恋しすも……
「よぉ、…今日はどこに出かけるんだ?」
「あ、イノリ君。 …えっとねー、それじゃぁ…」
少年らしい元気の余りきった騒々しい声に乗ってやってきたイノリに、にこにこと笑みを返しながらふと考え込む愛らしい姿。
いつのまにかその表情に見入っていると、
ふと、
「あ、友雅さんは? どこか行きたい所あります?」
「え……?」
唐突に投げかけられた問いに、友雅は目を白黒とさせてしまっていた。
「………私の行きたい場所なんかに行って、どうするつもりなんだい?」
すっとんきょうな問いにため息混じりに呟くと、
「…だって、もぅ今回の呪詛も解いたし…、たまには羽伸ばしてもいいかなって…」
バツが悪そうに俯き加減で言うその姿のあまりの愛らしさに、友雅は再びため息を付いた。
「…ノリの悪ぃヤツなんて置いて、さっさと行こうぜ、あかね」
「あ、イノリくん…」
笑顔で飛び出す姿に、あかねは思わずうろたえる。
「あ、あの、すみません…、とりあえず、行きましょう」
何故彼女が謝るのかは理解出来ないが、とりあえずその日はイノリのペースに合わせて、出掛けることにした。
「もぅ、イノリ君ったら…」
「だってよー…」
道すがら、雑談に花を咲かせている二人を前に、友雅は静かに歩みを進めていた。
元々同年代の者同士。
付け加えて、取って付けたように元気の良い気質は、お互い合うものがあるのかもしれない。
二人のこんな光景は、さして珍しいものではない。
そう、
いつもの光景なのだが…。
「あれ? 友雅さん、どうしたんですか?」
あかねの呼びかけに、友雅は初めて、自分がいつのまにか歩みを止めていてしまっていたことに気付いた。
「神子様は本当に、イノリ殿を仲がお宜しいですわね」
「え? そ、そうかな…」
ふと通りかかった屋敷の廊下。
何故か耳を傾けていた言葉は、少しだけ胸に引っかかるようにも感じた。
そんなある日の、ことだった。
「友雅殿、神子様からのお文をお預かり致しましたわ」
星の姫はそう言って、丹精な紙に彩られ、丁寧に花まで添えられた文を、部屋に残し消えた。
一体どこで調べたのか…。
友雅はその花を見ながらクスリと微笑む。
彼女はどうしていつも、こんなにも人の心に入りこんでくるのだろうか?
「あ、友雅さん」
「…やぁ」
翌日、
それは物忌みの当日。
文で誘われたとうり、訪れると、あかねは満面の笑みで出迎えた。
「一体今日は、どういった風の吹き回しで、私など誘ったのかな?」
にやにやと問い掛けてみると、
「…え? だって、…友雅さん、なんだか最近ちょっと機嫌が悪そうだなって…。 だからお話してみたかったんです」
やはり笑顔のまま言う少女。
まったく。
なんなのだろう、
この無邪気な笑みは。
一体どれほど……。
機嫌が悪い理由なんて、
そんなもの、
たったひとつと決まっているのに…。
押し黙った友雅に、あかねはきょとんとしながら、
「でもホント、最近どうしたんですか? なんかイノリ君も、最近友雅さんの様子は変だって…」
あかねの口から何気なく出た名前に、友雅は密かに顔色を変える。
確かに、
…こんな感情には、まるで免疫が無い。
「…イノリとは、仲が良いようだね」
気付かぬ間に、口は勝手にそ告げていた。
「え? あ、…はいそうですね。 だってイノリ君、なんだか話しやすいし、京のこと色々知っているでしょう」
笑顔で話すその顔を見て、友雅は少し顔を俯かせた。
何を、やっているのだろう?
それが正直な感想。
自分の行動の基準がまるで分からない。
こんなことを彼女に訪ね、何になる?
と、その時である。
「なんだよ、あかねのヤツ、今日物忌みだったのか?」
「えぇ、友雅殿が付いて下さっておりますわ」
「友雅が…?」
かすかに、耳に届いた声。
目の前にいるあかねの顔を見ると、
どうやら、ほんの少しの廊下との距離差で、彼女の耳には届いていないらしい。
少し離れた所から、駆け足の足音を感じる。
ふと、友雅は不敵に口を歪ませる。
「神子殿は、私の機嫌を心配していたようだが…」
「え? えぇ、…だってなんか最近気になって…」
何故かもじもじとするあかねに、友雅は少し俯きながら、
「では、神子殿は私の機嫌を治したいと、そうおっしゃるのかな?」
「ええ、まぁ…、でも、どうすれば治るんですか?」
きょとんとするあかねに、友雅は不敵に微笑む。
「………そうだね…」
足音は、段々と近づいていた。
あかねもいよいよ気付いたらしく、ふと顔を向ける。
その瞬間。
咄嗟に捕まれた肩に、あかねは軽くバランスを失い、
それを友雅は難なく支えつつ、
「…簡単だよ、たとえばこんなことひとつさせてもらえれば」
息がかかるほどに距離で、一言呟くと。
「おい、あかね、…ちょっと近くまで来たんだけどよ!」
部屋に踏み入れたイノリは、そのまま硬直したように入り口で止まっていた。
友雅の少し長い髪が頬に触れるのを感じて、あかねは初めて我に返る。
やはり不敵な笑みを浮かべながら、
友雅はゆっくりと、交差したその唇を離した。
無言で、
イノリはその場を駆け足で去って行く。
あかねは、そんな様子に何をすることも出来ずに呆然とし、
そして、キッと友雅を睨み付け、
素早くその身を離すと、イノリを追うように部屋を出ようとする。
すると、その手を難なく友雅に絡めとられ、あかねは再びバランスを失うと、ぺたりとその場に尻餅をついてしまっていた。
「…今日が物忌みであることをお忘れかな、神子殿…」
あかねは思わず歯ぎしみをする。
何事も無かったかのような口調が、たまらなくもどかしかった。
「……一緒にいるのがと不快というなら、私が部屋の外に控えていようか」
あかねの様子に友雅が呟く。
すると、
「いえ……、居てください」
「え………?」
思わぬ答えに、友雅は思わず言葉を失っていた。
呆然とする友雅に、あかねは静かに視線を向ける。
「…ここに居て。 それで、聞かせてください。 …さっきの…こと…」
語尾はかすれつつも、あかねははっきりと言った。
そして、ゆっくりと俯くと。
ポトリと、
一粒の雫が、膝に落ちる。
「……分かんないよ。 だって友雅さん、何も言ってくれないんだもの
いつも、いつもそう……。
あたし、…そんなに子供ですか?
友雅さんは、あたしに何言っても分からないって、そう思っているの?」
悲しそうな、瞳。
どうして、彼女がそんな顔をしているのか。
友雅にはしばらく理解は出来なかった。
そして、懸命な眼差しに射貫かれ、
……ふと、気付く。
そういえば。
いつもしきりに、自分を誘い出していたのも、
外出中も、気を使うようによく話し掛けてきたのも、
こうやって、文をよこして今日ここへ呼び出したのも、
……全て、彼女だった。
思えば、いつも彼女の目が気になっていたのは、
いつもそれが、自分に向けられていたせい。
何故、気付かなかったのか。
いや、
気付かなかったわけでは、無いのかもしれない。
気付きたく、なかったのだ。
きっと。
だってきっと、
そのほうが良いと、どこかで思ったから。
彼女のためにも。
イノリの持つ想いに気付くことには、さして時間はいらなかった。
だから、
そのほうが良いと、
そう思ったのだろう。
勝手に。
だから、
だから、あんなにも、
腹立たしかったのだろう。
必死で引き離そうとする心を、ものともせずに引きとめつづける、その瞳が。
ふと顔を上げると、
目の前には、まだまっすぐとこちらを射貫くように見つめる眼差し。
「友雅さん……?」
あかねは不思議そうに呟いた。
「神子殿は、…それでいいのかな?」
「え…?」
唐突に問われ、あかねは思わず聞き返す。
「私などの戯言に付き合って、…それで楽しいのかな」
いたずらっぽく呟く友雅に、あかねはにっこりと微笑んで見せた。
その笑顔にしばし見入られ、
そして友雅もつられて微笑を浮かべる。
お互いに、
話したいことは、山ほどあった。
そして、余談ではあるが、
その日の夕暮れ、
別れ際に、あかねはふと思い出したかのように呟いた。
「そういえばイノリ君、慌ててどこ行っちゃったんだろう…」
心底不思議そうに呟く姿に、友雅は思わず苦笑を浮かべる。
どうやら、
初めてかも知れぬ情熱を与えてくれたこの少女は、
思った以上に手強い相手のようだと、
友雅は胸のうちで思わず考え込んでしまっていた。
イノリにヤキモチを焼く友雅という構図が浮かんで、それが妙〜に気に入ってしまって書いたものです。
なんだか最近、気がつけばちらほら友雅さん書いてますね。
しかも私の書く友雅は総じて余裕の無い大人という感じです(汗)
なんだか、大人ゆえにもう一歩を踏み出せないもどかしさ、みたいなものが、ウチの友雅の基本らしいです…。
いつもはあんな調子なのに、恋には不器用だったりする様って結構ツボな要素だったり。
結構ドリーム入ってるかもしれませんが。
そんなこんなで、またぼちぼちと登場するやもしれません、少将殿(苦笑)