君、焦がれしも
その眼差しに気が付いたのは、多分かなり前のこと。
何故…?
というのが、正直な感想。
だって、そうではないか。
どうして、彼女が、
あの愛くるしい眼差しで、今や誰にも好かれる彼女が、
こんな自分などを見ているのだろう、と。
…そして、何故こんなにも自分はそれに戸惑ってるのか、
それすらも、分からなかった。
だからだろうか?
いつしか気付けば、彼女を避けているようになっていて。
それでも彼女は、やはりこちらに眼差しを向ける。
愛くるしい、寂しげな眼差しを。
……友雅さん、最近変だな…、と
あかねはおぼろげに考えつつ、座っていた。
もうすぐ、最後の四神の呪詛も解けるはず、
そうしたら、きっと
待っているのは、最後の時、なのだろうと、
考えていたら、少しだけ胸が痛んだ。
「神子様、今日はどうなさいますか?」
いつものように藤姫が訪れ、今日の八葉の都合を教えてくれる。
そして、
「……え? 友雅さん、今日も来れなかったの?」
藤姫の述べた言葉に、あかねはきょとんと呟いた。
「…えぇ、…そういえばここのところ連日ですわね…」
あかねの反応に、今気付いたかのように藤姫も呟いた。
つい最近まで、
毎日のように顔を覗かせ、良く連れ立って出かけていたものだったのだけど、
ここのところおかしいと、あかねは感じ始めていた。
……一体、どうしたというのだろう。
あかねの顔に落ちた不安そうな表情に、藤姫は少しばかり心配そうに目を向ける。
少し前、あれ白虎の呪詛を解く為に奔走していた時のこと、
シリンと友雅のやりとりを見つけて……そして、その後。
……忘れてくれるね。
彼の声が脳裏に蘇る。
……忘れられる、はずも無い。
彼の言葉を、
そして、
あの時の自分の気持ちを。
それなのにあれ以来、
友雅とは、呪詛の解放以外、ほとんど会っていない。
時はどんどん、過ぎていっているというのに。
心配そうな顔の藤姫に、今日は休むと告げ、
あかねは一人部屋で座っていた。
正直、何もやる気は起きなかった。
最後の戦いが、
彼との別れの時が、
どんどんと、迫っていると言うのに。
どうして、彼は自分を避けるのだろうと、
あかねはまたひとつ、ため息を洩らしていた。
「……やっぱり、あたしじゃ…釣り合わないかなぁ…」
あかねはぽつりと呟く。
それはずっと思っていたこと。
年齢の差を、気にしていなかったと言えば、嘘になる。
でも気付けば、それを気にするより強く、彼を想ってしまっていたから。
それでもやはり、
彼にあんな風に、甘い言葉を投げかけられて尚、
不安はよぎっていた。
本当に、自分でいいのか、と。
彼から見れば、まだまだほんの子供なのだろう。
愛くるしそうに眼差しを向けてくれるのは、もしかしたら自分が彼を想うものとは、別の感情なのかもしれない。
……でも、彼は言ったのだ、確かに。
それは恋であり、情熱であると。
…何が本当か、分からなくなってくる。
ただまんじりと、あかねは俯いたまま座っていた。
時は、過ぎていく。
もうすぐ、全てが終わるのだ。
何もかも。
そして、
彼とは……。
俯いたまま、あかねの思考がそこまで行った瞬間、
あかねはたまらず部屋を飛び出していた。
気が付けば、屋敷の外を走っていて、
かなり前噂話で聞いただけのおぼろげな知識を懸命に引き出しながら、
「内裏」と呼ばれる場所に、あかねの足は向かっていた。
同じ頃、友雅もまた、ため息を付いていた。
内裏の奥にある一室、よく待ち合いに使われる普段は人気さえ感じぬ部屋にて、
まったく子供じみていると、自分でも笑みがこぼれる。
こんなにも彼女から逃げて、一体何になるというのか。
何もなりはしない。
そんなこと、一番良く知っている。
だからこそ、恐れたのかもしれない。
そう、
無邪気で、眩しくて、
見ているだけで心洗われるようなその瞳。
そして、幼げな、その姿。
全てが、痛いほどにこの胸を惑わす。
あの日、
この胸の内の想いを、つい彼女に告げてしまったことが悔やまれる。
どうして、あんな事を言ったのか。
彼女の想いも、とうに気付いていた事だと言うに。
今更告げて、何を変えようと思ったのか。
多分今の自分は、
彼女の側に居るだけで罪深い、
そんな気がしていた。
と、その時である。
「友雅さんっ!」
幻想でも見ているのかと、友雅は瞬時に思っていた。
あかねは息を整えながら、襖に手をかけたまま立ちすくんでいる。
目の前にあるその光景を、夢でも幻想でもないと友雅が判断するのには、少し時間がかかっていた。
そして、やっと気が付き、
「神子殿…」
口をついた言葉は、それだけだった。
「……と、友雅さん、……こんな所で何やってるの? …どうして、全然顔を見せてくれないの?」
あかねは意を決したように、友雅に歩み寄った。
―いけない、それ以上、近づいては。―
友雅はふいに胸のうちで呟く。
あかねは構わず友雅に歩み寄っていた。
「……あたし、友雅さんのこと……好きです。 …それで…、この気持ちが迷惑だっていうなら、そう言ってください、…もう、こんな気持ちでいたくないっ」
―迷惑な、わけもない。 いや、それよりも―
歩み寄るあかねに、友雅は思わず目を反らす。
「友雅さん!」
唐突に目前に迫られた瞳。
何よりも、欲していた存在。
―そうだ、…私は、私が思っているよりももっと―
友雅は我を忘れたかのようにあかねの肩に手をかけた。
「……っ!」
勢いにまかせて、あかねはするりとバランスを崩しそのまま仰向けに倒れ、
その瞬間、組み敷くように、友雅の顔が目前に迫っていた。
そして、あかねが何か言葉を発しようとするより一瞬早く、
二つの唇は、深く交差していた。
長い沈黙の後、友雅はゆっくりとその顔を離す。
あかねは呆然と頬を染めたままだった。
「……神子殿……、私は、君が思っているよりも遥かに、貪欲のようだ…」
見つめられた眼差しに、あかねはますます言葉を失う。
「……だから、会いたくなかった。 …会えばきっと私は君を傷つけてしまうから……、今みたいにね」
言いながら、友雅は静かに身を起こした。
あかねは、少しの間呆然としたまま硬直していたが、ふと、我に返ったように友雅に目を向ける。
「……傷つけるなんて…、そんな言い方しないで下さい」
仰向けにに横たわったまま、あかねは言った。
友雅はちらりと振り返る。
その眼差しに、あかねは真っ直ぐと瞳を向けた。
……何となく、分かっていた事。
彼を好きだと思った時から。
いつか、こんな日が来ると。
だって彼は……、大人、だから。
「……あたし、…友雅さんのこと、好き…なんですよ」
真っ直ぐに見つめられた眼差しに、射貫かれるように誘われ、
友雅はあかねに向き直った。
真剣なその眼差しに、あかねは思わず息を呑む。
怖くない、怖くないと、
胸のうちで何度も繰り返す。
静かに、部屋の戸を閉める音が響く。
あかねが思わず瞳を閉じていると、
無言のまま、友雅は再びあかねに覆い被さって来た。
耳元に吐息を感じたと思った刹那、首筋に唇が落とされた事を感じる。
そしてその感触は、ゆっくりと鎖骨の方へと近づいてくる。
あかねは、堅く歯を噛み締め、瞳もつぶったままだった。
そして、友雅は気が付いていた、
あかねの体は、ひどく震えている。
それでも構わず、友雅は表情も変えずに手慣れた手つきであかねの水干を剥ぎ取る。
そして静かに、見なれぬその服に手を掛け、ゆっくりとそれを解いて行く。
胸元のボタンが開かれたことを感じ、あかねは思わず真っ赤に紅潮しきった顔を背けた。
歯ぎしみが、小さく響く。
そして、そのまま、
襟元に顔をうずめながら、静かに友雅の手がその帳に触れかけた瞬間。
あかねは自らの身に、今だかつて憶えの無い感覚が走るのを感じ、
刹那。
「………っ、イヤァッ!」
あかねの金切り声が部屋に響き、
友雅は、無意識に振りまわされたあかねの手によって突き飛ばされ、
そして何故か、満足そうな表情を浮かべていた。
制服の胸元を慌てて直しながら、あかねは荒い息を整えていた。
そして、いつのまにか、その手には、自らの涙がこぼれる。
ガクガクと、歯の根が合わなくなっているのが分かる。
そうか、と、
あかねは気が付いていた。
こうなることを、彼は最初から知っていたのだ。
気付いていたからこそ、言ったのだ。
それなのに。
あかねは俯いたまま、服を直す事も忘れ、溢れる涙に顔をおさえた。
改めて、思い知る。
彼は、大人、なのだと。
そして、自分は………。
…あまりにも、子供じみていて…。
「…ごめんなさい…、あたし……、自分から言い出しておいて……」
泣きじゃくるあかねに、友雅は静かに近寄り、そして無言のまま手を伸ばし、胸元のボタンを閉じて行く。
「……すまなかったね」
一言だけ言うと友雅は、そのまま泣きじゃくるあかねを静かに抱きとめていた。
あかねを抱きとめながら、友雅は静かにため息を洩らす。
「……君が謝るようなことではないのだよ。 …全て、分かっていて、したことなのだから」
「……わかってます……、だから…」
友雅の言葉に、あかねは涙声を搾り出した。
「……ごめんなさい、友雅さん…、……でも、あたし…」
泣きじゃくりつづけるあかねの頭に、ぽんと優しい感触がくる。
あかねは、そんな彼の態度に、ますます胸が痛んでいた。
…好きなのに、
こんなに、…好きなのに…。
言葉にならず、気持ちはただ涙となって流れて行っていた。
友雅は、震え泣きじゃくる少女を、ただ、抱きとめ続けた。
今、自分に出来ることは、これだけなのだと。
そう思ったから。
そして、その涙に乗せ、痛いほど伝わる、その想い。
そう、分かっていたのだ。
この少女に、それを望むにはまだ、早いのだと。
そんなこと、いつも無邪気な彼女を見ていたのだから、よく分かっている。
それに、こんな事をせずとも、
彼女の気持ちなど、痛いほど分かっていたのに、
彼女の瞳を見ているだけで、それは伝わっていたのに。
それなのに、
自らの欲求だけで、それ以上を望んでしまった自身が恨めしくて、
結果的に、彼女を傷つけることしか出来なかった自分を、消せるものなら消してしまいたかった。
ふたりはしばらくそうしていて、
時間と共に、あかねの様子が落ち着いてきた頃、そっと互いの体を離れていた。
「すまなかったね」
友雅はふと呟く。
あかねが静かに顔を上げるのを見つめ、そのまま視線を交わした。
「……私は君に、無理をして欲しくはなかったのだよ。 …それだけだ」
呟かれた言葉に、あかねが黙していると、
ふと、友雅はあかねの頬に手をやる。
撫でられた感触は、とても心地よく、あかねはまた友雅の瞳を見つめる。
ふと、そんなあかねに友雅は微笑み、
「……だって君は、…優しいからね。 …私が望めば、きっとそれに答えようとすると、解っていたから。 それが例え、自らの意に、反していても、ね」
友雅の言葉に、あかねはふと目を反らし、俯く。
そんなあかねに、再び友雅がふっと近づいた瞬間、あかねの頬に、やわらかな感触が落ちる。
刹那唇は離され、呆然と頬に手を当てるあかねに、友雅は静かに視線を落とす。
「……すまない、…それでも私はどうも、情熱というものの表し方を、これ以外知らないようだ」
言いながら微笑をうかべる友雅に、いつしかあかねは優しく微笑んでいた。
そしてふと、
瞬間的に頬に触れた感触と、目の前によぎる桃色の髪に、友雅は思わず一瞬呆然とした。
頬を染めながら、あかねはゆっくりと顔を離す。
「……ごめんなさい、…あたし…まだまだ全然…子供、です」
真っ赤な顔で、あかねは賢明に言った。
「…でも、頑張りますから…、いつか、友雅さんに釣り合うように、…あの……」
そこまで言って、再びモジモジとする姿に、友雅はたまらず吹き出していた。
そして再びあかねの頬にはやらわらかな感触が来る。
「……ではそれまでは、この程度で我慢、ということか…、ま、悪くは無いが、ね」
言いながらふっと強く抱き締められ、あかねはますます顔を染め、
そんなあかねを、友雅はクスクスと笑いながら見つめる。
静かな眼差しを浮かべながら、友雅はまたにっこりと微笑んでいた。
本当に、どしてだというのだろう?
どうして、この幼い姫に、
こんなにも、面倒な相手に、
こんなに焦がれてしまっているのか。
そして、
それよりも、
どうして、
どうして、彼女が、
あの愛くるしい眼差しで、今や誰にも好かれる彼女が、
こんな自分などを見ているのだろう。
そして友雅はふと想う。
神子の役目が終わった時、
彼女に告げてみようか、と。
だって、彼女を手放す事など、今更出来るはずも無い。
もしかしたら彼女はそれも、拒むかもしれない。
そうしたら、
ならば、自分が彼女に着いて行くというのはどうだろう?
この世界に、未練などと言うほど大したものはないのだし、
あるとしたらただ一つ。
彼女くらいだ。
どちらにしても、
この温もりを、この情熱を、
手放す気など、さらさら無い。
…先の楽しみも、出来た事だし。
胸のうちにぽつりと呟き、
ふと視線を落とすと、
きょとんとこちらを見る、相変わらず真っ赤な顔があまりにも可愛らしくて、
友雅は再びあかねに微笑みかけていた。
…何やら、唐突に浮かんだ友雅さんネタです。 しかもR推奨二作目(爆)
ま、またしても、どこがRなんだ? というくらいヌルいのではありますが(苦笑)
一応、私的に、R以上の年齢層の方に出来れば見ていただきたいなぁ、などと思いまして。
拙い文章ですが、ここまで読んで下さってありがとうございます。
…しかし、ヌルいヌルいと言いつつも、書きながら我に返ると、かなりいたたまれない気分になりました今回(汗)
大人な創作を書かれている方を、何やら妙に尊敬しなおしてみたり(苦笑)
でも、こういう、まだまだ強がりつつお子様なあかねちゃん×友雅というカップリングは実は結構好きなんですよね。
友雅は、大本命というほどまでに入れ込んだ事はないのですが、どうも最近ふつふつと私的順位を上げているキャラであります。
ま、とりあえず、次回あたりはまた、遥か2あたりの短編とおもってます。
どうぞまた、よろしくお願いします。