あかね、さす
〜4〜
「あら、茜様、どちらへ?」
「…あ…えと、…ちょっと散歩に…」
朝も早い時間、あかねはバツが悪そうに紫にそう言い置くと、
そそくさと屋敷を後にしていた。
そして、向かった先は、
「………変わってないなぁ…」
思わず、泉を見つめながら茜は呟いていた。
神仙苑。
全ての始まも、終わりも、いつもここだ。
あかねはふいにため息をもらす。
やはりもう、そこに『彼』の姿は無い。
この世界のどこかにいる事以外、まるで分からない。
一体、自分は何の為にここに居るのか、
それが時々わからなくなる。
しばらく伏していた花梨は、もう既にいつもの元気を取り戻したらしく、
今日も今日とて神子の役目に必死のようだ。
…まるで、いつかの自分のように。
あかねは少し遠い目をして空を見上げていた。
そう、いつかの自分。
記憶が戻って、それから。
段々と状況が呑みこめてきた。
ここがどこなのかも、よく分かっている。
自分の身と、自分を信じてくれたかけがえのない人達と、
一心に守り通した、この場所。
それなのに、
京は再び、神子を必要として、再び、自分と同じような目に合っている少女。
繰り返す歴史。
それでは、一体…。
「……何の、為に…」
あかねは、思わず呟いていた。
その時、
「誰かいるのか?」
茂みから姿を現したのは、
抑揚の無い、いつか聞いた声に似ているけれどやはり違う声。
「……お前か」
泰継は静かにあかねの前に立ち止まった。
「……泰継さん、何してたんですか?」
「穢れを感じたので清めを行っていた、それより、お前は何故ここに居る?」
淡々と泰継に問われ、あかねは思わず苦笑を浮かべる。
やっぱり、似てるなぁと、静かにそう思っていた。
「会いたい人がいるの、前にここで見かけたから、つい」
そう言うあかねに、泰継は黙して何も返さなかった。
「聞かないんですか?」
「何をだ」
あまりにらしい言葉に、あかねはますます笑みを浮かべる。
「何か思い出したのか? とか、そういうこと」
あかねが微笑混じりに言うと、
「お前が己を取り戻したことは、お前の気を見ればすぐに分かる事、
だがお前は何も言おうとしない。
ならば、いたずらに尋ねても無駄なだけだ」
泰継の言葉に、あかねは少し、遠い目をしていた。
「やっぱり、…似てる」
あかねはふいに呟いた。
泰継は密かに胸を震わせる。
「八葉の人達って、みんな、やっぱり似ちゃうものなのかな…」
あかねは言いながらため息を洩らし、泉の方を見つめた。
「思い出してからね、ビックリしちゃったんです、だって本当にそっくりだから」
あかねの言葉に、泰継はやはり黙したままでいた。
そして、ふいに泰継もあかねと同じ方向を向く。
「先代と私は、同じ出自のモノだ、外見が酷似するは自明の理」
静かに、泰継は呟いていた。
「なんだ、やっぱり分かってたんだ」
あかねはクスッと笑みを浮かべた。
「最初から、そうでは無いかと思っていた」
泰継はさして表情も変えずに淡々としていた。
「陰と陽は、常に均等であらねばならぬ、
今お前がい居る事で、この世界には、陽の気が高まり過ぎている。
このような状態は、そう長く続けられるものでは無い」
「うん、分かってる」
泰継の言葉に、あかねは頷く。
分かっている、良く。
だから、早く探さないと、
自分が、ここに来た意味を。
「これはね、わたしのワガママなの、だから、ワガママついでに、もう少しだけ続けてみるつもり」
あかねが言うと、泰継は満足そうな表情を浮かべ、
「そうか」
一言、そう呟き、きびすを返していた
「ホントに、そう言う感じ、泰明さんに似てるな…」
あかねが思わずそう声に出すと、
「気のせいだろう、私は先代に遠く及ばぬモノだ」
言い捨てながら、泰継はスタスタと歩みを進める。
そしてふと立ち止まり、
「お前にとりまく異質な気を抑えるには、この地が最も適している、
時折来て、祓っておくと良い」
静かに述べると、既に泰継の姿はしげみへと隠れていた。
やっぱり似てる、あかねは笑みを浮かべながらそう思っていた。
……祓うって、どうするのかな…。
そんなことを思いながら、あかねは何とはなしに泉の水にに触れてみた。
「つめたっ…」
あかねは眉を潜ませ、そしてゆっくりと微笑を取り戻す。
「…神仙苑、か」
思わず、声が漏れていた。
やっぱり、前とは少し、変わっている。
100年、
そう一言で言っても、長い時間だ。
その間に、この地で何があって、どんな思いが渦巻いたのか、
自分がそれを知る術は無い。
ただ分かるのは、
きっと、無駄ではなかったと。
あの時の自分があって、そして、この未来がある。
それは、もしかしたら正解ではなかったのかもしれない。
だけど決して、
あの日々は、あの人々との出会いは、
無駄ではなかったと、あかねは静かにそう言い聞かせていた。
だけど気になるのは、
アクラム。
身をもって壊そうとした世界。
それを、結局力だけで阻まれ、そして時空の呑まれ、
見たのだ、この世界を。
きっと彼は、この世界を見て、
我慢できようはずも無い。
あかねはくっと奥歯を噛み締めていた。
会いたいと、
強く、強く、そう思った。
「あれ? 花梨ちゃん?」
夕暮れも過ぎた屋敷内で、あかねはふとその名を呼んでいた。
遅くなってしまったかと思っていたが、
そこに居るはずの彼女の姿も、まだ無かった。
いつもなら、もうとっくに戻っている時間なのに。
怪訝に思ったその時。
シャラン…、と
音が聞こえた。
以前もよく聞いていた、この音。
誘われるように、あかねは屋敷を飛び出していた。
そして気がつくと、
「ここって確か…、一条戻り橋…」
あかねが思わず呟く、そして再び脳裏に響いた鈴の音に、あかねははっとする。
「花梨…ちゃん?」
思わず、その名が口を突く。
少し離れた場所、きっとこちらの存在になんて、気付いてはいない様子で、
そこにあったのは、花梨と、そして、
……アクラムの姿…。
「私は、あなたと戦いたくなんか無い…」
ふと響く、彼女の声。
あかねは、何が起こっているのか、しばらくは理解できなかった。
だけど、
「アクラム…花梨ちゃん…?」
言葉は、意識よりも早く付いて出ていた。
唐突に、二つの影が蠢く。
闇のなか、瞳が交差した事を感じる。
初めて、見た。
青い、蒼い、その瞳と。
「神子……!?」
アクラムは呆然としたように、そう呟き、
花梨はその横で、状況を解せぬまま立ちすくんでいた。
……ということで、反則シリーズ、第4話です…。
なんだが、回をおうごとに話が予定から外れていますこのシリーズ(汗)
まぁ、三角関係モードに突入するのは、予定していたのですが。
段々と収拾がつかなくなっている気がしてならない今日この頃です(爆)
しかし、泰継、登場予定も無かったはずなのに出張ってます。
なんだか書いてみると動かしやすいですね、泰継(笑)
今度彼の短編にでも挑戦したいなぁなんて、真剣に考えてしまいました。
とにもかくにも、マイペースに続いているシリーズですが、
あと、2,3話は続ける予定なので、どうぞもう少しお付き合いくださると嬉しいです。