君色思ひて
彼女を初めて見た時は、
なんと、明朗快活な少女なのだろうと、
ただ、そう思っただけ、だったと思う。
自分とは、かけ離れている。その屈託の無い、笑顔。
一体、いつからだったのだろう。
そんな笑顔に、こんなにも惹かれる自分に、気がついたのは。
夕暮れにも似たその髪が静かになびく姿に、
いつも、気がつけば目を奪われている。
そう、
たとえば、今日だって。
「……? どうしたんですか。泉水さん? なんかぼーっとしてるみたい…」
「あ……、い、いえ、なんでもありません…」
きょとんと、さも不思議そうに見つめてくる神子の姿に、泉水は思わず顔を染め上げのけぞった。
神子はそんな姿にますます不思議そうな顔をして、
しかしすぐ、にっこりと微笑んで空を見上げる。
「……わぁ…、空が真っ赤…」
広がる夕焼けを一心に見つめ静かに呟く。
こんな風に、
ひとつのことにこだわらない、こんなさっぱりした性分は、神子の長所だろうと、泉水は思っている。
「……本当に、美しいですね…」
泉水も思わず呟く。 すると神子はにっこりと微笑みを返して見せた。
そして、ふと表情に影を落とし、
「…でも、夕焼けって、なんか一日の終わりって感じで…ちょっとだけ、寂しいかも」
小さく、神子は呟いた。
「……もうすぐ、なんですよね」
神子は、周囲の雪景色に目をやりなが呟いた。
泉水は、思わず息を呑む。
そう、
もうすぐ、だった。
もうすぐ、
最後の戦いが訪れる。
そして、それが終われば―。
「なんか変な感じ。 …あっという間だったようで、でも、ずっと昔からここにいるような感覚がしてたりして」
はにかむ神子に、泉水はたまらず瞳を向けた。
「…私は、必ず最後まで、神子のお役にたちたいと思っております」
真っ直ぐに瞳を見据えて言われ、神子は少し戸惑った。
はにかみ、そして照れ隠しに頬を掻く。
「……な、なんか……まだ、あんまり慣れなくて、…その、…神子って呼ばれるの」
バツが悪そうに頬を掻き、神子は言った。
「でも…神子はあなたです。 私にとっての神子は、あなたただお一人なのですよ」
泉水は心から呟いた。
まだ、彼女を神子と呼べなかった頃の自分が、少しよぎる。
それは、今思うと少しばかり胸が痛む思い出。
でも、だからこそ、
今は心の底から思うのだ。
彼女が、神子なのだと。
だから、それが、彼女に最もふさわしい呼び名なのだと。
「……うん、ありがとう」
神子は嬉しそうに照笑いを浮かべた。
「やっぱり、そう言われると嬉しいし、八葉のみんなからも、神子って認めてもらえた時、ホントすっごく嬉しかった」
そこで、神子は少し俯く。
「でも、なんかあたしだけ、ピンとこなくて…」
ふと顔を上げ、神子は泉水を見つめた。
「あたし、何もかも全然分からないまま、ずっと流されてるみたいに、龍神の神子って思って頑張って来たけど、…なんか、ずっとピンとこないんですよね…」
はにかんで、神子は微笑んだ。
「…で、でも、神子はあなたです。 京を救えるのはあなたなのだと、私は確信しております」
泉水は必死になって言う。
その姿に、神子はまたふっと微笑む。
「…神子じゃなきゃ、京を救っちゃダメ?」
あまりに素朴な顔で問うて来る少女の顔。
泉水は面食らったように黙り込んでしまった。
「あたしは、あたしとして、あたしの意思で、ここを、この京を守りたい。 龍神の神子じゃなくて、一人の高倉花梨として、…それじゃ、ダメなんですか?」
笑顔で言う、その少女の姿に、泉水は沈黙を崩せない。
「み……いえ、……花梨殿……」
なんとか出た言葉はそれだけ。
「…あ、なんか久しぶり、花梨って呼ばれたの」
神子は嬉しそうに微笑んだ。
そして、ふと、泉水を見つめる。
龍神の神子なんて関係無く、守りたいと思ってる、この京という場所を。
神子と認められ、それはとても嬉しいのだけど、
それと同時浮かぶひずみ。
神子だから、龍神の神子だから、という先入観。
「神子になんて、なりたくてなったワケじゃないから…。 それはあたしの意志じゃない。 なんかそれってちょっとくやしくて」
はにかむ幼げな瞳に、泉水は静かに微笑みを向けた。
それでも、
やはり思ってしまう。
やはり、
いや、だからこそ、
彼女が、神子なのだろうと。
でも、
そう言ったらきっと、彼女は怒りそうだから、
泉水はそっと、思いを胸にとどめた。
そして、同時に浮かんだ想い。
これは、これだけは、
自分の口で、彼女に伝えようと、そう思った。
「では、花梨殿にとって、私は?」
少しいたずらっぽく問いかける。
「……え? 泉水さんは、泉水さんでしょ」
不思議そうに呟く。
その言葉の中に、八葉という言葉はどこにも含まれてはいなかった。
「…そうですね」
満足そうに泉水は微笑む。
「では私も、これからは、源泉水として、花梨殿をお守りしたいと思います。 それで宜しいでしょうか?」
真っ直ぐに瞳を向けられ花梨は思わず頬を染め戸惑う。
なんだか、さらりとすごいことをいわれた気がした。
そして花梨は静かにはにかむ。
初めて、彼と会った時は、
なんて、はっきりしない人なんだろうと、
ただ、そう思っただけ、だったと思う。
自分とはまるで違う、いつも難しい顔。
一体、いつからだったのだろう。
そんな彼の、時折覗く笑顔に、こんなにも惹かれる自分に、気がついたのは。
澄んだ空にも似たその髪が静かになびく姿に、
いつも、気がつけば目を奪われている。
そう、
たとえば、今日だって。
時は、年の瀬押し迫る、冬の一時。
二つの想いが重なることとなるのは、
あとほんの少しだけ、後のことだった。
…ま、そんなわけで、
やけに短く、起承転結もあったもんじゃあないですが(爆)
なんとなく、私の中の花梨ちゃんという子に対してのイメージ付けとして、ふと書きたくなったものです。
なんか、あかねちゃんは神子として最初から頑張っていた反面、
花梨ちゃんは、あまり自分のことを、神子とかそういう風に思ってないような気がするんです。
基本的に元気で活発で、そういう立場とか気にせずにチャキチャキしている子、という感じですね。
あかねちゃんが、私的に温和なイメージで、それに書き慣れているので、実はちょっと難しかったりしたのですが(苦笑)
遥か2ネタ、ぼちぼちと書いてみたいものです。