、王都でもこんなに星が見えるんだなぁ、って、…ちょっと驚いたんです」
まるっきり素直に答えるシルフィスに、キールはまた肩を付いた。
大体、夜空が綺麗だなんて、一度だって思ったことはない。
太陽が隠れると、闇に紛れて色々なモノが現れる。
見たくも無いモノを見たり、おかしなモノに追われたり、
日暮れ後に楽しい記憶なんて、あったもんじゃない。
ふと、隣りを見ると、
シルフィスはまた、嬉しそうに夜空を見ていた。
ふとつられ、再び空を見上げてみると、
なんとなく、悪くない気もする。
そんなこと、一度も思ったことが無いはずなのに、
ふと、綺麗だ、とまで思える。
…まったくもって、調子がくるう。
そんなキールの気持ちを知ってか知らずか、
シルフィスは、キールの様子をちらりと見つめ、小さく微笑んだ。
「……ったく。 ほら、さっさと帰るぞ、このままじゃ本気で夜更けになっちまう」
やれやれとため息混じりに、キールはそそくさと歩きはじめた。
「あれ?」
シルフィスは、キールの歩く先を見て、ふと声を出した。
「そっちは研究院とは反対ですよ」
心配げに問いかけると、キールはすっと歩みを止め、
ややげんなりとした瞳で振り返った。
「…騎士団の宿舎はこっちだったろ」
ぽつりと言うと、またスタスタと歩きはじめた。
そんなキールに、シルフィスは一瞬呆然として、そしてすぐ、後を追って走った。
「あの、送ってくれるんですか?」
「…お前は、何かと厄介ごとにまき込まれやすいしな…」
顔さえ見ずに、キールは呟いた。
そんなキールの後を追いながら、シルフィスは静かにはにかんでいた。
後ろからくるシルフィスを横目で確認して、キールはふとため息を付く。
…まさか、シルフィスの肩に、たちの悪そうな精霊がいるから、なんて言えるわけもない。
これだから、好きではないのだ、夜というものが。
「……あれ…?」
街道を進む途中、
キールがふいに足を止め、一言呟くと、森の方を一心に見つめていた。
「どうしたんですか?」
シルフィスは思わず問いかけた。
「……あっちって、湖のある方、だよな…」
キールの視線を追うと、確かに、湖の方を向いていた。
「ええ、そうですけど…」
いぶかしげにシルフィスが答えると、キールはまだ、
闇に染まる森を見つめていた。
「……あの、…キール?」
「……光ってる…」
「…は?」
思わず呟き、そしてキールはふと我に帰った。
シルフィスは何やら混乱した様子で、キョロキョロとしていた。
どうやら、また、自分にしか見えていない類いのことだったらしい。
やれやれと息を漏らし、キールは歩みを進めようとした。
ところが、
「…湖の方で、何か見えたんですか?」
シルフィスは、依然、キョロキョロとしていた。
「……もういいんだ、行くぞ」
キールは面倒くさそうに言い放つ、
だがシルフィスはまだ辺りを見つめ、ふと、何かを思い出したような顔をした。
「そういえばキール。 確かあの湖で、初めて会った時、妖精がどうの、って言ってましたよね…」
にっこりと言うシルフィスの言葉に、キールは思わず振り返った。
まさか、まだ、憶えていたなんて。
「もしかして、キールには、何か見えるんですか?」
何の疑いも無い真っ直ぐな瞳で、シルフィスは微笑みかけた。
そんな態度に、キールは思わず呆然と言葉を失う、
そして、
「……湖が……光ってるんだ…」
どうしてか分からない、
自然に、ぽつりと、呟いていた。
「湖が? へぇ、凄いですねぇ…」
言いながらシルフィスはまた、湖のある方をキョロキョロする。
だが、やはり、何も見えてはいないようだった。
だが、ふとシルフィスはいたずらっぽい目をして振り向いた。
「ちょっと、見に行ってみません?」
にっこりと言うシルフィスに、キールはやれやれとはにかんでいた。
森を進む間にも、キールの瞳には、無数の妖精や精霊が見えているようで、
はたから見れば、虚空にに目を奪われるキールを、シルフィスは嬉しそうに見守っていた。
そして、湖に出ると、
「………」
キールは、言葉を失っていた。
まるで降りしきる雪のように、
無数の妖精が湖面めがけて滑空していき、
そしてまた羽ばたく。
無限に続くかのような夢の光景。
「何が、見えているんですか?」
シルフィスは微笑みながら問いかけてきた。
やはり、何も見えてはいないらしい。
「……あ、いや…」
キールは思わずバツが悪そうに俯く。
「教えてくださいよ」
シルフィスはお構いないしに問いかけてきた。
ぽつり、ぽつりと、
目の前の光景を説明するキールに、
シルフィスは興味深そうに聞き入っていた。
そして、
「…ったく、ホント変なやつだな、お前は」
キラキラと、妖精達の羽根の舞う中で、キールはふと、シルフィスの方を見つめた。
「今まで、こんなこと素直に信じ切ったやつ、いないぞ」
すこし照れたような顔のキールを見て、シルフィスはにっこりと微笑んだ。
「…だって、嘘ではないんでしょう」
「そうして分かる?」
「分かりますよ…」
微笑んだシルフィスを見て、キールは思わず俯き目をそらした。
「…っとに、…変な奴」
今まで、誰にも話したことなんてなかった。
自分にだけ見えるものの事など。
どうせ誰も、信じてはくれない。
こんな力、
ただ、邪魔なだけだった。
だが、
今目の前にいる、
この、少年のような無邪気な瞳をしている金色の髪の人物は、
何のためらいもなく、それを受け入れている。
初めてだった。
こんな、
くすぐったい思いは。
そして想った。
やっぱりこいつといると、
調子がくるう、と。
「ほら、もう行くぞ、…いい加減ヤバイぞ、時間が」
「え? …あ! もうこんな時間…」
「ったく…」
光り輝く湖を後にしながら、
ふと、振り返ると、
もうそこには、漆黒の闇が広がるばかりだった。
…というわけで、突発的に書き上げでしまった、キル×シル話。
実は、ファンタきってのお気に入りカップリングなのに、今まで一度も、メインに創作書いたことないんですよね、考えてみれば(汗)
他創作に、ちらりちらりと、登場はしているのに…。
そんなわけで、唐突に書きたくなったわけです(笑)
そして、キールの例の能力。 一度触れて見たかったんですよ。
思えば、シルフィスとでしか、あのイベントはないんですよね。
さりげに霊視能力者で、実は伊達眼鏡の裏設定は、結構私的にポイント高かったりします。
いつか、その力を絡めた話をやりたい、とは思っていたので、今回書いててやたら楽しかったです(笑)
しかし、ラブラブ度は……低いですね…。
一応、あの酔っ払いイベントのちょっと前、というくらいの頃のつもりです(^^;
シルフィスがヒロイン位置にいると、どうもあまり、ラブラブ…というより、しっとりしてしまうんですよね…。
何はともあれ、…密かに、マイナーなんじゃぁ…と思って焦っているこのカップリング。(爆)
ここまで読んで下さってありがとうございます(^^)