道化の微笑
「……名前で、呼べるかい?」
小さな部屋に響いた呟きに、微かだが、ピンク色の髪がピクリと波を打ち、
そして、さらに小さな声で、彼女は答えた。
「……セイリオス」
「……セイル、だ」
すかさず呟くと、わずかだが確かに間を置いて、彼女はおずおずと呟いた。
「…私を、兄以外として見られるかい?」
その呟きには、しばらくの間、答えが返ることはなかった。
気がつけば、
その瞬間から、
すでに数年の時が、流れていた。
やはりあれは、一時の気の迷いだったのだと、
気持ちを整理するには、充分すぎる時間。
だが今でも、時折、
そう、こうして一人で執務を終えた瞬間など、
決まって頭をよぎる、
あの時の、戸惑った、彼女の顔を。
あんな顔を見て、
連れ去ることなど、出来るはずもなかった。
元々、夢に見ることすらおこがましいこと。
彼女はまごう事無き一国の皇女であり、
自分はただの、道化に過ぎぬかりそめの王子。 …いや、今では王にまでなってしまった。
こんな想いを、胸に秘めていることすら、本当は許されぬことなのだろうと、
セイリオスは低く息をついた。
すると、
トントン、と物静かなノック音が響いた。
その音だけで、誰なのかが分かる。
それほどまでに、愛しい存在。
「……お兄様、いらっしゃいます?」
いつもと変わらぬそぶりで、彼女は部屋へ入ってきた。
あの時、全てを知った彼女は、
それでも、頑として態度を変えることなく、こうして接してくる。
本当は、少しだけ覚悟はしていたのだ。
全てを公にされ、自分は追放されるのではないか、と。
だが、そんな気配は微塵も無い。
いや、それどころか、
何も変わらない。 彼女はいつも、お兄様と言いながら、笑顔を向ける。
まぁ確かに、それはそうなのだ。
幼少期からある幾多の思い出は、全て自分のものだし。
ただ一つのつながり除けば、自分達はまごう事無き、兄妹そのもの。
事実、彼女はずっと、そう思ってきたのだから。
今更何も、変わるはずもなかったのかもしれない。
最も、自分の方は、
全てを知らされたその時から、
彼女と、“兄妹”では無かったのかもしれないが。
「…どうしたんだい?」
部屋に入ってきたディアーナに、セイリオスは静かに問いかけた。
ディアーナは、いつもとは裏腹に、何やらしきりに口篭もっている。
きょとんとしながら、セイリオスが見つめていると、
ディアーナは、心を決めたかのように目を見開き、セイリオスを真っ直ぐに見つめた。
「……お兄様に、お話しがありますの」
緊張しきった、その言葉に、セイリオスは少しだけ動揺した。
何だろう、何かがいつもとは違う。
そして、しばし見つめ合った後、ディアーナはふいに俯き、そして何やら少し照れくさそうにため息を付く。
「……わたくし…、結婚したい方がいますの」
意識が飛んだのは、きっかり十秒間だった。
考えてみれば、である。
ディアーナには、異性の友達が少ないわけではない。
あの時から、既に3年。 彼女はもう18。
成人もとっくにしている。
あの後、何とはなしに気まずく、見合い話等を持ちかける事は無くなったが…、
そんな話を持ってきても、おかしくない。
そんな年に、いつのまにか、彼女はなっていた。
目の前で、ディアーナは真っ赤になりながらこちらの返答を待っていた。
その顔を見ながら、ふと思い出す。
そう言えば、3年前のあの時、あの頃。
ディアーナが、足しげく通っていた場所があった。
そう、
そういうことか。
心当たりは、すぐについた。
あれから、3年。
その間に、目覚しい速さで出世街道を驀進していた、一人の魔道師の噂を何度か耳にしていた。
そう、確か、
彼は近く、宮廷魔道師として、王宮に上がるはずだ。
セイリオスは、静かに微笑を洩らし、
そして、静かにディアーナを見つめた。
「……許して、頂けます…?」
恐る恐る、ディアーナは聞いてきた。
そんな彼女の眼差しに、彼女の想いが強く感じられた。
許すも、許さないも、無いではないか。
3年もの時間を、王族という名の、この高台に登ることに費やし、
彼女のためだけに、ここまで辿り着いた。
自分が、記憶にも無い時代。
ただの偶然から、一瞬のうちに置かれたその場所に、自力で這い上がってきた男。
…どうやらやっと、気持ちの整理がつくようだ。
セイリオスは、静かにディアーナに微笑んだ。
「…お兄様?」
不思議そうに呟くディアーナに、セイリオスは表情も変えず、
「…じゃあ、今度改めて、キールと話をさせてもらえるかな?」
静かにそう呟くと、
「…な……、何でキールだと分かりましたの!?」
思いっきりうろたえるその顔に、セイリオスは思わず小さく吹き出していた。
思えば、ずっとこの時を待っていた。
結局、自分が王位を継いでしまった、その時から。
その数日後、セイリオスとキールの二人は、人知れず密会を交わし、ある一つの条件を、セイリオスはキールに託した。
そして、結婚式の数日前、
「…お兄様は、どうしてずっと結婚しませんの?
お話しなら、引く手数多ですのに…」
少しばかり申し訳なさそうにディアーナは呟き、セイリオスは何も言わず、寂しげに微笑んだ。
その微笑に、ディアーナふと思い出した。
3年前の、あの日のことを。
そして、
そうか、と小さく肩を落とした。
隣で微笑む兄の姿が、少しだけ切なかった。
確かに、セイリオスにも、家庭を持つということに、憧れがあった。
人として生まれたからには、やはり自らの子孫の顔を見てみたいものだ。
だが、それは自分には許されぬこと。
今、王である自分がそれを果たせば、それは取り返しのつかないことになる。
道化は、道化のまま、
跡形も残さず、霞のごとく、消え去るべきなのだから。
だからせめて、自分は道化らしく、
生涯、与えられた役を演じきり、
そして、終幕は、何一つ跡を残さず、自ら静かに下ろそうと。
セイリオスは静かに女神に祈りを捧げていた。
その後、
仰々しい式の終わった後、
王族の歴史の中に、キール=エル=サークリッドの名が記されることになる。
そして、セイリオスがディアーナの長男の誕生の知らせを聞くのは、
それから一年半後のことだった。
…と、いうわけで、…何やらハッピーなんだがアンハッピーなんだか…(汗)
ちなみに、この話は、以前キリ番リクにて書かせて頂いた、「たとえばそんな毎日も」という、キルディア話に続いています。
…何か、前にもやりましたこういうパターン(苦笑)
どうも、以前の話を後からでっち上げるの好きらしいです(笑)
というか、PS版のファンタでディアでプレイ時、あっさりさっぱり殿下に自己完結されてしまいまして、その瞬間浮かんだネタだったりします。
そしてその後キールの元に勇んで、さっさとED迎えていたあたり、シャレになっていないのですが(笑)
…しかし、片想い&失恋なシュチュエーションは個人的にかなりツボでもあったり(ヲイ)
とにかく、ここまで読んで下さってありがとうございます(^^;
そして、殿下ファンの方、申し訳ありませんでした(汗)
…次も何やら、まるで甘くはなさそうな短編予定だったり…(爆)